誰が為の鎮魂歌





 遡ること環達が逃げ出した後。
 雄二は環を追いかけるため数歩歩き、
「雄二様!?」
 倒れた。
 マルチは思う。
 問題。何故雄二様h倒れられたのか。解答。疲れていrしゃったのに私如きに教育しtくださる為にその手でな――ださったkらだ。問題。雄二様はこrからdうなさりたいのか。解答。雄二様は姉をouと仰られa。向坂たまkを追うヴぇきだrう。問題。何処に向坂環は――だろうか。解答。不明。但し、東は屑である私がiた。こちらではない。又、雄二様は――にいらっしゃ。エラー。リトライ。問題。何処に向坂環はいるだろうか。解答。不明。但し、東は屑である私がいた。こちらではない。又、雄二様は西にいらっしゃった。しかし、遺kんにも負けて。エラー。リトライ。何処に向坂環はいるだろうか。解答。不明。但し、東は屑である私がいた。こちらではない。又、雄二様は西にいらっしゃった。東のあのninげんはおとりdろう。では西方mんだろうか。問題。屑であr私はどうすbきか。解答。雄二様が疲れ――っしゃるのd、私gおtれしよう。起kしては向坂tまき殺gいに悪えい響をおよbすおそれあr。このままやうんdいたdこう。
 マルチは思考を止め、雄二を担ぎ上げ、雄二が行こうとした道を歩き出した。
 彼女の思考には、雄二が起きた時に自分がどうなるかと言う内容は全くなかった。

「雄二様……雄二様……」
「ん……」
 雄二は眼を覚ます。目の前にはマルチがいた。
「おはようございます。雄二様」
「!!」
 雄二は飛び起き、辺りを見渡す。
「おいマルチ! ここは何処だ! 姉貴は何処だ!?」
「ここはI-05とI-06の境目の道路です。雄二様のお姉さんの場所は分かりません」
「ああ!?」
「分かれ道まで来ましたので雄二様に決めて頂こうかと起こした次第です」
「んだとぉ!? この糞ロボット! 何ですぐにおこさねえ! あのままならあの糞姉貴をぶち殺してやれたのによぉ! 分かれ道だ!? ふざけんじゃねえ! このっ! 屑が! 屑が! 屑がぁっ!!」
 マルチは黙って殴られるに任せる。感情プログラムは既に大半が逝かれている。それを悲しむ感情もない。唯雄二のする事は全て正しい。故に殴る雄二が正しい。
「はぁっ……はぁっ……糞……もう反応もしねえのかよ……」
「申し訳ありませんでした。雄二様」
 壊れかけたプログラムに則り、自らの過ちを悔い、詫びる。
 又も激昂し掛けた雄二だが、自身の体調が先程に比べて格段に良い事に気付き、姉を追うことを優先させた。
「ふん……あの糞姉貴が考えそうなこった……どうせこそこそ逃げてんだろ」
 雄二は南西の道を選択した。
「行くぞ。糞ロボット」
「はい。雄二様」
 歪な主従関係の二人は、それと知らずに望む道を選び、進んでいった。

 レーダーに映る二つの反応。
 瑠璃は一人で考える。本当なら、先制攻撃して安全に終わらせたい。
 しかし姉弟である事を考えるとどうしてもそれは出来なかった。
 無論、珊瑚に被害が及ぶようなら即座にでも撃ち殺す覚悟はある。しかし、出来るなら環のいいようにさせてあげたい。
 ジレンマに悩まされるが、この場は動けない。まずは皆を起こすだけ。
「きたで」
 皆の体を揺すって静かに起こす。
「ん……」
「瑠璃、レーダーを」
「ん」
 浩之はレーダーを受け取って確認する。
「……二人。状況を考えると可能性は高そうだな。最初は隠れよう。向坂、祐一。相手を確認してくれ。違うようなら最悪やりすごす」
「ええ」
「任せろ」
「あ、そうだ。ちょっと待っててくれ」
 浩之がそう言って台所に消える。程なく帰って来た。
「なにしとったん?」
「や、相手がマルチなら包丁よりこっちのがいいかなって。刃物よりは鈍器かな?」
「そんな暇あんのかよ……」
「瑠璃」
「うん」
 瑠璃がレーダーを受け取って一歩引く。
「ウチがここを守る。銃一つ貰うで」
 レミントンを拾い上げ、ドアからの死角に待機する。
「帰ってくる時なんか合言葉決めるか?」
「そうだな……ドアを開ける前に『努力・謀略・勝利』ってのはどうだ?」
「なんでそんな後ろ暗いのを」
「じゃあ『愛・友情・勝利』は?」
「どっちでもええ。……ちゃんと帰ってくるんやで」
 浩之と祐一は揃って言った。
「任せろ」

