学校探検隊/いま、助けを呼びます




「ところで、ことみ君」
 視聴覚室での会議を終えた霧島聖と一ノ瀬ことみは爆弾の材料を探すためにまずはこの校内から調べていくことにした。その視聴覚室を出てすぐの階段で、聖がことみに質問する。
「一階の職員室だが……どうする? 一応調べておくか?」

 聖達が学校に来た時点では職員室にも明かりがついており、即ち何者かが侵入していたという証拠である。有益なものが残っているとは思えないし、立ち寄る必要も無いが……一応訊いておくことにした。
 ことみはしばらくうーん、とメトロノームのように首を振った後、「行こう」と言った。
「職員室でも何か有用なものはあるかもしれないの。それに、職員室のパソコンにだったら首輪の情報があるかもしれないし」
「なるほどな」

 『解除』する気はさらさらないくせに、と聖は心中で笑う。そういえば学生の頃の職員室は、机の中に生徒からの没収品やら先生の私物やらでいっぱいだったな、などと思い出す。ひょっとしたらその中にまともなものがあるかもしれない。行く価値はありそうだ。
「ではまず職員室に向かおう。アレはその後だな?」
 アレ、とはもちろん硝酸アンモニウムのことだ。理科室は学校を見て回るうちに二階にあると分かっていたので、聖とことみはそのまま階段を下りて職員室まで向かった。

     *     *     *

「これは……ひどいな」
 職員室へ向かった聖とことみが目にしたのは、凄惨な殺戮の残り香だった。
 室内は滅茶苦茶に荒らされており、激しい戦闘があったことが窺える。プリントが散乱し、花瓶が割れ、机に激しい傷がつき――学級崩壊ならぬ、職員室崩壊と言えるような様相であった。

 それ以上に酷いのは部屋の中にあった二つの死体だ。
 一人は首を鋭利な刃物で掻き切られ、目は驚愕に見開かれている。自身の死を理解できないまま倒れてしまったのだろうが、今も呼吸を求めているかのように開かれた口が、ただただ痛ましい。
 もう一人のほうは胸部に釘のようなものを打ち込まれ、それが死因となって倒れたようだった。先程の少女と違い、心臓に直接釘が打ち込まれていることで即死になり、苦しまずに死ねたのはせめてもの救いかもしれないが……何も、こんな年端のいかない子供を殺すこともないだろうに、と聖は怒りを感じていた。

「先生……」
 ことみのほうを見ると、彼女は今にも吐き出しそうに口元を押さえ時々おえっ、と呻いていた。聖は学生の頃に研修で死体の解剖を行ったことがあるからある程度の耐性はあったが、当然普通の女の子であることみにそんなものがあるわけがない。聖は職員室の隅にあった毛布を持ってきて、二人を優しく包み込むように被せた。
「済まんな、生憎墓を掘ってやれるだけの力がない。これで勘弁してくれ」
 聖が毛布の前で手を合わせるとことみも相変わらず涙目で気分の悪そうなまま一緒に手を合わせた。後で保健室に寄るべきだな、と聖は思った。

 一通り供養を済ませて後、職員室を探すかどうかことみに尋ねるが、相変わらず彼女は気分が悪そうなままで「これだけめちゃくちゃだとどうしよーもありまへん、さっさといきまひょ」と何がなにやらの口調で探索は諦めるように言ってきた。
「そうだな、その方がいい……ん?」
 物陰にあって分かり辛かったのだが、何か携帯電話のようなものが落ちているのに聖は気付いた。
「これは……」
 拾い上げてパチンと開いてみる。なんということはない、普通の携帯電話だ。機能を確認する限り通話も可能なようだが……
「……ふむ」

 試しに、自宅である霧島診療所に電話をしてみる。しかしプルルルル、という音すらすることなく無音が残るだけだった。
 続いて110番、119番、果ては177番まで試してみたが、全て結果は同じ。使えるのだか使えないのだか分かりゃしない。
「全部ダメだった?」
 聖は黙って頷いた後「どう思う?」と尋ねる。ことみはまだ気分の悪そうな顔のまま、視線を上に向けて何か考えるような表情をしたあと、「今から言う電話番号を押してみて」と言った。
 何か分かったのだろうかと思いながらも言われた通りに、ことみの言った電話番号を押してみる。すると――

『ピリリリリッ!!!』

「何だっ!?」
 いきなり職員室に鳴り響く警告音のようなもの。何かまずいことでもしてしまったのだろうかと狼狽する聖を尻目に、ことみがつかつかと歩いていき、警告音を発していたものを取る。
「『もーしもーしかめよーかめさんよー』」
「……」
 耳元から聞こえてくる能天気な声。もちろんことみが瞬間移動してきたとか、そんなわけはない。そう、この声は携帯電話から聞こえてきていた。

