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「ふーむ…」
北川潤は、歩きながら参加者の書かれた名簿を食い入るように見つめていた。
パソコンのプロを探す、という結論に至ったはいいもののこの中にそんな人物がいるのか、と勘繰りたくなってしまう。

手元にあるCDが示すように前回の殺し合いもその道のプロがいなかったわけじゃない。どの程度まで行けたのかはわからないが解除寸前までは漕ぎ着けた、そしてその直後に何者かの襲撃に遭い全滅させられたと考えるのが妥当な線だろう。
前回はそうだった。ならば今回はどうなのだ? 前回ほどの知識を持ち合わせた人間が今回もいるのか? いたとしても既に殺されてしまっているのではないか、という疑念が次々と鎌首をもたげて襲い掛かってくる。

考えても仕方がないのであるが、もう三分の一近くの人間が殺されてしまっている以上ネガティブな思考に陥ってしまいそうになる。参ったな、と北川は思った。
(あーくそ、こんなことならパソコンの勉強でもしておくんだったな)
カッコよくCDの解析に挑んでいる姿を妄想してしまう。…同時に何かのデジャ・ヴュも感じたが。
何故かは知らないが妄想の中の北川は金髪巨乳のポニーテールと一緒に行動していた。そして傍らにはこれまたどうしてか…もずくが。

「ちょっと、顔がニヤけてるわよ? 名簿見て何を想像してるのやら…」
広瀬真希が横から不安…というか呆れたような目で見ている。頼りになるのか頼りにならないのか…全然分からないと広瀬は思った。
「…まぁまぁ、北川さんも健全な男子高校生ですから」
美凪がフォローにならないフォローをする。ここで意識が現実に戻ってきた北川は、「ちっ、違う違うって!」と慌てて否定するのであった。

「というかだな、こんな非常事態にそんなことを考えていられるほど余裕じゃないから!」
「どうだか…? 所詮潤だし」
「俺をどこぞのヘタレかなにかのように言わないでくれますかねぇ!?」
「口調…同じになってますよ」
凸凹□トリオは、今日も元気だった。

「ともかく、このCDだけは何が何でも守るんだ。途中で誰かに襲われて殺される、あるいは壊されでもしたら全てがパァになるんだからな。だから俺は一つ、ここで誓いを立てたいと思う」
神妙な口調に戻って、北川は言った。広瀬と美凪は黙って次の言葉を待つ。そう、忘れてはいけない。
自分たちは脱出への数少ない手がかりを手にしているのだ。すなわち、それは脱出を試みる他の参加者たちの命運を握っているのも同然だということである。

「これから何度か交戦することもあるかもしれない。それで誰かが傷ついて、死んでしまうかもしれない。だから…この先、たとえ襲われたとしてもまず自分の命を優先すること。それとCDの確保を優先すること。
その過程でひょっとしたら、お前らを見捨てることになるかもしれない。その事だけは…覚悟しといてくれ」
北川の今までとは気色の違う言葉に、何も声を出せない二人。それは事実上、CDのためなら仲間すら犠牲にするという考えを表していたからだ。

一瞬だけだが、北川に冷酷な表情が見えたような気がして、広瀬は少しだけ怖くなる。
「な、なによ、急に真面目になって…いつものあんたらしくないじゃない」
「…私もそう思います。『お前らを見捨てる』なんて…北川さんに言えるような台詞じゃないです」
そう言うと、北川は「おいおい勘違いするなよ」とでも言いたげに肩をすくめた。
「俺が言ったのはあくまでもそれくらいの心意気でいこうってことだよ。本当に見捨てたり出来るもんか。何せ俺は紳士だからね。…だけど、本当に危険だと思ったら迷わず俺を見捨てていっても構わないからな」
「…なんだ。そうだったんだ…でも、あたしだって見捨てたりしないわ。というか、もう今更できないし」
「私も…同じです」
いつもの北川に戻ったので、広瀬も美凪も安心して息をついた。彼らにとってもはやこの三人でいることは当たり前になっており、かけがえのない存在になっていた。

