激戦、慟哭、終焉/アカイナミダ (2/2)





二人の七瀬が立ち去った後、やがて煙も薄れてゆき、大広間の全貌が明らかとなる。
規則正しく配列されていた机も、その殆どが爆発の煽りで吹き飛ばされ、乱雑な形で床に転がっている。
部屋の所々では、赤々と燃える残り火達。
荒らされ尽くした広間の中、その一角で茜が声を張り上げていた。

「智代! しっかりして下さい、智代!」

彰の奇襲に対して、茜は何の回避行動も取れなかったが、智代が庇ってくれたお陰で殆ど怪我せずに済んだ。
しかし、その代償は決して軽くない。
屈み込んだ態勢で叫ぶ茜の眼前には、横たわったまま動かこうとしない智代の姿。

「どうして……どうしてこんな事をしたんですか! 私を庇ったりしなければ、こうはならなかった筈なのに!」

叫びながら智代の肩をガクガクと揺さぶるが、一向に何の反応も返っていない。
完全に意識を失ってしまっている。
茜は尚も智代の肩を揺らそうとしたが、そこでようやく我に返って、大きく一度深呼吸をした。

(……違う。こんな時こそ落ち着かないと……!)

乱れる心を懸命に抑え込んで、智代の状態を良く注視する。
身体中に無数の掠り傷を負ってはいるものの、致命傷となるような傷は見受けられない。
ただこめかみの辺りから、一筋の血が流れ落ちている。
恐らくは側頭部を強打して、その所為で気絶してしまったのだろう。
まずは安全な場所まで運んで、意識の回復を待つべきだ。
そう判断した茜は、智代の身体を持ち上げようとして――


「ククク……未だ残ってる奴らが居たか」
「…………ッ!?」

愉しげに弾んだ声。
驚愕に振り返った茜は、瓦礫の下から這い出てくる悪魔――岸田洋一の姿を目撃した。
岸田は立ち上がると、自身の服にこびり付いた埃をパンパンと払い除けた。

「あの糞餓鬼、いきなりふざけた物をぶっ放しやがって……。危うく死ぬ所だったじゃねえか。
 でもま、獲物達が残ってただけマシか」

語る岸田の外観からは、目立った外傷は殆ど見受けられない。
精々、頬の辺りに軽い掠り傷がある程度だ。
彰がグレネードランチャーを放った瞬間、岸田は傍にある机の影へと逃げ込んだ。
その甲斐あって、被害を極限まで抑える事に成功したのだ。

「お前達、もうボロボロだな? 他の奴らはもう逃げたようだし、痛ぶってから殺すにはお誂え向きの状況だ」
「……この、悪魔…………!」

岸田は銃火器を用いるまでも無いと判断したのか、鞄から鉈を抜き出した。
応戦すべく茜も立ち上がったが、彼我の戦力差は果てしなく大きい。
恐るべき殺人鬼と、戦い慣れしていない只の女子高生。
どちらが有利かなど、考えるまでも無かった。

「そら、掛って来いよ。何なら、そこで倒れてるお仲間から殺してやっても良いんだぜ?」

岸田の表情には、緊張や焦りといった類のものは一切見受けられない。
それも当然の事だろう。
岸田からしてみれば、この戦いはあくまでも余興だ。
初めから勝つと分かり切っている戦いに、恐れなど抱く筈も無い。

(此処は逃げ――いえ……駄目ですね)

茜は浮かび上がった考えを、一瞬の内に打ち消した。
自分とて、勝ち目が無い事くらいは理解している。
愛佳と二人掛かりでも倒せなかったのに、自分一人で勝てる筈が無い。
どうせ勝てないのら、気絶している智代を置いて、一人で逃げるのが最善手かも知れなかった。
だが――

「智代――今の私が在るのは、貴女のお陰です。貴女が居なければ、私は外道の道を歩んでいたでしょう」

殺人遊戯の開始当初、自分は殺し合いに乗るつもりだった。
どんな手段を使ってでも、優勝を勝ち取るつもりだった。
そんな愚か極まり無い自分を、智代が諫めてくれたのだ。
あの時の出来事が無ければ、自分は岸田と然程変わらぬ下衆になっていただろう。
智代が居るからこそ、今の自分が在る。

