Intermission-1





「…………」
「…………」
 何もしなくても時間は過ぎる。
 奥の部屋では珊瑚が独りでワームを作っている。
 あの部屋に到るまではたとえ何処からでも確実にこの部屋を通らなくてはならない。
 珊瑚と同じ部屋にいたままだんまりは宜しくない。その判断の元で一つ前の部屋に三人は集まっていた。
 やっていることはレーダーによる監視。
 誰かが首輪を外す手段を見つけていないなら確実にこれで捕捉出来るはず。
 起きている必要もない。寧ろ先を考えるなら寝ている方が良いだろう。独りで十分なはずなのに、そう思いながら珊瑚からレーダーを預かった瑠璃は目の前の男を見て溜息を吐く。
「寝たらどうや?」
「いや俺はまだ元気だから」
「後で足手まといになられても困るんやけど」
「じゃあ瑠璃が寝ればいい」
「ウチがさんちゃんから預かってるねん。そんなんできひんよ」
「…………」
「…………」
 これの繰り返し。
 みさきは既に布団の中。
 戦力になりうる二人がいざと言う時に戦えないのはどう考えても致命的なのだが、双方折れない。
 客観的に見れば今浩之は何もしていない。先程までは手分けして家中虱潰しに捜索し、食べ物以外にも役立つものもそれなりには見つけたのだが――そこまでだ。
 守勢に回る以上瑠璃がレーダーを抱えている限りやることもない。
 寝ていた方が百倍マシだろう。
 戦闘要員を差し置いてみさきが一番マシな行動をしているのも問題があるかもしれないが。

 が、浩之にも浩之なりの理屈はあった。
「まぁ……俺よりは瑠璃の方がずっと疲れてるだろうからな。取り敢えず寝ておけよ」
「あかん」
 あの姉を連れ、守り、規格外に強力な武器を手に入れ、その割りにその武器は対峙した相手には使えず、漸く巡り合えた家族とは時を待たずに散り散り、挙句その命は……
 珊瑚は他に誰も出来ない事をやっている以上眠ってくれとは言えない。曲がりなりにも一応は安全と言える状況で道具も揃っている。又とない機会だ。これを逸する手はない。
 しかしその妹が休める状況があるのに休ませない手も又ない。
 集団で行動する時の速度は集団で一番遅いものに併せられる。
 流石にみさきと珊瑚より遅くなることはないだろうが、それでも疲れが溜まっているものから休ませるべきではあるだろう。
 と言う理屈もあるが、何より憔悴した目の前の娘が張り詰めた弦のように切れないようにしたいと言うのが一番の本音だった。
 それでも二人が起き続けるのが一番無駄なのだと言う事は二人とも分かっているのだが。
 その静寂がもう暫く続いた後、瑠璃が口火を切った。
「なぁ」
「ん?」
「さんちゃん頭ええやろ?」
「そうだな」
 掛け値ない本音だ。自分や自分の知り合い全てひっくるめても丸で敵わないだろう。正に規格外の天才だ。
「最高の天才だ」
「そうやねん。でも、ウチはアホなんや。さんちゃんと双子やってのが信じられへんくらい全然違う」
「瑠璃?」
「でもな、ウチ考えたんや。いっぱいいっぱい考えたんや。これからどうなるんか。どうするんか。イルファは……ウチのせいで……」
 涙を溜めて言葉を詰まらせる。が、それでも最後まで言い切った。
「ウチのせいで死んだ。ウチがさんちゃんが止めるの聞かずに勝手に行ったからや。その後さんちゃん連れて逃げたんは後悔しとらへん。ほんまはしとるかもしれへんけど……それでもしとらへん。ウチはさんちゃんが一番大事や。それはかわらへん。でも、ウチが行かんかったらイルファも死なんですんどったかもしれんのや」
「それは違うぜ」
 見過ごせないペテン。浩之は遮った。
「浩之?」
「それは違う。瑠璃。イルファって人が死んだのは瑠璃のせいじゃねー。そのイルファを殺した人のせいだ。そしてこの糞ゲームを開いた奴のせいだ。確かに瑠璃が行かなかったらイルファは死ななかったかもな。そこまでは事実だ。だが、断じて瑠璃のせいでイルファが死んだんじゃねーぞ。そこだけは履き違えるな」
 それでも納得は行かないのだろう。浩之の理論は一面では正しい。が、そうでない部分もある。
「いいな?」
「あかんよ」
「何?」
 哀しげに首を振る瑠璃は、なおも自分に断罪の杭を撃つ。
「あかん。それでもあかんねん。確かに直接殺したんはそいつやし、そうさせたんはゲーム開いた奴のせいかもしれへんけどな。そんな時に不用意に動いたウチが悪くないはずないねん。――――浩之。ここは戦場やで。戦場で散歩して撃ち殺されて。撃った奴が悪いゆってられへんやろ?」
「…………」
 それも又正しかった。でなくばこの世界に自衛なんて必要ない。
「だからイルファが死んだのはウチのせい。……でもある。それは間違いない」
 それでも訂正を入れてくれたのだ。陳情は無駄ではなかったのだろう。

