希望の十字架/絶望の十字架





「よし、いいぞ来い」
 芳野祐介が手で合図したのに合わせて、ファミレス制服姿の女の子が三人、木の陰から飛び出してくる。明らかにこの緊迫した状況には相応しくないと思う芳野ではあったが命が懸かっている状況でそんなことを言っている余裕はないし、そもそも着るように指示したのは芳野だ。
 ともかく、なりふり構ってられない。国崎往人も今頃は命を懸けて戦っているに違いない。こちらもやれるだけやらねば。

「もうすぐ学校ですね」
 ぴょこぴょこと髪飾りを揺らしながら神岸あかりが話しかける。女性陣の中では一番慎重で、常に周りの様子に注意しながら動いてくれる。
 恐らく、国崎往人と行動している間にいくらか戦いの場をくぐりぬけてきた結果なのだろう。そういう意味では往人に感謝できなくもない、芳野はそう思っていた。

「それで、芳野さんどうするの?」
「学校でまずひとを探して、それから何か脱出に使えそうなものを探す。そうですよね」

 芳野の代わりに答えるようにして添えられた長森瑞佳の言葉に、「ああ、そうだ」と同意する芳野。瑞佳は言葉の少ない芳野をフォローするように口添えしてくれる。割と口下手な(愛を語ることに関してはその限りではないけれども)芳野にとっては彼女もまた在り難い存在である。
 柚木詩子は……まあ、能天気だが暗くなりがちなこのメンバーの清涼剤にはなっているだろう。

「芳野さん?」
「……何でもない」

 ほんの少し、詩子を見ていただけなのに敏感にその気配を察知できる、ということも追加しておこうと芳野は思った。

「ここからは二手に別れよう。俺と神岸で学校の中を、長森と柚木で学校の外を探してくれ」
 さらに森を抜け、鎌石村小中学校の校舎が全景を見せたところで芳野は二人に指示する。四人でちまちま捜索していくよりも、別れて捜索した方が効率がいいと考えたからである。

「はいはいはーい、質問」
「何だ柚木」
「その人選の理由は?」

 気にするようなことか? とも思ったが理由もないではない。芳野は丁寧に返答する。

「まずお前が銃を持っているからだ。室内では発砲したときにどこかで兆弾する可能性があるからな。それに戦力のバランスを取ろうとすると俺はこういう人選にしたほうがいいと思った。異論は」
「……別に、特定の子と一緒にいたいとかそういうわけじゃないんだ」

 そんなことを言っている場合じゃないだろう、と言いたくなった芳野だが年頃の女が考えるのはそんなことなのかもしれない。
 どう言ったものかと思案していると、流石に不謹慎だと思ったのか窘めるようにして瑞佳が詩子の頭をこつんと叩く。

「柚木さん、今は非常時なんだからそんなことを考えてる暇はないと思うよ」
「ま、そうなんだけど……そういうのちょっとくらいあるんじゃないかなって思って」
「……芳野さん、私からも一ついいですか」

 ああ、長森がしっかり者で良かったと芳野がホッとしていると、今度はあかりが手を上げて質問する。

「人を探すほかにも役に立ちそうな物を探すんですよね。例えばどんなものを?」
「ドライバーとかの工具だな。後は車のバッテリーとか、エンジンオイルなんかも欲しいところだ。他には適当に武器になるものや、あるいは防具になりそうなものでもいい」
「要するに車関係の物を集めればいいのね? 任せて、こう見えても私機械いじりは少しだけどやったことがあるんだ」

 詩子がえへんとない胸を反らす。バッテリーの取り外し方などを説明しようと思っていた矢先のことだっただけに意外な言葉だった。

「そうか、なら外は任せたぞ。他に質問とかはないか」
 あかりも瑞佳も、もう訊きたいことは無いようであった。それを確認すると「行動開始だ」と静かに告げて四人は二組に別れる。
 芳野たちは裏口から校舎の中に。
 詩子たちはそのまま学校の周りを迂回するように移動を始めた。

     *     *     *

「ここなの」
 一ノ瀬ことみは一人、鎌石村小中学校内部にある『理科室』のプレートを指差して言った。
 保健室で酔い止めの薬を服用して少しは気分が楽になったことみは聖に理科室まで行って硝酸アンモニウムを取ってくることを申し出た(もちろん筆談で)。
 当然聖は「危険だ」と止めたのだが、保健室は医療品が多く置いてあるので殺し合いに乗っているいないに関わらず多くの人間がやってくる可能性が高く、特に殺し合いに乗った人間にそういったものを渡してはいけないので守りを固めて欲しいこと、そしてもし傷ついた『乗って』いない人のためにも医者として残っていて欲しいことを伝えると、渋々だが了承を得ることができた。

