思惑/Unstoppable Monster (2)





「おおおっ!!」
 耕一の繰り出すハンマーの一撃を、晴子は紙一重で避けながらVP70を鈍器にして殴り返す。
 だが晴子の攻撃もまた避けられそればかりかカウンターに鋭い右フックを叩き込まれ、ゴホゴホッと咳き込む。
 最初のころはそれも避けられたのに、次第に命中する回数が増えてきていた。いやそれだけじゃない、こちらの反撃もまるで見透かされているかのようにかわされる。今は辛うじて最大の一撃であるハンマーを回避しているだけで、その行動もだんだん体が追いつかなくなってきている。それも、殺さず戦闘不能にするためなのか足ばかりを狙ってきているにもかかわらず、だ。

「ぐ……」

 幾重にも拳が打ち込まれた体はボディブローのようにじわじわと晴子にダメージを与えていた。鉛のように体が重く、長い間オイルを注していない機械のように手足が動かない。さらに先程の一撃でいよいよ体が限界に達したのか自力で立っていられず、たまらず木に体を預けてようやく支えている状態だ。
 疲労困憊、満身創痍という言葉が今の晴子を表す全てだった。
「……もう終わりだ。諦めて罪を償ってくれ」
 ハンマーを両手に持った耕一が、ここまで力強い抵抗を見せた晴子を悲しげな目で見つめながら前に立っていた。息も荒く全身痛みに覆われている晴子とは違い、汗一つかかず息さえ切らしていない。

 絶対的な力の差だった。
 蟻が象に挑むような無謀な行為。しかもたった一人で、だ。勝てるわけがない。

「は」

 晴子は一笑に付した。だから何だと言うのだ。好機ではないか。完全に勝ったつもりの相手と、満身創痍ながらもまだ決定打を受けていない自分。
 それに何より、己には覚悟がある。大好きなひとを守りたいという想い。こんな殺しも出来ないような優男に、負けてなるものか。
 乾いた唇を舌で舐める。一瞬だけ水分を取り戻した口が啖呵を切った。

「まだ終わりやない。まだ負けてへん。偉そうな大事ほざくんはウチを倒してからにしてもらおうか」
「なら……そうさせて――」
 そう言いかけた時、辺り一帯に激しい音が鳴り響いた。それはどんなのか確かめるまでもなく、銃声。

「あず……?」
 耕一が思わず後ろを向いた。それを、晴子は見逃さない。
「いて……まえっ!」
 晴子が決死の思いでVP70を持ち上げる。それに気付いた耕一は若干反応を遅らせながらも思い切り真横に飛び退く……が。
「く……あ……」
 VP70から銃弾が発射されることはなかった。力尽きたように晴子が前のめりになりながら倒れ、そのまま動かなくなった。

 恐らく、意識を失ったのだろう。見る限り晴子は包帯を巻いており、息も荒く顔色も悪かった。あれだけ強気であっても肉体が限界を超えていたのでは当然の成り行きでもある。そう耕一は考えた。
 ホッと息をつきかけた耕一だがそんなことをしている場合ではないとすぐに気付き、晴子から背を向けて銃声のした方向へと走り出した。
「梓! どうしたんだ! 返事をしてくれ!」
 力の限り腹から吐き出すように耕一は叫ぶ。しかし梓が走り去っていったであろう方向からは何も声は聞こえてこない。それがさらに、耕一の心から余裕を無くし、焦りを生み出していく。

 梓が、あの頼もしい従姉妹の梓が負けるわけがない。そんな事態があってたまるか。
「梓! あずさぁーーーーッ!」
 咆哮ともとれるような耕一の叫び。しかし依然として返事はないばかりかそこにあってはならない、かつて感じた匂いが漂っていた。
 それは血の、匂いだった。