「『思った通りなの、おーばー』」
「『どういう事だ、オーバー』」
「『さっき言った番号はこの電話に書かれてあった学校の電話番号。おーばー』」
「『……つまり、この携帯は島の中の施設にある電話にしか通じない、という事か? オーバー』」
「『Exactly(そうでございます)。先生、インターネットには繋げる? おーばー』」
「『一応な。ということは、これも……オーバー』」
「『ローカルなネットワークにしか繋げない。例えば、この学校のホームページとか。おーばー』」
「『……電話専用、と考えた方がいいな。オーバー』」
「『でも、連絡をとるだけならかなり使えそうなの。おーばー』」

 そろそろ飽きてきた聖が携帯の通話ボタンを切ってポケットに仕舞う。ことみは少々残念そうな顔をしたがすぐに受話器を置いて聖の元へ戻ってきた。
「だとすると、分かれて探索していてもある程度連絡は出来るな。ある意味では収穫だ」
「電話がある施設にいることが重要だけど。それに……」
 ことみが首輪をとんとん、と叩く。なるほど、盗聴も考えられるか。一旦分解して中身を調べられればいいんだが、と聖は考えるが生憎聖は医者、ことみがいくら頭がいいとは言えそこまでの知識があるとは思えない。結局TPOをわきまえて使わないとダメらしい。

 霧島聖様、今月の通話料ですが10万6500円となっておりまして……いやはや。

「さて、次はアレだが……ことみ君、気分は大丈夫か?」
「……ぼちぼちですわ」
 言われた途端、ぶり返してきたのか電話では饒舌だったことみが再び顔色を悪くしていく。やれやれ、保健室に直行だな。
「無理はするな。保健室に向かうぞ」
 あいあいさー、と力なく敬礼をすることみを連れて、聖は保健室へ向かうことになった。

     *     *     *

 火事場の馬鹿力、とはこの事を言うのだろうかと折原浩平は思った。
 身体がやけに軽く、足はまるでずっと回り続ける風車のように動き続けている。
 痛いはずなのに。息はもうとっくに切れているはずなのに。
 実際、もう脳だけは疲れただのもう限界だの情けないシグナルを出していた。それに走っていると言っても人から見ればフラフラのヨレヨレのまったく格好悪い姿なのだろう。そんな自分を想像してか、浩平はへへへ、と笑った。

「おい藤林、まだ起きてるか!」
 さっきから黙っているばかりでぐったりとしている、背中の藤林杏へと向けて声をかける。
 しかし返事らしい返事はなく時折苦しそうに呻く声が聞こえてくるだけだった。意識があるのかどうかすら怪しいと言わざるを得ない。
「くそっ、参ったな……うおっ!?」

 余所見していた罰でも当たったのだろうか、前に出した右足が地面を捉える感触がなくなったかと思ったときには、浩平は急な傾斜を転がり落ちていた。
 ガツンガツンと小石らしきものが体中にぶつかり、塵や泥が服を汚す。だが男の意地か反射的にとった行動かは分からないが、しっかりと杏の身体を守るように抱きかかえていたお陰で杏自身に新しい怪我などはないようだった。
 ようやく石がぶつかる感触がなくなり、転がっていた身体の動きが止まる。そのまま浩平は夢の中のお花畑に直行して酒盛りしたい気分に駆られたが、そうしたら杏が本当のお花畑に連れて行かれてしまう。迫り来る死神から王女様を救い出せるのは、浩平しかいないのだ。
 とんでもないじゃじゃ馬だけどな、と心の中で言って浩平はまた立ち上がり杏を背負い直す。まだ地球の引力には負けないくらいの体力は残っていたらしい。
 加えて坂を転がったことが結果的に近道になったらしく、すぐ目の前には鎌石村小中学校の威圧的な校舎が構えていた。

 へへへ、とまた浩平は笑った。
 面白くなってきやがった。
 忘れずにデイパックも持ってからまた走り出す。
 こんな切羽詰った状況にも関わらず、浩平はいつも住井と悪だくみをしている時のような爽快感を得ていた。
 普段ものぐさ太郎で本気で運動することもなかった自分が、今こんなにも一生懸命に走っている。そうだ、小学校初めての運動会、その徒競走に参加するピカピカの一年生のように。

