智子や幸村の死と引き換えに少年から逃走することに成功した湯浅皐月と笹森花梨のコンビは鎌石村を駆け抜けて、現在は鎌石村消防分署まで来ていた。 『光を集める』という目的を掲げたのはいいものの具体的にどう集めればいいのかが分からない。そこで二人は前回行われた殺し合いに関する情報がもっと他にないかと島にある施設を片っ端から探ることにした。 「私が見つけた宝石と一緒にあったメモにはごく僅かだけど主催側に関する情報もあった…つまり前回の殺し合いでもある程度までは主催に関する情報を知っていた、ってことになるんよ」 「だったら、その情報を各所に散らしている可能性も高い…?」 「メモの中でも私たちが来ることを予測していた節はあったみたいだし、大いに有りうると思うんよ」 侵入した消防分署は既に何者かが出入りしていたのか荒らされた箇所が随所に見られる。銃痕も見られた。 「とにかく、金庫とか鍵付きロッカーとか、そういうところを探していこう? 私が見つけたときもそうだったし」 皐月が同意しかけて、ふと引っかかったことがあるので「ちょっと」と尋ねる。 「『私が見つけたときもそうだった』って…花梨、どうやって開けたのよ? もしかして…ピッキングとか?」 「うん? そうだけど?」 頷く花梨に、皐月は徐々に喜びの色を浮かべてばんばんと花梨の肩を叩いた。 「お、おお、おおーっ! そうね、そーよね! 今時の女子こーせーは鍵開けのスキルを持つことなんて当たり前よね!?」 いきなり興奮して同意を求めようとする皐月にどう答えていいのか分からなくなりしどろもどろになる花梨。 「いやー、私以外にも錠前外しが得意な人がいてよかったわー。うんうん、これで宗一に『ピッキングができる学生なんてお前くらいのもんだ』なんてレッテルを貼られずに済むわ」 「は、はぁ…」 花梨は内心、この人も先生の目を盗んで備品の持ち出しでもしていたのだろうか、なんて考えていたのだが人の人生なんて星の数と宇宙人の数くらいあるのだ。突っ込んだら負けかな、と花梨は思うのであった。 「あ、そうそう。ついでに電子ロックの解除とかも出来ちゃったりする?」 「いや、さすがにそれは私も…」 「そっか…私も何度か挑んだことがあるんだけど難しくってね。解く前に警報装置が作動して…って、こほん、これ以上はプライベートの話だからやめとこう」 プライベートで電子ロックを解除するってどんな状況なのだろうと思う花梨だったが何も問わないことにする。まあこっちも夜間の学校への不法侵入を何度も繰り返しているのだ。人様をどうこう言える立場ではないことは分かっている。 「話が横道に逸れちゃったけど、とにかく怪しげなところを探しましょう。絶っ対こんなゲームぶっ壊してやるんだから」 その意見については花梨もまったく同じだった。せっかくできた友達をことごとく奪い去っていったこの殺し合いの黒幕を、花梨は許すつもりはなかった。 まずは一階から調べていくことにする。隠し場所が多そうなところを調べようとの意見になったため事務室や詰め所などを別れて探索することにした。 花梨は事務室の方を担当することになった。 もたもたしてはいられない。先程の交戦からも窺えるように少年は宝石に対して異常なまでの執着をしている。よほどこのゲームの進行に関して重要なものなのだろう。何しろ、この宝石とともにあったメモの持ち主が命がけで奪ったほどなのだから。 花梨は普段から勘はいい人間だったので普通なら見逃してしまうような細かい場所も丹念にチェックしていく。 机の引き出し、棚、ロッカー…とにかく片っぱしから調べ上げていく。だが出てくるのは紙くずばかりでそれらしいものは一向に出てこない。 仕方のないことだった。例えるならゴミの山から一個の宝を見つけるようなものなのだ。そうやすやすと見つかるようでは主催にも見つかってしまうだろう。しかし時間がないのも事実だった。 「花梨、何か見つかった?」 詰め所を探索していた皐月がげんなりした表情でやってくる。