それぞれ





 大きな穴が二つ。
 深さは3メートル程だろうか。やや縦長の楕円形が深く大口を開けて食事を欲しがるように土色の乱杭歯を覗かせている。
 そんな発想をする俺はやはり苛立っているのかもしれない、と那須宗一は思った。

「すみません、結局手伝ってもらって」
「気にするな。……こうできれば、一番いい」
「……そうですね」

 遠野美凪とルーシー・マリア・ミソラは渚のツールセットから小型のスコップを借り受け、墓穴を掘る作業を手伝っていた。
 古河渚も手伝いたいという意思は見せていたが、怪我の度合いが激しいという理由から宗一が控えさせ、支給品の整理を任せることにした。
 牽制合戦だった先程とは違い、首輪以外のことに関してなら今はほぼ自由に情報のやりとりができる。
 穴を掘りつつ、四人は情報交換を行った。

 ルーシーは水瀬親子に急襲され、上月澪と春原陽平を失いながらも脱出に成功し、現在は知り合った美凪と共に行動を共にしていること。
 美凪はルーシーと会う前に同じく水瀬名雪に襲われ、北川潤と広瀬真希を殺害されたこと。
 そして渚と宗一が霧島佳乃を失い、同じく埋葬しようとしている来栖川綾香と戦闘沙汰になったことをそれぞれ伝え合う。
 そして確認できる限りの危険人物は以下の通り。

 ・先述の水瀬親子。
 ・(かなり前の話であるが)一緒にいた仲間を襲ったというお下げ髪の男。
 ・綾香の仲間だった天沢郁未。

 この時点で既に四人が敵に回る。加えて二回目の放送から大分時間が経過しているため更に多くの殺人鬼が潜んでいることが推測できる。
 状況は悪化の一途を辿っていると言えた。本当ならこんなことをしている時間すら惜しい。エージェントとしての宗一はそう告げていた。
 しかしそれは命を賭してまで宗一に依頼事を頼んだ佳乃を侮辱する行為であるし、それに……渚の様子がおかしい。

 明らかに元気がなかった。どことなく影が差した様子で、ルーシーや美凪と会話をする姿にも覇気がない。
 原因は大よそ掴めている。……春原陽平。確かそれは渚が探していた人物の一人だったはずだ。
 優しい渚のことだ。きっと口には出さず、しかし心の奥ではその死を悲しんでいるのだろう。
 宗一はいたたまれない気持ちになると同時に、それを打ち明けてくれない渚に対して、俺では役者不足なのかとやるせない思いも抱く。
 愚痴でも恨み言でもいい、溜め込んでいる思いを吐き出してはくれないのだろうか。

 そんなに……今の俺は不甲斐ないのか。

 そうかもしれない。事実、ここに来てからというもの窘められたり諌められたりすることの方がよほど多い。

 ……情けない。
 ……役に立ちたい。
 ……あの時、確かに望んだような、ヒーローでありたい。
 ……夕菜姉さんを守りたいと思ったときのように。

 一度目を閉じて、宗一は深く息を吸う。
 なら、好き嫌いなんてしてられないよな。
 何事もまず行動で示してこそだ。

「もうこのくらいで十分だろ。そろそろ埋めてやろうか」
 一つ息を吐き出して、宗一は穴を掘っていたスコップを地面に突き刺し静かに横たわっている二つの遺体を見やる。
 その視線にはもう怒りや憎しみの感情は残ってはいない。
 ただ、生き残ることだけを思っていた。他人の屍の上に立っている、そのことを認識しながら。

「そうだな、後はそっちに任せる。渚、行ってやれ」
「……あ、はい」

 二人に先は任せるというようにルーシーが渚の背中を押し、宗一の下へと歩かせる。
 徐々に近づいてくる渚が、それに比例するように表情を強張らせているのが宗一には分かった。
 半ば自然に、呼吸をするかのようにその真意を探ろうとしてしまう自分に気付き、宗一は辟易する。
 きっと、緊張しているだけだ。
 そう思うことにする。
 畏れられているのではないか……浮かび上がった考えを打ち消すように。

