監視者





 暗く閉ざされた部屋。しかし明かり代わりとすら言えるモニターの光が、その部屋にいる人物達の姿を克明に照らし出していた。
 カタカタ、と無言、無表情でキーボードを叩いているのは、女だった。

 女性がデスクワークに勤しむのは別に特別なことではない。
 しかし、キーボードに情報を打ち込むタイピングの早さが、尋常ではなかった。
 姫百合珊瑚がその場にいたとしても彼女と同等か、あるいは珊瑚でさえ速度では劣るほどのタイピング速度を、彼女は既に24時間を越えて保ち続けている。
 明らかに彼女は異常だった。いや異常なのは彼女だけではない。
 彼女の隣、そのまた隣にいる女も彼女と同じくらいのスピードで作業を続けている。顔色一つ変えずに。

 そして何より異常なのは――彼女らが、皆一様に同じ髪型、同じ顔、同じ瞳、同じ体型、極めつけに、修道服……つまり、『シスター』の姿だったということだ。

 この殺し合いを管理するアンダーグラウンドの場においては、それは何よりも違和感を覚えずにはいられないだろう。だが、誰もそれを気に留めることはない。
 何故なら……彼女達は『ロボット』だから。

「ほぅ……あの『少年』も死んだのですか……総帥といい、醍醐隊長といい、実にあっけない」
 彼女達の後ろで、現在の生存者一覧を眺めていた青年と思しき人物がさもありなん、という風に笑っていた。その胸元では銀色のロザリオが笑いに合わせて揺れている。それは彼の人物を示すかの如く、軽薄な輝きを宿していた。

「ふむ……おい、イレギュラーはどうしてる」
「はい、会話ログから確認する限り、現在D-5に移動し、鎌石村役場に向かっているものと思われます」

 女ロボットの返答を聞き、こちらはまだ生きているのですか、と感心するそぶりを見せる青年。
「人間という生き物はあまりに度し難い……不確定で、信頼するにも値しない生物ですよ」
 誰に言うでもなく一人ごちると、『笹森花梨』のモニターに目を移す。

「宝石はどうなっている」
「はい、発信機を確認する限り、現在ホテル跡に留まっているものと思われ、会話ログからも宝石は未だ彼女の手にあるものと思われます」
「そうか。……まあ、どうでもいいのですけどね。あれは総帥が欲しがっていただけですし、私は『幻想世界』にも興味はない。総帥は『根の国』と呼んでいましたがね」

 本当に興味のなさそうに吐き捨てると次に青年は残り人数を確認し、少々驚いたような表情を見せる。
「もう40人少々ですか……もうちょっと時間がかかると思っていましたが……まあいい。むしろ私の計画には好都合です。ね?」
 青年が女ロボットの肩に手を置くが、まるで触られていることを感じていないように女は反応しない。作業を続けるだけだ。

「やれやれ、面白みのない……それで、アレの最終調整はいつ終わる?」
「はい。予定では12時間後に全て完了し、実戦に投入できます」
「へえ、早いね。流石ロボット、というところかな。私の『鎧』は?」
「はい。予定では12時間後に完了し、実戦に投入できます」

 ひねりのない返答だ、と青年は顔をしかめたがすぐに、まあそんなものかと思い直しむしろ彼女らの仕事の速さを褒めるべきだと考えた。

「分かった。他に『高天原』に異常はないか」
「はい。異常ありません」
「注意を怠るな。侵入者の気配を感じたらすぐに迎撃に向かうんだ。……もっとも、そちらのほうが私にとっては好都合かな? それ以前に首輪を外せたら、ですけどね。ふふふふ、ふふふふふふっ、あははははははっ!」

 けらけらと狂ったようにひとしきり笑い、愉悦が収まるのを待ってから青年はとある部屋に通じるマイクを渡すように伝える。
 すぐに小型のマイクが渡され、モニターの一部が121人目の参加者である……久瀬のいる部屋の映像を映し出した。
 四畳もない小さな部屋の、更に小さいモニターの中で久瀬は精魂尽き果てたようにぐったりとしていた。

「ふふふ、さて、一つお遊戯と参りますか。こほん、あー、聞こえるかな、久瀬君?」
『!』

 ガバッ、と母親の怒声で叩き起こされる小学生のように飛び起きた久瀬の行動に青年はまた笑いそうになったが堪えながら話を進める。

「お疲れのようだね。まー流石にそんな小さな部屋じゃストレス溜まるかな?」
『お前……』
「怒らない怒らない。あ、そうだ。面白いニュースがあるんだけど聞きたくない?」
『……できれば、お断りしたいところなんだが』
「あ、そ。それは残念。君の大切な倉田さんがお亡くなりになったのにねぇ」
『何っ!?』

 久瀬の顔色が一瞬にして変わったのが丸分かりだったので、今度こそ青年は堪えきれずに笑い出した。事前に調べて久瀬が倉田佐祐理に関心があることは分かってはいた青年だが……ここまで過敏に反応するとは思わなかったからだ。

『何がおかしいんだ!』
「いやいや……これは失敬。大切な、ではなかったかな? くっくっく……まあそれはさておき。参加者の数が半分を切ったどころかもうすぐ40人になりそうなんだ。次の放送では忙しくなりそうだよ」
『な……にっ?』

 また久瀬の表情が変わる。今度は絶望、だ。まったく、見ず知らずの他人なのにどうしてここまで親身になれるのかと青年は思わずにはいられない。
 人間など、互いに利用し合うだけの存在だと思っている青年には、どうしても度し難いことだった。

「ま、とにかくそういうことだから今のうちに体力蓄えときなよ。ちゃお〜♪」
『お、おい待て……』

 久瀬が何かを言いかける前に、モニターは切り替わった。後にはまた参加者の命の残り香を移す光点が点在するだけとなる。
「さて、取り敢えずは次の放送まで待ちましょうか。それにしてもこんなに死者が出るとは思いませんでした……次からは6時間刻みにしましょうかね」
 青年は近くにあった椅子に腰掛けると、作業を続ける女ロボットの横顔を眺める。
「美しい顔です……まさに『高天原』……いや『神の国』の住人に相応しい
」
 現在この殺し合いを管理し、進行役を務めているこの青年――名前は、デイビッド・サリンジャー。
 彼の背後にあるモニターの向こうでは、惨劇が今もなお続いている。




【場所:高天原内部】
【時間:二日目午後:13:00】

デイビッド・サリンジャー
【状態:殺し合いの様子を眺めている。放送の間隔を変える予定】
久瀬
【状態:呆然】
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