「…じゃあ言い直すか。たとえ襲われたとしても、CDだけは絶対に失わないこと。それと、絶対に全員生き残ること。これでいいよな?」
うん、と二人が頷く。今度は心配や不安は感じなかった。甘いかもしれないが、全員が納得していたのでこれで良かった。
互いに信じあっていれば。
悲劇なんて起こらない。その時は、確かにそう思っていた。
――一人の少女が姿を現すまでは。

     *     *     *

不幸なことに、北川は見つけてしまったのだ。ある一人の知り合いが、ふらふらと歩いているのを。
それは『誓い』を立ててからすぐのことだった。
所在無さげに、ではない。
そう、誰かを探して、という方が正しいだろうか。とにかくきょろきょろとそこら中を見回しながら歩いていた。

「あれは…水瀬じゃないか!? おーい、水瀬―!」
あの特徴的な長い髪で、北川は遠目ながらもそれがすぐに水瀬名雪だということが分かった。
「誰なの?」
「俺の知り合いだよ。クラスメイトなんだ。ま、ちょっとボケたキャラが特徴の美凪系キャラかな」
「…私、そんな風に思われてたんですか。天才系だと自負していたのですが…」
「いやいや、ないから」
美凪に突っ込む広瀬を尻目に北川が手を振りながら駆け寄っていく。

「そっちも無事だった…」
そう言いかけたときだった。名雪が北川の声に気が付いて、振り返る。そのときには既に、手に持った銃、ジェリコ941の標準が北川の方に向けられていた。
風が吹いて、水瀬名雪の髪を揺らす。その隙間から見えた名雪の瞳の中に、底無しの闇が広がっているのが北川には見えた。
ぱん、ぱん、ぱんとクラッカーを想起させる乾いた音が聞こえて、北川は思わず目を覆った。

「……?」
不思議なことに痛みがなかった。何かが突き抜けていく感触も、肉が弾けて血が流れる感覚もない。
恐る恐る、目を開けて北川は自分の体を確認する。体のどこからも血は出ていないし、穴も開いていない。
だが正面を向くと、確かに名雪は銃を構えていて、銃口からは硝煙が出ていた。威嚇発砲だったのだろうかとも考えてしまう。だがそうではなかったということがすぐに分かった。
『ねらったのにはずした』、その形に口が動いて、今度は包丁を構えて突進してくる。それで、名雪がこちら側に明確な殺意を持っているということが確認できてしまったからだ。

「な、なっ!?」
そう口に出すのが精一杯だった。攻撃してきたという事実が理解できてもなお、とっさの事態に体が対応できていなかった。
「ど、どういうことなんだっ!」
慌ててSPAS12を構えようとするが、遅かった。懐に入り込んでいた名雪が逆手に持った包丁を、円を描くように振り回す。
だが辛うじて、北川は銃身で受け止めて弾くことに成功する。

しかし弾いて距離をとった瞬間、またもやジェリコの銃口が北川を捉える。まったく無遠慮に、表情一つ変えないまま引き金を引き絞る。
「ぐっ!」
今度は命中した。しかも、腕と肩に一回ずつ。さっきよりも近い位置から撃たれたのだからそりゃそうか、とも心のどこかで思った。
「じ、潤っ!」
「北川さん!」
背後で広瀬と美凪の悲鳴が聞こえる。それでようやく、北川はああ、連れがいたんだっけ、と思い出す。声の調子からしてどうやら流れ弾にも当たっていないようだった。

「早くどこかの物陰に隠れろっ! 撃たれるぞ!」
叫びながら、北川も後方へと下がる。だがその間にも名雪はさらにジェリコを発砲しようとする。
けれども今度はそうさせなかった。とっさにSPASを構えて、名雪の方へと向ける。
「……」
それを確認するやいなや名雪も後方へ下がり、近くの民家の塀へと隠れる。北川は発砲はせず、広瀬と美凪が隠れた方へと素早く走る。
「潤、こっち!」
別の民家の物陰の隙間から広瀬が顔を出して手招きをする。間髪いれず北川はそこへと滑り込むように駆け込んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ…」
隠れてようやく、北川の心臓がありえないくらいの素早いビートを叩き出す。血がじんわりと流れ出している腕と肩からひりひりしたというか、ビリビリした痛みが込み上げてくるのが分かった。
「なによあの人! どこがボケキャラなのよっ!」
広瀬が悲鳴にも近い怒号を上げて名雪が隠れているであろう塀の向こうを覗き見る。と、その瞬間名雪が顔と銃を見せ、二発発砲した。
「うわっとと!」
慌てて顔を隠す。当たった壁からぱらぱらと民家のコンクリート片が落ち、まるで容赦ない攻撃の嵐だった。

