(椋さん、大丈夫かな……) 行われた第二回目の放送、藤林椋はそこで最愛の肉親を失っていたことを知る。 ひっと小さな悲鳴を上げた後、手で顔を被い泣き伏せる彼女に佐藤雅史はかけられる言葉が思いつかなかった。 朝焼けが差し込む海辺に位置する小屋の中の温度は、少し低い。 そんな中で身を縮める椋を一人置いてきたことに、雅史は今になって胸を痛めた。 独りを望んだのは椋だ。 俯く彼女に何か言葉を投げかけようとした雅史を、椋は頑なな態度で拒む。 そこに雅史が付け入る隙は、なかった。 自然に伸びた雅史の手、しかし空を切るだけで椋には届くことがない。 雅史の優しさも、それが椋のもとへと届かなければ何の意味も無くなってしまう。 一人の時間を望む椋が、雅史を受け入れる気配はなかった。 椋を残し小屋を後にする雅史の耳が、背後から漏れた声を拾う。 その時助けを呼ぶかの如く椋が呼んだ人物の名前は、雅史のものではなかった。 第一回目の放送が行われた午後六時、そこで欠けた身近な人物がいないことに椋ははかなりほっとしていたようだった。 精神的な疲労も大きかっただろう。 放送後すぐの眠りについた椋の安らかな寝顔を横目で見ながら、雅史は一晩過ごした。 第一回目の放送。上げられた人数の量は、雅史の想像を遥かに越えていた。 また椋とは違い、雅史の場合はその時点で知人を亡くしている。 特別接点がある子ではなかったが、友人間で名前くらいは聞いたことがある少女のものだった。 ……悲しいことである。 悔やんでも、悔やみきれないだろう。 しかし雅史は、椋の悲しむ様子を見なくて済んだという事実、そちらの方に安心を覚えていた。 不思議な気持ちである。雅史も、そんな自分に違和感を持っていた。 (……まるで、前に椋さんに泣かれたことがあるみたいだよね) 漏れた雅史の苦笑いはどこか暖かみが含まれたものだった、しかし。 朝。行われた第二回目の放送が、そんな雅史の心に刃を突き刺す。 (浩之、君ならもっと上手いやり方でりょうさんを宥められたのかな……) 砂浜を蹴るように歩く雅史の脳裏に、懐かしい面影が甦る。 藤田浩之。雅史の幼なじみである、今は亡き少年である。 椋と同じく、雅史も第二回目の放送で大切な人間を亡くしていた。 それが彼だった。 普段はぐーたらしていても、肝心な時に動ける浩之は雅史にとってヒーローそのものだった。 しかしヒーローは、もういない。この世には存在しない。 告げられた放送は信じがたいものであるが、それが虚位である可能性の方が今は低いだろう。 (ロボットのセリオも……志保にレミィ、琴音ちゃんまで……信じ、られないよ……) それに柚月詩子から会った際の言付けを頼まれていた、里村茜の名前もそこには含まれていた。 痛む心に目を細めると、雅史は足を止め海の方へと目を向ける。 思えば、それなりの距離を進んでいたようだ。 吹きさらしの砂浜、その真ん中に位置する雅史に眩しい朝日が照り着けてくる。 潮風で短い髪が揺らされながら、入り込む砂に目を細め雅史は辺りを見渡した。 広がる砂浜にぽつんと佇む海の家らしき小屋、どこか椋と一晩を過ごした物に酷似しているようにも思えるものが一軒。 それ以外は、特に何もないように思えた。 砂の存在感だけが異様にある地。 ……そんな場所に落ちていた異物に雅史が気がついたのは、その時だった。 「……っ!」 海風に混ざる生臭さ、雅史の鼻をツンとさせるそれが彼の目に映るものの意味を物語っているだろう。 白い砂を汚す赤黒いもの、何が砂達に色を与えていたのか。 砂の上に横たわるものが、見れば分かるだろうと雅史に現実を突きつける。 早足で近づき、雅史は前のめりに倒れこんでいる少女と思われるものの様子を覗き込んだ。 触れた温度に熱は全く無い。既に少女は、絶命している。 「ひどいな……」 彼女を死に追いやった傷口はうなじの辺りで、何度も抉られているためかかなりグロテスクなものになっていた。 傍らには何故か布が落ちている。 拾い上げ確認する雅史、それはどこにでもある普通のタートルネックだった。 ……飛び散る血飛沫模様が、異様さを物語ってはいるが。 何故衣服が落ちているのか、その意味を雅史が分かるはずもない。 痛ましげな少女を隠すよう、雅史は元は骨白だったと思われるタートルネックを少女の首元にかけてやる。 静かに手を合わせ、雅史は気が滅入りそうになるのを何とか堪え再び歩を進めた。 しかし、そこに追い討ちをかけてくるモノがあった。 そこからまた少しだけ雅史は南に下って行ったのだが、それが間違いだったかもしれない。 雅史は、特に場所を決めて歩を進めている訳ではない。 今雅史が取っている行動は、ただ椋に時間を与えるための暇つぶし以外の何物でもない愚行である。 雅史は、散歩を続けたことを後悔した。 