残された者達の責務/
海神のような強さを








春原陽平達は、情報システム制御室にて脱出方法を模索していた。
途中で月島拓也や小牧郁乃らの一団が来たが、疑心暗鬼に陥ったりはせず、すぐに脱出の為の会議に移る事が出来た。
尤も、主催者が倒れた今殺し合うメリットなど皆無なのだから、当然といえば当然ではあるが。

「何? 脱出方法が分からない?」
「ああ。どうやら主催者は、船やヘリを用意してなかったみたいなんだ」

怪訝な表情を浮かべる拓也に対し、北川潤が淡々とした口調で答えた。
どれだけ必死に調べても、海を越えれるような乗り物は見つからなかったのだ。
小牧郁乃が顎に片手を添え、考え込むような表情となった。

「じゃあ、主催者はどうやって帰るつもりだったのかしら……」
「恐らくは外から迎えを呼ぶ予定だったのでしょう。地下要塞内に輸送用航空機を隠すのは、色々と手間が掛かりますしね」

しかし、と鹿沼葉子が続ける。

「弱りましたね。私達は、篁財閥の残党に助けを求める訳にはいきません。
 日本政府も、この件に関与出来ないように圧力を掛けられているでしょう……」
「何とかして自力で脱出するしか無いって訳ね……」

広瀬真紀の放った言葉に、一同は例外無く黙り込んだ。
頭を失った篁財閥は遠からずして崩壊するだろうが、今はまだまだ健在だろう。
つまり日本政府は動いてくれない、という事だ。
そして姫百合珊瑚が死んでしまった以上、1から輸送用の乗り物を造るなど不可能だ。
とは言え、大海原の中央に位置するこの島から、乗り物無しで脱出しようとするなど自殺行為に他ならない。
一体どうすれば――
そこで唐突に、坂上智代が両手をポンと叩いた。

「そうだ――船ならあるぞっ!」

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平瀬村の北北西に位置する海岸――即ち殺人鬼岸田洋一が、この島で最初に踏んだ地。
太陽は西に沈みかかっており、代わりに闇が鎌首をもたげている。
塩分を含んだ潮風が鼻孔を強く刺激し、耳朶を打つのは静かな小波の音色。
湯浅皐月は半ば呆れたような顔で、眼前に存在する小型艇を眺め見た。

「確かに船だけど……智代が言ってた以上にボッロボロじゃん。それにこの大きさじゃ、かな〜り頑張らないとこの人数は入りきらないよ」

それには倉田佐祐理も久寿川ささらも同意なようで、うんうんと頷くばかり。
船首は見る影もない程に損傷し、他の部位も所々に罅が入っている。
船の長さは10メートル程度しか無く、12名もの人間が乗れば文字通り、ぎゅうぎゅう詰めの状態となってしまうだろう。
だが柚木詩子は悪戯っぽい笑みを浮かべて、後ろに停めてある大型乗用車――中には要塞にあった様々な雑品が詰まっている――を指差した。

「うん、修理しないと動かないだろうから、あの車の中に必要そうな材料は入れて置いたよ。
 これだけ人数がいるんだから、半日もあれば直せるんじゃないかな」
「……でも、こういうのって知識が無いと駄目なんじゃないの? 素人が何人居たって直せるとは思えないよ」

長森瑞佳が疑問を持つのは当然だろう。
人手が足りていれば大丈夫という理論は、やるべき事が分かっている時に限られる。
幼児が何百人いようとも難解な数式は解き得ないのと同じで、修理方法が分かる者が居なければどうしようも無いのだ。
事態は暗礁に乗り上げたかと思われたが、そこで詩子が無い胸を思い切り張った。

「大丈夫、あたしは四級小型船舶を持ってるし、原付のエンジンも良く弄ってたからさ。
 船を修理した経験は無いけど、動力部さえ無事ならきっと何とかなるよ」

何処までも呑気に見えた少女の、隠し持った意外な技能。
これには流石の拓也も驚きを隠せない。

「なっ――――まさか柚木さんに、そんな才能があるなんて……」
「ふっふ〜、凄いでしょ〜。皆大船に乗ったつもりでいて良いよ」

それにしてもこの詩子、得意げである。
かくして一行は脱出の足を確保すべく、小型船の修理を行う事になったのだった。

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六時間後。
詩子だけでなく、皐月も多少予備知識があったお陰で、作業は滞りなく終了した。
小型艇はどうにか航海に耐え得る状態まで復旧し、余分な積載物を捨てたお陰で人数分のスペースも確保出来た。
とは言え、要塞での壮絶な最終決戦、そして先の修理作業により、一行の疲れは限界近くに達していた。
そこで今日は島で休養を取り、夜明けと共に出発しようというという事になった。