 そして今に至るというわけだ。
「比率から考えると、大体5〜6kgくらいの量が妥当なの。そして私の腕力から考えてもそのくらいの重さは楽勝なの」
 綿密な計算の元はじき出された答えに自分でうっとりしながら理科室に入ろうとした、その時だった。
 廊下の遥か向こう、曲がり角から人影が二つほど現れたのが分かった。
「!」
 危機を感じて隠れようとしたことみだが廊下に物陰はない。理科室に入っても扉の開閉音で逃げたと分かるだろう。学校の校舎が古いことを、ことみは呪った。殺されるのを覚悟で逃げ出そうとしたが、その前にことみの存在に気付いたらしい二人組が声をかけてきた。

「そこに誰かいるのか」
 びくっ、と体を震わせながらもことみは気丈に十徳ナイフを取り出しながら言葉を告げる。
「だ、誰!?」
 相手はことみの怯えた気配に気付いたのか、今度は女性と思われる人物が穏やかな声でことみに言う。
「ごめんなさい、びっくりさせてしまって。私たち、殺し合いには乗っていません。人を探してるんです」
 少しずつ相手が歩み寄ってくる。暗い校舎の中で声だけしか分からなかったのが、徐々に顔も分かるようになってきた。

 先程ことみに話しかけた一人は短い髪にリボンで彩り、そして何故かファミレスの制服を着ている、神岸あかり。
 もう一人は背丈の高い、しかしあまり目つきの良くないむすっとした表情の男、芳野祐介。
 あかりはともかくとして、芳野に対してあまりいい印象を持たなかったことみは、警戒を解かずにナイフを向けながら威嚇する。
「……しょ、証拠はあるの?」

 疑いの念を解かないことみにあかりが困ったような目線を芳野に向ける。
「……俺のせいか?」
「芳野さん、『誰かいるのか』なんて思い切り怖い声で言ったじゃないですか」
 心外だ、とでも言わんばかりに芳野は肩をすくめると自分のデイパックとサバイバルナイフをことみの足元へと投げ捨てる。あかりもそれに倣って包丁とデイパックを投げ入れる。それでようやくことみも納得し、十徳ナイフをデイパックに仕舞うとこちらも殺し合いの意思はないというようにデイパックを芳野側に向かって投げた。

「ごめんなさい、いきなり出てきたから怖くって……」
 あたまを下げることみ。ホッとしたあかりはことみのデイパックを拾うとそれをことみまで持っていってやる。
「いいよ、いきなり現れた私たちも悪いんだし。ね、芳野さん」
「だから、そんな恨みを買われるようなことをした覚えはないんだが……俺は愛に生きる男なのに」
 複雑な表情でことみの近くにあった自分達の武器とデイパックを拾い上げる芳野。サバイバルナイフを腰のベルトに差すと、包丁と彼女の分のデイパックをあかりに返す。

「それより、どうしてこんなところに一人でいたの? ええと……」
「あ、はじめまして。私は一ノ瀬ことみです。趣味は読書です。もし良かったらお友達になってくれると嬉しいです」
「あ、神岸あかりです。好きなものは熊さんです。もし良かったらお友達になってくれると嬉しいです」
「……芳野祐介。電気工だ」

 芳野さんノリが悪いですよ、という非難の目線があかりから向けられたような気がした芳野だが、さらりとスルーして話を進める。

「それでどうしてここに?」
「あ、それは……」

 ことみは喋りかけて、口をつぐむ。ここで話してしまえば秘密裏に進めている首輪解除の情報が主催に伝わり、全てが水泡に帰す。とりあえず「人探しをしているの」と言ってデイパックから地図と筆記用具を取り出し、裏側にことみと聖の進めている計画を簡単に書き綴る。
 最初何をしているのかと不思議に思っていた二人だったが、ことみが書いた計画のあらましを知ると、了解したように頷く。

「そうか……俺達に何か手伝えることはあるか」
「うん。私達は灯台の方へ探しに行くんだけど、そっちは学校から西を探して欲しいの」

 言外に、そちらの方面から材料を探してほしいのだと、芳野もあかりも理解する。
「あ、そうだ。ことみちゃん、この人たちを知らない?」
 一応体裁を取り繕うのと、情報を得る意味であかりは名簿にあかり、瑞佳らの探している人物を丸でかこったものを見せる。
 ことみは黙って首を振るとまた紙に何かを書いていく。黙っていると不審に思われると考えた芳野が、ことみの計画の信憑性を確かめる意味も兼ねて質問する。

