tactics





「っ、はぁ、はぁ……っ! まったく、やってくれるわね」
 那須宗一と古河渚の追撃からどうにか抜けることができた天沢郁未であったが、失ったものは大きかった。

 まず第一に、味方の損失。
 信頼もクソもない関係だったが、味方には変わりない。戦闘能力も申し分なかった。それを失ってしまったのはかなり厳しい。

 そして第二に、古河渚が牙を剥いたこと。
 ただの足手まといは共に行動する人間のポテンシャルを大きく下げる。付け入る隙だってあった。
 それが今、死をも厭わず立ち向かうだけの闘志を剥き出しにしている。今度戦う時は真っ向勝負ではまず勝てないだろう。

「とにかく、今はあいつらから出来るだけ離れるようにしないと……」
 郁未が目指すのは限界まで血を流して戦うことではない。最終的に勝って生き残ることだ。綾香とは違う。今は逃げてでも戦力を整えるべきだ。
 できるなら、味方も欲しい。
「……難しいでしょうけどね」

 とかく知り合いもいなければ敵に回してしまった連中も多いのだ。一応少年という知り合いはいるがとてもじゃないが信用はできない。そもそも本名さえ知らないのに。
 はぁ、とため息をつきながら郁未は道をとぼとぼと歩く。どこかで休憩したいが道のど真ん中で寝転がるわけにはいかない。どこかに家でもあればいいのだが……

 そう考えながら顔を動かしてどこかに施設はないかと見回していると、木々に隠れるようにして石畳の道が置かれていた。ところどころ泥を被っていて磨り減った部分もあるそれは、遥かな年月を経ているかのように思える。
 少し中に入ってみれば、雨か何かで薄汚れた鳥居がそれでも森の中で赤の異彩を放ちながら訪問する者を待ち構えている。その奥には石の階段が天にまで届かんというように続いていた。

「神社か」

 色合いからして古臭いものだろうが一休みするには丁度いいかもしれない。郁未はそのまま進み、鳥居をくぐると木々に囲まれている神社への石段をひとつずつ上っていった。
 手すりがついていないうえ急な石段であったから郁未がそれを上りきるころには怪我をしている左腕と左足、腹部がズキズキと休ませてくれと我が侭を言ってきていた。半分行ってみようとしたことを後悔しつつ、郁未は本殿の全景を仁王立ちしながら見据える。
 菅原神社。なりは小さく、申し訳程度に置かれている小さな賽銭箱と取れてしまったのか鈴のついていない綱だけが寂しげに置かれていた。
 郁未は縁側に荷物を下ろして腰掛けると、まずは弾薬の再装填を行い、その傍らノートパソコンを起動させる。
 あれからどれだけ人が死んでいるのか。最悪郁未が殺した佳乃(と殺された綾香)だけという可能性もあったが、銃声などは頻繁に耳に届くのでそれだけはない、と思いたかった。
 慣れた手つきでタッチパッドを操作してロワちゃんねるを開く。

「やっぱりね」

 死者の情報に関するスレッドが更新されているのを見て、少し安堵する郁未。だがスレッドを覗くと、その内容は郁未の想像を遥かに超えるものであった。

「嘘でしょ、29人……!?」

 前回の放送の半分どころかそれを遥かに上回る人数。しかも、まだ昼を回った時刻でこの人数だというのだ。自然と心臓がありえないくらいのビートを叩き出し、喉がヒリつくような渇きを覚える。さらに信じがたいことに――その中には、あの『少年』も名を連ねていた。
 郁未の知る限り、あの『少年』の実力は半端ではない。不可視の力について相当な見識を持っており、力を使いこなしている。
 制限がかかっていようとも、単純な実力では郁未を遥かに上回っているはずだった。いやそれどころか全参加者中でもトップクラスの実力であるはず。
 それを超えるだけの怪物が存在するというのか?

