心に翼がある、飛べるわけじゃないけど




水面にゆらゆらと揺れる太陽の、冗談のようにか細い光が、薄ら青く辺りを染め上げている。
暗く重い、どろりとした水の中。
黒と白の神像は、遥か神代に水底へと没した遺跡を護る番人のように、向かい合っていた。
立ち昇る泡沫が、ごぼりと音を立てた。



◆―――神尾観鈴


黒い機体、アヴ・カミュの動きが変わった。
変わった、ということしか理解できなかった。
それほどに唐突で、言ってみればひどく乱暴な、それは変化だった。
目の前の黒い巨神像がつい今しがたまでのそれと同一のものであるかどうかすら、
わたしには断言できなかった。
ウルトリィさんの身体を借りてわかったことだが、この巨神像には迷いや戸惑いや、
そういう人間らしい感情のようなものが確かに存在している。
そしてウルトリィさんは黒い機体をカミュ、妹と呼んだ。
ならばそこには同様に、人に近い心というものがあるはずだった。
事実、先ほどまでの動きにはそれが色濃く浮き出していた。
搭乗者である春夏さんと何があったのかはわからないけれど、昨夜の鋭敏な動作とはまるで違った、
呼吸の合わないちぐはぐな挙動。
それはウルトリィさんに、ひいては融けあっているわたしにもすぐに見て取れるようなものだった。
しかし今、この暗い水中で対峙する黒い機体からは、感情の類の一切が感じられない。
揺れ動く情動、そして搭乗する人間すらも黒一色で塗り潰したかのような、圧倒的な違和感。
それは、アヴ・カミュと呼ばれるものではない、別の何かであるように、私には感じられていた。

『ムツミ……、どうして……』
「むつみぃ……? なんや、それはっ!」

ウルトリィさんの呟くような声に、母が耳聡く反応する。
眼前に迫る恐怖から目を逸らす、格好の機会と感じたのだろう。
荒い語調の中に怯えが混じっている。
いつもの母らしい素直な逃避行動に、わたしはどこか安堵してしまう。
同時に、聞き流すことを許さない要素を含んだウルトリィさんの言葉の意味を、わたしは考える。
ムツミ、とは明らかに目の前の黒い機体を指して出た言葉だった。
融けた心を通して、ひどい狼狽と焦燥が伝わってくる。
カミュではなく、ムツミと呼ぶことの意味。
それがウルトリィさんにとっても予想外であり、そしておそらくは事態の悪化を意味していること。
背景を図り知ることはできないが、導き出される現実的な回答を予想することはできた。
即ち。

『簡単に言えば……私たちの、敵です』
「な、何やて……!?」

ウルトリィさんの簡潔すぎる返答に、今度は母が狼狽する番だった。
混乱と困惑。
わたしにはわかる。次に母が選ぶのは、思考放棄だ。
だけどそれを赦すだけの猶予は、おそらくない。
だから、そっと助け舟を出す。

『が、がお……あれは、カミュさんじゃない……の?』

一瞬の間。
感情の矛先を逸らされた母が激発しようとする思考の空白と、ウルトリィさんがわたしの考えを
読み取って次の言葉を紡ぎだそうとする間隙が重なった沈黙。
それを破ったのは、ウルトリィさんだった。

『……はい。あれは……あれは、ムツミと呼ばれるもの。既に私の妹ではありません。あれは―――』
「何や、おのれ何を言うて……」

母の語尾が濁る。
混乱した現実認識が、他者の強い言葉によって押し潰されようとしているのだろう。
それは紛れもなく母の弱さであったが、今に限ってはその方が助かる。
元来考えること、というよりそこに伴う精神的重圧を嫌う母は、重々しく放たれる言葉に
呆気なく認識を委ね、押し流されていく。
明確に設定された目標は、容易に逃避の対象へと摩り替わる。
母を突き動かすのは、常に目の前に用意された逃げ道だった。

