アイニミチル (終幕)






 
「―――これがあなたの、本当の世界。沢山の嘘の底に隠した、本当の」

返答は翻る刃だった。
灰色の空の下、赤光が閃き、マナを襲う。

「何が分かりますか、貴女に―――!」

茜の怒りに任せた大上段からの一撃は僅かに身を引いたマナを掠め、濡れた地面を叩いた。
ばしゃりと盛大に跳ねた泥が少女の制服に黄土色の斑模様を作る。

「怖がって、傷ついて、それで逃げ込む先でしょう!」

頬に付いた泥が雨に濡れて流れ落ちるのにも構わず、マナが叫ぶ。
叩きつけるように落とした滄海の刃が茜の背を捉えるより一瞬早く、蜂蜜色の髪の少女は
その身を大地へと投げ出している。

「待つと決めた、私の永遠の証です!」

ベージュの制服がべっとりと水溜りの泥を吸い込んで染まり、汚らしい滴がばたばたと垂れた。
気にした風もなく叫び返す茜の刃が、降りしきる雨を裂いて奔る。

「なら、どうして隠すの! 誇ることもできない気持ちなの!?」

辛うじて受け止めた青の剣がびりびりと震える。
濡れたマナの革靴が、ず、と泥を噛んで下がった。

「土足で踏み込まれたくないからに、決まっているでしょう!」

両手で抱えた赤光の刃を押し込むように茜が体重をかける。
脱ぎ捨てた冷徹な仮面の下の、剥き出しの激情をそのまま力へと変えていくかの如く、
茜の瞳には真紅の焔が燃え盛っていた。
下から睨み上げるマナもまた、焔に呑まれぬ大海の青を宿して斬りつけるような言葉を吐く。

「なら嘘で隠す必要もない! 最初から誰も近づけなければいいじゃない!」
「そうしているでしょう!」
「じゃあGLは何だったの!? 仲間を作って!」

ぎり、と文字通りの鎬を削るような鬩ぎ合いは長くは続かない。
押されるマナの足が水溜りに取られて、滑った。

「利用しただけです! 分かりなさい!」

絶好の好機。
が、唐突に崩れた均衡に押し込んでいた茜は思わず体勢を崩してたたらを踏んでしまう。
赤く透き通る刃を振り下ろしたときにはマナの姿は既になく、追撃に薙いだ刀の軌跡も遠い。

「よく言うよ! 寂しくて、構ってほしくて、近づけば逃げるふりをして!
 声をかけられて嬉しかったんでしょうが!」

後転するように身を投げ出した勢いのまま跳ね起きるマナ。
泥に濡れたシャツの貼り付いた背中に冷たさを感じながら、駆け出す。
跳ねる泥水が膝下を汚し、一歩ごとにぐじゅり、ぐじゅりと靴が嫌な音を鳴らした。

「勝手なことを……!」

滄海の剣の間合いまで二歩。
茜が赤光の刃を腰だめに引く。
マナが一歩を駆ける。
茜の刃が動き出す。

「誰が、そんなものを望みましたか……!」

リーチはほぼ同一。
詰めるマナと、受ける茜と、刃が交錯する。
迫るマナの引きずるように構えられた下段から、滄海の剣がかち上げられる。
待ち受ける茜の刃はそれに先んじて動き始めている。
下段からの切り上げに開くマナの胴を狙った、烈風の突き。
相討ち、否、僅かに茜の突きが早い。
赤光の刃がマナの胴に突き込まれる、その寸前。
青剣の軌跡が、ぐらりとぶれた。
切り上げる姿勢を利用して、マナが上半身だけを強引に捻っていた。
渾身の両手突きに手応えはない。
茜の刃は、マナの着込んだ制服の脇を僅かに千切り飛ばすに留まっていた。

「待ってるっていうんならずっと引き篭もってればいい!」
「……ッ!」
「外に出て、誰かに会いたくて、それで何を待ってるっていうのさ!」

刃を突き出した姿勢、茜は剣を引くことができない。
上半身を捻ったマナが頭上に流れた両刃の剣を、今度は開いた茜の背に向けて叩き込む。
咄嗟に身を投げ出した茜の、二つに編まれた髪の先が流れ、剣風に巻き込まれた。
ぷつりと小さな音がして、髪留めが飛ぶ。