 まさか。いやそんなはずはない。

 交錯する二つの思考。落ち着けと願う心と、跳ね上がらんばかりに脈打っている心臓。
 耕一の視界は、いつのまにか半分以下にまで縮まっていた。故に。

 ドスッ。

 ビクン、と少しだけ耕一の体が跳ねたかと思うと、強烈な異物感と痛みが肺から急速にせり上がってきていた。
「あ……?」
 梓同様、最初耕一には何が起こったのか理解できなかった。自分の体に何かが起こった、その程度の認識しか感じられなかった。
 ゆっくりと、耕一は自分の胸元に目を下ろす。
「何だよ、これ……」
 耕一の胸からは、棒のようなものが生えていた。先端には尖った、まるで鏃のようなものがついており自身の血を浴びて凶暴な赤黒いカラーに染まっている。

 いや違う、これは矢……弓矢の矢じゃないか。そう認識出来たかと思うやいなや、耕一の視界は暗転し意識が、感覚が遠のいて体が崩れ落ちる。
 これもまた、梓と同様に。
 地面と抱擁を交わした耕一に、もはや草木の匂いが届くことはなかった。
「いやーやれやれ。実に分かりやすいお人でしたなー。映画みたいに何回も名前呼んじゃって。おねーさん恥ずかしいぞっ」
 倒れた耕一に声をかけたのは、朝霧麻亜子と篠塚弥生だった。

「あっけないものですね。周りが見えなくなるのも、同じ」
「ああ、才気溢れる逞しい若者がまた一人散ってしまうのは悲しいことだけれども残念無念、これって戦争なのよね。まああたし達がやっちゃったあずりゃんと一緒にいさせてあげるからおとなしく成仏してくれりゃんせ、なむなむ〜」

 ダレダ、コイツラハ――

「もう一人の方はどうなったのでしょうか」
「さぁ、死んじゃったかもしれないね。ま、あたしとしてはライバルが減ってくれるならいいんだけど」

 ヤッタ? アズサヲ? ナゼダ。
 アズサハ、コロサレテイイヨウナヤツジャナカッタ。カエデチャンモ。コンナ、コンナヤツラガイルカラ――

「それは同感ですね。ですが今はそれよりも武器の回収を急ぎましょう。それにあなたとの共同戦線もここでお終いです」
「ありゃ、これは意外なお言葉。あたしはそんなに使えない女なのかい?」

 ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ
 ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ――

「逆でしょう? あなたにとって、私は使えない女のはずですから」
「……さぁ、それはどうかな?」

           コロシテヤル

「……?」
 悪寒のようなものが弥生を包み込む。それは、倒れたはずの耕一の体から感じられた。
「ん、どしたの?」
 耕一の方をじっと見る弥生に麻亜子もまた何かを感じ取ったかのように耕一を見た。
「声が、聞こえたような気がしたのですが」
 そんなはずはない。確かに麻亜子の放ったボウガンの矢は耕一の胸を貫いていたのだから。生きているはずはない。
 しかし何だろう、この威圧感のような、拭い去れない恐怖のような予感は。それは麻亜子も同じようだった。

「気のせいだと思うけど……とどめ、刺しとこっか」
 完全に死を確認したわけではない。ひょっとしたら息くらいは残っているかもしれない。そう無理矢理に考えて、麻亜子は再びボウガンを向ける。

「グオオオォォォォォォッ!!!」

 その時、まるで獣のような、怪獣映画に出てくるような野太い絶叫が耕一だったものから聞こえた。
 それだけではない。死んだはずの耕一が。生きているはずがない耕一の体が、ムクリと起き上がり二本の足で立ち上がったのだ。
「う、うそっ……!?」
 麻亜子だけでなく、普段冷静なはずの弥生も目の前の事態を理解できず呆然と、立ち上がった生物を見ていた。

「グアアアァァアァァァアァッ!!!」

 口を大きく開けて、天に向かって咆哮を上げる耕一。いやそれはもはや人間ですらなかった。
 元々筋肉質だった二の腕はさらに大きく盛り上がり、色も肌色から黒色の人ならざるものへと変貌している。
 爪は赤く長く伸び、さながら恐竜を思わせる凶暴なフォルムに変形し、獲物を刈り取ろうとするようにせわしく蠢いていた。
 つまるところ、それは人の領域を超えてしまった……怪物であった。