「貴女は何時だって無茶をして、私を救い続けてくれた。だから今度は、私が無茶をする番です。
 たとえ此処で死ぬ事になろうとも、私は絶対に退いたりしない……!」

そう云って、茜は電動釘打ち機を構えた。
茜の瞳に恐れや迷いといったモノは無く、ただ決意の色だけがある。
その姿、その言葉が気に触ったのか。

「助け合いの精神か……反吐が出るな。幾ら綺麗事を吐こうが、所詮この世は弱肉強食なんだよ。
 お前みたいな弱者は、誰も救えないまま野垂れ死にやがれ!!」

直後、岸田の足元が爆ぜた。
幾多もの人間を殺してきた殺人鬼が、肉食獣のような前傾姿勢で茜へと襲い掛かる。
放たれる釘を左右へのステップで避けながら、一気に間合いを詰め切った。
茜も釘打ち機の照準を定めようとしたが、そこに振るわれる鉈の一閃。

「遅いぞ、雌豚」
「っつう………!」

鉈の刀身は正確に釘打ち機を捉え、空中へと弾き飛ばしていた。
続いて岸田は手首を返して、肘打ちで茜の脇腹を強打した。
殺害では無く破壊を目的とした一撃は、容赦無く獲物に衝撃を叩き込む。

「がふっ……、く……」

呼吸困難に陥った茜が、後ろ足で力無く後退してゆく。
それは岸田にとって、仕留めるのに十分過ぎる程の隙。
今攻め立てれば、ものの数秒で勝負を決める事が出来るだろう。
だが岸田は敢えて追撃を行おうとせずに、心底馬鹿にしたような視線を投げ掛ける。

「お前、馬鹿か? お前みたいな餓鬼如きが、この俺に勝てる訳無いじゃねえか」
「……そう、でしょうね。云われなくても、そんな事くらい分かっています」

肯定。
自分に勝機が無いという事実を、茜はいとも簡単に認めた。
釘打ち機は今の衝突で失ってしまったし、もう碌な武器が残っていない。
しかしその事実を前にして尚、茜の瞳に絶望は浮かび上がっていない。

「――だけど、私は信じています」
「信じている……だと?」

訝しげな表情となった岸田が、眼前の少女に問い掛ける。
数秒の間を置いた後、茜は自身の想いを言葉へと変えた。

「私は智代を信じています。智代なら絶対に起き上がって、貴方を倒してくれます。
 だから、私がするべき事はそれまでの時間稼ぎだけです」

諦めなど無い。
智代が意識を取り戻すまでの間、自分が岸田を食い留める。
それが茜の選んだ道であり、勝利に至る方程式だった。
揺るがない想い、揺るがない信頼が、茜を巨悪に立ち向かわせる。

「ハッ、下らないな。女の一人や二人増えた所で、何が出来るってんだ?
 お前達に残されているのは、俺に殺される未来だけなんだよ!」

岸田は茜の言葉を一笑に付すと、すぐさま攻撃へと移行した。
邪悪な笑みを湛えたまま前進して、勢い任せに鉈を振り下ろす。
得物を失った茜には、回避する以外に生き延びる術が無い。

「っ――――」

茜は自身の全能力を注ぎ込んで、横方向へとステップを踏んだ。
敵の攻撃が大振りだった事もあって、紙一重の所で命を繋ぐ事に成功する。
だが岸田からすれば、今のはあくまで威嚇の一撃に過ぎない。
攻撃が外れた事など気にも留めず、茜の懐へと潜り込んだ。

「悶えろ!」
「あぐっ…………!」

岸田は上体を斜めへと折り畳んで、拳で茜の脇腹を強打した。
続けて足を大きく振り被り、渾身の回し蹴りを打ち放つ。
純粋な暴力の塊が、茜に向けて襲い掛かる。
茜も咄嗟に両腕で防御したが、その程度ではとても防ぎ切れない。
岸田の攻撃は、ガードの上からでも十分な衝撃を叩き付けた。