正直この展開を、雅史が予想できるはずもない。 仕方ない。それで済むことかもしれないが、雅史にとってはたまったものではないだろう。 雅史は、また見つけてしまったのだ。 しかも今度は二つ。 倒れこむ二人は服装や体格から少女であると窺えるものは、少し前に雅史が発見した悲惨な姿になってしまった少女と変わりないものである。 一人は椋と同じ制服を身に着けていた。 もしかしたらこの子が椋の姉である少女なのだろうかと、雅史は慌てて近づきその容貌を確認する。 だが椋から聞いていたものとは大分かけ離れていたため、その可能性は低いとすぐの答えを出す。 少女の遺体は散々だった。 先ほど発見した少女と同じように前のめりに倒れているのだが、彼女の場合は背中に何度も鋭利なものを当てられた痕があった。 おかげでオフホワイトのブレザーは、いまや見る影もなくなってしまっている。 それは、もう一人の少女も同じだった。 血に塗れた少女達の惨状に、雅史は込み上げる嘔吐感を必死に堪えながらもう一人の少女を見やり、そして……愕然とする。 もう一人の少女は、雅史にとっても身近な制服を着用していた。 その上よく見ると、その少女自身も雅史にとっては身近な人間であることがすぐに分かった。 「琴音、ちゃん……」 浩之を介し知り合うことになる、一学年下の少し内気な少女の名前が雅史の口からポツリと漏れる。 海風に晒された彼女の特徴でもあるゆるやかなウエーブは、いまや見る影も無いほどぱさついたものになっている。 勿論、彼女も既に絶命している。 彼女の死自体は放送にて知らされていたが、このような形で見せ付けられるなんてと雅史は悔しそうに顔を歪めた。 鼻につく異臭がせつない。しかし、雅史が彼女にしてやれることは何もない。 埋葬に使える道具も所持していない雅史は、せめてもと少女達の瞳を閉じさせる。 先ほどの少女の時のように何か二人を隠すことができる布でもないか、雅史は周囲に目をやった。 (上着があればそれをかけてあげられたんだけど……昨晩眠っている椋さんにかけて、そのままにしちゃったんだよね……) むしろ先ほどのように、服が落ちているという方が珍しいのである。 勿論この場に、そのような気の効いたものが見当たるはずも無く。 それでも雅史は周囲に目をやり、必死に「何か」を探し始める。 ふとその時、雅史は椋と同じ制服を身に着けていた少女の近くに見覚えのあるデイバックが放置されているのに気づいた。 全員に支給されているそれ、中身を確認すると雅史にも配られた共通の物等に揉まれる形で拡声器が姿を現す。 メガホン上の拡声器は、学校の避難訓練などで教師が手に持つそれと変わりない姿をしている。 機能も恐らく同じだろう。 これが少女のランダム支給品だとしたら、運がないにも程がある。 雅史に与えられた金属バットと違い、これで身を守るというのは難しい。 (……でも、何か役には立つかもしれない。) 拡声器をデイバッグの中に戻し、雅史は自分の肩に二つ目となるそれをしょいこんだ。 そしてまた、静かに手を合わせる。 (何もして上げられなくて、ごめん。でも僕は、これからも生き残っていかなくちゃいけないんだ) 心の中で小さく懺悔し、雅史はこの場を跡にした。 雅史が椋のいる小屋に戻ってきたのは、かれこれ小一時間以上過ぎた頃だった。 ほんの数分のつもりが想像以上に遠出しまっていたらしい、椋はどうしているかと雅史は駆け足で戻ってきた。 何より、死と直面した今の雅史は生者の暖かさを求めていた。 精神的に椋が落ち着いているかは分からない。だが、雅史は彼女とのふれあいを求めていた。 そこに癒しを、雅史は見ていた。 見覚えのある小屋が視界に入り、雅史の鼓動が走っていることとは別に跳ね上がる。 一つ一つの動作が愛らしい少女、優しい雰囲気を持つ同世代の女の子。 もうすぐ会える。話せる。 さっき見つけた子達とは取ることが出来ない、交流が取れる。 雅史の目元が、溢れる期待で緩みそうになった。 その、異変に気づくまでは。 「……え?」 今一歩という所で雅史が足を止めたのは、ここにあるはずの臭いが周辺に充満していたからだった。 鼻につくそれは、雅史も少しは嗅ぎ慣れてしまったとも言えるだろう生臭く気分が悪いものである。 つい先ほど嗅いだ、それ。 そう。ここに、この場所に、椋の待つこの場所にはあるはずのない、臭い。 雅史の鼓動が、椋に会えるという期待とは別に跳ね上がる。 嫌な予感が頭をかすめ、雅史はそこから動けなくなった。 そこで察した人の気配、小屋から一人のものと思われる足音が漏れる。 椋のものだろうか。 雅史の冷や汗は頬をつたい、ちょうどそれが顎に達した所で小屋から人が姿を現す。 それは、少女だった。 椋ではない。しかし、椋と同じ制服を身に着けている。 