肩をがっくりと落としていることから想像するに、どうやらあちらもダメであったようである。 「まだ…ひょっとしたらここにはないのかも…」 そう言って近場にあったロッカーを開けようとしたところ、体がぐいっ、と引っ張られる感触がした。 いや違う。引っ張られたのではなく反動で体が引かれたのだ。 「ということは…」 再度ロッカーを開けようとする。すると予想通り手ごたえは堅いままでロッカーは開く気配を見せなかった。 「どしたの?」 皐月が首をかしげながら花梨のところにやってくる。 「鍵がかかってるんよ」 花梨は場所を開けて皐月にもいじらせる。皐月が引っ張っても確かに開かなかった。 「怪しい?」 「怪しいね」 ホテル以後もこっそりとポケットに忍ばせておいた針金を取り出す花梨。先端の部分がキラリと光り、まるで秘密道具のような光沢を見せる。 「では早速」 針金を鍵穴に差し込むとかちゃかちゃといじり始める。ロッカー自体はどこにでもあるようなものなので構造も複雑ではない。一分ほどでカチリと音がして鍵が外れた。 「よし!」 歓喜の表情を浮かべてガッツポーズをとる二人。さて中にはどんなものが入っているのだろうか。わくわくしながらロッカーを開ける。 「…え」 扉の中から現れたのは… 「「ぎ、ぎゃあぁぁーーーーーーーーっ!」」 ぼろぼろかつ何か赤っぽいような黒っぽいようなシミがついた衣服を身にまとった白骨遺体であった。あまりにも想像していた光景と違うのと、いきなり目に飛び込んできた頭蓋骨の恐怖のお陰で、二人が抱き合いながら大声で悲鳴を上げる。 その大声に引き摺られるようにして白骨遺体がぐらりと地球の重力に導かれるがごとく床に倒れてきた。その衝撃の故か、骨の何本かがばらばらと辺りに散らばる。 「あ、あわわわわ…」 皐月が口に手に当てて目をあらぬところへ泳がせ、花梨は「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…」と唱えながら手をすり合わせる。 そのお化け屋敷に似た空気が過ぎ去ったのは、花梨が実に三十回ほど唱えてからのことだった。 「こ、怖かった…仏さまが出てくるなんて思わなかったよ」 皐月が頭蓋骨をつんつんとつつきながら言う。言葉とは裏腹にもう慣れてしまったようで平気な顔をしていじっている。 よくよく観察してみると、頭部の横に穴が開いている。どうやら射殺されたようだった。 「私も今まで色々なミステリの調査をしてきたけど、こういうタイプの死体は初めてなんよ」 花梨は罰当たりなことに遺体の衣服を剥ぎ取ってポケットの中を調べたりしている。 「お、拳銃の弾」 中から出てきたのはどうやら所持品と思われる銃弾だった。何発か入っており予備弾薬だったものと思われる。 「え、弾が入ってたの? じゃあもしかして…ちょっくらごめんなさいねっ、と」 遺体をロッカーから完全に出して中を確認してみる。すると底の方に、予想通りのものが置いてあった。 「…やっぱり」 S&W、M10(4インチモデル)が闇の中で僅かな光沢を放ちながらそこに鎮座していた。おそらく、前のゲームで参加者(常識的に考えてこの死体のものだろう、多分)に支給品として配られたものだろう。 皐月はM10を拾いながらこの死体がこうなるまでの経緯を考察していた。 M10の口径と頭部の穴を見比べるに殆どそのサイズは同じ。従って死因となったのはこのM10に他ならないだろう。そしてこれがロッカーの中にあったことから考えても恐らく、この持ち主は自殺したに違いない。 何があってこのような選択をせざるを得なかったのかは分からなかったがわざわざロッカーに鍵をかけて自殺するほどなのだ、何か理由はあるに違いなかった。 「あっ、服の内ポケットからメモが…」 花梨がまた発見したようで薄汚れたメモを取り出す。手帳サイズの小さな紙だった。 「え、何? 私にも見せて」 皐月も横からメモの内容を見る。