「でな。アホやけど考えてん。ウチがこの世で一番なんはさんちゃん。それだけはかわらへん。ずっとずっと。でも、この島は戦場や。ここもいつまで安全かはわからへん。レーダーあるから奇襲だけは……それでもないとは言えへんけど、そんなに気にせんでええ。でもウチらには武器があれしかないからな。家でも吹っ飛ばせるけど、先に撃たれておしまいや。やからこのままやと最初に戦闘する時にはどうしてもウチらが戦わなならん。さんちゃんもみさきも戦えへんからな。さんちゃんがウチより先に死ぬ事はない。ウチがさせへん。でも、ウチが死んだらここにはもう浩之しかおらんねん。浩之、そうなったらさんちゃん……守ってくれるか?」
「ったりめーだろ?」
 何を言い出すのかと思えば。考えるに値しない。
「ちゃう!」
 彼はそう思ったのだが。
「そうやない! 浩之はわかってへん! っ……ふ……浩之。さっき、ウチゆうたよな。『守る覚悟』って。その後も色々考えてん。でもな、最後まで考えると浩之が行った通り人殺しをする覚悟も必要になるんや。ウチがイルファ殺した人みたいなの殺すの躊躇してさんちゃんが殺されるのは絶対にだめなんや。イルファはそれが出来た。きっと出来た。そう言う相手を『殺してでも』さんちゃんとみさきを……守ってくれるんか?」
 瑠璃の問いは遥かに重かった。決まっていない覚悟を見せるな。その眼は言外にそう告げている。これが年下の少女が見せる眼だろうか。澄んで、燃えて、何処までも重い。
 浩之は暫し眼を閉じ、黙考した。
 瑠璃は解答を急かさない。
 手元のレーダーも、そこで寝ている少女も、今この瞬間はこの世界からは切り離されていた。
 何もしなくても時間は過ぎる。
 彼は漸く眼を開ける。
「……確かに、認識が甘かったな」
 穏やかに口を開き、彼は続けた。
「あいつは俺達を殺そうとした。川名は後少し、ほんの僅か俺が遅れるだけで死んでいた。間違いなく。あのデイバッグのように弾けていたんだよな」
 それは瑠璃に語っているのではないのかもしれない。
 ここまで来た幸運、悪運、不運。自分の認識の甘さ、覚悟の薄さ。
 それをただ確認しているだけなのかもしれない。
「そして俺は川名を連れて逃げ出した。そのこと自体は間違っているとは思わねー。現にこうして生きている。が、あの時はちゃんと武器もあったんだよな。反撃する為の武器が。それを捨てたから逃げられたんだけど、捨てなきゃ返り討ちには出来たかもしれないのか。――確かにここは戦場だわ。有無を言わさず殺しに来る奴がいる。そう言う奴らを殺せなかったせいで川名が死ぬのは……許せねえな」
 これは間違った認識なのかもしれない。しかしここは戦場だった。理想を抱いて周りの者を殺す選択肢を選ぶことは、彼には出来なかった。
「――瑠璃。守ってやる。川名も、珊瑚も、お前も。覚悟は決めたぜ。襲ってくる殺人鬼を殺さずに追い返す、なんて真似はしない。まぁ、逃げられる事はあるかもしれねーけどよ」
 最後は肩を竦めておどけてみせる。それでも瑠璃には十分過ぎた。貴明はここにはいない。イルファは自分のせいで亡くなった。自分が倒れた後他に頼る当てもなかった彼女にとって、浩之の誓いは何よりも有難いものだった。
「……あんがとな」
 呟かれる礼に、彼は無言を持って応えた。




【時間:二日目午前10:00頃】
【場所:I-5】

姫百合瑠璃
【持ち物:デイパック、水、食料、レーダー、包丁、工具箱、携帯型レーザー式誘導装置 弾数3、缶詰など】
【状態:守る覚悟。浩之と共に民家を守る】

姫百合珊瑚
【持ち物:デイパック、水、食料】
【状態:瑠璃と行動を共に。ワーム作成中】

藤田浩之
【所持品:包丁、フライパン、殺虫剤、布、空き瓶、灯油、その他缶詰など】
【状態:守る覚悟。瑠璃と共に民家を守る】

川名みさき
【所持品:缶詰など】
【状態:特になし】
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