永遠のサンクチュアリ




「……これから、どうしましょうか」

長く続いた沈黙を、久寿川ささらがそっと破く。
部屋に戻ってからも彼等を包んでいるものは、重苦しく暗いだけの空気だった。
余程ショックだったのだろう、折原浩平は呆然と畳を見つめ続けている。
そんな彼を隣で心配そうに見つめいるイルファ、もう泣き過ぎて目が真っ赤に腫れてしまっている沢渡真琴など上手くまとまっていないメンバーの方針をささらは先導して考えようとしていた。

宮内レミィの死体を見つけてから、かれこれ数十分の時間がゆうに過ぎている。
ささらは焦っていた。人が人を襲い実際に被害が出てしまっているという事実は、今も彼女の精神を啄ばんでいる。
だが、ささらはそれを表情には臆面にも出していなかった。
トップに立つ人間が弱みを見せてはいけないという心構えを、彼女は充分に理解しているからである。
本当は彼女も泣きたかっただろう、この痛む胸を慰めて欲しかったろう。
しかしささらは、それを望まなかった。
確かに存在する心細さをしまい込み、ささらは三人の様子を見ながら彼等の言葉を待ち続ける。
生徒会長として人をまとめる能力に長けた者ができる役割を、彼女は必死にこなそうとしていた。

それは、在りし日の幸せな時間を彼女にも思い出させることにもなる。
大好きな先輩、淡い恋心を抱いていた後輩、そして楽しかった生徒会の時間を共に作り上げていた仲間達が、ささらにとっては一番大切な存在だった。
……そんなささらにとってかけがえのない人物達は、全て、余す所なく、この島に連れ込まれている。
寂しい、怖い、会いたい。そんなストレートな気持ちと、それに通じる形でささらの行動指針にもなっている一つの決意。

幻滅させたくない。
弱音を吐いて何もせず、自分の殻にこもってしまう姿を仲間達に見られてしまうことを、ささらは一番に恐れていた。
それは恥だ。しかしささらにとって、それはプライドという一言で表すような自分の地位を守るための言葉ではない。
ささらの場合は、あくまで大切な仲間達へ向けての思いが全てである。
せめて再会できるその日まで自分にできる精一杯をこなしていたい、誇らしい姿でいたいという願いだけを胸に秘め、ささらは一人ピンと背筋を伸ばしていた。

「……私、ゆめみを追いかけたい。七海も、心配……」

泣き続けたことが原因だろう、少し掠れた声は目元が真っ赤に晴れ上がった真琴が漏らしたものだった。

「そうですね、確かにゆめみさん達の行方は気になります。
 ……今、私達にできることを考えた場合、それが最善かもしれません」

各々を見回しながら、ささらは真琴に対し同意の言葉を口にする。
しかし問題は、ゆめみ達が場を離れてからの時間があまりにも経ってしまっていたことだった。
彼女等が逃げていった方面というのも曖昧にしか分からないという状態では、簡単に行く先を決めることもままならない。
どうしたものかと、ささらも押し黙るしかない。
そんな時だった。

「すみません、私は久寿川様達と同行することはできません」
「イルファさん?」

ふせめがちな瞳のまま、正座をしていたイルファが静かに頭をもたれていく。
イルファの行動の意味を、ささらはすぐには理解できなかっただろう。彼女もすぐの反応を取ることができないでいた。

「お話しておりませんでしたが、この島には私にとって誰よりも優先すべき大切な方がいらっしゃるのです。
 途中、私はその方とはぐれてしまいました……今もその方は、この暗闇の中私を求めて彷徨っていらっしゃるのかもしれないのです」
「そう、だったんですか……」
「お役に立てず申し訳ありません。では、失礼します」

もう行くの、という真琴の声に振り返ることなくイルファは自分のデイバッグを右腕に引っ掛けながら立ち上がる。
浴びる視線、だがイルファはそれを気に留めることなく一人出口へと向かって行った。

