クールと湯気と変人と/サイカイ




「もぐもぐ……」
 少年との壮絶な決闘の後、国崎往人と笹森花梨は何故かまだ消防分署の中にいた。忘れ物があったわけではない。実に単純な人間の生理的本能が目を覚ましただけだ。

「くぅっ……」
 目頭を押さえるようにして、往人は感涙に咽ぶ。往人の目の前にあるどんぶりからはもうもうと香ばしい湯気が昇っている。
「国崎さん、たかがインスタントラーメンくらいでそこまで感動しなくても……」
「たかが、だと?」
 聞き捨てならんとでも言うように往人の細い目がさらに細められる。花梨はしまった、と思ったが時既に遅く、ビシィッ! と往人の持っている割り箸が花梨に向けられるや否や猛烈な勢いで説教を始めた。

「ラーメンは人類の生み出した世界最高の食料品だ。特にインスタントラーメンは日持ちし、品質も良く、何よりウマい! どんぶり一杯にお湯を注ぎ込んで卵を乗せ、熱々のご飯と一緒に食べた時の美味さと言ったらもう……!
 残った汁も辛すぎず、甘すぎず、思わず最後まで飲み干してしまいたくなるような、絶品! そう、まさに絶品! イッツパーフェクト! ラーメンセットを生み出した日本人を、俺は心から尊敬する! それをお前という奴は『たかが』だと!? カップヌードルは一つ税込みで150円、チキンラーメンに至っては86円で食べられ、尚且つお腹一杯で幸せ一杯になれるというのに『たかが』とな!?
 侮辱! これはラーメンに対する冒涜だ! いいか笹森、コレは俺の個人的な話になるが俺の支給品はラーメンセットだった……しかしお湯がなくて食べられなかった上にあのクソガキのせいで中身が大破してその美味を永遠に味わうことが出来なくなったんだぞ! クドクドクド……」

 唾を撒き散らしながら自身のラーメン話を続ける往人。あのクールな態度からは考えられないほどの熱弁だったが、何もそんなことで熱くならなくても……と花梨は思っているのだが、それを口に出すと更に話が長引く気がしたので黙って聞いておくことにした。
 そもそも往人の腹が減ったという理由で消防署内を探し回り、運良く棚の中からインスタントラーメンを見つけた時点で彼の喜びように気付いておくべきだったのだ。何せ「いやっほーぅ、ラーメン最高ー!」なんて声高に叫んでいたのにどうして自分はおかしいと思わなかったのか。「ああ、お腹が空いてたんだなあ」と思うだけだった自分が恨めしい。というか汚いから唾飛ばさんといてください。

 ずるずるとラーメンをすすりながら往人の説教を右から左へ受け流す花梨。この時彼女は初めて『先生に何回も説教されておいて良かった』と思うのであった。
「……とにかく、次にラーメンをバカにしたら天罰が下ると思え。ラーメンをバカにする奴はラーメンに泣く。分かったか」
「はーい」
 話の九割は聞き流していたが、取り合えず反省したふりはしておく。こういうことに関しては花梨の得意分野だった。
「腹に沁みるぜ……」
 往人はまた感動しながら、ラーメンをすすっていた。

     *     *     *

 食事を終えた国崎往人一行は、まだ消防署に留まっていた。
「国崎さーん、いい加減行きましょーよ」
「まだだっ、まだ終わってない!」
 やれやれ、と思いながら棚の中を漁る往人の背中を見つめる。食事を終えるやいなや、往人はラーメンのストックがあるかもしれない、と片っ端から棚を開けてラーメンを探し続けていた。どうしてここまでラーメンに執着するのだろう、と思いながら花梨はソファに腰掛ける。

「笹森、お前も手伝え」
 棚の中身を全て床にぶちまけ、ようやく何もないことを確認した往人が次の棚に向かう途中で花梨に怒ったように言うが「無理無理」と諦めるように手を振る。
「だって最初にさんざん探し回ってようやく見つけたのがあの二つでしょ? もうあるわけないじゃん。第一、そこは私がもうとっくに探したし」
「ちっ、根性のない奴め……」
 往人はそう吐き捨てると次の棚の中を漁り始める。もうかれこれ一時間が経過しようとしていた。はぁ、とため息をつきながら花梨は「この人に宝石の謎は解けないな」と思いつつ膝の上に乗っているぴろを撫でた。

