東方行進劇





 日が傾きつつあった。
 しかし一日目は燃えるように真っ赤な夕日だったそれは、二日目の今は雲に覆われ、暗さを増して夜を早めているようであった。

 ああ、今晩くらいから雨が降るのかもしれない、と篠塚弥生は空を見上げながら思った。
「なんや、ぼーっと空を見上げたりたりして、なんかあるんか」
 話しかけるのも苦しそうに、けれども本来は誰かと会話したりするのが好きなのだろう、神尾晴子が横から口を出していた。

 今一時的にとはいえ同盟を結んでいるこの二人。
 あの決戦の後、寝転がりながらいくらか情報交換や自己紹介を通して、少しばかり体力は回復したもののまだまだ好調というわけでもなく、効率的に傷を癒せる場所を探そうという弥生の提案に晴子も従い、荷物をまとめた後、現在は山を下って無学寺方面へと歩みを進めている。
 弥生は、ゆっくりと首を振って返事する。

「いえ、特に理由は」
「……はぁ。頼むでホンマ。お互いにボロボロやから手を組もう言い出したのはアンタやで。ウチだけに仕事させんで欲しいんやけど」

 咎めるように晴子は口を尖らせる。仕事、というのは周囲の警戒のことだろう。別にそこまで気を逸らしていたわけではないのだが、確かにそうであったので、弥生は律儀に「申し訳ありません」と謝罪しておくことにする。

「……ま、ええけどな。万事そんな調子で堅っ苦しくされても疲れるだけや、そういうヘンなところで人間くさいの、ウチは嫌いやないけどな」
「まるで私が人間ではないように言いますね」
「第一印象がそんな感じやったからな。喋り方も考え方も理詰めの計算ずくだけか思てたけど、ちょっとしたところで綻びが見えて、今ではそうでもなくなってきた」

 かったるそうな口調ではあるが、晴子の観察力には目を見張るものがある、と弥生は感心していた。
 直情怪行のきらいは随所に散見されるものの、基本的には冷静で目的を見失ったりしない。裏を返せばそれだけ娘という、神尾観鈴のことが大切なのだろう。
 その部分では森川由綺のために戦い続ける弥生とも意見は一致している。
 もう少し早くに出会っていれば、もっと多くの参加者を殺害できたのかもしれない、と思った。それほどまでに相性はいいと弥生は考えていた。

「貴女こそ、意外と計算高いところがありますわ。先程の戦いでも、機を見計らったような登場でした」
「まぁな。足りへん知恵絞って色々苦労してるねん。頭脳労働は嫌いなんやけどなぁ……なーんにも考えずに、暴れて殺しまくったろ思てたんやけど……上手くいかへんさかい、しょーがなくこうせざるを得なくなった、ちゅう感じやな」

 苦笑い、といった様子で晴子は笑う。要するに、難しく考えるのが性に合わないのだろう。
 しかし目的の為なら考えを改め、様々に考えながら行動する。臨機応変を本人も意識しないうちにやっている。
 これが母親というものなのだろうか、そう、弥生は思う。
 弥生の人生はそこまで深くはなく、森川由綺との出会いでようやく転機を迎えるかもしれない、そんな段階であった。
 いや、そんな段階だったからこそ、それを奪ったこの殺し合いが憎くあり、それ以上に由綺を渇望している弥生自身にも気付けた。
 それはある意味では、幸福とも言えたのかもしれない。

「けど、一番信じられへんのが、アンタがこのゲームの主催とやらが言う、『優勝者には願いを叶える。死者を蘇らせることでさえ可能だ』なんて言葉を信じてることやな。そんな絵空事、どうして信じるんや?
 言いたかないんやけど、アンタの大切な人……森川由綺っちゅうアイドルはもう死んでしもとるんやろ?
 死者は蘇らへん。当たり前のことやんか。そんな魔法みたいなことができると、アンタは本当に考えとるんか?」
「確証に近いものはあります」

 即答にも近い弥生の返答に、晴子は目を丸くする。加えて、弥生の言い方がひどく真面目だったから、尚更であった。
 晴子が呆気に取られているのにも構わず、弥生はその根拠を告げる。

「勿論、魔法だとか呪術だとかの類は私も信じてはいません。『生き返らせる』も、それは本来と別の意味だと考えています」
「どういうこっちゃ?」
「クローン、という技術は神尾晴子、貴女にも分かりますよね」
「ああ、あのテレビなんかでよくやっとる……って、アンタ、まさか」
「その通りです。恐らくは、クローンによる『複製』こそが『蘇生』の正体だと、私は考えます。そして、私の願いはそれで由綺さんを生き返らせることです」
「そりゃ、まあ、それやったら信じられへんこともない……確かに、技術的には可能だと、散々言われとるしな……」

