森の中、斜面の道なき道を下って行く。 国崎往人と別れてほどなく、芳野祐介一行は街道の入り口を前に小休止をしていた。 茂みの先から延びる街道の先には鎌石村小中学校の建物が窺える。 人の集まりそうな場所だけに敵とも味方とも知れぬ人間がいるに違いない。 芳野は後ろに控える長森瑞佳と神岸あかりを振り返り、襲撃時の対処をどうしたらよいものかと思案した。 「長森、お前のランダムアイテムは防弾チョッキだったな」 「はい、ファミレス仕様のが三つ」 「一つ神岸に渡して着用しろ」 効果があるかどうか疑わしいが、せっかくの防具を使わないのはもったいない。 付近を見回し、小さな岩窟を見つけるとそこで着替えさせることにした。 岩窟は奥行きがないだけに、敵に見つかればすぐにでも避難しなければならない頼りないものである。 それでも休憩や着替えをするには十分なものであった。 「わたしは帽子付きの可愛いのにするけど、神岸さん、どれ着る?」 「うーん、わたしは……」 瑞佳とあかりは三つのファミレス服の選択と着付けをどのようにするか話し合う。 そんな二人を芳野はぼーっと眺めていたが、そのうち刺すような視線を向けられていることに気がついた。 「どうしたんだ、困ったような顔して」 「着替えますから警戒をお願いします」 胸のリボンをほどきかけたまま瑞佳が精一杯の笑顔で申し入れる。 「わかった」 二人にくるりと背を向けると考える。 「見ないでください」とは言わず、婉曲な表現が実に瑞佳らしくて好ましい。 これが伊吹風子ならどういうだろうか。 風子とのやりとりを妄想していたが、二人の会話に耳を傾ける。 着付けをどうするか決めたらしく会話が止んだ。 衣擦れの音を聞くうちに芳野の心に煩悩の念が湧きお起こる。 (まずいな、禁オナ中だった。ピチピチのじょしこーせーが下着一枚で……ああ、想像するだけでも堪らん) 婚約者とその日のために性欲を抑えていたのがいけなかった。 我慢できずにちらりと振り返る。 予想通り瑞佳は下着の上にぱろぱろタイプを、しかしあかりはブラウスの上にフローラスミントタイプを着ようとしていた。 (おぅ〜、これは目の保養になるぞ) あかりが下着姿でないのは残念だが、瑞佳のはそれを補って余るほどのショーである。 芳野は我を忘れて瑞佳の肢体に見入っていた。 少女達に気を取られる中、不意にガサガサと草を掻き分ける音がした。 煩悩はたちどころに霧散し、しゃがみこんで音のする方を注視する。 何事もなく通り過ぎて行って欲しいが、不審者は明らかに接近しつつあった。 またしても数時間前の悪党──朝霧摩亜子なのか。 投げナイフを手に構えるが、瑞佳とあかりには早いとこ着替え終えて欲しい。 息を呑んで見つめていると、藪の中から現れたのは青いベストの制服姿の長い髪の少女だった。 謎の少女はこちらには気づかず、十メートルほど先を左右を警戒しながら通り過ぎようとしていた。 (拳銃を持ってるな。気づかれずに行ってくれますように) 「お待たせしました。もういいですよ」 (ああ! マズイ……) 後ろ手で瑞佳達を制するがもう遅い。青いベストの少女と目が合ってしまった。 「おにーさん、もしかして殺す側の人?」 身を隠せるだけの木に隠れ顔だけ出して訊ねる少女。その手にはニューナンブM60が握られていた。 「違う! 仲間を求めて脱出しようとする側の者だ」 何事かと瑞佳が芳野の肩越しに不審者の方を覗いた。 「ああっ! 柚木さんだあ」 場違いな弾んだ声が藪の中に響いた。 「長森さん……長森さんなのね」 青いベストの少女──柚木詩子は瞬く間に警戒を解き、芳野の方へ走り出していた。 「オ、オイ、止まれ」 「大丈夫です。あの人は柚木詩子さんといってわたしの友人なんです」 「長森さん、あなたに会えて良かったよぉ〜」 詩子は芳野には目もくれず瑞佳に抱きついた。 七瀬留美とはぐれてしまい、森の中を彷徨ううちに鎌石村小中学校に近い所へと来てしまった。 何度か留美の名を呼びながら探し続けたが、ついに返事はなかった。 孤島の中で百二十人もの人間がいるとはいえ、山の中で親しい間柄の者に出会えるというのは邂逅としか言いようがない。 