騙し、騙され、裏切り、裏切られ




柳川祐也は、歩きながらこの殺し合いを止めるためにはどこを攻めるべきかと考えていた。
主催者の正体は未だ分からぬものの、勝てない相手ではないはず。的確に相手の懐に入り込み総大将さえ倒してしまえば後はどうとでもなるはずだ。

それにこれだけの参加者がいるのだ。反乱分子がいないかどうか監視するためにも必ず、この島のどこかにいるはずだ。そう確信していた。
柳川はおもむろに地図を開くとこの島を監視する上で重要なポイントとなりそうなところを推理してみる。これでも警官だ。推理力に関してはそこそこ自信があった。

「何をしてるんですか?」
考え込む柳川の横から倉田佐祐理が興味深そうに顔を出す。身長差のせいか背伸びをしなければ地図を見ることが出来ていないのが、少しばかり微笑ましい光景である。

「いや…奴らの基地がどの辺りにあるのかという予測をつけているところだ」
「この島にそんなものが?」
「予想だがな。だがあるはずだ。スタートしたときに奴らが言っていた。人間とは思えない連中がいる、と。そしてその能力を制限できる、とも。…まぁ俺もそのうちの一人な訳だが。でだ、そのシステムの管理のためにも奴らはこの島のどこかにはいるはずだ」

ふぇー、と佐祐理は感心した様子で話を聞いている。
「そういえば説明していなかったか…俺には『鬼』の血が流れている。分かりやすく言うとだな…何と言うか…そう、普通の人間の何倍もの運動能力を得ることが出来る。最も、今はその力の一割も引き出せていない訳だが」
「ふぇー…凄いんですね、柳川さんは」
案外佐祐理の反応が普通だった事に対して、柳川は少し拍子抜けしてしまう。大抵はもっと驚いたり、胡散臭そうな表情をしたりするものなのだが…理由を聞こうかとも思ったが、それを聞いてもどうにもなるものでもないので敢えて問いたださないことにする。

決して柳川に訊くだけのコミュニケーション能力がないということではないのだ。
「ともかく、話を戻すとだ。俺はこの島の中央にある神塚山付近が怪しいと睨んでいる」
島の中央は周りを見渡すのには何かと都合がいいと考えた結果だ。それに山だって単純に自然の山だという確証はない。その地下に基地がある可能性だって考えられるのだ。

「もしあったとして…その後はどうするんですか?」
「その時は一旦引くさ。俺だってたったの二人で壊滅させられるだなんて自惚れちゃいない。そこから仲間を集めて…数が揃ったらその時にまた改めて攻める。しかしそんな単純に見つかるとは思えないからな…要は少しでも怪しげなものが見つけられればそれでいいと思っている」

あくまでも柳川の目的は偵察にある。ここでは危険に踏み入るつもりは毛頭なかった。
リサとの約束もあるしな。
「そうですか…それじゃあ、まずは鷹野神社ってところに行ってみますか?」
佐祐理の提案に、柳川は頷いた。一番神塚山に近い施設(?)であるし、氷川村にも平瀬村にもそこそこ近い。拠点にしてもいいかもしれなかった。

柳川は地図を仕舞うと速度を少し早めて歩き出した。何事も行動は迅速にするに越したことはない。もちろん、佐祐理が支障をきたさない程度の早さであるが。

     *     *     *

藤林椋は、長瀬祐介を殺害した後ふらふらと北上を続けていた。
姉の為に手当たり次第に殺していこうと決めた椋ではあったが正直な話、武器が心もとないということがある。今は調子がよくてもそのうちに強力な武器(マシンガンとか手榴弾とかの類)を持った相手に出くわしてしまえば一巻の終わりである。

半ば精神異常をきたしている椋であったがそれは度重なる疑心暗鬼の末、『やらなきゃやられる』という結論に達してしまったが故の結果であった。つまり椋は殺されることへの恐怖と、もはや誰も信じられないという不信から狂ってしまったのだ。
そのため殺されることへの恐怖がまだ残っている椋は無謀な攻撃を仕掛けることをしないように決めていた。