 森の中から来客者を確認する。
「間違いないか?」
「ええ」
「じゃ、行くか」
「絶対生きて帰るぜ」
「応」
 森の影から歩み出る。
「お?」
 雄二の動きが止まった。横のぼろぼろのメイドロボの動きも。
「おおーーーーーーっ! 逢いたかったぜ糞姉貴! あんときゃ雄二様の全力出せなくてすまなかったな! 今度こそ雄二様大・復・活で塵のようにぶち殺してやるよ! はははははははははははっ!」
「…………」
 環は応えない。俯いているので雄二からは表情も見えない。唯右腕にぶら下がっている鉈が眼に入るのみ。雄二はぴたりと哄笑を止め、環をねめつけた。
「姉貴。俺に弱いって言った事を後悔させてやるよ。俺はつええ。誰よりつええんだ。それを分からせてやる」
「そう……」
 環は弟の陳情を聞くと、顔を上げた。
「もう、無理なのね……」
 その瞳からは涙が流れていた。
「ひゃーーーーーーっはっはっは! 姉貴、ぶるってやがんのかぁ!? ああ気分がいい! よし姉貴! 今なら土下座して『申し訳ありませんでした雄二様。貴方様が最強です。私が間違っておりました。下賎な環をお許しください』って三回言えたら慈悲深い俺様が許してやんぜ!? 勿論そっちの屑二匹は殺すけどなぁ!」
「この……馬鹿雄二っ!!」
 裂帛の気合が響き渡る。雄二は気圧され、気圧された事を帳消しにすべく怒鳴り返す。
「んだよ! せっかく許してやろうと思ったのによ! もういい! 俺が直々にぶっ殺してやらぁ! マルチ!!」
「はい」
 応えてマルチが一歩出る。
「お前は屑二匹だ! 近付けさせんじゃねえぞ!」
「はい。雄二様」
「マルチ!」
「?」
「マルチ! 俺が分かるか!」
「……浩之さん?」
「なんでお前はそいつに従う! 応えろ!」
「雄二様が正しいからです。全てにおいて雄二様が正義だからです。雄二さがっ」
 マルチは言葉の途中で横に吹っ飛んだ。主に蹴っ飛ばされて。
「この糞ロボット! 誰が屑と話せと言った!? 俺は殺せと言ったんだぜ!? 言われた事すらできねえのかこのガラクタがっ!!」
「! 手前なんて事を!」
「あー? なんか言ったか? 屑。この奴隷人形がどうかしたのか? このっ! スクラップがっ! どうか! したのかよっ!!」
 何度も吹き飛んだマルチに蹴りを入れながら雄二は応える。
「申し訳aりませんでした。雄二様」
「マルチ!?」
「あの屑共を殲滅してまいrます」
「マルチ! 何でそこまでしてそいつに従うんだよ! マルチ!!」
「よし、とっとと行ってこい」
「てめえっ!」
「浩之」
 祐一が諫める。
「あいつは、向坂が何とかしてくれる。何とかする。俺達はマルチを何とかするんだろ。そう、決めたはずだ」
「っ……ああ。畜生。そうだな。そうだった。向坂!」
 環に向き直って、親指を上げる。
「負けんなよ!」
「当然」
 環は地を蹴立てて雄二に向かって行った。
「さて」
 改めて浩之はマルチに向き直る。
「マルチ」
 最早何も応えはない。
「お前も、もう戻れないんだな」
 最早何も応えはない。
「マルチ」
 右手におたまを。左手にフライパンを。それらを打ち鳴らし、彼は吼えた。
「行くぞおおおおおおおおおおおおおっ!」