「ただ待ってるのが嫌なら、そう言いなよ!」
「……何も知らないくせに!」

飛んだ髪留めが水溜りに落ちて小さな波紋を立てるのと同時。
膝立ちになった茜の刃が、横薙ぎに宙を裂いていた。
迂闊に踏み込めず立ち止まったマナを、茜が憎悪に満ちた眼差しで睨み上げる。

「待ち続ける辛さも、何も知らないくせに……!」
「辛いんでしょう!?」
「―――ええ、辛いですよ!」

ばらり、と茜の髪がその容積を増した。
ゆっくりと立ち上がった茜の、編み髪の一つが解け、波打つ蜂蜜色の海が広がっていた。

「辛いですよ、待ち続けるだけの日々は。
 苦しいですよ、帰らない人のことを想い続けるのは。
 それがおかしいですか? 何か間違っていますか?」

ぶつりと音がした。
茜の手が、もう一方の編み髪を強引に解いた音だった。
乱雑に拡がる豊かな髪が、雨に濡れて茜の肌に張り付いていく。
それを空いた手でかき上げて、茜は叫ぶ。

「寂しいです、息が詰まりそうです、でも、だからどうだっていうんです?
 誰かに近づいたら私の想いは色褪せるんですか?」

匂い立つような艶を醸し出しながら、茜が手にした刃を真横に振るう。
降り続く雨粒が、断ち切られた。

「……そう感じたから、世界を空っぽにしようとしたんでしょう。
 あなたの近づける、誰かのいる世界を」

激情を吐露する、赤光の刃の少女を見据えて、滄海の剣の少女が静かにそれを口にする。
否む強さに縋る少女を断罪するように、肯んじる者が、告げる。

「……」
「待つことが辛くて、誰かに寄り掛かりたくて、だから世界を永遠に塗りこめて。
 それが、あなたの想いの果て」

告げられた言葉が、雨に吸い込まれて消える。
暫く、無言が続いた。
さあさあと降る雨が、泥の跳ねる音が、水溜りに波紋の浮き出る音が、小さな空き地を満たしていた。
やがて。

「そうですよ」

ぽつり、と。

「……待てなくて、何が悪いんですか」

呟かれるのは、少女の世界だった。

「私はいつだって有限で、けれど生きていれば私は私を埋めていく。
 色とりどりの形と、気持ちとで、私は少しづつ埋まっていく。
 私のぜんぶは、あの人を待つためにあるはずなのに」

俯いて雨を受ける、それは罪を贖う聖者のような、媚を売る物乞いのような、
醜く哀れで、そうしてどうしようもなく目を逸らしがたい、命のありようだった。

「私は生きて変わっていく。世界は私を変えていく。
 仕方ないとわかっていて、避けられないと諦めて。
 だけどそれは、いつか待つことをやめてしまう私を、認めることです」

いつしか少女の手から、透き通る刃が消えていた。
代わりにその白い手指から漏れ出していたのは、どろどろと泡立つ、赤黒く粘つく何かだった。

「だったら、なくしてしまうしかないじゃないですか、世界」

それは月経の血にも似て。
地面に落ちて、世界を汚す。

「永遠に逃げ込まなければ、永遠を待ち続けることなんて、できないんですから」

ぐずぐずと泡を吹く赤黒いものが、茜の手の中で新しい刃の形に練り固められていく。
届かぬ何かに伸ばされる老婆の手のような、幾つもの刃を持つ大鎌。
ごつごつと歪み、ぶつぶつと崩れ、ぐらぐらと捻じくれ曲がったそれは里村茜の吐く言葉そのままに、
ひどく醜く、ひどく切実に、血を吐きながら叫ぶように、存在していた。

「……そうやって」

駄々をこねて泣き止まぬ、幼子のような空を仰いでマナが言う。
その手にした剣もまた、茜のそれに対応するように形を変えていた。
少女の細腕には不釣合いな、グロテスクなほど巨大な広刃の直剣。

「そうやって、思い出を濁らせていくの?」

自らの背丈ほどもある深い青の刃を、まるで重さなどないように手首を回して掲げると、
マナがその巨大な刀身を地面に突き立てる。
蒼穹と滄海と、その最も澄み渡る一塊を削り出して剣の形に彫り上げられたような刃が泥濘を抉り、
飛び散った泥がマナと茜とを汚した。