「絶対に死なせやしないからなっ、覚悟しとけよ杏さんよ!」
 校舎に入っていく寸前、ずり落ちそうになった杏を抱え直しながら、浩平は大きな声で言った。

「……さて」
 宣言してしまった以上絶対に保健室まで連れて行かねばならない義務を抱えてしまったわけだが。
「右か左か」
 昇降口を抜けたすぐ後には、左右へと長く広がる廊下が続いていた。昼間だというのになお薄暗く、木製の床とコンクリートの壁、そして傷のついたガラス窓はその不気味さを際立たせている。だが今はそんなものに怖気づいている暇はない。
「せっかくだから、オレはこの左の道を選ぶぜ」

 特に理由もなく勘に任せて、浩平は無遠慮に校舎に土をばら撒きながら走る。プレートに注意しながら。『保健室』の文字を見逃さぬように。
 50%の宝くじ。果たして当たるかどうか……
 つつっ、と浩平の頬に何か生暖かいものが流れ落ちる。何かと思ったが、血だった。どうやら転げまわった際どこか怪我してしまったらしい。
 意識を逸らしかけたところでそうしてる場合じゃないことに気付き上を見上げたとき、『保健室』の文字が目に飛び込んできた。
「あったっ!」
 すぐさま扉に張り付き思い切りドアを開け放とうとして――先にドアが開いた。目の前に立っていたのは……
「なっ」

 何やら爪のようなものを手にはめた白衣の女性だった。
 先客――!? それも、ゲームに『乗っている』!?
 浩平が慌てて飛び退こうとしたとき、浩平の惨状を見た女性――霧島聖はすぐに爪を外して浩平へと寄ってきた。
「酷い怪我だな……どうした、治療でもお望みか」

 聖の言葉に少し戸惑った浩平ではあったが、躊躇している暇などないことは分かっていたのですぐに返事する。
「あ、ああ! すごい怪我人がいるんだ! 頼む、治療させてくれっ!」
「なるほど、そうか。少年は運が良かったな」
 聖はそう言うと背中にいた杏をひょいとお姫様抱っこの要領で拾い上げると、ニヤリと笑って言った。
「私は、医者だ。それもとびっきりのな」

     *     *     *

「あちこちに銃創を負ったまま森の中を走ってきた? まったく、感染症になっても知らんぞ」
 血だらけになった杏の顔を拭いながら、聖は呆れたような声を上げた。浩平もまた自分で汚れた部分を拭いながら聖に反論する。
「そうは言いますけどね。凶悪殺人犯から逃げるためには仕方なかったんだ」
「その、凶悪殺人犯と言うのは?」
「名前は分からない。丁度聖さんのような長髪の黒髪で、変な生き物に乗って刀とマシンガンを振り回してました」
「ふむ、心当たりはない、が……」

 聖はそう言いながら包帯と鋏、消毒液を浩平に投げて寄越す。
「治療は自分でしろ。私はこっちの方を手当てしなければならないのでな。ああ、ついでに外でやってくれ」
 器用に空中で受け取りながら、浩平は疑問を口にする。
「一緒にいてちゃいけませんか?」
 しかし聖はゆっくりと首を横に振った上で窘めるように笑いながら言った。
「君はそんなにこの子の裸を見たいのか?」
 しばらくその言葉の意味が理解できなかった浩平だが、やがてその意味に気付くと「す、すいません」と慌てるようにして席を立った。

 浩平が出て行く直前、聖が言葉をかける。
「もう少ししたら私の連れが帰ってくるから説明を頼むぞ。それと……治療は長丁場になる」
 ドキリとしたように身を震わせた浩平だが、「……杏を頼みます」と一言残して保健室の外へと出て行った。

 扉を閉めた後、浩平は近くの壁に背を預けるように座り込んだ後、治療を開始する。割とこういうことに関しては慣れていたため比較的早めに終わった。
「やれやれ、今まで以上に包帯だらけだな」
 ほぼ全身にわたって巻かれている包帯を見ながら浩平は苦笑する。苦笑した途端、今まで感じなかった痛みがぶり返してきた。切り裂かれたような、鈍器で殴られたような、引き攣るような、沁みるような……痛みの種類が一緒くたになって押し寄せてきたような感じだ。

 もう動きたくない、と思いながら、浩平はそう言えば杏のことを名前で呼んでいたな、ということをふと思い出した。
「まっ、いいか」
 それよりも今は横になりたい。埃だらけであまり衛生環境上よろしくない床に寝転がりながら目を閉じようとしたとき、廊下の向こうから二本の肌色の電柱がやってくるのに気付いた。

