危険のはだざわり





(あの子……どこに行ったのよ)
 役場を脱出した七瀬留美は、相楽美佐枝を誤射で殺害してしまった小牧愛佳を探して奔走していた。

 ――本当に、自分は正しいのか。

 戦いの場にいたという理由だけで七瀬は全てを敵と見なし、抹殺しようとした。
 実際、全員が全員手に武器を取って戦う姿は七瀬にとって殺し合いに乗っていることの証明に思えたし、それを裁くのは自分だと思っていたことはある。

 ……だが、実際は違ったのではないか?
 積極的に攻撃を仕掛けていたのは岸田洋一や七瀬彰であり、里村茜、坂上智代、相楽美佐枝、そして小牧愛佳はやむを得ず応戦していただけなのではないか?
 正当防衛は殺し合いに乗ったことを意味しているわけではない。それは七瀬にも理解できる。

 しかし愛佳はともかくとして、他の三人……いや美佐枝は既に死亡している以上今は二人、については未だ確証は持てない(しかしその二人ももはや生きてはいないのであるが)。どんな形であろうとも、戦い、殺し合いに対する憎悪は深く七瀬の中に根付いていたのだ。
 だから七瀬は確かめねばならなかった。

 殺し合いには乗っていないのか……と。
 それはある意味では七瀬留美という人物の正当化でもある。
 殺し合いに乗ってない人物を積極的に襲ったのではないという事実を証明することで、自分のそれまでの考えは決して間違っていないというものだ。
 事実、七瀬が交戦したのは彰だけであり愛佳や茜たちとは交戦してない。
 誤解は解く。しかし自分の考えは変えない。

 それは意地のようにも思えるが、つまるところ自己正当化に過ぎない。
 何故なら自分の考えを変えてしまえば、それはこれまでの自分が殺し合いに乗っていることになる。
 殺し合いを憎悪しているが、それに乗ったつもりはない、というのがあくまでも七瀬の考えである。

 ……その考えが既に、狂気という領域に足を踏み入れつつあることを、彼女は自覚できるはずもない。
 ともかく、現在の第一目標を愛佳の捜索に切り替えた七瀬はしらみつぶしに鎌石村を歩き回る。
 別に誰と出会ってもいい。殺し合いに乗っているなら殺し、乗っていないなら保護するだけのことだ。

 そんなことを考えながら、七瀬は顔を上げて僅かに血の匂いが入り混じる空気を感じつつ静謐に満ちた鎌石村の風景を見回す。
 生きている、という気配はなかった。
 どこもかしこも、人の生活を感じさせる明かりや電化製品の動く音、そういったものは微塵もない。
 例えるなら映画に用意された舞台のセットというところだろうか。

 ご覧下さいませ、本日のショーは乙女の殺人遊戯です――

 胸糞が悪くなる。このような饗宴、いや『狂』宴を催した人物には罰を下さねばならないと七瀬は思った。
 死刑は確定だ。人が人を殺すようなものを計画しておいてそうしない理由がない。
 次はその方法。死刑といっても首吊りや電気椅子程度ではここに散っていった者達の無念は晴れるべくもない。
 特に冬弥の、彼があれほど惨く、目を覆いたくなるような殺され方をしたのに普通に死を迎えさせるなど言語道断だ。

 そうだ。どうせなら彼と同じ苦しみを味わってもらおう。
 腹を割き、臓物を引きちぎり、骨を砕き、踏み潰して上半身と下半身を綺麗にお別れさせてやる。
 生きながらじっくりと、じっくりと。
 どれほどの痛みを受け、どれほど生が尊いものか、時間をかけて刻んでやるのだ。

 くくっ、と七瀬は微笑を浮かべる。
 ごりごり、ぐちゃぐちゃ、ぐちゅ、と体を潰される悪魔の姿を思い想像しただけで可笑しくてたまらなくなったのだ。
 そう、それは僅かな笑い声だ。だがそれは隠れていた、怯えるウサギを追い立てるには十分だった。

「ひい……っ!」

 裏返った声が聞こえたか、と思うとその目の前を、自然の色を基調とするこの村では比較的色鮮やかな、赤い服装の少女が駆け抜けていく。
 まるで小動物のような素早い動きで七瀬から逃げ出すその少女は――彼女が探し求めていた小牧愛佳、その人に他ならなかった。
 いきなり民家の物陰から出てきたので切磋に反応する事が出来なかったが、数秒の後にそれが愛佳だと判断するに至り、慌てて七瀬はそれを追って走り出した。

