蜜に誘われる蜂たち




「――さて、一応これで準備は完了だな」
 ぱたぱたと手についた埃を払いつつ、坂上智代は満足げに罠が張り巡らされた鎌石村役場2階の風景を見ながら笑った。

 朝早くから設置に取り組んだお陰で仕掛けた罠の数は10個を下らない。
 つっかえ棒を外すとロッカーが倒れる、床の紐に引っかかると紙の束が大量に落下してくる、紐を切ると画鋲が雨あられと飛ぶ……等々単純だがそれなりに効果のありそうなものばかりだ。
 これも発案者の里村茜のアイデア様々であるのだが……その種類の豊富さからどんな日常を過ごしてきたのだろう、とも思わずにもいられなかった。

「お疲れ様です」
 そんなことを考えていると、当の本人である茜が机の下からのそのそと這い出てくる。埃っぽい所を移動してきたためか同性の智代でさえ認めるくらいの可愛らしい顔は少々汚れているようだった。

「そっちも終わったか?」
「ええ。それにしても随分時間がかかってしまいました」

 作業着についた埃を同じく払いつつ室内の隅に申し訳程度に置かれている、いかにも安っぽい時計を見ながらため息をつく。既に時刻は一時を回っていた。あるいはこの時計自身がどこかずれていて、ひょっとしたらそれ以上の時間が経っているかもしれない。
「そう言うな。それだけの備えはしたんだ……というか、もうそろそろ指定された時間じゃないのか?」
 あのパソコンの『岡崎朋也』曰く14時が集合時間だ。もうそろそろ誰かしらが来ていてもおかしくはない。

「ですね。休憩がてら見に行きましょうか。喉も渇きましたし」
 言われてみれば確かに智代も喉は渇いている。それだけ作業に没頭していたということでもあるのだが。
「そうだな。ひょっとしたらお茶っ葉の一つや二つあるかもしれない」
「智代は日本茶派ですか」
「いや、別に紅茶も好きだが……味気のない水よりはそっちの方がいいと思っただけだ」
「そうですか……私はどちらかと言えば紅茶の方が好きです。どうも、あの渋みは」
「ああ、その気持ちは分からなくもない――」

 軽く雑談をしながら扉を開け、階段を下って行こうとしたとき、智代の鼻が以前とは違うものを察知した。
 ぴたりと歩みを止めた智代に茜が不思議そうな表情をする。

「どうしました?」
「なんか……甘い匂いがしないか」
 言われた茜がくんくんと匂いを嗅いでみる。確かに、食欲をそそるような香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。
「言われてみれば……」
 しかもこれは、紛うことなき紅茶(噂をすればなんとやらですね)の匂いだ。よくもまあ察知できたものだ、と茜は感心する。
 ほぼ間違いなく自分たち以外の人間がここに来ている。ここに全自動紅茶製造機でもあれば話は別になるが……そんなものを見た覚えもない。

「……さて、どうする?」
 出てきた扉に背をもたれさせながら智代がこのまま下りていくかどうか逡巡する。
「こんなところで紅茶を淹れているような人間なら、どんな人柄か容易に想像は出来るんじゃないですか」
 茜が下りていくように提案するが、「そうは言うがな」と智代は反論する。
「私達同様の罠かもしれないぞ。匂いでおびき寄せて後は一網打尽……というわけだ」
 まさか。動物か何かじゃあるまいし……と言いかけて、今まさに自分たちが飲み物を求めていることを思い出した茜はそう言い出せなかった。

「ではどうするのですか」
「まあ妥当なところで警戒しながら紅茶を淹れている部屋まで向かう、でいいんじゃないか。特に、物陰に警戒しながらな」
 茜は頷く。ここが室内である以上死角からの襲撃があってもなんらおかしくは無い。乗っている人間にとっては指定された時間などどうでもいいのだから。
「万が一襲われたらすぐに2階に撤退、おびき寄せる……それでいいな?」
「ええ。でなければ時間をかけて設置した意味がないですから」
「……よし、私が先頭になろう。行くぞ」