「一ノ瀬、お前たちの探しているの、本当に見つかるのか? ロクに情報もないんだろう?」
「それはそうだけど、でも、やってみなくちゃ分からないの。一応だけど、アテはあるから」

 タイミングよく書き終えたことみが、書いた内容を見せる。
 まずはこの理科室で硝酸アンモニウムをできるだけ取ってきて欲しいこと、そしてそれを外にある体育倉庫に保管して厳重に戸締りしておくこと、それから軽油やロケット花火を手に入れてきて欲しいことを伝える。
 手に入れた材料を保管しておくのは爆弾の材料を誰かに悪用されたら大変だ、と考えた結果だった。

「取り合えず私と一緒に行動している聖先生にこのことは報告しておくから、先に行ってて欲しいの」
「分かった。一応信用しよう。俺達の探している奴らのことも、よろしく頼む。それと外に残してきてる奴らもいるからな。そっちの連れには会えないがまた目的を達成するときに会おうと言っておいてくれ」

 あいあいさー、と芳野の言葉に敬礼で答えることみ。と、人探しをしているという名目だったのに肝心の探し人の情報を訊いていないことに気付き、慌てて「待って」と呼び止める。
「どうした」
 さらさらと紙に「一応私にも探してる人はいるの。訊きそびれちゃったから」と書いて名簿の『岡崎朋也』『藤林杏』『藤林椋』『古河渚』『霧島佳乃』の名前を丸でかこっていく。

「どうして口頭で言わ……」
 口を開きかけたあかりの口を塞ぐと、芳野が首を振る。岡崎朋也は芳野の知り合いでもあったが居場所を知っているわけでもないし、会話の流れ上下手に喋るのはまずい。むーむーと苦しそうにするあかりをそのままに、芳野の反応を確認したことみが「ううん、やっぱりなんでもないの」と言って会話を終了する。
「それでは、なの」
 ぺこりとお辞儀をすると、ことみは今度こそその場から背中を向けて去っていった。

「むぐー!」
「ああ、悪かった」

 まだ口を押さえていた芳野に、あかりが怒ったようにくぐもった声を出したのでようやくその手を離す。
「っは、芳野さん、何するんですか!」
 ずいっと詰め寄るあかりに、「悪かったって」と冷静にいなしながら芳野は耳元で、小声にその理由を話す。

「会話の流れだ。人探しの件なら俺達に首輪云々の以前に話せば良かった。だがそれを言い出さないまま話を進めてしまったからな。『探して欲しい』と言った後に改めて誰々の居場所を知らないか、と言われたら不自然だろ?」
「……そうなんですか?」

 気にするほどのことでもないのに、と小声で呟くあかりに「用心は重ねておくに越したことはないんだ」と釘を刺してから小声で話を続ける。
「一ノ瀬の挙動で分かるだろう。あれはかなり綿密な計画だ。俺達が知らされたことはあらすじで、恐らくあいつは頭の中でかなり考えたシナリオを練っているはずだ。下手を打って台無しにさせるわけにもいかない」
 確かに、あれだけ流暢に説明できるということはそれなりにシナリオを考えてあるということなのだろう。逆を言えば一つのミスが大きく歯車を狂わせる。
 芳野の慎重な挙動も納得がいく。

「すみません、軽率で」
「いや、この程度ならまだいい方さ」

 芳野は「気にするな」と頭をぽんぽんと叩いて「さて」と話を変える。
「まずは目の前の仕事を片付けるぞ。終わったら長森や柚木達と合流してあいつらにも手伝ってもらおう。先は長いぞ」
 理科室に入っていく芳野の後を追うようにしてあかりも続く。芳野の足取りは、少し早まっているように思えた。それはあかりとて同じだ。
 なぜなら、今まで何も見えなかった脱出へのレールが、ようやくその姿を見せ始めたのだから。

     *     *     *

「これ、こう……ちょちょっと……ほら!」
「わっ、すごい。本当に取れた」
 学校裏にある駐車場の一角で、柚木詩子と長森瑞佳は放置してあった自動車のボンネットを開けて中身を弄繰り回していた。たった今バッテリーを外して地面に下ろしたところである。

「まー私にかかればこんなもんね。でも一体何に使うんだろ?」
 詩子にとってみればバッテリーは充電する以外あまり使用用途が分からないので頭を捻るばかりだ。もっともそれは瑞佳も同じことなのであるが。
「うーん……何かの機械を動かすとか?」
「そんなとこだろうけど……何を?」
「「う〜ん?」」

 二人して悩む。とにかく詳しいことは芳野に聞いてみなければ答えは得られなさそうだ。
「まあいいか。次はエンジンオイル……だけど、さすがにこれは私も無理……で長森さんも無理だよね」
「うん、全然……」
 そもそもここにある車にオイルが入っているのか、という質問はこの際考えないことにする。気持ちを切り替えて次の物資を探しに行こうと立ち上がる二人。