ということは、椋の知人という可能性もある。 だが少女に続く形で椋が出てくる気配はない。 また、少女の外見が雅史にさらなる嫌な予感というものを植え付けていた。 「まだ他にもいたのか。ちょうどいいな」 佇む雅史に気づいた少女の口調は、さっぱりしていた。 そこに温度を感じることができず、雅史は絶句するしかない。 少女の表情も、雅史が怯んだ理由だろう。 細められた瞳に宿る意志は強く、彼女が何かしらの覚悟を決めていることが簡単に窺える。 いや、だがもっと分かりやすい要素が、少女には他にも存在していた。 先ほど述べた少女の外見だ。 少女が身につけている制服は椋と同じもののはずなのに、どこか違っている。 それはどこか……ずばり、色だ。 オフホワイトなはずの少女の上着には、赤の絵の具が勢いよく引っかけられたかのような跡があった。 反芻する記憶、つい先ほどの風景が雅史の脳裏に甦る。 背中をずたずたにされた名も知らぬ琴音の傍で絶命していた少女も、今目の前の彼女と同じ制服を身に着けていた。 そして同じように、制服を深紅に染めていた。 勿論それは絵の具なんていう生易しいものではない。 「傷」という分かりやすい形が、亡くなっていた少女には目に見えるものとしてつけられていた。 では、今雅史の目の前にいる少女はどうだろうか。 ピンピンしている。彼女が重傷を負っているようには、到底見えないだろう。 しかし彼女が被ったものは、決して絵の具なはずではない。 臭いの時点で雅史にも理解できるはずだ、いや。 理解しなければ、いけないことだ。 よく見ると目の前の彼女の手には、年頃の少女が持つにはごつい作りの斧が握られている。 それから滴っている液は、恐らく少女の衣服に付着しているものと同じだろう。 可能性は、二つ。 砂浜の上、絶命していた彼女は「被害者」だった。 傷をつけられた側の人間だ。彼女の制服を濡らしているのは自身の血液だろう。 目の前の少女の制服は、彼女の血液だとは思えない。 それならば誰の血か。 彼女は「被害者」に見えない。 それならば、彼女は何なのか。 「……佐藤雅史、か」 そこに、決定打が雅史の心を打ちつける。 斧を脇に抱えた少女が、どこか左手を庇うようにしながら一冊のファイルを取り出したのだ。 ぱらぱらとめくり、雅史の顔とファイルを交互に見ながら少女は何かを確認する。 少女が口にしたのは、雅史の名前である。勿論雅史は、彼女に名乗った覚えなど無い。 少女が雅史の名を知ることができたのは……彼女の手にする、ファイルによる情報に他ならない。 そんなファイル、雅史が知る限りでは一つしかないはずだった。 ―― 小屋の中にいるはずの、椋が持つ参加者の写真つきデータファイルだ。 何故、彼女がそんなものを持っているのか。 雅史の鼓動がさらに加速度を上げる。 増幅した嫌な予感が、雅史に警告を吐き続ける。 雅史の嗅覚がそこに信憑性をさらに上乗せし、必死に何かを伝えようとしていた。 真っ赤な少女。 漂う匂いの正体。 いまだに小屋から出てくる気配のない、椋。 その答えは。 「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」 フラッシュバックするは三つの遺体、温度の消えた少女達の面影が全て椋に塗り替えられる。 雅史は意図することなく、目の前の少女から逃げるよう方向など考えることなく走り出した。 死にたくないというただ一心、雅史の胸中を満たす思いはそれに他ならない。 背後を振り返ることもなく、とにかく前だけを見て雅史は足を動かした。 ……心の中で、ひたすら椋に謝りながら。 「ふん、逃がすものか」 雅史の背中を睨みつけながら、赤く染まった少女も動き出す。 サッカー部の雅史も確かに足は速いが、少女も自分の身体能力にはかなりの自信があった。 何より少女の仲には、目的を遂行するために持つ意志の強さが存在している。 「全員、天沢郁未も含め……この手で消しきって、みせる!」 地を蹴りながらデータファイルを自身のデイバックにしまいながら、坂上智代は改めて斧を持ち直し雅史にとどめを刺すべく行動を開始した。 小屋の中に取り残された椋を置き、こうしてこの場所から人気が消えていく。 小屋の中、既に絶命している椋の手には雅史の学ランがしっかりと握られていたが……雅史がそれを知る術は、今や無きに等しかった。 【時間:2日目 午前8時過ぎ】 【場所:F-09】 佐藤雅史 【持ち物:金属バット、拡声器、支給品一式×2】 【状態:智代から逃げる、学ラン脱ぎ済み】 坂上智代 【持ち物:手斧、フォーク、参加者の写真つきデータファイル、支給品一式×2(茜の分)】 【状態:左手負傷。ゲームに乗る】 藤林椋 死亡 椋の支給品一式は小屋の中に放置 - BACK