ロッカーの中で書いたためか字が汚かったが、はっきりと読み取ることはできる。二人は目で文字を追った。 『後へ来る同士へ。どうか俺たちの無念を晴らしてくれ』 簡潔な一文だったが、それだけでも無念の思いで散っていったことが窺える。そしてもう一つ。これではっきりしたことがあった。 「やっぱり、私たちがここに来ることが分かっていたみたいね…」 後へ来る同士へ。 これは間違いなく皐月たちのことを暗示していた。ということは、前回の参加者は主催者にもある程度接触して情報を得ていたということになる。これで裏が取れた。 主催に対する情報や武器の類が、どこかに隠されているということを。 これが皐月と花梨にとって、大きな前進であったのには相違ない。やはり予測は当たっていたのだ。 「これは大きいよ。主催の情報を掴めていたってことは…この島にそいつらがいる可能性も高くなったってことなんだから」 皐月の言葉に花梨も頷く。手に届く場所に敵がいるかいないかでは希望の大きさが雲泥ほども違う。 「そうだね、後は首輪を外す方法さえ分かれば…」 きっとなんとかなる、と花梨が言いかけたときだった。 ガラッ、と事務室のドアが開いて、最も出会いたくなかった人物が顔を覗かせた。 「それはないね。だって君たちは――」 それが誰かを判別したときには、皐月が花梨の頭を引っ掴んで床に伏せていた。 「――ここで死ぬんだから」 伏せて一瞬の後。『少年』が構えていたステアーAUGが火を噴き、先程まで皐月たちが立っていた空間を通り過ぎていった。 机の上に置かれていた書類がばらばらと落ち、花瓶が割れて破片が降り注ぐ。二人はデイパックでそれを防ぎつつ応戦体勢へと入るのだった。 「ちっくしょう、意外と早かったわね」 皐月は事務机を背に、早速手に入れたばかりのM10に弾丸を込めていく。 「それにしてもしっつこいなぁ。まるで岸田洋一みたいなんよ」 「岸田?」 「私と知り合いが最初にあった男。変態殺人鬼なんよ」 「へぇ、そりゃ災難ね…私の男友達も変人ばっかりだけど」 他愛ない会話を交わしながら反撃できる隙を待つ。アサルトライフル対リボルバーでは話にならない。おまけに相手はこっちの銃撃すら防ぐ盾を持っているのだ。うかつに攻撃はできない。 「出てこないのかい? 仲間の敵を討ちたいんだろう? ほら、僕は君たちの目の前にいるよ」 少年が挑発じみた声で皐月たちを招く。だが先の敗戦で少年の実力を思い知っている彼女らは慎重になって挑発には乗らない。少年は何度か挑発を仕掛けてみたが、一向に出てくる気配を見せないのでやれやれと肩をすくめて嘆息した。 「仕方ないね…猿と狐の狩りも楽じゃない、か」 「誰がサルよっ!?」 花梨が声だけでキーキーと反論する。 どう見ても猿はあなたのほうです、本当にありがとうございました。 「にゃぁ〜」 いつの間にかデイパックから抜け出ていたぴろが花梨の胴をぽんぽんと叩く。 「あ、猫さん…うっうっ、そうよね、花梨ちゃんはサルじゃないよね…」 「バカやってないで、そっちも何か持ってよ! はい警棒!」 よよよと泣き崩れる花梨に皐月が突っ込みを入れつつ警棒を渡す。気を取り直した花梨が警棒を握りなおして気を引き締めた表情になる。 「そうだね、ぐだぐだ言ってないでいってみよう、やってみよう」 ぴろを肩に乗せたまま四つん這いで移動を開始する花梨。事務室内には机などの遮蔽物が多く、隠れて移動するには好都合だ。 一箇所に隠れていてはまとめてやられてしまう。ならば前後から攻撃できれば勝率も高まる、というのが花梨の考えだった。 「さて、そろそろ僕もいくよ」 花梨が動き始めたのを見計らったかのように少年も動き出す。 ステアーAUGを構えたまま前方の、皐月のいる方向へと突進する。 「生憎だけど、とっととお帰り願うわよ!」 花梨の動き出した向きとは反対の方向に、皐月が横っ飛びに飛び出し、M10を二発発砲する。 皐月が銃を持っているとは思いもしなかった少年は一瞬驚いた顔になったが、驚異的な速度で反応して銃弾を避ける。 