向坂雄二は憤慨していた。 「あのコンポツが、だから嫌なんだゴミ屑が、人間様を何だと思ってるんだっ!」 目が覚めたら、横にいたはずのマルチがいなかったということ。 また、雄二自身に支給されたボロボロのノートの入ったデイバッグが見当たらなかったということ。 イコールとして出てくる解答は一つだけだ。 「あいつ、どこまでも人間様を舐め腐りやがって…っ!!」 許さなねぇ、と付け加えるように呟き雄二は強く唇を噛み締めた。 怒りに染まった人相に、普段の彼の軽やかな明るさの面影はない。 月島瑠璃子の遺体のある民家を飛び出した雄二は、そのままマルチを求め氷川村の中を全力疾走していた。 目的は勿論、裏切ったマルチに制裁を加えることである。 「スプラッタにしてやる、本当の意味でのゴミにしてやる許せねぇゆるして溜まるかたまらねぇよ」 自身の息が上がっているという事実にも気づかず、興奮に身を任せ雄二は手ぶらの状態でひたすら足を動かしていた。 走り続けている雄二の体力は既に悲鳴を上げているが、当の本人がそれに気づく様子は無い。 縺れた足が疲労の具合を表し、痛みと共に彼の身を地面へと叩きつけるまで雄二は走るのを止めなかった。 ぜい、ぜいという呼吸に地面の埃が混ざり合う。 顔からダイブしたことで、頬を砂が擦り雄二の肌を傷つけた。 憎い、憎い、憎い。 それら全てが怒りに直結する。 何に対する怒りか。その解答も、直結している。 「屑がぁ、あの野郎…っ」 全部あいつのせいだ。 全部あいつが悪い。 俺の邪魔ばかりするあいつが悪い。 血走った目で、体を起こす前に大きく拳で地面を殴る。 走る痛みが更なる興奮を産み、雄二は何度も何度も地面に拳を叩きつけた。 速度が上がっていた呼吸が落ち着くまで、ひたすら雄二はその動作を繰り返した。 何とか再び走れるくらいに回復した所で今度は周辺の民家を片っ端から調べることにしたらしい、雄二は大声を上げながらドアを乱暴に開け放っていった。 中には鍵がかけられている家屋もあったが、関係ない。 周辺に落ちていた石を窓に投げ込み、そこから雄二は怒声を浴びせた。 傍から見ると、気がふれてしまっているようにしか感じられないだろう。 正気を無くした雄二は、マルチのことに気を取られすぎて多くの他の参加者がこの島に存在していることを失念しているようだった。 そんな時である。 とある一軒の民家、ドアには施錠がしてあったので雄二は他と同じように石を投げ入れ雑言を放った。 相変わらず中からの反応はない、雄二もすぐ次の民家に移ろうとした。 しかし何故かここを逃してはいけないと、雄二の脳内神が叫ぶのだ。 差し詰め、男の直感と呼んでもいいかもしれない。 雄二は自身が傷つかないようにと慎重に、割った窓から内部へと進入を図った。 ……特別、何の変哲もない家だった。 きょろきょろを中を見回しながら雄二は奥へと進んでいく。 しばらくすると居間に辿り着き、雄二はそこで誰かが食事を摂った後である証拠を発見した。 ロボットは食事を摂らない。ならば、これは人が摂ったものだ。 では、それは誰なのか。 ぞくっと、瞬間雄二の背中を震えが走る。 思えばマルチのことに固執し過ぎ、雄二は自分の身の回りのことに全く比重を置いていなかった。 その事実にやっと気づく。今、雄二は丸腰だった。 もしこの民家にいる人物が何か武器を所持していた場合、雄二の勝ち目はないに等しい。 ならば何をうるのが最善か、雄二は入ってきた窓の方へと戻るべく進行方向の逆を向く。 「これは戦略的撤退だ。俺の行動に間違いはない」 「待ってください、折角人が出迎えに来たのにそれはないですよね?」 民家を去ろうとした雄二の独り言、それに答えるものがあった。 予想だにできなかった返答に、雄二の体が一瞬強張る。 いつの間に声の主は現れたのか、雄二は把握していない。 足音は聞き取れたか? 答えはノーだ、雄二の聴覚はそれを拾えなかった。 しかし振り向く雄二の視界に入ったのは、彼にとって思いもよらない人物であった。 「……天野?」 昨晩出会った少女、天野美汐。 美汐はアルカイックスマイルを浮かべながら、親しそうに雄二に話しかける。 「おはようございます」 害のないそれ、一応見知った相手だということもあり雄二の心に余裕が生まれる。 相手は小さな少女である、命の心配というのもないだろうと雄二は鼻で括った。 そうなると、今度は邪念が雄二の思考回路を支配する。 美汐の体は、よく見ると線は細いものの年頃のふくよかさが感じられる程度の肉付きがあった。 短いスカートから覗く太ももに対し、雄二の息子は知らず内にエレクトする。 これは運命なのかもしれない、雄二は思う。 確かに自身は手ぶらであるが、見た所彼女もそれは同じなのではないかと雄二は判断した。 敵意のない眼差しで手を後ろで組む少女、小さな背が見上げるように雄二の姿を捉えている。 愛らしい、人形のような少女。 これは運命なのかもしれない。この家屋を発見した際に感じた男の直感の先にあるのがこれではないかと、雄二は考えた。 雄二の脳内神もそう言っている。男には、やらなければいけない時があるのだ。 「違う。男なら、ヤれるチャンスがあったら逃しちゃいけねーんだ!」 次の瞬間、雄二は美汐へと襲い掛かっていた。 彼女の体を力任せに壁へと押し付ける、痛みで歪む少女の表情が雄二のSっ気を刺激した。 今度は違う意味で興奮した雄二の荒い息が、美汐の顔へと吹き付けられる。 