「ところで」
 気持ちよさそうにしっぽを揺らしているぴろを眺めていると、往人が棚を漁りつつ話を変える。
「人を探すとして、笹森だったらどういうところから探す」
「うーん、性格にもよるね。活発な人だったらそこら辺の目立つところから探すし、内気な人だったら島の端っことか、目立たない建物とか」
「なるほどな……」

 往人はラーメンを探しながらも、神尾観鈴や晴子、その他の知り合いのことも考えていた。特に神尾家には一宿一飯(本当はそれどころではないが)の恩義があるので出来れば見つけて合流したい。どこから探すか、が問題になるが……芳野祐介との会話では相沢祐一なる男と一緒にいたそうだが、それがどんな人物なのかは分からない。だが芳野を援護していたというから割かしお人よしな人物なのかもしれない。きっと往人と同じように友人、あるいは知り合いを探しているだろう。
 そしてこの島において参加者の大半を占めているのは女性だ。なら相沢祐一も知り合いは女性である確率は高い。これは憶測でしかないが、神岸あかりや長森瑞佳のように大人しめである人物の可能性も、また高い。なら、割と目立つ場所を探し回っているのではなかろうか?

「もう一つ。もし銃声だとか爆発音が聞こえたら?」
「そりゃ逃げるでしょ、普通はね。よほど正義感のつよ〜い人なら別だと思うけど?」
 これも往人の考えと同じだった。誰だってまずは自分の身の安全を優先する。他人のために死地に飛び込むなど愚の骨頂だからだ。
(……俺じゃん)
 ついさっき自分がやっていたことに辟易するが、少しげんなりするがあれは少年を倒すためだった、と言い訳して次の思考を展開する。

 もし観鈴たちがここ鎌石村に来ているのならとっくにさっきのバカ騒ぎで逃げ出しているはずだ。それに気のせいだと思いたいが……どこかから銃声や爆発音が断続的に聞こえてきている気がする。それが真実かどうかは抜きにして、観鈴がここにいる確率は低いと言わざるを得ない。
「仕方ない、行くか……」
「やっと諦めた?」
 往人が結論を出したのと、棚の中に何もないことが分かったのはほぼ同時だった。他にも棚はあったがそろそろ油を売っているわけにはいかなくなってきた。
「まあ、な。まずは西に行って、それから南に下る。たしかホテルみたいなところがあったな」

「……違うよ、ホテル跡」
 訂正する花梨の声のトーンが低くなったのを、往人は聞き逃さなかった。何かあったのだろうか。そう言えば、花梨とはそういう話をしていない。
「そうだったな」
 自分の荷物を拾い上げて、往人は今度こそ本当に外に歩き出した。
 その辺の事情は、話しながらにでも聞くとしよう。
 デリカシーに欠けるかもしれなかったが、情報が圧倒的に不足しているのだから同情心に流されていてはいけない。

「そう言えば、まだ俺達は情報交換をしていなかったな。どうだ、互いにこれまでの経緯を話してかないか」
「それは、別にいいけど……」
 消防署の扉を開ける。するとたちまち外界の眩しい光が往人たちの体を照らし出す。既に時刻は昼を回り、一日の本番が始まろうとしていた。
 陽光に目を細めながら、「なら俺から話すぞ」と少年を倒すまでの経緯を話し始めた。

「……ここまでだ。何か心当たりとかは」
「朝霧麻亜子、って人なら噂だけは。たしかうちの学校で前生徒会長だったよ。それだけなんだけど」
 往人は会話しながらも、周囲におかしなことはないかと目を配らせていた。今のところ特におかしなことはない。村から外れの方を歩いているからかなのかどうかは分からないけれども。
「深い付き合いとかではなかったんだな? ならいい。次はお前の番だ」
「うん、国崎さんより長くなるけど――」

