命を繋ぐか細い糸





「努力・謀略・勝利!」
「愛・友情・勝利!」
 同時に叫んでドアを開く。
「おかえ環!?」
 瑠璃が俺達に抱えられた環を見て叫ぶ。
「どうしたん!? その頭……!」
「弟にバットで思いっきりぶん殴らせたんだよ……」
「なんで……」
「そんなことより手当てだ! 浩之、お前も横になれ!」
「お……」
「浩之もやられたん!?」
 瑠璃が眼を剥いてこっちを見る。
「まぁ、ちっと腹蹴られてな」
「血反吐吐くまで蹴られて何がちっとか。悪いけど先に向坂見るぜ」
「当然だ」
 腹より頭のが万倍やばい。
「もろに入ってたからな。……糞っ、血がとまんねえ!」
「ウチにかして!」
「瑠璃……?」
「祐一は浩之看とって!」
「あ……ああ……」
 瑠璃……?
「環? ウチが分かる? 環? 分かるんやったらまばたき二回して! 環? 頭おすで? ガマンしてな。環? 今から頭に包帯巻くで? 環? せや!」
 瑠璃は唐突にこっちを向いた。
「なぁ、環は頭殴られてから動ていた?」
「いや……最後に雄二を倒してすぐに倒れた」
「やったら、環動かした?」
「あ……ああ……ここまで運んでこなきゃなんなかったからな」
「でも、なるべく頭は動かさないようにして来たぜ」
「そか……」
「向坂は大丈夫なのか……?」
「わからへん……でも、かなりまずい……鼻から血が流れてきとる」
「やばいのか!?」
「わからへん! それより、浩之も腹蹴られたんやろ!? 動いたらあかん!」
「うっ……」
 瑠璃の気迫に負けてくずおれる。
 腹が痛むのもまた確かだ。俺が何しても向坂の助けにならないことも。
「祐一! さんちゃん呼んできて!」
「みさき?」
「浩之君」
 みさきが手を握ってきた。
「お腹を痛めた時は、ちゃんと寝てなきゃ駄目だよ。まして血を吐いたんなら、内臓か食道を傷つけてるかもしれないんだから」
「ああ……」
「畜生……! どうすりゃ……!」
「瑠璃ちゃん!」
「さんちゃん!」
 珊瑚が部屋の惨状を見て息を呑む。
 が、すぐに見た目に一番酷い環のところに行った。
「どうなっとるの?」
「頭バットで殴られたんやて……頭はあんま動かしてないらしい」
 珊瑚が環の口元に手をやる。
「息が……」
 珊瑚が環に躊躇うことなく口付けた。
「珊瑚!?」
 そのまま息を吹き込む。って人工呼吸かよ。馬鹿か俺は。
「ふー……ふー……はー……ふー……ふー……はー……」
「さんちゃん、大丈夫?」
「ふー……ふー……ぷわっ……瑠璃ちゃん、変わって」
「う、うん」
 そう言って珊瑚は俺の方に来る。
「さ、珊瑚?」
 どうしてもその唇に眼が行く。
「あんな、このままやと環死んでまうかもしれん。ウチらじゃ応急手当位しかでけへん」
「そんなに……酷いのか……?」
「わからへん……それも分からんねん」
「医者がいれば、何とかなるのか?」
 祐一が突然思い出したようにいった。
「それはわからへんけど……いないよりはいた方がええと思う」
「俺達は元々神尾を医者に見せる為に診療所に向かったんだ。もしかしたらいるんじゃないか、ってな。霧島聖って人が医者なんだって。神尾が言ってた。本当は寝かしときたかったが……怪我人が半分ならどうしたって医者はいるよな……」
 そう言って祐一は観鈴のいる布団へ行く。
「神尾、すまん。起きてくれ。神尾……」
「ん……」
 程なく、神尾は目を覚ます。
「あれ……ここ……」
「神尾、すまない。どうしても医者が必要になった。霧島聖、って人の詳しい説明してくれないか」
「あ……うん……」
「それやったら」
 珊瑚が観鈴の前に出る。
「誰……?」
「大丈夫だ。味方だよ」
「こっち来てくれん?」