「ガァア……ッ」

 息を吐き出し終えた怪物が、ゆっくりと麻亜子と弥生に真っ赤な眼球を向ける。それは狩猟者たる『鬼』が狙いを定めた瞬間であった。
「なんかさぁ……ヤバいって感じだなあ。乙女の大ピンチ?」
「悠長にそんなことを言っている場合ではなさそうですよ。あなたとの共同戦線……もう少しだけ続きそうですね」
 二人が、すくみそうになる足を必死に押さえ込みながらじりじりと後退していく。

「グゥウゥ……ァッ!」

 怪物はグッ、と腰をかがめたかと思うとその場から思い切り跳躍し、大木のような腕を棍棒のようにして振り下ろしてきた。
「うわっと!」「……!」
 麻亜子が怪物から向かって左へ、弥生が右にステップしてその場から離れる。それから僅か一秒と経たない間に怪物の巨体がそこへ落下し、腕を叩きつける。ドスンという鈍い音と共に地面が陥没し、土煙が舞う。人間では考えられない威力の、肉体のハンマーであった。
「このっ……隠し芸なら温泉でやってよ……ね!」
 距離を取った麻亜子がボウガンを向け、怪物の頭部へと向けて発射する。いくら怪物じみた外見でも頭部に損傷を与えれば無事では済まないはず、そう考えた結果だった。

 だが怪物は切磋に頭部を守るように右手を出し、直撃を避ける。しかし当たらなかったとはいえ右手に突き刺さったはずなのに、怪物はものともしないかのように矢を引き抜き、地面へと投げ捨てた。代わりに、ライオンのような鋭く尖った犬歯を覗かせ、嗤った。嗤ったのだ。
 やばい。そう判断した麻亜子はこれ以上の反撃を諦め再び距離を取ることに専念する。
 逃げられるとは思っていなかった。あの怪物は復讐のためだけに復活した追跡者なのだ。一時的に身を隠せようとも、いつかは追いつき体を引き裂いて頭を潰し蹂躙する。ならこの場で倒してしまうほかに生き残る術はなかった。
 幸いなことに、怪物の動き自体は鈍く麻亜子とは比べ物にならない。ボウガンをデイパックに手早く仕舞うと最大の武器であるデザート・イーグル50AEを取り出して構えようとする。

「グガァッ!」

 しかし怪物もさるもの、動きの鈍さを巨体から出るリーチで補い槍のような爪を真っ直ぐに繰り出す。あれに貫かれたら、命はない。
 仕方なく発砲は諦め木を盾にするように回り込む。
 ずん、と地響きのような音がして麻亜子の前の木が軋みを上げる。どうやら爪が突き刺さったようである。
 この隙に反撃を、と思った麻亜子だが怪物は爪を引き抜くどころか逆に爪を深々と抉るように押し込み左右に動かす。
 ミシ、ミシっと音を立てたかと思えば爪の刺さった部分から木が折れ、周辺の草木を巻き込みながら倒れていた。
「う……わぁ……」
 これには麻亜子も唖然とするしかない。普段どんなことがあってもマイペースな彼女から血の気が引き、さっきまで反撃しようという考えも忘れてそそくさと弥生のところまで後退する。

「何アレ、それなんてファンタジー? というか援護してくれってのー!」
「申し訳ありません、ちょっと手持ちの武器を確認していたもので」
「そんなの戦う前からやっとけってーの! わわっ、来たきたっ!」
 再び前進してくる怪物に、弥生がP-90を向ける。
「残弾は少ないですが……やむを得ません」
 小刻みにトリガーが引かれたP-90から、数発の弾丸が怪物目掛けて飛来する。麻亜子のボウガンの時と同じく今度は左腕で受け止めようとする怪物だが、P-90の貫通力はボウガンの比ではない。