『―――斃すべき、世界の敵です』

言葉が、道を作った。



◆―――ウルトリィ


敵、と言い放った。
同時に、そこに痛みを覚えた自分を恥じる。
大神を追う果てない旅の中、幾度も繰り返してきたことだった。
幾度も乗り越えてきた事態だった。

『説明している余裕は……ないようです』

輪廻の中、妹の身体が滅される光景を幾度も見てきた。
一度たりとも、目を逸らしたことはなかった。
私の身体を貫いて笑う妹の顔を、幾度も見てきた。
一度たりとも、怨んだこととてなかった。
それが大神の定めた輪廻、巡る輪の定めだった。

『―――』

ムツミの覚醒はあまりに唐突だった。
他に接触がなかった以上、契約者はカミュの操者だった女性だろう。
柚原春夏と名乗った女性。
朝方に呼ばれた名の中に、その娘の名があったと、晴子が笑っていた。
娘を亡くした母に、世界のすべてを否定する文言を紡がせるのは、きっと容易かったのだろうと思う。
―――フミルィル。
一時の仮初めでしかなかった愛し子との別れですら、身を切られるより遥かに辛く感じたのだから。
微かに甦る、もう戻れない遠い故郷の記憶を振り払う。

次々に展開されていくヌグィ・ソムクルと、その中心に浮かぶ黒い翼。
そこには最早、カミュの意識も、柚原春夏の意思も感じられない。
すべきことは理解していた。
心のどこかが傷ついて血が流れ出すのには、これまでもずっと堪えてきた。
今度もまた、同じように堪えるだけだった。
眼前、敵を見据える。

『ムツミは闇の術法を使います。まずは陽の光の下に』
「そない言うたかて……!」
『わ……黒いの、たくさん』

暗さに紛れて、闇の光球が飛ぶ。
避けきれなかった幾つかが体表面を掠めた。発せられる警告は無視。
元来、この身体に苦痛の概念はない。
痛覚に相当する信号を遮断しさえすれば、それで済んだ。
オンカミヤリューの身体、人としてのそれからは、随分とかけ離れた仕組み。
そんな、一瞬だけ浮かんだ感慨を噛み潰す。
トゥスクルの面々がいれば、と思う。
侍大将の槍は雷光のように間合いを詰め、敵を貫く。
歩兵衆の長たる青年ならば闇を恐れず突き進み、双剣を閃かせるに違いない。
エヴェンクルガの刀が立ち塞がるすべてを切り裂き、幼い少女と森の王が蹂躙する。
そして喪われた國の皇女の大太刀があらゆる闇を薙ぎ払い、切り伏せるだろう。
すべては夢想だった。
助けはおらず、力は及ばず、しかし敗れることは許されなかった。

『が、がお……見えない……』
「ボケカスがぁ……! やってくれるやないか……!」

観鈴と晴子の声に焦りが見えた。
考えろ、と自分に命じる。
この身体を宿り木とする小さな契約者と、不器用にそれを抱きしめる母親。
この世界にいる、沢山の母と子のひとつ。
守らねばならない。最早、母とはなれぬこの身を以って。

『―――晴子、まずは上に出ることだけを考えなさい』
「言われんでもやっとるわ、せやけど……!」

頭上、浮上を阻むように闇が遷移する。
と同時、水圧をものともせず、距離を詰めるように迫るムツミの姿が見えた。
大きな力に任せた、強引な機動。
何度も刃を交えてきた相手の、癖の変わらぬ動きだった。

『ラヤナ・ソムクル―――!』

暗い水の中、両手に光が灯る。
ムツミの動きは変わらない。
この程度の、練り込みの足りない術法では撃ち貫けぬと見抜かれていた。
構わない。狙いはムツミではなく、頭上を漂うヌグィ・ソムクル。
両手の光を投擲する。光は投網のように拡がり、闇に絡みつく。
光の網に触れた闇の球が、いちどきに弾けて消えた。
つい先刻、ムツミがやってみせたのとは正逆の方法。
光の術法による、闇の相殺だった。