天野、ヤらせろ。そう、雄二が彼女の耳に吹き込もうとした時だった。 「動かないでください」 首元から伝わる冷たい温度が何なのか、雄二はすぐの理解ができなかった。 ただ相変わらずの笑みが浮かんでいるにも関わらず、雄二の目の前に位置する少女の瞳は冷え切っていた。 それに気を取られた雄二は、美汐に自身へ付け入れることのできる程度の隙を与えてしまうことになる。 「そのまま手を前に出してください。早く」 まくしたてる美汐の声、雄二は勢いに飲まれ彼女の言う通りに手を出した。 出してしまった。 カシャン、とこれまたひんやりとした感触が左手首を包み、雄二はその見慣れぬ拘束具に唖然とした。 手錠だった。美汐は器用に、片手で雄二の両手を手錠で繋げていた。 「な、何だこれ」 「抵抗されたら困りますから。……ああ、動かないでくださいね。薄く切れてるから分かると思いますけど、死にますよ」 そして雄二は、やっと今の事態を飲み込むことができた。 首にあてがわれているものが刃物だということ。 両手の自由が彼女の手により奪われてしまったということ。 天野美汐は、害のない愛らしい少女などではないということ。 まずい、と思った時にはもう遅い。 逃げ出そうと足を動かした所、すぐさま足元を払われ雄二は顔から居間の床へとダイブする。 外で転んだ時とは違う、冷たい温度が雄二の頬に押し付けられた。 美汐はと言うと、床に転がっている雄二に起き上がるチャンスを与えないとつけつけるように、すぐさま彼の体に馬乗りになりマウントポジションを確保した。 「馬鹿ですね、逃がす訳ないでしょう?」 冷たい宣言に思わず冷や汗が額を流れる、それでも崩れない美汐の笑みが不気味だった。 そう、昨夜会った印象ではもっと陰鬱とした、静かなイメージを雄二は彼女に対し持っていた。 それこそ現場が現場であったため、そこまで細かく彼女の詳細を雄二が得ている訳でもない。 だが、思い返せば第一印象という見方からすると、今の彼女は明らかに雄二の知るそれではなかった。 何かがおかしかった。しかしそれをどのような言葉にあてはめればいいのか、雄二は知らなかった。 「凄く、嫌な夢を見たんです」 雄二の内心を知ってか知らずか、美汐は一人語りだす。 「ゴミのような扱いを、辱めを受けたんです」 悔しそうに唇を噛む、少女の表情に修羅が混じる。 雄二は再び首に押しつけられた刃物の反射光に怯えながら、美汐の言葉を黙って聞いた。 「悔しかったです、怖かったです。……これが正夢になったらどうしようかと、悩みました」 「そ、それが俺と何の関係があるんだよっ!」 区切りがいい所で、とりあえずつっこんでみる雄二。 すると、美汐の表情に再びあの笑みが舞い戻った。 「これが、正夢にしないための最善の策なんです」 刃物を持っていない方の美汐の片手が、彼女の制服のポケットへと入っていく。 ガチャガチャと音を立てながら取り出されたものが、雄二の頬が押し付けられている床の近くに放られ散乱する。 これまた、その正体に雄二は唖然とするしかなかった。 「ヤられる前に、ヤればいんですよ。この島で行われている殺し合いと同じです」 乗っていた雄二の体から立ち上がり、美汐はしゃべりながら彼の腹部へと蹴りを入れる。 一発、二発、美汐は容赦なく硬いブーツで雄二を嬲った。 雄二の中で反抗する意思が芽生える前ということもあっただろう、それは彼と彼女の間にしっかりと上下関係を植え付けるための儀式のようにも思えた。 「ふふ……私、凄くつらかったんですよ。あんな屈辱、一生忘れられません」 辺りに酸味の強い汚臭が広がる。 雄二の吐いた黄色い胃液が付着することにも気を留めることなく、美汐は彼の体力を奪い続けた。 そして、もう抵抗できないだろうという所まで弱らせたところで先ほどばら撒いたもののうち一つを取り、美汐はそれで雄二の頬をはたく。 「この家の持ち主、相当好きものな人みたいだったんです。寝室で休んでいたんですけれど、こういうの、たくさん発見しました」 スイッチを入れると左右に揺れながらバイブレーションするおもちゃを手に、美汐は楽しそうに言う。 雄二はいまだ分かっていない。分かるはずもない。 彼女は、肝心なことを何も話していないのだから。 ……しかし反撃する前に行われた暴力は、少女の力とはいえ決して軽いものではなかった。 それが、雄二の戦意を喪失させることには充分な事だったと言えよう。 そして現時点で、雄二が彼女に対抗する手段というものも。特になかった。 「拒まないでくださいね、腕と足を全部切り落としても良いんですよ? この私が正しい調教をしてあげるんですから有り難く受け取ってくださいね」 少女の笑みは、あくまでアルカイックだった。 正気じゃない。 天野美汐が正気じゃないという事実。 雄二がそれに気づいた所で、全ては手遅れに過ぎない。 「さあ、パーティの始まりですよ」 宣告は、雄二に対してあまりにも非道だった。 【時間:2日目 午前8時頃】 【場所:I−7・民家居間】 向坂雄二 【所持品:無し】 【状態:首に薄く切り傷、手錠で両手を繋がれている、マーダー、精神異常、マルチを見つけて破壊する】 天野美汐 【所持品:包丁、大人のおもちゃ各種】 【状態:みっしみしにしてやんよ】 【備考】 ・美汐の支給品一式(様々なボードゲーム)は寝室に放置 ・敬介の支給品の入ったデイバックはPCの置かれた部屋の片隅にある - BACK