「待って! ねえ、ちょっと、待ってよ!」
「こないでっ、こないでえぇぇー!」

 静止をかける七瀬の声を、髪を振り乱しながら拒絶し、絶叫を上げながら愛佳は逃げ続ける。

 美佐枝をわざとではないとはいえ射殺してしまった愛佳は役場を離れた後、近くにあった民家の陰にずっと潜んでいた。
 ガタガタ、と震えながら彼女は小さく縮こまっていた。
 元来、よく言えば優しく。悪く言えば小心者である愛佳が人を殺したという罪悪感、そして人の死を見てしまったという恐怖に耐えられるわけもなく、怖い、それ以外のことは何も考えられなくなっていた。

 それと同時に、今度は自分が殺される番ではないのか、とも。
 人を殺した罪人は裁かれる。目には目を。歯には歯を。
 古来からあるその言葉が指し示すように、殺人を犯してしまった人間が許されることがあるはずがないのだ。
 人殺しはこの場に不要だ。

 美佐枝の死体を前に冷たく見下す智代や茜、そして友人の面々が各々裁きの道具を手にしている光景がずっと彼女の頭の中にあった。
 彼らは口々にこう糾弾する。

『人殺し』
『人殺し』
『人殺し』……

 違う違う、あたしはそんなつもりなんかじゃなかった、あれは美佐枝さんを助けたい一心でやっただけだった――そんな言い訳は通用しない。
 何がどうあれ、愛佳が人を殺したという事実は厳然としてそこにあった。
 いやもう、最早既に逃げ出した愛佳を殺人鬼として認識し、各地に伝聞されているかもしれない。

 現実は残酷。

 あいつが相楽美佐枝を殺したぞ。
 あいつは凶悪な殺人鬼だ。
 あいつを許すな。
 あいつを殺せ。
 殺せ――

 殺される。そう考えると恐怖が一気に侵食を始めた。
 それは真っ黒な水が綺麗なカーペットをあっという間に染めていくかの如く。
 愛佳の頭の中には未だに頭の上半分がなくなった美佐枝の姿がこびりついていて、伸ばした手が愛佳の方へと向いている。
 返して。あたしの人生を返して。そう言っている。

 ぷしゅーぷしゅーと、呼吸代わりに血を噴出させ、勢いは怒り猛るように凄まじく。
 あんな姿になりたくない。あんなのは嫌だ。嫌だ、死にたくない死にたくない――
 罪悪感より、恐怖が上回り始めて己の生のみを懇願する寸前、声が聞こえた。


 クスッ。


「――!?」
 嗤った。誰かが、殺人犯の自分を見つけた。
 その瞬間、罪悪感はぷちんと切れた。

 殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される
 殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される
 殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される
 殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される
 殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される――!

「……っ!」
 首筋に銃口を押し当てられたような感覚が、愛佳を逃避の道へと奔らせた。

 そしてそんな愛佳の心情が、自分勝手な思考になりつつある七瀬に理解できるはずもなく。
 臆病なウサギと傲慢な狩人の追いかけっこと相成り申した。

「ああもうっ、埒があかないわね! 聞きたいことがあるの! 話聞いてよ! 襲ったりなんてしないから!」
「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ! 来ないで来ないで来ないでぇーーーーーっ!」
「な、ちょ、早くなった! そんなにあたしが怖いかおんどりゃーーー!!!」
「いやああぁぁああぁぁ! 殺さないで殺さないで殺さないでーーー!」

 全く以って会話になってない会話である。
 そもそも七瀬は役場において愛佳とは敵対する立場であり、ここまで愛佳が錯乱していなくとも逃げるのは当然だ。
 よく言えばおっとり、悪く言えば鈍な愛佳も流石に全力を出さざるを得ない。
 小動物の全力を発揮して全速力で逃げる愛佳に、自称乙女も本気を出す。

「なめないでよ、七瀬なのよあたしは!」

 何が何でも話を聞いてもらい自分の正当性を主張しなければならない七瀬が、疲労の溜まった体を押して走る。
 ついでに、こんな調子で殺人鬼と誤解されたらたまらない。
 七瀬はあくまでも弱者の味方であり、この島からの脱出を目指す正しく乙女(本人談)なのだ。
 今現在の彼女の第一目的である弥生殺害が正しく乙女なのかどうかはこの際気にしないということにしておこう。