 投擲用のペンチを握り締めて智代が階段への一歩目を踏み出す。どのくらい昔に建てられたものだろうか、年月が経って古くなったリノリウムの床が50キロにも満たない彼女らの体重に対しても悲鳴を上げる。その僅かな音でさえ、敵に気取られてしまうんじゃないだろうかと彼女らに危惧させるのには十分であった。
 普段なら数秒ほどで下りきってしまう階段を、たっぷりと時間をかけて1階に下り立つ。紅茶の匂いは、ますますその香りを強めていた。そんな癒しの匂いにさえ、二人の頬が緩むことはない。
 薄暗い物陰に最大限の気を配りながら一歩、また一歩と匂いの発信源へと近づいていく。その度に心臓の鼓動が少しずつ早くなっていくのが分かり、まるで発信機だ、と先を進む智代は思った。

 階段から応接間へと続く狭い廊下を抜け切った先に、客人用と思われる革製のソファに二人ほどの人が腰掛けているのを遠目ながら智代は発見した。
 間髪いれず、智代は身を縮めるように茜に指示する。
「二人ほど人影を確認した。誰かは分からないが……」
「私にも見えました。銃らしきものもあります」
 智代も頷く。しかも長さから判断するにアサルトライフルの類なのではないだろうか。詳しいことは知らないが、それが拳銃などより余程威力があり、より殺人に適しているということを知ってはいる。迂闊に近づくのは危険だった。

「さて、どう出ます?」
「どうにもこうにも……話し合いができればいいんだが……誰かが分からないことには」
 その一方で、もしゲームに『乗った』人物ならば銃を構えることも獲物を探すこともなくああして座っているのはいささかおかしい、とも考えていた。
 もう少し周囲に気を配ってもいいものだと思うが。
「まだ距離はあります。危険は承知ですが声をかけてみましょうか」

 相手からもこちらの様子はそうそう窺えそうにありませんし、と付け加えて茜は言った。少し逡巡する智代だったが、いつまでも隠れているわけにもいかない。
 分かった、と返事をして智代は大きく深呼吸をした。
「そこに腰掛けている二人! ちょっといいか!?」

     *     *     *

 自分たちの背後からかけられた大声に、相楽美佐枝は驚愕し、また同時に「しまった」と思わずにはいられなかった。
 いつの間にか背後を取られていた。
 それは文字通り敵に隙だらけの背中を見せることであり、殺してくださいと言っているようなものだったからだ。

「誰っ!?」
 素早く立ち上がり、肩にかけていた89式小銃を声のした方角へと向ける。しかし声だけでは正確に相手の位置を押さえることができない。銃口は、大きく左右にブレていた。
「愛佳ちゃん! 後ろに!」
「え、あ、ははは、はひっ!」
 美佐枝同様予想もしていなかった方向から声をかけられ混乱していた小牧愛佳だったがわたわたとしながらも後ろへ、相手との距離を取るように下がる。

「待て! まずは私達の話を聞いて欲しい!」
 一瞬、どこかで聞いたような声だ、と美佐枝は思ったがすぐに今の状況が油断するべきものではないと思い直し威圧するかのような声で返答する。

「その前に姿を見せてもらうわよ。こっちも正体不明の相手と会話できるほど余裕はないからね」
「ならそちらも銃を下ろす……とまではいかなくても上に向けて欲しい。銃を向けられたまま話し合いはできない」
 言われた美佐枝は確かにそうだ、とは思ったが完全に信用するわけにもいかない。迷った挙句自分が妥協できる範囲まで、銃を上方に向けた。
 ちらりと愛佳の方を向くと、彼女はどうしたらいいのか、と美佐枝の指示を仰ぐように目を泳がせている。
「……とりあえず、上に向けて。けどすぐに向けられるようにしておいて」
「は、はい」
 恐る恐る、という調子でドラグノフを上方に向ける。それを確認してから「今度はそちらの番よ」と声をかけた。こちらと違って相手は自分たちの位置を把握していたのか声をかけるとすぐに立ち上がってこちらに歩いてきた。……が、相手方のその珍妙な格好に、美佐枝も愛佳も目を疑った。

「なんだ、聞いたことのある声だと思ったら美佐枝さんだったのか。良かった、こんなところで会えると」
「「……ぷっ」」

 いや、笑いを堪え切れなかった。歩いてきたのは作業着にヘルメットをかぶり、ペンチを持った坂上智代(色々相談を持ちかけられていた)と、もう一方は知らないが同じく作業着にヘルメット、そして釘打ち機を持った少女。
 どう見ても作業員のオッサンです、本当にありがとうございました。