     *     *     *

「十波さん、いいかげん脱力してないで早くどこかにいきましょう。密室で閉じこもっててもいいことないです。元気ないなら風子のヒトデダンス見せましょうか?」
「いや、それは別に結構」
 かれこれ床に数十分くらいへたり込んでいた十波さんに、風子が元気のでるヒトデダンスを見せてあげようとしたのですが拒否されてしまいました。残念です。

「そうね……いい加減行動を開始しないと……伊吹さん、地図見せて」
 十波さんは情けないことにデイパックを持っていなかったので風子のを見せてあげることにします。世は道連れ旅は情け。いい言葉です。
 床に小さな島の地図が広げられ、十波さんと肩を寄せ合いながら地図をにらめっこします。とにかく、まず何をするかを決めなくちゃいけません。

「今あたし達がいるのがこのホテル跡。まずはここから北に行くか南に行くか……どうする?」
 風子的には来た道を戻るのは好きではありません。が、さっきの男の人が襲ってきたことを考えると迂闊に判断はできません。風子はみんなのために泣かずにがんばるって決めたんです。民主的にいきましょう。

「風子としてはさっきの襲ってきた人とかち合わせするのは避けたいです。多分風子たちをやっつけるのは諦めたと思いますからこのまま北に行ったと仮定して、南に戻るのをオススメしますが、どうですかっ」
「……どうしてさっきのマシンガン男があたし達を殺すのを諦めたって思うの?」
 おっと、大事な部分を説明し損ねていました。風子うっかりです。

「強い武器があるに越したことはありませんよね。鬼に金棒、風子にヒトデのように」
「『風子にヒトデ』は知らんけど……まあ確かに」
「そして風子たちはまったく武器らしい武器を持っていません。この三角帽子の可愛さは地球破壊爆弾級ですが」
「帽子はどうでもいいけど……まあ確かに」
「時間を割いて弾の無駄遣いをしてまで、風子たちをやっつける価値がないと判断した。それだけのことです」
「……武器がないことにかえって助けられたわけ?」

 風子が頷くと、十波さんは悔しそうに地図に拳を叩きつけました。きっと腹を立てているのでしょう。
「情けないわ……見逃してもらったようなものじゃない! あいつっ、これで勝ったと思うなよ……」
「以上が風子の意見なのですが、十波さんはどう思います?」
 メラメラと燃え上がっている十波さんを現実に引き戻すように、努めて冷静に言いましたが十波さんは鼻息荒くふんがーと吐き出すと、怒ったように言いました。

「あいつを追っかけて、ボッコボッコにしてやる! 岡崎さんとみちるちゃんの敵討ちよ!」
「それは風子も同意見です。けど、風子たちには何もありません……」
「それは……でも……」
 岡崎さんはヘンな人でしたし、いつも風子を子供扱いしていましたが、悪い人じゃなかったです。ぷち最悪だとは今でも思っていますが……嫌いではありませんでした。だからあの男の人を許せないのは風子だって同じです。あれこそ本当に最悪な人ですが、まずは生きることを考えなくてはいけません。

「まずは身を守るものを探しましょう。それに、十波さんの知り合いも探さないといけません」
 十波さんは納得いかなかったのかしばらく爪を噛んだりしていましたが、やがて「そうね」と頷いて風子の言葉に同意してくれました。
「……伊吹さんは? もう伊吹さんに知り合いはいないの?」
「居ることには居ますが……」
 少し困った顔をすると、十波さんもそれ以上何もいうことはありませんでした。別に特別な事情があるわけではありません。
 渚さん、春原さん、祐介さん……会いたい人はいますが、私情を挟むわけにはいきません。お姉さんですから。

「それじゃあ、何か使えるものを探してここから南へ下る……でいいのよね?」
「風子はそれで構いません」
「よしっ」
 十波さんは立ち上がるとまずは身近な所から、と考えたのか引き出しを開けたりベッドの下を覗き見たりして役に立ちそうなものを探し始めました。風子も地図をしまうとそれに倣って洗面所とかを調べます。

 さすがダメダメなホテルです。カーテンが破れ、バスタブには罅が入っていて、歯ブラシとかコップとかもありません。鏡は割れていません。珍しいことです。きっと鏡だけは大切にしていたのでしょう。そういえば風子、お風呂入ってないです。髪の毛も少しぼさぼさですし……これでは風子の美貌が台無しです。整えたいところですが櫛もありません。つくづくダメなホテルです。
 いつもの風子ならヒトデともいい勝負なのに……