『今です……!』
「わぁっとるわ……! 行くで、観鈴!」

頭上に展開する闇が消えると同時、加速を開始する。
しかし、

「クソッタレが……!」
『追いつかれる……』

既に充分な速度を得ていたムツミの影が、見る間に迫ってくる。
このままでは水面に出るより先に追い縋られるのは明白だった。
だがそれは当然、想定していた事態だ。

『晴子、観鈴、操縦と制御に集中しなさい』

確かに彼我の速度差は大きい。
空であれば、逃げ切るのは難しいだろう。
しかしここは水中。分は、私にあった。

『ヤムイ・ゥンカミ―――』

力ある言葉と共に、術法が発動する。
ご、と音が響いた。聴覚の拾う音ではない。
身体を直接揺さぶるような、震動を伴った音。
周囲を満たす膨大な量の水が、直接震えているのだった。
ムツミが急制動をかけるが、遅い。
水中に、突然渦が生まれた。渦は瞬く間に増え、集まり、巨大な竜巻となる。
水面から湖底までを結ぶ竜巻を格子と見立てた水の檻が、ムツミを囲む。
稼げる時間は、おそらく数瞬。だがそれだけの時間があれば充分だった。

『駆けなさい、光の下へ……!』

瞬間、白が視覚を覆い尽くす。
盛大な水柱をあげながら、私の身体は再び日輪の下へと戻っていた。



◆―――神尾晴子


一瞬だけ白く染まったモニターが、再び周囲の景色を映し出す。
台風に直撃でもされたかのような高波が荒れ狂う湖面と、一面に広がる空。遠くに見える木々。
どうやら水中からの脱出には成功したようだった。

「あいつは……やったんか!?」

白く泡立つ水面を見下ろしても、黒い機影は確認できない。
ほっと胸を撫で下ろそうとすると、声がした。

『……いいえ』

ウルトリィとかいう、胡散臭い機械だ。
正義感ぶる、仕切りたがる、おまけに観鈴の命を握っていると三拍子揃った、反吐の出るような声だった。
とはいえ、黒い機械のことについて詳しく知っているのは確かなようだから、無視するわけにもいかない。
思わず悪態をつきたくなるのをぐっと堪えて言葉を待つ。

『あんなものでムツミは倒れません。足止めが精々でしょう』
「……なら、決まりや。今の内にトンズラするで」

何だか知らないが、あの黒い機械はおかしい。
ウルトリィの言葉によれば「カミュ」から「ムツミ」に変わったらしいが、そんなことはどうでもいい。
確かなのは、さっきまでとは比べ物にならないほどの強さを発揮しだしたということだ。
培ってきた勘が告げている。
あのムツミとかいうものには、勝てない。
勝てないなら、逃げるだけだ。
だが、続くウルトリィの言葉は、控えめに言って驚くべきものだった。

『それはできません。ここで迎え撃ちます』
「何やて!?」

思わず聞き返す。
今、この機械はなんと言った? ……迎撃する?
アホか、と言おうとして、アホやない、こいつバカやと思い直す。
あり得ない。片腕を叩き落し、トドメを刺す寸前まで弱らせたにもかかわらず、一瞬で形勢を逆転されたのだ。
地力が違いすぎるのは明らかだった。

「抜かしぃや、勝ち目なんぞあれへんやろが!」
『……アマテラス』
「はぁ!?」
『アマテラスが解き放たれる前に、決着をつけなければなりません』

次から次へとわけのわからないことを言う機械だ、と苛立つ。
聞き覚えのある単語だが、今の状況とはまったく繋がらない。
一刻も早く逃げ出すべきだというのに、何を言い出すのか。

「アマテラスいうたら、こないだ打ち上げ成功したっちゅう衛星やないか、それがどないしてん!?」
『お母さん、天照って神様の名前……』
「やかましわ! 知るかボケ!」
『が、がお……』

余計なことを言う観鈴を、怒鳴って黙らせる。
空気の読めない子だった。
この調子だから友達もできない。
たまにできても心の病気のせいでろくなことにならない。
そんなことを考えて、余計に苛立ちが増す。

『いいえ、私が恐れているのは、おそらく晴子の言っている方のことでしょう』
「だからさっきから何を言うてんねや、おのれは!」
『天より降り来たる光―――アマテラス』

