二人の七瀬が立ち去った後、やがて煙も薄れてゆき、大広間の全貌が明らかとなる。 規則正しく配列されていた机も、その殆どが爆発の煽りで吹き飛ばされ、乱雑な形で床に転がっている。 部屋の所々では、赤々と燃える残り火達。 荒らされ尽くした広間の中、その一角で茜が声を張り上げていた。 「智代! しっかりして下さい、智代!」 彰の奇襲に対して、茜は何の回避行動も取れなかったが、智代が庇ってくれたお陰で殆ど怪我せずに済んだ。 しかし、その代償は決して軽くない。 屈み込んだ態勢で叫ぶ茜の眼前には、横たわったまま動かこうとしない智代の姿。 「どうして……どうしてこんな事をしたんですか! 私を庇ったりしなければ、こうはならなかった筈なのに!」 叫びながら智代の肩をガクガクと揺さぶるが、一向に何の反応も返っていない。 完全に意識を失ってしまっている。 茜は尚も智代の肩を揺らそうとしたが、そこでようやく我に返って、大きく一度深呼吸をした。 (……違う。こんな時こそ落ち着かないと……!) 乱れる心を懸命に抑え込んで、智代の状態を良く注視する。 身体中に無数の掠り傷を負ってはいるものの、致命傷となるような傷は見受けられない。 ただこめかみの辺りから、一筋の血が流れ落ちている。 恐らくは側頭部を強打して、その所為で気絶してしまったのだろう。 まずは安全な場所まで運んで、意識の回復を待つべきだ。 そう判断した茜は、智代の身体を持ち上げようとして―― 「ククク……未だ残ってる奴らが居たか」 「…………ッ!?」 愉しげに弾んだ声。 驚愕に振り返った茜は、瓦礫の下から這い出てくる悪魔――岸田洋一の姿を目撃した。 岸田は立ち上がると、自身の服にこびり付いた埃をパンパンと払い除けた。 「あの糞餓鬼、いきなりふざけた物をぶっ放しやがって……。危うく死ぬ所だったじゃねえか。 でもま、獲物達が残ってただけマシか」 語る岸田の外観からは、目立った外傷は殆ど見受けられない。 精々、頬の辺りに軽い掠り傷がある程度だ。 彰がグレネードランチャーを放った瞬間、岸田は傍にある机の影へと逃げ込んだ。 その甲斐あって、被害を極限まで抑える事に成功したのだ。 「お前達、もうボロボロだな? 他の奴らはもう逃げたようだし、痛ぶってから殺すにはお誂え向きの状況だ」 「……この、悪魔…………!」 岸田は銃火器を用いるまでも無いと判断したのか、鞄から鉈を抜き出した。 応戦すべく茜も立ち上がったが、彼我の戦力差は果てしなく大きい。 恐るべき殺人鬼と、戦い慣れしていない只の女子高生。 どちらが有利かなど、考えるまでも無かった。 「そら、掛って来いよ。何なら、そこで倒れてるお仲間から殺してやっても良いんだぜ?」 岸田の表情には、緊張や焦りといった類のものは一切見受けられない。 それも当然の事だろう。 岸田からしてみれば、この戦いはあくまでも余興だ。 初めから勝つと分かり切っている戦いに、恐れなど抱く筈も無い。 (此処は逃げ――いえ……駄目ですね) 茜は浮かび上がった考えを、一瞬の内に打ち消した。 自分とて、勝ち目が無い事くらいは理解している。 愛佳と二人掛かりでも倒せなかったのに、自分一人で勝てる筈が無い。 どうせ勝てないのら、気絶している智代を置いて、一人で逃げるのが最善手かも知れなかった。 だが―― 「智代――今の私が在るのは、貴女のお陰です。貴女が居なければ、私は外道の道を歩んでいたでしょう」 殺人遊戯の開始当初、自分は殺し合いに乗るつもりだった。 どんな手段を使ってでも、優勝を勝ち取るつもりだった。 そんな愚か極まり無い自分を、智代が諫めてくれたのだ。 あの時の出来事が無ければ、自分は岸田と然程変わらぬ下衆になっていただろう。 