「お嬢さん方、何をなさっているのですか?」

 その背後から、やけに紳士的な声がかけられる。それがあまりにも場違いだった故に、かえって二人の心に不安のようなものが浮かぶ。
 振り返ると、そこにはやけに人懐っこそうな笑顔を浮かべた――岸田洋一の姿があった。
 内心危機感のようなものを感じつつ、詩子は平静を装いながら岸田に、彼女らしくもない態度で臨む。

「い、いえ、ちょっとした……集め物でして」
「ほう? 一体何を?」
「……これです」

 瑞佳が足元にあるバッテリーを指差す。岸田はそれを一瞥すると「そんなものを、何に?」と尋ねてきた。その細い目つきからは芳野以上に思考を読み取れない。だが答えないわけにもいかず、詩子はありのままに事情を話した。
「はあ……なるほど、ひょっとしたら、私同様首輪を外そうとしているのかもしれませんね」
 岸田の言葉に口を揃えて「え!?」と驚く二人。そうだ、そういえば、目の前のこの男は、あるはずの首輪をしていないではないか。

「あなた、どうやって……!」
「おっと、口を謹んで」

 興奮して岸田に詰め寄ろうとする詩子を引きとめ、口元に手を当てる岸田。
「どこかの誰かさんが盗み聞きしているかもしれませんから、そう簡単にタネを話すわけには」
 あ……と、二人が気付く。盗聴されているのだ。この首輪を通して。下手をすればその場でこれが爆発するかもしれない。思わず詩子も瑞佳も首輪に手を当てる。今のところ、異常はない。
 ホッとする二人をそれぞれ見回すと、岸田が言葉を続ける。

「まあ、おおよそは私の用いたのと必要なものが同じですからね……恐らく、残りは武器にでも使うつもりなのでしょう」
 岸田の言葉が本当だとするならば、芳野があまり深くは語らなかったのも納得はいく。なら、本当に首輪は外せるのか?

「あの、一つ訊きたいんですけど」
「何かな?」
 瑞佳が手を上げるのに、岸田は変わらず丁寧な調子で答える。瑞佳はそのまま続ける。
「首輪を外せたのなら……どうして、脱出しないんですか? 先に外に出れば助けを呼ぶなりできると思うんですが」

 それは詩子も疑問に思うところだ。あまり考えたくはないことだが、誰だって自分の命は惜しいはず。最大の脅威が排除されたのならいつまでも危険が存在するこの島に留まる必要はなに一つないのだ。
 岸田は眉間に皺を寄せ、「それがですね」と困ったような表情になって言った。

「色々と見て回ったのですが……ここは絶海の孤島。そして、船はこの島に一つとして残ってはいないのですよ」
「残ってないって……」

 明らかに人が住んでいる気配のあった島なのに、船がないのはおかしい。そう反論しようとする詩子だが、岸田は首を振る。
「恐らく、この殺し合いを管理している人間が全て壊したか、持ち去ったのでしょう。万が一、に備えて」
 詩子は絶句するが、確かにそれはあり得ない話ではない。殺し合いを継続させるためにそれくらいの措置をとっていてもおかしくはなかった。
「ですが、何も奴らだって泳いでここから帰るわけではないでしょう。殺し合いが終わったとき、必ずヘリか船か……連絡を取って呼ぼうとするでしょう。その通信機さえ奪ってしまえば」

 岸田の言葉は憶測の域を出ないが、説得力は十分にあった。管理者側も完全に外部と通信を遮断しているとは考えられない。本拠地には、必ずそういったものがあるはず。
「しかし、それを一人で行うにはあまりにも無謀なのです。だから危険を承知で歩き回って、探しているのです。この殺し合いを管理している奴らを共に倒せる人間を」
 拳を握り締めて、岸田は熱弁を振るう。その言動からは当初感じていた気味の悪さはもう残っていない。この殺し合いに抗おうとする志のある人物のように思える。信じても……良さそうなくらいに。

「柚木さん……」
 詩子を見る瑞佳の目は、半ば岸田を信頼しているようであった。いや詩子もそうであったのだが、どこか一つだけ、ほんの些細なことであるが、忘れてしまっているような気がした。それが喉に、小骨が食い込むように。
 いや、と詩子は思い直す。最初に感じた嫌な雰囲気をそのまま引き摺っているだけだ。これはまたとない脱出のチャンスだ。ここを逃してしまっては、もう次はない。
 うん、と詩子は瑞佳に同調するように頷いた。

「あの……聞かせてください。それを、外す方法」
「おお、では!?」

 喜びの表情を見せる岸田に、二人が再度頷く。岸田は嬉しそうにしながら二人を手招きする。

「では、お二人との共同戦線の証明代わりに……握手を」
 手をすっ、と差し出す岸田に吸い込まれるように近づく二人。

「あの、そういえば名前を……」
「ああ、私ですか?」

 瑞佳が名前を訊いたとき、岸田の目元が僅かに歪むのを、詩子は見逃さなかった。
 待て。そうだ、こんな感じの特徴を、誰かから――

「!」

 忘れかけていた情報が、詩子の脳にフィードバックする。この身体的特徴、以前に聞いたある男に一致するではないか!

