(先行不安)/Chaotic Island





 訪れた放送の内容は、篠塚弥生にとって意外なものとなった。
 最終生存人数の増加。
 口上は大切な人を守るため、大切な家族を守るため、などと謳われていたがどうにも今更のように思えてならなかった。

 タイミングが遅すぎる。
 現段階での生存者はこれまでの放送から確認する限り既に40人を切っている。
 それはつまり、全体の3分の2が死体となってこの島に転がっているということだ。
 ならば、家族や恋人関係にある人間の片割れが既に死亡していないことなど、ないに等しい状況なのだ。

 参加者名簿に、弥生は目を走らせる。
 やはり、大半のそういう関係にある者は死んでいる。名簿の名字から推測するだけでもそうなのに、恋人などの関係まで含めると更に数は増える。
 大体、放送を待ってこんなルール変更をする理由がないのだ。
 単にルールを変えるだけならいつでも……例えば、昼ごろや、極論を言えば主催者が思いついた段階で言っても構わないはず。

 二人まで生き残れるというのは実は相当に重要なことだ。
 神尾晴子がそうであるように「生き返り」など信じていない現実主義者は大勢いる。……弥生自身が殺害した、藤井冬弥もそうだった。
 クローンという推測は立てたもののそれですら眉唾ものだ。確率的には「生き返り」が本当に出来るかというのは無に等しい。
 ――それでも弥生は森川由綺のためにそれを信じるしか道はなかったが、今はそれは置いておくとしよう――
 とどのつまり、「好きな人と一緒に生き残れないから主催に反逆する」人間は少なからずいたと考えられる。
 そのための対応策が、生存者数の増加……二人生き残れるから、殺し合いに乗る。そのカードを、何故今更切ってきたのか。
 不可解に過ぎる、と弥生は考えた。それとも、それ以外に何か理由があるのかとも考える。

 考えられるのは……妥当に考えれば、集団の崩壊を狙うことだろうか。
 先程も考えたように、二人で生き残ることができないから反抗している人間はそれなりに多くいるだろう。
 そして殺し合いゲームも終盤に近づいた今、集団を形成している可能性もそれなりに高い。
 だがルールが変更され、生き残りも少なくなった今、果たして主催を倒すのと、ゲームに勝ち残ることと、どちらが勝算が高いか。
 天秤にかけられた結果、共謀して集団を内部から攻撃し、凄惨な争いが繰り広げられる……といったところだろう。
 それを眺めて楽しむ悪趣味さを考えれば、ありえないことではない。
 だがやはり、「遅すぎる」という事からは離れられない。
 それとも、ゲームを運営している連中に何かあったのか……?

 そこまで行くと、最早推理ではなく、妄想の域に入ることに気付き弥生はそれ以降の考えを打ち止めにする。
 そんなことより今、問題にすべきなのは……
 『すまん、ちょっと外の空気吸ってくるわ』
 と青褪めた顔色を必死に隠すようにして、怪我しているにも関わらずふらふらと無学寺の外に出て行った、神尾晴子の姿だった。

 潰れてくれなければ、いいのですが……
 懸念しつつも、しかしどこかで晴子が自棄を起こし弥生に襲い掛かってきたときのことを考慮し、対応策を考えている冷ややかな自身の頭に苦笑する。
 どこかで人を物のように考え、どう利用すれば最善の結果を導き出せるかばかりを考えている。
 生来の性だ。変える気はないし、この場では存分に使える思考体系である。

 ……でも、それじゃ寂しいですよ。

 ふとそんな事を言う藤井冬弥の顔が弥生の頭に浮かんだ。
 いつだったか、黙々とマネージャーの仕事を続け、仕事ばかりしていて、由綺の先のことばかり気にして大丈夫なのかと尋ねてきたときがあった。
 弥生は当然のように大丈夫だと言い、それに由綺をアイドル界のトップに、スターダムにのし上げることこそが生き甲斐なのだと話した。
 それ以外は何も必要ないとも。
 その時にぽつりと冬弥が零したのが、今の言葉だった。

