人生楽ありゃ苦もあるさ





「時にるーさん」
「何かな、なぎー」

 お米券を通じて刎頚の交わり+竹馬の友+金蘭の契くらいの関係になった遠野美凪とルーシー・マリア・ミソラはやや人目につかぬ木の陰でノートパソコンを立ち上げながら何気なく会話を交わしていた。

「パソコン……と言いますか、情報処理系には詳しいですか」
「残念だが、る……じゃなく私はこの国の機械にはあまり詳しくない。使えないわけじゃないぞ。電子レンジだって使える」
「……それは残念です」

 そこはかとなく長いため息を吐き出しながら、美凪は立ち上がったパソコンのデスクトップからメモ帳を機動させ口頭では伝えられなかった情報を伝える。

 ・このCDを通じて『ロワちゃんねる』という主催側のプログラムからホストサーバーに侵入し、情報を弄くれること
 ・ただしプログラムに通じてないとこのCD付属のプログラムを使いこなすことは難しいらしい
 ・更に、首輪についての構造もある程度知らないと解除は難しい
 ・この首輪には盗聴器がついている←ここ重要。テストに出ます

 ぐっ、と親指を上げてここから筆談にすることを要請する美凪。あの時は仕方がなかったとは言えある程度口から主催に対抗する手段を言ってしまったのだ。ここからは、一言として詳しいことは口外してはならない。
 美凪の意思を悟ったルーシーもぐっ、と親指を上げて応えたのだが……
(この機械、どうやって文字を打ち込むんだ……?)
 美凪がやっているのを見てもさっぱり分からない。キーボードにある平仮名の文字とは全く違う字が打ち込まれているし……せめて故郷のものならまだ扱いようがあるのだが。

 ルーシーがしばらく当惑しているのを見て全てを悟った美凪はカタ、とキーボードのあるボタンを押すと『かな打ちにしておきました』と打ち込む。
 かな打ちとはなんぞ、と首を傾げるルーシーに美凪が手元を見るようにジェスチャーする。
 ルーシーが美凪の手元を覗き込むのを確認してから『あ、い、う、え、お』とかな打ちで文字を打ち込む。「おお」という形にルーシーの小さな口元が開いた。
 どうぞ、と美凪が場所を空けると、ルーシーが喜び勇んで人差し指で文字を打ち込む。

『かんしゃする』
『どういたしまして』

 ピシガシグッグッ。無言でお互いの友情が更に深まったのを確認する二人。傍から見ているとホームステイに来た外国人としっかり者のお姉さんのやりとりである。

『しかしむねんだがわたしではむりだ。すまない、ちからになれそうにない』
『構いません。一人より二人です』
『いいこというな。ところでどうやってかんじにするんだ』

 すると美凪が適当に文字を打ってスペースキーで変換する。更に変換候補や打ち直し、文字の確定なども教える。既にこの場は秘密の相談ではなくパソコン教室と化していた。

『感謝する』
『どういたしまして』

 ピシガシグッグッ。彼女らの友情は鉄よりも固く海よりも深くなっていた。

『時にるーさん』
『何かな、なぎー』
『るーさんのお知り合いでこういうのに詳しい人はいませんか』
『心当たりがないではない』

 ピタ、と美凪の指が一瞬止まる。まさか、本当に、いたと言うのだ。今回も、その技術者が。逸る心を抑えながら、美凪は話を続ける。

『お名前は?』
『姫百合瑠璃か珊瑚か、どちらだったか。よく覚えてないが、片方は確かにそういうのに詳しかった』

 姫百合瑠璃、珊瑚……と美凪は心中で反芻する。確か一回目でも二回目の放送でもそのような名前は呼ばれなかったはず。即ち、まだ二人は生きているということだ。これを北川と広瀬が聞けばどんなに喜んだことだろうか……
「どうした」
 美凪の表情に影が差したのを見て取ったルーシーが、言葉で尋ねる。
「いえ、少し昔のことを思い出しまして……」
「……」

 ルーシーが悪かったわけではない。こればかりは仕方のない事柄だった。だがそれでも大切な仲間を失うことの辛さを分かっているルーシーは静かに美凪の頭に手を置いた。
 その気遣いに美凪は感謝しながらも、こんなことでくよくよしている場合でもない、とすぐに思い直す。そう、目的はまだ達成されたどころかようやく糸口が見つかったというだけだ。色々と考えるのはその後だ。

「すみません、もうお気になさらず」
 美凪は再びパソコンの画面に目を向けると、『それよりも』と続ける。
『姫百合さんたちを探す方が先決です。居場所に心当たりはありますか』
『いや、流石にそこまでは』

 ルーシーは書き込みながら首を振る。それに珊瑚か瑠璃か、どちらがパソコンに詳しいか分からない以上探す労力は二倍になる。この島において特定人物が再会できる確率はかなり低いのだから。それはルーシー自身や美凪でもその事柄は証明している。