(……落ち着け、落ち着くのよ郁未)

 思考の迷路に陥りかけている自分を無理矢理クールダウンさせ、ここから推測できる現在の状況を考える。パニックに陥って虚をつかれ殺されるわけにはいかない。何が何でも生き残らねばならないのだ。

 まず、このゲームに乗っている人間は少ないか?
 答えはNO、だ。不可視の力に制限がかかっている以上他の人間にかかっていないことはありえない。単独で殺戮を行うのは不可能に近いだろう。
 つまり、島のいたるところで小競り合いが生じ、結果死亡者が増えてこの人数になったのだろう。思っている以上にゲームに乗った人物は多い。

 次に、このまま単独で勝ち残ることは可能か?
 これもNO、だろう。ここまで生き残っている連中は大なり小なり修羅場を潜り抜けているはず。武装も殺害した人物から奪い取るなどして強化しているに違いない。もう小手先の戦法は通用しないだろう。

 最後に、どうやって味方を増やす?
 最後の知り合いである少年が死亡してしまった以上もう自分に知り合いはいない。つまりノーリスクで手を組めるような連中はいないのだ。
 それに、自分が乗った人物として情報が流布している可能性も高い。むしろ味方を作ろうとするのは危険が伴う。
 戦うにしろ味方を作るにしろ、結局は袋小路に突き当たってしまうのだ。頭をガリガリと掻きながら郁未は頭を捻っていい戦術はないかと思考を巡らせる。
 おびただしい死者の名前を見ながら数分思考錯誤した後、一つの案が浮かぶ。

「……なら逆に、逃げて隠れる、というのはどうかしら」

 別に何人殺さなければ首が飛ぶというわけでもない。最終的に最後の一人を殺せばゲームは終わる。どんなに参加者連中が手を組んでいようといつかは殺しあわねばならない。それで熾烈な争いに勝ったとしよう。だがその時は身も心もボロボロで満身創痍なのではないだろうか? どんなに強力な武器を持ち合わせていたとしても、それを扱えるだけの体力が残っていなければ?
 そこに止めを刺すなど、容易い。

 消極的ではあるが、中々有効な戦法ではあるかもしれない。郁未らしくもないが、生き残るためだ。

「なら、行動は急いだ方がいいわね」

 ノートパソコンの電源を切って仕舞うと、今度は地図を取り出して現在位置を確認する。

「確か平瀬村にいたはずだから……」

 指で道筋を辿りながら、やがてある一点に突き当たる。菅原神社。今郁未がいるのはここだ。
 ここから隠れるに適した場所は……
「ホテル跡、なんていいかも」
 指先を少し乾いた、しかし艶かしい色合いの唇にちょんと口付けし、その場所を指す。
 ホテルなら最低でも4階、5階まではあるだろうし、部屋の数も豊富だ。やや目立つ場所ではあるが身を隠すにはもってこいだ。あわよくばノートパソコンの充電を行いながら休憩もできるかもしれない。

「決めた。善は急げ、ね」
 地図を折り畳むと郁未はそれを手早く仕舞い、肩にデイパックを抱えて縁側から飛び降りる。裏手を回っていけば少々険しい道のりかもしれないが早くホテルまでたどり着ける。
 長い髪をひらめかせながら足早に郁未は神社の裏から森の奥へと消えていった。その先に待ち受けるものを未だ知らぬままに。




【時間:2日目14時00分頃】
【場所:E-2、菅原神社】

天沢郁未
【持ち物:S&W M1076 残弾数(6/6)とその予備弾丸20発・トカレフ(TT30)銃弾数(5/8)・ノートパソコン、鉈、薙刀、支給品一式×3(うちひとつは水半分)、腕時計】
【状態:右腕軽症(処置済み)、左腕と左足に軽い打撲、腹部打撲、中度の疲労、マーダー】
【目的:ホテル跡まで逃亡、人数が減るまで隠れて待つ。最終的な目標は、優勝して生き延びる事】
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