智代が居るからこそ、今の自分が在る。 「貴女は何時だって無茶をして、私を救い続けてくれた。だから今度は、私が無茶をする番です。 たとえ此処で死ぬ事になろうとも、私は絶対に退いたりしない……!」 そう云って、茜は電動釘打ち機を構えた。 茜の瞳に恐れや迷いといったモノは無く、ただ決意の色だけがある。 その姿、その言葉が気に触ったのか。 「助け合いの精神か……反吐が出るな。幾ら綺麗事を吐こうが、所詮この世は弱肉強食なんだよ。 お前みたいな弱者は、誰も救えないまま野垂れ死にやがれ!!」 直後、岸田の足元が爆ぜた。 幾多もの人間を殺してきた殺人鬼が、肉食獣のような前傾姿勢で茜へと襲い掛かる。 放たれる釘を左右へのステップで避けながら、一気に間合いを詰め切った。 茜も釘打ち機の照準を定めようとしたが、そこに振るわれる鉈の一閃。 「遅いぞ、雌豚」 「っつう………!」 鉈の刀身は正確に釘打ち機を捉え、空中へと弾き飛ばしていた。 続いて岸田は手首を返して、肘打ちで茜の脇腹を強打した。 殺害では無く破壊を目的とした一撃は、容赦無く獲物に衝撃を叩き込む。 「がふっ……、く……」 呼吸困難に陥った茜が、後ろ足で力無く後退してゆく。 それは岸田にとって、仕留めるのに十分過ぎる程の隙。 今攻め立てれば、ものの数秒で勝負を決める事が出来るだろう。 だが岸田は敢えて追撃を行おうとせずに、心底馬鹿にしたような視線を投げ掛ける。 「お前、馬鹿か? お前みたいな餓鬼如きが、この俺に勝てる訳無いじゃねえか」 「……そう、でしょうね。云われなくても、そんな事くらい分かっています」 肯定。 自分に勝機が無いという事実を、茜はいとも簡単に認めた。 釘打ち機は今の衝突で失ってしまったし、もう碌な武器が残っていない。 しかしその事実を前にして尚、茜の瞳に絶望は浮かび上がっていない。 「――だけど、私は信じています」 「信じている……だと?」 訝しげな表情となった岸田が、眼前の少女に問い掛ける。 数秒の間を置いた後、茜は自身の想いを言葉へと変えた。 「私は智代を信じています。智代なら絶対に起き上がって、貴方を倒してくれます。 だから、私がするべき事はそれまでの時間稼ぎだけです」 諦めなど無い。 智代が意識を取り戻すまでの間、自分が岸田を食い留める。 それが茜の選んだ道であり、勝利に至る方程式だった。 揺るがない想い、揺るがない信頼が、茜を巨悪に立ち向かわせる。 「ハッ、下らないな。女の一人や二人増えた所で、何が出来るってんだ? お前達に残されているのは、俺に殺される未来だけなんだよ!」 岸田は茜の言葉を一笑に付すと、すぐさま攻撃へと移行した。 邪悪な笑みを湛えたまま前進して、勢い任せに鉈を振り下ろす。 得物を失った茜には、回避する以外に生き延びる術が無い。 「っ――――」 茜は自身の全能力を注ぎ込んで、横方向へとステップを踏んだ。 敵の攻撃が大振りだった事もあって、紙一重の所で命を繋ぐ事に成功する。 だが岸田からすれば、今のはあくまで威嚇の一撃に過ぎない。 攻撃が外れた事など気にも留めず、茜の懐へと潜り込んだ。 「悶えろ!」 「あぐっ…………!」 岸田は上体を斜めへと折り畳んで、拳で茜の脇腹を強打した。 続けて足を大きく振り被り、渾身の回し蹴りを打ち放つ。 純粋な暴力の塊が、茜に向けて襲い掛かる。 茜も咄嗟に両腕で防御したが、その程度ではとても防ぎ切れない。 岸田の攻撃は、ガードの上からでも十分な衝撃を叩き付けた。 「ぅ、……あっ…………!」 度重なる攻撃を受けた茜が、後ろ足で力無く後退する。 そこに追い縋る長身の悪魔。 岸田は茜が苦し紛れに放った拳を避けると、天高く鉈を振り上げた。 「――さて。そろそろフィナーレと行こうか?」 