メイドロボとして2




(ど?! どうしましょう、どうしましょうっ?!!)

声を出すわけにはいきません、慌てて口を塞ぎ一歩後ろに退行します。
今、私の目の前には貴明さんと別れた後にいきなり襲ってきたあの男の人がいるのです。
危険です。
あの時私達は、寸での所でこの方を巻くことが出来ました。
本当に、危ない状態だったんです。
この方がどういう考えで、命を狙うという行為を仕掛けてきたのかは分かりません。
分かりません、ですが。
相容れぬ、対称的な理念であることは確かだと思います。

(どうしましょう……)

この場から逃げることは、簡単でした。
現に傷口をさらけ出した今も、この方が目覚める気配はありません。
相変わらず、熟睡されています。
ですが、さすがにむき出しにしてしまった傷口を放っておくわけにもいきません……。
と、とりあえず何か考えるのは後にして、私は黙ってこの方の手当てを行いました。





第二回目の放送が行われたのは、手当ての方がちょうど終わった時でした。
まず、淡々と呼ばれるお名前のその量、亡くなられた方の多さに驚きました。
驚きました。そこには妹であるセリオさんやイルファさんを筆頭に、知ってる方の名前が幾人も入っていました。
昼間にお友達を探しにと私達と別れることになりました、貴明さんのお名前も。入っていました。

(貴明さん……)

凄く悲しかったです。
あんなにいい人が、何故命を奪われなければいけないのでしょう。
いえ、それを言ったら貴明さん以外にも、そのような方はたくさんいらっしゃるはずです。
ロボットである私の回路に、憤りとも呼べる感情の高ぶりが走っていきます。
とても悲しかったです。悔しいです。
でも瑠璃子さんと雄二さんの件を思い出すだけで、私の弱い心はすぐに竦み上がります。
……悔しいです。
この悔しさを何と表せばいいのか、私が自身の唇を噛み締めていた時でした。

―― 藤田浩之。

聞き間違いなんて、ある訳ありません。
確かに浩之さんのお名前は、今、名前も存じませんこの男性によって読み上げられました。
この方が読み上げているのは、亡くなられた方のリストです。
つまり。
浩之さんは、亡くなられたんです。

浩之さんはとても優しくて頼りになる、私にとっては期待の象徴とも呼べる方でした。
浩之さんに会うことができれば、きっと何か事態も好転すると思っていました。
浩之さんさえいれば、私も何か役に立つことができると思っていました。

そして私は、聞いて欲しかったんです。
私の犯した罪を。他でもない、浩之さんに。
瑠璃子さんを助けられなかった罪を。
雄二さんを置き去りにしてしまった罪を。

許して欲しかったなんて、そんなおこがましいことは言いません。
相手は浩之さんですから、勿論期待をしてしまうという面もあります。
期待はしてしまいます、ですが、とにかく打ち明けたかったというのが一番なんです。浩之さんに。
そして、私の進む道を照らして欲しかったんです。浩之さんに。

浩之さん、浩之さん。
浩之さんがいらっしゃれば、何か変わると思っていました。
ですが、浩之さんはもうここにはいらっしゃらないんですよね。
亡くなられました。浩之さんは、どこにもいらっしゃらないんです。
どんなに探しても、もう二度と浩之さんに会うことは叶わないんですよね。

……何故、浩之さんが亡くならなければいけないのでしょう。
それは浩之さんの命を狙うという行為を仕掛けてきた方が、この島に存在するからです。
ひどいです。愚かです。悲しいです。
ふと視線を上げますと、そこにはそれと同種と呼べる方が、今、私の目の前にいらっしゃいました。

……このような方がいらっしゃるから、あんなにも多くの犠牲者が出てしまうのです。
ひどいです。
許せません。
許せません?
……確かに、許せないことではあります。ですが。
ですが、それは私のようなロボットが、持つことのできる立場にある感情なんでしょうか。

雄二さんの言葉が甦ります。
……雄二さんの言葉を思い出すだけで、私の回路はフリーズしてしまいそうになります。
助けて欲しいです。
言葉が欲しいです、雄二さんのあの声を打ち消す言葉が。
助けてください。

「浩之、さん……っ!」
「生憎、俺の名前は浩之じゃない」

思ってもみなかった返答に、いつの間にか伏せてしまっていた目線を再び急いで上げました。
お声の出所はすぐ傍です。ここには私のその方しかいらっしゃらないんですから、当然です。
怪我をされていた男の方は、私の気づかぬうちに目を覚まされていたようです。