ならばどのようにして参加者たちを駆逐していくのか?
隠れているだけでは自分の身の安全は確保できても姉の杏の安全は保障できない。杏を守るためにもただ隠れているわけにはいかなかった。
そこで椋は祐介のときと同じように『弱者』を演じ油断させてから寝首をかくという戦術をとることにした。

問題は出会った人物が容赦なく攻撃を仕掛けてくる無差別型だった場合だ。何も言わせる間もなく殺されたのでは作戦もなにもあったものではない。
紛れ込む相手は選ばなくてはならないのだ。
祐介のように一人で行動してなおかつ無差別に攻撃を仕掛けてこない相手が理想的だが、果たしてそんなに都合の良い相手がいるかどうか。

極度の人間不信に陥っている椋には誰も彼もがゲームに乗っていて、共に行動している人間さえただの利害の一致で行動しているようにしか思えなくなっていた。
利がなくなったと思えばすぐに相手は殺しにかかってくる。だからただの『弱者』を演じているわけにはいかない。

たとえ『弱者』であっても何かしら相手に利益のあるものを持っていなくてはならないのだ。それは身体能力、情報能力、武器の豊富さ…何でもいい、とにかく『こいつは使える』と思わせれば紛れ込むことが可能なのだ。

幸いにして、椋にはショットガン(弾切れなのは本人は知らないが)がある。入り込むことくらいはできるはずだった。そして、相手に役に立たなくなったと殺される前に殺してしまえばいいのだ。
そうしていけば、いつかは強力な武器だって手に入るはず。それから改めて無差別に攻撃すればいい。

「私、頑張るからね、お姉ちゃん…お姉ちゃんのために私がいっぱい殺してあげるから…」
ふふ、ふふふと気味の悪い笑顔を浮かべながらさらに北上を続ける。森を抜けて街道に出ようとしたとき、東の方角から1組の男女が歩いてきているのに気付いた。

一人は長身で体格の良さそうな眼鏡の男。もう一人は椋と同じくらいの身長で頭に付けている大きなリボンが特徴的な少女だった。
男のほうは少女と会話しながらも時折周囲を警戒するように見回している。あれだけ注意深く見回していれば椋などすぐに発見されてしまうだろう。
だがしかし椋の目的は隠れてやり過ごすことではない。むしろいかに油断させつつ発見されるかということが重要だった。素人は素人らしくしていればいい。
椋はわざとらしく音を立てながら森の中へと戻ろうとした。

「む…? 誰だ」
低い音程ながら威圧感のある声が椋の耳に届く。演技などではなく本気で震えかけたが深呼吸をして心だけでも冷静にさせる。ここで大事なのはすぐに姿を現さないことだ。そうすることでまずは相手の出方を窺うことができる。
椋が姿を現さないのを警戒してか男は動く気配を見せなかった。続けて声がまた聞こえた。
「俺達には敵意はない。そっちも同じならすぐに出て来い」
出てこなければ敵と見なす、という含みをするような言い方だった。そろそろいいだろう。ただし怖がっているふりをしながら、だ。

「す、すみません、びっくりしてしまって腰が抜けて…」
「…動けないのか」
「は、はい」
男はどうしようかしばらく迷っているようだったが、となりにいる少女が「柳川さんが怖い声をかけたからびっくりしてしまったんだと思いますよ、今のは柳川さんが悪いと思います」とかいった声を出したのでようやく納得したのか「分かった、今そっちに行く」と言ってこちらに近づいてくるようだった。
まあ、あの声に物怖じしかけたのは確かではある。