ウルトリィはうちの言葉を一向気にした様子もなく、ますますわけのわからないことを口走りはじめた。
もう相手にする気も起こらず、コンソールを蹴り飛ばす。
煙草があれば今すぐ火をつけて紫煙を吸い込みたかった。水割りがあればなおいい。
だが今、狭いコックピットの中には煙草もウイスキーもありはしなかった。
苛立ち紛れとばかりに、適当に怒鳴り返す。

「はぁそらエラいこっちゃな、レーザーやらミサイルやら、何や槍やら鉄砲やら降ってくんのかいな!」
『あなたの言うレーザーやミサイルというものが、國を焼き払い大地を焦土と化す光のことであれば……、
 その通りです、晴子』
「……あ?」

思わず間抜けな返事を返してしまった。
國を焼き払い、大地を焦土と化す?

「……何や、それ」
『言葉の通りです。……ムツミは破滅をもたらすもの。目覚めた世を焼き尽くし、次なる時へと渡るもの。
 アマテラスはその最も恐るべき力、この世を灰燼へと帰さしむるディネボクシリの炎です』

心なしか、声音がひどく冷たく感じた。
乾いた唇をひと舐めする。

「お、大袈裟なこと言いなや……うちビビらそ思ったかて、そうはいかんで……」
『この島を、十や二十並べたとして―――』
「……」
『それを焼け野原に変えるまでに、一刻とかからないと言えば、わかっていただけますか?』

黙り込む。
黙り込むしか、なかった。
この機械の言うことが本当かどうかなど、わからなかった。
わからなかったが、言い返せなかった。
そもそも、人型の機械に乗り、魔法のような力を使って戦っているところからして、夢物語に近かった。
見たこともない機械が何となく操縦できてしまうなど、それこそアニメの世界のご都合主義だった。
まして観鈴が一度死に、機械に魂が乗り移っているなどと、おおよそ現実とはかけ離れていた。

『―――神尾晴子。あなたは世界を護りたいと思いますか?』

信じたわけではなかった。
世界の破滅だの何だのと、唐突すぎて実感も何もなかった。
目の前には選択肢があって、タイムリミットは迫っていた。
イエスともノーとも、答えるのが嫌だった。
だから、口を開いた。

「知るかっ、ボケぇっ!」

何の衒いもない、素直な感情だった。
考えることが嫌だった。
従うのも嫌だった。
酒を呷りたかった。
暗い部屋の中で膝を抱えていたかった。
そんなこと、できはしないとわかっていた。

「世界? 知らんわ!
 破滅? 知らんわ!
 うちはうちのことしか知らん! 後はよう知らん!」

けど、それでも、

「せやけどな、売られた喧嘩は買うたるわ! 黒いのぶっ飛ばしたらええんやろが!
 それで何もかんもええんやろが! やったるわ、ボケがっ!」

言い放ったその瞬間、モニタに写る景色が変わった。
波打つ湖面を割るように、地獄の淵から亡者が這いずり出るように。
黒い機影が、浮かび上がろうとしていた。



◆―――ムツミ


お父様は仰った。
あらゆる命に試練を与えよと。
高みへと登る強さを見極めよと。
久遠の時を経ようともその言葉は揺るがず、私の中に響いている。

だから私は審判の鐘を鳴らす。
目覚めたその世に生きる命が、強くあるものかどうかを見極めるために。
試練を乗り越え、自らに生き続ける価値があるのだと示せるのかを確かめるために。
それがいかなる命であれ、それがいかなる世であれ、私には関わりない。
強き命が時を越え、いつかお父様の下に辿り着くその日まで、私は審判者であり続ける。

アマテラス。
姿を変え、形を変えて、私と共に時と世を渡り続ける浄化の炎。
今生のアマテラスは遥か天空に聳え立つ城塞だった。
遥か昔、私の生まれた世のそれに近いと、記憶を辿って思う。

と、目の前を光が奔る。
もう一人のお父様の眷属、白い翼の女が放つ光だった。
目障りだ、と思う。
この女とその共連れは、幾つもの世で私の審判を阻んできた。
今ではお父様と共にあるもう一人のお父様を追い求めて時を渡っているらしかったが、だからといって
私の審判の邪魔をされる謂れはなかった。
幾度かの妨害を受けて、今では最優先で排除すべき対象とみなすようになっていた。

