見開かれた瞳が、月明かりの下少女の姿を映し出す。 彼女の手には拳銃が握られている。 城戸芳晴に逃げ場はなかった。芳晴の腕の中には、くたっと力の抜けたルミラの遺体が寄り添っていた。 ルミラの首に刺さったままのナイフからは、今もまだどくどくと彼女の血液が流れ続けている。 そしてずっと芳晴の腕を、その生暖かい温度が包んでいた。 残された銃弾は一発、それは朝霧麻亜子の現実でもある。 目の前には狩るべき獲物がいる。麻亜子もそれを逃がす気など、さらさらないだろう。 しかし、銃弾は一発限りだ。芳晴にSIGを向ける麻亜子であったが、迷いは決して拭える類のものではない。 また、麻亜子にはまだ拳銃以外の武器があった。 ルミラに投げつけた投げナイフとは違う、もっと彼女の手の中にしっくりと納まるもの。 数時間前、麻亜子が着用している制服の持ち主であった長森瑞佳の首を裂いたもの。バタフライナイフ。 それは今、彼女の制服のポケットに収められている。 一歩一歩確実に刻まれていく距離、思考回路を止めることのない麻亜子は同じように足も前進させ続けていたままだった。 芳晴との距離はどんどん縮まっている、しかし目の前の彼が何か行動に出る気配はない。 萎縮してしまっている、このような獲物を狩ることは彼女にとっては容易いことだった。 ようは、何事もタイミングが命なのであろう。 一発相手の度肝を抜いてしまえば、もう場のペースは入手したも同然となるのだ。 舞台慣れ。そう表せばいいのだろうか……麻亜子にとって、そのような状況など慣れ親しんだものだった。 生徒会長としての自分。遊びにも全力な自分。 とにかく、麻亜子はいつも場を手中に収める立場の人間だったことは確かである。 今、この朝焼け前の曇り空の下。 人気のない森は、麻亜子のグラウンドと化していた。少なくとも麻亜子本人はそう理解していた。 無駄を省こうと模索する麻亜子の脳は、時間にすれば数秒というこの間で取るべきベストな行動を導き出している。 罠にはまった子兎を狩るのに、銃器まで出すことはないということ。それが麻亜子の出した結論だ。 「そんじゃね、恨むならあちきではなく神様にしとくれよ」 おもむろにSIGをスカートのポケットの中へと仕舞い込むと、麻亜子はその代わりに慣れた手つきでバタフライナイフを取り出した。 金属の馳せる音、晒された刃に芳晴の目が見開かれる。 追い込まれた者、まさにそれが取る動作に麻亜子の顔には自然と笑みが浮かび上がっていた。 長森瑞佳もそうだった。何が起こったか分からない、終始そういった戸惑いを拭えぬまま息を引き取った少女の姿が麻亜子の中で反芻される。 弱い者には死ぬ運命しか与えられない、それがバトルロワイアルというものだ。 ……いつからだろうか。彼女が人の命を奪おうとする行為に対し、こんなにも自然と振る舞うようになったのは。 覚悟の違い、そう。他の参加者達と麻亜子の間で確かに存在した思いの違いが影響しているのは間違いないだろう。 守るべき命があるということ、そのために自らの手を汚すことに躊躇を麻亜子が覚えなかった。それだけのことだ。 しかし、それだけでは説明できない事がある。 「……ん、で……」 「おや、命乞いかい? 馬鹿だねぇ、そのお姉さんの成りの果てを見りゃ意味なんてないって分かるだろうに」 「な、んで……あんたは、笑ってられるんだ……」 「は?」 麻亜子の頬が引き締まる。芳晴の言葉を受けてということは、一目瞭然だった。 「何であんた、そんな……笑ってられるんだ……人を殺すのが、そんな楽しいのか……?」 「そんな訳ないよ、楽しいなんて思っちゃったらキのつく人になっちまうって。あたしだって、やらなくていいなら勿論殺らないさ」 「じゃあ、人を殺す理由ってのがあんたにはあるのか?」 「そりゃーね。まぁ、あれだよ。あたしにも守りたい人がいるっつーことで」 「……誰かを守るために、自分とは関わりのない誰かを殺すのか? どこにそんな必要がある」 芳晴の言葉に麻亜子の眉間に皺がよる。