「うおっ、妖怪肌電柱かっ!」
 妖怪ミイラ男が声を上げて飛び起きたところ、果たしてそれは妖怪ではなかった。
 霧島聖の連れであり日々絶望的につまらない駄洒落を開発することに暇が無い天才少女、一ノ瀬ことみが、なんか用かい? とでも言うように首を傾けたあと、「でんちゅう?」と言った。
「あ、いや、それは……」
 うーん、とことみは何か考えるような仕草をすると、急に思い出したようにぽんと手を打った。

「殿ー殿ー! 殿中でござる、殿中でござるー」
「惜しいけど違う」
「新種のポケモン?」
「それはデンリュウ」
「……いじめっ子?」
「いやいやいや、その結論はおかしい」
「ところで、誰?」

 びっ、と寝たままの浩平を指差して本来一番最初に尋ねるべきことをようやく訊いてきた。浩平は寝転がったまま、答える。
「新種のポケモン」
「そうなんだ……はじめまして。私は一ノ瀬ことみです。趣味は読書です。もし良かったらお友達になってくれると嬉しいです」
「いやいや、そこは納得するなよ……」
 見事にボケをスルーされた件について若干の哀愁を覚えながらも浩平は身を起こし、頭を下げて自己紹介する。
「折原浩平です。趣味は乙女志望の女の子に悪戯することです。よろしく」
 手を差し出す浩平だが、ことみは困ったような表情になって、言った。

「ロリコン?」
「なんでそうなるんだっ!」
 嘗ての高槻と同じ扱いをされたことに怒りを露にしながら詰め寄った。ことみは半べそになりながら答える。
「えぇ、だって女の子に悪戯って……」
 それはエロゲのやりすぎですぜお嬢さん、と言いたくなるのを堪え、努めて冷静にことみの肩を持つ。
「悪戯と言ってもだな、枝毛を引っこ抜いてやったり寝ている間に額に『肉』と書いてやったりとかそういう類の悪戯だよ。お分かり? オレは紳士的な悪戯師なんだ」
 ことみはまたしばらく困ったような表情になって、言った。

「変態という名の紳士?」
 殴ってもいいですか師匠。
 ユーモア精神をクソほども理解できてない目の前の一ノ瀬さんちのことみちゃんを矯正してやろうかと思ったが、また全身が痛み始めてきたので、やめた。
「すいませんでした。オレは至って普通の男子高校生です」
「そうなんだ……」
 素直に納得してくれた。よかった、変態やロリコンにならずに済んだ、と何故か浩平は安堵していた。

「こんなところで何してるの?」
 長い長い自己紹介が終わり、次にことみが話題にしたのは保健室という休憩所があるにも関わらず座り込んでいる浩平についてだった。
「……ちょっと、仲間を治療しててもらっててな。あんた、聖さんの連れだろ?」
「先生とお友達?」
 まあそんなところだ、と浩平は答え心配そうに保健室の中を見た。

「今は集中治療中でな。一般の方は入場禁止だそうだ」
「そんなに酷いの?」
「ああ、何しろ全身に銃弾を喰らったからな……そういや、あんた杏と同じ服だな。ひょっとして同じ学校か?」
 浩平が杏の名前を口に出した瞬間、ことみが驚愕したように目を見開く。
「杏……ちゃん?」
「ん? 知り合いだったのか……って、おいことみ!?」

 保健室の扉を開けようとすることみを、痛む体で必死に抑える浩平。
「話聞いてなかったのかよっ、入室禁止だって言ったはずだぞ!」
「だって、杏ちゃんが、杏ちゃんがっ!」
 狂乱した表情のことみに浩平は驚きながらも、懸命に力を振り絞って扉から引き剥がす。
「オレだってついててやりたいのは山々なんだよっ! でも聖さんの邪魔になっちまうかもしれないだろ!」

 引き剥がされたことみが、今度は浩平に向かってキッとした表情を向ける。先程のボケ倒しからは想像もできないような険しい表情だった。
「誰……? 杏ちゃんをこんなにしたのは……どんなわるもの!?」
 違う。それは既に『憎悪』に塗り変わっていた。それほどまでに大切な友達だったのだろうかと浩平は考えるが、まずはことみを落ち着かせるべきだった。
「落ち着けっ、まだ杏は死んだわけじゃない。聖さんが治療を終えるまで待てよ! お前も聖さんの連れなら分かるだろ、あの人が腕のいい医者だ、って」
「先生……」
「そうだ、説明なら後でゆっくりしてやる。だから今はそんなピリピリすんなよ……杏の無事を祈ろうぜ」
「……うん、分かったの。……ごめんなさい」

