よく寝ている。 本当に疲れていたのだろう。 そして自惚れるなら、寝ている間のことを任せられる位には信用されたということだろう。 その信頼には応えたい。 あかり達を探したくもあるが、武器もないこの状況下。一手間違えれば最悪の場合即破滅。 それに三人を巻き込むのは認められない。 先ほどレーダーの電源が気になって珊瑚に見てもらいに行ったが、 「こんなん簡単やで」 と言って本当に簡単に予備電池を作ってくれた。当面はその心配もないだろう。 俺はまだ動ける。ただ、限界まで酷使はしない方が良いだろう。瑠璃が起きたら見張りを変わってもらうか。 持ち物見ててなんとなく思い付き火炎瓶を作って見た。 ビンに灯油を入れ、布で口を固定し、終了。これでいいのかは分からなかったが、多分使えないことはないだろう。空き瓶と灯油が続く限り作り続ける。 作業の合間にぼーっとレーダーを見つめていると、端から…… 「!?」 新たな反応が。ついに来た。光点は……二つ? 三つ? 片方の点が時々ぶれて増えているように見える。速度は遅い。這う様な遅さだ。負傷か? それとも…… もう少し寝かせてあげたかったが仕方ない。緊急時、独りで判断して失敗する愚行だけは避けなければ。 「瑠璃、川名」 「ん……」 「んー」 ぐずる二人を何とか起こす。眼が覚めるや否や瑠璃が噛み付いてくる。 「敵!?」 「かもしれねえ。レーダーに反応がある」 そう言ってレーダーを差し出す。受け取った瑠璃は慌てるでもなく、静かに言う。 「来たんやね……」 暗く沈んでいく瞳が最悪のケースを浮かべているだろうことを容易に推察させる。 「さんちゃん呼んでくる」 そう言って瑠璃は隣へ消えて行った。 「川名」 「何?」 「万一の時は」 「逃げないよ」 「何?」 「どうせこの島じゃ私独りでは生きてはいけないから。それならせめて浩之君と一緒に散るよ。私を助けてくれた貴方を見捨てることはしたくない。だから私を逃がす為に玉砕覚悟、なんてやめてね?」 「川名……」 「何?」 「聞いてたのか?」 「何のこと?」 さっきの話。数時間前にした瑠璃との話。 「それと、さ。瑠璃ちゃんと珊瑚ちゃんは名前なんだから私もそれでいいよ」 川名……みさきはくすくす笑ってとぼけやがる。全く…… 「……かったりぃ」 程なく珊瑚と瑠璃が現れる。なんとなく見分けがつくようになった気がする。 「どうだった?」 紙を付き付けられる。 「よう、わからん。なんとか外に繋がらんかなーおもて色々やったんやけど、ローカルで繋がらんし。ちょっと寝てしもた」 『あるていど。HDDはもってきたけどできればまたもどってきたい。パソコンまではもってけへん』 ミミズののたくった様な文字で書かれている。が、意味する内容は大きい。 「駄目か……」 とんでもねえ。まさに掛け値なしの天才だ。この短時間でもう眼に見える程度の成果が出たというのか。 「レーダーは?」 「見た。なんか遅いみたいやけど……光も三つあるみたい。二つ重なってるんやと思う」 「どうする?」 「取り敢えず、様子を見てみない? どうするにしても相手を見なくちゃ始まらないと思うな」 まぁ、正論だ。 それなら家の中よりも外の森の方が良いだろう。何しろ武器が武器だ。瑠璃との会話を思い出す。相手によっては殺す覚悟で挑む。その時は先制攻撃でないと話にならない。 「じゃ、一旦出ようぜ。終わったら又ここでごろ寝だ」 「はっはっはっ……」 「はぁ、はぁ、はぁ……」 全身が痛む。力が入らないとは言え、金属バットで滅多打ちだ。雄二に殴られた傷は決して浅くはない。七瀬と名乗るあいつにやられた傷もだ。場所がよくなかった。 が、それだけ。身体は動く。絶対にタカ坊は私が守る。このみも守ってあげたかった。ごめんね。このみ。 雄二はどうなっただろうか。あのこがあんなになるなんて正直考えもしなかった。あれで正気を取り戻してくれればいいんだけど。