『せめて二人一緒にいればいいのですが』
『そこまで望むのは贅沢だ。とにかく、地道に探していくしかない』
 そうですね、と美凪は同意する。文句を言っている暇があるのなら行動で示すべきだ。後悔するのはあの時でもうたくさんだった。
『問題は、どこに潜んでいるかだ』

 ルーシーはデイパックから地図を取り出すと島の各地にある施設を次々に指差していく。
『私もあまりあの二人のことは知らない。が、積極的にうろうろするような奴らでもなかったと思う。恐らくどこかに隠れている可能性が高いはずだ。あるいは私達と同じように首輪の解除を目指してどこかの施設でパソコンを弄っている可能性もある』
 言われて、美凪も納得する。パソコンが得意だというなら言われるまでもなくその方向に動いている可能性は高い。

『その上で訊きたいが、民家なんかにそのパソコンとかいうのがある可能性は、高いのか』
『分かりません。でも推論で考えるなら、3割くらいの可能性ではないかと』

 普及率から考えると9割でもいいような気はするがこの島の自然の多さからして美凪が住んでいる土地とほぼ同じと考えればそんなに高くはないはずだ(とはいっても美凪は地元でパソコンを持っているような家を殆ど見かけたことがなかったのだが)。
『低いな。それで、これらの大きな施設にある可能性は』

 分校跡、小中学校、無学寺、役場、消防分署など目印になると思われる建物を指差していくルーシー。
『恐らく、学校にあるかどうかだと思います。分校跡は跡ですから、恐らくないかと』
 ただ隠れる場所としては絶好の場所かもしれません、と付け加えておく。ふむ、とルーシーは唇に手を添えて思案する。
『一応、分校跡から当たってみることにしようか。なぎーはどう思う』
『それでいいと思います。あちこち家を出たり入ったりするのも危険だと思いますから』
 跡、というからにはパソコンなどの設備はおろか電気すら通ってない確率は非常に高いだろう。だからこそ隠れるには適した場所であり、あるいは美凪同様にノートパソコンのようなものを手に入れているとするなら隠れながら作業だってできる。
 全ては推測だが、絶対に在り得ない話ではない。
 いや、この島において在り得ないことは『在り得ない』のだ。

 美凪はそう考え、ノートパソコンの電源を落とし、それをデイパックに仕舞う。
「そうだ、言い忘れていたことがあった」
 ルーシーがぽんと手を叩く。何だろうと美凪は頭を傾げるが、さも当たり前のようにルーシーは言った。

「飯だ。腹が減っては戦は出来ぬ。なぎー、お米券はどこで交換するんだ?」
「……残念ながら、ここではお米券は使えないです。お米屋さんがありませんから」

 そんな美凪の言葉を聞いた瞬間、ルーシーがこの世の終わりを迎えたかのような壮絶な表情になった。ぱさ、と既に取り出していたお米券が手から零れ落ちひらひらと宙を舞う。
「う、嘘だ……嘘だと言ってくれなぎー。そんな、ようやく食べ物とは思えないパンとも言えないパンの味から逃れられると思っていたのに……教えてくれ、なぎー、私はいつまでこんな食生活を続けなければならない!?」
 昨晩秋子のおにぎりと味噌汁を食べていたくせにその言い分は間違っているのであるが、そんな事実は美凪の与り知らぬことであるし、グルメなルーシーからすればあんなものは食べ物とすら言えないものであるだろうからそう言ってしまうのも仕方のないことではある。

 だからロクにいい物を食べてこなかったのだろうと勘違いした美凪はこう提案する。

「ハンバーグはお好きですか」
「勿論だ」

 即答。美凪が言い終えてから一秒も経ってない。
「ではお昼はハンバーグにしましょう……まずは材料調達に、れっつごー」
「る……おー、Let's Go! だ」

 当初の目的を取り敢えず後回しにして昼飯を確保するべく動き出す美凪とルーシー。
 この二人、果たしてやる気はあるのだろうか? マイペースな□□コンビの道中はふらふらと続く……




【時間:2日目12時30分】
【場所:F−03】

遠野美凪
【持ち物:予備マガジン×1(ワルサーP38)、包丁、防弾性割烹着&頭巾、支給品一式、お米券数十枚、色々書かれたメモ用紙とCD(ハッキング用)、ノートパソコン、予備弾薬8発(SPAS12)+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発】
【状況:強く生きることを決意。CDを扱える者を探す(まず分校跡に)。だがその前にハンバーグを作って食べよう! なんだかよくわからんけどルーシーと親友に(るーさんと呼ぶことになった)】

ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×5)、支給品一式×2】
【状態:生き残ることを決意。美凪に協力(まず分校跡に行く)。でもその前にハンバーグ食べたい! 服の着替え完了。なんだかよくわからんけど美凪と親友に(なぎーと呼ぶことに)】
【備考:髪飾りは倉庫(F-2)の中に投げ捨てた】
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