「グガッ!?」

 分厚い筋肉の鎧に覆われたはずの腕を貫通したP-90の弾が怪物の肩や胸に突き刺さり、抉り、破壊しダメージを与えた。しかしそれは決定的な致命傷には程遠く、怪物は呻き声を上げながらも更に突進してきた。今度の標的は、弥生。
「く、中々硬い……」
 大振りに繰り出される爪撃をバックステップで回避しながら弥生は単発で発砲を続ける。だが銃身がブレて思い通りに狙いが定まらず、腕や脇腹などには命中するものの心臓や頭部には一発として当たらない。しかしそれでもダメージは蓄積され、徐々にではあるが怪物の動きは鈍くなっていた。
「これで、どうだっ! くらえーい!」
 怪物から十分な距離を取った麻亜子が、お返しとばかりにデザート・イーグルから轟音と共に強力無比な50AE弾を背中に向けて撃ち出す。しっかりと構えていただけあって弾は背中の中心へとクリーンヒットする。

「ガァ! ググ……」

 象さえ仕留めるほどの威力を誇る銃弾に貫かれてはさしもの怪物もひとたまりもない……はずだった。

「ググ……オオオオオォォォォォ!!!」

 呻き声から絶叫にも近い怒声を発したかと思うと、怪物は手を高々と掲げ弥生へと叩き下ろす。
「随分とタフな……っ!?」
 鈍い攻撃のはずだった。躱したはずの腕が、いつの間にか横から迫っていていたのだ。叩き付けられる右腕を避けられず、弥生は直撃を受けてその場に昏倒する。続いて怪物が、麻亜子の方向を向いた。

「やば……っ!」
 距離は十分にあったはずだった。しかし怪物はクラウチングスタートのように腰を屈めたかと思うと猛烈な勢いで突進し、ものの数秒で麻亜子の体へと肩をぶつけていた。地面を跳ねるようにして、麻亜子の体が転がる。
「かぁっ、痛った〜……」
 ダメージ自体はそれほどでもなかったが衝撃が半端ではなく頭が朦朧とする。よろよろと立ち上がる麻亜子に怪物の膝がさらに叩き付けられた。
 突き抜けるような圧力と共に麻亜子の体が宙に浮き、そのまま吹き飛ばされた。そしてその先は、幸か不幸か、急な坂であった。痛みにのたうつ麻亜子がそのままごろごろと坂を転がり落ちていく。

「グルルルル……」

 怪物は麻亜子に止めを刺すのは不可能だと判断したのかゆっくりと方向を変えると体を引きずるようにして倒れている弥生の元へと歩み寄っていく。
 背中からは麻亜子のデザート・イーグルによる銃傷で大量に出血しており、他にも弥生に負わされた無数の手傷からも血が噴出している。
 それでも歩みは止まることはなかった。柏木梓を殺した奴を殺す。その思いのみを行動原理に怪物は足を進めていく。
「く……化け物のくせに……こんなところで」
 弥生もまた、意識を失わずただ生き残ることを思って体を起こそうとしていた。
 だが思うように体は動かず立ち上がることさえままならぬ状況だった。それでも石のような体を引きずって、弥生は攻撃を受けた際に手放したP-90を取りに行こうとする。

「グオォッ!」

 しかしその行動は怪物によって中断される。匍匐前進で這い、あと少しで手の届くところまで来たけれども、弥生の体が怪物の足によって蹴り飛ばされ、近くの木に激しく叩き付けられる。
 骨が折れてしまうほどの衝撃を受けながらも弥生は意識を失うことはなかった。いやむしろ痛みこそが弥生を気絶させなかったと言うべきかもしれない。
 だが、肝心のP-90は遥か遠く――実際の距離よりも手の届かない遠くに行ってしまったのだ。
「く……」
 一応警棒はあるがそんなもので怪物の進撃を止められはしない。何か、もっと、刃物のような尖ったものがあれば。せめて一矢報いることが出来るのに。
 必死に首を動かして何かないかと見回す。すると、思いがけないものがそこに転がっていた。

