明けない夜




黒の機体の暴虐に舞い降りる、白い翼の機体。
それはまるで、夜の森の鏡写しのような光景だった。

「―――正義の味方参上、や」

声が響く。
白い機体、アヴ・ウルトリィの操縦者、神尾晴子の声だった。
ゆっくりと白翼を持つ機体の方へと向き直った漆黒の機体―――アヴ・カミュが、その声に一瞬動きを止める。

「その声……神尾、晴子さんですね」

問うような声は、柚原春夏。
アヴ・カミュの操縦者のものだった。
春夏が、重ねて問う。

「……ウルトリィさんは、どうされたんですか」
「はン」

返ってきたのは、馬鹿にするような笑いだった。

「笑かすなや。あんたがイカレた真似しくさっとるから止めてくれ、いうてな。
 泣いて頼むさかい、渋々引き受けたったんや」
『にはは……だいぶ違う』
「やかましわ、黙っとき」

対する春夏の反応は、実に簡素なものだった。

「……そう、ですか」

ほんの少しの間をおいて、春夏が冷たく告げる。

「一つだけ言っておきます。……邪魔を、しないで」

言うや、黒翼が羽ばたいた。
アヴ・カミュの足が、ふわりと大地から離れる。
黒翼が、今度は強く大気を打ちつけた。加速していく機体。
見る間にその高度を上げていくアヴ・カミュの姿に、晴子が舌打ちする。

「チッ、逃がすかい……観鈴、追っかけるで」
『うん……でも、追いついてからどうするの……?』
「喧嘩はうちに任せとき。とにかく距離を詰めたったら、それでええ」

答えるように、白翼が動く。
飛翔の体勢に入るや、爆発的に加速した。


***


「速い……!」

我知らず、春夏が声を漏らす。
センサー上、アヴ・ウルトリィを示す光点が、瞬く間に近付いてきていた。

「カミュ、もっとスピードは出せないの!?」
『ご、ごめんなさい、春夏さん……』

叱責するような春夏の声に、怯えたような声が返る。
アヴ・カミュ自身の声だった。

「……もういいわ。どの道、ずっと飛び回っているわけにはいかないものね」
『春夏さん……』
「殺してあげなくちゃ。全部、全部」
『……』
「あなたのお姉さん……少し、傷つけることになってしまうかもしれないけれど」

応えはなかった。
それを肯定と受け取ったか、春夏が握った操縦桿を捻り、倒す。
即座に黒翼が展開し、機体が180度、その向きを変える。
旋回ではなく、直進速度を維持したままの転回。
慣性を無視した制動に軋み一つあげることなく、黒の機体が正面から迫るアブ・ウルトリィを見据えた。
白い点を目視で確認した次の瞬間には、その巨体が目前に迫っていた。
彼我の速度差に内心で舌打ちしながら、春夏が操縦桿を握り込む。
アヴ・カミュの、返り血で真っ赤に染まった五指が、獲物を待つ肉食獣の顎の如く、開いた。

「相変わらず、突進するしか能がないのなら……!」

交錯の刹那、アヴ・カミュの腕が閃いていた。
アヴ・ウルトリィの直進機動に対するカウンター。
タイミングは完璧だった。しかし、

「手応えが、ない……!?」

必殺のはずのカウンターは、空しく宙を切り裂いていた。
同時、突き上げるような衝撃が春夏を襲っていた。
超高速の機動をも相殺する操縦席が激しく揺れる。

「くぅっ……」
『キャアァァッ!』
「下からなの……っ!?」

カミュの悲鳴に、春夏は機体に対して直接の打撃が入ったのだと理解する。
確認するより早く鋼鉄の脚で蹴りつけるが、そこには既に何もいない。

「―――動きが鈍いで」

背後から響く声に戦慄する。
思わず機体を振り向かせたのが失策だった。
白い神像の整った顔立ちが、モニタに大写しされる。
表情を変えるはずもないその顔面が、紛れもない悪意を持って歪んだように見えた、次の瞬間。
アヴ・ウルトリィの拳が、アヴ・カミュの胴にめり込んでいた。