「思い出せる? その人の声を。その人の顔を。その人と過ごした時間を。
 その人のこと、なんだっていいから、あなたはまだ覚えていられている?」

沈黙に色はない。
さらさらと降る雨が、濡れそぼる少女たちを洗い流していく。

「……そうして世界が腐っていくから、永遠の中に留めるしかないんでしょう」

暫しの間を置いて返った回答は、空白と同義。

「腐っていくのは、世界じゃない。……あなただよ、茜さん」
「同じですよ。だから私も世界も、永遠になる」

最早、言葉はなかった。
笑みも、涙も、意志も感情も使命も義務も目的すらもなく、少女たちは自らの刃を掲げる。
そこに生まれるものはなく。
そこに見出されるものはない。
ただ己が生を刃として、観月マナと里村茜は対峙している。

最初に雨を裂いて疾ったのは、血色の大鎌だった。
横薙ぎに迫るそれを、海の色の大剣を盾とするように防ぐマナ。
硬質な音と共に鎌が弾かれ、茜が一歩を下がる。
開いた間合いを潰すように、マナが大剣を盾にしたまま駆ける。
チャージの圧力に更に数歩の距離を飛び退った茜を追うように、大剣が今度は下段から競り上がっていく。
常識外の距離から届く巨大な大剣の刃はしかし、単純な一文字の軌跡。
大剣の豪風は恐れず踏み込んだ茜の蜂蜜色の髪を数条だけ舞い散らせるに留まる。
天空へと振り上げられた巨大な青の刃が断頭台の如く下ろされるよりも早く、茜は大鎌を振るう。
マナの空いた横腹を掻き切る軌道。
先刻に似た交錯、だが違うのは少女二人の戦いの意味。
青の少女は躱さず、赤の少女は退かない。
両手で大剣を振り上げたマナが選択したのは叩き下ろす一撃の加速。
体勢を崩すことなく真下へと振るわれる豪剣は互いの刃の間にあった刹那の差を埋める。
直後に響いた鈍い音は、刃の肉を食むそれではない。
茜の肩が、体当たりの形でマナの胸に食い込んだ音である。
頭上から風を巻いて迫る巨刃に、咄嗟に刃を引いた茜が見出した間合いは密着。
一瞬遅れて轟音が辺りを揺るがす。
けく、と息を吐いたマナの振り下ろす大剣が、必殺の勢いを失いながらも慣性に従って大地を抉っていた。
僅かに浮いた小さな身体を、血色の大鎌のごつごつと歪んだ柄が打ち据える。
大きな飾りボタンが一つ、弾けて飛んだ。
泥濘の地面に食い込んだ大剣を握るマナは飛んで転がることもなく、代わりに第二撃をその身に受ける。
野球のバットを振るような横殴りの打撃が、マナの腹部を直撃していた。
臓腑を潰すような一撃に、今度こそマナが吹き飛ぶ。
その手から離れた大剣が無数の光の粒になって消えた。
数歩分の距離を飛び、大地に叩きつけられたマナが泥濘の中を転がる。
咳き込みながら膝をついて跳ね起きたその全身は見る影もなく泥に塗れ、しかしその瞳の光は消えていない。
追撃に迫る血色の大鎌の、大気を縦に断ち割るような斬撃を見据えるマナの手に、再び青が宿る。
一瞬の後、その手には蒼穹の大剣が握られていた。
少女の細腕が、その背丈をすっぽりと隠すような幅広の大剣を片手で操る。
重く低く響く、鐘のような音の波。
下からの斬り上げが、赤の大鎌を受け止めていた。
がちりと噛み合った刃を、そのまま弾くように力を込める。
押し込む茜と押し返すマナ。
体重をかける茜の革靴が、マナのついた片膝が、滑りやすい地面の泥をぐねりと歪ませ、
しかし勝ったのは下、重心の低いマナの圧力だった。
跳ね上げられる大鎌。
かち上げられる大剣。
手応えはない。
勢いに逆らわず飛び退った茜を睨みながらマナが立ち上がる。

顔に張りつく泥を拭うその手の甲も泥に塗れていて、マナの表情を彩る黄土色の縞模様は雨に崩れて醜い。
口の中には砂の味。
無造作に吐き出した唾が顎に垂れたのを、もう一度拭う。
見据える先では、豊かな蜂蜜色の髪を雨にべっとりと濡らした少女が泥に塗れて醜い。
奇怪な血の色の大鎌を腰溜めにした瞳に色はなく。
きっとそれが、里村茜という少女だ。
ならば雨の中、泥に塗れ、己が意志も持たず。
どこかの誰かに託された想いと生とを剣として支えに立つ自分は、観月マナだ。