儚い望みなんだろうか。それでも血を分けた弟だ。どうしたら良いんだろう。どうすれば 「向坂」 「えっ……あ……何?」 いつの間にか祐一が目の前に立ち塞がっていた。 丸で気付かなかった。気付けなかった。いけない。こんな事では奇襲を受けた時瓦解してしまう。 「向坂。何を考えてるかは知らないけど、後にしようぜ。ぼろぼろの身体で考えてもいい事ないだろ」 不覚。そんなにも外から見て丸分かりだったのか。 「ええ、そうね。ごめんなさい」 気を付けなければ。祐一が観鈴を運んでいる以上、即対応出来る戦力は私しかいない。一瞬の油断が命取りになる状況でこれは度し難い行為だ。せめて、信頼できる仲間が出来るまでは止めておこう。 だと、言うのに。 いつの間にやら私は再び思考の螺旋に囚われて行き、 「そこの三人! 止まれ!」 「!!」 最悪の形での奇襲を許す羽目となった。 「動くな。頭も動かすな。右の女、武器を全て捨てて手を上げろ。こちらはそちらを纏めて吹き飛ばせるだけの武器を持っている。こちらの質問に正直に応えてくれ」 「…………」 観鈴の持ち物から勝手に借り受けたワルサーP5を捨てて、手を上げる。 今すぐ殺すつもりはないらしい。取り敢えずは従うべきだろうか。この事態を招いたのは私の責だ。最悪、私が犠牲になっても二人を逃がす。 「質問に正直に応えてくれたら……無闇な危害は加えないことを約束する。まず、左の男。お前が背負っている女はどうした?」 「……撃たれたんだよ」 苦虫を噛み潰したような声で祐一が応える。目配せをしたいが、微妙にこちらから祐一の顔は見えない。 「足手纏いと分かっていてもか?」 「! っ……そうだよ」 「今は眠っているのか?」 「そうだよ」 仕方ない。祐一が何らかの行動を起こした瞬間に声の元へ行くしかない。今度こそ、集中するんだ。 「そうか……じゃあ、次だ。右の女。何処に向かっている?」 来た。しかし、何処まで明かすべきだろうか。後ろから銃を突き付けているであろう男がどういうつもりで質問しているのかが読めない。出来る事ならあの紙のことは知らせたくない。妥協点は…… 「……平瀬村。氷川村で襲われて、今逃げているの。撒いたつもりだけどもしかしたら追って来ているかも知れないから、なるべく早く質問を終わらせて欲しいわね」 こんなところか? 怪しまれはしなかっただろうか。 「それだけか?」 心臓が弾んだ。が、表には出ていないはず。どうする? 「……一応ね。出来ればその子の縫合もしたいんだけど」 「……そうか。次の質問だ。……君達は、この殺し合いに乗っているのか?」 「!!」 「んなわけねーだろ!」 祐一が吼えた。 「誰がこんな糞ゲームに乗るか! いいからとっとと行かせやがれ! こっちは急いでんだ!」 観鈴を背に抱えたまま、顔も動かせず、それでも背後の人物にその声は響いた。 「女の方もか?」 「ええ。勿論」 躊躇する理由はない。そして、この質問の流れ。もしかすると彼は。 「そうか。分かった。じゃあ、最後の質問だ」 心なしか背後の声が和らいだ気がした。 「手は下ろしてくれていい。落とした銃も拾ってくれていい。こちらはもう君達に武器を向けてはいない」 銃を拾う。彼は、こちら側の人間なのだろう。きっと。 「安静に出来る場所とそれなりの食事を提供しよう。一方的に武器を突き付けた非礼も詫びる。俺達の……」 彼は砕けた口調で続けた。 「仲間にならないか? Yesなら――こっちを向いてくれ」 遡る事尋問前の森の中。 「三人……だな」 「あのうち独りは知っとるよ。環や。貴明のお姉さんやで」 「本当のお姉さんちゃうけどな」 「一人は担がれてるが……怪我してんだろうな、多分。怪我人抱えて移動って無茶じゃねーか?」 「うん……下手すると傷も開くと思う」 「瑠璃ちゃん、助けてあげられへん?」 「……ちょっと待ってて。さんちゃん、みさき、耳塞いでてくれへん?」 