「伊吹さん? 何かあった?」
 はっ。つい風子、過去に酔いしれていました。いけません、しっかりしないと。
「いえ、特に何も……」
 十波さんのところへ戻ろうと振り返ろうとしたときです。偶然か必然かヒトデのお導きか、風子の肘が洗面台に当たってしまいました。

 ゴトッ……

 そんな音がしたかと思うと、鏡が壁から外れて前に倒れました。運のいいことに割れることはなかったので怪我をすることはありませんでしたが、全くぷち最悪です。鏡くらいしっかり立て付けておいて欲しいものです。元に戻そうと鏡を持って壁にはめようとしたときです。
「あっ……」
「伊吹さん?」
 すぐ後ろから十波さんの声がしました。風子は慌てて報告します。
「大発見ですっ、鏡の向こうに何かが!」
「何いって……あっ」

 十波さんも目を丸くします。鏡がはめられていたところは少し空洞があって、そこに何かが置かれていました。十波さんがそれを手にとって確認します。
「これは……ナイフね」
 鞘から引き抜かれたナイフは刃の銀色の輝きではなく、黒い刀身に赤く塗り染められた血のナイフでした。つまり、それは、『使用済み』だったということです。

「誰かがここにナイフを隠したのね……でも、何のために?」
「そんなこと、風子には分からないです」
「ん、まあそりゃそうだけど」
 いぶかしむようにナイフをじーっと見ていた十波さんですが、「まっいいか」と考えを打ち切ってナイフを風子に渡しました。
「これは伊吹さんが持ってて」
「いいんですか?」
「だって伊吹さんが見つけたんでしょ?」
 それもそうです。持っておくことにしましょう。ヒトデを彫るまで風子の武器です。
「十波さんはどうでしたか」
「あたしはさっぱり……」

 落胆するように肩を落としましたが「けど一つは見つかったんだからいいよね」とすぐに気を取り直してくれました。前向きなのはいいことです。
「ここから離れるのも少し怖いけど……行きましょうか。じっとしてても仕方ないし」
「はい。まずは元いた平瀬村まで戻りましょう」
 意気揚々と……まではいきませんが気を引き締めてこの部屋から出ようとしたときでした。

『『ぐぅ〜〜〜』』

「……」
「……」

 沈黙。お互いに顔を見合わせます。風子たちは頷きあいました。
「まずは食べ物ね」
「まずはご飯です」

     *     *     *

「――以上なんよ」
 花梨の話を聞き終えた往人は、しばらくの間何も言わず考え事をしていた。

 岸田洋一というイレギュラー。
 ホテルに遠野美凪がいて、今は首輪を解除するために奔走していること。
 そのホテルで、花梨が例の宝石を見つけたこと。
 宝石に興味はないが、美凪の行方は気になる。北川潤、広瀬真希なる人物と行動を共にしているらしいのだが、もちろんそれがどんな人物か往人には分からない。観鈴といい、美凪といい、俺の知ってるような奴といてくれよと思ったのだが現に往人もここで出会ったばかりの花梨と行動を共にしているので文句は言えなかった。

「何か気になることがあった?」
 反応の無い往人を心配してか花梨がつんつんと脇腹をつつく。「やめろ」とそれを払いのけると「別に。だが敵の情報を得られたのは良かった」と返事をしてまた無言になった。別にこれ以上話す事もなかったからでもあるが。
「んーまあこっちも前生徒会長が敵になってるってことを知れたしね。お互い様なんよ」
 花梨はそう言うと、木々のそびえる神塚山を仰ぎ見る。いや、恐らくはその先のホテル跡を見ていた。