話はどこか、妙な方向へと向かっていた。 「あんた、おかしいよ」 「面白いこと言うね、ちみ。ここに来てそんな口きく子にあったのはお姉さん初めてだよ」 「おかしい、おかし過ぎる。ありえない」 「ありえなくなんかないって。それこそこの時点で何の覚悟も決まってない、ちみの方がおかしいんじゃないかね」 改めて交錯する視線、しかしそこに互いの意思が交わる気配はない。 麻亜子も芳晴も、言葉に表すならば不明瞭としか言いようのない思いを抱いているだろう。 それがこの島で行われている「バトルロワイアル」という現状を知っているか、知っていないかの違いだが……当の本人達がそれを知る術はなかった。 「……覚悟って、一体なんの覚悟だよ……」 「だめだこりゃ、話にならないわ」 溜息を吐く麻亜子の様子に、芳晴の瞳が揺れる。二人の距離は既に三メートルを切っていた。 麻亜子はそんな芳晴に対し冷たい眼差しを送りながら、徐にナイフを振り上げる。 「もういいよ。死ね」 座り込んだまま鈍い反応しか返して来ない一般人相手に、麻亜子は死の宣告を告げる。 怯えたまま何もしない弱い生き物が立て続けに二匹、それこそ麻亜子にとっては無学寺にて争った事が懐かしくも感じるほどだった。 こうして、久寿川ささら等生徒会メンバーを守るために麻亜子はこれからも他の参加者を襲い続けるだろう。 相手が何であれ、牙を向くだろう。 勿論勝ち目のない相手に対し無謀な行動に出ることはない、確実に仕留められる舞台を用意した上で動くのだ。 彼女にはそれをできるだけの要領の良さと、頭の回転の速さと、度胸がある。 迷いはない。覚悟が決まっている者の強みである。 麻亜子自身に自覚はないであろうが、彼女の頬はまた自然と緩み邪悪な表情を作り上げていた。 さあ、ではまた新たな獲物を探すべく、目の前の一般人を始末しようじゃないか。 手っ取り早く。 奇妙なことばかり吐く。 偽善的とも思えるその清らかな瞳を。 消そうじゃないか。 「神よ……あなたは俺に、何という試練を与えたのか」 ぼそりと呟かれた言葉、芳晴のものである。 振り下ろしたバタフライナイフが深々と地面に突き刺さったと同時に、それは麻亜子の側面から囁かれた。 刺さったナイフが中々抜けず苦戦しながらも顔だけは芳晴の方へと向ける麻亜子、彼女の視界が捕らえた芳晴の瞳の色に麻亜子の心臓が一鳴りする。 迷いと戸惑いに満ちていたそれは、今揺るぎない色を湛えていた。 どういうことか。麻亜子がその意味を考える前に彼女の体に衝撃が走る。 バタフライナイフがようやく外れ、体勢を整えようと立ち上がろうとした麻亜子が感じたのは焼けるような痛みであった。 熱の出所は彼女の太ももであり、そこには一本のナイフが麻亜子の肉を貫き抉りこまれていた。 ナイフの柄には見覚えがあり、先ほど自身がルミラに向かって放ったものだろうかと麻亜子の脳裏を推測が走るが彼女にはそれを確認する余裕など与えられない。 今度は頭部に痛みを叩き込まれる、蹴りを食らったという事実を麻亜子が認識する前に彼女の体が地面に沈む。 弛緩する体。突然の出来事に、麻亜子の体は硬直する。 訪れた現実を脳が受け付けず、拭えない混乱が麻亜子を支配し続けていた。 それは奇襲をかけられた、一般人の反応だった。 「……」 場に響くのは麻亜子自身の荒い息のみである、芳晴は無言で麻亜子の体を弄んでいた。 戸惑いの消えた青年の顔が月明かりのおかげで反面だけ覗いている、麻亜子は薄く目を開けそれをぼーっと眺めていた。 芳晴の表情は、あくまで冷たかった。 先ほどまでの困ったように寄せられた眉は、そこにはなかった。 這い上がるように半身を上げる麻亜子、しかし即座に振るわれた蹴りが再び彼女を沈黙させる。 「ごめん」 小さな呟きだった、しかしそこに漬け込む隙という物がないことを麻亜子は瞬時に理解する。 反面だけ捉えられた芳晴の顔が、麻亜子の頭から離れることはないだろう。 経験が物語るとは誰が言ったか、彼の表情に含まれた雰囲気の重さに麻亜子はただただ圧倒された。 