男――一緒にいた少女は柳川とか言っていたか――が椋の目の前に現れる。さっき遠目で見た時よりもその体つきは巨大に見える。そしてその手には拳銃(コルト・ディテクティブスペシャル)を持って。もし何も考えずに攻撃していたら間違いなく野ざらしの死体となるのは自分だっただろう、と椋は思った。
椋はおどおどとした風を装って柳川を上目遣いに見上げる。その様子で完全にシロだと踏んだのか、柳川は「立てるか?」と言って手を差し伸べた。

もし柳川が一人だったならばあるいはここで急襲することも考えたかもしれなかったが、連れがいる以上うかつに骨に飛びついてはいけない。
焦る必要はまったくないのだから。
「は、はい…何とか」
椋はよろよろと立ち上がると足や膝についた土を払いながら「すみません、色々な人に襲われて…怖くって」と震えた声で語りかける。
「それまで一緒にいた人ともバラバラになって…そのすぐ後にまた別の人が追いかけてきたんです。もう何が何だか分からなくて…」

柳川は椋の話を黙って聞いていた。頭から人の話を信じはしない性格なのかもしれない。寡黙なだけの性格なのかもしれない。どちらにしろ、うかつにボロは出せない。

「大丈夫でしたかー?」
出てくると、例のリボンの少女が早足でこちらに駆け寄ってきた。
「すみません、驚かせちゃったみたいで…怖くなかったですか?」
さも心配そうな様子で椋の顔を覗き込む。どうせ嘘のくせに、白々しい…と椋は毒づいたが表情に出すわけにはいかない。

「え、ええ…はい、一応は…こっちこそそちらを警戒させてしまったみたいで、ごめんなさい」
こうして謝っておけば印象は悪くない。弱者。あくまでも相手より弱い弱者を演じなければならない。
「だが当然だ。互いに敵を警戒し合うのはな。ましてやそっちは何度も襲われたんだろう? 一人なら尚更だ。謝る必要はない」
「そうですね…すみません」
「あははーっ、また謝ってますよ?」
「あっ…す、すみません」
「……」
何度も謝罪する(本人も意識していない素の言葉だ)椋にやれやれと首を振る柳川。どうやら結果的にもっと敵対心を薄れさせることになったようで、まさに棚から牡丹餅となった。

それから三人は自己紹介をして、それまで得た情報を交換することになった。椋が警戒した通り柳川は刑事という職についていたのでより一層の注意を向けることにした。
「そうか…それで、藤林と佐藤を襲った二人の名前は?」
「確か…向坂雄二、とマルチ…とか言ってました。聞き間違いがなければ、ですけど」

柳川は頷きながら向坂に、マルチか…と小さく繰り返していた。どうやら要注意人物として覚えてくれたらしい。ああいうあからさまな敵と潰し合ってくれるのは椋としてもありがたいことだった。
もっとも、その時まで柳川達が生きていたら、の話ではあるけれども。

「その次に襲ってきた人なんですけど…無我夢中で逃げてて名前までは分かりませんでした。男の人だったのはかろうじて分かったんですけど…」
祐介の名前は分からなかったので適当に特徴を言っておく。支給品の写真付きデータファイルで名前を割り出すことは可能だったが今それをする必要はない。後で支給品の確認をしたときにこれが出てきて『うっかりこの存在を忘れていた』ことにすればいい。というか、本当に今の今まで忘れていたからこうせざるを得なかったのだが。

「なるほどな…名前が分からんのなら仕方がない。ともかく、参考にはなった」
「それにしても…酷いですね。今まで友達だった人を後ろから襲って殴り殺すなんて」
「はい…本当にいきなりだったので、今でも思い出すだけで…」

雅史が殺された光景は本当に怖かった。そして、それから人を信じられなくなってしまった。だから椋は、殺される前に殺す、そう決断した。目の前にいるこの倉田佐祐理だって笑顔の裏ではいつ殺す機会を窺っているか分かったものではない。
(雅史さんは本当に優しい人でした…でも、優しいだけじゃ生きていけないんです。このゲームじゃ…人を信じちゃいけないんです)