「そろそろ、始まったんかな……」
 家の中で、彼女は一人ごちる。
「勝つよ……浩之君も。向坂さんも。祐一君も。きっと、負けない」
 みさきは観鈴の手を握りながら、独り言にそう返した。
「……そやね。きっと……そう……」
 銃とレーダーを見ながら、瑠璃は祈るように呟いた。


「でやあああああああああああああっ!」
 浩之がおたまでマルチに殴りかかる。はっきり言ってあのマルチ相手じゃかすりもしないだろう。切り札は二つ。一つは言うまでもなくワルサーP5 。立ち回る必要のある相手に狙撃中は使えない。まして浩之がマルチと近接戦闘をする状況。遠距離でぶっ放すなどとんでもない。俺も近付く必要がある。もう一つ。使えるかどうかは分からないが、一応は持ってきた。役に立つといいんだが。
 浩之がマルチに向かって行ったと同時に、俺は横手に回りこんだ。その間にマルチは石を拾って浩之に投げつける。相当な速度で、硬球よりも硬い石。大きいのをまともに食らえば洒落にならない。当たり所が悪ければ多分死ぬ。大当たり。ジャックポットでございます。脳味噌目玉の払い出し。冗談じゃねえ。
 浩之は飛んでくるその石を。
 フライパンで受け止めた。
 ガーン、といい音がした。
「っつー……やっぱ、重いな。手が痺れるぜ」
 マルチはそれを確認すると、今度は浩之の足元に石を投げる。
 浩之はそれもすんでのところでかわす。
「マルチよぉ……この運動神経がエアホッケーの時にあったらきっと楽しかったのになぁ……」
 浩之が近付く。マルチが投げる。受け止める。その間に俺はマルチの斜め後ろに回り込む。浩之には悪いが、こいつはやばすぎる。出来るんなら早急に止めを刺したい。なるべく誰かが傷付く前に。俺は、こっからだ。
 近付こうとした瞬間に、マルチが反応してこっちに石を投げてくる。っておい。なんだその反応は。あぶねえ。
 何とかぎりぎりの所でかわし、再び距離をとる。
 しまった。こんなことならレミントン持ってくりゃ良かったか。いや、無駄だな。斜め後ろにあんだけの反応する奴だ。俺程度じゃ構えてる間に銃を石で撃ちぬかれる。何とかして近付かなければ……

 糞姉貴をぶち殺す。そうすりゃ俺は最強だ。姉貴を殺せば俺が最強だ。姉貴も俺に平伏するし、姉貴も俺に服従する。姉貴は俺に惚れるし、姉貴は俺のものだ。だから姉貴をぶち殺す。俺は最強だ。俺が最強だ。だから俺が最強なんだ。だから姉貴を殺す。だから姉貴は俺のモノだ。
「ぶっ殺してやるよ! 糞姉貴!」
「上等! かかってきなさいこの愚弟!」
 鋼で鋼を打ち鳴らす、甲高い音がする。打ち下ろしたバットは、打ち上げられた鉈と拮抗して弾けた。
「ハッ! 今度はちゃんと殺る気かい! いいぜ姉貴! それでこそ姉貴だ! いつもみたいに俺に得意のクローかけてみるか!? ええっ!?」
 再度、全力で一撃。
 上下が入れ替わり、同じように弾きあう。
 楽しい。糞姉貴を殺せる。今の俺なら殺せる。今の俺は最強だ。このバットで頭蓋を砕いて、姉貴の脳味噌を啜ってやる。姉貴を殺してやる。姉貴を食ってやる。なぁ、姉貴。俺ら仲のいい姉弟だもんな? 殺してやるよ。食ってやるよ。ずっと一緒だぜ? 有難いだろ。糞姉貴。はははははははは。ははははっはははあはははははっはははっはははは。
「ははははははははははははははははははははははははっ!!」