「あははははっ! あなた、坂上さん!? どーしたのその格好、あっははは!」
 あまりにも場違い、というか普段とギャップのありすぎる格好に美佐枝は吹き出さずにはいられなかった。元が中々可愛いだけにその威力は大きい。
 美佐枝の背後では、同じく愛佳が隠れるようにしながらもくすくす笑っている。そんな美佐枝と愛佳を見た二人は。
「「帰る」」
 すたすたと廊下の奥へと歩いていこうとする二人を、未だ笑いながらも美佐枝が引き止める。
「ああごめんごめん。悪かったからいじけないでって。話があるんでしょ?」
 全然悪びれてない声だったがこんなことをしていても仕方ないと思ったのか、渋々という調子で二人が引き返してきた。その表情が複雑なのは気のせいではないだろう。

「なんか、もう……色々な意味で不貞寝したい気分だが……まずはお互い無事で良かった」
「……そうね。無事で良かった」
 知り合いがどういう形であれ無事なのを見ると心の底からホッとする。それは美佐枝の本心である。

「私達は知り合いだけど……互いの連れは紹介する必要があるわね。私は相楽美佐枝。坂上さんの通ってる学校の寮……っても男子寮だけどね。の寮母さんやってるの。よろしく」
 美佐枝が先陣を切るのに合わせて愛佳が出てきてぺこりと頭を下げる。
「小牧愛佳です。学校では委員長……じゃなくて副委員長をしてます。美佐枝さんには……色々と助けてもらってます」

「次は私だな。坂上智代だ。今はこんな格好をしているが学校ではごく普通の女の子で生徒会長だ。よろしくな」
 ごく普通の女の子、というところを大きく強調していたような気がしたが美佐枝も愛佳も何も言うことはなかった。流石にもう空気の読めないことはできないのであった。
「里村茜です。智代と同じく今はこんな格好ですが学校ではごく大人しい女の子です」
 二人とも今の格好は本意ではないのだろう。まあその辺の事情は問わないほうがいいのかも、と美佐枝は思うのであった。

「で、だ。本題に移りたいんだが……二人はあの書き込みを見てここまで来たのか」
 ええ、と美佐枝は頷く。とりあえずは岡崎のバカを叱ってやらねばならない。この話を知っているということは智代たちもあの書き込みをみたということだろう。
「相楽さんから見て、あれはどう思いましたか。あと、できれば愛佳も意見を聞かせて欲しいところです」
 茜の質問にそうね、と顎を持ち上げるようにしながら美佐枝は答える。

「アホ、としか言いようがないわね」
「あたしは、そこまでは思いませんでしたけど……あれじゃ、何を考えてるか分かんないような人まで呼んでしまうんじゃないかなあ、とは」
「ほぼ意見は同じか……」
 向こう側も同じような結論を出していたらしい。
「けど、岡崎ってあんな言葉遣いをするような人間じゃないんだけどね。使うにしてもあそこまで丁寧じゃなかった」
「美佐枝さんもそう思うか? 私もおかしいとは思っているんだが……本人でない確証が取れない以上、絶対嘘とも言い切れない。だから来てみたんだが」
「その岡崎朋也が、まだ来ていませんね」

 茜は視線を外の方に向ける。現在時刻からして発案者はもうそろそろ来てもいい時間のはずなのだが……一向に岡崎朋也らしい人物は姿を見せない。
「トラブってるか、あるいは……」
「あたしたちをおびき寄せるための……嘘、でしょうか」
 その可能性が、現状では一番高い。知り合いをおびき寄せて罠に嵌めるというのはあってもおかしくない。
「だから私達はそこを考えて乗った奴らが来てもいいように備えをしておいた。アイデアを出したのは茜だけどな」
「備え?」
 美佐枝が首をかしげる。1階はくまなく回ってみたがそんなものは見当たらなかった。
「2階に罠を仕掛けてあります。いざとなったらそっちに逃げて罠に引っ掛けます」
「いつの間に、そんなことを……?」
「まあ、朝の8時くらいからやってたからな。気付かなかったか? いや、気付いてたらこっち側に来てたか」
 そう言えば、2階に通じる階段があったような気がする。歩いているときに少し物音が聞こえてきたような気はしていたが……
「よくやるわねぇ……」
「備えあれば憂いなし、です」

