静かに、ただ静かに




あれから夜通し探し続けたにも拘わらず、柏木耕一と柏木梓が求めていた柏木千鶴の消息は一向に掴めないままであった。

加えて山中を歩き回ったこともあり、いかに鬼の血をその体内に宿す二人でも疲労感を覚えずにいられなかったのは言うまでもないことだった。

そして決定打になったのが、朝方の放送だ。幸いにして千鶴や初音ら家族の名前が呼ばれることはなかったものの、そのあまりの人数の多さに気が滅入ってしまい精根尽き果てたというのが現状だった。

「まったく、もうどうしてこんなに人が死んでるんだろ…あたしたちはここまで誰にも会ってないってのに」

複雑な表情になりながら、梓は路傍の木の幹に背を預けるようにして座り込む。何か思うところでもあったのか、天を仰ぐようにして息を吐く。
自分同様、梓にもここまでに出会った人間はいるはず。ひょっとしたらその人が放送で呼ばれたのかもしれない、と耕一は思った。

「休憩にしよう。こんな調子で千鶴さんに会っても止められやしないからな」
耕一もデイパックから水を取り出し、水分を補充していく。美味くない上に温かったが、それでもノドを潤してくれるのはありがたいことであった。まだ生きている、そのことも実感できる。
「…なあ、耕一」
ん、とペットボトルに口をつけながら返事をする耕一。
「柳川のやつ、まだ生きてるんだよな」
「そうだな…それがどうしたんだ?」

放送で名前が呼ばれなかった以上、柳川が生きているのは間違いないだろうし、あの実力ならそうであってしかるべきだ。
「なんであいつは楓を助けよう、って思ったんだろう」
以前に話したことだが、柳川は楓と共に行動し、そして守れなかったことを悔いていたらしい。あれだけ敵対していたというのに――どうして柳川はあんなことをしたのだろう?

「俺にも分からない。こっちが聞きたいくらいさ。けど、なんとなく予想はつく」
「どんな?」
「家族…だからじゃないか? 意識はしてなくても、心のどこかでそう考えてたのかも」
「まさか」
鼻で笑う梓だが、小馬鹿にしたようでもなかった。完全に否定はできないのだろう。
「血は繋がってるんだ。ありえないことじゃない。それに…俺たちの見てきたあいつは、本当のあいつじゃなかったのかもしれない」
「元々は優しかった、ってか? 信じられないね。信じられないけど…確かに、ありえない話じゃない、かも」

梓は実際に柳川と出会って、そのありのままの姿を見てきた。あまりにも梓の知っている『柳川』と違う『柳川』に最初はどうしても違和感を拭えなかったが、今はそうでもない気がする。
もし、もう一度出会えたら…その時は、分かり合うことが出来るのだろうか?
梓の心の内に生じたその疑問は、今はまだ疑問として留めておくことにした。
「何にせよ、俺はまだあいつと会っちゃすらいない。真偽は自分の目で確かめるさ」
空になったペットボトルを握りつぶすと、耕一はそれを空高くへと放り投げた。

     *     *     *

「壁に耳あり障子に目あり、誰が言ったか雲隠れまーりゃん…って自分で言ったんだけどさ。はてさて、こっからだとちっとばかし遠いんだよねぇ。どーしよっかな」
耕一たちが休んでいる地点から少し離れた茂みの中で、ボウガンを構えたまーりゃんこと朝霧麻亜子が、いつ攻撃を仕掛けるかと機を窺っていた。

山中を縦横に歩いていた耕一たちを発見するのは目ざとい麻亜子にとっては造作も無いことだったが、耕一の屈強な体つきを一目見て一筋縄ではいかないと悟った麻亜子は、密かに尾行して物陰から狙撃してやろうと考えたのだ。
――がしかし、自覚しているのかそうでないのか、意外と警戒心が高いようで物音には敏感に反応するわ立ち止まっているときでも常に辺りを見回しているわで容易に近づけない。