――海辺より少し離れた平野で。
小牧郁乃・久寿川ささら・湯浅皐月の三人は体育座りの格好で、情報交換を行っていた。

「そっか……お姉ちゃんも死んじゃったんだね……」

情報システム制御室で判明した事実――小牧愛佳達の死を伝えても、郁乃は泣かなかった。

「七海も……折原も……やっぱり駄目だったのね……」

皐月も、泣かなかった。
恐らくは、本人達もある程度覚悟していたのだろう。
連絡が途絶えていた愛佳や浩平達は、首輪の解除をしていない――つまり、放送通り死んだのだという事を。
郁乃がか細い肩を震わせながら、視線を下へと移した。

「おかしいね……あたし、こんなに悲しいのに泣けないよ……。高槻が死んだ時みたいに、泣けないよ……」
「あたしも泣けないよ……。あたしが追い出した所為で、折原は死んじゃったようなものなのに……。
 あたし達の涙はもう、枯れちゃったのかな……。悲しい事が多過ぎて、もう泣けなくなっちゃったのかな……」

郁乃と皐月は哀しかった。
涙を流せない自分が――仲間の死に慣れてしまった自分自身が、哀しかった。
だがそこで、ささらが二人の肩に手を乗せた。

「郁乃さん……湯浅さん。それは違うわ」
「――え?」

少女達の視線を一身に受けながら、ささらが続ける。

「人は涙を流した数だけ強くなれる。だからきっと、湯浅さんと郁乃さんは強くなったのよ。
 死んでしまった人達の為にも――私達は、強くなりましょう」
「…………」

訪れる沈黙。
言い訳程度に、虫の鳴き声だけが聞こえてくる。
けれどやがて、郁乃も皐月も、ゆっくりと首を縦に振るのだった。



――大きく広がる森林の入り口で。
月島拓也・長森瑞佳・鹿沼葉子の三人は、切り株の上に腰を落としていた。

「お兄ちゃん、結局瑠璃子さんの消息は分からなかったね……」
「そうだな……けど、仕方無い。瑠璃子の死体は見つけられなかったけど、日本に帰ってからお墓を作ってあげようと思う。
 大切な人間を全員失った奴だってゴロゴロいるんだ。僕はお前が居てくれる分、まだ幸せ者さ」
「うん……私もそうだよ。浩平が死んじゃったけど……お兄ちゃんが居てくれるから……何とか生きる気力を失わないでいられるよ」

月島瑠璃子が何処で命を落としたか、知る者は一人としていなかった。
そして瑠璃子の死体を捜す為だけに、膨大な映像データを隅から隅まで調べるという訳にもいかない。
かつては妹を溺愛する余り、視野が極端に狭まっていた拓也だったが、今はもう冷静な判断が出来る程に成長していた。
そしてその成長の動因となったのは、間違いなく瑞佳だ。
血の繋がっていない拓也と瑞佳だったが、二人は最早本物の『兄妹』以上に深い絆を築き上げていた。

瑞佳はふとある事を思い出して、葉子に言葉を投げ掛けた。

「葉子さん……一つだけ聞いて良いですか?」
「はい、どうぞ」
「葉子さんが私を襲った時、一緒に居た女の人は――貴女にとって、どんな存在でしたか?」

ゲームの初日、自分を襲ったもう一人の少女、天沢郁未。
葉子は殺し合いに乗っていたにも関わらず、郁未と行動を共にしていた。
ある種冷淡にも見える葉子が何故そのような行動を取ったのか、瑞佳は聞いてみたくなった。