「ダメ! 長森さん離れて!」
 とっさに詩子が瑞佳を突き飛ばしたのと、岸田の腕が詩子の首に回ったのは同時だった。
 突き飛ばされて思わず転んでしまった瑞佳が、わけが分からぬ表情で岸田と詩子の方を見上げる。そこには――

「いい勘をしてるが、気付くのが遅かったな! 俺の名前か? 七瀬彰、とでも名乗っておこうか? ククク……」

 首を締め上げられ、胸元にカッターナイフを突きつけられる詩子の姿と、七瀬彰と偽名を名乗る岸田洋一の姿があった。
 詩子は首を半分締め上げられたまま宙吊りにされ、苦しそうな表情になっていた。
「な、ながもり、さん……私の、ミス、だから、にげ、て」
 十分に酸素が行き通らず声が出せないながらも詩子は瑞佳に逃げるよう指示する。しかし瑞佳は状況が読み込めないまま、ただ呆然としていた。

「え? これって……どういうこと? 七瀬彰……さん? なんで、こんな」
「まだ分かってないみたいだな。俺の言ったことは、嘘だ。大嘘なんだよ。そして今俺は君の連れを人質に取っている。お分かりかな?」

 震える瑞佳に対して、岸田は鼻を鳴らしながら返答する。続いて締め上げている詩子の方へと視線を移すと、
「さて、この勇ましいお嬢さんだが……立場を分かってもらわなくては、なぁ!」
 ぐっ、と更に首を締め上げる。詩子は必死に腕を外そうとするが、力があまりに強くロックを外せない。さらに不幸なことに、武器はバッテリーの近くに置きっぱなしのまま。反撃などもっての外だった。
「や、やめてっ! 柚木さんを放して!」
 そんな言葉をこの男が聞くわけがない。逃げて、と言おうとする詩子だが意識が朦朧として発声すらできない。思いが、伝えられない。

 そして詩子と瑞佳の意思を嘲笑うように、岸田はイヤらしい表情を浮かべる。

「そうだな、放してやらんでもないが……脱げ」
「え……?」

 岸田の放った言葉の意味が分からず、オウム返しに言葉を返す瑞佳。

「武器を隠されでもしていたらたまらんからな。脱げ、下着一枚残さずにな。服は真後ろに投げろ」
「そ、そん、な」

 なんて、奴――!
 朦朧とした意識ながらも、詩子はこの男の残虐性を知る。こともあろうに、この男は瑞佳にストリップショーをさせようとしているのだ。
 ダメだ、そんなことをさせてはいけない!
 詩子は必死に抵抗を試みるも、それは形にならない。僅かに身をよじる程度が精一杯で、怯ませることなど出来もしなかった。

「おや、立場を分かってないですね、このお嬢さんは。そんな悪い子には……!」
 岸田はカッターを仕舞うと、入れ替わりに今度はベルトの後ろにでも差していたのだろう釘打ち機を取り出して詩子の腕に向かってそれを、引いた。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 首を絞められているせいで声が出なかったが、想像を絶する痛みが詩子の体中を駆け巡り、釘が打ち込まれた上腕部から赤い染みが広がっていく。

 同時に、詩子の顔が苦悶の表情に塗り変わっていく。それを捉えた瑞佳が、意を決したように叫ぶ。
「わ、分かりました! 脱ぎます! 脱ぎますからっ!」
 言い終わるか終わらないかのうちに瑞佳がファミレス服に手をかけ、それを取り去る。
「ククク……」
 岸田の表情が喜悦に変わる。この男はこんな悪魔の如き所業を、楽しんでいた。

 相変わらず釘打ち機は詩子に突きつけながら、瑞佳が一枚一枚服を脱いでいくのを眺めている。時折、舌なめずりしながら。
 恥を捨てて、人質に取られた知り合いのために、ついに瑞佳は上下の下着一枚ずつのみとなった。学生らしい清楚な、白色の下着が白日の下に、岸田と詩子の目に晒される。ひゅう、と岸田は口笛を鳴らしながらも僅かにも満足した様子はない。
「さぁ、ここからが本番だ。脱げ。お前の恥ずかしいアソコを俺の目に晒せ! さぁ!」
 ……しかし、流石に瑞佳にも抵抗があるのか、指はブラのホックにかかるがそれ以上の動きは見せない。腕を体の後ろに回したまま、瑞佳は固まってしまっていた。

