tales of memory/fairy tale of the two




 3人の心は、ずっと一つだった。

 始まりはあまりにも間抜けな形で、本当にここで殺し合いが行われているとは思えない程にその出会いは可笑しなものだった。
 遠野美凪と広瀬真希が、お米券の縁から共に料理を作り……その最中に闖入者とも言える北川潤が当たり前のように作った料理を食べようとして、広瀬にはたかれたのが最初の出来事。

 3人は赤の他人のはずだった。普通に一生を過ごしていれば、3人は出会わないはずだった。仮に出会ったとしても、それは道を歩いているときにたまたますれ違う通行人の一人くらいにしか認識されなかっただろう。
 この殺戮の場で出会ってしまったのはどちらかと言えば不幸なのには違いないだろうが、それでも『出会えて良かった』と3人が3人とも言うに違いない――最も、もうそれを確かめる術はないけれども――はずだ。
 それはどうしてかと言っても、明確に言える根拠はない。相性が良かっただけとも言えるし、あるいは力を持たぬ弱者の寄せ集まりに過ぎなかったのかもしれないが、とにかく、不思議なくらい3人は波長が合ったのだ。

 まるで旧来の親友のように3人は語り、行動し、助け合った。
 もうどのくらい前の話だろうか、――いや時間にすれば僅か数時間前の出来事なのであるが――そう、危うくホテル跡で保科智子と一触即発の事態になりかけたときだ。
 銃を向けられた北川に、広瀬は必死な表情で庇おうとした。北川もまた、彼女を庇うために前に躍り出た。まるで、母が子を守るかのように。
 結果として3人の誰一人として欠けることもなく、誤解も解けた訳であるが……あの時は、誰もが死を覚悟していた。そして、他の2人だけは何がなんでも守る、と全員が思っていたに違いなかった。
 危機的な状況が、3人の絆をより強固なものにしたのである。
 それは同時に、誰か一人でも欠ければ……あまりにも辛すぎる悲しみを生み出すことを、意味していた。

     *     *     *

 どうして、私だけ生き残ってしまったのでしょう……
 遠野美凪は、自分だけがのうのうと生き残ってしまったことに心が押し潰されそうな程の罪悪感を感じていた。
 北川潤に突き飛ばされ、命じられるがままに逃げてきたがどうしてそうしてしまったのだろうと彼女は思っていた。
 北川の言葉を無視してでも、あの場に残るべきだった。自らの命やCDの解析という目的など関係なく、自分は水瀬名雪という敵と戦わなければならなかったのに……
 北川の言葉も正しいのは分かっていた。自分の行動は、客観的に見れば恐らく間違ってはいないだろう。しかし、それでも……友を見捨てて逃げたという事実、見殺しにした事実には変わりなかった。

「私が……私が弱いから……北川さんを、広瀬さんを……」
 昔から自分は弱いままだった。母の病に立ち向かおうともせず、ずっと事態を先延ばしにするままで……そのうちに、これでいいとまで思うようになって。
 みちるがいなければ、自分は自分の名前すら忘れてしまったかもしれない。
 誰かに助けてもらわなければ、自分は自分でさえいられないのに……どうして、そんな自分だけが?

「…………みちる」
 未だ会えぬ、自分の心の欠片とも呼べる存在の名前を口に出す。みちるなら、どんな助言を与えてくれるだろうか? どんな言葉を与えてくれるのだろうか?
「また、私は……」
 無意識に助けを求めていることに気付き、そんな自分に憎しみさえ覚える。できるものなら、この喉笛を噛み千切ってしまいたくなるほどの。
「っ!?」

 自分を見失っていたせいだろうか、足元の石に躓き遺品であるデイパックを抱えたまま派手に地面に激突してしまう。
 故郷によく似た柔らかな草の匂いが、美凪の鼻腔を刺激する。幸いなことに、アスファルトでなかったのでそれほど擦りむくこともなく、怪我と呼べるほどの怪我を得るには至らなかった……が、それは美凪の意思を萎えさせてしまうのには十分であった。
「……北川さん、広瀬さん」
 美凪は知っている。北川と広瀬、気付いてはいなかったけれどもお互いに好意を持っていたことを。
 それにいち早く気付いていた美凪はそっと二人を見守っていくつもりだった。しかし、もうそれは叶わない出来事で……
「私が……あの時、私が死んでいれば……お二人は、あるいは助かったのかもしれないのに」
 今この場に北川と広瀬、どちらかでもいれば美凪の頬を引っ叩いただろう。しかしそれでも美凪は己に呪詛の言葉を吐かずにはいられなかった。
 まるで、自らに贖罪を課すかのように。