誰も信じない。やらなきゃやられる。そう繰り返してまた会話に戻る。
「けど、柳川さんたちに会えて本当に運が良かったです。もし一人だったら気が狂ってしまっていたかもしれません。ありがとうございます」
「…礼を言われることじゃないさ。それよりも、さっさと鷹野神社に向かうぞ」
「神社? 何かあるんですか?」
椋が尋ねると佐祐理が言葉を引き継ぐ。

「実は今、敵の本拠地がどこかって探してるんですよ。敵がどこにいるか分かれば作戦も立てやすいと思っていますから」
何を馬鹿げた事を、と椋は思ってしまう。こんな人殺しゲームを開催できるほどの主催者が参加者に発見されるようなところに本拠地を構えているわけがない。どうせこれもこいつらが他の参加者をだます為の罠に違いないが。

そうなんですか、と適当に相槌を打っておく。とにかく、今は行動を共にしているのだ。安易に否定意見を出しても仕方がない。
「モタモタするな。こっちは時間が惜しいんだ」
柳川のぶっきらぼうな声を合図にして、三人は神塚山方面へと向けて歩き出した。

     *     *     *

神社へと続く山道は、多少整備はされていたものの決して楽な道筋ではなかった。
屈強な男である柳川はともかく、一般的な女性である佐祐理と椋は疲れを見せていたが、疲れが溜まりきる前に神社に辿り着くことに成功したのでそれほど心身に疲労が溜まることはなかったようだ。しかし…
「どうだ? 行けそうか」

古めかしい鷹野神社の入り口に腰掛けている佐祐理と椋に柳川が声をかけた。二人は靴を脱いで足をぷらぷらさせている。
「柳川さんが行けと言えば行けますけど…まだちょっと痛いです」
慣れない山道を結構な時間歩いてきた二人は軽い筋肉痛を起こしていた。痛みの程度から何時間か休憩すれば直るくらいのものなのだが、行動に多少なりとも支障が出るのは間違いなさそうだった。
「ふむ…藤林もか」

椋もこくりと頷く。彼女にしてみれば朝から走ったりして逃げてきた上にこの山道だ。疲れるのも無理はない。
「なら仕方がないか…探索は俺一人で行こう。倉田と藤林はここで待っていろ」
思いがけない柳川の言葉に目を丸くする佐祐理。

「えっ!? でも柳川さん…一人だと危険です」
佐祐理が靴を履こうとするのを柳川が手で制する。
「中途半端に体力のある状態でついてこられても困る。それよりもここで待って筋肉痛を治せ」
「…私も柳川さんの意見に賛成です。多人数だからといってそう簡単に見つかるものではないと思いますし」

椋も柳川に同調する。もちろん、単純に自分の筋肉痛を治すことだけが目的ではなかった。椋にとってこれはチャンスだった。
ここまで一緒に行動してきて分かったがこの柳川という男、身体能力が恐ろしく高い上に冷静だ。いくら椋が油断させたところで不意打ちが成功するとは思えなかったのだ。
放っておくには危険すぎる存在だったが今の椋では力量不足だった。もっと強い武器を手に入れるまで対決するのは避けたい。

しかしせっかく紛れ込むことに成功したのだ。誰か一人くらいは殺しておくべきだった。
そこで椋は佐祐理と柳川を分断させて佐祐理だけを殺す計画を立てた。
佐祐理自体は椋と大差ない身体能力だし、完全に油断している。演技が功を奏し、自分よりも弱いと思わせるに至ったのだろう。

問題はいかにして柳川と佐祐理を分断させるかということだったが…いやはや、まさか柳川のほうからチャンスを作ってくれるとは。せっかくの機会なのだ、佐祐理を柳川についていかせるわけにはいかなかった。
二人の説得のお陰か、佐祐理は渋々ながらも「分かりました…」と頷いた。