振り下ろされる銀光。 岸田の振るう鉈は茜の右太股を深々と切り裂いて、真っ赤な鮮血を撒き散らした。 茜は苦悶の声を上げる事すら侭ならず、無言でその場へと倒れ込んだ。 「本当なら犯してから殺す所なんだが、生憎と少し前に楽しませて貰ったばかりなんでね。 お前は直ぐに殺してやるよ」 「あ……っつ…………くああっ…………」 茜は懸命に立ち上がろうとするが、如何しても足に力が入らない。 動けない茜の元に、鉈を構えた殺人鬼が歩み寄る。 反撃の一手は無い。 逃げる事も不可能。 最早完全に、チェックメイトの状態だった。 迫る死が、覆しようの無い状況が、茜の心に絶望の火を灯す。 (智代、すみません。私は貴女を守れなかった――――) 武器を奪われ、機動力も封じられた茜は、心の中で謝罪しながら目を閉じた。 精一杯頑張ったつもりだが、結局自分は何も出来なかった。 無力感に苛まれながら、数秒後には訪れるであろう死の瞬間を静かに待ち続ける。 「…………?」 だが、何時まで経ってもその時は訪れない。 疑問に思った茜が、目を開こうとしたその瞬間。 茜の耳に、鈍い打撃音が飛び込んできた。 「…………え?」 最初に茜が目にしたものは、数メートル程離れた位置まで後退した岸田の姿。 岸田は驚愕と怒りの入り混じった形相で、茜の真横辺りを睨み付けている。 茜が岸田の視線を追っていくと、そこには―― 「――待たせたな」 「あ、あ…………」 眼前には待ち望んでいた光景。 この島でずっと行動を共にしてきた、何よりも大切な仲間の横顔。 茜の傍で、意識を取り戻した坂上智代が屹立していた。 「……もう何度も後悔した。私はこれまで死んでいった人達を救えなかった。美佐枝さんも救えなかった」 智代はそう云うと、視線を地面へと落とした。 語る声は後悔と苦渋に満ちている。 この島では余りにも多くの人が死んでしまい、智代の周りでも同志が倒れていった。 救えなかった苦しみ、守れなかった無念が、智代の心を苛んでいる。 「だけど、もう後悔なんてしたくないから――」 銀髪の少女は首を上げて、真っ直ぐに岸田を直視した。 後悔ばかりしているだけでは、何も変わらないから―― 直ぐ傍に、何としてでも守り抜きたい人が居るから―― 強く拳を握り締めて。 自身の苦悩を、そのまま燃え盛る闘志へと変えた。 「この男を倒して! 茜だけは絶対に守り切ってみせる!!」 「智代……ッ!」 瞬間、智代の身体が掻き消えた。 生物の限界にまで達したかと思えるような速度で、前方へと駆ける。 岸田を間合いに捉えた瞬間、智代の右足が閃光と化した。 「ガ――――ッ!?」 岸田には、蹴撃の残像すら見えなかったかも知れない。 まともに左側頭部を強打されて、そのまま大きく態勢を崩してしまう。 その隙を狙って、智代の彗星じみた連撃が繰り出される。 「ハァァァァァァァアッ!!」 「ぐがあああああっ…………!」 一発、二発、三発、四発―― 一息の間に放たれた蹴撃は、例外無く岸田の身体へと突き刺さっていた。 余りにも凄まじいその猛攻を受ければ、並の人間なら意識を手放してしまうだろう。 だが岸田とて歴戦の殺人鬼。 そう簡単に敗北を喫したりはしない。 「こ……のっ…………クソがあ!」 岸田は罵倒で痛みを噛み殺すと、右手の鉈を横一文字に奔らせた。 派手な風切り音を伴ったソレは、直撃すれば間違いなく致命傷となるであろう一撃。 だが、智代の表情に焦りの色は無い。 「……この程度か? 七瀬の斧の方が余程速かったぞ」 「な、に――――!?」 智代は優に一メートル以上跳躍して、迫る鉈を空転させる。 そのまま空中で腰を捻って、岸田の顔面に強烈な蹴撃を打ち込んだ。 