 ここを離れてから花梨は数々の仲間を失ってきた。それに花梨は与り知らぬところであるが、北川潤と広瀬真希も既に死亡しており、かつてのホテル組の生き残りは最早美凪と花梨だけになっている。この殺し合いに抗おうとする人間の数は、着実に減っていた。
「ねぇ、国崎さん」
 しかし、花梨は絶望しない。
「何だ」
「もし探してる人が見つかったら、宝石の謎を解き明かすの手伝ってくれる? ほら、あの時はちゃんと返事もらってなかったから」
 往人は少し渋るような顔になったが「見つかったらな」と承諾する。このゲームから脱出するための策を持たない往人にとってみれば例えオカルトみたいな力であろうが脱出できる可能性があるのであればそれに乗った方がいいと分かっていたし、何よりオカルトには慣れている。
「やった、ありがとね」
 このように、また手を貸してくれるひとが現れるからだ。

「気にするな、利害の一致ってやつだ」
「だとしても普通はこんな胡散臭い話信じないんよ。人の思いを集める宝石が鍵になるなんて」
「……まぁ、そういう話も慣れてる」
「え、どゆこと?」
 花梨の目がにわかに輝きを増してきたのに、往人は気付けなかった。構わず話を続ける。
「俺は『法術』という一種の魔法みたいなことが出来る。とは言っても精々人形を動かすとかそのくらいしか……」
「見せてっ!」
 そこでようやく、往人は花梨が始めて動物園に行った子供のように目をキラキラと輝かせているのを見た。瞳には『ミステリ』と書かれている……気がする。
「あー、その、残念だが人形みたいなのがないととてもじゃないが」
「人形があればいいんだねっ!?」

 最後まで喋らせる間もなく花梨が詰め寄る。あまりの剣幕ににべもなく頷いてしまう往人。それを確認するやいなや、花梨は往人の手を掴んで猛然と走り出した。
「それじゃーホテルまでGOGO! あそこなら人形の一つや二つあるはずなんよっ! いざ行かん、無限の彼方へー!」
「おい、笹森話を聞け……」
 何度も声をかけるものの余程興奮しているのか聞いちゃいない。なんとなく往人は霧島佳乃にあちこち引きずり回されていた時のことを思い出していた。
 ああ、俺の人生は常に誰かに左右されっ放しなんだな……
 何かを悟った往人は、そのまま流れに身を任せることにした。

     *     *     *

「ご馳走様」
「ごちそうさまでした」
 ホテルの中にあったすごく豪華なレストラン……跡にて、風子と十波さんは真っ白なテーブルクロスの敷かれた大きなテーブルで、豪華フレンチフルコース……ではなくカップラーメンを食べ終えました。無駄に装飾が豪華だっただけ空しい気分です。でも保存食があっただけ良かったです。

 賞味期限がどうしてか2009年になっていましたが、特に気にしないことにします。きっとすごく長持ちするカップラーメンだったのでしょう。味はまあまあでした。どうせならシーフード味がよかったですが。
 シーフードといえばクラゲを食べ物として有効利用する計画があるらしいのにどうしてヒトデはそんな話が持ち上がらないのでしょう。いえ、別にどうでもいい話ですが。いえよくもありませんが、今は考えないようにしましょう。

「それにしても水道と火が通ってて良かったわねー。もし使えなかったら宝の持ち腐れだったけど」
 しーしーとどこかにあった爪楊枝で歯と歯の間をお掃除しながら満足そうにしゃべる十波さん。じじくさいです。
「いくつかストックも手に入ったし、出だしは上々ってところかしらね」
 荷物がない十波さんにとって風子のごはんだけで食いつないでいくのには不安があったのでしょう。食糧問題は深刻です。
「そろそろ行きましょう。ぼやぼやしてるとまたあの男の人みたいなのがやってくるかもしれません」
 風子が椅子から立つと、それに合わせるように十波さんも頷いて席を立ちました。今度こそ、本当に出発です。

 荷物を持ってロビーに出たところで、外の方から何だか騒がしい声が聞こえてきました。風子の聞き間違いでなければ人の声でしょう。ってこれはいきなり未知との遭遇ですかっ!? まだ装備もろくに整えてないのに大ピンチです! 例えるならこんぼうとぬののふくでカンタダに挑むくらい激ヤバです!
 い、いけません。これくらいで慌ててお姉さんの風格が台無しです。まずは冷静に相手の出方を窺って……あれ? 十波さんは?
 風子が必死でこの場を乗り切るための作戦を考えている最中に、いつの間にか忽然と風子の隣から十波さんの姿が消えていました。おどろきです。びっくりサプライズです。って感心してる場合じゃありません! 逃げるのと十波さんの捜索とやらなきゃいけないことが二つもできてしまいましたっ! もうてんてこ舞いです。ヒトデの手も借りたい……ってよく見れば風子の前を十波さんが走っているじゃないですか!
 いつの間に! あなたはマギー司郎ですか!? いえいえそうじゃなくて十波さんをお止めしなければ!