 何を思って、そう言ったのかは今でも分からない。問い質そうにも既に彼はこの世からは……弥生自身が手を下して、消えた。
 寂しい。何が、寂しいというのか。
 別にそのような批評を向けられたことに対して怒りや不満を抱くわけもなかったが、弥生にはそう言われる理由が分からなかった。
 目的を見つけて、それに生き甲斐も持っているというのに。

 詮無いことだと思い、その疑問に対する考えを中断させる。
 そもそも、どうしてこんな言葉を思い出すのだろう。
 今の自分にも、行動にも後悔はない。
 ……それとも、まだ気付いてないだけで……

「愚問、ですね」

 嘲るように吐き、もう残り弾数が少なくなっているP−90の黒々とした銃身を眺める。
 確認したところ、残りは20発。フルオートで連射できるだけの余力はないに等しい。
 警棒で戦闘力を奪い、P−90で止めを刺すか。それとも銃の使用は神尾晴子に任せるか。
 どちらにしろ、もう迂闊には使えない。
 30人強。
 十分だ。あらゆるものを利用し尽くし、生き延び、願いを……由綺を生き返らせてもらう。
 そして、取り戻すのだ。あるべきだった未来を。

 ……でも、それじゃ寂しいですよ。

 何故かもう一度思い出したその言葉が、ちくりとして弥生の胸に突き刺さった。

     *     *     *

 ぐるぐると、頭の中で何かが回転していた。
 澱みを成した河であった。
 混乱と疑念、憎悪、懇願……神尾晴子の持ちうる限りの思念を一つ残らず投げ込み、それは黒々とした汚濁となっている。

 嘘だ、と呟き続ける彼女の半分。
 これが現実、と頑なに言い張る彼女の半分。
 いっそ狂ってしまえばどんなに楽なことか。
 喚き、叫び、心を放り出して肉体だけの存在になってしまえば、恐らくは苦しまずに死ねたことだろう。

 しかしそれだけはするな、お前は復讐を果たさなければならないと晴子の黒い部分の中でも、特に黒を覗かせている部分が囁く。
 まだ狂ってはならない。理性を以って、行動しなければならぬ理由がある。
 目頭に浮かぶ熱い涙の粒を振り払うかのように、晴子は無学寺の壁に拳を叩きつける。

「――ええ度胸しとるやないか」

 悲しみは既に怒りに塗り変わり、後悔は牙をより鋭くしている。
 最愛の娘を、何よりもかけがえのない笑顔を奪った罰は万死ですら生温い。
 温い。温い温い温い温い温い温い温い温い温い!
 殺すだけでは足りない。死、以上の……死んだほうがマシだと言えるくらいの死を与えてやろう。
 復讐の覚悟は整った。今の自分は阿修羅さえも陵駕する存在であるとすら自覚できる。

 だが、しかし。
 晴子の胸の内では、その後のこの命、どう使うという疑問が湧き出していた。
 ……いや、既に頭は回答を導き出している。

「……クローン、か」

 優勝して、『生き返らせて』もらう。それで観鈴は戻ってくる。
 晴子が否定をした、ニセモノの神尾観鈴が。
 それを受け入れてしまっていいのか。
 例え今までの記憶を持ち、仕草まで完璧で、何一つ寸分の違いもなく完全なるコピーだとしても、それを認めてしまっていいのか。

 復讐を果たした後は自分も死んでしまえばいいという考えもあった。
 娘に殉じて、あの世で詫びる。
 きっと優しい観鈴のことだ、これまでの不孝を、笑って許してくれるはず。
 すぐに仲直りして、親子の時間を過ごす。
 もう何にも畏れることはない、永遠の安息が訪れるだろう。

「は……バカバカしい」

 けれども、晴子はその考えを吐き捨てるように却下する。
 甘い、甘すぎる。
 それは逃げであり、逃避だ。
 楽に縋り、安穏を求めようと低きに流れる堕落した人間の姿だ。
 大体、無神論を謳っている自分が天国だ死後の世界だのと言うのはあまりにご都合が過ぎるではないか?