「佳乃、持てるか」
 綾香の遺体を持ち上げながら、渚にそう問う。
 渚は佳乃を持ち上げようとしたが、体の半分も持ち上げられない。

「……すみません」
「ま、仕方ないか。一人ずつ埋めていこう。逆に軽々と持ち上げられてもそれはそれで絶句してたけどな」

 宗一は冗談半分で言ったが、渚は困ったような表情をしたばかりで、笑うこともなかった。
 ほろ苦い唾の味が広がる。しかしため息だけは飲み込んだ。
 こういうことには、時間をかけていくしかないのだから。
 残念なことに、それくらいしか思いつく解決法がなかったのだ。
 男であることが、悔しい。

「大丈夫だって。この那須宗一君に任せろ」
 一声入れると、宗一はひょいっと綾香の遺体を抱えたまま穴の中に飛び降り、それを丁寧に横たえる。
 彼女が体につけていた防弾チョッキは回収させてもらった。まだ使い道があるからだ。
 それにしても、あれだけ格闘戦をこなしていたくせに体重自体は軽いものだった。女性の七不思議の一つかもしれない。
 皐月やリサもこれくらいなのだろうかと想像しかけて、ぶっ飛ばされそうなのでやめた。触らぬ神に崇りなし。聞こえていなくても崇りなし。

「よし、いいぞ」
 渚に手で合図しつつ、宗一は飛び上がって穴から脱出する。土を掻き入れるなら渚にだって出来るだろう。
 その間に自分は佳乃を墓穴に入れることにしよう。
 すっかり冷たくなった佳乃の体を持ち上げながら、宗一は次の行動に移っていた。

     *     *     *

 葬儀を進める二人(那須宗一と、古河渚)に、ルーシー・マリア・ミソラはそれを半分、複雑な思いで眺めていた。
 こうできれば、一番いい。
 それは自分に対して向けた言葉だったのかもしれない。

 今も尚、ルーシーにとってもっとも大切な人だと言える春原陽平の遺体はあの民家に、憮然と転んでいるのだろう。
 上月澪も、深山雪見も。
 霧島佳乃、来栖川綾香の両名が埋葬されることに関しては別段妬みのような感情は持たない。
 たまたまあの二人にはそうしてもらえる機会があって、自分にはなかった。
 だがそれでも春原を自分の手で送ってやりたいという思いは確かにあった。

 渚が春原の死を聞いたときの表情を見れば尚更だ。
 春原が言っていた通りの、やさしい人間。
 少なくともこれまでの、あの頃のルーシーであればあんな顔は出来なかった。いや、今だってそうかもしれない。
 簡単には、変わらないな。どんなに強く思ったって。
 どこか冷静に他人を見てしまう自分が少し、悲しかった。
 けれども、悲しい、と思えることは成長なのかもしれないとも思う。
 ほんのちょっぴり、前進はしている。
 そう考えると、元気が出たような気がした。

「なぎー、つかないことを聞くが……あの短髪の方、同じ制服だな。知り合いだったか?」
「ええ、同じ学校でした。……とは言っても、知り合いというほどでもなかったのですが」

 情報交換をしている間も、美凪は一切必要なこと以外は喋っていない。
 しかし思うところがあったのか、ここ一連の作業の間でも口数は少なく(元々少なかったが)、思案に耽っているようだった。

「……るーさんだから、言えることですが、那須さんが見つけたという二人の遺体……あれは、北川さんと広瀬さんのでは、と思っていました」
「そういえば、そんなことを言っていたな」

 確かに、この近辺にいたというのだから見つけていてもおかしくはない、とルーシーは思ったが二人の男女というだけでそう決めるのは早計ではと考えた。
 しかし美凪はデイパックの中身を見せると、
「古河さんが纏めていた荷物を拝見させてもらったのですが……この散弾銃は、北川さんが使っていたものと同じでした」
「……なるほど」
「それで確信したんです。那須さんは、北川さんと広瀬さんを見つけていた、って。それは構いません。ですが……あのお二人が埋葬されているのに、北川さんと広瀬さんは荷物を回収されただけなのか、って……」
「……」
「嫌な気分になります……自分が、そんなことを考えていると思うと……酷い人間ですよね」

 美凪が塞ぎこんでいた理由は、ルーシーにも通じるものがあった。
 殺人鬼が埋葬されているのに、いい仲間だった人たちは手付かずのまま、放置されている。
 理屈では分かっていても止められない邪な気持ちで、自己嫌悪してしまう。
 ああ、どこか自分が納得できていないのも、そういうことなのかもしれない、とルーシーは思った。