 中々動かない瑞佳に対して、岸田は罵声を飛ばす。

「白馬の王子様が迎えにくるのを待っているのか? 哀れな自分を助けてくれる正義のヒーローが来るのを? はっ、王子様にもヒーローにも、ペニスはあるけどなァ! ハハハハハッ、逆に興奮して犯されるかもしれないぞ!? 見られたいのか!? そんな自分を見られたいのか!? 俺とこの女だけのうちに、さっさと脱いでしまうことを、俺はお勧めするがね!」

 岸田の言っていることは、援軍が来る前に別のマーダーがやってくるかもしれないということを示唆していた。そしてそれが岸田と同じような、卑劣な悪漢である可能性も。
「……」
 意を決したように、瑞佳が手を動かす。シュルッ、という衣擦れの音がして、瑞佳の絶妙な胸が晒される。桃色の乳首が風に撫でられほんの少し震えた。
「ハッ、ハハハ! やりやがった、本当にやりやがった! 素直でいい子じゃないか……ん、いい色艶だ……」

 けらけらと楽しそうに笑いながら岸田は視線を下に移す。もう何も思うこともなく、瑞佳がショーツを下にずらす。詩子は、直視することができず目を閉じてその光景を受け入れまいとした。だが詩子の耳元で、岸田が囁く。

「お前、もう用無しだな」

 え?
 脱ぎさえすれば、恥辱を受け入れさえすれば少なくとも瑞佳は開放されるのだと、そう思っていた詩子にはあまりにも不可解な言葉だった。
 考えてしまう。もしかしてこの男は、最初から皆殺しにするつもりだったのではないかと。脱衣ショーなど、目的のための手段に過ぎないのではないか、と。

 それが、詩子の死因となった。
 びくんっ!
 考えずに、一縷の望みを捨てずに最後まで抵抗すればあるいは詩子は死なずに済んだのかもしれない。だが、一瞬でも思考してしまった彼女にはこの結末しか残されていなかった。

 瑞佳が完全にショーツを下ろし、秘所を全て晒したのと同時に岸田が詩子の頭を釘打ち機で貫いたのだった。
 釘は完全に貫通することなく、詩子の脳に残留する形でその居場所を得る。入れ替わるようにして僅かながらに飛び出した脳みその欠片が、べちゃりと地面に落ちた。

 え……と。
 目の前の現実を現実として認識できなかった瑞佳に、岸田が飛び掛かり押し倒すのは容易かった。裸の格好のまま、岸田は瑞佳に対してマウントポジションの体勢を取る。
 にぃ、と。
 瑞佳の裸体を舐め回すように見ながら岸田は嗤った。

「いい演出だろ? 大切なお友達を助けるために恥を捨てて脱衣までしたのに、それが俺へのプレゼントになるのだからな?」
 岸田が、露になった瑞佳の乳房を激しく揉みしだき、辱める。それでようやく正気を取り戻した瑞佳が激しく抵抗する。
「いやあぁ! やめてっ!」
 岸田を撥ね退けようとするも巨石のように重く微動だにしない。

「ハハハハ! 動けないだろ? 人類が発明した、絶対有利の体勢だ! 人の力で撥ね退けることは不可能! それは格闘の歴史が証明している。しかも男と女の差だ! 無理無理無理無理、絶対に無理ッ!!!」

 ひとしきり揉みまわすと、仕上げとばかりに岸田は瑞佳のピンク色の突起を思い切り抓る。
「ひっ、いぎいぃぃぃぃっ……!」
 苦悶の表情のまま首を振り、痛みに喘ぐ瑞佳。

「痛いか? 苦しいか? だがお前にはどうすることもできない。例えば俺がこのまま鋸で肉を裂き骨を砕いたとしてもお前は絶望にのたうつだけ……そう、絶望的にな。本来ならもっともっともっともっともっともっと! ……狂わせるくらいに身体を弄んでやりたいところだが、生憎今は時間がなくてね……貫通式と、いかせてもらおうか?」

「!!!」

 瑞佳の顔が苦悶から恐怖へと変わる。岸田の言わんとしていることは、遠まわしながらも瑞佳にも分かる。
 陵辱だけに飽き足らず、この男は瑞佳の純潔まで奪おうとしているのだ! それも、ただのお遊びのような気分で!