「くそっ、俺にも分かんねぇよ…俺も大した嫌われ者だな。うーん、恨みを買われる覚えはなかったんだけどなぁ」
「暢気なこと言ってる場合じゃないでしょ!? どうすんのよこの状況!」
大変なことになっているにも関わらずあまりにも普通にボケる北川に頭を抱える広瀬。
「広瀬さん、落ち着いて下さい。焦ってもどうにもならないと思います…」
美凪が肩を叩いてどうどうと落ち着かせる。広瀬は「そ、そうね」と応じてじっくりと深呼吸をしながら北川に聞く。

「マジな話、どうするのよ。逃げた方がいいんじゃない?」
「いや」と北川は手へと流れ落ちそうになる血を服の裾で拭いながら言った。
「多分、水瀬はどんなに逃げても追跡してくる。それこそこっちの息の根を止めるまでな」
「どうしてそんなことが分かるのよ」
広瀬の当然の疑問に、北川はどう答えていいのか分からなかった。あの瞳に見えた闇を表現するだけの言葉が見つからなかったからだ。だから代わりにこう答えるしかなかった。

「俺の勘」
なによそれ、と呆れに近い広瀬の声がため息と一緒に吐き出される。
「とにかく、水瀬はここで倒すしかない。やるしかないんだ」
逃げながら苦し紛れに戦ったところで追い返せるとは思えない。昔から追撃戦はされる方が不利と相場は決まっているのだ。なら真正面から打ち倒すしかない。

「殺す…んですか?」
美凪の目が不安に揺れる。こちらには実戦経験が殆どない。殺すだけの覚悟があるのかどうかさえ…分からなかった。
「…ああ」
だがあれこれ悩んでいる暇は、今の北川たちにはない。とにかく眼前の事態に対応しなければならなかった。
「…やるしか、ないのね」
広瀬もワルサーP38・アンクルモデルを握って固く口を結ぶ。
「もし急所に当たったら終わりだぞ、とにかく撃ち続けろ。美凪…弾の補給、頼んだぜ」
「…はい。お任せください」
北川が精一杯の笑いを浮かべて差し出したデイパックを、美凪はこくりと頷いて受け取る。
軍靴の足音は、すぐそこまで迫っていた。

「…よし、行くぞ!」
まず北川が顔を出して、今度こそ本当にSPASの銃口を引き絞る。飛び出した散弾が名雪の隠れている塀へとぶち当たり、細かい穴をいくつもあけていく。
続けて二発目を撃とうとするが、その前に素早く名雪が体を出し、北川へと向けて発砲する。当たりはしなかったもののしっかりと構えて撃っているためかそれは殆ど北川の体スレスレのところをすり抜けて行った。
冷や汗が流れ出すのを、北川は感じる。
こっちは撃つだけで心臓が飛び上がりそうになったというのに。
一体何人殺してきたのだろう、と思ってしまう。あれだけの『闇』を抱えるにはどれだけの命を吸い取らなければならなかったのだろう。

考えたくもないのに。クラスメイトが、次々と人を殺していく姿なんて。
「くそっ…やるせないねぇ!」
撃たれるのを覚悟で再び体を出し名雪へと銃口を向け、次々と12ケージショットシェル弾を撃ち続ける。
北川が発砲するたびにブロック塀が削り取られ、徐々に姿をいびつにしていく。やがて、八発目を吐き出し終えたSPASが弾切れの音を出す。
まさにその時を見計らっていたかのように、名雪が体を出してジェリコを構える。