直撃を受けた岸田は大きく後方へと弾き飛ばされて、背中から地面に叩き付けられた。 「智代……凄い…………」 地面に腰を落とした状態のまま、茜が驚嘆に言葉を洩らす。 智代が見せた動きは、岸田を大幅に上回っていた。 彼我の体格差などものともせずに、一方的に岸田を痛め付けてのけたのだ。 智代の実力は最早、女子高生などという枠に収まり切るものでは無い。 「早く立て。倒れている相手を追い打つのは、私の流儀に反するからな」 智代は敢えて追撃を仕掛けずに、岸田が起き上がるのを待っていた。 殺し合いの場であろうとも自分を曲げるつもりは無い。 あくまで自らの信念、自らの生き方を貫いたまま、目的を達成してみせる。 智代と茜の視線が注ぎ込まれる中、ようやく岸田がよろよろとした動作で立ち上がる。 「……調子に乗るな、雌豚がああああっ! もう後の事なんぞ知るか、コレでお前をぶっ殺してやる!」 岸田はそう叫ぶと、直ぐに鞄からニューナンブM60を取り出した。 高槻と戦う時まで銃弾を温存しておくつもりだったが、最早そんな事は考えていられない。 今この場で全力を出し切ってでも、この女達は八つ裂きにせねば気が済まない。 「さあ、パーティーは終わりだ! 死ね! 死んでこの岸田に逆らった事を後悔しろ!」 怒りも露に岸田が叫ぶ。 銃という凶悪な力を手に、智代達に死刑宣告を突き付ける。 だが智代は銀の長髪を靡かせながら、口の端に強気な微笑みを浮かべた。 「パーティーか。そうだな……仮にこれを、パーティーの中で行われる演劇とすれば――」 智代の腰が落ちる。 それに呼応するようにして、岸田の銃が水平に構えられる。 「――主役(わたし)が勝ち、敵役(おまえ)が負ける! それが演劇のフィナーレというものだ!!」 鳴り響く銃声、木霊する叫び。 それを契機として、最後の戦いが幕を開けた。 「ハッ――――――!」 智代は凄まじい速度で横に跳躍して、岸田の初弾から身を躱した。 間を置かずして前進しようとするが、そこで再び銃口と対面する事になる。 智代が咄嗟に前進を中断した瞬間、ニューナンブM60が死の咆哮を上げた。 容赦も躊躇も無い銃撃が、必殺の意思を以って放たれる。 「ク――――」 全力で身体を捻る。 智代の頭上付近を、黒い殺意の塊が通過していった。 何とか危険を凌いだと思ったのも束の間、更に二連続で放たれる銃弾。 「……………っ」 態勢を崩したままの智代は、地面へと転がり込む事で、迫る死からどうにか身を躱した。 しかし、それで限界。 今の状態では、これ以上の回避行動を続けるなど不可能だった。 「そら、そこだ!」 「グッ……ガアアアアアアア!」 智代が起き上がるよりも早く、岸田のニューナンブM60が五発目の銃弾を放つ。 放たれた銃弾は智代の左肩へと突き刺さり、そのまま肉を抉り貫通していった。 迸る鮮血に、智代の服が赤く染まってゆく。 「ハーハッハッハッハッハッハ! 馬鹿が、素手で銃に勝てる訳が無いだろうが!」 先程から一方的に攻め立てている岸田が、勝ち誇った笑い声を上げる。 確かに現在の所、勝負は圧倒的に岸田が押している。 岸田が銃を持って以来、智代は一度も近付けてすらいない。 ――だが、岸田は失念してしまっている。 銃という武器が持つ、最大の弱点に。 智代は無言で起き上がると、そのまま一直線に岸田の方へと走り出した。 「馬鹿が、真っ直ぐに向かってくるとは――、…………ッ!?」 迎撃を行おうとした岸田の表情が驚愕に歪む。 智代に向けてニューナンブM60の引き金を絞ったものの、銃弾は発射されなかった。 弾切れ。 銃器である限り、絶対に逃れられない枷。 圧倒的優位に酔いしれる余り、岸田は残弾の計算すらも忘れてしまっていたのだ。 