 ボウガンの矢。恐らく朝霧麻亜子の放った、そしてあの怪物が引き抜いた矢だ。
 咄嗟にそれを掴むと、いつでも全力でかかれるように弥生は力をボウガンの矢を握った手に集中させる。
 怪物の足音が、重低音を響かせながら弥生に近づいてくる。足音が止まった時が、最大の攻撃チャンスだ。

 ズシン、ズシン、ズシン、ズシン。

 四歩目。そこで音が、途切れた。

「グガアァァアァァッ!」

 狂恋の叫びを上げながら、憎き仇に制裁を加えるべく怪物が爪を振り上げて弥生の首目掛けて叩き切ろうとした。
「こんなところで、私は死ぬわけにはいかない! 由綺さんのために! 由綺さんの夢のためにっ!!」
 爪が天高く差したと同時に、弥生が力を振り絞ってボウガンの矢を怪物の足へと突き刺した。

「ギャアアァァァゥッ!?」

 肉を破り地面にまで到達したボウガンの矢は、引き抜こうと足を上げようとした怪物の力にもビクともしなかった。それどころか暴れるたびにより深く食い込み、怪物の叫びが増していく。
 だが、しかし。
 弥生の反撃はそこまでだ。P-90が遠くにある以上、立ち上がってそこまで行けるか。そう問われると怪物が矢を引き抜く方が先だと言えた。それでも諦めず、弥生は必死に立ち上がろうとする。

「グゴォォォォォ!」

 そんな弥生の努力をあざ笑うかのように、怪物が器用に手を使って矢を引き抜いた。ぎょろりと立ち上がった弥生の方を向き、凶暴に息を吐き出す。
「……!」
 走って逃げ切るだけの余力はない。ここまでか。そう弥生が思った瞬間だった。

「はっ、いつまでも帰ってきぃへんし、なんやヘンな唸り声するか思うたら……こういうことか、バケモンが。せっかく知恵振り絞ったいうのになぁ」

「グゥ!?」

 弥生も、そして怪物さえも驚いたように声のした方向を見る。そこには……
「気絶したフリまでしたっちゅーのに……ホンマムカつく奴やで。もうええわ、死ねやボケ」
 怒りの形相でVP70を構えた神尾晴子の姿が、日光を背にあった。
 迷わずに引かれたVP70から、9mmパラベラム弾が怪物を蹂躙せんと真っ直ぐに迫る。

 それは麻亜子の50AE弾や、弥生の5.7mm弾に比べれば遥かに弱い威力だった。しかし多数の怪我を負った怪物に、それを避けるだけの余力も、もう残っていなかった。
 それでも防御しようと腕を上げるが、上げきる前に晴子の放った弾丸は怪物の眉間を貫き、脳を破壊し致命傷を与えていた。
 プツンと命令の途絶えた肉体が棒立ちとなり、ぐらりと傾いてドスンと重苦しい音を立てながら地面へと倒れ臥す。今度こそ、完全に、柏木耕一だったものの肉体は死を迎えていた。

「はぁ、はぁ……っ、ホンマ、手こずらせてからに……なぁ、アンタもそう思うやろ?」
「……ええ、まったくです」

 怪物が倒れたと同時にドッと疲れたようにへたり込む晴子の言葉に、同じく決着がついてP-90を拾いに行く必要がなくなった弥生が頷く。
 二人とも殺し合いに乗っているにもかかわらず、今の二人には互いに殺し合いをする気などなかった。満身創痍でそれどころではなかったのだ。

「ふぅ……っ。あーなんかもう、どうでもええわ」
 座っていることさえ億劫になったのか晴子は身を投げ出して地面に寝転がる。そんな晴子に、弥生が疑問を持ちかける。

「私を撃とうという気はなかったのですか」
「あのアホウは殺し合いをする気はなかったみたいやった。ならその敵のアンタはうちと同じ。それだけのことや」
「敵の敵は味方……ということですか」
「ま、そういうことやな」