「―――ッ!」

少女二人に声はなく。
同時に上げたそれは正しく、咆哮だった。

誇れ、何にも拠らず立つことを。
誇れ、世界を殺す感傷を。

泥を跳ね上げ、雨を切り割って駆ける少女が、激突する。
ぶつかり合う刃が、何度も何度も音を立てる。
弾き、弾かれ、互いを断ち割らんと振るわれる刃が雨の中、少しづつ光に還っていく。
咆哮と、雨音と、刃の弾ける硬質な音とが小さな空き地を覆い、
蒼穹と滄海と、人の見る世界の拡がりの色が、
薄暮と灯火と、人の中に流れている命の色が、
少女たちを包み込んでいく。

互いの刃が、互いの刃を削り。
削り、削り、削り、折れ、砕け、散り、光に還り。
やがて細い刃だけを残して少女たちの手には何もなくなっても。
それでも少女は牙を止めない。

か細い刃を、後ろ盾のない想いを。
ただ、ぶつけ合う。

きらきらと輝く音と、さらさらと流れる光の中。
背負うものすらも忘れた、闘争の果て。

「―――」
「―――」

青の剣が、赤の少女を貫き通し。
赤の刃が、青の少女を貫き通し。

ゆっくりと、ゆっくりと。
倒れ伏す、少女二人の外側で。
雨の空き地が、割れ、砕けた。


 
******

 
 
そこは広い岩窟だった。
静謐の中、照らす灯火も既に消え、闇だけがその空間を満たしていた。

動くものは何もない。
闇の底に沈んだ岩窟には、微かな息遣いも、ほんの僅かな温もりも、存在してはいなかった。
風すらも吹かぬ、悠久を闇に沈んであり続けるかのような岩窟に揺らぎが生じたのは、
ならばそれが何時のことであったのか、判然としない。

判然とはしなかったが、しかしそこに現れたものがあった。
生まれたのは、光である。
真円に近い光の球が、いつの間にか闇の中に漂っていた。

奇妙な光球だった。
自ら輝きを放ちながら、しかし闇を照らさない。
ただ光として在り、しかし闇を侵さないそれが、唐突に、二つに割れた。
割れた二つの光球が、次第にその色を変えていく。

何も照らさぬ、透き通るような青と。
何も照らさぬ、透き通るような赤と。

互いの周りをくるくると回る青と赤の光球は、耳を澄ませば微かな音を立てて震えていた。
きらきらと光る薄い翅の揺れるような、ほんの僅かな音。
それはどこか、遠い国の言葉のようでもあった。

「―――」

「―――」

囁き合うような光球は、互いの周りを回りながらその速度を増していく。
二つの光球がやがて視認できないほどに加速し、回りまわる赤と青が、闇を照らさぬ二色の光が絡み、
融け合い、やがて赤と青という色の境目をなくした、その刹那。
音が、爆ぜた。

光球の立てていた微かな音とは明らかに異質な硬い音が、幾つも連鎖する。
それは、洞窟を構成する岩盤に、無数の罅が入っていく音だった。
崩落。岩窟が、崩壊していく。
轟音と共に土埃が立ち昇る。
巨大な岩盤が、大小無数の欠片になって崩れ落ちていく。

闇の中、闇を照らさぬ光は、崩落する岩盤に包まれてもう見えない。
砕けて落ちる岩窟の中、微かな息遣いも、ほんの僅かな温もりも、既にない。
声はもう聞こえない。





「―――」

「―――」





声はもう、聞こえない。




 
******



否。


 
******

 

「―――ねえ、世界って―――」


 
******

 

藤田浩之がその声を聞いたのは、七瀬彰と名も知らぬ触手の男を埋葬し、その墓に手を合わせた、
正にその時である。
どこからか響くようなその声に戸惑ったように顔を上げた浩之が、柳川祐也と顔を見合わせ、
ふと微笑んで、首を振る。
声は、短い問いだった。
ほんの小さな、ひどく身近な、単純で深遠な、小さな問い。
確かな答えは、見交わした視線の中にあった。