「……んで、だよ」

ここまで発言を行っていなかった、一人の少年の呟き。イルファの足がふと止まる。

「なら、何で……さっさと一人で出て行かなかったんだよ……こんな、もうあれから時間だって、こんな、経ってからで……」
「折原様……」
「他にやらなくちゃいけにことあんなら、こんなことにかかずらってる暇なんか……っ」
「こんなことじゃ、ない」

ひしっと右方に体重をかけられ思わず浩平の体が傾いた。
驚き視線をやる浩平、見るとその肩には真琴が両手をかけぶらさがるように掴まっていた。

「こんなことじゃ、なかったもん。だから、イルファはその大事な時間を割いてくれたんだよ!」
「沢渡様……」
「イルファ、ありがと。イルファのおかげで助かったこと、凄くある」
「もったいないお言葉です」
「イルファの分も、頑張るから。イルファは気にしないで行」
「オレも行く」

真琴の言葉を遮ったそれに、周囲の目が集中した。
真琴をどかし立ち上がると、浩平はずかずかと部屋の入り口前で立ち尽くすようになっていたイルファの元へと近づいていく。
予想外だったのだろう、イルファもポカンとした表情を浮かべていた。

「あんた一人だけにする訳にはいかないだろ。オレも行く」
「そ、そんな! お手間をおかけする訳には……」
「あんた、腕動かないだろ。右は何とかって感じだろうけど、ここに来て左使ってる所見たことねーし。
 握手した時握り返して来なかっただろ、なら右もヤバめってことだろうな。……そんなヤツ、一人放っておけるか」

慌てたように言葉を作ろうイルファに、浩平はぴしゃりと言い切った。
まさか指摘されるとは思わなかったのだろう、イルファも浩平の観察眼に心の中で舌を巻く。
しばしの間、二人は見つめ合うことになっていた。
浩平はイルファの様子を窺い、イルファはどう答えればいいか迷っている。
真琴は黙って、そんな二人を見つめていた。
ささらもである。しかし、そこでささらにはピンと閃くことがあった。

「……イルファさん。イルファさんが探している方の居場所というのは、目星などもうついていらっしゃるのですか?」
「はい。一応、鷹野神社付近だと思っています……もうかなりの距離を移動されたとは思っているのですが……」
「ゆめみさん達が逃げていった方面ではあるんですね」
「え?」

座ってください、妥協案と言うと言葉は悪いですがちょうど効率よく動くことが出来そうです。
自分のデイバッグから初期に支給された地図を出し、ささらは説明を始めた。





「それじゃーね、浩平」
「あんまつまみ食いすんなよ」
「うー、しないわよぅ」
「どうだか……ま、これは餞別だ。大事に食えよ」

自分のデイバッグからだんご大家族を数個掴みあげると、浩平はそれを真琴のデイバッグの中へ押し込んだ。
そんな浩平の鞄からは、朝霧麻亜子が落としていった鉄扇が覗いている。
矢のないボーガンはともかく、このような状況下で身を守る道具を持っていなかった浩平にとってこの落し物は非情にありがたい類のものだったろう。
……真琴はそれを渋い表情で見つめていた、しかし浩平が気づく様子はない。

「ん、それにしてもお前の鞄パンパンだな……うわ、何だよこの重さ?!」
「たくさん物が入ってた方がいいじゃない」
「無理すんなよ、それこそこんな写真集……」
「いいの、これは」

浩平が何かいう前に、真琴は既にデイバッグを胸元へと抱え込んでいた。
二冊の書籍が今後役に立つ見通しなど全くない、だがそれには真琴にとって何もよりも重大な意味が含まれていた。
アイドル写真集。それは、小牧郁乃に支給されたものだった。

ささらと真琴、浩平とイルファ。四人が二組に分かれることで、一応の決着はついていた。
いつどこで何が起こるか分からない、少人数で散ることにより二度と再会できないかもしれないというリスクはあるだろう。
しかし、それで各々が求める事に対し効率が上がるという側面をささらは正確に浮き彫りにし表した。