(美凪……)

 もうこのまま、何もせずに倒れていようか、死体のように動かないようにしようかと考えていた美凪の耳に、いや直接心に語りかけてくるような囁きが響いた。
(ダメだよ、こんなところで寝てちゃ。風邪、引いちゃうよ)
 それはハープのような、青空を思わせる澄んだ声。美凪にはその声の主の正体がすぐに分かった。
「みち……る?」
 自分のかけがえのない親友、いや半身とすら呼べる存在。まさかこの場にみちるが来ているのではないかと考えた美凪は即座に身体を起こして周りの様子を窺う。しかしみちるの姿はどこにも無く、相変わらずの静寂が美凪の周辺を包んでいるだけであった。

(ほら、こっちだよ)
「え……」
 にも関わらず、見えぬみちるの声がまたもや届く。それも、鬼ごっこをするときのような無邪気な調子で。
「みちる……? どこに……?」
 半ば困惑しながらもふらふらと立ち上がり、誘われるがままに千鳥足で声の元に歩み寄っていこうとする。
(こっちこっち〜)
 たんたん、と手を叩く音。この殺戮の島において、その音はあまりにも似つかわしくないものであるが不思議とその音色は心地よく聞こえる。

 最初は足取りもおぼつかなかったのに、美凪の足は少しずつ、少しずつしっかりとした歩き方になっていく。
「待って、みちる……!」
 走り出そうとしたところでふっ、と前方に見覚えのある、左右に長く振り分けられたツインテールの髪型が美凪の前に現れる。それは紛れもなく――みちるの後姿だった。しかしその姿は頼りなく、まるで波打ち際に立てられ今にも波で崩れてしまいそうな砂城のように……儚かった。
 美凪はそれにすぐに気付いたが、それよりも自分の半身に出会えたという驚きと喜びから気に留められなかった。ただ再会を喜び合いたかった。
 何か声をかけようと美凪は思った。複雑な言葉はいらない。お互いに名前を呼んで、抱きしめ合って、まずは無事を喜び合えばいいのだ。

 けれども美凪がそうする前に、みちるがくるりと振り向いて悲しげな、いや別れを惜しむかのような表情で言葉を紡ぐ。
(みちるは、ここまで)
「え……?」
 美凪が驚いたのは、その言葉にではない。どうして、そんな……今にも泣きそうな顔になっているのだろう。
(みちるが出来るのはここまでだから……あとは、美凪が頑張って)
「みちる……? それは、どういう……」
 美凪がその意味を尋ねようとしたとき、みちるの足元が透明になり始めているのが見て取れた。それが意味するもの。
 まさか――

(美凪ならきっとできるよ。だから諦めないで)
「そんな……今みちるまでいなくなったら、私は、私は……!」
(……泣かないで)
 自身の頬に水滴が伝っていることにさえ気付かない程、美凪は動揺していた。みちるに言われて初めて、美凪はそれに気付いたのだった。
 くす、とみちるが悪戯っぽく笑う。

(大丈夫。大丈夫だよ。だって、美凪は――自分の足で、ここまで歩いてこれたんだから)
「だいじょうぶなんかじゃ……みちるが、みちるがいたから、私はここまで……今だって、そうなのに、私が、一人で……歩けるわけ……北川さんと広瀬さんを殺してしまったのに、そんなことができるわけ無いのに!」
(みちるは、美凪の手を取ったり、引っ張ったりしてないよ。立ち上がれたのも、歩いてこれたのも……全部美凪の意思なんだよ。だから……泣かないで。笑っていて。そして……自分を責めないで。美凪が悲しいと……みちるも悲しい)
 美凪の視界は涙で霞んでいてよく認識できなかったのだが、みちるの身体はすでに上半身を残すのみとなっていた。声もどこか、先程より小さく聞こえる。