「その声! 花梨!?」
「えっ、そこにいるの……由真っ!?」

 なんと。これまたびっくりサプライズです。まさかご友人の方だとは。全速力で追っていた風子の先には驚きのあまり荷物を落とした十波さんと岡崎さんに負けないくらいのヘンな髪飾りをつけた女の人……とやたら目つきの怖い男の人がやれやれというように頭を掻いていました。あの男の人は風子的にヤバい雰囲気がします。警戒は解かないでおきましょう。

「良かった〜、まさかまた会えるなんて思ってなかったよ。無事だった?」
「うん、まあ、ね……そこそこに」

 ヘンな髪飾りの女の人は少し翳りのある表情になりましたが、すぐに笑顔を取り戻すと隣にいる男の人の紹介を始めました。
「こっちが国崎往人さん。色々あって助けてもらったんだけど……まあ今は私が勝手についていってる感じなんよ」
「国崎往人だ。暢気に話してる時間も惜しいから単刀直入に聞くが……ここに人はいなかったか? 人探しをしているんだが」
「そうね、今はいなさそう……かな。少し前まで男に追っかけられてたんだけど」
 男と聞いた瞬間、国崎さんから興味の表情が失せていきました。どうやら探してる人は女の人のようです。そこはかとなくストーカーの匂いがしますね。やっぱり要注意です。

「そうか……男だったか? そいつの名前や特徴は」
「名前は分からない……でもマシンガンを持ってていきなりあたし達を襲ってきたの。そのせいで岡崎さんやみちるちゃんは……」
「……みち、る?」
 国崎さんの表情が変わったのを、風子は見逃しませんでした。もしかして探していた人というのはみちるさんのことでしょうか。
「……殺されたのか」
 十波さんが苦々しく頷くと、国崎さんは何ともいえないようにため息をつくとくるりと進路を変えて外に出て行こうとしました。それを見た髪飾りの女の人が慌てて国崎さんの服の裾を掴んで止めようとします。

「ちょ、ちょっと国崎さん!」
「悪いが、人形劇は後回しだ。俺はまた殺さなくてはいけない相手が増えた」
「こ、殺すって……」
 思わず手を離す女の人に、国崎さんがぽん、と頭の上に手を置きます。その表情に、風子はなんとなく祐介さんに近いものがあるなあと思いました。どうしてでしょう?

「笹森、仲間は見つかったんだろ? あの謎はお前らで解いてくれればいい。俺は学のない馬鹿だが、お前らの敵を倒してやることはできる」
「で、でも……」
「笹森には笹森の、俺には俺の役割がある。互いにやるべきことをやるだけだ。分かるよな」
 髪飾りの女の人は、それ以上何も言いませんでした。風子にも国崎さんの言いたいことはよく分かりました。なんとなく共感です。ですから、国崎さんの近くまで行って風子はプレゼントをしてあげました。
「伊吹風子と言います。後のことは風子に任せてくださいっ。それと、これをお守り代わりに、どうぞっ」
 本当はヒトデをプレゼントしてあげたかったのですが仕方ありません。今までヒトデを彫っていたナイフのカケラをあげます。

 国崎さんは差し出されたプレゼントをしばらく怪訝な目で見ていましたが、やがて「ああ、貰っておく」と快く貰ってくれました。
「それと、伊吹風子だったな。お前に伝言だ」
 伝言? 誰からでしょう。はっ、まさか天国のお姉ちゃんや岡崎さんからではないでしょうか。この人意外といいひとかもしれません。
「芳野祐介からだ。お前を探している、とな。芳野たちは恐らく北の方にいるはずだ。早いうちに行ってやれ」
 違いました。祐介さんからですか。でもやっぱりいいひとです。言われたときに頭を撫でられたのが気に入りませんが。風子、子供じゃないです。

