Q.常識的に考えて、本当に死んだ人間が生き返ると思う?




岡崎朋也にとって、彼女の死ほど信じられないものはなかった。
あまりの現実感の無さに、朋也は戸惑う余裕もなかった。

ただ、もうあいつとしゃべることもないのかと。
ちょっとしたことで話し込んだりとか、教室遊びにきたりとか。
そういうものが、これから一生ないのかと思うと。
とてつもない空虚感が、自分の中で膨れていくのを。朋也は感じた。

もう、目の前で藤林杏が笑うことはない。
一緒に春原をいじることもない。
馬鹿話することもない。
何もない、何もできない。

杏は、死んだのだから。

ひょっこりといつもの余裕そうな顔でまた現れるんじゃないかと、そういう理想が朋也の脳裏を駆け抜ける。
何故か、やはりまだ彼女の死が朋也は信じられなかった。
その姿を見ていないからかもしれない。
彼女の死因は分からない、分かるはずもない、朋也が知りえるはずもない。杏は朋也の目の前で命を落とした訳ではないのだから。
では、実際生きていない杏の姿が視界に入ったら、自身はどうなるだろう。
それすらも、朋也は想像できなかった。

生気のない真っ白い顔が。冷たい体が。硬く動かなくしてしまった指先が。手の届く範囲に現れたら。

どうなるだろう。
でもきっと、その時になってやっと流れるかもしれないと。ふと、朋也は考えた。
集約された悲しみ達が、開放を求めて暴れだすかもしれない。
今はまだ突然のことで揺さぶられていない冷静な自分が、そうやって崩れていくのだろうと朋也はちょっとした結論を出す。
その行為に意味はないのかもしれない、しかし。
そんな風に考えるくらいしか、朋也にはできなかった。

「岡崎朋也……」

みちるは無言で拳を握り締める朋也の姿を、心配そうに眺めていた。
第二回目の放送、それが与えた衝撃でみちるの周りの人間は誰もが顔を硬くしていた。
幸いみちるが思う誰よりも大切な人物の名は、上がっていない。
それでも知人に値する神尾観鈴の死は、幼いみちるの心に死と向き合わなければいけないというリアルさを押し付ける。





一夜をゆったりと休養に当てた彼ら、一番最後に目を覚ますことになるみちるを起こしたのは、途中で朋也と見張りを交代したことで少々の眠気が残る十波由真だった。
布団を剥ぎ取られしぶしぶ目を開けたみちるのそれに、大きな欠伸を隠そうとしない由真の横顔が映る。
部屋を出て行く由真の背中を見送った後、みちるは備え付けられた鏡で髪を整えるとダイニングへすぐに向かった。
テーブルには既に朋也も、そしてもう一人の仲間である伊吹風子も席についている。
二つずつ向かい合うように固定された椅子、朋也と風子は隣同士で座っていた。

(……岡崎朋也とずっと一緒にいたのは、みちるなのに)

ちょっとしたジェラシーが湧き上がるものの、みちるもそこまで我侭な振る舞いをしようとはしない。
余程気に入っているのだろう、風子は無邪気に朋也から譲り受けた三角帽子を弄っていた。
それはみちるから見ても、微笑ましい光景だった。それこそ最愛の彼女との思い出がふと過ぎり、みちるは感傷的になりかける。

「さ、座った座った。さっさとご飯食べましょ」
「……って、おい十波。これ、支給品のパンじゃないのか?」
「そうだけど」

食卓についているのである、朋也でなくとも何か作った物が出されると思うのは不思議ではないはずだ。
しかし彼らの目の前に並べられたのは、支給された味気ないパンとコップに入った水だけであった。

「仕方ないじゃない。食料なかったのよ、この家」
「マジか」
「水道は生きていたから、そっちはジャンジャン飲んで貰って大丈夫よ」
「そうか、水か……」

テンションの下がった朋也を置き、残りの三人はいただきまーすの掛け声で一斉にパンにかぶりつく。
朋也も一拍子遅れて、包装を解きパンを取り出した。
味気ない、支給品であるパン。
一口齧った跡に広がるもふもふとした食感……だが、それで腹が膨れていくのも確かだった。
朋也は黙ってパンを食べた。

「あ、ちなみに岡崎さんの食料はそれで最後だから」
「何でだ?!」
「あたしが食べてるの、岡崎さんの分だから」

そういえばと、彼女に出会った際餌付けるが如く食料を譲った記憶が朋也にはあった。
また昨夜も四人は食事を摂っていたので、朋也の食料の減りが早かった理由はすぐに解明された。