「っ、それにしても……目が疲れる……まだチカチカする」

 七瀬彰の放った最後っ屁による視力へのダメージはまだ影響を及ぼしていた。
 愛佳の姿は捉えているものの左右への視界がぼんやりとしていて注視できない。これ以上距離を空けられると見失う恐れが出てくる。
 そうは問屋が下ろさない。元々は運動をしていたので同じ年齢、同じ体格の人間での持久走なら七瀬に分がある。
 とりあえず、言葉ではどうあっても届かないと判断した七瀬は機を見計らってまずは捕まえることにした。それまでは適度に追い続ければいい。

 何事かを喚きながら逃げる愛佳。
 目的を達成するがために半ば冷酷に算段を立てる七瀬。
 逃げる愛佳は七瀬を殺人鬼と見なし。
 追う七瀬は殺人鬼ではないと主張するために。

 狂気と、本能と、欲望をかき混ぜながら。

 二人は、坂道を駆け上がっていく。
 ――長い長い、ホテル跡への坂道を。

     *     *     *

「……」

 七瀬彰は、いかにも奇妙な二人(七瀬と愛佳の逃走劇。仲がよろしいことで)が横切っていくのをじっと見据えていた。
 ……さて、どうする。
 灯台もと暗し、の言葉があるようにあえて役場から近い物陰に身を潜め、動向を窺っていた矢先の出来事であるが……

 はっきり言って、体力が回復しきっていない。
 おまけに左腕の損傷がひどく、服を裂いて縛り、一応の処置は施してはいるものの付け焼刃に過ぎない。
 左腕は今の状況下では使い物にならないだろう。利き手ではなかったのが不幸中の幸いか。

(なんで、僕は痛い思いをしてまで、こんなことをしてるんだろうな)

 彰は自嘲する。
 痛いのは嫌だ。死ぬのはもっと嫌だ。
 確かに自分は平凡な学生に過ぎないが、それでも将来を望んでいないわけでもないし、もっともっと生きて面白い小説を読みたい。
 もう一度読みたかったなあ、長いお別れ。フィリップ・マーロウは格好いい。いや渋い。まさしくハードボイルドだった。
 僕も、あんな人になれたらこの殺し合いに抗っていたんだろうか。

 そう考えて、彰はまた笑った。
 そんなわけあるか。所詮は夢想。ただの子供が夢見る憧れに過ぎない。
 なるほどなるほど。つまり僕は、七瀬彰は小説一冊のために美咲さんを裏切るような人間だったのかもしれなかったわけか。

 耽るな、七瀬彰。

 現実を見据えろ。今できることをやれ。
 問題は生き返らせる、という主催者の言葉だ。本当にそんなことが、可能なのか。

「いや、できなくてもやってもらうさ……させてみせる」

 殺し合いに追い込んだ手前、責任はきっちりととってもらう。
 こんな馬鹿げた真似ができるのだから、できるはずには違いない。
 もしできないなどと言い張ったときには……道連れに殺すまで。

「……よし」

 彰は気を取り戻して、先程の出来事と合わせてこれからの動向を考える。
 分析したとおり、体力的にも全力では戦えない。なれば正面から突撃するのは愚策。それは先程の戦闘が証明している。
 武器が強いからといって無策で挑むのは蛮勇だ。イングラムとM79を持っていることで慢心したのかもしれない。

 考えろ。狙うなら相手が万全のときではなく、疲弊した瞬間だ。混乱に乗じ、獲物を狙い打ちにする方法は?
 そうだ、あの二人はどの方向へ走っていった? 来たことがある道ではなかったか。あの緩やかな勾配。そうだ、あちらはホテル跡だ。
 ホテル跡には……見逃してやった、誰かがいなかったか? いた。二人いた。誰かは知るべくもないが、この自分にさえ怯え、逃げ惑っていたような人間だ。
 もし、未だに留まっているとするなら……あそこで一悶着起こしてもらえればこちらとしては与しやすくなる。

 計画はこうだ。
 あの走っていった二人を追い、ホテル跡に飛び込み、残っていたあの二人組とかち合わせしたところで乱入。そして一網打尽。
 単純な計画だが、それだけに効果は高いはず。シンプル・イズ・ベスト。
 一応、いつでも逃げられるようにそれなりに時間を空けてから行ったほうがいいだろう。もう少しここで休憩をとっておくのがベターか。