「そんなに心配するな。あくまでも様子を見てくるだけだ。もし危ないと思ったらすぐに戻る。何、2、3時間だからそんなに待つこともない」
淡々とした声だが説得力のある力強い声だった。それは柳川の力の自信に裏付けされたものなのだろう。

「そうですよね。じゃあ、佐祐理達は大人しく待っています。柳川さん、どうかお気をつけて」
「念のために本殿の中に入って障子を閉めていろ。こんな見通しのいい場所で身を晒す必要性はないからな」
「はい。そうします」
椋と佐祐理は言われた通りに、靴を持って本殿の中へと入っていった。佐祐理が障子を閉めるのを確認すると、柳川は背を向けてさらに神塚山の頂上のほうを目指して歩き出した。

薄暗い本殿の中には、足を伸ばしてリラックスしている二人だけが取り残される。
奥のほうを見ると小さく飾られている御神体が二人を見下ろしていた。まるで、この島で必死に足掻く人間を嘲笑うかのように。

椋はそれをも軽蔑するように、佐祐理はそんな御神体でも信ずるかのように、それぞれ眼差しを向けていた。
「…祈っておきましょうか? 気休め、ですけど」
佐祐理が椋に提案する。別に断る理由もない椋はいいですよと返事をして御神体に手を合わせる。佐祐理も同じく椋の横に並んで手を合わせた。

目を閉じて、二人はそれぞれの願いを想う。
一方は姉の無事とこの先の殺戮が上手くいくことを。
一方は親友の無事とこの島から無事に脱出できることを。そして…

風で外の葉っぱがざわざわと揺れる音が、小さく本殿の中を通り抜けた。
それが止むのを待つようにして二人が目を開けてまた姿勢を崩す。後は柳川を待つだけなのだが…椋にとっては柳川が帰ってくるまでがタイムリミットだ。この間に佐祐理を殺さねばならないのだが足の筋肉痛がまだとれていない。
ある程度楽になるまではここで休息をとっておく必要があった。

「あのー…藤林さん?」
椋がそのあたりの兼ね合いをどうしようかと考えていると、横から佐祐理が声をかけてきた。
「そう言えば、藤林さんはお姉さんを探してるって言ってましたけどどんな方なんですか?」
情報交換をしていたときに椋は杏と会っていないかどうか尋ねていた。結果は残念なものだったが。
「お姉ちゃんですか? そうですね…」

佐祐理に姉の素性を話していいものかどうか一瞬迷ったもののすぐに殺す相手なのだ、言っておいても害にはならないはずだと椋は思った。それに、時間つぶしにはなる。
「お姉ちゃんといっても双子の姉なんですけど…私と違ってとてもしっかり者で、お料理も得意だし、運動神経もいいし…クラス委員長もやってますし…あ、これは私もやってますけど」
「はぇー…いいお姉さんなんですね」
はい、自慢のお姉ちゃんです、と頷く。椋にとって本当に杏は自慢の姉でありかけがえのない存在であった。きっと今頃は自分を探してくれているだろう、とも思う。
「佐祐理もですね、お姉ちゃんだったんですよ」
だった、という言葉。嘘か本当かはともかくとして佐祐理の言葉はそれが過去形であることを指していた。

「一弥って名前の弟だったんですけど…父がとても厳しい方で、佐祐理に弟を甘やかすな、甘えさせるなと言っていたんです。
その時の佐祐理は父の言うことは常に正しいと信じてましたから言いつけを守って、本当は一弥と一緒にいっぱい遊びたかったんですけど、いつも辛く当たってきました。
それが正しいことなんだって信じてました。
ですけど、一弥は元々体が丈夫なほうではなくて…体調がどんどん悪くなって、入院して、それで…死んでしまったんです」

佐祐理の口から明かされる家族の死。決して他人の言うことは信じないと決めていた椋だったがなぜかこればかりは嘘ではない、と思っていた。そう思わせる何かが佐祐理の言葉にはあった。