「ちなみにごめんなさい、夜中にも小腹空いちゃって一個拝借しちゃったの」
「中々に油断できないな、お前……」

成る程。有限である物が失われていく様を実感し、朋也はまたセンチメンタルになる。

「にょわわ、それじゃあお昼はみちるのパンを分けてあげるね!」
「ありがとう、助かるわ」
「風子も協力します!」
「みんな……あたしのためにありがとう!!」

ちっちゃい子達に懐かれ、由真は感無量のようだった。

「これからも、お尻のお世話になるかもしれませんんからねっ」
「それはもういいかな?!」

親指をビッと立てる風子のそれに、すぐ様つっこみを入れる由真。
平和だった。
その平和に、一瞬でもここが戦場である事実を朋也に忘れさせる。
だからこそ、ショックは大きかったのかもしれない。
民家に響き渡るノイズ、聞き覚えのある男の声が紡ぐ放送。
死者の発表、そして信じがたい謎の公約。

朋也の心に亀裂が走る。
朋也だけではない。
由真も。みちるも。
そして、風子も。
皆の心を捉えられるそれは、たかだか数分のものである。
しかしそれによって、食卓の空気は一変した。
言葉の消えたダイニング、食べかけのパンに再び手を伸ばす者はいない。

「岡崎朋也……」

蒼白となる朋也の顔を、正面に座っていたみちるは心配そうに見上げてくる。
言葉を返す余裕はないのだろう、朋也は無言でそれを流した。
藤林杏、彼女の死が朋也にもたらした影響は大きい。
また続け様に呼ばれた古河夫妻の名にも、朋也はショックを隠せなかった。
呆然となる朋也、それを見つめるみちるも、由真も。無言で固まってしまっている。
そんな中最初に動いた風子は、押し黙る三人を他所に一人食事を再開した。
パンを口の中に押し込み水でそれを流す様は、まるで学校に遅刻しそうになって急いで支度を終えようとしている朝の風景を連想させる。
食事が終わると風子はそのまま手にしていた三角帽子を頭に載せ直し、部屋の隅に集められていたデイバッグの方へと掛けて行った。
中身を確認してデイバッグをしょいなおした所で、風子は相変わらずの三人に向かってお辞儀をした。

「今までお世話になりました」

ぼーっとした三本の視線が風子に集まる。
誰もが彼女の言葉の意味を、理解していなかっただろう。
彼女の次の言葉を、聞くまでは。

「風子、もう皆さんと一緒にはいられません。風子は優勝を狙います」
「……はあ?」

気の抜けた朋也の声。
風子はぎゅっと両手で握りこぶしを作り、それを胸の前で構えていた。
幼いその立ち振る舞いと口から出る真逆の残虐さは、それこそ彼女が自分の言っていることを理解していないようにしか他者には思えないだろう。

「風子、お姉ちゃんに会いたいです。そのためには何でもできます」
「馬鹿、できる訳ないだろ……死んだ人間が甦るものか、考え直せ」
「考え直しません!」

だが、風子の決意は本物だった。
意固地になっている彼女が、どうすれば「優勝」できるのかということまで考えているかは甚だ疑問ではある。
溜息を吐く朋也、しかしこれ以上話すことはないと風子はさっさと翻り彼らに背を向けた。

「おい風子! 風子!!」

朋也の声にも振り返らず風子は駆けていく。
しばらくしてから玄関のものと思われるドアが開閉する音がダイニングまで届き、風子がこの民家を出てしまったという事実だけがここに残った。

「たっく、世話かけんなよ……」

もう一つ溜息をつくと、朋也は面倒くさそうに椅子から立ち上がった。
とにかく風子を追いかけなくてはいけないという朋也、しかしそれを止める者がいた。

「待って、岡崎さん」

朋也が振り返ると、そこにはまだ椅子に座ったままの由真がいた。
由真の表情は真剣だったが風子のことが気になるのだろう、朋也は由真を適当にあしらおうとする。

「何だ、話なら後に……」
「あの放送、望みなら何でもって言ったわよね」

ぴたっと。朋也の足が止まる。
改めて由真をしげしげと見る朋也の視線には、彼女発した言葉に対する疑念の意が込められていただろう。
怯んだように由真も一瞬肩を竦めるが、彼女はしゃべりを止めなかった。