 ふう、と隠れている民家の塀に背をもたれ掛け、左腕から湧き上がってくる痛みを感じながら、彰は息を吐く。
 ついでにと下ろしていたデイパックから水とパンを取り出し、口に挟む。クソ不味いが、空腹だったのもまた事実。
 もしゃもしゃと味のないパンを噛みながら、彰は遠くで「クソッタレが!」と誰かが叫ぶ声を聞きつける。

 聞き覚えがある。確か役場で意気揚々と殺し合いに乗っていた長身の男ではなかったか。
 様子を見る限り不利になって脱出してきたのだろう。あの叫び方からしてさほどダメージは受けていなさそうだが、ざまあみろと彰は罵倒する。
 それに殺人狂ではない彰からすればさして興味もなく、関わり合いにもなりたくない男だったので黙って見過ごすことにした。
 幸いにして彰がこれから向かう方向とは間逆に行っているようだ。無理はしなくて済む。
 ぱさぱさしたパンの欠片を水で流し込みながら、彰はすっかり馴染んできたイングラムを見据えていた。

     *     *     *

「というわけで、第一回ミステリ研定例部会をはじめまーす! はい拍手」

 ぱちぱちぱち、とどことなく白けた感じの拍手がホテル跡の寒々しい空間に広がる。
 昼間においてもなお薄暗いロビーと、かつての豪勢さを示していたのだろう明かりのついていないシャンデリアがそれに拍車をかけている。
 先程元気に宣言した笹森花梨を初めとして、急遽部員に任命された伊吹風子と十波由真が座っているソファも、所々中身が出ていて粗大ゴミに出されていてもおかしくない一品と化している。しかも座る前までは埃が積もって汚い有様であった。
 壁にかけられている安っぽい絵も額縁が傾き、プラスティックの部分には罅が入っており、見られたのであろう優美さは綺麗に損なわれてしまっている。

 要するに、みすぼらしい図である。あるいは子供の秘密会議か。けれどもそんな体裁などまるで気にするわけもない花梨は陽気に、テーブルの上に乗った青い宝石をびしぃっ! と指差して続ける。宝石はここに来る以前より、輝きを増しているようにも見えた。

「まあこれはね、私がここで拾ったものなんだけど、どうも、何かを開く『鍵』らしいんよ」
「……鍵、ですか」

 しげしげと宝石を手にとって見つめる風子。まるでその輝きに見覚えがあるように、彼女にしては珍しく集中して眺める。

「鍵、というと……どこかにはめるとか? 冒険映画みたいに」
「うーん、それも考えたんだけど、なんか、ちょっと違う気がするんよ」

 手に入れた当初こそ由真のように考えていた花梨だが、度々目にする『光』を存在を確認したときから、その考えは違うのではないかと思い始めていた。
 ただ、それを説明するのは少しばかり難しく、またその『光』はどうやって入手すればいいのか分からない。
 何より、『光』を集めたとしてどこで使うのかが分からない。そして、その効果の程も。
 分かるのは、同時に手に入れたメモから主催者連中が躍起になって奪おうとするほどの代物であるということだけだ。

「なんというか、その、これは『光』があるんよ」
「光? 確かに綺麗だとは思うけど……」
「そうじゃなくって、うーん、どう説明したらいいのかな……」
「想い……だと思います」

 上手く言葉にできない花梨をフォローするように、風子が声を上げる。
 その響きはいつものように奇天烈で、気まぐれな風子のものとは思えないほどの真剣な声である。

「ふわふわ漂ってて、やさしい匂いがするんです。でも、痛みや悲しみのような、怖い匂いもあります。だから、匂いです。ひとの匂いなんです」
「そーそーそー! そんな感じ! いいよいいよキミ! 名誉部員に認定するっ!」
「結構です。そもそも部員になった覚えはありません」
「ぐぁ……」

 きっぱりと退部届けを突きつける風子に花梨が少なからぬダメージを受ける。ここらへんの切り返しの速さは流石風子、としみじみ思う由真だが、その前に納得できないことがある。