だが、と思う。
今生では、どうやら試練を阻まれる恐れはなさそうだった。
女の他には、もう一人のお父様の眷属の気配は感じられなかった。
共連れが多ければ厄介な相手だが、女一人ならどうということはなかった。
巡り合わせが悪かった、否、私にとっては良かったと言うべきか。

幾つもの闇を、辺りにばら撒く。
これを越えるなら、更に倍の数を差し向けよう。
それを越えれば、更に倍。
最後には空を埋め尽くすほどの闇を与えよう。
それを縫って私の元に辿り着けるか否か、楽しむのも悪くない。
試練の雷光が降り注ぐまでにはまだ僅かな間を要するが、それまでに排除を完了するのは、
ひどく容易に思えた。

幾度目かに、闇を増やした。
白い翼の女は傷つき、それでもなお向かってこようとする。
浄化の炎が目覚めるまで、あと僅かだった。

最期の手向けとばかり、力の限りの闇を引き出す。
絶望を形にするような、それは漆黒の長城。
闇に包み込まれて墜ちゆく白い翼の女を思い描き、私は、


 ――― ヨ ヲ ウケイレヨ、ツバサ ノ モノ ヨ ―――



◆―――カミュ


目は見えず、耳も聞こえず、声も出せず、それでも足掻く。どこまでも抗う。
この身が何度滅びても、この心がどれほど磨り減っても、私は、私たちは抗い続ける。
これまでずっとそうしてきたように。
これからもずっと、そうしていくように。
無限とも、一瞬ともつかぬ時を置いて。

 ―――余を受け入れよ、翼の者よ!

色もなく、音もなく、翼もない世界の中。
唐突に響いた、それは声。
世界に抗わんとする者の、ただ強く在ろうとする声のように、感じた。
だから私は声に問う。

『あなたは、だあれ?』

問いに、

『―――余か?』

応えが、返る。

『余は、神奈備命―――誇り高き翼の民の裔、八百比丘尼が娘、神奈備命だ!』

名は告げられ、

『神奈備命―――あなたは、力がほしい?』

新たな問いが紡がれ、

『要らぬ!』

答えは響き、

『余は……余は、翼がほしい! この空を越えて、どこまでも飛べる翼が!』

言葉は続き、

『なら―――貸してあげる。カミュの翼、この空を越える翼を』

契約は、紡がれた。



◆―――再び、神尾観鈴


その隻腕の黒い機体は、残された片手を差し伸べていた。
つい一瞬前まで存在していた、無数の闇の光球も、わたしたちを押し潰そうとしていた黒い壁も、
まるでそんなものは最初からありはしなかったかのように、どこかへ消え去っていた。

無言が場を支配する。
母も、ウルトリィさんも言葉を失っていた。
光と闇と、波の飛沫と切り裂かれる風の音が支配していた戦場を突き崩す、それは冗談のような仕草だった。
わたしはといえば、差し出されたその手をじっと見つめていた。
その意図が掴めなかったからではない。

『観鈴、我が呪いを継ぐ、最後の子……!』

そんな言葉を黒い機体が発するよりも早く、わたしは気づいていた。
目の前にいるのは、あの白い翼の少女、神奈だ。

『共に行こう、空へ……!』

蒼天を独り飛ぶ、悲しい夢の少女。
その手をじっと見つめる。
共に行こうと差し出された手。
心寄せる者を殺す呪い。
独り飛ぶ空。

共に行こうと、差し出された手。

飛ぼう、と思う。
呪いよりも迅く。独り飛ぶ夢よりも高く。
どこか、この悲しみの届かない空へ。

ふたつのつばさで。




【時間:2日目午前11時すぎ】
【場所:静止軌道上、高度36000km】

アヴ・ウルトリィ=ミスズ
【状態:満身創痍】
神尾観鈴
【状態:異常なし】
神尾晴子
【状態:軽傷】

アヴ・カミュ=カンナ
【状態:カミュ回復】
神奈
【状態:アヴ・カミュと契約】
柚原春夏
【状態:意識不明】
ムツミ
【状態:遮断】
-


BACK