「ぅ、……あっ…………!」

度重なる攻撃を受けた茜が、後ろ足で力無く後退する。
そこに追い縋る長身の悪魔。
岸田は茜が苦し紛れに放った拳を避けると、天高く鉈を振り上げた。


「――さて。そろそろフィナーレと行こうか?」


振り下ろされる銀光。
岸田の振るう鉈は茜の右太股を深々と切り裂いて、真っ赤な鮮血を撒き散らした。
茜は苦悶の声を上げる事すら侭ならず、無言でその場へと倒れ込んだ。

「本当なら犯してから殺す所なんだが、生憎と少し前に楽しませて貰ったばかりなんでね。
 お前は直ぐに殺してやるよ」
「あ……っつ…………くああっ…………」

茜は懸命に立ち上がろうとするが、如何しても足に力が入らない。
動けない茜の元に、鉈を構えた殺人鬼が歩み寄る。
反撃の一手は無い。
逃げる事も不可能。
最早完全に、チェックメイトの状態だった。
迫る死が、覆しようの無い状況が、茜の心に絶望の火を灯す。

(智代、すみません。私は貴女を守れなかった――――)

武器を奪われ、機動力も封じられた茜は、心の中で謝罪しながら目を閉じた。
精一杯頑張ったつもりだが、結局自分は何も出来なかった。
無力感に苛まれながら、数秒後には訪れるであろう死の瞬間を静かに待ち続ける。


「…………?」

だが、何時まで経ってもその時は訪れない。
疑問に思った茜が、目を開こうとしたその瞬間。
茜の耳に、鈍い打撃音が飛び込んできた。

「…………え?」

最初に茜が目にしたものは、数メートル程離れた位置まで後退した岸田の姿。
岸田は驚愕と怒りの入り混じった形相で、茜の真横辺りを睨み付けている。
茜が岸田の視線を追っていくと、そこには――


「――待たせたな」
「あ、あ…………」


眼前には待ち望んでいた光景。
この島でずっと行動を共にしてきた、何よりも大切な仲間の横顔。
茜の傍で、意識を取り戻した坂上智代が屹立していた。

「……もう何度も後悔した。私はこれまで死んでいった人達を救えなかった。美佐枝さんも救えなかった」

智代はそう云うと、視線を地面へと落とした。
語る声は後悔と苦渋に満ちている。
この島では余りにも多くの人が死んでしまい、智代の周りでも同志が倒れていった。
救えなかった苦しみ、守れなかった無念が、智代の心を苛んでいる。

「だけど、もう後悔なんてしたくないから――」

銀髪の少女は首を上げて、真っ直ぐに岸田を直視した。
後悔ばかりしているだけでは、何も変わらないから――
直ぐ傍に、何としてでも守り抜きたい人が居るから――

強く拳を握り締めて。
自身の苦悩を、そのまま燃え盛る闘志へと変えた。

「この男を倒して! 茜だけは絶対に守り切ってみせる!!」
「智代……ッ!」

瞬間、智代の身体が掻き消えた。
生物の限界にまで達したかと思えるような速度で、前方へと駆ける。
岸田を間合いに捉えた瞬間、智代の右足が閃光と化した。

「ガ――――ッ!?」

岸田には、蹴撃の残像すら見えなかったかも知れない。
まともに左側頭部を強打されて、そのまま大きく態勢を崩してしまう。
その隙を狙って、智代の彗星じみた連撃が繰り出される。

「ハァァァァァァァアッ!!」
「ぐがあああああっ…………!」

一発、二発、三発、四発――
一息の間に放たれた蹴撃は、例外無く岸田の身体へと突き刺さっていた。
余りにも凄まじいその猛攻を受ければ、並の人間なら意識を手放してしまうだろう。
だが岸田とて歴戦の殺人鬼。
そう簡単に敗北を喫したりはしない。

「こ……のっ…………クソがあ!」

岸田は罵倒で痛みを噛み殺すと、右手の鉈を横一文字に奔らせた。
派手な風切り音を伴ったソレは、直撃すれば間違いなく致命傷となるであろう一撃。
だが、智代の表情に焦りの色は無い。