(飛べない翼にだって、意味はあるんだから)
「……!」
 その言葉に、美凪はハッとする。
 自分が長くその意味を問い続けてきた言葉。みちるには絶対明かさないはずだった言葉。みちるは、それに、いつから気付いていたのだろう?
 いや、と美凪は思う。
 とっくに答えなど出していたに違いない。気付くのを待っていたのだ。私が、自分の意思で答えを出す、その日まで。
 そして、ようやく……長い時間を経て、答えが、出た。
「……そうですね」

 自分は所詮、地に這いつくばっていくだけの飛べない鳥だ。それは格好悪くて、醜い生物かもしれないが……
 一生懸命に生きていくことは出来るはずだ。無理して飛び立つ必要など、どこにもないのだ。
「生き残ります、必ず」
 頼もしい助言をしてくれた親友の姿を目に焼き付けようと、涙を拭ってそれを見据える。幸運なことに、親友はまだ姿かたちを残していた。
 みちるが、安心したように笑う。
(頑張ってね、美凪)
 以前とはまた違う、大いなる海のような母性を携えた美凪の姿を嬉しそうに眺めながら……光と共に、みちるは、消えた。

(用事は済んだか)
(うん、待たせてごめんね。行こう、岡崎朋也)
(たく、らしくないこと言いやがって、チビのくせに)
(チビ言うなーっ!)
(ぐはっ!?)

 そんな会話の断片が……最後に、聞こえたような気がした。

「みちるは……もうお友達を持ってるのですね」
 微かに笑うと、美凪はずれかけていたデイパックを抱え直してまた新たな一歩を歩き出そうとした。
「……どなたか、いらっしゃるのですか」
 どうやら、まだ美凪の試練は終わっていないようだった。
 何者かがこちらを窺っている。
 今までの柔らかな表情から一変して、戦うのも辞さない険しい表情になっている。親友たちのため、そしてデイパックの中のCDのためにも……まだ死ぬわけにはいかないのだ。
 しかしこちらには武器の類がない。ばれないように牽制しつつ、逃げる方法を考えなければ――

「そちらに戦う気がなければ私も何もしません。私には、まだしなければいけないことが残っていますから」
 そう言いながら後ずさりを始めようとした時、様子を窺っていた主が「待て」といいながら姿を見せた。
「戦う気はない。少し様子がおかしかったように見えたからな」
 声の主――ルーシー・マリア・ミソラ――は、手に抱えていたウージーサブマシンガンを下ろすとゆっくりと美凪に近づいてきた。
 およそ日本人とは思えない真っ白い肌に、赤い瞳、色素の抜けた髪。僅かに汚れてはいたが、それはこの地獄においてもなお美しさを損なっていないように思える。

「……見ていらしたんですか」
「声が聞こえてきたんだ。誰かと話しているようだったが……来たときにはもういなかった。誰と話していた」
 それを説明するのは、いささか難しい――というより、信じてもらえないような気がしたので、適当に繕って言う。
「ここに住んでいらっしゃる自縛霊です」
 みちるが聞いたらさぞかし肩を落としただろう。ルーシーは胡散臭そうな表情をしていたが、深く訊いても無駄だと思ったのか、質問を変えた。

「じゃあ、この辺りで長髪の、制服の女を見なかったか」
「……私ですが」
 長髪。制服。確かに美凪のことには相違なかった。
「……済まない、情報が曖昧だった。名前を知っていればいいんだが……水瀬名雪という女だ」
「水瀬……?」

 その言葉を聞いた瞬間、美凪の脳裏にあの光景が思い出される。忘れるわけが無い。忌まわしい、あの光景を。
「知っているのか!?」
 美凪の表情に変化があったことから知っていると思ったのだろう。形相を変えて迫るルーシーに、美凪は「落ち着いてください」と言って肩を叩いた。
「まずは深呼吸です……はい、スー……ハー……」
「スー……ハー……」
 言われた通り深呼吸をするルーシー。何故か手を天に掲げるという珍妙なポーズだったが。