『か……はっ……』

脳を直接揺さぶられるような衝撃の中、息を漏らすようなカミュの声を聞きながら、春夏は必死で機体を制動する。
左右の黒翼が大きく羽ばたいた。
超高速域から、絶対速度を一気に零にまで相殺する。
相対速度の差に、彼我の距離が刹那の間に開いていく。

「どうしたのカミュ、動きが悪い……!」
『うぇ……げぇ……』

嗚咽のような声を漏らすカミュに、しかし春夏は叱責の声を飛ばす。
視界前方では、白の機体がその翼を展開させていた。
先刻の速度差からいって、稼げた時間は数瞬。

「昨夜と……違う……!」

歯軋りするような声で春夏が呟く。
巡航速度、反応、機動。何もかもが、昨夜戦ったときとは別物だった。
神尾晴子が神像の扱いに熟練しているというのか。
あの悪意の塊のような人物に、白い神像が力を与えている。
少女たちの悲嘆に満ちた願いを叶えようという自分を、妨害するための力を。
その思考に、春夏は抑えがたい憤りを覚えていた。

「どうして、邪魔するの……!」

固めた拳を計器パネルに叩きつける。
軽い音と鈍い痛み。
そしてまた、と春夏は考える。
自分の、否、アヴ・カミュの動きが低下しているのも事実だった。
意図した速度が出せず、レスポンスも一呼吸遅い。
原因はカミュにある、と春夏は考えていた。
無数の声を聞いて以来、自身の反応速度、操縦の的確性はむしろ向上していると、春夏は感じていた。
余計なものが削ぎ落とされ、研ぎ澄まされた感覚。
しかし、カミュがそれについてこられていない。
スペックの限界なのか、それとも他に原因があるのか。

「少しでも早く、少しでも多く、殺してあげなきゃいけないのに……!」

自分の想いを、彼女たちの願いを、世界が疎み、邪魔をする。
そんな風に、春夏には感じられていた。
まとまらぬ思考を抱えたまま、正面を見る。
開いた距離を一瞬で詰め、再びアヴ・ウルトリィが迫っていた。


***


「ノロマがっ……!」

晴子が一言の元に切り捨てる。
正面、距離を取ろうという黒い機体の動きは、いかにも鈍重だった。
文字通り瞬く間に差を詰める。
こちらの動きを制するように伸ばされた手に対し、晴子は左翼を鋭角に展開。
一瞬でアヴ・カミュの左下方へと遷移する。
勢いを殺さずにその無防備な脚を掴むと、加速した。
そのまま巨大な円を描くような軌道で旋回する。

「くたばりやっ……!」

真下に向けて、全力で投擲。
一文字に切り裂かれた大気が暴風となり、アヴ・カミュの落下軌道を取り囲むように荒れ狂う。
音速を超えた激突。
神塚山の西側中腹に巨大な陥没が出現し、直後、猛烈な衝撃波が周囲を薙ぎ払った。
木々が消し飛んだその中心、剥き出しになった岩盤深くにめり込んだ黒の機体が微かに動くのを見て、
晴子が大きく舌打ちする。

「しぶといやっちゃな……観鈴、飛び道具いくで」
『が、がお……』
「出せるのはわかっとるんや、ガタガタ抜かさずに撃てばええ」
『う、うん……なら、風の術法……』

反論を許さない晴子の口調に、観鈴が自信なさげに詠唱を開始する。
と、蒼穹を舞うアヴ・ウルトリィの両手に、渦を巻くように風が集まってくる。
渦は見る間に勢いを増し、轟々と音を立てる竜巻へとその姿を変じていく。
両の手に竜巻をまとわせ、天空を支配するように白翼の機体が翔ぶ。

『……え、エネン・ゥンカミ……!』

声と共に、アヴ・ウルトリィが両手を組んだ。
それぞれの竜巻がぶつかり合い、刹那の後、巨大な嵐を内包した暴風の塊と化す。

「ぶっ飛ばしや、観鈴―――!」

牙を剥いた晴子の声を引き金にしたように、暴風が、飛んだ。
遮るものとてない直線を描いて、アヴ・カミュへと迫る。
なす術なく暴風に切り刻まれるかと見えた黒い機体が、しかし直撃を受ける寸前、動きを見せていた。