「驚いたよ、武器は頭打ちになっていたと思ってたのにさ」 武器をグロック19に持ち替える少年。皐月は既に別の机の陰に移動していたので射撃することができなかった。 「そりゃどうも。どうやらあんたに恨みを持ってる人はたくさんいるようでしてねぇ」 最初、何を言っているのか分からなかった少年だが、すぐにその言葉の意味に気付いて笑みを取り戻す。 「…なるほど、そういうことか。まぁいいさ、なら亡霊共々葬ってやるまでだよ」 「やってみなさいよ! あんただけは私が絶対に倒す!」 少年と皐月が、同時に動き出した。まず少年が地を蹴って机の上に跳躍する。さらにもう一回、少年が飛んだ。 「机に遮られてるなら上から狙えばいいだけの話さ、そうだろ?」 だが皐月は既にそれを見切っており、ギリギリ少年から遮蔽物が多くなるような地点に移動していた。本やらが射撃を遮ってくれるはず。攻撃を凌いだ後、身動きを取れない空中に向かって反撃する心積もりだった。 「…えっ?」 だが少年の向けたグロックは、皐月のほうを向いていなかった。向けられていたのは――笹森花梨! 「ま、狙うのはうるさそうな猿からだけどね」 しまった、と皐月は思った。戦いの鉄則は相手の『穴』を突くこと。花梨が狙われるのは必定だったのだ。 「ちょ、ちょっとタンマっ!」 一方の銃口を向けかけられた花梨は、何か防げるものはないかと必死に後ろを見る。すると、ある道具が目に入ってきた。 「コレなら!」 グロックから弾丸が発射される寸前、花梨は『それ』に飛び乗って思い切り床を蹴った。 「なに…!」 花梨が飛び乗ったのは物を運ぶときに使う台車だった。滑車つきのそれは、花梨の体を楽に蹴った方向へと押し流す。少年の放った銃弾が着弾したのは、その直後だった。 台車に乗ったままの花梨が、皐月に向けて叫ぶ。 「皐月さん! 狙って!」 「がってん承知!」 花梨の合図で皐月が未だ空中にいる少年に向かってM10を発砲する。少年は舌打ちしながらも、万が一の為とグロックと同時に取り出していた例の大盾で難なくM10を受け止める。 「くっ!」 大盾の存在を確認した皐月は一旦射撃を止め、少年から距離を取ることに専念する。 弾薬には限りがある。現にもう三発撃ってしまい、残りは弾倉の中の三発と予備の弾が二発。もう五回しか攻撃を行えないのだ。 それで少年を仕留められるか? せめて銃の一丁でも奪えれば… 考える間にも、少年は距離を詰めてこようとする。獰猛な獣を思わせる体躯が、床を蹴って皐月に肉薄してきた。 反撃を行う余裕はなかった。皐月は前宙返りの要領で机の上に飛び込み、強引に体の向きを変えて少年のバックを取るように机から飛び降りる。並外れた体のしなやかさと運動能力を持つ皐月だからこそ行えた芸当だった。 ここからわざわざ銃を構えていては敵に付け入る隙を与える。間をおかずに攻撃するには格闘しかなかった。 半ば飛び上がるようにして、皐月は踵落としを少年の頭部目掛けて放つ。だがその攻撃も大盾によって遮られた。皐月同様、少年の反射神経も常人のものではない。 強化プラスチック製であるのでそれほど踵に対するダメージはなかったものの少年が大盾で押し戻したことにより数歩、距離を開けられる。 バランスを崩しかけた皐月ではあったが、思い切り踏ん張ることで辛うじて仰向けに倒れてしまうのを防ぐ。ひびが入りそうなほど踏みつけられた床を蹴って、再度皐月は格闘戦を仕掛ける。 一方の少年もそれを受けて立つかのように大盾を置いて構えをとる。 確かに大盾は攻撃を防げるが敵にダメージを与えられはしない。それに盾自体が大きく細かな動きはできないというのもあった。 疾走による勢いを得ていた皐月が、先制のジャブを放つ。少年は軽く上体を動かして避け、逆にジャブを皐月の腹部に決める。 何とも言えない気持ちの悪い感触が腹部から喉元にかけてこみ上げてくる。殴られた衝撃で胃液でも逆流しかけているのであろう。 