 盲点をつく発想だったのか、晴子は唸りながらうんうんと頷いている。
 弥生は更に続ける。

「加えて、これだけの殺し合いを開催できるくらいの資金力、人材、技術。どれをとっても世界でトップレベルであることは間違いありません。あの篁財閥の総帥たる人物でさえ、この殺し合いの参加者なのですから。……もっとも、既にこの世の人ではなくなっていますが」
「篁財閥……詳しいことはウチも知らんけど、確か世界でもトップの企業、やったか? そいつも参戦してるのなら、間違いないんやろうけど……」
「唯一分からないのはこの殺し合い自体の開催理由です。わざわざこんな面倒にする意図が掴めません。金持ちの酔狂だと言えばそれまでですが」

 弥生からしてみれば、ただ殺し合いをさせたいのなら、闘技場(コロシアム)のように逃げも隠れもできないような場所で各々好きにさせればいい。
 武器だってハズレのようなものを割り当てるより全員に銃器などを行き渡らせた方が効率がいいに決まっている。
 不可解なことばかりだ。
 それとも、恐怖に怯え、逃げ惑う人間の姿を見て楽しもうとでもいうのだろうか。いや、それなら島のあちこちに監視カメラを仕掛けている。
 しかし注意深く見渡してみても小型カメラがある様子さえ見受けられない。それとも、衛星カメラか? だとすると、このような森の中での戦闘はどのように中継する? 殺し合いを楽しむような狂人どもが見たくないと思うわけがない。
 いくつか推論を立ててみても、結局は決め手に欠ける。こればかりは弥生にも判断しようがなかった。

「は、金持ちなんてみんな頭おかしいもんやろ? 大方あの映画の再現でもしてみよう考えたに違いあらへん。まあそれはええわ。それよりもアンタ、それでええんか?」
「……それでいい、とは?」

 晴子の問いがよく分からず、聞き返してしまう弥生。晴子は、「うーん、まぁ、感性の違いなのかもしれへんけど」と前置きしてから言った。
「いくら姿かたちが一緒やからって、クローンはクローン。オリジナルやない。ここに来る以前のアンタと一緒やった『森川由綺』とはちゃうねん。それでもアンタはええんか」
「……」

 晴子の言わんとしていることは分かる。そう、どんなに精巧なクローンだとして、それはまがい物。決して本物ではないのだ。
 可能ならばあの由綺と、アイドルを目指して頑張っていたあの由綺と過ごしたい。
 だが、それが叶わぬ願いだというのは十分に理解している。現実を受け入れまいと子供のように足掻くには、大人である弥生には無理な話だった。

「構いません。たとえ本質的に偽者であっても、この世に一つしかなければそれが本物です。そう、私は考えます」
「……なるほど、な」
「神尾晴子。貴女こそ、もし……もしも次の放送で神尾観鈴の名が呼ばれたとき、きっとそう考えるはずです」
「観鈴は死なへん」

 きっぱりとした拒絶の意思。僅かな敵意が晴子から滲み出ていた。弥生はなるべく興奮させないように、慎重に言葉を選びながら、
「可能性として提示しただけです。ただ、もしもその時になったら……貴女も、きっと私と同じ考えになります。何故なら……本質的に、貴女と私は同じなのですから」
「……忠告だけ、受け取っとくわ。やけど、ウチは観鈴を絶対に生かして帰す。それだけはアンタもよう覚えとき」

 それきり、二人の間に会話が生まれることはなかった。
 ただ黙って、歩き続ける。
 ますます日は傾き、夜のとばりが姿を現そうと準備を始めたころに、その目的地は見えた。




【場所:F-09 無学寺前】
【時間:二日目午後:17:30】

神尾晴子
【所持品:H&K VP70(残弾、残り4)、大きなハンマー、支給品一式】
【状態:マーダー。右手に深い刺し傷、左肩を大怪我(どちらも簡易治療済みだが悪化)、全身に痛み、弥生と手を組んだ】
【備考:蘇生の情報には半信半疑】
篠塚弥生
【持ち物:支給品一式、P-90(20/50)、特殊警棒】
【状態:マーダー。脇腹の辺りに傷(悪化)、全身(特に腹部と背中)に痛み、晴子と手を組んだ】
【備考:蘇生の情報は一応理解を示している】
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