「その時初めて、佐祐理はどうしてあんなことをしてきたんだろうって後悔したんです。どうして、少しでも優しくしてあげられなかったんだろう、って。
けど、遅かったんです。どんなに悔やんでも一弥は戻ってこない。もう謝ることもできない。仲直りもできない。…ですから」
佐祐理は少しだけ羨ましそうな目で椋を見て、
「お姉さんの杏さん、大事にしてあげてくださいね。必ず生きてお二人が会えるようにさっき祈っておきましたから」

…もちろんです、と椋は返事する。言うまでもない。そして、姉を少しでも生き延びさせる確率を高めるためにも。
椋は後ろにある自身のデイパックから後ろ手にこっそりと包丁を取り出す。もちろん、佐祐理には見えないように。
弟に関しての話は根拠はないが、恐らく事実だろう。だからといって同情する気はない。同情すれば、後々殺される火種になるかもしれないのだから。

やらなきゃやられる。

幾度となく繰り返した言葉をまた反芻する。そう、この言葉こそただ一つ信じるべきものなのだ。
二度目の殺人に挑む椋の心臓は早くも高鳴っていた。
「ですけど、どうしてそんな話をしてくれるんですか? 倉田さんにとっては話すのも辛いことだと思いますけど…」
気をそらすために会話を振る。少しづつ、椋は佐祐理ににじり寄る。

「あははーっ、そんなの決まってるじゃないですか。だって、佐祐理と藤林さんはもう『仲間』なんですから。大事な『仲間』です」
予想もしなかった言葉に椋は思わず息を飲む。そして呆れ、憤る。またそんな見え透いた嘘を…騙されない、騙されるもんか!

「あ、そういえば、いつまでも名字で呼び合っているのもおかしいですよね? これから、佐祐理のことは名前で――」
その続きが紡がれることはなかった。何故なら、その時既に、椋の包丁が佐祐理の首を抉っていたからだった。
歯をギリッと噛み締めて、祐介を殺したときと同じように全力を以って佐祐理の命を奪い尽くす。

頸動脈を切られた佐祐理の首から、スプリンクラーよろしく赤い血飛沫が飛び散り、椋の顔にも服にも付着する。
そういえばスプリンクラーとスプラッターってちょっと響きが似ているなあ、と椋は場違いに想像した。
笑顔のままで、彼女の狂気も知らぬままに――こうして、倉田佐祐理はその短い生涯を終えたのであった。

     *     *     *

「くそ…この辺りは収穫なしか」
神塚山山頂付近を囲むようにぐるりと一周した柳川ではあったが、どうにもこうにも怪しげな箇所はどこにもない。
「やはりそう簡単には見つからんか」
不自然に植物や木が生えていなかったり地面の形がおかしければまだ幾分かヒントになったもののそういうポイントはなかった。

だがそう簡単に見つけられるようでは主催者の力量が知れる。敵も一筋縄ではいかないということだ。
ふと空を見上げると柳川を照らす太陽がちょうど自分の真上から光を注いでいることに気付いた。そろそろ正午も近いだろう。

柳川は作業を一旦切り上げて神社へと戻ることにした。あの佐祐理のことだ、自分の事を心配し始めているんじゃないだろうか。
いつの間にか思考の隅には常に佐祐理が鎮座していることに気付き、柳川は苦笑いを漏らした。人付き合いが苦手な自分がよくもまあそんなことを考えるようになったものだ。
それとも鬼の力が制限された、本来の性格の自分とはこんなものなのであろうか。
まあ、ともかく、佐祐理の存在はありがたいものだろう。

神社まではすぐに戻ってくることができた。さてこの後どうするかだが、引き続き周辺の捜索を続行するか、それとも同士を集めにここを出るか。
柳川としてはもう少しだけ捜索を続けたいところだがそれは二人の意見を聞いて見なければならないだろう。疲労を見越して自身も休憩を取るか。
正直な話、柳川には女性の体力というものがいまいち把握できていない。どの程度まで行動が可能ということが測りきれないのだ。