「……この程度か? 七瀬の斧の方が余程速かったぞ」
「な、に――――!?」

智代は優に一メートル以上跳躍して、迫る鉈を空転させる。
そのまま空中で腰を捻って、岸田の顔面に強烈な蹴撃を打ち込んだ。
直撃を受けた岸田は大きく後方へと弾き飛ばされて、背中から地面に叩き付けられた。


「智代……凄い…………」

地面に腰を落とした状態のまま、茜が驚嘆に言葉を洩らす。
智代が見せた動きは、岸田を大幅に上回っていた。
彼我の体格差などものともせずに、一方的に岸田を痛め付けてのけたのだ。
智代の実力は最早、女子高生などという枠に収まり切るものでは無い。


「早く立て。倒れている相手を追い打つのは、私の流儀に反するからな」

智代は敢えて追撃を仕掛けずに、岸田が起き上がるのを待っていた。
殺し合いの場であろうとも自分を曲げるつもりは無い。
あくまで自らの信念、自らの生き方を貫いたまま、目的を達成してみせる。
智代と茜の視線が注ぎ込まれる中、ようやく岸田がよろよろとした動作で立ち上がる。

「……調子に乗るな、雌豚がああああっ! もう後の事なんぞ知るか、コレでお前をぶっ殺してやる!」

岸田はそう叫ぶと、直ぐに鞄からニューナンブM60を取り出した。
高槻と戦う時まで銃弾を温存しておくつもりだったが、最早そんな事は考えていられない。
今この場で全力を出し切ってでも、この女達は八つ裂きにせねば気が済まない。

「さあ、パーティーは終わりだ! 死ね! 死んでこの岸田に逆らった事を後悔しろ!」

怒りも露に岸田が叫ぶ。
銃という凶悪な力を手に、智代達に死刑宣告を突き付ける。
だが智代は銀の長髪を靡かせながら、口の端に強気な微笑みを浮かべた。

「パーティーか。そうだな……仮にこれを、パーティーの中で行われる演劇とすれば――」

智代の腰が落ちる。
それに呼応するようにして、岸田の銃が水平に構えられる。

「――主役(わたし)が勝ち、敵役(おまえ)が負ける! それが演劇のフィナーレというものだ!!」

鳴り響く銃声、木霊する叫び。
それを契機として、最後の戦いが幕を開けた。


「ハッ――――――!」

智代は凄まじい速度で横に跳躍して、岸田の初弾から身を躱した。
間を置かずして前進しようとするが、そこで再び銃口と対面する事になる。
智代が咄嗟に前進を中断した瞬間、ニューナンブM60が死の咆哮を上げた。
容赦も躊躇も無い銃撃が、必殺の意思を以って放たれる。

「ク――――」

全力で身体を捻る。
智代の頭上付近を、黒い殺意の塊が通過していった。
何とか危険を凌いだと思ったのも束の間、更に二連続で放たれる銃弾。

「……………っ」

態勢を崩したままの智代は、地面へと転がり込む事で、迫る死からどうにか身を躱した。
しかし、それで限界。
今の状態では、これ以上の回避行動を続けるなど不可能だった。

「そら、そこだ!」
「グッ……ガアアアアアアア!」

智代が起き上がるよりも早く、岸田のニューナンブM60が五発目の銃弾を放つ。
放たれた銃弾は智代の左肩へと突き刺さり、そのまま肉を抉り貫通していった。
迸る鮮血に、智代の服が赤く染まってゆく。

「ハーハッハッハッハッハッハ! 馬鹿が、素手で銃に勝てる訳が無いだろうが!」

先程から一方的に攻め立てている岸田が、勝ち誇った笑い声を上げる。
確かに現在の所、勝負は圧倒的に岸田が押している。
岸田が銃を持って以来、智代は一度も近付けてすらいない。