 マルチが投げてくる石を弾く。フライパンはでこぼこだが、全然撃ち抜かれる気はしない。だが……
「これ以上近付けねえ……」
 余りに近付きすぎると反応しきれず石を食らう。
 一発食らったら後は石の雨に撃ち抜かれて御陀仏だろう。怪我したままかわしきれるほど甘いもんじゃねえ。
 正直今でもかなり……っと、ぐっ!
「かすった……あっぶねえ」
 腿にかする。後1cm左にいたらまともに歩けなくなるとこだ。
「くっそ……お前は全然駄目なメイドロボじゃねえじゃねえか……」
 一歩引く。さっきより少しは余裕が出来た。しかし。
「近付かなきゃ……話になんねえよな……」
 と、マルチは急に斜め後ろに石を投げた。祐一か!
 チャンス!
 一気に近付く、と、近付こうとするとマルチがこっちに向かって石を投げてきた。
「たわっ!」
 適当に翳したフライパンに偶然当たってくれる。
「やべっ!」
 大きくバックステップで一気に下がる。その隙に投げられた石はフライパンで弾く。
「くっそ……近付けねえ……」

 目まぐるしく入れ替わる攻防。馬鹿な弟の哄笑。響き渡る鋼の音。
 この馬鹿雄二は。まだ気付かないのか。もう気付けないのか。そこまで壊れてしまったのか。
「このっ……馬鹿雄二っ! いい加減気付きなさい!」
 この子の中でそんなにも狂気は育っていったのか。この島の最も酷い暗部を目の当たりにし続けたのか。大好きだったメイドロボを奴隷と言い、こうして私を殺そうとし、他人を塵と認識し。塵の中であの子は何の王になるつもりなのか。同じものを見れば私もこうなってしまうのだろうか。雄二やタカ坊、このみに躊躇なく殺しに掛かれるように。でも。私は誓った。あの子の性根を叩きなおすと。私は約束した。あの子の始末は私がつけると。あの子が見知らぬ誰かと殺しあって、見知らぬ誰かを殺し、見知らぬ誰かに殺される。私はそれだけはさせない。正気に返るまで何度だって打ち合ってやる。何度だって叫んでやる。
「あんたは何がしたいの!? あんたが強い!? 馬鹿なこと言わないの! あんたは弱い! 何度だって言ってやるわよ! あんたは弱い! 前の雄二の方が兆倍強かったわよ!」
「んだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
 押して、引いて、撃って、合わせる。
 でも。それが叶わないのなら……
 鋼の噛み合う音が響く。
 姉弟の歪んだなダンスはまだ終わりそうになかった。

 拾う。投げる。拾う。投げる。拾う。投げる。
 問題。このmま石を投げ続kれば――さんともう一人を殺せるか。解答。可能性は限定シミュrーションd計sんすると7.86%。エネrギー残ryyyう12%。不足。問題。そのtきの屑たる私の破損kkk率。解答。1.02%問題。問題。近接えん闘に持c込んだ時の勝りt。解答。限ていシミュレーsyンで計算srと72.21%問題。そn時の屑tるわたsssの破損確率。解答。51.39%問題。正しi雄二様の指示をまmる為には。解答。近sつ戦闘に持ちkむ。その際、前シmュレーションより……ロードエラー。リトライ。エンド。――さんを先に殺すべし。――さん? 雄二様のtきはヒトじyyyない。モノだ。モノに敬しょは不要。故に――さんは――さんではない。――さん? ロードエラー。リトライ。ロードエラー。リトライ。ロードエラー。リトライ。不許可。――さんを先に殺す。問題。――さんを殺すために最適な動作は。解答。前シ――ションより……ロードエラー。リトライ。エンド。パtーン32の形しkで近付く。
 拾う。投げる。拾う。投げる。拾う。投げる。

「おっ? おおっ!?」
 いきなりこっちに沢山石が飛んできやがった。
 とっ……ほっ……駄目だこの距離じゃかわしきれねえ!
「つっ!」
 一つ貰った。足の甲だ畜生フライパン欲しいぜ。血が出てきたか? 骨は多分折れてねえ。とっさに距離をとったがまだ投げてきやがる。
 今だ。浩之。