「いやああああぁぁぁっ! 助けて! 浩平、助けて、こうへ」
「うるさいな」

 恐怖と絶望から出る悲痛な叫びすらも、岸田は許さなかった。乳房を弄んでいた右手を首に回すと、万力の如き力を以って声どころか呼吸すら出来ぬほどに瑞佳の首を締め上げる。
「あっ、あ、あ……」
「雌豚は大人しく喘いでいればいいものを……興醒めだよ。さて……」
 空いた左手で、岸田はズボンのチャックを下ろし、その言葉とは裏腹の猛り狂った男根を瑞佳の身体へと擦り付けながら、局部へとあてがっていく。

「や、あ、ぁ、ぁ、ぁ……」
 涙を流しながら懸命に岸田の男根を受け入れまいとするが、それはただの空しい抵抗に過ぎなかった。
 ふん、と鼻息を鳴らすと、踏み躙るように、支配するように、押し潰すように、岸田は一気に瑞佳の中へと挿入した。
「あ゛あ゛あ゛ぅ……!」

「どうだ!? 痛いか? 叫びたいだろう? でも無理なんだよなぁ!
 俺のチンポは! 今! お前の濡れてもいないアソコをずんずんと這い回っているぞ! ギュウギュウ締め付けてくるぞ!
 なんということだっ! 生と死の狭間で感じるセックスがこんなにも恐ろしく興奮するものだとはっ!
 見ろっ! お前と俺の結合部からは血が小川のように出ているぞっ! 愛液は寸分も混じっていない!
 純粋だっ! なんて純粋なんだっ!! お前の命の欠片を、俺のチンポがしゃぶっているんだぞっ!
 吸い取っているんだぞっ! 死ぬぞ!? お前はこのままでは死ぬんだぞ!? それでいいのかっ!?」

「……」
 腰を振り続ける岸田に対する瑞佳の瞳は、最早生気を残していなかった。涎を垂らし、僅かに残った死への階段を登り続けていくだけだった。
「なんだ、もう死んだのか……まぁいい。出すか」
 失望したように瑞佳を見下すと、最後にグッ、と腰を突き入れ本調子ではないながらも多量の精を吐き出した。
 ゴポ、ゴポッと赤と白濁色が混ざり合った液体が瑞佳の局部からとめどなく溢れ出す。

 岸田は悠々とズボンのチャックを上げて、萎え始めたソレを仕舞うと瑞佳と詩子の持ち物から武器を次々と回収していく。中には不要なものもあったので放っておいたものもあり、また自分の荷物からも不要なものが出てきたのでそれを捨てたりしていたが。
「銃も手に入ったしな……まあ復帰戦としては上出来だな」
 都合のいいことに、予備弾薬まである。そしてニューナンブM60には弾丸もフルロードされている。計15発。更にナイフまである。
 高槻に復讐戦を挑むには十分過ぎる収穫と言える。

 心の底から込み上げてくる笑いを抑えきれず、岸田は含み笑いを漏らす。
「くくく、くっくっく……ん?」
 ふと横を見ると、死んだはずの瑞佳の体が、僅かにだが身じろぎしていた。岸田に首を絞められ、体を貫かれながらも必死に生きようとしている。
 ほう、と岸田は感心したように声を漏らすとつかつかと瑞佳の元まで歩み寄っていく。
「そうだそうだ、俺としていたことが忘れていたよ。奴との一戦で分かりきっていたことなのにな」
 岸田は早速手に入れたばかりの瑞佳の投げナイフを逆手に持つと……

「とどめは、必ず刺さなければならないってことを、な!」

 瑞佳の頚動脈を、思い切り、かっ裂いた。首から赤いスプレーが噴出し、僅かに動いていた口元もとうとう完全に沈黙するに至った。
「これで終いだ。さて、行くとするか……くく、くくくくく……」
 また歪んだ口元から嫌悪感を催すような、邪悪な笑みを浮かべながら、岸田洋一は優雅に去っていった。

     *     *     *

 硝酸アンモニウムを詰めた袋を台車で運びながら、芳野とあかりはこれからについて話していた。

「丁度いい具合に台車があって良かったですね」
「ああ、流石に荷物とコレを運ぶのは少しばかり辛いからな。ま、やろうと思えば出来なくはなかったが」

 台車の上には数キロ程度の硝酸アンモニウムの入った袋が載せられている。理科室に置いてあったものをあらかた持ってきたのでこれ以上の採取は無理だろう。とはいえこれだけあれば量的には十分だと言える。
 ごとごと、と古びた木の床の上を台車が走る音を聞きながらあかりが尋ねる。