 単純だが、筋は通っている。弥生は頷くとある提案を持ちかけた。

「これから先……手を組んでみる気はありませんか」
「なんや、藪から棒に」
「私も貴女ももうギリギリの……極限状態のはずです。これから先一人で殺していくにはいささか無謀と言わざるを得ません。なら少しでも戦力が欲しいのは当然の理かと」
「うちでええんか? うちはひねくれ者やで」
「ですが、貴女は大人です」
「……」
「私は先程まである少女と手を組んでいたのですが……あの少女は自分が何でも出来ると思い込んでいる若いだけの人間です。ああいう人間は、殺せると思えば状況を考えず殺しにいく。ですが少なくとも貴女は違う。今この場で私を殺そうとはしなかった」
「どうかな? ただの気まぐれかもしれへんで?」
「その時は私の見る目がなかっただけのことです。その程度の人間が生き残れる訳がありません。どうですか、私と組んでみる気は」
「あーはいはい分かった分かった。アンタの言う通りや。どうでもええから今は横になりたいねん」

 面倒くさそうに言うと、晴子はそれっきり黙りこんで何も答えようとはしなかった。それを肯定と受け取ったのか弥生も横になってしばしの休息をとるようであった。
「なーんか、平和やな……」
 気の抜けたような晴子の声は、静かにその場の空気に溶けていった。

     *     *     *

「いてててて……あーもう! この稀代の美少女アイドルの顔に傷をつけおってー! ただじゃすまさんぞぉー……って、二度とお近づきになりたくないけどねぇ」

 坂から転げ落ちた麻亜子はまだぐらぐらする頭をさすりながら山の上へと向かって吠えていた。幸いなことに骨折などはしていなく、全身のあちこちが痛むだけである。しかし肩のあたりに若干違和感があり、ひょっとしたらひびが入っているかもしれない。
「ま、いっか」
 あの怪物の動向は気になるが耳を澄ませても叫び声などは聞こえてこない。力尽きた……と麻亜子は信じることにした。

 それよりもあの戦闘で武器弾薬を色々と消費してしまったのが痛い。それに若干二名殺し損ねた。まあ内一名は生存の確認をしてないが。
「しゃーないか。いてて」
 全て思い通りにいくとは思っていなかった。今はとにかく傷の治療などをすべきである。
「ぬーん」
 出来れば診療所の方へ行きたいが、人が居る可能性も否めない。今は出来るだけ戦闘は避けたかった。

「まっ、このまーりゃんに不可能はないっ! ただいまよりどっかの村に潜入任務を開始するっ! いざ、行進……あいたた」
 まだ頭をさすりながら、とりあえず傷の治療を目的に麻亜子は歩き出した。




【場所:F-06上部】
【時間:二日目午後:12:00】

柏木耕一
【所持品:なし】
【状態:死亡】
柏木梓
【持ち物:支給品一式】
【状態:死亡】
神尾晴子
【所持品:H&K VP70(残弾、残り4)、支給品一式】
【状態:マーダー。右手に深い刺し傷、左肩を大怪我(どちらも簡易治療済みだが悪化)、全身に痛み、疲労困憊。弥生と手を組んだ】
篠塚弥生
【持ち物:支給品一式、P-90(20/50)、特殊警棒】
【状態:マーダー。脇腹の辺りに傷(悪化)、全身(特に腹部と背中)に痛み、疲労困憊。晴子と手を組んだ】

【場所:F-05】
【時間:二日目午後:12:00】

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(2/7)、ボウガン、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:ささらサイズのスクール水着、芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:マーダー。全身に怪我、鎖骨にひびが入っている可能性あり。現在の目的は貴明、ささら、生徒会メンバー以外の排除。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。スク水の上に制服を着ている。どこかで傷の治療を行う】

【その他:耕一の大きなハンマーと支給品は死体のそばに落ちています】
-


BACK