「シスエ・ゥンカミ―――!」

乾いた血と泥に塗れた銀の手指が印を描くや、山が震えた。


***


「はぁっ……はぁっ……!」

狭く暗いコクピットの中に、荒い呼吸音が反響していた。
春夏の頬を冷たい汗が垂れ落ちる。
じっとりと湿った掌を、エプロンの裾で拭う。

「間に、合った……!」

呟いて、己の生存を確認する。
薄く光る計器パネルの灯りだけが、目下の光源だった。
周囲のモニタに映るのは一面の黒。
分厚い岩盤がアヴ・カミュを包むように展開し、一切の光を通さないのだった。

「どういうこと、カミュ……!」
『春夏、さん……』

叱責の声に、弱々しい声が返る。
その怯えた様子に苛立ちを感じ、春夏はますます声を荒げる。

「術法の展開が遅い……! あと一瞬遅れていたら、どうなっていたか……!」
『か、カミュは精一杯やって……』
「―――嘘を言わないで!」

激発する。

「動きが悪い、反応が悪い、昨夜と全然違うのに、変な言い訳しないで!
  一体どうしたっていうの、言いたいことがあるならはっきり言ってちょうだい!
 私は、私たちはあの子たちをちゃんと死なせてあげなくちゃいけないのに!」
『……じゃあ、言うけどっ……!』

春夏の憤りに煽られたか、カミュの声が奇妙に跳ね上がる。
それはまるで、引き攣った笑みを浮かべているか、それとも目に涙を一杯に溜めているか、
もしもカミュに表情があったなら、そんな顔をしているだろうと思わせる声だった。

『さっきからおかしいよ、春夏さん……!
 何言ってるのか、全然わかんない! あの子たちって誰!? 声って何!? 全然わかんないよ!』
「カ……ミュ?」

春夏の表情が変わった。
苛立ちと憤りに満ちた顔に、別の色が混じっていた。
困惑。まるで聞いたこともない言語で突然話しかけられたとでもいうような、それは戸惑いだった。
春夏の変化に気づいた様子もなく、カミュの言葉は続く。

『それに、それにね、春夏さん……! さっきから、カミュの身体、全然動かないんだよ!
 それを春夏さんが全部一人で動かしてるの! カミュは何にもできないの! できないんだよ!』
「なん、ですって……?」

今度こそ、春夏は絶句していた。
それほどに、カミュの言葉は理解の範疇外にあった。
動かない。動けない。何も。聞こえない。声が。聞こえていない。自分が。一人で。
そんな馬鹿な。できるはずがない。聞こえていないはずがない。ならばあの声は何だ。
術法を展開したのは誰だ。あれは誰だ。アレは誰だ。あの、黒翼の少女は。一体、

「何を、言って―――」

脳裏に浮かぶ無数の疑問符が、一気に溢れ出しそうになった、その瞬間。
光が、差した。

「―――ッ!」

ほんの少しの時間とはいえ、暗闇の中にあった眼が眩む。
咄嗟に翳した腕の向こう、蒼穹を背に、白翼の機体が舞っていた。
白い機体の放った何度目かの竜巻が、遂に岩盤を吹き飛ばしたようだった。
美しく象られたその細面が、ひどく底意地の悪い笑みを湛えているように、春夏には見えた。
悲しみに満ちた願いを叶えんとする自分の前に立ち塞がる、それは悪の象徴だった。

「どうして……どうして邪魔するの……っ!」

身体が重い。
心が軋む。
頭が痛い。
じっとりと汗ばんだ全身が、ひどく気持ち悪い。
息苦しかった。吐く息の熱さが煩わしかった。
ペダルを踏む足に、操縦桿を握る手に、見えない何かが絡みついているようだった。
分からない、と叫んだカミュの声が、耳の奥に反響していた。
幾つもの疑問と、身体の奥底を融かすような憤りとがない交ぜになって、春夏の中を駆け巡っていた。
白翼の機体の手に、光があった。

