戦慄――そう言っても差し支えない程の剣呑な空気がここ鎌石村消防分署内を支配していた。
理由は明白である。絶対的な狡猾さと凶暴性を持ち合わせる『少年』と己が身一つで生きてきた故の怜悧さと自信を持った男、国崎往人がそれぞれの想いを以って対峙しているからだ。

少年は僅かに後ずさりをしながら往人に語りかける。
「…さて、退いてくれるつもりがないなら僕はここで同時に二人を相手にしなきゃならないわけだけど…それはもう本当に手間がかかるんだ。ねぇ、三分だけ待ってくれないかな? それだけあればあの小うるさい猿を片付けられるんだけど」
「断る」

たった一言だが、明確な拒絶の意思を往人は示す。別に知り合いでもない第三者(往人はその正体を知らない)に義理立てするつもりではないが、黙って見ているつもりもない。
むしろ利用するのはこちらの方だ。
「そこに誰か隠れているんだろう? なら俺と協力しろ。見ての通り、俺とあのクソガキは敵同士だ。敵の敵は味方…というヤツだ」
返事は無かった。代わりに、往人に見えぬ机の向こうでもぞもぞと動く気配を感じた。

あちらさんも俺を利用するか、あるいは逃げる気か…
何にせよ、この場にいる誰もが自分にとって状況を有利にするよう動いているのは明らかだった。
「どうも笹森花梨も一筋縄で動くつもりはないらしいね」
少年がやれやれというように肩をすくめる。

笹森、花梨。
やはり知らない名だ。そこで倒れている女も知らない(さつきとか呼ばれていたな)からまあそうなんじゃないかとは思っていたが。
「どっちにしろ俺のやることは変わらない…覚悟しろ」
武器はフェイファーの一つのみ。しかし往人が勝つには十分すぎるファクターだ。
しっかりと相手に構えて、撃つ。これさえ実行できれば勝てないわけじゃないんだ。

「ちっ、うざったい男だよね、君も!」
少年が大きく飛び上がり、机の上に飛び乗る。同時にもう片方の手にダブルアクション式の拳銃を手に持った。
それは往人にとって予測済み。顔ぶれは大きく変わっているが依然として強力な武器を持っていることは容易に想像できることだった。正面から撃ち合うのは明らかに愚策。

往人は横に飛び跳ねるようにして机の影に身を隠した。そして予想通り、往人の体一つ分前の床に少年の放った銃弾が突き刺さる。
「前よりは冷静だね、やるじゃないか」
「お蔭様でな」
僅かに湿り気を帯びていた手のひらを、往人はすぐに拭う。思っているより体は興奮していることに今更気付いた。

熱くなりすぎるな。冷静にもなりすぎるな――
一度深呼吸をして机の角から顔を覗かせる。
途端、赤い光が机の角を抉った。即座に往人は顔を引っ込める。少年は机の上に陣取り狙撃するようにしてステアーを構えていた。あれではこちらからの狙いがつけにく過ぎる。
「くそっ、こんなところで戦うんじゃなかったか!?」
この狭い室内に往人の体では縦横無尽に動き回れないのだ。せめて手榴弾などの投擲武器があればまだ少しは戦いようがあるのだが…

「そこっ! くたばれぇっ!」
そんな声が聞こえたかと思うと、また一つ新たな銃声が空間を貫いた。何事かと往人はまた机の角から顔を出した。そこには…
「グロック!? しまった、忘れていたか…!」
「あんたの武器で首を絞めろっ!」
後ろのほうから拳銃で射撃を繰り返す笹森花梨が、少年を無理矢理机の上から引き摺り下ろしていた。少年は器用に銃撃を回避しつつも、口元を歪ませていた。