「あたしを忘れないでもらいたいわね、クラスメイトさん!」
「…!」
その時、広瀬がワルサーを構え立て続けに発砲する。飛び出し撃ちに近い形のためてんでばらばらな方向なのだが攻撃を妨害することには成功したようだった。
名雪は再び塀の陰へと身を隠す。その隙に北川が美凪から予備弾薬を受け取り込め直していく。
弾薬を装填したところでちょうど広瀬も弾切れになり、一度身を引いてからマガジンを落とし、リロードする。
入れ替わるようにして北川が再び身を乗り出しつつ発砲を始める。反撃させる隙は与えないつもりだった。

もちろん残弾には注意しつつ間隔を開けて撃ち続けているため実際には数秒に一回発砲している程度だ。だが少しでも怪我を負うのを恐れてか名雪は広瀬の発砲以後塀の中に隠れたまま姿を見せなかった。
四発撃ったところで北川は一旦射撃を止め、名雪の出方を窺う。依然として名雪は姿を見せようとはしなかった。体を出したところで広瀬の射撃を受けるのを恐れているのだろうか?

「潤、どうして撃たないのよ」
撃ち続けろと言っていた北川自身が攻撃を止めてしまったことに対して、広瀬が問いかける。
「妙だ…静かになったぞ」
「そりゃ、撃たれるのを警戒してるんじゃないの? 逃げたのかもしれないし。武器もこっちの方が強いんだもの」
「かもしれないけどさ…」

それにしてもまったく動きがないのはおかしい、と北川は思った。確かに武装面ではこちらのほうが有利だ。ジリ貧だと思って引き下がったのかもしれないが…勘違いだったのだろうか? 『殺すまで攻撃を止めない』と思っていたのに。
半分山勘だったのだ、外れても仕方がない。

「…水瀬が逃げたんなら、こっちも戦い続ける理由もないよな。こっちも逃げるか?」
何にせよ、これは逃げるチャンスかもしれない。塀の向こうに注意しつつじりじりと後退していけば十中八九逃げ切れるはずだ。
好き好んで戦う必要はない。二人はこくりと頷いて少しずつ下がっていく。
その時だった。後ろからガサッ、という草の葉が揺れる――いや、踏み潰されるような音が聞こえた。

「え…?」
広瀬と美凪、そして北川が驚いて振り向く。そこには本来いるはずのない人間の姿がそこにあった。
「……」
そこには既に、ジェリコ941を構えた水瀬名雪の姿がそこにあった。最初に撃たれたときと同じく、空虚な『闇』を瞳に漂わせながら。
そんなバカな――? と、北川たちが疑問に思う間もなく、ジェリコから銃弾が連射された。
北川には、それからの数秒がやけに長く感じられた。映画か何かでよくある、何もかもがスローモーションに見えるというそれだ。ぱん、ぱん、ぱんという銃声と共に回転しながら飛び出した9mmパラベラム弾が真っ直ぐに広瀬の方へと飛んでいく。

「あっ」
北川が間抜けな声を上げた時には広瀬の喉や顔が引き裂かれ、弾が飛び出し、それにつられてびくんと体を跳ねさせた。
横にいた美凪はもちろん、北川もその様子を見ただけで、広瀬の生命がどうなったのかを悟ってしまう。
地面に倒れた広瀬の体から、血溜まりが広がり始めたときには既に、名雪が標準を美凪へと切り替えていた。

それでようやく正気に戻った北川が、美凪へと向けて叫ぶ。
「下がれ美凪っ!」
碌に標準も合わせないままSPASの銃口を引き絞り名雪へと発砲する。
名雪は横に大きく飛び跳ねてそれを避け、転がりながら匍匐の体勢になって、伏せ撃ちで北川を狙った。
姿勢が姿勢のため急所に当たるということはなかったが名雪が数発発砲したうち、一発が北川の足を撃ち抜いた。

「あ゛っ!」
悲鳴を上げて前のめりになってしまう北川。しかしここでむざむざやられる訳にはいかない。
こうなってしまったのは完全な誤算…いや油断だった。
バカ正直に名雪が正面から撃ち合ってくれると信じてしまった自分が愚かだったのだ。
この殺し合いにルールや反則は存在していないということを忘れていた。
正面から撃ち合って敵わないなら側面に回って背後を突くという考えは容易に予測できたはずだったのに…

