差し込んでくる朝焼けが視界を照らし出していく、木々の隙間から覗くそれで彼女は現在の時刻を予測した。 体内時計の伝えるそれと然程変わらない時間、この体は彼女が想像するよりも余程便利にできている。 あれから、どれほどの時間が経過したのか。 それまで確認をしようとしなかった彼女には、分からないだろう。 無学寺を飛び出してから、彼女はひたすら移動し続けていた。 歩き続けているその足に疲労の色は見えない、そもそも機械の体に疲労という概念などないのだから当たり前のことではある。 ほしのゆめみの機嫌は最上級だった。 片手に戦利品である立田七海を抱えている彼女の道を、今邪魔するものはない。 空いているはずだった彼女のもう片手には、日本酒の一升瓶が握られていた。 道中見つけ、嬉々とした彼女が拾い上げたものである。 それは折原浩平がイルファを担ぐ際荷物になるからと手放したものであるが、そんな詳細などゆめみには関係ない。 自由にできる女がいる。 酒まで手に入った。 これ以上に何を望むか。ゆめみの機嫌は、最上きゅ…… 「って機械の体じゃ酒は飲めねーし、女の体じゃ女は抱けねーしで最悪じゃねーか!!」 ゆめみの中の人が暴れる。 ゆめみの中の人こと岸田洋一にとって、今一番の問題がそれだった。 最高のシチュエーションが揃っているというのにそれを堪能できない状況は、彼にとってはストレスに他ならない。 それならば泣き叫ぶ女を切り刻み肉塊と化す様を眺める方が、彼にとってもオツであったろう。 しかしそんなことができる道具というのも、彼は特に所持していない。 上機嫌だったはずのゆめみのそれが、一気に降下していく。 ……これからどうするかなどという、当たり前のことで悩まなければいけない現実にゆめみは苛立ちを隠せない。 それこそ決まった信念のある彼に、事を考えさせるという行為ほど無駄なものはないだろう。 男は殺せ、女は食え。それだけなのである。 ただ今は彼の体が彼女であるが故、食いたくとも食えないのだが。 「そうだ、逆転の発想はどうだ?!」 つまり、女を殺して男を食えと。 ……想像しただけで、ゆめみの回路はフリーズしそうになる。 明らかな拒否だった。 「むむ、そもそもこの体に性感帯はあるのか」 出展作品は全年齢対象である、難しい疑問だった。 彼の目的は対象を喘がせ快楽を与えるものではない、あくまで自身が楽しむことが重要となっている。 ではどうするか。 ……それを考えようとした際、そもそも何故自身がこのような状態になってしまっているかをゆめみは反芻しようとした。 岸田洋一である自身が、何故少女の外見を模した機械人形の中に入ってしまっているのか。 その時だった。 「動くな」 声はゆめみの側面から響く、慌てて顔を向けると額にガチっと金属が押し付けられる音が鳴った。 ゆめみの瞳には映らないそれ、しかしゆめみの経験がその正体を予測させる。 これはまずい事態だと、ゆめみの回路はすぐに警報鳴らし彼女に伝えた。 だが、ゆめみの両手は塞がったままだ。いまだ目覚めぬ七海と日本酒の重量は馬鹿にならず、手放すにしてももうワンアクション必要だろう。 「けけっ……運がいいぜ。まさか、こんなにも早く女を見つけられるなんてなぁ」 ゆめみの視界に上手く映らないそれ、彼女の額に銃らしきものを押し付けている男が呟く。 身長の問題だろう、ゆめみは彼の顔を上手く確認することができないでいた。 どうにも聞き覚えのある声だなと、彼女が思った所でバランスが崩される。 男が素早くゆめみに足払いをかけたらしい、両手が塞がっているゆめみは受身をとることもできずそのまま背面から地面に倒れてしまう。 ゆめみの聴覚が、きゃっという小さい悲鳴を捉える。多分、気を失っていた七海の物だろう。 身が投げ出された際に、やっと起きたのかもしれない。 日本酒の一升瓶も、既にゆめみの手からは離れていた。 ガラスが砕ける音がないことから割れてはいないだろうと、今それを確認できないゆめみは予測する。 ゆめみの両手は、今、違うもので捕らえられていた。 握り締めてくるごつい作りの成年男子の手は、どんなにゆめみがもがいても外れない強さを持っている。 荒い息が吐きかけられ、整理的な意味でゆめみの体は一度震えた。 両手には外れない拘束が、そして男の膝が割るようにゆめみの中心へと伸びていく。 何が何だか、慌てふためくゆめみの視界、逆行の中現れたのはゆめみにとっても最も見知ったものであるとい言える面影だった。 (俺ーーー?!!!) 嫌らしい笑みを浮かべゆめみに射抜くような視線を送る人物は、岸田洋一、その人だった。 【時間:2日目午前6時前】 【場所:E−6】 岸田洋一 【所持品:カッターナイフ、拳銃(種別未定)・包丁・辞書×3(英和、和英、国語)支給品一式(食料少し消費)】 【状態:ゆめみを押し倒している】 岸田ゆめみ 【所持品:支給品一式】 【状態:岸田に押し倒されている、性欲を持て余している(一応)】 立田七海 【持ち物:無し】 【状況:体が投げ出された、郁乃と共に愛佳及び宗一達の捜索】 近くに日本酒の一升瓶が転がっている - BACK