 そんな風子の憤慨など気にする素振りもなく、国崎さんは風子のナイフのカケラをポケットに仕舞うと「じゃあな」と軽く手を上げてクールに去っていきました。そういえば祐介さんと声が似てますね。だから似てると思ったのでしょうか。

「はぁ……人形劇、楽しみだったのに……でも仕方ないか。やるべきことをやらないと」
 近くにいた髪飾りの女の人は一つため息をつきましたが十波さんと風子を手で招きよせるようにして、ポケットから何かを取り出しました。
「え、何、これ?」
 それを見た十波さんが驚きの表情になります。風子も少しびっくりでした。
 そこにあったのは、青い宝石です。

     *     *     *

 死んだ。みちるが。

 その事実は往人に行動を起こさせるには十分な動機であった。
 往人自身も既に人を、殺人鬼とはいえ人を殺している。だから文句を言える立場でないのは分かっている。だが……
「だからと言って、ガキを……クソ生意気だったがまだ小さいガキを平気で殺すような奴を放っておくわけにはいかないからな。それに、あいつは」
 言いかけて、その先の言葉は飲み込んでおくことにした。旅芸人というのは往々にして侮蔑の目で見られることもある。汚いものを見るような目で見られることも一度や二度ではない。もうそれにも慣れてしまったが……だが、みちるはそんな自分にも友達のように接してくれた。もちろんこれは往人から見た主観的なものであり、実際はどうだったかは分からない。けれども往人は自分の見方が間違っていないと確信している。
 みちるだけじゃない、観鈴も、佳乃も、美凪も……往人をそんな目で見ることはなかった。だからこそ、倒さなくてはならないのだ。危害を加えようとする殺人鬼を。どんな理由があったとしてもだ。

 それで、自分が憎まれるような殺人鬼になったとしても。

「……ま、元々俺は一人だしな」
 別に殺されたところで誰もそんなに悲しみはしないだろう。したとしてもそれは一時の感傷だ。いやむしろ、ここには死があり過ぎるほど渦巻いている。特に気にされることもないかもしれない。その方が、往人としては楽なのであるが。
「……待てよ?」
 ホテルから随分下ったところで、往人は何か重要なことを聞き逃していたことに気付きかけていた。

「あ」
 しまった、とでも言うように口をぽかんと開いたまま呆然とする。あのマシンガン男がどっちから来てどこへ行ったのか聞いてない。もしかしたら間逆の方向に走っているのではないか?
「……」
 一瞬、戻ろうかという考えが往人の頭を過ぎる。しかしそれはあまりにも格好悪いことであったし、そんなことをしていてはタイムロスになる。

 散々考え、十数度ホテル方面と平瀬村方面に方向を変えた挙句、往人は自分の勘が間違っていないと信じて今まで進んでいた方向に進むことにした。
 なに、見つからないなら見つからないで他に何かやりようもあるさ。まずはこの先の平瀬村で情報を仕入れることにしよう……
 無理矢理自分を納得させながら、往人は足を進めていった。




【場所:F-4】
【時間:二日目午後15:00】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(残弾10/10) 予備弾薬57発ホローポイント弾11発、スペツナズナイフの柄、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】
【状況:まずはこの先の平瀬村に向かう、観鈴ほか知り合いを探す、マシンガンの男(七瀬彰)を探し出して殺害する】
【その他:岸田洋一に関する情報を入手】


【時間:二日目午後15:00】
【場所:E-4 ホテル内】

伊吹風子
【所持品:サバイバルナイフ、三角帽子、支給品一式】
【状態:泣かないと決意する、仲間を守る】

十波由真 
【持ち物:ただの双眼鏡(ランダムアイテム)、カップめんいくつか】
【状況:仲間を守る】

笹森花梨
【持ち物:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、青い宝石(光二個)、手帳、セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、S&W、M10(4インチモデル)5/6、ステアーAUG(7/30)、グロック19(2/15)、エディの支給品一式】
【状態:光を集める。仲間とともに宝石の謎を明かす】
ぴろ
【状態:花梨の傍に】
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