そう、先程の往人と少年の会話時に、こっそりと花梨は少年の落としたグロックを回収して狙いがつけられる場所に移動していたのだ。
これ幸いと往人も飛び出し、膝立ちに構えながらフェイファーを発砲する。
「くッ、鬱陶しい…!」
鞄を持ったままでは重いと判断したのか、デイパックを床に投げ出して回避に専念する少年。より身軽になった少年に、銃に関しては素人であるはずの二人が攻撃を命中させられるわけがない。
二人で合計十発以上は撃ったというのに、少年にはかすり傷一つついていなかった。

「おい、もうちょっとまともに撃て! ヘタクソ!」
「な、何よっ! せっかく援護してあげてるのに」
戦闘中だというのに口論になる往人と花梨。しかし一方でこんな状況で出会ったにも関わらず、二人には妙な連携が出来ていた。それが証拠に、銃撃での立ち位置は互いが近づきすぎず離れすぎてもいないのだから。

逆に言えば、少年にとってそれは予想外かつ腹立たしいこと以外の何物でもなかった。こんな感じで連携されたのでは各個撃破も何もない。だがそれが長続きしないことを、少年は諒解していた。
まず発砲が途絶えたのは、花梨の方だった。
「――!?」
グロックには元々弾がそんなに入っていなかったのだが、それを知る由もなかった花梨は思わず慌ててしまう。ついマガジンをリロードする動作を取ろうとするが、予備弾薬があるわけがない。
それを少年が、見逃すはずがなかった。

「ふッ――!」
バネの如き俊敏性としなやかさを併せ持った少年の体躯が、一気に花梨の眼前まで肉薄した。
「ぐあ゛ッ!?」
ピストンを打ち込まれたかのような衝撃が花梨の内臓を突き抜け、一気に壁にまで吹き飛ばされる。
制限されながらも僅かに残されていた不可視の力を伴った掌底が威力を発揮したのだった。

「くっ!」
反応するようにフェイファーを向けようとする往人だがその重量の故かブレて狙いをつけることが出来ない。そのことも少年は把握済みだった。
身体を縮めながら豹のように追い縋る少年に、次の行動を取ることを往人は許されなかった。
体当たりにも近い肘鉄が、杭を打ち込むかの如く往人の腹にめり込む。瞬間、体中の筋肉が引き攣るのが、自分でも分かった。
花梨ほどではないが大きく吹き飛ばされる。辛うじて倒れることだけはしなかったが、意識が朦朧として銃を取り落としそうになる。

だがようやく銃を掴みなおしたときには既に、またもや少年が床を蹴って往人にもう一撃加えんと接近を試みようとしていた。
切磋に、往人は身体を丸めて衝撃に備える。同時に、少年の放った前蹴りが往人の肩を刺した。
「ぐ…!」
先程の突き抜けるような痛みとは違う、音叉を鳴らした音を聞くようなじわりと感じる鈍痛。
吐き気を催しそうになりながらも、往人はギラギラとした凶暴な瞳を湛え、フェイファーを無理矢理構えた。

危険を感じた少年が、しかし余裕の笑みをまたも浮かべながら後退する。ロクに狙いを定められていなかったフェイファーの銃弾は、空しく少年の横を通過するだけに終わる。
「退屈させない男だよね…」
制限されているとは言え不可視の力を込めた殴撃を受けてもなお膝すらつかない往人に対して、少年はある種の感心さえ覚えていた。

その少年の言葉に応じるかのように往人はニヤリと笑ったかと思うと、ぐりぐりと足の裏をこすり付けるようにして床を踏みしめる。
「…何のつもりだい?」
「俺の足がまだ大地を踏みしめて立っている限り――俺は決して諦めない。あんたを潰すまではな」
「なら…その根性も、その目も、立っている大地すらも…打ち砕くまでさ」
拳銃を構えようとする少年だが、往人がそうはさせなかった。フェイファーを鈍器のように振り回して白兵戦を挑む。
これだけ大きな鉄の塊なのだ、そこらの木の棒よりも遥かに危険な鈍器なのは間違いない。