「――――――ァァァァ――――――!!」

感情の奔流が、声になって口から漏れ出ていた。
間に合わないと分かっていた。
あの光は術法の光だ。先刻の竜巻など問題にしないほどの威力を持った、必殺の一撃だ。
相殺できない。回避できない。対抗できない。手段は、残されていなかった。

どうして、と。
それだけが、春夏の根源にあった。
自分はただ、少女たちの願いを叶えてやりたかっただけなのに。
たった一つの、悲しい願いを、解き放ってあげたかっただけなのに。
それをどうして、よってたかって邪魔をする。
神尾晴子も、神尾観鈴も、アヴ・ウルトリィも、アヴ・カミュも。
誰も彼も、何一つ理解しようとせずに、私だけを否定する。
自分の手は、沢山の少女を救ったというのに。
幾千の少女が、この手で救われたというのに。
幾千もの、そしてたった一つの、願いを叶えてきたというのに。

白翼の機体の湛える光が、輝きを増していく。
空っぽの光だ、と思った。
そんな、綺麗な光では、何一つ救えない。
刹那という時間の中で、そっと、光に向けて手を伸ばす。

―――翳した銀の手は、血と泥に塗れていた。

その醜さに笑んだ春夏の、その眼前で。
アヴ・カミュの右腕が、消し飛んでいた。

「――――――」

声は出なかった。
痛みなど、感じなかった。
ただ、天空高く舞う、小さな銀色のそれが、いつまでも地に落ちなければいいと、そう思った。
流星のように煌くそれは、アヴ・カミュの、千切れた右の手だった。
ひび割れたモニタの向こう、喪われた右腕の最後の欠片を瞼に焼き付けるように見つめながら、
柚原春夏は、そっと微笑んで、言った。

「終わってしまえ、こんな世界」

視界が暗転する刹那。
小さな、しかし奇妙に揺らぎのない声が、春夏の耳朶を打っていた。

『―――請願を受諾する』

声は、そう聞こえた。


***


「ようやったで、観鈴!」

手を叩いて喝采を叫んだのは神尾晴子である。
遥か眼下、神塚山の中腹には巨大なクレーターの中心に埋もれた黒い機体の姿が見える。
初撃を遮断してみせた強固な防護には手を焼いたが、殻に篭っているだけならば、ゆっくりと
殻ごと破壊すれば済む話だった。

「所詮は悪足掻きっちゅうヤツやんなあ……よし観鈴、トドメにもう一発や!
 何ちゅうたか、アレや……さっきのビームで、今度こそ粉々にしたり!」
『にはは……ラヤナ・ソムクル』
「何でもええわ、ぶちかましたれ! 腕一本では済まさんで!」

晴子の言葉に答えるように、アヴ・ウルトリィの両手に再び光が宿る。
徐々に輝きを強めていく光が、やがて太陽を思わせる眩い光球となっていく。
ふるふると震える光球を頭上に掲げるように、アヴ・ウルトリィがその手を翳す。

『ラヤナ・ソムクル―――!』
「終いや、アホンダラがっ……!」

憎悪と歓喜の入り混じった声に押し出されるように、光球がアヴ・ウルトリィの手を離れた。
煌く軌跡を描きながら、一直線に黒い機体を目指して降下していく光球。
と、中空で光が爆ぜた。巨大な光球が割れ、無数の流星となり、そのすべてが黒い機体へと向かって加速する。
天から降る幾多の流星が、極大の破壊力を伴ってアヴ・カミュを粉砕すべく、落ちゆくのだった。
圧倒的な光景に、晴子は勝利を確信し、口の端を上げる。
だが、

「……な」

次の瞬間、その表情は凍りついていた。
眼前に展開された光景が信じられないといった、呆然とした顔。

「何や、と……?」

ようやくのことで声を絞り出す。
見開かれたその視線の先。
そこにあったのは、流星の落下に陥没した山麓でもなく、濛々と舞う土煙でもなく、まして、
木っ端微塵に粉砕された黒い機体の残骸でも、なかった。