嘔吐したいのを堪えつつ続けざまに来る少年の拳をステップを織り交ぜて回避していく。 攻撃を受け止めるのは皐月の得手ではない。どんなに身のこなしがよかろうと、所詮は女なのだ。膂力という点では少年に大きく劣っていることを、皐月は今の一撃で改めて理解していた。 しかし避けるだけでは少年を倒すことは出来ない。徐々に後ろへ下がっていく羽目になり、苦し紛れに繰り出す蹴りなども軽くいなされてしまう。 「どうしたんだい? さっきまであんなに威勢が良かったのに」 「うっさい! …まだこれからよっ!」 あからさまに余裕な態度を見せる少年に気を吐くものの状況が不利なのは間違いなかった。 どうにかして…どうにかして、『あの技』を叩き込めれば。 隙を作らせるための攻撃を何回かしてはいるのだが少年の防御は完璧に近く、下手に決めようとするとカウンターを喰らうのは必定だった。 間合いの取り方がこちらの射程に入らないようなギリギリのラインにいることも踏み込めない理由の一つになっていた。 戦闘の天才――そう言っても過言ではないほどの無駄一つない動きだった。宗一と比べてどっちが上なんだろう、と思ってしまうくらいの体捌き。 「――!?」 不意に、足元が掬われる。少年がいつの間にか足払いをかけていたのだ。 「パンチばかりに気を取られてちゃいけないなぁ」 上体がぐらりと床に向けて傾く。普通ならばこのまま転ぶのを防ぐために何とかして持ちこたえようとするだろう。しかし皐月は逆に、思い切り仰け反ったッ! 皐月が踏ん張るのを予想してさらに拳を叩き込もうとしていた少年が、一瞬呆気にとられる。その皐月は床に手をつき、受身を取るようにしながらシンクロナイズドスイミングよろしくしなやかな足を少年の顎目掛けて蹴り上げる! 「…!」 切磋に腕でガードし、直撃を防いだ少年ではあったがそこに『隙』が生まれてしまう。 その僅かなチャンスを、皐月が見逃すはずがなかった。 「うおおおおッ!」 神速。この一撃に全てを懸けるため、全身全力の力を以って皐月は咆哮と共に少年に迫った。 伸ばした腕が、少年の襟首を掴み。 車輪を思わせるかのように、少年の体がぐるり、と半回転する。 そして、皐月の足の裏が砲弾の勢いをして少年の腹に突き刺さり、皐月の十八番が決まる。 「メイ=ストームッ!」 膂力のなさを遠心力で補った必殺の一撃が、少年を宙に押し上げ、吹き飛ばす。 少年の手からグロックが零れ落ちて、床を滑り事務机の一つの下に転がる。その直後、少年の体は部屋の壁に勢いよく叩きつけられていた。あまりの勢い故にミシっと天井が軋みを立てた。 そして叩きつけられた少年は、そのままずるずると背中からもたれるようにして尻餅をつき、かくんと首を垂れて動かなくなった。 「…やったの?」 皐月が荒い呼吸をしながら立ち上がり、少年の方を見やる。まったく動かないことから、完全に気絶してしまったらしい。 「皐月さん!」 隠れていた花梨がぴろを肩に乗せたまま皐月の元へとやってくる。どうしてか頭を押さえていたが、きっと台車で移動したときに頭でもぶつけたのだろう。ひょっとしたら軽く気絶していたかもしれない。 「勝ったの? あの子は?」 「見ての通り。私の完全しょーりよ。ほら、あそこで伸びてる」 皐月の指差した方向を見た花梨が、「ホントだ…」と感慨深く言った。 「苦戦したけど、まー上手くアレを決めることが出来てよかったよ。ピンチを逆に生かした攻撃だったね、今のは」 「めいすとーむ…だっけ? よく見えなかったんだけど、すごいねアレ」 花梨が身振り手振りで少年の飛んでいった様子を再現する。皐月は満足そうに頷いた。 「うん、対宗一用に開発した私の必殺技。今までで一番綺麗に決まったはずよ。…ふぅ、けど何か疲れたな…」 時間から言えば僅か数分にも満たない間だろうがひっきりなしに動いていたのだ。今更ながらに疲労と痛みが戻ってくるのを、皐月は感じていた。 けど、もういい。とにかく、あの少年を退けることに成功したのだ。