ちっ、と舌打ちしながらフェイファーの打撃を回避していく少年。先刻交戦した湯浅皐月のものほど生易しい威力ではない。今度こそ当たり所が悪ければ気絶してしまうだろう。
だが皐月のものほど小回りが利いているわけでもない。
「はッ!」
少年は大きく飛び上がったかと思うと、そのまま空中で一回転するようにして往人の後ろに回りこんだ。第三者の目から見ればそれはあたかも曲芸のようにさえ見えたことだろう。

後ろに回られた瞬間、往人は直感的に前転するようにして床を転がった。蹴りが飛んでくるだろうという、完全な勘に任せての行動だった。もし銃を構えられたら、命はない――
「むっ!?」
――だが、結果的に往人の勘は当たった。少年の回し蹴りは、空しく空振りするだけであった。
そして、それは千載一遇の好機でもある。

「とどめだ、クソガキ!」
起き上がりざまにフェイファーを構え、引き金を引く往人。狙いは間違いないはずだった。
「――!」
流石の少年も目を見開かざるを得なかった。死をも覚悟した。だが…

「…な?」
出てきたのは銃弾ではなく、空しい弾切れの音。弾切れになっていたのは、花梨だけではなかったのだ。
「くそっ!」
毒づきながら必死に弾薬を交換しようとする往人だったが、もちろん少年が黙っているはずがなかった。

「僕の運もまだ捨てたものじゃあ…ないねッ!」
再び迫る少年。回避を行うことは…往人には不可能だった。
予備弾を持った手を思い切り蹴られ、手からそれが離れて、床を転がっていく。続けざまに手を取られたかと思うと、ふわりと身体が浮くのを往人は感じていた。
それが背負い投げだと気付いたときには、往人の体が強烈に叩きつけられていた後だった。

「がは…っ」
肺が圧迫され空気が逆流していく。苦しい。このまま寝転がりたい――しかしそんなことが出来る状況じゃないと思い、起き上がろうとしたときには。
「チェックメイトだね、国崎往人」
笑みを浮かべた少年が、ニコッと笑いながら拳銃を構えていた。
「く…」
歯軋りする往人にも、少年は表情を崩さない。

「手こずらせてくれたね。正直、さっきは僕も死んだかと思ったよ…くわばらくわばら」
全然そうは思えなさそうな口ぶりで胸を撫でる少年。
「…俺の負けか。どうも神様ってヤツはとことん俺を嫌っているらしいな」
「神様なんていないよ…それじゃあね、楽しかったよ。国崎往人」
少年の手が、引き金に掛けられた。

     *     *     *

…私、どーしちゃったんだろ。
なんか頭がぼーっとして、くらくらする。なんだろう、小船に乗ってどんぶらこ〜どんぶらこ、って揺れてる感じかな。もしかして三途の川を渡ってる途中だったりするのかな。

…そうだよね。撃たれちゃったんだもんね、それも二回。ずどんしかも身体の中心をズドン! って。
花梨、今ごろどうしてるんだろ。…まだ、あいつと戦ってるのかな。それとも…ううん、考えないようにしよう。そのほうがいいよね。

…ごめん、花梨。私のせいで、私が止めをささなかったばっかりにこんなことになって。
あれでいいと思ったんだ。どんな悪人でもこの島の中じゃこんな馬鹿げたことに巻き込まれた被害者の一人なんだから、って思ってたから。そんなの正義の味方じゃない、ともね。
別に自分の手を汚したくないとかそんな理由じゃなかったんだ。ただ、この胸の中にある怒りはこいつじゃなくて主催者にぶつけるべきなんだ、って思ってただけなんだ。

…花梨は、分かってくれてたかなあ?ううん、きっと分かってくれてたよね…
…ああ、なんかもう、みんなに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。