 祐一に肩を借りながら観鈴はパソコンの前に座る。傍らには浩之とみさきもいた。
「あのフラッシュメモリな、この島のカメラを見れるプログラムはいっとった。画面切り替えてくから聖って人がでたら止めてな」
「うん……にはは、責任重大」
 先程作り上げたプログラムを使って、ネットに接続しているデータを主催者に送りながら珊瑚はカメラを立ちあげる。
「ほな、いくで」
 ディスプレイに大量のウィンドウが出る。
 その中でカメラの移動以外で動いているものを選び、順次拡大していく。
「どうだ、神尾?」
 観鈴は答えず、順に流れるカメラを見続ける。
「! これ! この人だよ!」
 流れるように切り替わっていたカメラが、一気に止まる。
「これ……D-6?」
「くっ……遠いな……」
 祐一が舌打ちをする。
「でも行かないわけにはいかねーだろ?」
「でも、環は動かされへんよ?」
「俺が行く」
「祐一?」
「誰かが行って連れてくるしかないだろ。だから俺が行く」
「わたしもいくよ」
「神尾?」
「馬鹿を言うな! お前だってまだ傷口塞がってないだろ!?」
「だいじょぶ。痛いけど、もう血は出てない。わたしがいないと、先生連れてこれないかもしれないよ」
「それは……いや、駄目だ! お前は怪我人なんだぞ!?」
「でももし先生連れてこれなかったら、みんな死んじゃうんだよね? 祐一くんが襲われて先生のところまで辿りつけなかったら……」
「う……」
「祐一。諦めろ。お前の負けだ」
「浩之……」
「そう言う事なら俺もついていく。観鈴よりは動けんだろ」
「黙れ怪我人二号。お前まで何言い出すんだよ。大体そんなことしたらここの守りは」
「瑠璃がいる。あいつなら大丈夫だ。きっとここを守りぬく。むしろ俺らの方がアブねーかもしんねーぞ?」
「じゃあ私も行こうかな」
「待て」
「私は浩之くんに付いていくって決めたから。皆が襲われて先生連れて帰れなかったら困るよね?」
「いや待てだからお前」
「それに私怪我してるわけじゃないから、荷物持ちくらい出来るよ。浩之くんも観鈴ちゃんもとても重い物を持つなんて出来そうにないけど?」
「う……」
「浩之。諦めろ。お前の負けだ」
「てめ」
「しょうがねえ。決まったんなら早めに行動しよう。向坂には時間がない」
「おう」
「まって」
 いざ、と言うところで珊瑚が止めに入った。
「これ。もってって」
 そう言って珊瑚は浩之にフラッシュメモリとメモを渡した。
「これ……?」
「パスワード消しといたで。それを使えばどのパソコンでもこのカメラみたいに出来る。この家のカメラだけはこわしといたけど、その他やったら全部見れる。やり方は同じ。パソコン消すときはデータちゃんと消しといてな」
 そしてメモを見る。
『いろいろやっといた。なるべくこのかみはウチらいがいのひとにはみせんといて。
もしホンマにだいじょぶそうやとおもうひとがいても、なるべくひろゆきがせつめいして。
ワームはだいたい8わりくらいできた。あと、しゅさいしゃだますてもふたつよういした。ここのネットワークのくみかたとくびわのはんべつしゅだん、たぶんしゅさいしゃのおくのて。さらにうらがないかこれからまたしらべる。こっちはなんとかする。やから、いしゃたのむわ。』
 恐ろしいほど主催者との騙しあいは進んでいるようだ。しかも珊瑚優勢で。
「浩之」
「あ……ああ……」
「みんなで、生きて、帰ってきてな」
「お……おう!」
 当たり前だ。誰一人として欠けさせるか。
 みさきと祐一と神尾を伴って部屋を出る。
「……ぅ、……ぁきみたいには……」
 だから、最後に珊瑚が呟いた言葉ははっきりとは聞き取れなかった。

「行くん?」
 環が布団に寝かされていた。瑠璃がやったんだろう。布団と毛布も掛けられている。呼吸は安定したんだろうか。瑠璃は俺達に背を向けたまま膝を抱えて座り込んでいた。
「ああ。ちゃんと連れて帰るから、安心しろ」
「……ウチは、さんちゃんが一番大事や。やから、ついてけん」
「分かってる」
「……危ないで」
「分かってる」
「浩之、怪我してるんやで?」
「そうだな」
「みんなでここにいた方が安全やけどな」
「でも、そうすると環が危ない」
 全部瑠璃も分かってる。そのはずだ。
「……浩之」
 瑠璃が身体全体でこっちを向く。
「あの覚悟、覚えてるな?」
「……たりめーだ……っと、そうだ。瑠璃。これ、餞別な。なんかあったら使ってくれ」
 瑠璃に火炎瓶を一本投げ渡す。
「っと……ええの?」
「ああ。どうせ数あったってしょうがねえ」
「分かった。もらっとく。……生きて帰ってくるんやで。みんな」
「おう」
「うん」
「にはは」
「ああ。いってくんぜ」
 大丈夫だ。腹は痛いがまだ動ける。戦える。絶対生きて帰ってやるぜ。なぁ、みさき?




【時間:二日目17:20頃】
【場所:I-5】
【備考:家に待機】

姫百合珊瑚
【持ち物:デイパック、水、食料、フラッシュメモリ、工具箱、HDD】
【状態:対主催者情報戦争中】
【備考:主催者の仕掛けたHDDのトラップ(ネット環境に接続した時にその情報を全て主催者に送る)に気付く。選択して情報を送れるプログラムを作成。ワーム製作約8割】


姫百合瑠璃
【持ち物:デイパック、水、食料、レーダー、携帯型レーザー式誘導装置 弾数3、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(12/15)、火炎瓶、包丁、救急箱、診療所のメモ、支給品一式、缶詰など】
【状態:守る覚悟。民家を守る】

向坂環
【所持品:なし】
【状態:左側頭部に重大な打撲、左耳の鼓膜破損、頭部から出血、及び全身に殴打による傷(以上手当て済み)、布団に移されている。昏睡】

【時間:二日目17:20頃】
【場所:I-5】
【当面の目的:聖を連れ帰る】

藤田浩之
【所持品:フラッシュメモリ(パスワード解除) 、珊瑚メモ、包丁、殺虫剤、火炎瓶】
【状態:守る覚悟。腹部に数度に渡る重大な打撲(手当て済み)】

川名みさき
【所持品:包丁、ぼこぼこのフライパン、支給品一式、その他缶詰など】
【状態:健康】

相沢祐一
【持ち物:ワルサーP5(6/8)、包丁、支給品一式】
【状態:右足甲に打ち身(手当て済み)】

神尾観鈴
【持ち物:なし】
【状態:脇腹を撃たれ重症(手当て済み、表面上血は止まっているが重態)】
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