迂闊だった。相手を舐めていたからこんな目にあったのだと、麻亜子は自分に言い聞かせようとする。 事を有利に進め続けた結果がこれであり、自分の力を過大評価しすぎていたという事実が今に到っていると。 (第一印象でこいつの力量を決めつけちったってのが問題だったか……) 唇を噛み締める麻亜子の視界に、先ほどまで芳晴が抱いていたルミラの姿が端に入る。 そっと横に寝かされているルミラの表情は穏やかだった、しかし麻亜子がそれ以上のことを考える前に彼女の元へと影が落ちる。 芳晴だ。その手に握らされたごつい作りのアーミーナイフが真っ赤に染まっている理由というのを考えるだけで、麻亜子の思考回路はグラグラと揺れ始める。 麻亜子自身が所詮は小柄な小娘だということを、彼女の頭脳は理解することを拒み続けていた。 刺された足の熱さに酔いそうになる、投げナイフはいまだ太ももに刺さったままだ。 このままここで終わるのかと靄のかかった視界の中麻亜子が思いついたのは、大切な、大切な日常を構築しあったかけがえのない仲間達だった。 「じょう、談……終われるわけないっしょっ?!」 頭を一振りし視線に力を込め、弱気がちらつく自身へと麻亜子は渇を入れ直す。 そしてそれと同時に切り札とも呼べる一丁の拳銃を取り出すべく、麻亜子はバタフライナイフを手放すと自身のスカートのポケットへと手をつっこんだ。 「死ね! あたしに牙向いたこと後悔させてやるよ!」 残りの銃弾は一発、しかし麻亜子は取り出した勢いのままろくに照準をとることもなく引き金へと指をかけようとした。 確かに芳晴との距離は決して長いものではない、そこに問題はないだろう。 だが、いつまで経っても拳銃から弾が発砲されることはなかった。 見開かれる麻亜子の瞳が、信じられないと物語る。 今、麻亜子の目の前には芳晴の顔があった。 一気に距離を詰められたのだろう、それは少し顔を寄せれば唇を合わせられるぐらいだだった。 しかし芳晴の眉間に寄った皺が、そんな雰囲気を粉々に砕く。 次の瞬間彼女の視界を彩ったのは、真っ赤な血飛沫のシャワーだった……その出所は、彼女の利き腕である右腕だ。 何か言葉を発っしようとする前に襲われた痛みに、麻亜子は声にならない喘ぎを漏らした。 あのごつい作りのナイフに裂かれては、麻亜子の右腕ももう使い物にはならないだろう。 いくら彼女が力を込めようとしても、SIGは麻亜子の指からすり抜けてしまう。麻亜子の意思は、届かない。 その間も、麻亜子の右腕からの出血は止まらなかった。 さーっと熱の引いていく自身の体に、麻亜子はここにきて本当に慌て始めた。 左手で患部を隠すように覆うものも指の間から漏れる液の量に変わりはない、その温度に麻亜子の顔色からはさらに血の気が引いていった。 ※ ※ ※ 『先輩』 『まーりゃん先輩!』 不意に聞こえた声は、愛しい仲間達のものだった。 可愛らしい後輩達のそれが麻亜子の脳を埋めていく、それが自身の幻想であることを理解した上で麻亜子は耳を傾けた。 差し込む日の光が眩しい、慣れ親しんだ温度から春の生徒会室だと予想できる。 生徒会メンバーで飽きることなく声を上げて笑いあった思い出に、麻亜子は胸が疼くのを感じた。 これは何か。走馬灯ではないだろう、麻亜子の得た傷は決して致命傷と呼べるものではない。 だがこのタイミングで思い出したそれに、麻亜子は酔いしれそうになる。 甘美な記憶が紡ぎだしたのは、麻亜子が現実から逃げ出すことを望んでしまった証なのかもしれない。 (あの頃に、戻りたいよ……) 楽しい時間は永遠に続くと思っていた。だが、それはこんなにも呆気なく幕を閉ざそうとしている。 この島に連れてこられた時点である程度の覚悟は必要かもしれないが。それでも。 麻亜子はそれを認めたくなかった、守るものがあるからこそ武器を手に取ることも恐れなかった。 しかし。 それでも。 えいえんはなかった。麻亜子の望む永遠は、今、こんなにも簡単に、終止符をつけられそうになっていた。 