葉子はくるりと瑞佳に背を向けて――搾り出すように、声を洩らした。

「……私にとって生涯で最初の、そしてきっと最後の親友です」



――星のよく見える、絶壁の近くで。
北川潤と広瀬真希は肩を寄せ合い、夜空を眺め見ていた。

「なあ真希、知ってるか?」
「――何が?」
「美凪もみちるも、こうやって星を見るのが大好きだったみたいだぞ」

真希は空に広がる無数の星々を眺め見たまま、呆れたような声を返す。

「知ってるに決まってるでしょ。あたしは――あたし達は、美凪とみちるの親友なんだからさ」
「……そうだな」

四人の心は一つだった。
この先も、元の生活に戻ってからも、ずっと、ずっと。
決して終わらない友情が、四人を結び続けている。

そして、これは真希と北川の間だけの感情。

「――ねえ、潤」
「ん?」
「キス……しよっか?」

まだ恥ずかしさは残るけれど、それでも二人は口付けを交わした。
二人を支えるのは、今は亡き親友達との友情と、過酷な環境の中で芽生えた恋心。


・
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そして翌朝。
春原陽平とその仲間達を乗せた船は、日の出と共に島を出発した。
鳴り響く波の音をバックミュージックとしながら、一同は船室の外にて海を眺めていた。
陽平がボタンの背中を撫でながら、寂しげに口を開く。

「柚木、佐祐理さん……教会に集まった時はあれだけ沢山居た仲間が……もう、半分以下になっちゃったね」
「ぷひぃ……」

柏木一族との死闘の後、教会に集った同志の数は実に12人。
しかしその半数以上が志半ばにして、或いは志を貫いたものの、命を落としてしまった。
この島では余りにも簡単に人が死に過ぎて、余りにも簡単に『想い』が潰え過ぎたのだ。

「それだけ春原達の通ってきた道が、辛く過酷なものだったという事だろう。
 それに比べ、私は……ただ空回りしているだけだった……。茜を救う事すら、出来なかった」
「そうだね……あたしは茜とずっと一緒だったのに……助けてあげられなかったよ……」

智代と詩子が、深く落ち込んだ様子で声を洩らす。
自分達の成し遂げた事など精々、島から脱出する際の手助けくらいのものだ。
胸に去来するのはやり遂げたという達成感よりも、後悔。
生き延びたという喜びよりも、悲しみ。

それでも佐祐理は、何処までも澄んだ瞳で、言った。

「皆さん、後悔ならいくらでも出来ます。だけど――主催者を倒したとは言え、佐祐理達の人生はこれで終わりではありません。
 ですからこれからやれる事を考えましょう。死んでしまった人の人生を、意志を、これからもずっと背負って、生きていきましょう……」

その言葉に反論する者は、いない。
誰もが、あの葉子ですらもが、黙って頷くばかりだった。
いつまでも後悔していたら駄目だから、そんな事をしても死んだ仲間達が悲しむだけだから、自分達は前に進まなければならない。

佐祐理達は最後に一度だけ後ろへと振り返り、遠ざかってゆく島を眺め見た。
気が付けば島は黄金色の朝焼けに照らされており、自分達の門出を祝福してくれているかのようだった。


永きに渡った凄惨な殺人遊戯、そして悪神との壮絶な死闘。
それらの過程を経て今も尚生き延びているのは、僅か12名。
120名――否、イレギュラーも含めれば122名も居た命ある者達が、今やその10分の1に満たぬ数しか生きていない。
残る9割以上が、永久に帰らぬ存在となってしまったのだ。

死んでしまった人間が蘇る事は無い。
失った存在は、何をどうしようとも絶対に取り戻せない。
篁財閥のクローン技術を用いた所で、紛い物が生み出されるだけに過ぎない。

罪の所在が何処にあるかは分からない。
人を殺した事が罪だと云うのなら、生き残った者達の殆どが、直接的にしろ間接的にしろ殺人に助力している。
仲間を守れなかった事が罪だと云うのなら、生き残った人間全てがその罪を犯している。

生き残った者達は、罪悪感、喪失感という地獄の責め苦の中で生きてゆかねばならない。
それが罪を犯した者の、守れなかった者の、責務なのだから。

それでも――それでも歯を食い縛り、前を向いて生き続ければ、きっと手に入れる事が出来る。

海神のような、強さを。






鹿沼葉子
北川潤
久寿川ささら
倉田佐祐理
小牧郁乃
坂上智代
春原陽平
月島拓也
長森瑞佳
広瀬真希
湯浅皐月
柚木詩子

以上、生還者:12人



【HAKAGI ROYALEV RoutesB-18 END】

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