…ごめん、ゆかり。結局カタキ、取れなかったよ。
…ごめんなさい、エディさん。せっかく私を赦してくれたのに、もうそちら側に行くことになりそう。そこでもまた怒られるかもしれないけど笑って迎えてくれる、かな?
…夕菜さん。あなたの作ってくれたお料理、また食べたかったなぁ…
…七海ちゃん。あなたは頑張り屋さんだから、私がいなくても頑張って、ね?
…リサさん。もう私もいなくなります。また、美味しいレストランに一緒に行きたかったな。
…智子さん、幸村さん、このみちゃん…みんなが繋いでくれた命、掬い上げてくれた命、また落としちゃったよ。あの時に見た星、きれいだったなぁ。

私の頭の中には、今まで出会ってきたひと、一緒にいたひとたちの姿が次々と現れては、通り過ぎていった。みんなが行った後に気付いたんだけど、あれがソウマトウ、ってやつなんだよね。
嘘だって思ってたけど、本当にあったんだ。ちょっとオドロキだったね。

…あれ、誰か一人、忘れてるような気がする。誰だっけ、とても大切な人のような気がする。
思い出せない、どうしてだろう。
…ま、いいか。どうせすぐに死ぬんだし、このまま目を閉じよう。それがいい。
そうして目を半分閉じかけたところで、今度は妹との会話が聞こえてきた。

『向こうに行っても元気でやってよーお姉ちゃん。あたしがいなくても寂しく泣いちゃダメだぞ?』
『それはこっちの台詞よ、ばーか。あんたこそお父さん、しっかり頼むわよ』

これは…あー、私が都会に出で行くときの…文月との会話か…

『分かってますって。…ねーねーアネキぃ、向こうではぼぅいふれんどとかは見つけたりするんですかい?』
『なっ、なによいきなり…そんなの…み、見つけられるに決まってるじゃない。私、けっこー可愛いって言える自信あるわよ』
『おお、強くでましたなー。ふふん、楽しみにしてますぜア・ネ・キ』
『区切って読むな、気持ち悪い』
『んふふ、いやマジで楽しみ。お姉ちゃん意地っ張りなところがあるからねぇ、そのツンツンな心をデレデレにさせる男の子は誰なんでしょうねー。いずれ見に行くよ』
『う…お、おぅ、どーんと来なさいって』

…そうそう、こんなやりとり交わしたっけ。文月、私そんな人には出会えなかったよ。
ごめん、みんな、本当に…ごめ…

『これしきのことで…俺は負けねぇっ!』

…え? この声は…誰?

『何よ、散々私にやられてるくせに。まだやる気?』
『へっ、全然問題ないぜ…一度や二度のミスなんて屁でもねえ、思いっきりぶちかましてやるよ』
『一度や二度じゃないと思うんだけど』
『やかましい! いくぜおらあああああぁぁぁぁぁっ!』

…そうだ、どうして忘れていたんだろう。一番大切なひとのはずだったのに…
単純で、アホで、スケベで、やたら正義感の強い熱血バカで…
でもどこか頼り甲斐があって、たまに優しくて…

『良かったじゃない、お姉ちゃん。いいぼぅいふれんどが出来て』
『へっ? いやいやいや、あいつなんてそんな大層なもんじゃないって。ケンカ友達よ、というか悪友?』
『いしし、どうだか…? まぁそのうち見に行きますかな?』

…電話で話してたとき、文月、妙に嬉しそうだったな。

『大切にしてあげなよ、そのケンカ友達』

――ああ、そうか。
文月の言った最後の言葉で、私はようやく気付くことができた。

文月は気付いてたんだ。宗一が、意地っ張りな私の心を溶かしてくれる存在だってことに。

「ははっ、そっか…そういうことだったんだ」

こんなとき、きっと宗一ならこう言って私を励ましてくれるだろう。
『これしきのことで諦めるのか? 連戦練磨の皐月さんよ。お前ならやれるはずだ』
分かってるわよ。でも…手が震える。ミスを犯してしまった私が…上手く、できるか、分からないよ。
『全然問題ないぜ、皐月』
今ここにいないはずの宗一の手が、優しく私の手に添えられたような気がした。
『一度や二度のミスなんて屁でもねえ、思いっきりブチかましてやろうぜっ』
ああ、そうだね…