 無表情のまま胸を張る茜に美佐枝は苦笑する。しかしこの島においてはそれくらい慎重であったほうがいいのかもしれない。まだ自分は認識が甘いのだろうか、と美佐枝は思わずにはいられない。なんだかんだいって本格的な銃撃戦を経験したわけじゃない。命のやりとりをしたわけじゃないのだ。
 以前もそうだった。気の緩みを来栖川芹香に窘められたし、柏木千鶴に何もする間もなく気絶させられた。
 自分よりも年下が頑張っているのに、しっかりしなきゃいけない、と美佐枝は思い直す。

 そうよ、あたしが責任を持って愛佳ちゃんを――

 美佐枝が心中で決意を新たにしようとした時、視界の隅、透明なガラスの向こうに何やら黒い塊を持った人間が立っていた。
 遠めなのでその表情までは分からないが、細身であるにも関わらずその人物には素人ですら理解できるほどの禍々しいモノを放っている。
 黒い塊が何であるかという結論を出す前に、美佐枝は「伏せて!」と叫んでいた。
 ぱらららら、という古いタイプライターを素早く叩くような音がガラスを破砕すると共に響いた。

     *     *     *

 十波由真と伊吹風子に止めを刺し損ねた七瀬彰は、二人に止めを刺すべく後を追ってもはやそれが建物として用を為していない、ホテル跡に足を踏み入れていた。
「これは……広いな」
 概観からある程度想像はしていたがいざ中に入ると相当な広さを持っていることが分かる。
 加えて、幾重にもフロアは存在する。隠れる場所など星の数ほどあるだろう。

 うんざりとしたように肩を竦めながら、彰はイングラムのマガジンを取り出し、新たに弾薬をセットする。
 だが悪いことばかりではなかった。先に殺害した岡崎朋也とみちるの所持品はかなり使えるもので、クラッカーはこけおどしや注意を引くために使えるし、そしてもう一方の戦利品である、M79グレネードランチャーは途轍もない『当たり』だ。
 どうやらデイパックの中身は一回も使用されていなかったらしく新品同様のM79の入ったケースが出てきた時には流石に目を疑った。イングラムの持ち主といい、どうして強力な武装を使おうとしないのだろうか、と彰は怒りを通り越して呆れるような気分にさえなったが、持ち主があの子供(みちる)だったのだとしたら使い方が分からなかった、あるいはそれが何かすら分からなかったのだとしたら一応納得はいく。

 とにかく、続けてこんな武装を手に入れられたのはかなりの幸運だ。M79は女子供にも扱えるように、という全く不必要な親切設計で、射程がやや短く、弾薬の威力も低く抑えてあるというカスタマイズが施されてはいたが、それでもそこらの銃よりは余程強力に違いなかった。
 弾薬は二種類あり爆発と共に破片を撒き散らす炸裂弾、そして爆発した周囲を燃やし尽くす火炎弾が用意されている。
 問題はそれぞれの弾数が10発ずつしかないことでありしかもM79は単発であることから連射が利かない。状況的に一対一でしか使えないだろう。せめて共同戦線をとってくれる人間がいればまだそれは改善できるのだが。
「仲間か……冬弥でもいればね」

 彰の親友。少々鈍感ではあるが頼りに出来る人間。今、彼はどうしているのだろう。
 既に恋人である森川由綺や友人である河島はるかを殺されている。自分と同じく復讐に、あるいは優勝目指して誰かを殺しまわっているかもしれない。ならば共に戦うことだって不可能ではないはずなのだが……会えないことには机上の理論でしかない。
 しばらくは、一人でやり続けるしかないだろう。