「想い、って言うけどさ、そんなものがあると思うの? そりゃ、話を聞いてたら何か重要なものだ、ってのはわかるけど……あたしには信じられない、そういうの」
「ちっちっち、世の中には科学では説明できない不思議がたくさんあるのだよ十波クン。ミステリ研名誉会長の私が言うんだから間違いないんよ」
「そう。この世界には本当に不思議なことがたくさんあるんです」
「おー! やっぱり話が分かるねキミ! ねね、私の助手になってみない?」
「結構です。一人でやっててください」
「ぐぎゃ……」

 思い切り凹んだ花梨を横目にしつつ、意外と毒舌なんだな、と由真は思った。
 全く意に介する風もなく、風子は冷静に言葉を紡ぐ。

「風子自身を例に出すと……風子は、事故で何年間も眠り続けていたそうです。風子が一年生なのは、それが理由です」
「……」

 明かされる意外な事実に、由真は驚きを隠せない。いかにも年下そうなのに年上だった。その裏にはこんな事情があったというのか。

「お姉ちゃんの話を聞いた限りでは……風子は一生目覚めなかったのかもしれなかったそうです。そうでなくても、本当ならもっともっとたくさんの時間がかかっていた……って言っていました。だからお医者さんも、風子が目覚めたときにはすごく驚いたそうです。すごく回復が早かったのにも」
「それって……」
「風子の周りの人はみんなこう言いました。『奇跡だ』……と。風子にはそんなつもりはありませんでしたし、本当にそうなのか分かりませんが……でも、ちょっとした不思議や、ほんの少しだけありえないことはあるんだと思います」
「……そう、ね。うん、大げさに考えてたかも、あたし」
「だから、この宝石もきっと、ほんの少しだけ不思議なことを実現するのかもしれません。ヒトデが陸地に生息できるようになるとか」
「いや、そりゃほんの少しってレベルじゃないでしょ」
「失礼です! ヒトデが二足歩行で道路を闊歩してちゃいけませんか!」
「いや、そういう問題じゃないから」

「……というわけで! 宝石がただの宝石じゃないと分かったので今度は『光』を集める方法について模索したいと思いまーす!」

 ヒトデ論争に発展しかけたところで、復活した花梨が元気に次の議題を述べる。立ち直りだけは早いのは流石は花梨といったところか。
 タフだなあと由真は思いつつ、まだ興奮している風子を座らせ、まずは花梨に話を窺う。

「その、『光』……なんだけどどこで手に入れたの? 事例から検証していくのが一番手っ取り早いと思うけど」
「いや、それもね……なんというか、場合がバラバラなんよ。気がついたら増えてた、って場合もあるし」
「条件は一定じゃない、か……」
「十波さん、えらく真面目な言葉を使いますね。眼鏡が似合いそうです。いやなんとなくですが」

 失礼な。あたしはいつだって真面目よ、と言おうとした由真だが、普段の自分の態度を省みると、そう思われても仕方ない。
 そもそもその観点で文句を言えば風子が真面目なのにだって文句が出るはずだ。
 ふふん、と余裕な態度を見せつつ由真は風子に言った。

「まああたしは元々真面目なのよ。じゃあ、歩き回ってるうちに集められてた、ってことか……意外と、歩き回るだけで集められたりして」
「万歩計みたいです」
「お、ナイスな発想。そういう風に言ってくれると会話が膨らむよ」
「風子、ミステリ研には入らないです」
「……ううぅぅぅぅ……」

 まだ勧誘するつもりだったらしい。鋭く見抜く風子も風子だが、諦めない花梨も花梨らしいというか……
 半分呆れ返りながら由真は話をまとめに入る。

「とにかく、ここでじっとしてても光は集められないってことよね。ちょっと持ち物は心許ないけど、外に出て行くしかないと思うわ。花梨は今まで北の方にいたんでしょ? あたし達もまだ西の方しかうろついていないし……一旦南から島を一周するように歩いてみるってのはどうかな?」
「私もここでじっとしてるつもりはなかったけど……ちょっと足がねー……車があったらなぁ」
「笹森さん、免許持ってるんですか?」
「ううん? でも別に無免許くらい大丈夫でしょ。警官、ここにいないし」
「いや、そういう問題? ……まあ、確かにそうなんだけど。つか、運転できるの?」
「ふっふっふ、科学の申し子である私に車を運転することなんて朝飯前なんよ。一度も運転したことないけど」
「はいっ。事故になりそうなので風子は遠慮させてもらいます」
「はいっ。同じく事故に遭いたくないのであたしも一抜けた」
「そんなに信用できんかー!」
「だって、ねえ?」
「笹森さんですし」