 浩平の説得を受けたことみが、ゆっくりと息を吐き出して徐々に元の雰囲気を取り戻していく。まるで子供みたいな感情の変化だった。
(わるもの、なんて言ってるあたり、あながち間違いじゃないのかもしれないな……骨が折れそうだ)
 文字通りの体の軋みを未だに感じながら、浩平は扉の横で座り込んでいたことみの横に座る。何とも言えない徒労感が、そこにあった。
 ほぅ、と一つため息をついて浩平は顔を俯けていることみに話しかけてみる。

「杏とは、仲が良かったのか?」
「うん。大切な……とってもとっても大切な、お友達。渚ちゃんも、椋ちゃんも、朋也くんも」
 残りの三人の名前は浩平は知らなかったが、恐らく杏と同様の友人だろう。友人と言えば瑞佳や七瀬は無事なんだろうか、とも思ったが今は取り合えずその思いを打ち消して話を続ける。

「そうか……聖さんによれば長丁場、らしいけどさ、きっと大丈夫だって。それにあいつ、熊でも倒せそうなくらいファイティングスピリッツに溢れてるしな」
 浩平が辞書投げのモノマネをすると、ことみも少しだけ笑った。
「うん、杏ちゃんならきっと世界の頂点も狙えそうなの。ツッコミも上手だし。私はまだまだ修行中なの」
 なんでやねん、とツッコミの真似事をすることみ。修行してもことみはいつまで経ってもボケの王者じゃないのか、と浩平は思ったがそれには言及しないことにした。涙ぐましい努力は続けてこそである。
 ならばオレがツッコミの奥義を教えてやろう、と言おうとしたとき、ガラガラという音と共に満足そうな表情の聖が顔を出した。

「先生!」「聖さん!」
 即座に詰め寄ってくる二人を「はいはい落ち着きたまえ」と軽くあしらった後、聖は保健室の中を見せる。そこには苦しげな表情で眠っている杏の姿があった。
「見ての通り、取り合えず命は無事だ。ただもう少ししないと目を覚まさないだろうがな。それと……うなされてもいるが。今は君達が近くに居てやったほうがいいだろう。がその前に、折原君の話を聞かせてもらうぞ。拒否はしないだろうな」
 どこからか取り出したメスの刃がギラリと光るのを見て「滅相もない」とカクカク頷く浩平に「ならよし」と保健室に入っていく聖とそれに続くことみ。
 まあ何はともあれ、まずは杏の命が無事で良かった、と思う浩平であった。

「……待てよ?」
 何かを忘れているような気がする。何か一つ、足りないような気が……
 浩平はデイパックの中を漁ってみる。それでようやく、彼は重大な事実に気付いた。
「あーーーーーーーーーーーーっ!」

     *     *     *

「ぷひ……」
 てこてこと所在なさげに動き回っているのはご存知杏のペットでありポテトのライバルであるボタン。悲しいことに、彼(?)は浩平が斜面を滑り落ちた際、誤ってデイパックからおむすびころりんのように出てきてしまい、見事にご主人たちと離れ離れになってしまったのである。
「ぷひ〜」
 しばらくは悲しげな表情をしていたボタンであるが、やがて何かを決意したような表情になるとててて、とどこかへと駆け出していった。
 目的はただ一つ。愛するご主人様を草の根分けてでも探し出すことである。

 ここに大長編スペクタクル連ドラ、『杏を訪ねて三千里』が誕生することになろうとは、一体誰が予想できたであろうか?


 続く!




【時間:二日目午後13:00】
【場所:D-6】

霧島聖
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式(保健室でいくらか補給)、乾パン、カロリーメイト数個、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)】
【状態:爆弾の材料を探す。まずは学校で硝酸アンモニウムを見つける】
一ノ瀬ことみ
【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯】
【状態:爆弾の材料を探す。杏ちゃんが心配。まずは学校で硝酸アンモニウムを見つける】
折原浩平
【所持品:包丁、フラッシュメモリ、七海の支給品一式】
【状態:打ち身、切り傷など多数(また悪化。ズキズキ痛む)。両手に怪我(治療済み)。杏の様子を見てから行動を決める。しまった!ボタンをわすれた!】

藤林杏
【所持品1:携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ほか支給品一式】
【所持品2:スコップ、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々】
【状態:重傷(処置は完了。回復までにはかなり時間がかかる)。うなされながら睡眠中】


【時間:二日目午前12:00】
【場所:C-6】

ボタン
【状態:杏を探して旅に出た】

【その他:ことみの気分の悪さは浩平が学校にたどり着いたときには解消されてます】
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