甘かった。ひょっとすると、武器が強力だったことも相俟って心のどこかに驕りがあったのかもしれなかった。
自分も足を撃たれた。もう水瀬名雪から逃げ切ることは不可能になってしまった。
このまま無為に戦い続けていても恐らく、全滅するだろう。
戦闘に不向き…というか、人を殺すことに美凪が一番抵抗を感じているのは北川には分かっていた。

「北川さん!」
美凪が駆け寄って北川の肩を支えようとする。しかし北川は敢えてそれを振り払った。
「北川さん…?」
乱暴な北川の行為に肩を震わせて戸惑う美凪。つい優しくなってしまいそうになるが、そういうわけにはいかなかった。
「CDを持って逃げるんだ。もう俺は逃げられないからな…一人で行ってくれ」
そう言った時、美凪の胸元にある制服のロザリオが揺れたのが分かった。風が吹いたのだろうか?
「最初に言ったよな、『CDだけは何が何でも守る』って。だからそうしろって言ったんだ」
「そんな…ですが…」
美凪が言っている間にも名雪が立ち上がり、また発砲しようとする。

「ちっ!」
舌打ちをしながらSPASで撃つ。名雪はまた左右に飛び回り攻撃をことごとく回避していく。
そう言えば、名雪は陸上部の部長だったな、と北川は今更ながらに思い出した。フットワークが妙にいいのもそのためだろう。
「いいから行け! 真希の分のデイパックも頼むぞ! 今の水瀬に武器をやるわけにもいかないからな!」
「…私には…私には、できません…北川さんを見捨てていくなんて…誓いを…立てたじゃないですか」

美凪の悲痛な声が北川の心を締め付ける。そうしたいのはやまやまだったが、こんなところで意地を張ったところでまだ何十人もいる生き残りの希望が潰えてしまう結果になるだけだ。
泣き出したい気分だった。こんなところで死にたくはないのに。まだまだ自分の人生はこれからが花咲かせるときだというのに。
それでも、自分の命よりも。遠野美凪を、そして知りもしない何人もの人間の命を優先してしまう北川潤という人間が、自分の中心に陣取っていた。

ちくしょう、やっぱり俺ってお人よし過ぎるぜ、なあ相沢…

軋む心に鞭打って出来うる限りの冷酷な言葉で美凪を突き放す。
「俺は言ってみただけで守るなんて一言も言ってないぞ。美凪なんて見捨てて一人で戦うような冷たい奴なんだよ、俺は。だからそんな奴放っといて逃げろよ…逃げるんだよッ、バカ野郎!」
それでもなお躊躇する美凪に、北川が絶叫する。
「行けえっ!」

美凪の体を突き飛ばし、再度発砲しようとする北川。
…が、またもや弾切れを起こすショットガン。それを見逃さなかった名雪のジェリコが今度こそ北川を捉えた。
凄まじい速度と威力を持った死の矢が北川を直撃するが、防弾性の割烹着を着ていたお陰で即死だけは免れる。しかし当たり所が悪いようで肋骨のあたりにごわごわとした違和感があった。

ショットガンに弾を込めなおしている時間はないし、そもそも美凪に預けてしまった。
「けどな、銃は撃つためだけにあるんじゃないんだよ!」
片足で跳ねながら大きくSPASを振りかぶって名雪に叩きつけようとする。
名雪はまったく微動だにせず発砲を続けようとするがカチン、とジェリコが弾切れを知らせる鐘を鳴らした。

どうやら弾切れなのはお互い様のようだ。なんとまあ素晴らしい演出ですね?
ジェリコを投げ捨てると名雪は包丁で北川の一撃を受け止めようとする。
しかし怪我を負っているとは言え男の全力を細い包丁如きで受けきれるはずがなかった。その上使い方が荒いのも相俟って包丁がパキ、という悲鳴と共に中心から真っ二つに、割れた。
細かい破片が北川と名雪のいる空間に飛び散る。キラキラと太陽の光によって反射して、これまた大舞台の演出を思わせる煌きを見せる。

「……」
だが一方の役者である名雪は至って冷静な目でそれを見つめ、前転するようにして北川の横をすり抜け、距離を取る。そのすぐ傍には、広瀬真希の死体がそこにあった。
ワルサーを奪うつもりか!?
「そうはさせるか!」
撃たれた足を引き摺りながら引き金を引かせる隙を与えないべく追撃に出る。

それが第二の北川の失敗となった。死んでしまったとは言え広瀬の手にあるワルサーはしっかりと握られておりすぐに手に入れることは容易ではなかった。
名雪は北川が無防備に突進してくるのを待っていたのだ。
あらかじめポケットに入れておいた殺虫剤を取り出すと、それを遠慮なく北川の顔面目掛けて吹きつけた!