「いや……分かる。私だって似たような気分だ。けど、もうどうしようもない。どうしようもなく、私達は……ここにいる全員は、無力だったんだ」
「……」
「でも、良かった。なぎーが話してくれて良かった。吐き出してくれたことが、嬉しい」
「るーさん……いえ、感謝されるようなことではないと思います。こういうことからは、何も生まれないと思いますから」
「だな……ああ、これだけにしよう。秘密だ、二人だけの」
「はい」

 二人はまた沈黙を取り戻し、埋葬を続ける二人の姿を眺め始めた。
 まだ少しだけ残るわだかまりと、切り替えつつある思いを携えながら。

     *     *     *

 結局、誰からも許されざる道へ進むことになってしまった。
 あの時の行動はきっと正しかった。そうしなければきっと、皆で死んでいた。
 だからこの選択については後悔はしていない。相応の責務と、罪悪を抱えることにはなってしまったが。

 しかし、古河渚は迷う。
 これから先、わたしは何に拠って行動していけばいいのだろうか、と。
 そう、許されざることをしている。
 殺しはしないという約束を破り、消え逝く命を見つめるだけで、そして今も。
 時間を使って、我侭を押し通している。

 綾香も埋葬するという言葉を伝えたときの宗一の複雑そうな顔が視界の隅にこびりついている。
 だからこれまでだ。これが、最後。
 大丈夫です。もう迷惑はかけません。後は那須さんに従います。
 言葉にすれば、それはあまりにも言い訳がましかった。だから作業は、宗一とは離れるように、黙々と進めていた。

 その途中で、友人の死を聞いた。
 春原陽平……知り合いの岡崎朋也と、一緒にいることの多かった人間。
 朋也は詳しく語ろうとしなかったものの、二人が気心が知れた関係だというのは渚にもすぐ理解できた。
 恐らくは、本人達は認め合わないだろうが、親友なのだろう。
 その春原が死んでしまった。
 朋也はもちろん次の放送でそれを聞いて悲しむだろうし、この報を伝えてくれたルーシー・マリア・ミソラという女の子も辛そうな表情をしていた。
 きっと春原はこんな地獄でもいつものように振る舞っては、皆に安らぎの一時を与えていたのだろう。

 それに引き換え、自分は……
 考えかけて、やめようと渚は思った。自己嫌悪したって春原の死がどうなるわけではない。いつも朋也が言っていた「悪い癖」だ。
 大丈夫。ちゃんとまだそれが分かっている。
 結論を出さなければならなかった。

 この先、何に拠って行動するべきか。
 宗一は皆を守りたいから。美凪とルーシーは死んでいった仲間に報いるため、生きるために脱出する。
 それぞれがそれぞれの信念を持っている。
 あの時戦った郁未でさえ生き残りたいからという理由を持って人殺しをしている(絶対に許しはしないが)。
 既に、渚は人殺しをしないという信念を破り捨てている。特別、これといった技能があるわけでもない。
 なら、渚に出来ることは体を張る、それしかなかった。

 わたしは、盾になる。
 皆を凶弾から防ぎ、迫る刃を受け止める盾だ。

 どんなに傷ついたって構わない。歩けなくなっても、腕が取れても、死んでもいい。
 殺させたくない。誰かがいなくなっていくのは、悲しい。
 命一つで皆を救えるなら、渚は躊躇わずに差し出すつもりだった。
 それがまた我侭であることにも、自分の死がまた誰かを悲しませることにも気付いていながら。

 誰にも言わない。

 誰にも言わない、一人だけの約束。

 だから、古河渚は孤独だった。

「ということで、分校跡に行こうと思うんだが、古河もいいか?」
「……えっ?」

 そんなもの思いに耽っていたせいか、途中から宗一の話を聞き逃していたことに、ようやく渚は気付いた。
 確かこれから主催者に対抗するための同士(表向きは宗一のエージェント仲間であるリサなる人物ということにしてある)、姫百合珊瑚という人物を探すというところまでは覚えていたのだが……
 ふぅ、と宗一他二人が困ったように顔を見合わせる。途端にまた迷惑をかけてしまい申し訳ないという気持ちが渚を駆け巡る。