「えー? 瑠璃ちゃん、ウチにナイショするん? つまらんなー」 「あう……さんちゃ〜ん……」 「珊瑚ちゃん、瑠璃ちゃん苛めちゃ駄目だよ」 「イジメてへんのにぃ〜」 そういいながらも珊瑚は耳を塞ぐ。みさきも続いて塞ぐ。 「浩之、どないする?」 「んー、正直、乗ってるようにはどう見ても見えねーんだよなぁ。怪我人抱えて必死で移動して。自分自身もぼろぼろなのに、それを押して警戒して」 「ウチもそうやと思う。でもここで大丈夫やおもて駄目やったらさんちゃんが……」 「でも、いつかは渡んなきゃいけない橋なんだよな。……瑠璃、任せてくれるか? ちょっと芝居を打ってみる」 「芝居?」 「ああ。もし駄目だったらそん時は……二人連れて逃げてくれ。集合場所はその家だ」 「ちょっ……大丈夫なん?」 「四人とも信じられる人間だと思ったんだ。これ以上の条件もねーだろ。あの娘をなんで運んでるのか。怪我人でも見捨てられない仲間の為、ってんなら文句なしだろ。ただ、そん時は……仲間に引き入れてもいいか?」 「……そやね。ウチも出来るなら助けてあげたい」 「決まりだ。みさき、終わったぞ」 「さんちゃん、もうええよ」 二人の手をとり、話し合いが終了したことを知らせる。 「さんちゃん、浩之が芝居してくれるんやて。それで大丈夫やおもたら助けてあげられる」 「ホンマ?」 「ああ」 「浩之君芝居出来るんだ。すごーい」 「いやメインはそこじゃなくてだな……いいや。行って来る」 「ウチらはどうする?」 「珊瑚はレーダー見ててくれ。瑠璃はロケット構えててくれ。みさきは……会話をじっくり聞いててくれ。俺からは見えない粗も見えるかもしれない。ただし、絶対に見つからないようにな。後レーダーに他に反応がでた時は即刻中断だ。すぐに出てきてくれ」 「はーい」 「んじゃ、行って来る」 時は戻り、尋問後。 「仲間……?」 「祐一」 「向坂?」 ここは覚悟を決めるべきだろうか。相手のことは殆ど分からない。でも、最後のあの声は信じたい。信じられると思う。あの七瀬と名乗った奴の時のような嫌な感じはしない。だから。 「私に任せてもらえないかしら。最悪……二人だけでも逃がすようにするから」 「ばっ……」 「一つだけ質問させて。何でこんな回りくどいことしてるの? 」 「仲間を守る為だ」 私達と同じ。私達が乗っていた時、被害を自分だけに留める為。私達と同じだ。 「祐一。振り向いて、いい?」 否は返ってこなかった。 「軍隊口調ってなむずかしーな」 「えー、上手だったよ。浩之君」 森の中から三人が出てきた。 「姫百合さん!? 貴方もいたの……」 「ウチもおるよ〜」 「二人とも……」 「勘弁してくれよ。二度とやりたかねえ」 「ふふっ……」 「立ち話より落ち着いて話した方がええやろ。家にもどらへん?」 自己紹介も終わり、情報交換。最優先は危険人物。 巳間良祐、柏木千鶴、神尾晴子、篠塚弥生、朝霧麻亜子、岸田洋一。 最も良祐と千鶴の名前は分からず身体的特徴に留まり、岸田は『七瀬と名乗った』が首輪をしていない事と日本人離れした大柄な身体、酷薄な眼で間違える事もないだろう。環は話している間に浩之と瑠璃の眼が暗く沈んでいくのをただ黙って見ていた。 又、晴子が観鈴の母親であることも話した。晴子と名乗ったわけではないが、先ず間違いないだろう事も。 豹変して姉を襲った向坂雄二、そして。 「マルチが!?」 二人が同時に叫ぶ。 「え……ええ……」 「あのマルチが……っくそ! マジかよ!」 浩之が両の掌を打ち合わせる。 「ウチも信じられへん……マルチがそんなになるなんて……」 「嘘じゃねえよ。そのせいで英二さんと離れ離れだしな」 「あ……信じてへんわけやないんで? ただ……」 「ただ、なんだよ」 「マルチはな、長瀬のおっちゃんが作り上げた友だちやねん。モデルベースやけど感情もちゃんとある。パターン反応言う奴もおるけど……それでもちゃんと生きとった。