 視線を上へと戻し、彰は今倒すべき人間の姿を探し求めて歩く。薄暗く森の中に位置している故か殆ど日光の差していないホテルの中にはある種の不気味さが漂っており森から流れ込んでくる湿った空気が自然と彰の肌を震えさせる。
 幽霊でも出てくるんじゃないだろうか、と彰は自分が思ってもない事を考えているのに気付いて苦笑する。
「……ん」
 ふとロビーの奥、受付のさらに向こうに無数のパソコンが鎮座しているのが彰の目に留まる。
 恐らく以前、まだこのホテルが機能していたときに客室の管理に使っていたものだろう。朽ちてしまった今となっては使えるかどうか怪しいものだが……ダメ元でいじってみることにした。幸いにして、文学少年の彰にもそれの使い方くらいは分かる。

 受付を乗り越えてパソコンが設置されている部屋へと侵入し、早速手近にあったパソコンの一台にある電源へと手を伸ばす。
 カチッ、という音と共にパソコンの筐体が低く唸りを上げ始めた。
「驚いたな、まさか本当に使えるなんて」
 半ば期待していなかっただけにこれは嬉しい。電気はどこから供給されているのだろうという疑問も浮かばないではなかったが使えるならば最大限に利用する。どのサバイバル小説でも当たり前のことだ。
 OSが立ち上がると、すぐさま彰はこのホテルを管理するために使うデータの閲覧を始める。ひょっとすると殺し損ねた二人のいる部屋が分かるかもしれない、と思ったからだ。
 しかしそうそう都合よくはいかないのが現実というもので、データの中身は空……つまり、真っ白に消去されていた。というより、電源が入っていなかったのだからそんなことが出来るわけがなかったのである。

 これ以上は探っても無駄だと結論付けた彰は、他に有用なデータはないかとハードディスクの中身を漁り始める。すると、『アプリケーション』と銘打たれたフォルダの一角に何やら怪しい実行ファイルがあった。度々テレビなどで話題になる、あの巨大掲示板にそっくりなアイコンだった。
 実行してみるべきか? と一瞬迷ったがこのパソコンは自分のものではないし、壊れようがウィルスに感染しようが知ったこっちゃない。
 ダブルクリックしてアプリケーションを実行。するとやはり、あの巨大掲示板を模したものと思われるスレッド集が出てくる。
 とりあえず先に読み進めていくと、このアプリケーションは主催者が用意したということがまず始めに分かった。曰く、情報交換やらに利用してくれとの有難いお言葉だったが彰からすれば腹立たしい以外の何者でもない。澤倉美咲を奪った憎むべきゲームの開催者からの施しなど――

「……落ち着け七瀬彰。使えるものは最大限に利用するんだ。そうさ、美咲さんを取り戻すためなんだ、感情に流されるな」

 身体の底から込み上げてくるドス黒い感情を何とか押し留めるようにして彰は続きを読み進めていく。そしてスレッドの一角に、気になる情報を見つけた。
 何でも脱出のために皆で集まろうという趣旨の書き込みだった。
「馬鹿なのか、この人は……?」
 言っていることはもっともらしいがわざわざ場所を示したのではもしこの書き込みを悪意ある(そう、まさに自分のような)者が見たらどう思うだろうか?
 答えは決まっている。集まった人間を皆殺しにしてやろうという考えだ。ゲームに乗った人間からすれば敵が集団になるのは好ましい事態ではない。

 彰は腕組みをして考える。
 ただの馬鹿なのか、馬鹿を装い逆手に取った罠のどちらなのかを。

 当然、この書き込みを見て死体に群がるハイエナのように集まったところを襲ってやろうという人間はいるはず。しかしそれを計算して書き込んだのだとすれば逆に罠を張り巡らせて集まってきた人間全員を殺すことを計画しているかもしれない。そうならば火中の栗を拾うようなものだ。
 だが皆殺しを企んでいるのだとすれば同じくゲームに乗った人間を殺害するのはあまり意味が無い。ペースが鈍くなるばかりか下手を打てばゲームに乗ったもの同士で食い合うことになりかねない。頭のいい人間ならそれくらいすぐに思いつくはずだ。だとすると……

 彰は、パソコンの電源を切ってデイパックを抱え直し、指定された役場へと向かうことにした。
 あの二人のことは捨て置いてもいい。反撃もできなったのなら脅威にもなるまい、と結論付けたからだ。
「いいさ、書き込んだ奴の術中に嵌ってやるよ。小細工を仕組むなら……蹴散らすまでさ」
 今の彰にはイングラムとM79がある。この装備なら誰にだって負ける気はしない。人数を減らすことが重要だ。