「なっ、うあああああっ!?」
まったく予想していなかった攻撃に対応できず、殺虫剤が目に入り想像を絶する苦痛が北川の体を駆け巡る。
瞬く間にバランスを崩し地面に倒れてしまう。目も見えなくなった今、完全に名雪がどこにいるか分からなくなってしまった。
「く、くそっ、くそっ、くそっ!」
倒れたままがむしゃらにSPASを振り回し続けるが当然の如く名雪には当たるわけがない。

そんな北川に、背後で名雪がマガジンを交換し終える音が聞こえたのは、それから僅か数秒後のことだった。
ぱん、と15回目の銃声が響いたのを終焉に、北川の精一杯の戦いはあっけなく終わりを迎えた。

     *      *      *

「……」
水瀬名雪は、動かなくなった級友には目もくれず黙々と、彼と広瀬真希の周辺に転がっている戦利品の回収をしていた。
どうやらもう一人の人間には逃げられてしまったようで見失ってしまった。
だがそれでもよかった。少なくとも相沢祐一の敵を二人は殺すことができたのだ。またこれで彼の安全が少し高まった。

『仲間』を守ることを優先して動いていた北川たちと『殺す』ことを優先していた名雪との差は、このような結果になって表れた。
人を殺すことに全神経を傾けていた名雪はとにかく目先の事態にとらわれずどうすれば効率よく殺していけるかという事を考えながら行動していた。
ゆえに不意だって突けたし、勝利することもできた。運がいいのもあった。
説明書で確認したとは言え実際に発砲してみると全然目測と違っていたのだからここまで命中させることができたのはまたとない幸運だろう。

「……」
死後硬直を始めた広瀬の手から無理矢理ワルサーを引き抜いて、それをデイパックに入れる。北川が持っていたショットガンだが、弾薬を持っていないので放っておくことにした。
最後に防弾性の割烹着であるが、これも広瀬のものを剥ぎ取って身に着けることにする。
どの程度の銃撃に耐えられるかは分からないが拳銃の一、二発ならしのげるはずだ。

前述の通り人を殺すことしか頭に無い名雪には格好などどうでもよくなっていた。とにかく祐一を守れるだけの力と他者を殺戮できるだけの力があれば良かった。
血糊が付着しているものの支障はない。再度他に所持品はないかと確認してみたが特に何もなかったようだ。
感情も道徳も排除し、ただ一つの行動原理だけを残した空虚な瞳だけが、日の差す明るい外の世界を見つめる。
その目は、既に次の敵を探していた。




【場所:G−2】
【時間:2日目09:50頃】

北川潤
【持ち物:防弾性割烹着&頭巾、SPAS12ショットガン0/8発+支給品一式】
【持ち物A:お米券】
【状況:死亡】

広瀬真希
【持ち物:ハリセン、支給品一式、携帯電話、お米券】
【状況:死亡】

遠野美凪
【持ち物:予備マガジン×1(ワルサーP38)、包丁、防弾性割烹着&頭巾、支給品一式、お米券数十枚、色々書かれたメモ用紙とCD(ハッキング用)、ノートパソコン、予備弾薬8発(SPAS12)+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発】
【状況:名雪から逃走。CDを扱える者を探す】

水瀬名雪
【持ち物:ワルサーP38アンクルモデル8/8、防弾性割烹着&頭巾、IMI ジェリコ941(残弾13/14)、予備弾倉×2、GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア、支給品一式】
【状態:肩に刺し傷(治療済み)、マーダー、祐一以外の全てを抹殺】


【備考】
包丁(名雪)は破損。殺虫剤も破棄。
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