「これは、お前がしたのか」

驚きが覚めぬ状態の私を無視し、男の方は問いかけてきます。
私は言葉を出すことができず、ただひたすら頷きました。

「……」

そんな私をちらっと見られた後、男の方は黙って視線を患部である右足に落とされました。
そのままじっと見つめてらっしゃいます。
……まだ見つめていらっしゃいます。長いです。

「あ、あの……安心してください、私はメイドロボです。
 もとは介護ロボットを想定されていましたので、ある程度の医療の知識も身に着けています……」

何やら不信に思われているようなので、恐る恐る言ってみました。
確かに間違った手当てはしていないつもりで……はわわ?!
よ、よく見るとしっかり結んだつもりの包帯が、既に緩んでます!

「す、すみません! すぐに直しま」
「触るな」

伸ばした私の手は、ぱしんと小気味良い音を立て跳ね除けられました。
予想外の拒絶に固まる私をじろっと睨みつけた後、男の方は黙ってご自分でそれに手を伸ばされました。
……気まずいです。

「何故手当てなんかした」

包帯を結びながらの問いかけ、下げられた視線により男の方の表情は窺えません。
……私は、思ったままのことを口にしました。

「そ、それは怪我をされた方を放っておくことなんて、できないからです」
「俺は、お前を殺そうとした奴だぞ」
「……はえ? わ、私のことを覚えていらっしゃったんですか?!」
「その耳飾、一度見れば忘れられないからな」

包帯の緩みが直ったのか再び目線を上げた男の方が、冷たい眼差しを私の元へと送ってきます。

「馬鹿が。お前もお人よしの類か」

そこに含まれた軽蔑が、悲しかったです。
私は答えることが出来ず、ただしゅんと項垂れることしかできませんでした……。

「さっさとどこかに行け、でなければ殺す」

男の方は、容赦がなかったです。
……何故この方は、こんなにも簡単に他者の命を奪おうとするのでしょう。
疑問です。
とにかく、放って置く訳にはいけません。
それこそこの方を放って置いてしまって、新たな犠牲者が生まれてしまったら大変です。
ですが。
それで、私は何をすればいいのでしょうか。


私には、何ができるのでしょうか。

『ロボットの癖に癪に障る仕草すんなよ! 人間様が怒ったらそう反応するようになってんだろ? ただの奴隷じゃねえかよ!!』

私には、何かをする権利はあるのでしょうか。

『お前は壊れてんだよ! ロボット三原則もクソもないんだよ!今更守るべきルールも倫理も道徳もお前如きスクラップに適用されるわけないだろうがっ。』

ああ。フリーズしそうです。
助けてください。言葉が欲しいんです。
雄二さんの声を打ち消す言葉が欲しいんです。
助けてください。

―― でも、浩之さんはもういらっしゃらないんです。

グルグルとループする思考は、さながら螺旋廻廊のようでした。
答えを見つけるために、ひたすら私は階段を上り続けていきます。
その先に何があるか、何もないはずはないと信じて歩き続けるんです。
……そうです。何もないはず、ないんです。
現に目の前にいらっしゃるじゃないですか。
人が。
ロボットである私を、導いてくださる、「人」が。

「……私の話を、聞いて貰えませんか?」

自然と漏れた私のそれ。
男の方の眉間に、皺が寄ります。

「私の話を、聞いて貰えませんか。お願いです、あなただけが頼りなんです」

これから先、他の「人」に出会う機会も確かにあるかもしれません。
ですが、それまで待てないんです。
今私の目の前には、「人」がいます。
断定するのはおこがましいですけれど、決して良い方だとは思えません。
それでも。

―― それでも、どんなに悪い方であっても。この方は、「人」なんです。

私と、違って。
気づいたら、私の回路は自分のエゴを最優先とした結論を出していました。
浩之さん、すみません。
浩之さんの代わりなんて、いらっしゃるはずないのに。
それなのに、浩之さんの代わりを求めてしまってすみません。

すみません。




マルチ
【時間:2日目午前6時過ぎ】
【場所:I−7・民家】
【所持品:救急箱・死神のノート・支給品一式】
【状態:巳間と対峙】

巳間良祐
【時間:2日目午前6時過ぎ】
【場所:I−7・民家】
【所持品1:89式小銃 弾数数(22/22)と予備弾(30×2)・予備弾(30×2)・支給品一式x3(自身・草壁優季・ユンナ)】
【所持品2:スタングレネード(1/3)ベネリM3 残弾数(1/7)】
【状態:マルチと対峙・右足負傷(治療済み)】
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