     *     *     *

 それから山を下り、地図を見ながら辿り着いた役場、その中には既に四人の女が誰かを待っているようだった。
 書き込んだ奴の友人か、ただのお人好しか、それとも――
 いや、と彰は頭を振り思考を打ち消す。考えてもしょうがない。それよりも重要なのは……発見した。だから、
「殺す」
 彰がイングラムを構えたのと同時に、女の一人がこちらに気付く。気付かれたか、とは思ったが構うことはない。皆殺しだ。

 ぱらららら、という聞き慣れた音が響き渡ったのと女達が一斉に床に伏せたのはほぼ同時だった。
「ち……!」
 ガラスが派手に壊れ役場の壁に銃弾の傷を付けただけで、イングラムは一回たりとも命中していないようだった。舌打ちをしながら、彰はイングラムを構えたまま走り出す。こちらから宣戦布告したのだ、このまま逃がすわけにはいかない。

 ガラスの破片を踏み潰す音が、第二ラウンドの開始を告げていた。

     *     *     *

「……今の音は」
 藤井冬弥を殺されて以後、精神の全てを憎悪で塗り替えた七瀬留美は標的、篠塚弥生を探していつの間にか元いた鎌石村まで舞い戻ってきていた。
 その道中で耳にした、ぱらららら、というタイプライターを素早く叩くような音。種類は違えど、それは間違いなく冬弥の命を奪ったマシンガンの類であった。
「また、殺し合いが起こってるの?」
 冬弥の命を奪った殺し合い。冬弥の命を奪ったマシンガン。
「あんな連中が……あんな連中がいるから、藤井さんは……!」
 七瀬が弥生を殺すときに浮かべたのと同じ、悪鬼のように形相を変えて、七瀬はさらに進路を変えて銃声のした方向――即ち鎌石村役場――へと自転車を漕ぎ出した。
 目的はただ一つ。藤井冬弥を殺した『殺し合い』に乗った連中全員の、抹殺である。

 坂上智代。里村茜。相楽美佐枝。小牧愛佳。七瀬彰。七瀬留美。そして現在役場に向かっているイレギュラー、岸田洋一。
 宮沢有紀寧の放った悪意ある書き込みが、一人、また一人と、参加者達をアリジゴクのように巻き込んでゆく――




【時間:2日目13:50】
【場所:C-03 鎌石村役場】
相楽美佐枝
【持ち物1:包丁、食料いくつか、他支給品一式】
【所持品2:89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、他支給品一式(2人分)】
【状態:朋也を引き止める。千鶴が説得に応じなかった場合、殺害する。冬弥と出会えたら伝言を伝える。彰と交戦状態に】

小牧愛佳
【持ち物:ドラグノフ(7/10)、火炎放射器、缶詰数種類、他支給品一式】
【状態:朋也を引き止める。千鶴と出会えたら説得する。冬弥と出会えたら伝言を伝える。彰と交戦状態に】

坂上智代
【持ち物:手斧、ペンチ数本、ヘルメット、湯たんぽ、支給品一式】
【状態:作業着姿。罠の設置完了。彰と交戦状態に】

里村茜
【持ち物:フォーク、電動釘打ち機(15/15)、釘の予備(50本)、ヘルメット、湯たんぽ、支給品一式】
【状態:作業着姿。罠の設置完了。彰と交戦状態に】

七瀬留美
【所持品1:折りたたみ式自転車、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、H&K SMGU(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン】
【所持品2:支給品一式(3人分)】
【状態:弥生の殺害を狙う、邪魔する者も排除、激しい憎悪。役場で戦っている人間全員を抹殺】

七瀬彰
【所持品:イングラムM10(22/30)、イングラムの予備マガジン×7、M79グレネードランチャー、炸裂弾×10、火炎弾×10、クラッカー複数】
【状態:右腕負傷(かなり回復。痛みはほぼ無し)。マーダー。智代たちと交戦状態】

【その他:M79の射程は最大40メートル程。役場の2階には複数罠が仕掛けてあります。岸田洋一が現在役場に接近中(D-5のあたり)。】
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