人を傷つけるなんてできひん子やったから……」 「俺の知ってるマルチは絶対そんな事はしねえんだよ。いっつも泣いて、笑って、頭撫でると嬉しそうにして……糞っ……」 「でも俺達は実際に襲われた! だからこそ今逃げてんだよ!」 「祐一」 「っ……すまん」 豹変した弟と相対した環の言葉は重い。 「でも、本当よ。私達は元々どんなメイドロボだったかは知らない。でも、確かに雄二と一緒に襲ってきた。二人とも……壊れてたわ」 その一言を紡ぐのに、どれだけの気力が要ったのだろう。肉体ではない。外見には一切分からない、精神が壊れている。それを認めることのなんと難しいことか。 「とにかく、私達のあった危険人物はそんなところ。……なんかこうしてみると相当沢山遭ってるわね」 未だに未練を引き摺っているようだが、浩之と珊瑚の顔にも諦観の色が濃く見えた。 こうやって心は削られていくんだろう。ここでは。 「弟がもしかしたら追って来るかもしれない。なるべくここを早く……」 唐突に珊瑚が環の唇を塞いだ。 「あかんよ。三人ともぼろぼろやん。ここで少しやすまな。倒れるで?」 そう言って紙を付きつける。 『ひつだん。りゆうは?』 筆談? 何故そんな事を。 わけも分からず呆けていると珊瑚が書き足す。 『くびわ、たぶんとうちょうされとるで』 「!!」 環と祐一は声にならぬ声で驚く。 「さんちゃんの言う通りや。怪我人連れて道で襲われるよりずっとええ」 『ここにはパソコンがある。いまワームつくってるねん。できればここでさぎょうつづけたい』 「そう言えば、武器の確認してなかったわね。貴方達、何持ってるの?」 『ワームって何? パソコンが必要なの? それで何するの?』 「ウチらは……」 『ワームってのはな、』 とまで書いたところで浩之がペンを取り上げた。 『相手の首輪爆弾を無効にするためのプログラムだ。それを使えば最後反旗翻す時首輪で吹っ飛ばされないですむ』 珊瑚が睨んでくる。とは言え傍から見れば拗ねているようにしか見えないが。それを見た瑠璃が浩之を蹴っ飛ばしてやりたいのを我慢つつ会話を続ける。 「ウチらはこれと、これと、これと、これ」 そう言ってレーダー、誘導装置、この部屋で拾った包丁、フライパン、殺虫剤。そして外の森に行った時に壁に立てかけてあるのを見つけた鉈。 「あー後暇だったから作って見た」 浩之が火炎瓶を取り出す。 「こんなことしとったんか……火は?」 「見つからなかった」 「駄目やん……」 「あー……なんていうか……武器は強力なんだけどね……」 丸で汎用性がない。レーダーは非常に強力な武器ではあるが、近接戦闘の役には立たない。誘導装置は威力は桁外れだが、威力が発揮されるまでには時間が掛かり過ぎる。包丁、フライパン、殺虫剤、鉈は中距離じゃ殆ど役に立たない。火のない火炎瓶は言うに及ばず。 銃撃が適した距離だと何も出来ない。 ならばこれが丁度いい。 「私達は、これとこれ。」 ワルサーP5とレミントン。これを合わせれば、どの距離でも対応出来る。 レーダーのおかげで先手を取られることも(現在確認している中では岸田以外)ない。 装備だけ見れば島のグループの中でも最上クラスではないだろうか。 「つーか、さっきのあれハッタリだったのかよ」 祐一が憮然と返す。 「中々迫真じゃなかったか?」 「のやろ」 浩之と祐一がじゃれあう。相性が良かったんだろうか。祐一が漸く気を許せる人とあえたのもあるんだろう。上手く噛み合っているように見える。 「これがあれば奇襲を受ける事も早々あらへんし、急いで平瀬村行かんでもええんちゃう?」 瑠璃が話を戻す。 「あっ……そういえば」 「どうかしたか?」 「ごめんなさい。あの時嘘ついたの。貴方達がどちら側か分からなかったから。これを見て」 取り出された紙には『日出ずる処のなすてぃぼうい、書を日没する処の村に致す。