「では、お話しします……その方とは、先程交戦しました」
「何だって!? 本当か!?」
 再び形相を変えて迫るルーシー。深呼吸は意味がなかったようだ。

「……落ち着いてください」
「あ、ああ……悪い」
「私のお友達が、二人……その方に」
「……やられたのか」
 こくり、と頷く美凪に「くそっ」と地団駄を踏むルーシー。浅からぬ因縁が、彼女のほうにもあるらしい。
「うーへいや、澪だけじゃなく、他の奴にも……ん?」
 そこで何か思うところがあったのか、ルーシーは再び質問する。

「水瀬名雪……一人だけだったのか?」
「はい。そうですが……」
 そう答えると、今度は首をかしげ始めた。それからしばらく何かぶつぶつ言っているようだったが、「まさかな」という言葉で締めくくると今度は美凪の瞳を見つめるようにして語り始めた。

「今までの会話から分かると思うが、水瀬名雪を追ってる。知っての通り、あいつは殺人鬼だ。放っておくわけにはいかない」
「……復讐なさるおつもりですか」
「否定はしない」
 言い訳がましいことはせず、素直な言葉で語る。ならば、美凪もそれに応えないわけにはいかなかった。

「これを見てください」
 デイパックから、例のCDを取り出す。「それは何だ、この時代の最新兵器か?」と尋ねるルーシーに、「近いものです。ビームは出ませんが」と言って、このCDの中身の説明を始める。

「……それは、本当の話か」
「恐らく、間違いないかと。当時のメモらしきものもありますが……ご覧になりますか」
 言うと同時にメモを取り出すが、ルーシーは首を振る。
「そこまで証拠があるなら、嘘ではないんだろう。それでそんなものを見せてどうするつもりだ」
「私と一緒にCDを解析できる人を探してもらいます」

 穏やかな物腰ではあるが、そこには強い意志が見え隠れしている。ルーシーは口を真一文字に結ぶと、ゆっくりと言う。
「復讐はするな、と?」
「それよりは有意義なことだと思います」
「お前は水瀬名雪に恨みはないのか」
 そんなことは、言われるまでもない。あの二人を殺害した彼女を、いかな美凪とて許すわけがない。目の前にいれば、それこそ何をするか自分でも分からなかった。しかし――

「……私は、今できることをしようとしているだけです」
「……」
 感情を押し殺したつもりだったが全てを覆い隠すことはできなかったようで、美凪に潜む悲しみにルーシーも気付いたようだった。彼女はしばらく黙っていたが、やがて何かを納得したのか「そうだな」と今までよりかは明るい声で言った。
「確かにそうかもしれない。それに……あいつなら、きっとこうする」
「……?」
「協力させてくれ。る……いや、私はルーシー・マリア・ミソラだ。よろしく頼む」

 すっ、とルーシーが手を差し出す。どうやらスカウトには成功したようだった。
「私は美凪……遠野美凪です。それと……お近づきのしるしに」
 握手を交わすと同時に、例のものを差し出す。ある意味では、彼女の名刺とすら言えるアレだ。
「お米……券?」
「進呈」
 ルーシーはそれを受け取るとしばらくそれを見まわし、やがてわなわなと震え出した。

「お、お前って……」
「……?」
「すごい奴だったんだな……この星では考えられないことなのに」
「はぁ……いえ、そうでもないと思うのですが……」
「美凪と仲間になれたこと、心から誇りに思うぞ。いや、今日から私たちは親友だ! る……じゃなくて、この星では『バンザーイ』だったな。ばんざーい」
「よく分かりませんが……ばんざーい」

 こうして新たなコンビ、通称「□□」コンビが誕生したのだった。




【時間:2日目10時20分】
【場所:F−03】

遠野美凪
【持ち物:予備マガジン×1(ワルサーP38)、包丁、防弾性割烹着&頭巾、支給品一式、お米券数十枚、色々書かれたメモ用紙とCD(ハッキング用)、ノートパソコン、予備弾薬8発(SPAS12)+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発】
【状況:強く生きることを決意。CDを扱える者を探す。なんだかよくわからんけどルーシーと親友に】
ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×5)、支給品一式×2】
【状態:生き残ることを決意。服の着替え完了。なんだかよくわからんけど美凪と親友に】
【備考:髪飾りは倉庫(F-2)の中に投げ捨てた】
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