 示し合わせたように頷きあう二人によよよと泣き崩れる花梨。
 ああ悲しきかな。現実は無常也。
 そもそもこの近辺に車なんてないし、よしんば発見したとしてもキーがなければ使えないのであるが。
 そんな風にトリオ漫才をしていて、気が抜けていたのか。ロビーに入ってくる人間の存在に、三人は気付かなかった。

「……ちょっと、いいかしら?」
「っ!?」

 振り向いた三人の視線の先。そこには両手に花と言わんばかりに両手に拳銃を持った天沢郁未が睨み付けていた。
 鋭い目線が、三人に動くなと無言ながら命じている。流石にこの状況でバカをしているわけにもいかず、三人は手を上げて戦意のないことを示す。
 三人の顔をそれぞれ眺め回し、郁未が尋ねる。

「ここに人がいるなんて意外だったけど……何をしていたの?」
「……特に何も。しいて言うならこれからどこに行くかってことを考えていただけです」

 なるべく疑われにくくするように、風子が言葉を選んで伝える。

「ふうん、作戦会議、か。ずっとここに?」
「いや。離れ離れになっていたけど合流して、その矢先。もっとも、あたしと伊吹さんはこの近辺しか動き回ってないけど」
「……あなたは?」
「私は北の方から……まあ、色々と出会いと別れは繰り返したけど」

 その言葉に、郁未は目を細める。何事かを考えているように見えるが、何を考えているかは伺い知れない。とにもかくにも優勢なのは郁未で、最悪このまま殺されかねない。だからこそあまり刺激しないように三人は言葉を選んでいた。

「じゃあ、あいつらの存在は知らないか……那須宗一と古河渚、この二人を知ってる?」
「渚さんですか? それなら風子のお友達なのですが」
「……友達、なんだ」

 含みがあるような郁未の物言いに、どういうことですか、と風子が尋ね返す。すると郁未は目を伏せながら、

「残念だけど……その子、殺し合いに乗っちゃってるのよ。さっき言った、那須宗一って男と一緒にね」
「……信じられません。風子、渚さんの人となりについては知っているつもりです。渚さんはそんなことをする人じゃないです」

「確かに、今までならそうだったかもしれないわね。でも彼女は、親御さんを殺されているのよ。
 そればかりかあの子は私の前でこう言った……
 『お父さんとお母さんを生き返らせるためなら、わたしは人殺しだってしてみせます』ってね……
 それで戦闘になって、しかも仲間も殺されてここまで逃げてきたってわけ。
 あなたたち、そのこと知らないみたいだったから、知らせておこうと思ったのよ」
「……」

 今ひとつ納得のいっていない風子に対して、由真と花梨は俄かに同情の様子を見せている。
 風子と違い、渚の人となりを知らない二人にとってみれば郁未の心情は察するに余りあるし、むしろ危険人物の存在を知らせてくれた在り難い存在でもある。
 しかも放送で古河姓の人物は二人読み上げられているし、親を殺されようものなら復讐に走るのはある意味当然の言葉と言える。

「……っと、悪かったわね、銃なんて向けちゃって。でも、今の状況じゃちょっと簡単には信用できなくて」
「いや、その気持ちは分かるわ。こっちこそお礼を言わせて。ありがと」
「いいわよ、そんなの。で、どこに向かうつもりだったの?」
「んーと、南から島をぐるっと回ってみようかなと」

 花梨の言葉に「ならなおさら伝えといてよかった」と郁未は安心したように付け足す。

「気をつけて。そっちにはまだ那須宗一と古河渚が潜んでいるかもしれないから」

 未だに郁未の言葉を疑っている風子は警戒したままだったが、由真と花梨はうん、と頷く。

「……あなたは、一緒に来ないんですか」

 まるで他人事のように忠告した郁未に、指差しながら風子が問いかける。すると郁未は首を横に振って、
「いや、私は少しここを探索するわ。生憎、銃は持っているんだけどこれ、弾切れなのよ。だからさっきのは牽制だったの。冷や冷やしたけどね」