「そうだよねっ、宗一!」

『アイツ』の目がこちらを向く。私はまだ…死んじゃいない! そのことに気付けなかった、アンタの負けだ!
私は拳銃を持ち上げて、『少年』に狙いをつけた。心臓部。きちんと狙えてる!

「オーケイ、『最後』の一発が残ってるっ…この一発は…外さない!」

     *     *     *

「それじゃあね、楽しかったよ。国崎往人」
少年の手がトリガーにかかった、その時だった。
「そうだよねっ、宗一!」
「な…」
そんなバカな、という形に少年の唇が動く。止めを刺したと思っていた湯浅皐月が、こちらにS&W・M10を向けていたのだから。

「オーケイ、最後の一発が残ってるっ…この一発は…外さない!」
ぶるぶると手を震えさせながらも、その意思の篭った瞳はまだ彼女が死んでいないことを示していた。
反射的に、少年は拳銃を往人にではなく皐月の方へと向け直していた。

――少年の犯した失敗は二つ。
一つは、前述の通り皐月に止めを刺していなかったこと。それにより反撃の機会を与えてしまった。
そしてもう一つは、往人のフェイファーではなく、その弾薬を蹴り飛ばしてしまったこと。
少年の銃口が皐月へと向いた瞬間、復活した花梨が床に転がっているフェイファーの弾薬を引っつかみ、床に転がらせるようにして往人の元へそれを投げ入れる。
殆ど摩擦のないリノリウムの床を走るフェイファーの弾薬は、僅か一秒と満たない間に往人の手の中に辿り着いていた。

空になったフェイファーの薬莢が床に落ちてカツン、と音を立てた時には、既に花梨の投げ入れた弾薬が装填され、しっかりと狙いを少年につけていた。
当然の如く、少年に対してほぼ真下から向けられた銃口を交わす術はない。

「くたばれ、クソガキ」

少年が反射的に皐月へと向けた拳銃のトリガーと、往人の手に掛けられたフェイファーのトリガーが、同時に引かれる。
往人の放った象をも一撃で仕留める、恐るべき威力の弾丸が少年の頭部を、文字通り木っ端微塵に破壊した。
派手に脳漿や骨の残骸を花火のように撒き散らしながら、少年だったものが仰向けに倒れる。
己が実力の故に、ある種の偶然と油断が故に――参加者の内でも有数の実力を誇る名も無き『少年』はここで退場することになった。

「…ふぅ」
これほど完膚なきまでに頭部を破壊されれば、どんな怪物だろうが起き上がることは不可能だろう。戦いの終焉を感じた国崎往人は、少年との格闘でズキズキと痛む体を癒すかのように大の字になって床に寝転がる。
ひんやりとした床が熱くなった肌に当たって冷えていくのが、妙に心地よかった。

「…お疲れ様」
まだダメージが残っているのか腹部を抱えながら、笹森花梨が往人を労う。
「あの女は」
自分を救ってくれた湯浅皐月はどうなのったのだろうか。天井を見上げたまま尋ねる。
「…もう向こうへ行っちゃったよ。でも、なんだかすごく気持ちの良さそうな顔。寝てるみたい…」
「そうか…残念だ」

少年の放った最後の一撃は皐月に発砲させることなく、心臓を直に貫いて即死させていた。
「また…一人になっちゃった」
疲れた体を引き摺りながら部屋に残る荷物を回収している花梨が、ぽつりと呟く。
「せっかく、たくさんの人と知り合えたのになぁ」
往人も黙って立ち上がり、各所に散らばっている使える武器などを回収する。流石に少年の武装は強く、戦利品としてはこれ以上ないものだった。
「私、もう疲れたよ…」