おまけにもう一人いる女(柏木梓のことだ)も尾行してきて分かったのだが女とは思えないくらい体力は高そうだった。
こいつらは化け物コンビだと麻亜子が認識するにそれほど時間はかからなかった。つまりそれは不意打ちや騙し討ちが通じにくいことを示していた。

麻亜子の得意とするのは前述の戦法であり正々堂々と真正面から向かっていくのは苦手というか、好みではなかった(卑怯の女神とあだ名されている所以だ)。だから迂闊に攻撃もできず、こうして手をこまねいているだけなのだが…

「時間がないんだよ、こっちにゃ」
今も自分を探しているであろう久寿川ささらや河野貴明のことを考えると、ちんたらしているわけにもいかない。早くなんとかしたいところではある。
いっそ無視して別の獲物を探そうかとも思ったがこいつらの行動指針がどんなものか分からない以上放置しておくのも危険だ。せめて誰かと接触してくれればいかようにでもできるのだが。

「あ、ペットボトル投げ捨てた。いけないんだぞぅ、ゴミのポイ捨ては。環境破壊なんだぞー」
そう言いながらも自身の背後にあるパンの袋が無造作に投げられていることについては、ここでは言及すまい。
「んー…アブナイ人が暴れたりミサイルが飛んできたりしないもんかねぇ」
まずありえないことを言いながら、麻亜子は二人の観察を続ける。
しかしその『ありえない』ことは、すぐ側にまで近づいていた。

     *     *     *

篠塚弥生は、七瀬留美が追ってきていないことを確認すると目立たぬよう木陰に身を隠しながら、乱れた呼吸を落ち着かせるべく大きく深呼吸をした。
由綺のマネージャーとして様々な激務をこなしてきた弥生だが流石に肉体労働は慣れてない。ましてやそれが殺人だというなら尚更だ。
腹部もまだ痛んでいる。

らしくない『感情』に任せて冬弥を撃ち殺したまではよかったが手にこびり付いている血の跡が違和感となってしょうがない。拭き取ったはずなのに濃密な死臭が弥生にまとわりついているような――そんな感覚さえ覚えていた。
「……」

だがこれしきのことで参っていてはこれから先、由綺の敵を取るどころか到底生き残ることなどできやしない。
強引に弱気の虫を追い払い、P-90を携えて次の獲物を狩りに行こうとした時、不自然に木々がかき鳴らされる音が聞こえた。
気づかれたのかと思い、慌てて姿勢を低くした弥生だったがどうやらそれは勘違いだったようだ。

「休憩に………こんな調子で………からな」
遠くから聞こえてくる男女の声。よくは聞き取れないが弥生を認識して近づいてきたものではないことは分かった。偶然か、あるいは天が与えてくれた好機か…
P-90の銃把を握り締め、弥生は狙撃できる位置までその二人が来るのを待った。
願わくば、その二人が由綺の敵であることを信じて。

     *     *     *

「つっ…あのガキンチョ、最後までウチのことオバハン呼ばわりしよって…次おうたら絶対半殺しにしてやるさかいな…って、半殺しじゃアカンやんか…」
機転によりうまく難を逃れ、そのまま偶然見つけた廃屋で一夜を過ごした晴子は傷を押しながらも娘の観鈴を生き残らせるためにまた参加者を探してうろついていた。

傷は洗って縛ってはいるものの消毒をしたわけではないので運が悪ければそのまま感染症にかかってしまう恐れがあった。
それだけではなく右手にも力が入らなくなっている(あのナタのせいだ、クソッ)。となれば銃は左手で撃つしかないのだが、その左半身も肩口を銃弾が貫いており銃を撃てば反動で激痛が走るのは間違いない。

「にっちもさっちもいかへんな…ホンマムカつく」
命があるだけマシなのだがどうしても文句が出てしまう。どうもこの島に来てからツイてないことが多すぎる。これも全部ヒキの悪い敬介のせいだ、ちくしょう――
文句を言われたからかは分からないが、晴子の声に応えたかのようにどこからともなくあの忌まわしい放送の声が聞こえてきた。

