電脳皇帝





 瑠璃ちゃんに渡されたフラッシュメモリを持ってパソコンのとこに戻ってきた。
「ふぅ……」
 瑠璃ちゃん達との会話が頭に浮かんでくる。
「瑠璃ちゃん……めぇかわっとったなー……」
 きっと、瑠璃ちゃんがフラッシュメモリのこと言い出したんはウチを殺し合いからのけるため。さっきの瑠璃ちゃんのあの眼。ウチを見るときの瑠璃ちゃんの優しい眼。ウチを見てないときの暗いキレイな瞳。あの五月二日、貴明がウチと瑠璃ちゃん、いっちゃんを助けてくれた日。瑠璃ちゃんはウチがすきやってゆうてくれた。瑠璃ちゃんは、この島でもずっとウチを守ってくれた。こんな足手まといなウチを連れて、ずっと守ってくれた。きっと、これからも瑠璃ちゃんはウチを守ってくれる。守るために頑張ってくれる。ウチも、そうしたい。でも、ウチは瑠璃ちゃんよりずっとトロいし、力もない。瑠璃ちゃんとおんなじことしようとしても、きっと瑠璃ちゃんの足引っ張る。瑠璃ちゃんがそのせいで動けんくなるんだけはあかん。ウチは瑠璃ちゃんが人質にとられたら何もでけへん。たぶん、瑠璃ちゃんも……
 もしホンマにどうしようもなくなったら……
 殺しあいんときウチに出来るんはみさきの手を引いて逃げること。弾除け。後は瑠璃ちゃんのミサイル。それくらい。
 でも、殺し合い以外やったらウチにもできる。首輪。ハック。クラック。できることはなんでもやる。瑠璃ちゃんが生きて帰るためにできることは。瑠璃ちゃんと生きて帰るためにできることは。
 首輪の爆弾なんかこわない。ここがウチの戦場。ウチが瑠璃ちゃんを守る場所。ぜったい、負けへん。

 まずはフラッシュメモリの解析をする必要がある。
 HDDを取り付ける。
「あ……」
 取り落とした。
 割に盛大な音を立ててマザーボードにぶつかる。
 マザーボードは見た目壊れていないようだが。
「……」
 彼女は暫くHDDを見詰めて、ふと思いついたように異様な速度でHDDを分解し始めた。
「あれ……?」
 その手が止まる。
 眼はHDDの中にある見慣れない物質に止められている。
「……?」
 摘み上げる。
 暫し見詰める。
「……………………!」
 珊瑚は口に手を当てて漏れる声を抑え、深呼吸する。
「物理的な断線は……ない……みたいやね」
 そしてHDDを元通り組み立てる。直方体の物質も一緒に。
 改めてHDDを取り付けて、フラッシュメモリを差し込む。
『パスワードを入力してください』
「……こんだけ?」
 キーを撃つ音が僅か響く。
『パスワード認証しました』
「……あふれさせてしまいやん」
 彼女は溜息を吐き、フラッシュメモリを開いた。
「……!」
 と、同時に彼女は息を呑む。
 フラッシュメモリの中には『島内カメラの使い方』と言うタイトルのテキストと、その横にやたら大きいサイズのデータがあった。
「これ……使える……!」
 『島内カメラの使い方』を開き、猛烈な速度で文字を読む。
 今、珊瑚の頭は恐ろしい勢いで回り始めた。
 最初に引き当てたレーダー。
 同じく瑠璃が引き当てた携帯ミサイル。
 首輪に付いているであろう盗聴器。
 島の中に恐らく複数あるであろうパソコンとその中身。
 環たちの持ってきたフラッシュメモリ。
 その中身の示すもの。
 先ほどのHDDの中の直方体。
 それらがどうやって動いているのか。それらは何処から情報を得て正常に動いているのか。
 この島の支配者の心理。
 何故自分や那須宗一、そのナビであるエディ、リサ・ヴィクセン。そんな人間がいるにも拘らずパソコンを置いてあるのか。
 望外な幸運に晒されて、相当な情報が彼女の元には入ってきている。
 様々な点が一つの線になり、複数の線が一つの絵になる。
 珊瑚は一つの結論を出し、瑠璃の顔を思い出し、フラッシュメモリのデータを開き、インストールし始めた。
「これでどこに何があるか分かるな」
 主催者には思惑通りに進んでいると思わせる必要がある。
 珊瑚は先程まで作っていたワーム製作を放り投げ、フラッシュメモリの中身を調べ上げると共に新しいプログラムを作り始めた。

 タン、とエンターを強く撃つ音が部屋に響く。
 プログラムは完成した。後は実験。
「そや。ろわちゃんねるどうなっとるんやろ」
 彼女は既にパソコンに入っていた全てのファイルは調べ上げていた。この状況で生死を握る鍵となるパソコンなのだから当然と言えば当然だが。
 ろわちゃんねるに繋ぐ。作ったプログラムからプロンプト上に文字列が排出される。
 実験は成功だった。
「あ……」
 が、珊瑚の頭からはそんなものは完全に抜け落ちていた。
「貴明……」
 その名が死亡者報告スレッドに載っていたから。

「貴明……」
 どれくらい呆然としていたんだろうか。珊瑚は自分の呟きに引き摺られて現に戻ってきた。
「貴明……」
 が、その眼からは涙が止まらない。
「貴明〜……」
 椅子の上に膝を抱えて座り込み、溢れる涙を袖とスカートで拭い続ける。
「う〜……」
 五月二日が頭に浮かぶ。もう戻らない五月二日。もうイルファもいない。貴明もいなくなった。
「う……」
 しかし、珊瑚はそれ以上泣き続けることが出来なかった。
 まだ自分には妹がいる。この世で一番大切な妹が。そして、ここで泣き続けることは自分達の死を座して待つのと変わらない。
 上手く回らない頭でそこまで気付いてしまうと、それ以上泣き続けることは最早彼女には出来なかった。
「貴明……」
 だから、この眼から流れ続けるのは決して涙ではない。
「ぜったい、ウチら生きて帰るからな……」
 涙なんかではないのだ。

 弱気、恐怖、混乱。悲哀、後悔、怒り。人の感情は容易く他人に伝播する。
 だが、伝播するのは負の感情だけではない。
 強大な敵に立ち向かうだけの覚悟と勇気は、彼女の娘から彼女の妹を通じ、いつしか彼女自身にも伝播していた。




【時間:二日目17:00頃】
【場所:I-5】

姫百合珊瑚
【持ち物:デイパック、水、食料、フラッシュメモリ、工具箱、HDD】
【状態:対主催者情報戦争中】
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