――だが、岸田は失念してしまっている。
銃という武器が持つ、最大の弱点に。
智代は無言で起き上がると、そのまま一直線に岸田の方へと走り出した。

「馬鹿が、真っ直ぐに向かってくるとは――、…………ッ!?」

迎撃を行おうとした岸田の表情が驚愕に歪む。
智代に向けてニューナンブM60の引き金を絞ったものの、銃弾は発射されなかった。
弾切れ。
銃器である限り、絶対に逃れられない枷。
圧倒的優位に酔いしれる余り、岸田は残弾の計算すらも忘れてしまっていたのだ。


「オオオオぉおおおおおお―――――――!!!!」

敵の弾切れを確認した瞬間、智代は文字通り疾風と化した。
これこそが、智代の待ち望んでいた機会。
度重なる連戦で負った疲労とダメージは決して軽くない。
この好機を逃してしまえば、自分にはもう後が無い。
故に今この時、この瞬間に自分の全てを注ぎ込む――――!!


「――これは美佐枝さんの分!」
「ガッ、グ…………!」

智代は一息の間に距離を詰めて、岸田の腹部を思い切り蹴り上げた。
強烈な衝撃に、岸田の手からニューナンブM60が零れ落ちる。

「これは小牧の分!」
「っ――――ぐ、ふっ…………!」

智代の上段蹴りが、岸田の顎へと正確に突き刺さった。
激しく脳を揺らされた岸田が、完全に無防備な状態を晒す。

「これは私と茜の分!」
「あ、が、ぐ――――」

蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。
叩き込まれた攻撃は実に十発以上。
皆の怒りを、皆の無念を籠めて、智代の足が何度も何度も振るわれた。
だが、未だ終わりでは無い。
銀髪を流星の尾のように引きながら、智代が更なる攻撃を仕掛けてゆく。


「そしてこれは――」


踏み込む左足が、力強く、大地を震わせた。
その勢いは前進力となって、完全に同軌したタイミングで右足が一閃される――!!


「お前に殺された人達の分だ――――――!!!」
「うごぁぁああアアアアアアアアア…………ッ!」


正に全身全霊、渾身の一撃。
交通事故にも等しい衝撃が、岸田の腹部へと叩き込まれる。
智代が放った蹴撃は、巨躯を誇る岸田洋一の身体すらも、優に十メートル以上弾き飛ばした。



「ぐっ……糞、ど畜生が…………!」

岸田が何とか立ち上がって、鞄から電動釘打ち機を取り出したものの、その動きは目に見えて鈍くなっている。
とても、智代の攻撃を裁き切れるような状態では無い。

「これで、終わりだ…………!」

智代は勝負に終止符を打つべく、一気に踏み込もうとする。
次に智代が岸田を間合いに捉えれば、その瞬間に戦いは決着を迎えるだろう。
満身創痍となった岸田洋一は、碌に反撃すらも出来ず、意識を刈り取られる。



だが――その刹那。


もう少しで、智代の足が届く距離になるという時に。
追い詰められている筈の岸田が、あろう事か禍々しい笑みを浮かべ出した。


「……そうか。最初からこうすれば良かったんだな」
「――――え、」


智代の動きがピタリと停止する。
前方で、岸田の電動釘打ち機が水平に構えられていた。
智代に向けてでは無い。
岸田は咄嗟の判断で、智代では無く茜に釘打ち機を向けたのだ。
足を怪我している茜に、釘打ち機の発射口から逃れる術は無い。

「動けばどうなるか、分かってるよな?」

智代が下手な行動を起こせばどうなるか、考えるまでも無い。
殺人鬼・岸田洋一はそれこそ何の躊躇も無く茜を撃ち殺すだろう。
例えその後、自分自身が殺される事になろうともだ。
岸田は空いてる方の手で投げナイフを取り出すと、一歩も動けない智代に向けて構えた。

「駄目です、智代! 私の事なんて良いから、戦って――」
「……じゃあな、雌豚」

茜の叫びも空しく。
冷たい宣告と共に、ナイフが容赦無く投げ放たれた。
鋭い白刃は正確に智代の胸部へと突き刺さって、中にある内蔵すらも破壊する。
智代は呼吸器官から湧き上がる血液を吐き出して、自身の服を真っ赤に染め上げた。