それにこの程度の怪我にもならないような怪我など皐月は気にするような性格ではなかった。 「それで皐月さん…あの子…どうする? …その、やっぱり…」 花梨が遠慮がちに言う。少年に止めを刺すかどうか訊いていることはすぐに分かった。 「…もういいよ。ブッ倒してやったんだから。武器奪ってそこらへんに縛りつけときゃいいでしょ」 智子や幸村を殺害したことは今でも許せない。しかし、だからと言って復讐に走ってこの少年を殺害したところで二人が戻ってくるわけではないし、二人だってそれを望んではないないだろう。 それに真の敵は主催者であって少年ではない。少年とて哀れな犠牲者かもしれないのだ。 「そっか…それでもいいよね」 花梨はどこかホッとした表情で胸に手を合わせる。花梨も本心は殺したくはないのだろう。 「そうよ。私たちは殺し屋じゃないんだからね。…さ、早く荷物を回収して行きましょ」 「うん。…それにしても、以前は相当手強かったのに今回は結構あっさり勝てたよね。どうしてだろ?」 「あっさりってほどでもないんだけど…多分、相手に『慢心』があったからだと思う。私たちをいつでも楽に倒せるって思い込んでたんだよ。確かに、実力には開きがあったんだけど…」 そう言いながら少年に縄をかけてやろうと近づいた、その時だった。 「なるほどねぇ…それは勉強になるよ」 皐月、そして花梨も耳を疑った。その言葉と共に、素早くダブルアクション式拳銃を取り出していた人物、少年が。 「だけどね、君たちの実力で僕の能力を測ること自体間違っていることに気付くべきだったんだよ」 皐月の体の中心目掛けて引き金を引き絞っていた。 「――!」 血を噴出させながら、皐月の背中から二発銃弾が飛び出すのを、花梨は呆然として見ていた。 体の平衡感覚を失った皐月がふらふらとさ迷い、事務机にもたれかかるようにして倒れるまで、ほんの数秒もかからなかった。 「…さ、さつき、さん」 まるでさっきの少年のようにぴくりとも動かなくなった皐月に、震えた声で呼びかける花梨。返事が返ってこないことは半ば分かっていたが、それでも声をかけずにはいられなかった。 しかし、当然皐月から声はない。即死しているか、そうでなくても瀕死なのは明らかだった。 「余裕があれば君も殺してあげられたんだけどね、生憎こっちには弾が二発しか入っていなかったんだ。だから君に一つ、チャンスをあげるよ」 そう言うと、少年が手を上げて指をパーの形に開く。にこやかに笑いながら少年は続ける。 「五秒だけ時間をあげよう。その間に僕を攻撃してもよし。逃げるもよし。しかし五秒が経過したら――容赦なく、君を殺す」 最後まで言い切った瞬間、少年の瞳がおぞましいくらいの殺気を放ったのが、花梨には分かった。 絶対的な恐怖。急に北極にでも連れてこられたかのような寒気が包む。 立ちすくんで、花梨は動くことができなかった。 「さて、カウント開始だ。5…4…」 親指から順に指が閉じられていく。死の宣告というにはあまりにもチープだった。 「あ…あ…」 行動を起こさねばと脳が命令するのだが、身体に伝わらない。歯がカチカチと震えて何も出来ない。 「3…2…」 薬指が閉じようとした、その瞬間。 「にゃあっ!」 ぴろが思い切り泣き声を上げて、花梨の腕に噛み付いた。 「っ!」 刺すような痛みを感じたが、それが金縛りを解く引き金となった。弾かれたように後方へとダッシュする。命令が、ようやく届いた。 滑り込むようにして机の陰に隠れる。直後拳銃の再装填を終えたと思われる少年の銃弾が、机の角を削り取った。 「戦う道を選んだか…所詮、弱者の悪あがきに過ぎないだろうにね」 少年は素早く移動すると床に置いてあった大盾を回収し、武器もステアーAUGに持ち替えた。万全の重装備である。 「黙れっ…よくも…よくも皐月さんをっ…許さない!」 机越しに響く花梨の憤怒の声。普段なら考えられないほどのドスの利いた低い声である。 「…すぐに会えるさ、あの世でね」 少年が攻撃態勢に入ろうとした、その時。 