『よし、話を再開するか。ことみ君、その爆弾とやらを作るのには何が必要なんだ?』 休憩を挟んで少しは気力が戻った聖が秘密の会話に使っているパソコンのキーボードを叩く。本格的な爆弾を作るとは未だに信じ難かったが、強力なものを作れるというのならそれに越したことは無い。 ことみはまるでピアノを演奏しているかのような軽やかな手つきでキーボードを叩く。 『分かりやすいように箇条書きするの。必要なのが、 ・ロケット花火 ・硝酸アンモニウム ・軽油 それと、硝酸アンモニウムに対して軽油が94:6の割合で必要だから持って来る量も考えないとだめなの』 案外必要な物が少なかったので聖は拍子抜けした。そんな身近なもので爆弾が作れるものなのか。なるほど、テロが横行するわけである。が、気になることもある。 『雷管はどうする』 『それはロケット花火だけで十分なの。休憩してる間に考え直したんだけど、やっぱり作るのは手間がかかるから既製品を使うほうが楽だと思って。もし可能なら工事現場なんかからもっと精度の高い雷管を持ってきたかったけど』 確かに、工事などで爆破に使う爆薬の雷管を使うのが手っ取り早いだろうがここにそんな状況が都合よく転がっているとは思えない。何せここが人工島だという可能性すらあるのだ。 『仕方ないか…しかし硝酸アンモニウムはここから拝借するとして、他はどこから持ってくる?』 ロケット花火はまだ各地の村にある可能性はあるが軽油はどうか。ガソリンスタンドがあるとは考えづらい。だがことみは既に答えを導き出していたようですぐさま返答する。 『農業用トラクターとかの動力はディーゼルエンジンだからそこから持ってくれば問題ないの。流石にそれくらいはあってもおかしくないと思うけど』 ふむ、と聖は唸る。ここに来る道中で車やバイクが放置されているのを何台か見ている(最も、キーがないので動かせなかったが)。ならばトラクターくらいあってもおかしくない。 『となれば、向かうとすれば農協か。もし学校に硝酸アンモニウムがなくてもそこならあるだろう』 地図には農協はない。だが村のどこかにはあるかもしれなかった。聖が最初に立ち寄った鎌石村には農協はない。とすれば平瀬村か、氷川村を巡るということになる。 距離的に近いのは氷川村だ。まずはそこを目指すことになる。 『結局は氷川村に行くことになりそうだな…ところで、材料はどこに隠す? 目立つところに置いておくと持ち去られる可能性もなくはないぞ。何せ人手が足りない、一回では持ち運べないかもしれないぞ。そのときはどうする』 それも問題ない、という風にことみが親指を立てる。 『グラウンドの近くにある倉庫を使えばいいと思うの。鍵は多分あるだろうし、広さも多少はあるはずなの』 倉庫か。なるほど鍵をかけておけば容易に侵入できないはず。それにしてもそこまで観察していたとは。ことみの洞察力には目を見張るばかりである。 これも大きな戦力だろうな、と聖は思う。知は力なり、か。 だがこの作戦を行う上で問題はある。それは材料をかき集めるために島中を奔走しなければならないことだ。 本来生き残ることを優先しようと思えば動き回るより一箇所にジッとしていたほうが生存率は高くなる。動くということはそれだけでリスクを伴うことなのだ。聖は妹の佳乃を探すという目的があるため動かざるを得ないがことみはどうだろうか。 人集めをするとは言っていたがそれはあくまで危険に踏み入らない程度のはずだ。だが爆弾を作る上ではどうしても危険な状況に踏み入らざるを得ないこともあるはずだった。 『聞いておくことがある』 だから聖は覚悟の程を確かめるために質問をすることにした。いきなり何事かと頭をかしげることみだったが聖のただならぬ雰囲気を感じてかじっとして次の言葉を待っていた。 『これで当面の予定は立った。だがことみ君、行動に移す前にこれだけは聞いておきたい。君はどうして【この島から脱出する】立場を取った? 私は医者だ。医者には人の命を救う義務がある。権利がある。そして人の命を奪う事は医者として最大のタブーだと思っている。だから私はこの殺し合いには乗らなかった。君はどうなんだ? 君はどうして、殺し合いには乗らなかった?』 ひどく真剣な、張り詰めた弓のような視線がことみを刺す。ことみはしばらくの間、黙っていた。 パソコンのかき鳴らすファンの音だけが静かに、二人の間に響いていた。しばらくの沈黙を破ってことみがキーボードを叩き始めたのは、三分が経ってからのことだった。 『大切な人がいるから…私にとって、とても大切な人が、いるから。その人は…今はもう、昔の私の事を忘れちゃってるけど、けど、昔と同じように仲良くしてくれてるの。ご飯を、半分こしたり。それに…友達を作ってくれた。その人を…どうしても死なせたくなかったから』 それまでは滑らかだったキーボードの叩き方が一転して、一語一語を大切にするようなゆったりとしたものへと変わる。まるで、クラシックの転調のように。 『だから、その人とこれからもいるために…友達と過ごすために、必ず脱出してやるの』 キーボードから手を離す。それが、ことみの出した覚悟のようだった。 そして、それは十分に、言葉を使わずとも文面だけで聖の心に伝わっていた。 『結構だ。それならいい。しかし…よほど好きなんだな、ことみ君の言うその人というのは』 そう打ち込むと、ことみは少し目を泳がせて頬を染め、コクリと小さく頷いた。 ハハア。聖は今の反応で確信した。要するに、惚れているのだ。ことみは、その人に。 なるほど。それなら尚更殺し合いには乗れない、か。可愛いものだ。 『ふふ、私はますます君のことが好きになりそうだ。是非とも佳乃にも会わせたいな。まあそれはさておき…出発してもいい頃だろう。行こうか。まずは硝酸アンモニウムを探そう』 ことみはこくりと頷くとさもそれらしい声で、 「先生、やっぱりこのパソコンじゃダメみたいなの…悲しいかな、任務失敗。という事で、もうこの部屋には興味ナッシングなの」 といって椅子から立ち上がった。聖も続いた。 「そうか…君なら何とかなると思ったんだがな。仕方ない。また人探しに戻るか。行こう、ことみ君」 パソコンの電源を切って、二人はこの部屋から立ち去った。次の目的、爆弾の材料集めをするために。 【時間:二日目午前6:00】 【場所:D-6】 霧島聖 【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式、乾パン、カロリーメイト数個】 【状態:爆弾の材料を探す。まずは学校で硝酸アンモニウムを見つける】 一ノ瀬ことみ 【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯】 【状態:爆弾の材料を探す。まずは学校で硝酸アンモニウムを見つける】 - BACK