しかし、分からなくても分からないなりに予測を立てて行動を取らなければならない。こういうことで頭を悩ますことがあるとは思いもしなかった。
「…仕方ないか」
佐祐理も出会った藤林も、探している人間のことを聞くときはひどく真剣な顔をしていた。
柳川にだって、家族や親友を大事にしようという人の気持ちは理解できているつもりだった。
柏木の一族を見ていればよくわかる。

今まで散々殺戮と陵辱に手を染めてきた自分ができる、数少ない罪滅ぼしの一つとして探している人には会わせてやりたい。
それが佐祐理と行動して以後の、いやひょっとすると楓が死んだときからの、柳川の思いであった。

「倉田、藤林、戻ったぞ」
柳川は障子の前から声をかけたが、いくら待っても返事をする気配がない。
二人とも疲れて寝てしまったのだろうか?
「…開けるぞ」
一応断りを入れて柳川は障子を開け――そこで、考えもしなかった光景が目に入ってきた。

「くら…た?」
本殿の中にはむせ返るような異臭が漂っており、倒れている佐祐理を中心にするようにして赤い水溜りができていた。その光景だけで、本能的に柳川は悟ってしまう。
佐祐理が、何者かに殺害されたのだと。

「馬鹿な…!」
確かに佐祐理は自分とは比べるべくもない体力の女性ではあるがこうまで易々と殺されるものなのか?
本殿にしても戦闘の痕跡すらないのはおかしすぎる。
荷物もなくなっている。
そしてそれ以前に――藤林椋は、どこにいるのだ?

そう、確かに本殿の中には佐祐理の死体があった。だが行動を共にしていたはずの椋の姿がどこにも見当たらない。
どこかに隠れている。それも考えたがそれよりももう一つの大きな可能性が柳川の脳裏を掠めていた。

「まさか、あの女…!」
柳川は本殿を飛び出し己の危険も省みずに大声で叫んだ。
「藤林っ! いるなら出て来い! 俺だ、柳川だ!」
そう何度か叫んでみるものの、柳川の声は空しく森に響くだけであった。

「ハッ…そうか…そういうことか…あの女、大した役者だよ」
まんまと騙されたのだ。怯えたあの表情に。弱者を装ったあの言動に。あの行動の一つ一つに、藤林椋には敵意はないと思い込まされていた。
それが、全て、偽りであったというのだ。柳川はそんな彼女に尊敬さえ覚えていた。何せ、刑事であるこの自分を見事騙すことに成功したのだから。

「安易に仲間を作った結果か…なるほど、いい事を教えてくれたよ。いいさ、それが己の罪だというならそれも甘んじて受け入れよう。だが…藤林…貴様だけは、俺が狩ってやる」
忘れかけていた狩猟者の意思がふつふつと煮えたぎっているのを、柳川は自覚していた。
あの女だけには…容赦をするつもりはなかった。
誰が止めても、たとえ佐祐理が止めてもだ。
主催者を倒すのは、その後だ。


鬼が、吼えた。




【時間:2日目午前11時10分頃】
【場所:G−6、鷹野神社】


倉田佐祐理
【所持品:なし】
【状態:死亡】

柳川祐也
【所持品@:出刃包丁(少し傷んでいる)】
【所持品A、コルト・ディテクティブスペシャル(5/6)、支給品一式×2】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了、ほぼ回復。椋を見つけ出して殺害する。その次に主催の打倒】

藤林椋
【持ち物:ベネリM3(0/7)、100円ライター、包丁、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、支給品一式(食料と水三日分。佐祐理のものを足した)、救急箱、二連式デリンジャー(残弾2発)、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【状態:マーダー。ちょっと足が痛い。姉を探しつつパーティに紛れ込み隙を見て攻撃する】
-


BACK