「…っ!?」 少年が横を向いたかと思うと、急に大盾をそちらに向けた。その直後、部屋に耳をつんざく程の大きな銃声が響く。 ガシャン! という何かが割れたかのような音が聞こえたかと思うと、少年の体が軽く吹き飛ばされていた。 「え、な、何…?」 机の陰に隠れていた花梨には何が起こったのかさっぱり分からない。分かるのは片手を押さえている少年と、その周辺に大盾だったものと思われる破片が散らばっていることだけだった。 「…来たか。まったく、どうしてこう邪魔が入るかな…」 少年が呻く。その声は恋焦がれた人を待ちわびるかのようでもあり、邪魔されたことを憎々しく思っているかのようにも感じる。 「ちっ…相変わらず勘のいいガキだ」 その声は、花梨が今までに聞いたことのない、男の声だった。 (…新手? それに…あいつを知ってるの?) 「悪いけど今取り込み中なんだ。後にしてくれないかな…国崎往人?」 「悪いな、俺はムカつく奴の邪魔をするのが大好きな人間なんでな」 国崎往人と呼ばれた男は、両手に構えたフェイファー・ツェリスカを下ろしながら、凶暴な目を向けた。 * * * 山越えを果たした往人は、まず「自分が少年だったら」という立場になってみてどうするだろうか、ということを考えてみた。 殺人ということに何の躊躇いもない人間だ、どんな人間だろうとお構いなしだろう。 ならば、民家などの建物に隠れている人間を襲うのではないか? この島にいる参加者の全員が全員神岸などのように知り合い探しに奔走しているわけでもないはずだ。保身を図る者、あるいは既に知り合いを見つけたもののそれ以後どうしてよいか分からず今は隠れて戦闘を避けようという考えの人間だっているはずだ。 自分でさえ観鈴などの知り合いがいなければ前者の考えに至っているはずだった。 そして、そういう者は得てして戦闘が不得手だったりする。狡猾な人間ならばまずはそこを突く。 放送から考えてもまだまだ生き残りは多いのだ。がむしゃらに戦うよりもそちらのほうが余程安全かつ有効な武器を手に入れられる確率も高いはずだ。 少なくとも…自分が少年であれば、そうする。 「…よし」 考えをまとめた往人はまず近隣にある鎌石村をあたってみることにした。放送からは既に何時間か経っているはず。何かのアクションがあってもおかしくない。それを絶対に聞き逃してはならなかった。 フェイファーを取り出しながら、いつ戦闘が起こってもいいように体勢を整える。 それにしてもやけに重たい銃である。ずっしりというよりもドシン、という響きのほうが似合うくらいの重量感。女子供にはまず扱えない代物だろう。 あのガラクタ――恐らくはロボットの類だろう、テレビのCMか何かで見たことがある――ならそういうのも気にならないのであろうが、人間である往人にはそれは確実に、負担をかけるものになる。 「まったく、配慮ってものがなっちゃいない…」 誰にでもない文句を垂れようとしたその時、ごく小さな音であるが銃を乱射したと思しき音が往人の耳に飛び込んできた。とっさに身を伏せて流れ弾が当たらないように努める(まあ実際には音が聞こえた時点で銃弾は過ぎ去っているのだが)。 「マシンガンか!? この音は…」 必死に頭を振って音源を探ろうとする。『少年』はマシンガンらしきものを持っていた。ならこの音も奴である可能性も高い。 全神経を集中して次の銃声を待つ。戦闘している者に対しては申し訳ないが、まずは敵の場所を探ることが肝心だ。 一転してシンとした静寂のみが往人の周囲を包む。時折吹く風の音だけが時間が流れている様を示していた。 聞き漏らしはしない。 集中力に関しては、空腹でもない限り往人には自信があった。人形劇で鍛えたそれだけは人に負ける気がしない。 目を閉じて意識を集中する。いつものように、しかし人形にではなく、風に意識を傾ける―― 「――聞こえた!」 二度目の銃声は単発が続いた。弾切れなのか温存しているかは知らないが、場所はほぼ感じ取れた。 