「オオオオぉおおおおおお―――――――!!!!」 敵の弾切れを確認した瞬間、智代は文字通り疾風と化した。 これこそが、智代の待ち望んでいた機会。 度重なる連戦で負った疲労とダメージは決して軽くない。 この好機を逃してしまえば、自分にはもう後が無い。 故に今この時、この瞬間に自分の全てを注ぎ込む――――!! 「――これは美佐枝さんの分!」 「ガッ、グ…………!」 智代は一息の間に距離を詰めて、岸田の腹部を思い切り蹴り上げた。 強烈な衝撃に、岸田の手からニューナンブM60が零れ落ちる。 「これは小牧の分!」 「っ――――ぐ、ふっ…………!」 智代の上段蹴りが、岸田の顎へと正確に突き刺さった。 激しく脳を揺らされた岸田が、完全に無防備な状態を晒す。 「これは私と茜の分!」 「あ、が、ぐ――――」 蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。 叩き込まれた攻撃は実に十発以上。 皆の怒りを、皆の無念を籠めて、智代の足が何度も何度も振るわれた。 だが、未だ終わりでは無い。 銀髪を流星の尾のように引きながら、智代が更なる攻撃を仕掛けてゆく。 「そしてこれは――」 踏み込む左足が、力強く、大地を震わせた。 その勢いは前進力となって、完全に同軌したタイミングで右足が一閃される――!! 「お前に殺された人達の分だ――――――!!!」 「うごぁぁああアアアアアアアアア…………ッ!」 正に全身全霊、渾身の一撃。 交通事故にも等しい衝撃が、岸田の腹部へと叩き込まれる。 智代が放った蹴撃は、巨躯を誇る岸田洋一の身体すらも、優に十メートル以上弾き飛ばした。 「ぐっ……糞、ど畜生が…………!」 岸田が何とか立ち上がって、鞄から電動釘打ち機を取り出したものの、その動きは目に見えて鈍くなっている。 とても、智代の攻撃を裁き切れるような状態では無い。 「これで、終わりだ…………!」 智代は勝負に終止符を打つべく、一気に踏み込もうとする。 次に智代が岸田を間合いに捉えれば、その瞬間に戦いは決着を迎えるだろう。 満身創痍となった岸田洋一は、碌に反撃すらも出来ず、意識を刈り取られる。 だが――その刹那。 もう少しで、智代の足が届く距離になるという時に。 追い詰められている筈の岸田が、あろう事か禍々しい笑みを浮かべ出した。 「……そうか。最初からこうすれば良かったんだな」 「――――え、」 智代の動きがピタリと停止する。 前方で、岸田の電動釘打ち機が水平に構えられていた。 智代に向けてでは無い。 岸田は咄嗟の判断で、智代では無く茜に釘打ち機を向けたのだ。 足を怪我している茜に、釘打ち機の発射口から逃れる術は無い。 「動けばどうなるか、分かってるよな?」 智代が下手な行動を起こせばどうなるか、考えるまでも無い。 殺人鬼・岸田洋一はそれこそ何の躊躇も無く茜を撃ち殺すだろう。 例えその後、自分自身が殺される事になろうともだ。 岸田は空いてる方の手で投げナイフを取り出すと、一歩も動けない智代に向けて構えた。 「駄目です、智代! 私の事なんて良いから、戦って――」 「……じゃあな、雌豚」 茜の叫びも空しく。 冷たい宣告と共に、ナイフが容赦無く投げ放たれた。 鋭い白刃は正確に智代の胸部へと突き刺さって、中にある内蔵すらも破壊する。 智代は呼吸器官から湧き上がる血液を吐き出して、自身の服を真っ赤に染め上げた。 「……す、ま、ない。あか………ね―――――」 膝から力が抜けて、上体が折れる。 智代は最後に一言だけ言い残すと、冗談のような鮮血を流しながら地面へと倒れ込んだ。 倒れ込んだ智代に向けて、更に岸田が一発、二発と五寸釘を打ち込んだ。 衝撃に智代の身体が揺れたが、それも長くは続かない。 