「イルファさん達が鷹野神社方面に行くのでしたら、ついでと言っては差し出がましいのですが……その周辺にてゆめみさん達のお姿も一緒に探して欲しいんです」

変わりに自分達はもう少し北上し、そこでイルファの探している人物も探してみる。それがささらの提案だった。
お互いの利益がぴったり合うということは一目瞭然だ、イルファもすぐに二つ返事で頷き返す。
そして、二度と再会できないかもしれないというリスクはを重々承知した上で、四人は再会の約束も交わした。

「明日の、今と同じくらいの時間に戻れればまたここに来ましょう。
 ゆめみさん達や、イルファさんの探されている姫百合さんという方が見つからなくても、です。
 ……イルファさんもこれで見つからないようだったら、無理をせずもう一度策を練り直した方が良いと考えてください。
 また、逆にイルファさん達ではなく私達が姫百合さんを見つけている可能性もあるんです。
 見つからないと言って、悲観しないでくださいね」

イルファの手を取りささらは微笑む、それは人を安心させる優しさと強さに満ちていた。

「姫百合珊瑚さん。お会いしたことはないですが、とても優秀な方だと聞いています。
 私も真琴さんも責任を持って探させていただきたいと思います。頑張りましょう」

ささらの激励にイルファも静かに頷いた。
……この島で行われていることは、殺し合いである。
人が人を襲い実際に被害が出てしまっているという事実は、今も彼等の精神を啄ばんでいる。
それでも精一杯、悔いのないよう動くしかない。誰もがそう思っているだろう。

(私には、私のできることを)
ささらはただ真っ直ぐ前だけを見つめていた。

(行ってくるね、郁乃)
無学寺を振り返る真琴の瞳に、迷いはない。

(待っていてください瑠璃様、珊瑚様……)
決意はいつも胸の内にあった、イルファは愛おしい彼女のことだけを思いその一歩を踏み出そうとする。

「よし! じゃ、行こうぜっ」

ふとイルファの右腕にかかっていた負荷が取り除かれる。
何事かとイルファが横目に見やると、浩平が彼女の腕に引っ掛かっていた荷物を横から抱え上げている図が視界に入った。
そのままイルファが二の句を告ぐ前に、浩平は彼女の荷物を持ったまま走り出す。
……自身の体が万全でないということ。それは本当に瑠璃が守れるか分からないという不安となって、始終イルファを襲い続けていた。
浩平の背中は、決して大きいわけではない。精神的に不安定な所も、無学寺の一件にてイルファは垣間見ている。
しかし宮内レミィの件など、仲間を思う純粋な優しさを持つ彼の姿はイルファの心に熱をもたらせていた。
純粋な優しさ。島に来て、ただ愛する姫百合姉妹のことだけを思っていたイルファにとっては一種の清涼剤とも呼べるだろう。
それはどこか、河野貴明にも通じるもののある一種の癒しであった。




【時間:2日目午前4時半】
【場所:F−9・無学寺】

沢渡真琴
【所持品:スコップ、写真集二冊、食料など家から持ってきたさまざまな品々、だんご大家族(だんご残り5人)、他支給品一式×2(食料共に少し消費済み)】
【状態:姫百合姉妹、ゆめみ、七海の捜索】

久寿川ささら
【所持品:日本刀、スイッチ、フラッシュメモリ、他支給品一式×2(食料共に少し消費)】
【状態:姫百合姉妹、ゆめみ、七海の捜索】

折原浩平
【所持品1:仕込み鉄扇、だんご大家族(だんご残り90人)、イルファの首輪、他支給品一式(地図紛失)(食料少し消費)】
【所持品2:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、他支給品一式×2】
【状態:姫百合姉妹、ゆめみ、七海の捜索】

イルファ
【所持品:無し】
【状態:首輪が外れている・右手の指、左腕が動かない・充電は途中まで・珊瑚瑠璃との合流を目指す】

・ボーガンは無学寺の部屋の中に落ちています
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