「あの建物かっ!」 一直線に向かった先は、鎌石村消防分署。なるほど、銃声が小さいように思えたのは室内でやりあっていたからか。 ここで往人はふと、もしそこに少年がいなかったら、という想像をしていた。マシンガンの音が聞こえたとはいえ果たしてそれが少年であるとは一概には言えない。もしかすると別人がやりあっているだけに過ぎないかもしれない。 その場合、往人はどんな行動を取るべきかと考えた。放っておくという考えもあった。人様の争いなんてどうでもいい、と。 しかし冷静に考えてみれば戦っているうちのどちらかが少年と同じタイプの人間かもしれないし、あるいは戦っているのが自分の知り合いかもしれない(そういう連中じゃなさそうだが)。結局は戦いを止めさせたほうが知り合いの生存率を高めることになる。 「やれやれ、正義のヒーローを気取るつもりはないはずだったんだがな…」 知り合いとだけ合流するつもりだったのがこんな方針になるとは。何もかもあの忌々しいクソガキのお陰だ。そう思ったところでまた何発かの銃声が聞こえた。それに混じって悲鳴らしきものも聞こえる。 誰かが殺されたか!? 往人の足が、知らず知らずのうちに早くなる。床を蹴る音も比例して大きくなってゆく。 「頼むから、観鈴がいるって事態だけは勘弁してくれよ…!」 祈りながら銃声の聞こえた部屋に飛び込む。そこには―― 「黙れっ…よくも…よくも皐月さんをっ…許さない!」 「…すぐに会えるさ、あの世でね」 姿こそ見えないが、怒りを露にした女と思しき人間の声と、すぐ傍の机に血を流しながらもたれかかっている女。そして… アサルトライフルを持った、あの少年の姿があった。 女の正体が誰かを考えるよりも先に、往人はフェイファーを構え、狙いをつけていた。 「…っ!?」 少年が横を向いたかと思うと、急に大盾をこちらに向けた。その直後、部屋に耳をつんざく程の大きな銃声が響く。 ちっ、気付かれたか。 少年の体は軽く吹き飛ばされていたにもかかわらず盾で防御したせいか、損傷はまるでない。破壊に成功しただけマシだが。 「え、な、何…?」 困惑する女を他所に、少年が笑う。 「…来たか。まったく、どうしてこう邪魔が入るかな…」 「ちっ…相変わらず勘のいいガキだ」 少年は散らばった盾の破片を蹴散らしながら気だるげに呟く。 「悪いけど今取り込み中なんだ。後にしてくれないかな…国崎往人?」 「悪いな、俺はムカつく奴の邪魔をするのが大好きな人間なんでな」 往人は、両手に構えたフェイファー・ツェリスカを下ろしながら、凶暴な目を向けた。 今度こそ、決着をつけてやる。 【場所:C-5】 【時間:二日目午前11:30】 国崎往人 【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬10発、パン人形、拓也の支給品(パンは全てなくなった、水もない)】 【状況:少年の打倒を目指す】 笹森花梨 【持ち物:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、青い宝石(光一個)、手帳、エディの支給品一式】 【状態:光を集める。少年を必ず倒す】 湯浅皐月 【所持品:セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、S&W、M10(4インチモデル)3/6、予備弾2発、支給品一式】 【状態:光を集める。瀕死】 ぴろ 【状態:花梨の傍に】 少年 【持ち物1:38口径ダブルアクション式拳銃(残弾10/10) 予備弾薬59発ホローポイント弾11発】 【持ち物2:智子の支給品一式、ステアーAUG(8/30)、グロックの予備弾丸2発】 【状況:頬にかすり傷】 その他: 強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)は完全に破壊。グロック19(14/15)は床に落ちている。 - BACK