「……す、ま、ない。あか………ね―――――」

膝から力が抜けて、上体が折れる。
智代は最後に一言だけ言い残すと、冗談のような鮮血を流しながら地面へと倒れ込んだ。
倒れ込んだ智代に向けて、更に岸田が一発、二発と五寸釘を打ち込んだ。
衝撃に智代の身体が揺れたが、それも長くは続かない。
十数秒後。
そこにはもう、二度と動かなくなった亡骸のみが残っていた。

「と、智代…………!!」

茜が右足を引き摺りながら、懸命に智代の死体まで歩み寄ろうとする。
だが目的地に到着するよりも早く、背中に強烈な衝撃が突き刺さった。
茜は盛大に吐血すると、力無く地面へと崩れ落ちた。


「ったく、手間掛けさせやがって。身体中が痛むし最悪だ」

茜の背中からナイフを引き抜きながら、不快げに岸田が呟いた。
岸田は茜の肩を掴むと、強引に身体を自分の方へと向けさせる。

「何はともあれ、これで理解出来ただろ? 仲間なんて下らないモノに拘ってる連中は、馬鹿みたいに野垂れ死ぬだけだってな」

岸田はそう言い放つと、茜の胸にナイフを突き立てた。
生命の維持に欠かせない心臓が破壊され、夥しい量の血が飛散した。
だが、茜は尚も身体を動かして、智代の下に這い寄ろうとする。


(せめて……智代の…………傍で――――――)

霞みゆく視界、薄れゆく意識の中で、懸命に這い続ける。
萎えてしまった腕の筋肉を総動員して、少しずつ距離を縮めてゆく。
せめて。
せめて最期は、智代の傍で。
残された唯一の望みを果たすべく、茜は尚も動こうとして。

「――しつけえよ。いい加減死ね」

そこで岸田のナイフがもう一度だけ振るわれて、茜の首を貫いた。
周囲の床に血が飛び散って、赤い斑点模様を形作る。
神経を遮断された茜は、最早指一本すら動かせない。


誰一人として守れないまま、大切な仲間の下にも辿り着けないまま。
里村茜の意識は暗闇へと飲まれていった。
見開かれたままの大きな瞳からは、血で赤く染まった涙が零れ落ちていた。




【時間:2日目15:00】
【場所:C-03 鎌石村役場】

相楽美佐枝
【持ち物1:包丁、食料いくつか】
【所持品2:他支給品一式(2人分)】
【状態:死亡】

坂上智代
【持ち物:湯たんぽ、支給品一式】
【状態:死亡】

里村茜
【持ち物:フォーク、釘の予備(23本)、ヘルメット、湯たんぽ、支給品一式】
【状態:死亡】

小牧愛佳
【持ち物:火炎放射器、缶詰数種類、他支給品一式】
【状態:中度の疲労、顔面に裂傷、極度の精神的ダメージ、役場から逃亡】

七瀬留美
【所持品1:手斧、折りたたみ式自転車、H&K SMGU(26/30)、予備マガジン(30発入り)×2、スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン】
【所持品2:デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、支給品一式(3人分)】
【状態:弥生の殺害を狙う、邪魔する者も排除、中度の疲労、右腕打撲、一時的な視力低下、激しい憎悪。自身の方針に迷い、役場から逃亡】

七瀬彰
【所持品:イングラムM10(16/30)、イングラムの予備マガジン×4、M79グレネードランチャー、炸裂弾×9、火炎弾×10、クラッカー複数】
【状態:右腕負傷(かなり回復。痛みはほぼ無し)。左腕に打撲、左腕に切り傷、疲労大、マーダー。役場から逃亡】

岸田洋一
【持ち物:ニューナンブM60(0/5)、予備弾薬9発、鉈、カッターナイフ、投げナイフ、電動釘打ち機6/12、五寸釘(5本)、防弾アーマー、支給品一式】
【状態:肋骨二本骨折、内臓にダメージ、身体中に打撲、疲労大、マーダー(やる気満々)。今後の方針は不明】


【その他:二階の大広間に電動釘打ち機(11/15)、ドラグノフ(1/10)が、一階に89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、ペンチ数本、ヘルメットが放置】
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