 狙いを変えたのか? フライパンで防ぐ俺より先に祐一を潰す気か!
 近付くチャンス!
「っ――らぁっ!!」
 一気に走りよって、マルチに向けておたまを思いっきり振り落とす。
 その一撃をマルチは。
 左の腕で受け止めた。

 回ひ失敗。s腕部23%はそn。制御かいふく。反撃かish。

「くっ!」
 マルチに両腕を掴まれ、腹に蹴りを貰う。
「がはっ!」
 なんつー蹴りだおい。死ぬぞこれ。中身が出る。中身が。
「げっ!」
 もう一発。割れる割れる内臓割れる。あ、アンコがでるアンコが。やべ。おたま落とした。ええい。とっとと来いよ祐一。
「ごっ!」

 浩之が捕まった。なるほどこの布石か。あのロボットやるじゃねえか。とか考えてる場合じゃねえよな。くそっ。足がいてえ。気にしてる場合か。急げ!
「ぐぅっ……!」
 浩之が血吐いてるのがこっからでも分かる。
「いい加減にしやがれ、暴走メイドロボ」
 届いた。
 ガンッ! ガンッ!
 左手と切り札その2を添えて、マルチの右肩にぶっ放す。よし! ついた!
「浩之! 離れろ!」
「無茶言うな! 糞っ……」
 右腕は逝ったが左手が離れてない。又一発浩之が蹴られる。ええい畜生。おたま! あった! 銃をしまって拾い上げる。
「いいから、逃げろっ!!」
 そして思いっきりマルチの左腕に振り下ろす!
 バキ、と鈍い音がする。しかし左腕は離れない。
「離せ、マルチいいいいいいいいいいいいいっ!」
 浩之が叫ぶ。
 足りないか。もう一度振り上げる。離れた!?
「離れろ! 浩之!」
「あ……」
「浩之!」
「お……応っ」
 浩之が驚いたように飛び退く。
 そして、マルチが動く前に、ノズルファイアで点火した火炎瓶を、投げつけるっ!

 マルチが炎に包まれる。
 最後、あの時マルチはこっちを見た気がする。
 一瞬で握られていた手が離れた。
 マルチは俺の言う事を聞いてくれたんだろうか。
 それとも俺と祐一に殴られたせいであの瞬間に壊れたんだろうか。
 マルチが炎に包まれる。
 これで排熱は出来ないはずだ。周りの方が温度が高いんだから。
 すぐに焼け付いて動けなくなるだろう。
 これできっと俺達の勝ち。
「マルチ……」
 腹ん中がグルグル回る。
 マルチに蹴られた所がいてえ。
 畜生なんだこの遣る瀬無い気持ちは。
「浩之……」
 祐一が後ろに立つ。
「フライパンを。止めは俺がさす」
「……いや、そりゃあやっぱり俺の仕事だろ」
「浩之……」
 祐一を尻目に、燃えるマルチの所に歩み寄る。
「……じゃ、な。地獄で逢おうぜ。マルチ」
 フライパンを、思いっきり、叩きつけた。

 もんdい。なぜわああああ離して――のか。かいtttう。ひだrrrうd通ddはんおうあr。ふめい。もんだい。なぜあの ――は」私をっをおをおyんだのkあ。解読エラー。リトライ。もんだい。なぜあの――は私をををよんだのkあ。kいとう。ふめい。mnだい。――はかあ。さ。j。解読エラー。リトライ。もnだい。――はdあrか。かいtu。ふmi。不許可。リトライ。もんだい。――はだrか。かいtう。ふmい。不許可。リトライ。問だい。――はだれか。かい答。ふめい。不許可。リトライ。問題。浩之さんは誰か。解答。――――――