「えいえんはあるよ」 声。このタイミングで聞こえたそれは、麻亜子にとって全く聞き覚えのない小さな少女のものだった。 「えいえんはあるよ。ここにあるよ」 少女の姿を視覚することはできなかった、しかし声は確かに麻亜子の耳に届けられる。 永遠。 それだけでは、何の意味も言葉を持たない言葉。 永遠は、永遠に成り得る「何か」がある上で成立する。 少女は言った、「えいえんがある」と。 誰に対してか、勿論麻亜子である。 麻亜子の望むものは、麻亜子の望んだ楽しい放課後の時間だ。 あの輝かしい日々がいつまでも続いてくれるということ、それはあまりにも甘く、そして、ご都合主義的だった。 「……で?」 「なーに?」 「で、その永遠っつーのが、あたしの望む永遠だった場合さ」 「うん」 「今この島に投げ込まれちゃったあたしの仲間達も、この争いから解放できるってこと?」 「……」 少女からの答えはない。ああ、やっぱりと。麻亜子は一つ、溜息をついた。 「なら、いーや」 「どうして?」 「あたしだけの幸せっつーんならいらないよ。あたし以外の皆の幸せならともかくさ」 「あなたは幸せになりたくないの?」 「なりたいさ。でも、あたしの幸せなんかよりも、あの子達の幸せの方が何倍も価値あるもんよ」 「そうなの?」 「そうなんだよ」 不思議そうに首を傾げている少女の姿があまりにも容易く想像でき、麻亜子は一つ苦笑いを浮かべた。 そして。その緩んだ頬に、指摘された芳晴の言葉が重なり合う。 「それに……あたしだって、あの子達のためとはいえ何人も殺しちゃったしね。」 修羅になるということと、人の命を弄んだということは決してイコールには繋がらない。 だが、そこにゲーム感覚のようなものを全く含めていないといったら、麻亜子の場合それは嘘になってしまう。 誰かを守るために誰かを狩るという行為、そこにある免罪符的な意味をここに来て麻亜子は自覚していた。 楽しくなかったと言ったら、嘘になってしまうということ。麻亜子は今でも忘れられなかった。 力なく地に這う名も知らぬ中年男性のことを、驚きに満ちた巳間晴香の瞳を。 混乱する宮内レミィの様子を、してやったりといった表情の小牧郁乃に止めをさした時のことを。 そして、怯え涙する長森瑞佳のあの表情を。 手にかけた彼等に対し、麻亜子は申し訳ないといった詫びる気持ちなど一切抱えていなかった。 久寿川ささら等を守るためには、仕方ないことだからである。 これが免罪符だ。 「それだけならねー、でもねー……やっぱり今でも、あたしはあたしなんだよ」 「どういうこと?」 「反省もない、後悔もない。……や、ちこっとはあるよ? ほれ、遊びすぎちゃったかなーとか」 「ふーん」 「でもさ、ホントは遊ぶっつーのは不謹慎なんだよね。だってあたしが誰かを殺せば殺すほど、その分嫌な思いする人がいるだろうに」 「それは、あなたが味わいたくない思い?」 「そうだね。それプラス、あの子等に味あわせたくない思い。でも、基本は反省も後悔もないかんね。 だって、やっぱりあたしにとってはあの子等が一番なんだもんよ」 「でも、いいの?」 「え?」 少女の声色が曇る。 「だって。あなた、死んじゃうもん」 「……やっぱり?」 「うん。あなたの大切な人達、嫌な思いするね」 「そっか……うーん、困ったなぁ。さーりゃんの涙には心底弱いかんねぇ」 「それでも、えいえんはいらない?」 「いらないってば」 鼻で笑いながら、麻亜子は答える。 「あたしだけ幸せな時間なんていらんよ。それに、貰えるなら罰でいい」 麻亜子の中に生まれた、不謹慎な自分をどうか嗜めて欲しいという願い。 張り倒して欲しいという衝動。 調子に乗ったと一言で表せば簡単だ、しかしそれが原因となったこの結果に対し麻亜子は自嘲以外の感情など持つことができなかった。 「ここで終わんのは、自業自得なんだかんね。驕ったあちきがお馬鹿さんだったってだけさ」 「そう?」 