いつもと変わらぬ瑞佳の雰囲気と伝わる体温が、不安にさいなまれる緊張をほぐしていく。 (信頼していいのね?) 無言のまま瑞佳の瞳を見つめる。 意を察したらしく瑞佳は微笑みながら大きく頷くのであった。 芳野達は車座に座って詩子のこれまでの話を聞いた。 「ご苦労だった。これからは俺達と行動を共にしてくれるか?」 「もちろんですよ。カッコいいおにーさんといっしょに居られるなんて、あたし幸せ♪」 「それはよかった。それはそうと、柏木千鶴という人のことを聞かせてくれ」 天沢郁未、柏木千鶴、鹿沼葉子、山田ミチル、そして数時間前に芳野と瑞佳を襲ってきた謎の女の子……。 詩子の話によると故人を含めて女だけで五人の殺人鬼がいたことになる。 となると、他にも「狩り」にいそしむ女がいるに違いない。 女ながら殺人を躊躇しない人間が少なからずいることに、芳野達は暗澹たる面持ちのまま聞き入っていた。 「あの、柚木さん。千鶴さんの特徴をもう少し詳しく教えてもらえませんか?」 妙に千鶴のことが気になるのか、あかりが詳細を訊ねた。 詩子の説明を聞くうちに目の当たりにした、凍りついた冷たい目の髪の長い女と同一人物のようだ。 そういえば置いてきぼりにしてしまった同行者の美坂香里。 香里と別れてから千鶴に殺されかけたのはおよそ三十分くらいだったろうか。 時間帯と場所を考えると、不遇な彼女を殺害したのは千鶴なのだと確信するのであった。 「ファミレス服が一つ余ってたな。柚木に着せてやってくれ」 先ほどの岩窟で着用を指示すると芳野は武器の配分を考えた。 瑞佳とあかりは持っておらず、持ってても使いこなせそうにもない。どうするか……。 ──やはり何か持たせた方が良さそうだ。 (長森には投げナイフを、神岸には包丁がいいだろうか……) 「お待たせしましたぁ」 いつの間にか見た目にも鮮やかな服装の少女達が並ぶ。 「柚木、すまぬが包丁を神岸に譲ってくれぬか?」 芳野は足元に落ちている手頃な木切れをサバイバルナイフで削り、蔓を巻いて包丁の鞘を作った。 更に蔓でベルトを作り、鞘の根元付近を通してあかりの腰に吊り下げられるようにした。 「わあ、まるで短剣みたいです」 予想もつかなかっただけに、あかりは弾けるような笑みを見せて喜んだ。 「長森には投げナイフをやろう」 あかりと同じように腰に蔓を巻いてベルトを作り、腰に吊り下げられるように施す。 「すみません、大事なものをいただいて。ご期待に副えるようお役に立ちます」 「くれぐれも言っておくが防弾性を恃みにしてはならない。実際効果があるにしても弾が当たったら気絶するほど痛いと思うぞ」 「はい」 少女達は神妙に答えた。 「柚木、銃を持ってるのはお前だけだからな。緊急時には俺をしっかり援護してくれよ」 「了解。ところで芳野さん、どこかで見たことがあるような気がするんですけど、あたしと会ったことあります?」 「……んなわけないだろ。気のせいと思っとけ。さあ、気を引き締めて行くぞ」 茂みから出ると朝の爽やかな光が四人を包み込む。 数キロメートル先の鎌石小中学校へ向けて芳野達は歩き出した。期待と不安を織り交ぜながら。 【時間:2日目午前9時ごろ】 【場所:E-06・街道入口】 芳野祐介 【装備品:サバイバルナイフ】 【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)】 【目的:瑞佳とあかりの友人を探す。まずは鎌石小中学校へ】 長森瑞佳 【装備品:投げナイフ、某ファミレス仕様防弾チョッキ(ぱろぱろタイプ・帽子付き)】 【持ち物:制服一式、支給品一式(パン半分ほど消費・水残り2/3)】 【状態:健康】 【目的:友人を探す】 神岸あかり 【装備品:包丁、某ファミレス仕様防弾チョッキ(フローラルミントタイプ)】 【持ち物:支給品一式(パン半分ほど消費)】 【状況:全身に無数の軽い擦り傷、打撲、背中に長い引っ掻いたような傷。応急処置あり(背中が少々痛む)】 【目的:友人を探す】 柚木詩子 【装備品:ニューナンブM60、鉈、某ファミレス仕様防弾チョッキ(トロピカルタイプ)】 【持ち物:支給品一式(パン半分ほど消費)】 【状況:健康】 【目的:友人を探す】 - BACK