「…来たか」
怒りで眉間に皺が寄っていた晴子の顔がいっそう険しいものになる。今回は、どれほどの人間が死んでいるのだろうか。そしてその中に、神尾観鈴の名前は入ってはないだろうか。
極度の緊張と不安で胸が押しつぶされそうになる。ごくり、と生唾を飲み込んだところで一人目の名前が読み上げられていった。

「…116、柚原春夏――以上…です」
それに続いて、何やら優勝者には願いが叶えられるだの何だのという例のウサギからのおありがたい言葉があったが、観鈴が生きている時点で晴子にはどうでもいい事柄だったし、どちらかと言えば晴子は現実主義者であるので信じる気もなかった。

大方もっとこの殺し合いを加速させるために焚き付けたのだろうが、敵が増えるという可能性を孕んでいる以上むしろ余計なお世話だとすら思う。
「ホンマムカつく」
何もかも敬介のせいだ、と心の中でもう一度言い直して右手を開いたり閉じたりしてみる。
が、やはり力が入らない。

「こら生き残っても仕事辞めなアカンな…この就職難の時代にどーせーっちゅーねん」
自らは絶対に生き残れないということを知りつつも、晴子はそんな冗談を言わずにはいられなかった。
とにかく、どうにかしてより強力な武器を手に入れ参加者たちを駆逐していかねばならない。手持ちのVP70も残弾は残り少なそうだ。ジリ貧だけはどうしても避けたい。

どうしようかと晴子が思案していると、遠くの方から男女と思しき二人組の声が聞こえてきた。まだ距離が遠いのか内容までは聞き取れないが、声が聞こえるくらい近い距離にいるのは確実だ。
「ツイてるわ…! この辺りは隠れる場所も多いから、不意打ちも余裕や」
ニヤリと八重歯を覗かせて笑うと、晴子は茂みをかき分けるようにしてできるだけ悟られないようにその声の元へと近づいていった。

萎えかけていた闘志が再び燃え盛ってきたのが、晴子自身でも分かってくる。今度こそ、絶対に勝つ。


暢気に休憩している柏木家の二人に、まったくバラバラな方向から、しかし大切な人のために殺し合いに乗ることを決意した人間たちによる、誰もが予想しえない包囲網が完成しつつあった。

――いい加減、あたしのほうから仕掛けちゃおっかな? う〜む、しかし手ごわそうだしねぇ…仕留め損なうと面倒そうだよなぁ…あたしゃ面倒は嫌いなんだよね〜…究極の選択、さぁまーりゃんはどちらをえらぶのでしょーか!? つづく!…なんてね。

――相手は確実に私の方角へ近づいてます…確実に当てられる距離まで来ればいいのですが…でなければ、機先を制して奇襲をかけるしかないでしょう。全ては運次第、ですか。好みではありませんが…

――ここまで来たんや、何が何でもブチ殺して風向きを変えんとな。一気に後ろから近づいて仕留めたる! 短期決戦やな…しくじったら…終わりや。腹くくっていくで!




【場所:F-06上部】
【時間:二日目午前8:30】

柏木耕一
【所持品:大きなハンマー・支給品一式】
【状態:疲労、初音の保護、千鶴を止める】
柏木梓
【持ち物:特殊警棒、支給品一式】
【状態:疲労、初音の保護、千鶴を止める】
神尾晴子
【所持品:H&K VP70(残弾、残り7)、支給品一式】
【状態:右手に深い刺し傷、左肩を大怪我(どちらも簡易治療済み)、耕一と梓に接近(F-5方面から)】
篠塚弥生
【持ち物:支給品一式、P-90(34/50)】
【状態:マーダー。脇腹の辺りに傷(痛むが行動に概ね支障なし)、耕一と梓を待ち伏せ(E-6とF-6の境界線あたり)】
朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(3/7)、ボウガン、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:ささらサイズのスクール水着、芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:マーダー。現在の目的は貴明、ささら、生徒会メンバー以外の排除。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。スク水の上に制服を着ている。耕一と梓を追跡中】
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