そこで合流されたし』、『ポテトの親友一号』、『演劇部部長』とあった。 「もしかしたらこの紙を書いた人と仲間になれるんじゃないかって。多分これは平瀬村の事でしょ。暗号めいたモノを残す以上罠とは考えにくい。そう思ったの。この名前に心当たりは?」 揃って首を振る。が、珊瑚だけは何かを考えるように俯く。 「姫百合さん?」 「あんな、このなすてぃぼういってもしかしたらエージェントのナスティボーイかもしれん」 「エージェント?」 「うん。名簿にも那須宗一ってあったし、多分そうやと思う。ただ……」 「いや待てそもそもエージェントって何?」 珊瑚はきょとん、として黙り込む。そしてすぐに微笑みながら説明する。 「えーっとな、簡単に言うとお手伝いさんやねん。で、ナスティボーイってのがそれの世界一なんや」 「お手伝いさんの世界一位……」 脱力。 「強いよー」 「珊瑚ちゃん、お手伝いさんの世界一位が強いの?」 「うん。お仕事頼んだら色々してくれるねん」 「強いお手伝いさん……」 環の頭におたまとフライパンで戦うエプロン少女が浮かぶ。頭を振って消す。どう考えても不自然だ。齟齬がある気がする。 「姫百合さん。エージェントはどんなお仕事してくれるの?」 「何でもしてくれるよー。そやなぁ……留守番から戦争まで何でもって人もおったかな」 「ああ……」 合点がいく。そういうものか。 「となると、味方になれば相当な戦力じゃないかしら」 「かもしれんけどな。ただ……」 『ここにはパソコンがある。いまワームつくってるねん。できればここでさぎょうつづけたい』 言葉を詰まらせ、珊瑚は先ほどの紙を示す。瑠璃が会話を引き継ぐ。 「でも、そんな有名な人やったら、誰かがナスティボーイのまねっこしとるのかもしれへんやん。」 「まぁ俺達誰も知らなかったけどな」 「やかまし。取り敢えず環も祐一も休んだ方がええ。ウチが見とくから皆寝たらどうや」 「でも、本物だったら」 「そんなぼろぼろでどないすんねん。途中で倒れたらどうしようもないで」 「それはそうだけど……」 膠着状態に陥りかけた時、環が声を上げる。 「あ」 「なんや」 「あーーーーーーーーーーっ!」 「!?」 呆気にとられる。 「ど、どないしたんや」 「忘れてた! 姫百合さんがいたのに……姫百合さん!」 「ウチ?」 「違う。お姉さんの方!」 「ウチ?」 「ちょっと待ってて!」 環は今は布団で安らかに寝ている観鈴のポケットを探る。 「これ!」 「フラッシュメモリ?」 「そう!」 「向坂、落ち着け」 「う……」 「で、これは?」 「パスワードが掛かってるんだよ。中に何入ってるかはしらん」 「さんちゃん、見てくれへん?」 「ええよ」 「まぁ、これで決まりだな。暫くここに逗留だ」 「しょうがないわね……」 環と祐一は諦めてへたり込む。疲れが溜まっていたのは否めない事実だった。 「そうや」 「瑠璃ちゃん?」 「あ、さんちゃんフラッシュメモリの方頼むわ」 「任せて〜」 珊瑚が奥の部屋に消える。それを確認して、瑠璃は環と祐一に向き直った。 が、横にみさきがいるのを見て躊躇う。変わりに浩之が口火を切った。 「瑠璃。大丈夫だ、みさきは。向坂、祐一。二人に聞きたい。さっきお前達、弟の雄二とマルチに襲われたっていったよな」 「ええ」 「それでどうしたんだ?」 「雄二は私が、マルチは祐一と英二さんが相手したの。私が雄二を撃退して、英二さんが引き付けてくれている間に一緒に逃げてきたの」 「ふむ……なぁ、今なら雄二とマルチに負けることはないよな。飛び道具が石、武器がバットだけならさ。で、だ。二人には、雄二とマルチを殺せる覚悟はあるか?」 「浩之!?」 祐一が立ち上がる。が、瑠璃が祐一を押し留める。 「ウチが言おうとしたのもそれやねん。ウチ、いっぱい考えたんや。ウチはさんちゃんを守る。その為にはどうすればいいか。いややけど、ここは戦場や。誰かを殺す人がいる限り、戦争はなくならへん。