 くるくると銃を手で弄びながら、郁未はここに残ることを告げる。
 勿論銃が弾切れなのも、宗一と渚が殺し合いに乗っているということも嘘。

 作戦は煽動。
 見たところ殺し合いには乗っていないと判断した郁未だったが、かといって貴重な隠れ場所で騒ぎを起こしては元も子もない。
 再確認する。郁未の目的は生き残ることであり、無用な戦闘は控えたい。加えて、一対三では取り逃がす可能性が大きい。
 一見平和主義者の能無しに見えても窮鼠猫を噛むこともある。渚がいい例だ。それにこれから外に出て行くというのならそれを引き止める必要はない。
 偽情報を流したのは宗一と渚に合流されるのを恐れたため。
 嘘を嘘と見抜かせないコツは、嘘の中に真実を散りばめておくこと。
 実際、二人と戦闘したのは事実だし、仲間が殺された(まあ、信用できない仲間だったが)のも事実だ。例外は一人だけいたが、世の中多数決だ。
 強硬に主張はしていない。あくまでも懐疑的なだけだ。

(ま、演技も疲れるものね。本当なら八つ裂きにでもしてやりたいけど、あの女じゃあるまいし)

 来栖川綾香のようなヘマはしない。郁未もまた、ままならぬ中着実に失敗から成長を重ねてきていた。
 とにかく、隠れながら動向を窺う。昼の時点で死者は29人。もっと死者が増えているなら自分が手を出す必要性は薄くなっていく。
 見極めは、放送以後だ。それまでは大人しくしておいてやろう。

「そうですか……なら、別に構わないです。風子も無理にとは言いません」
「……そうね。確かに、安易に大人数で行動するのもね。じゃあここに残るなら、後でここに来る人とかに伝言を頼みたいんだけど」
「まあ、別にそれくらいは……」
「それじゃあ、名前を――」

 由真が郁未の名前を尋ねようとする。
 その時に、事件は起こった。

「イヤイヤイヤイヤイヤイヤ、やめてぇっ! 来ないでぇぇぇっ!」

 空気を引き裂く、女の悲鳴。

「っ!?」
「今の声、ひょっとして……愛佳!?」
「……」

 花梨と風子は何事かと驚き。

 由真は気が気ではなく。

 郁未は鬱陶しそうに。



 風が、殺戮の匂いを運んでくる――



【時間:二日目午後17:00】
【場所:E-4 ホテル内】

伊吹風子
【所持品:サバイバルナイフ、三角帽子、支給品一式】
【状態:泣かないと決意する、仲間を守る。郁未に懐疑的】

十波由真 
【持ち物:ただの双眼鏡(ランダムアイテム)、カップめんいくつか】
【状況:仲間を守る。郁未の情報を信じている】

笹森花梨
【持ち物:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、青い宝石(光二個)、手帳、セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、S&W、M10(4インチモデル)5/6、ステアーAUG(7/30)、グロック19(2/15)、エディの支給品一式】
【状態:光を集める。仲間とともに宝石の謎を明かす。郁未の情報を信じている】
ぴろ
【状態:花梨の傍に】

天沢郁未
【持ち物:S&W M1076 残弾数(6/6)とその予備弾丸20発・トカレフ(TT30)銃弾数(5/8)・ノートパソコン、鉈、薙刀、支給品一式×3(うちひとつは水半分)、腕時計】
【状態:右腕軽症(処置済み)、左腕と左足に軽い打撲、腹部打撲、中度の疲労、マーダー】
【目的:ホテル跡まで逃亡、人数が減るまで隠れて待つ。最終的な目標は、優勝して生き延びる事】

【時間:二日目午後17:00】
【場所:E-4 ホテル外】

小牧愛佳
【持ち物:火炎放射器、缶詰数種類、他支給品一式】
【状態:中度の疲労、顔面に裂傷、極度の精神的ダメージ+錯乱】

七瀬留美
【所持品1:手斧、折りたたみ式自転車、H&K SMGU(26/30)、予備マガジン(30発入り)×2、スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン】
【所持品2:デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、支給品一式(3人分)】
【状態:弥生の殺害を狙う、邪魔する者も排除、中度の疲労、右腕打撲、一時的な視力低下、激しい憎悪。自身の方針に迷い。愛佳を追っている】

七瀬彰
【所持品:イングラムM10(16/30)、イングラムの予備マガジン×4、M79グレネードランチャー、炸裂弾×9、火炎弾×10、クラッカー複数】
【状態:右腕負傷(かなり回復。痛みはほぼ無し)。左腕に打撲、左腕に切り傷、疲労大、マーダー。留美と愛佳を離れた位置から追跡中】
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