 ならば最後までその道に生きよう。
 偽者? そんなものは認めなければいいだけのこと。
 どんなに欺瞞に満ちていても、もう一度娘の姿が見られるなら……取り戻せるなら、その道に進もう。
 ダメとは言わせない。
 無理だと口を利くなら髪の毛を掴み、何度でも叩きつけて出来ると言えるまでやってやる。

 神尾晴子はエゴイストだ。
 身勝手で、自分のことしか考えていないとも言える考えだということは分かっていた。
 恐らくは世界で一番自己中心的な母親かもしれない。
 いや、そもそも母親ですらないか、と晴子は苦笑する。
 なら、これは一人のワガママ女がする、誰もが呆れるくらいの馬鹿げた行動だと思うことにしよう。
 そう考えると、胸の中に溜まっていた重苦しいものがスッ、となくなっていくような気がした。

 なんだ、いつものようにしていればいいじゃないか。
 難しく考える必要はない。
 己の気が向くままに、やりたいことをやり、欲しいものを手に入れる。
 十分だ。神尾晴子という女の生き方は、それでいい。
 後は、怒りと憎悪を忘れなければよかった。
 それさえ忘れなければ、晴子は晴子でいられる。まだ戦える神尾晴子でいられる。
 澱みは消えた。流れを堰き止める障害は、取り払われた。

「さぁて、行こか。……何もかも、潰したる」

 不敵に笑うと、未だ打ち付けていた拳を壁から離し、瞳を薄暗さの集まる森林から、無学寺の内部へと移す。
 貴女も、きっと私と同じ考えになります。何故なら……本質的に、貴女と私は同じなのですから。
 無表情のままそう言い放った女は、中で晴子を待ち続けているのだろう。
 本来なら真っ先に排除してかかるべきなのだが、今は状況が違う。

 生き残れる人数が、二人になった。
 本来ならその枠には観鈴が入るはずだったが、もうその観鈴は姿を消した。
 残るは弥生と共に優勝し、願いで観鈴を『生き返らせて』もらうしかない。観鈴と、生き残るためには。
 なら、精々共闘させてもらうことにしよう。弥生曰く「相性はいい」とのことだ。パートナーとしては問題ない。
 武装の貧弱さが気になるところだが……一応最低限戦えるものは揃っている。
 狙うべきは奇襲。正面から突っ込むのはただの愚かな自殺行為に他ならない。
 勝ち残るためには、もう一度たりともミスは許されない。

 選択肢は二つ。
 北上し、ここから先にある学校で狙い撃つ。
 南下し、氷川村に向かい、恐らくはまた起こるであろう戦闘に乱入し、漁夫の利を得る。
 逃げ回るという手もなくはなかったがそれは晴子の性に合わないところではあるし、貧弱な武装のまま終局を迎えねばならないことになる。
 そうなった場合いかに不利かということは弥生も分かっているだろう。
 討って出るしかないのだ。活路を見出すためには。

「……まぁ、相談やな」

 数時間休息をとって僅かなりにとも回復はしている。
 立ち回りができないというほど体が衰えているわけではない。
 足を引っ張ることも、引っ張られることもあるまい。
 その確信に支えられるかのように、寺の中へと踏み出した一歩は、しっかりとした足取りであった。




【場所:F-09 無学寺】
【時間:二日目午後:18:50】

神尾晴子
【所持品:H&K VP70(残弾、残り4)、大きなハンマー、支給品一式】
【状態:マーダー。右手に深い刺し傷、左肩を大怪我(どちらも簡易治療済み。痛みはあるものの動けないほどではない)、弥生と共に勝ち残り、観鈴を生き返らせてもらう】
【備考:蘇生の情報には半信半疑】
篠塚弥生
【持ち物:支給品一式、P-90(20/50)、特殊警棒】
【状態:マーダー。脇腹の辺りに傷(悪化)、晴子と共に勝ち残り、由綺を生き返らせてもらう】
【備考:蘇生の情報は一応理解を示している】
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