誰かを殺す人は誰かに殺されるまで誰かを殺す。誰かを殺す人を殺せるのに逃がして、誰かが死ぬかもしれへん。それはさんちゃんかもしれん。ウチはそれだけはいやや。やから、そういう人を殺す覚悟もした。守る覚悟をするなら、それもいるねん。ここでは、それも必要やねん。やから……やから……」 「瑠璃、もういい。そういう事だ。俺はみさきと珊瑚と瑠璃を守る。その為に無差別に殺す奴を殺す覚悟も決めた。だが、これがあかりや雅史になると俺だって殺せるかわかんねえ。正直、マルチだって……でもな、明らかに周りに害をなすんだったら誰かがやる必要がある。でもそれをやるのが辛い人がやる必要はねえ。守りたい人がそうなったら誰だって狂う。俺だって。だから、向坂。もし雄二とマルチが来たら、ここにいてくれ。俺達はお前の弟を殺す覚悟で臨む。俺達の邪魔だけはしないで欲しい」 「浩之……! お前……」 祐一が激昂して掴みかかる。浩之は黙ってなすがままにさせる。祐一が腕を振り上げ、それを止めたのは。 「向坂……」 環だった。 「そう……私が甘かったのよね。結局ここで雄二を追い返しても、別の所で誰かと殺し合いをするのよね……あの子が。それがタカ坊かもしれないし、もしかしたらこのみだったかもしれない。そして、最後には誰かに殺されるのよね。誰にも顧みられることなく、唯の殺人鬼として。浩之。不逞の弟の不始末は姉がつけるわ。手出しは無用よ。あの子の性根を……叩きなおす。絶対」 「向坂……いいんだな?」 「ええ。意味は分かっているつもり。武器は……これをかしてもらうわね」 そう言って環は鉈を取り上げる。 「マルチは? 多分二人一緒にいるんだろ?」 「俺がやる。向坂にばっかりいい格好させられないしな」 「俺もいく。マルチは……俺が何とかすべきなんだと思うからな」 「…………」 そしてだんまりを極めていた瑠璃を見る。 「瑠璃。留守番、頼めるか?」 溜息をついて、諦めたように応えた。 「……ホンマはしたくないけどな。ええよ。さんちゃんたち守る人も必要やし。正直、正体まで分かってる相手ならレーダーで後ろからって言いたいけど……姉弟で戦うなんて、ウチには絶対無理やからな。そんなするくらいやったら……環は凄いで。その代わり、絶対生きて帰ってきてな」 「任せとけ」 瑠璃以外が床に着いて暫く。レーダーに二つの光点が現れた。 【時間:二日目午前16:30頃】 【場所:I-5】 姫百合珊瑚 【持ち物:デイパック、水、食料、フラッシュメモリ、工具箱、HDD】 【状態:瑠璃と行動を共に。色々】 姫百合瑠璃 【持ち物:デイパック、水、食料、包丁、携帯型レーザー式誘導装置 弾数3、缶詰など】 【状態:守る覚悟。浩之と共に民家を守る】 藤田浩之 【所持品:レーダー、包丁、フライパン、殺虫剤、火炎瓶*3、その他缶詰など】 【状態:守る覚悟。瑠璃と共に民家を守る。睡眠中】 川名みさき 【所持品:缶詰など】 【状態:睡眠中】 向坂環 【所持品:支給品一式、鉈、救急箱、診療所のメモ】 【状態:頭部から出血、及び全身に殴打による傷(手当てはした)。睡眠中】 相沢祐一 【持ち物:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(12/15)支給品一式】 【状態:観鈴を背負っている、疲労、南から平瀬村に向けて移動。睡眠中】 神尾観鈴 【持ち物:ワルサーP5(8/8)支給品一式】 【状態:睡眠 脇腹を撃たれ重症(手当てはしたが、ふさがってはいない)】 向坂雄二 【所持品:金属バット・支給品一式】 【状態:マーダー、精神異常。疲労回復。姉貴はどこだ!?】 マルチ 【所持品:支給品一式】 【状態:マーダー、精神(機能)異常 服は普段着に着替えている(ボロボロ)。体中に微細な傷及び右腕、右足、下腹部に銃創(支障なし)。雄二様に従って行動】 - BACK