「す、すみません、ぼーっとしてて……」
「まあいいか。もう一度言うぞ。大事なことなのでもう一度ってヤツだ。俺達が探す奴がどこにいるかってことで、俺なりに考えて候補を上げてみた」

 言いながら、宗一は分校跡、ホテル跡、この二箇所を取り出していた地図の、それぞれの名前の部分を指す。
「こういう廃墟っぽいところこそ隠れるには最適な場所だ。普通施設に近づく目的は二つ。
 一つは隠れるため。もう一つは施設内にある備品なんかを持っていくためだ。
 しかし廃墟では後者は望めない。だから普通はこういう機能していたところの民家に立ち寄る」

「だから私達も、そして那須も怪しいと睨んだ。拠点にするにはある意味では最適な場所だからな」
 ルーシーが後に続き、最後に美凪が締める。
「ホテル跡については既に私が通った場所でしたが、特に以前から誰かがいるような気配はありませんでした。
 ですから探すのであればこちらの分校跡にするのはどうか、という話になったのですが……古河さんのご意見は?」
「あ、いえ、わたしは……それでいいと思います」
「本当にいいのか? 意見があれば遠慮なく言え。頭の中に留めておくのは良くないぞ」
「……いえ、大丈夫です」

 考えていたことを見抜かれたような感覚に渚は陥る。
 日本人とはかけ離れた、どこか浮世離れしたようなルーシーの雰囲気がそう思わせるのか。
 しかし、別に分校跡に行くという提案について特に異論があるわけでもないし、むしろ賛成だ。
 だから渚はそう答えて、笑みを向ける。
 ルーシーはしばらく渚の顔を見つめてから「そうか」と納得して宗一に結論を促す。

「よし、ならそれで決まりだ。そうだな……俺とルーシーで前を歩くから、少し離れながらついてきてくれ。所謂斥候ってやつだ」
「せっこう……?」
「偵察のようなものです。ということで古河さんとは語らいの時間です。二人きり……ぽっ」
「え? え? なんで赤くなるんですか?」
「ふむ、パヤパ……」
「おっとルー公、それ以上は怖いお姉さまが飛んでくるから止めとけ。さ、行こうか」
「む、了解した」

 離れていく二人と、未だに頬を赤らめている美凪を交互に見ながら、渚は未だにチンプンカンプンだった。
 霧島さん、新しい人たちですが……わたし、守っていけるのでしょうか……
 僅かにではあったが行動を共にしていた仲間の姿を脳裏に思い浮かべながら、渚は己から自信がなくなっていきそうなのを必死で堪えていた。
 あんぱんっ、と小さな声で励ましながら。

「ほかほかのご飯」
「……へっ?」
「……好きな食べ物から自己紹介かと思いましたが、違いましたか」
「あ、いや、それは、その、あぅぅ……」

 前途は、多難だった。




【時間:二日目17:00頃】
【場所:F-3】

古河渚
【持ち物:おにぎりなど食料品(結構減った)、支給品一式×2(秋生と佳乃のもの)、S&W M29 4/6、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱】
【状態:腹部打撲、中度の疲労、ちょっと手が痛い、食事を摂った】
【目的:最優先目標は宗一を手伝う事。分校跡へ行く】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数11/20)、防弾チョッキ、SPAS12ショットガン8/8発、スラッグ弾8発(SPAS12)、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:腹部に軽度の打撲、疲労大、食事を摂った】
【目的:分校跡へ行く。渚達と共に珊瑚を探し、脱出の計画を練る。可能ならリサと皐月も合流したい】

遠野美凪
【持ち物:包丁、予備マガジン×1(ワルサーP38)、包丁、防弾性割烹着&頭巾、支給品一式、お米券数十枚、色々書かれたメモ用紙とCD(ハッキング用)、ノートパソコン】
【状態:強く生きることを決意、疲労小、食事を摂った。お米最高】
【目的:分校跡へ行く。るーさん達と行動を共にし、珊瑚を探す。ハッキングを絶対に成功させる】

ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×5)、支給品一式×2】
【状態:生き残ることを決意、疲労小、食事を摂った。渚におにぎりもらってちょっと嬉しい】
【目的:分校跡へ行く。なぎー達と行動を共にし、たこ焼き友だちを探す。なぎーを手伝う】
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