 一瞬で熱暴走を起こした機体は、一瞬で思考を止めた。


 最後に聴こえたマルチへの呼び声は、唯のバグだったのだろうか。


 砕けたチップにそれを確認する術はなかった。

「!?」
 向こうで戦っていたマルチが燃え盛っているのが見えた。そして屑の一人にフライパンで頭をかち割られるのも。
「あの木偶人形!! 言われた事も出来やしねえのか!? 糞っ! ガラクタが!! 人間様の役にも立てないスクラップは工場から出て来んじゃねえ!!」
「雄二……」
「これで三対一か!? 上等だ! まとめてぶっ殺してやるよ! 俺は最強だ! 最強なんだ!!」
「ふざけんじゃねえっ!!」
 屑の一人が吼えやがった。フライパンで叩き割った方だ。
「手前みてえな屑の為に、どんだけマルチが頑張ったと思ってんだ!? っごほ……! 木偶人形? 人間様の奴隷? ふざけんな! どんだけ手前が偉いってんだ!! 生きてる……っぐ……生きてる奴に、人間もロボットもあるか!!」
「手前こそ何抜かしてやがんだ!? 屑が俺様に意見してんじゃねえよ!! その奴隷人形がどんだけ役に立ったってんだ!? ロボットが生きてる? 屑は頭ん中まで屑なんだな!! 手前が今砕いた頭ん中には何が詰まってたよ? 脳味噌か? 頭蓋骨か? ただの粗末なガラクタだろうがよ!!」
「てめっ……」
「二人とも!」
「向坂……」
「愚弟の始末は私がつける。手出しは無用。そう言ったはずよね?」
「ハッ! 上等だよ。糞姉貴! その度胸に免じて、殺した後犯してやるよ!!」
 姉貴の身体も悪くねえ。存分に楽しんでやるよ。

 もう……無理なのね。私の声なんかまるで届かない所にまで行ったのね。
 雄二に従っていたメイドロボの死でも、この子を正気には戻せなかった。
 全てが雄二の狂気を後押しする。多分、私の死でも。
「馬鹿雄二」
「なんだ糞姉貴!?」
 もう、終わりにしましょう。貴方は他の人には殺させない。他の誰にも殺させない。
「一発。殴らせてあげるわ」
「向坂!?」
 自己満足は分かってる。それでも、私の手で蹴りを付ける。
「は? 姉貴、何言ってんだ? そんなに俺に犯されたいのか?」
「黙りなさい」
「っ……」
「その代わり、良く狙いなさい。貴方が一発で私を殺しきれなかったら、私が貴方を殺す。逃がしはしない。背を向ければその瞬間に貴方を切る。さあ。一発。殴りなさい」
 これはけじめ。私なりの、弟に対するけじめ。愚かなのは分かっている。これで皆に迷惑が掛かることも。それでも、これだけはどうしてもやっておきたかった。
「な……何言ってんだよ糞姉貴! ハッ! どうせ騙そうとしてんだろ!? 俺と真っ向勝負じゃかなわねえもんな! 俺が全力で打ち込んだのをかわしてカウンター食らわそうってんだろ!? その手に乗るかよ! さあ! 見破られたんだぜ!? 続きをやろうぜ!!」
 私は答えない。今言うべきことは全て言った。唯雄二の眼をじっと見詰める。この愚弟にはそれすらも歪んで見えるのだろうか。
「おい……糞姉貴……何言ってんだよ! そうじゃねえだろ! こっちだ! こっちで戦うんだ!! 違うだろ!? 姉貴はそうじゃねえだろ!?」
 私は答えない。雄二の瞳をじっと見詰める。
「俺は最強なんだよ! ちゃんと姉貴より強いんだよ!! そんな事しなくても姉貴より強いんだよ!! おい、手前ら! 手前らもなんか……」
 雄二は浩之たちの方を向き、言葉を詰まらせる。想像は付く。
「み……見るな! その目で俺を見るな!! そんな目で俺を見るな!! うわああああああああああああっ!!」
 私と同じ眼をして雄二を見ているのだろう。覚悟を見せろ、と。本当にあの二人には感謝しきれない。私の我侭でこれだけの被害を被っているのに。
「糞! 糞!! 畜生おおおおおおおおおおおおお!!」
 雄二は金属バットを振り上げ、振り下ろしてきた。それを見詰め……


 ――――――ゴッ

「糞っ! 糞っ!! 畜生っ!!」
 違う! こんなんじゃねえ!! 俺は姉貴を実力で超えてこそ最強なんだ!! 糞っ! 糞っ! どいつもこいつも! 馬鹿にしやがって!! 糞! 糞! あの屑共のせいで姉貴との勝負が台無しだ! あの屑共を
「ゅうじ……」
「ひっ!?」
 なんだ!? なんなんだ!?