『そんな……』

ゆらり、と影が揺れる。
大地に伸びる影を切り取ったような、それは漆黒だった。
燦々と照る陽光を反射することもなく、ただ静謐に存在する、漆黒の球。
暗黒の光球ともいうべきそれが、無数に浮かんでいた。

「端から……受け止めた……?」

晴子の震える声が、たった今、眼前で起きた出来事を端的に語っていた。
アヴ・ウルトリィの術法によって生み出された、光の流星。
それがアヴ・カミュを直撃しようとした、その瞬間である。
何の前触れもなく、黒い機体の周辺に、暗黒の光球が現れていた。
そして、無数に出現した暗黒の光球は、まるでそのために呼び出されたとでもいうように、
その悉くが迫り来る光の流星の直撃を受け、それを、ただ一つの例外もなく呑み込んでいた。
流星による破壊も、爆発も、閃光もなかった。
それは、最初から何もなかったように、何処かへと消え去っていた。

「な、クソ、が……」

音もなく漂う暗黒の光球の中心で、がらりと瓦礫が崩れた。
神塚山の中腹に、小さな夜が拡がる。
瓦礫の欠片を落としながら、ゆらりと舞うアヴ・カミュの黒翼が、大きく広げられていた。
隻腕の機体が、残った腕を優美な仕草で掲げた。
まるで熟練の指揮者がタクトを振るようなその動作に呼応するように、暗黒の光球群が、一斉に揺れた。

「……ッ!?」
『うご、かない……!』

その動きを、目で追うことなどできなかった。
晴子が視線を動かすよりも早く、アヴ・ウルトリィの四肢に、暗黒の光球が取り付いていた。
観鈴の苦しげな声に、晴子が必死に操縦桿を動かすが、機体の手足はまるで磔にされたかのように動かない。

「この、ボケカスがぁ……!」

がり、と歯を噛み締めた瞬間。
モニタが、黒で満たされた。

「―――!?」

思わず咽喉から漏れそうになる悲鳴を、晴子は必死に抑えていた。
そこにあったのは、静謐な笑みを湛えた表情のはずだった。
遥か眼下にあったはずの漆黒の機体、アヴ・カミュの顔が、モニタ一面に映りこんでいた。
精妙な芸術作品の如くに美しく象られた銀色の顔が、そこにあった。
思わず身を引こうとして、晴子は己が狭いコクピットの中にいることを思い出す。
バックレストに押し付けられた背中が、べったりと濡れていた。
暑さでかいた汗ではない。
根源の恐怖が、一瞬の内に晴子の全身から冷汗を噴き出させていた。
それほどに、怖ろしかった。
銀色の静かな笑みは、先刻までのそれとは、明らかに違っていた。
姿かたちが変わったわけでは、なかった。
しかし、そこにあるのは、アヴ・カミュと呼ばれていたものでは、決してあり得なかった。
悪意と混沌に満ちた夜の結晶から切り出したような、それは漆黒の悪夢だった。

「ひ……」

悲鳴を上げかけた瞬間、全身に衝撃が走っていた。
何が起こっているのかを理解するよりも早く、凄まじい破裂音が、晴子の耳を打っていた。
続いて、ごぼりと篭ったような重い音。
モニタに映るゆらゆらと光るものは、水面に映る太陽だろうかと考えて、晴子は気づく。

―――あれは、水面に反射した陽光ではない。沈んでいるのは、自分たちの方だ。

大量の気泡が、水面に向けて上がっていくのが見えた。
機体が水没するほどの深さをもった水源。海か、それとも湖か。
その思考に意味などない。
ただ、目の前の光景から、目を逸らしたかった。

ごぼりと揺れる、水の中。
薄青く光る世界に、影が射していた。
漆黒の機体の、銀色の笑みが、真っ直ぐにアヴ・ウルトリィを、そして神尾晴子を射抜いていた。




【時間:2日目午前11時過ぎ】
【場所:D−4 高原池】

柚原春夏
【状態:意識不明】
アヴ・カミュ=ムツミ
【状態:完全自律行動】

神尾晴子
【状態:操縦者】
アヴ・ウルトリィ=ミスズ
【状態:契約者に全系統委任/それでも、お母さんと一緒】
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