十数秒後。 そこにはもう、二度と動かなくなった亡骸のみが残っていた。 「と、智代…………!!」 茜が右足を引き摺りながら、懸命に智代の死体まで歩み寄ろうとする。 だが目的地に到着するよりも早く、背中に強烈な衝撃が突き刺さった。 茜は盛大に吐血すると、力無く地面へと崩れ落ちた。 「ったく、手間掛けさせやがって。身体中が痛むし最悪だ」 茜の背中からナイフを引き抜きながら、不快げに岸田が呟いた。 岸田は茜の肩を掴むと、強引に身体を自分の方へと向けさせる。 「何はともあれ、これで理解出来ただろ? 仲間なんて下らないモノに拘ってる連中は、馬鹿みたいに野垂れ死ぬだけだってな」 岸田はそう言い放つと、茜の胸にナイフを突き立てた。 生命の維持に欠かせない心臓が破壊され、夥しい量の血が飛散した。 だが、茜は尚も身体を動かして、智代の下に這い寄ろうとする。 (せめて……智代の…………傍で――――――) 霞みゆく視界、薄れゆく意識の中で、懸命に這い続ける。 萎えてしまった腕の筋肉を総動員して、少しずつ距離を縮めてゆく。 せめて。 せめて最期は、智代の傍で。 残された唯一の望みを果たすべく、茜は尚も動こうとして。 「――しつけえよ。いい加減死ね」 そこで岸田のナイフがもう一度だけ振るわれて、茜の首を貫いた。 周囲の床に血が飛び散って、赤い斑点模様を形作る。 神経を遮断された茜は、最早指一本すら動かせない。 誰一人として守れないまま、大切な仲間の下にも辿り着けないまま。 里村茜の意識は暗闇へと飲まれていった。 見開かれたままの大きな瞳からは、血で赤く染まった涙が零れ落ちていた。 【時間:2日目15:00】 【場所:C-03 鎌石村役場】 相楽美佐枝 【持ち物1:包丁、食料いくつか】 【所持品2:他支給品一式(2人分)】 【状態:死亡】 坂上智代 【持ち物:湯たんぽ、支給品一式】 【状態:死亡】 里村茜 【持ち物:フォーク、釘の予備(23本)、ヘルメット、湯たんぽ、支給品一式】 【状態:死亡】 小牧愛佳 【持ち物:火炎放射器、缶詰数種類、他支給品一式】 【状態:中度の疲労、顔面に裂傷、極度の精神的ダメージ、役場から逃亡】 七瀬留美 【所持品1:手斧、折りたたみ式自転車、H&K SMGU(26/30)、予備マガジン(30発入り)×2、スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン】 【所持品2:デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、支給品一式(3人分)】 【状態:弥生の殺害を狙う、邪魔する者も排除、中度の疲労、右腕打撲、一時的な視力低下、激しい憎悪。自身の方針に迷い、役場から逃亡】 七瀬彰 【所持品:イングラムM10(16/30)、イングラムの予備マガジン×4、M79グレネードランチャー、炸裂弾×9、火炎弾×10、クラッカー複数】 【状態:右腕負傷(かなり回復。痛みはほぼ無し)。左腕に打撲、左腕に切り傷、疲労大、マーダー。役場から逃亡】 岸田洋一 【持ち物:ニューナンブM60(0/5)、予備弾薬9発、鉈、カッターナイフ、投げナイフ、電動釘打ち機6/12、五寸釘(5本)、防弾アーマー、支給品一式】 【状態:肋骨二本骨折、内臓にダメージ、身体中に打撲、疲労大、マーダー(やる気満々)。今後の方針は不明】 【その他:二階の大広間に電動釘打ち機(11/15)、ドラグノフ(1/10)が、一階に89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、ペンチ数本、ヘルメットが放置】 - ←PREV BACK