静かに口を開いた浩之の、その眼差しに迷いなく。

「んなこと、ねえよ―――たまにかったりいけど、な」

その声音に揺らぎなく、応える。
浩之の言葉をどう受け止めたのか。
声は、それきり聞こえなかった。

「なあ、今のって……」

目を見交わした柳川が、意を汲んだように頷く。
どこからともなく響く、怪しくも不思議な声。
それがどこかで聞いたことのある声であるように、浩之には思えたのだった。
首肯する柳川の、優しげな眼の光に浩之が確信する。
それは、傷ついた二人を癒し、護り、そして勝利へと導いた、青い光を纏う歌。
誰ひとりとして歌わぬ、だが誰の耳にも聴こえた、あの歌声に似ていた。


 
******

 

「え……?」

どくん、と震えたのは心臓ではない。
辺りを見回した春原陽平が、無意識の内に撫でていたのは下腹である。

「そんなのわかんない、けど……」

何かに背中を押されるように、声が出た。
木漏れ日の眩しい林道の中、さわさわとざわめく梢の音に混じって聞こえたのは、ほんの短い問い。
まるで空に融けるような声にも、春原は不思議と恐怖を感じなかった。
それはとても懐かしく、同時にひどく近いどこかから聞こえてくる声のように、春原には感じられていた。

「わかんないけど……少なくとも、退屈はしてない……かな?」

ざあ、と。
ひと際強い風に木々が揺れた、その時にはもう、声は消えていた。

「……ちょっと! ついてくるならさっさとしなさいよ、まったく!」

代わりに聞こえてきたのは怒声のような響き。
慌てて駆け出した春原陽平の、その片手で押さえた下腹に宿った小さな光は、誰の目に留まることもなかった。
青い、青い光が、風に舞い上がるように立ち昇り、梢の向こうへと消えていったのに、気付いた者はいない。


 
******

 

崩れ落ちる岩窟の中、凛と光るものがある。
闇を照らす光が、闇を照らさぬ赤と青の光を圧して、そこにあった。

「―――ねえ―――」

光が、声を放つ。

「―――ねえ、世界って、そんなに、つまらない?―――」

声は響く。
世界に響く。

問いに気付く者は僅か。
問いに答える者は僅か。

それでも、答えはあった。
その問いに応える者は確かに、存在していた。


***


そうして青が、闇を照らさぬ光の片方が、応える。

「―――私には、好きな人がいるんだ。私たちはずっと、何かを愛していくんだ。
 それが、答えだよ」

その応えはどこまでも驕慢で誇り高く、享楽に塗れ放埓に過ぎ、
同時にひどく、満たされていた。
少女と呼ばれる者たちの、それは輝く日々だった。


そうして赤が、闇を照らさぬ光の片方が、応える。

「―――いいえ、いいえ。確かにままならず、確かに愚かしく、確かに脆弱で、取るに足らず。
 それでも、素晴らしいものも、ほんの少しだけ、ありました」

その応えはどこまでも不遜で計算高く、意気地なく哀切に満ち、
同時にひどく、鮮やかだった。
少女と呼ばれる者たちの、それは小さな牙だった。


***


応えは返る。
世界に響く。

「―――そう―――」

光が、その眩さを増していく。
赤が呑まれ、青が融け、光が膨張する。

「―――なら、僕は―――」

轟音を圧し、崩落を圧して、
光が瞬き、そして。

「―――生まれたいと、思う―――」


 
******
 


岩窟に、光が満ちた。


 
******

 


さわ、と。
鼻先を撫でる潮風に、ゆっくりと開かれた観月マナの目に映ったのは、ひどく遠い、蒼穹の青だった。

岩窟はなく、それを満たす光もなく。
ただ、澄み渡る空だけがあった。

日輪が、輝いていた。



 
【時間:???】

【場所:B−2海岸】
観月マナ
 【状態:生存、エピローグへ】

【場所:???】
里村茜
 【状態:不明】


【時間:2日目午前11時半すぎ】

【場所:C−3 鎌石村】
藤田浩之
 【状態:生存、エピローグへ】
柳川祐也
 【状態:軽傷、エピローグへ】

【場所:G−5】
長岡志保
 【状態:異能】
春原陽平
 【状態:妊娠】


【時間:???】
【場所:???】
???
 【状態:決意】
-


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