生気の無い声で呟き続ける花梨に、ようやく往人が口を開く。
「ならどうする。ここで黙って死ぬのか」
「…それは」
「別に俺はあんたがどうしようが関係ない。あのクソガキみたく無差別に誰かを襲うのでもなければな」
「……」
「何もする気がないならそうしてるといい。それも選択肢の一つだ。俺がとやかく言う権利もない。だが俺はもう行くぞ。まだやらなければならないことが残ってるんだ」

往人は自分のデイパックを拾うと、ついでに少年の持っていたダブルアクション式拳銃も取って歩き始めた。
「こいつは貰っていくぞ。後はお前にくれてやる。好きに使え」
それをデイパックに仕舞いながら出て行こうとする往人に、また花梨の声がかかった。
「待って」
往人は足を止める。待て、と言われたからだ。そしてその語気に、先程までとは何か別のものが含まれているのも感じていた。

「あんた、あの『少年』を知ってたみたいだったけど…どういう経緯で出会ったんよ?」
「一方的にケンカを売られた」
「それだけ?」
「向こうは俺のことを知ってた風だったがな。少なくとも俺には身に覚えが無い」
「…これ、見たことない?」

花梨がポケットから何かを取り出す。何だと思って見てみると、果たしてそこには手のひらくらいの大きさの青い宝石がそこにあった。
「知らん。というか持ってたら真っ先に質屋に向かうな。それは何なんだ?」
「あいつ…『少年』が執拗にこれを欲しがってたの。このゲームを完成させる鍵だとかなんだとか…」
花梨が宝石と手帳を渡す。往人は手帳をパラパラとめくった後、首を振って花梨に返した。
「…悪いが、謎解きに付き合っている暇はないんだ。探してるやつがいるんでな」
「そっか…なら、あなたについてくよ」

一瞬頷きかけた往人だが、すぐに首を捻る。
「待て、どうしてそう繋がるんだ」
「私一人じゃ心許ないし、この謎を解くってもヒントもないしね。なら強そ〜な味方を作るってのが筋じゃないかなぁ?」
「謎解きには付き合わないぞ」
「できれば協力して欲しいんだけど、まあそれはキミの仲間が見つかった後にでも改めて話し合うって方向で」
「…勝手にしろ」

うんざりしたように言うと、往人はすたすたと歩き出した。
「あ、ちょ、待ってってば! パートナーを置いてけぼりにするなんて酷いんよー!」
「誰がパートナーだ、誰が」
今度は歩みを止めない往人。どうやら待つ気はないらしい。必死に花梨が後を追いつつ、皐月の遺体に向かって頭を下げる。
(あの人に渇を入れられたからっていうのも情けない話だけど…皐月さん、私にもまだやらなきゃいけないことがあるから…行ってくるんよ)
じわり、と目頭に涙を浮かべた後、それを振り払うかのように走り出した。

――そして、花梨は気付くことはなかった。
宝石に、また一つ光が宿っていることを――




【場所:C-5】
【時間:二日目午後12:00】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(残弾10/10) 予備弾薬57発ホローポイント弾11発、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】
【状況:観鈴ほか知り合いを探す、打撃による痛み(数時間程度で回復)】
笹森花梨
【持ち物:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、青い宝石(光二個)、手帳、セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、S&W、M10(4インチモデル)5/6、ステアーAUG(7/30)、グロック19(2/15)、エディの支給品一式】
【状態:光を集める。とりあえず往人にくっついてく。打撃による痛み(数時間程度で回復)】
ぴろ
【状態:花梨の傍に】
湯浅皐月
【所持品:なし】
【状態:死亡】
少年
【持ち物:なし】
【状況:死亡】

その他:
強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)は完全に破壊。
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