「言ったわよね。優勝して、皆を生き返らせればいいって」
「お前、そんな馬鹿げたこと信じてんのか?」
「で、でもそう言ったじゃない! あの子じゃないけど、い、生き返らせることができるなら……そ、それなら、手っ取り早く優勝を目指した方が……」
「十波!」

朋也の怒号が響き渡る。
ひっ、という由真の小さい悲鳴が隣から上がり、隣に座っていたみちるも思わず身を震わせた。
……怯える二人の姿に朋也は、溜息をまた一つ吐く。

「その話は後にしろ。今は風子を探すのが一番だ」
「……」

訪れた無言は、朝の楽しい風景の微塵など微塵もない。
朋也は内心の苛立ちを隠そうと無言をつらぬき、由真とみちるが支度を終えるのを待った。
タイムロス。
二人を待っている間に風子を先に探しに行った方が良かったのではないかという考えも、朋也にはあった。
最初は朋也も、そうしようとしていた。
しかし由真の挙動に不信を感じ、朋也は三人でいることを選んだ。
それは間違った選択ではないだろう、風子と合流することができても他の二人と再会できなければ意味はない。
それならば、あのくだらないやり取りで足止めを食らうことができたということは、朋也にとってはプラスになるはずだった。

(そう考えるしか、ねーだろ……)

民家を後にした三人の視界に、風子が辿ったと思われる道しるべは何もない。
これで焦るなと言われた方がおかしいだろうと、朋也は内心毒づいた。





一方由真の心の揺れは、他の誰にも伝わっていなかった。
河野貴明、長瀬源蔵 。放送で上げられたあまりにも身近な名前に、由真の平常心は一瞬で崩された。
引いていく血の気が軽い貧血を予感させる、しかし倒れる訳にはいかないと由真は一人踏ん張った。
またもう一人、親友でもある少女の名前を聞いた気が由真はしていた。
実際は彼女ではなくその妹に値する人物なのだが、貴明の名前が先に呼ばれたことでホワイトアウトしてしまった由真の思考回路では、それを正確に捉えることができなかった。
小牧という少女が死んだ、それは今由真の中ではイコール小牧愛佳を指してしまっている。

みんな死んだ。由真が大切に思っていた人物は、全員死んでしまっていた。
道中由真が共に時間を過ごすことになった笹森花梨の名はなかったが、それでもこの現実は由真にとってあまりにも大きい悲劇としか言いようがなかった。
そんな由真に、まるで天からの恵みとも思えるような囁きが訪れる。

『発表とは他でもない、ゲームの優勝者へのご褒美の事さ。相応の報酬が無いと君達もやる気が上がらないだろうからね。
 見事優勝した暁には好きな願いを一つ、例えどんな願いであろうと叶えてあげよう』

正常な判断ができなくなりかけている由真の心に、その言葉はすっぽりと落ちていった。
そして空虚だった彼女の隙間を埋めようと、存在感をアピールしてくる。

『だから心配せず、ゲームに励んでくれ。君らの大事な人が死んだって優勝して生き返らせればいいだけだからね』

可能性はゼロじゃない。
嘘か本当か判断することはできない、だが言葉の魔力に確かに由真は取り付かれかけていた。

―― 由真の心の揺れは、他の誰にも伝わっていない。

朋也にも。
みちるにも。
勿論、風子にも。
皆、自分のことで精一杯だった。他者のことを気にかける、余力もなかったのだろう。
皆、子供だった。それは仕方のないことだ。

誰もが内面に悲しみを抑えようとした結果が、これだ。
深夜風子の心を癒した朋也の行動がまるで嘘だったと思えるくらい、四人の心はばらばらになっていた。




【時間:2日目 6時半過ぎ】
【場所:f-2】 

岡崎朋也
【持ち物:クラッカー複数、支給品一式(食料無し)】
【状況:風子を追いかける,当面の目的は渚や友人達の捜索】

十波由真 
【持ち物:ただの双眼鏡(ランダムアイテム)】
【状況:風子を追いかける、混乱気味】

みちる 
【持ち物:武器は不明、支給品一式(食料少し消費)】
【状況:風子を追いかける、当面の目的は美凪の捜索】

伊吹風子
【所持品:スペツナズナイフの柄、三角帽子、支給品一式(食料少し消費)】
【状態:公子を生き返らせるために、優勝を狙う】
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