「そう」 「それじゃあ、やり直したいとかは思わない? この島に、最初に来た所から」 「あはは、そりゃいいね。後悔先に立たずとはよく言うけど、こんなオチにはまーりゃん先輩もがっかりだものさ」 「それならお願いしてあげる、あたしからも。次にまたこんな機会が設けられたなら、絶対あんたをメンバーにぶち込んでやるって」 「……はい?」 「あんたの友達も、何もかも、全部、余す所なく。ぶち込んでやる」 少女の声が冷え切ったものに変化する。そこに含まれた怒りに気づき、麻亜子はここに来てまでさーっと血の気が引いていく思いを感じた。 「苦しめ、そして地獄の業火に焼かれて死ね」 「な、何だよ急に……」 「あんたのことはよく分かった。例えば久寿川ささらを傷つける世界にあんたを閉じ込めても、あんたを痛みつけることだけなら簡単にできる。 でもあんたの場合は、この現実で起こる痛みに対しての方がずっと大きな悲しみを抱えるかなって思った。 あんた、頭は悪くない。妄想と現実を一緒くたにしないタイプだ。閉じた世界に閉じ込めても、きっとあんたはその虚構に気づいてしまう。 ……それなら、あたしはあんたの前で起こる現実を侵食してやるだけだ。 呪いだよ、これは。瑞佳をいじめた罰だ。あたしはこれから先ずっと、あんたを祟りながら存在し続けてやるから。 覚悟しろ。お前の幸せなんて、あたしは絶対認めない」 少女との交信は、そこで切れた。 そしてこれが、麻亜子が朝霧麻亜子としての意思を持つことのできた最期の瞬間でもあった。 ※ ※ ※ はぁ、はぁという荒い息が朝焼けの森の中響き渡る。 掠れた声は芳晴のものだった、彼は大きく肩を上下させながら地に横たわる少女を見つめている。 幾分か前から、少女は既に身動きを止めていた。その意味を確かめる度胸が、芳晴にはなかった。 襟元から覗くさらされた少女の首には、芳晴が手にしていたアーミーナイフが深々と刺さっている。 右腕の切り傷に気を取られていた少女に止めをさす形で、芳晴はそれを刺し込んだ。 (この悔しさを、何とかしたかったんだ……) 気づいたら自然と動いていた体、人ではない存在との争いに慣れている芳晴にとって勢いのまま飛び掛ってくるだけの少女を避けるくらいなら容易いものだ。 実際芳晴には喧嘩慣れしているという側面などはない、人ではない存在との争いもメインは術となっている。 相手がただの一般人であるからこその、芳晴の勝利であった。 (憂さ晴らしなんてもんじゃない……) しかしそんな芳晴の胸中を今満たしているものは、虚無以外の何物でもなかった。 一時の憤りかもしれない感情、しかし芳晴は確かにそれに流されたということ。 今になってその罪悪感に、芳晴は苛まされていた。 「ルミラさん……」 感情のある存在を『消す』という行為だけ見れば、芳晴はそこに躊躇など抱かないだろう。 エクソシストという芳晴の能力が彼の一部の思考を麻痺させている、それは確かな事実である。 しかし、それでも。 同種である人間を『消す』のは。 芳晴も、初めてだったということが。 この、場に広がる生々しい赤の臭気が。 「ルミラさん……」 呆ける芳晴の言葉に、答える者はいない。 ただ一筋、芳晴の頬を伝う雫だけが彼の感情を表していた。 城戸芳晴 【時間:2日目午前6時前】 【場所:H−9】 【持ち物:名雪の携帯電話のリモコン、他支給品一式】 【状況:ルミラと麻亜子の返り血を多少浴びている、エクソシストの力使用不可、他のメンバーとの合流、死神のノート探し】 【備考:バトルロワイアルに巻き込まれていることを理解していない】 朝霧麻亜子 死亡 ルミラの持ち物(全支給品データファイル、他支給品一式)はルミラの死体傍に放置 アーミーナイフは麻亜子の首に刺さったまま 投げナイフは麻亜子の太ももに刺さったまま 麻亜子の所持品(某ファミレス仕様防弾チョッキ・ぱろぱろ着用帽子付、制服、支給品一式)、SIG(P232)残弾数(1/7)、バタフライナイフは麻亜子の遺体周辺に放置 - BACK