「それで、次はどうしましょうか?」
「集落にある方だな。どちらかと言えばそっちから探すのが手っ取り早い」

 あかりは考える。集落、というと民家などにあるもの……つまりロケット花火か。確かにそちらの方が見つけやすいといえば見つけやすいだろう。
 それにしても口に出さずに伝えるのは大変だ、とあかりは思う。暗号文を解読するのもこんな感じなのだろうか。
 思ったことをそのまま伝えられる機械でもあればいいのに。

「とにかく行動は迅速に、だ。疲れているところ悪いがしばらく休憩もなしにさせてもらうぞ」
「……私が疲れてる、って……どうして分かるんですか?」

 確かにあかりの体力は山越えや怪我のせいでそんなに余裕はないのだがそれを芳野に話したわけではない。すると芳野は彼にしては柔らかい笑みで答える。
「目だよ。まぶたが下がってきてるからな。それに少し猫背だ」
 言われて、確かに視線が下向きになっているのに気付く。まぶたに関しては流石に鏡を見てみなければ分からないが。慌ててあかりは姿勢を戻す。

「すみません、体力なくて」
「いや気にするな。実を言うと俺も少し疲れてる。普段の仕事でもここまで動きっ放しなのはないからな」

 言いながら芳野はとんとんと肩を叩く。何となくその行動をじじくさいと思ったあかりだが言うと怒られると思ったので黙っておくことにした。
 そのまま会話もなく二人は校舎から出て硝酸アンモニウムを保管しておくための体育倉庫はどこか、と辺りを見回す。昼近くになっているのかそれとも暗い校舎から出てきたからなのか辺りは明るく見晴らしは良い。しかし体育倉庫らしきものは見つからず、校舎の裏側にでもあるのだろうかと考えた二人は移動を開始する。
「……ん?」

 その途中で芳野の鼻に風に運ばれてやってきた、強烈な異臭が漂ってくる。それも、以前嗅いだことのあるあの匂いだ。
「芳野さん、何か変な匂いが……」
 同様にそれを感じ取ったあかりが芳野を不安そうにみるが、そのとき既に芳野は台車を置いて走り出していた。
「あ、よ、芳野さん!」
 台車を引いていこうか、と一瞬考えたあかりだが芳野の表情から鑑みるにそうしている場合ではないと思ったあかりはそのまま後に続く。

 匂いは、校舎の裏側から漂ってきていた。
 地面を蹴り、疾走する。息を半分切らせながら芳野と、遅れてやってきたあかりが駐車場で目にしたのは――

「おい、嘘……だろ?」
「え? あそこで倒れてるのって、そんな、まさか、でも、これって」

 全裸で倒れた長森瑞佳と、頭から脳漿の一部を垂れ流し、そしてこちらも死亡していた、柚木詩子の無残な姿だった。




【時間:2日目午後12時00分ごろ】
【場所:D-06・鎌石村小中学校・駐車場】

芳野祐介
【装備品:サバイバルナイフ、台車にのせた硝酸アンモニウム】
【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)】
【目的:瑞佳とあかりの友人を探す。呆然。爆弾の材料を探す】

長森瑞佳
【装備品:なし(全裸)】
【持ち物:制服一式、某ファミレス仕様防弾チョッキ(ぱろぱろタイプ・帽子付き)、支給品一式(パン半分ほど消費・水残り2/3)】
【状態:死亡】

神岸あかり
【装備品:包丁、某ファミレス仕様防弾チョッキ(フローラルミントタイプ)】
【持ち物:支給品一式(パン半分ほど消費)】
【状況:全身に無数の軽い擦り傷、打撲、背中に長い引っ掻いたような傷。応急処置あり(背中が少々痛む)】
【目的:友人を探す。呆然。芳野と共に爆弾の材料を探す】

柚木詩子
【装備品:某ファミレス仕様防弾チョッキ(トロピカルタイプ)】
【持ち物:支給品一式(パン半分ほど消費)】
【状況:死亡】

【時間:二日目午後12:00】
【場所:D-6・鎌石村小中学校内部】

一ノ瀬ことみ
【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯】
【状態:爆弾の材料を探す。聖の元まで戻る】
【その他:時間軸としては浩平に会う前。芳野たちの探している人物の名前情報を得ました】


【時間:2日目12:30】
【場所:D-5】

岸田洋一
【持ち物:ニューナンブM60(5/5)、予備弾薬10発、鉈、カッターナイフ、投げナイフ、電動釘打ち機6/12、五寸釘(5本)、防弾アーマー、支給品一式】
【状態:切り傷は回復、マーダー(やる気満々)、役場に移動中】
【その他:鋸は瑞佳の遺体の傍に放置。時間軸は浩平たちが学校にやってくる以前】
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