 ……私は、死んでいない。左の耳が良く聞こえない。左の目もあまり見えない。でも、私は死んでいない。
「ゅうじ……」
 私は、死んでいない。目の前の弟を抱き締める。前に抱き締めた時より随分筋肉が付いている。タカ坊に比べて抱き心地はすこぶる悪い。
「ゅうじ……」
 さっきのあんたの一撃、効いたわよ。あんたも根性出せば中々の一発、出せるじゃない。ああ、目がかすむ。鉈が重い。でも、最後にやっておかなくちゃいけないことがある。それだけは、私の責任。
「ゅうじ……ごめんね……」
 最後の謝罪は弟に届いただろうか。
 丸太より重い右腕を上げて、抱き締めたまま、首筋を切り裂く。
「げぶっ……」
 それを見届けると、私の意識も拡散して行った。

 ――俺は、負けたのか? あの糞姉貴に? 先に一発殴らせておいてもらいながら? 首筋から何かが抜け出して、身体が冷えていくのがわかる。あの姉貴、最後俺を殺す時に謝りやがった。泣きながらごめんとか言いやがったよ。あの姉貴が。傍若無人の、あの姉貴が。俺が姉貴を殺そうとしたのに、殺すつもりで殴って、事実死に掛けたのに。馬鹿じゃねーのか。あの姉貴は。自分を殺そうとした奴を抱き締めて、殺しながら、泣きながら謝って。なんで俺姉貴殺そうとしたんだっけ。あー、血が足りねー……ちくしょー……結局最後まで姉貴にはかなわねーんだな……あれ、マルチと新城と月島はどうなったんだっけ。ああ、そうか。新城は自殺して、月島は俺が間違って殺して、マルチは俺が壊したんだ。そん後に知らない奴を殺して、それから天野を犯して殺して。俺って最悪だな。なんでこんな事になったんだっけ? あー……もうどうでもいいや。それより最後に姉貴に謝りてーや。
「ぁねき……ごめんな……」
 声出たかな? あ、もう無理だ。手足の感覚がねえ。重いし。ん? 姉貴が乗ってんのか? 俺ちゃんと抱き締めてやれてるかなー……

 二人の少年が抱き合うようにして折り重なる少年と少女に向かって駆ける。
 少年と少女を引き剥がし、少女の息を確かめ、早急に家の中に連れ込んだ。
 うち捨てられた少年は、奇妙に満足そうな顔を浮かべて死んでいた。




【時間:二日目午前16:40頃】
【場所:I-5】

姫百合珊瑚
【持ち物:デイパック、水、食料、フラッシュメモリ、工具箱、HDD】
【状態:瑠璃と行動を共に。色々】

姫百合瑠璃
【持ち物:デイパック、水、食料、包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(12/15)、携帯型レーザー式誘導装置 弾数3、救急箱、診療所のメモ、缶詰など】
【状態:守る覚悟。民家を守る】

藤田浩之
【所持品:レーダー、包丁、フライパン、殺虫剤、火炎瓶*2、その他缶詰など】
【状態:守る覚悟。腹部に数度に渡る重大な打撲】

川名みさき
【所持品:缶詰など】
【状態:待機】

向坂環
【所持品:支給品一式、鉈】
【状態:左側頭部に重大な打撲、左耳の鼓膜破損、頭部から出血、及び全身に殴打による傷(手当てはした)】

相沢祐一
【持ち物:ワルサーP5(6/8)、支給品一式】
【状態:右足甲に打ち身】

神尾観鈴
【持ち物:支給品一式】
【状態:睡眠 脇腹を撃たれ重症(手当てはしたが、ふさがってはいない)】

向坂雄二
【状態:死亡】

マルチ
【状態:死亡】
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