地下要塞攻略の要、『ラストリゾート』破壊の任に就いた高槻一行。 だがラストリゾート発生装置を前にして、決して出会ってはならない男――『狂犬』醍醐が現れてしまった。 大きな広間の中、高槻達は30メートル程の距離を置いて、最強最後の守り手と対峙する。 湯浅皐月がS&W M1076を深く構えながら、苦々しげに吐き捨てた。 「やっぱりアイツ……桁違いね……」 眼前の男が向けてくる刺々しい殺気は、前戦った時を遥かに上回っていた。 こうやって睨み合っているだけでも膝が震え、本能が今すぐ逃げろと訴え掛けてくる。 極度の緊張で上昇した体温を抑えるべく、汗が噴き出すように流れ落ちる。 しかし厳しい戦いになるのは分かっていたのだから、ここで尻尾を巻いて逃げ出す訳にはいかない。 皐月は一度だけ、祈るように瞼を閉じた。 (宗一……あたし、頑張るからね……) 遠い世界へと旅立ってしまった那須宗一に、心の中で語り掛ける。 再び目を開いた時にはもう、震えは止まっていた。 高槻がざっと一歩前に出て、淀みの無い声で言った。 「やる前に一つだけ聞いておきてえ事がある……。おめえどうして、篁なんかに肩入れするんだ? おめえ程の実力があれば幾らでも雇い手はあるだろうに……どうしてこんな悪事に加担するんだ?」 醍醐程の傭兵ならば世界中で需要があるだろう。 わざわざ篁のような、人間味の無い男に協力する必要は無い。 しかし醍醐は特に迷うような素振りも見せず、即答する。 「フフフフ……お前のような小者には考えが及ばぬ程、我が主は巨きなお人なのだ。あの方の元で働く以上の名誉など、何処にもありはせん」 それに、と続ける。 「どうして、というのは俺の台詞だ。FARGOの高槻と言えば極悪非道で有名だったのに――そんなガキ共を引き連れて、どういうつもりだ?」 高槻の眉が、ピクリと動く。 「――――っ!?」 「え……?」 初めて知らされる素性に、皐月と小牧郁乃が驚愕の表情を浮かべ、高槻の背中へと視線を寄せた。 理由――そんなものは、数えればキリが無いし、どうだっていい。 自分が今、仲間を大切に思っているという事実さえあれば、理由など必要無い。 だから高槻は、郁乃達の視線を背中越しに感じながら。 「別に深い理由なんてねえよ。ただ――」 本当にどうでも良さそうに、ぶっきらぼうに。 「色々あってな、ハードボイルド小説の真似事がしたくなっただけだ」 そう言って、にやりと笑った。 コルトガバメントの銃口を持ち上げ、告げる。 「話は終わりだ、来いよ番犬っ!」 「承知! ゆくぞ、高槻ぃぃぃぃぃっ!!」 巨体が奔る。 醍醐が旋風を伴って、凄まじい勢いで疾駆する。 即座に、高槻が叫んだ。 「皐月、郁乃……撃てええっ!!」 本来ならば足が不自由な郁乃に戦わせるのは避けたい所だったが、今回はそうも言っていられない。 何しろ相手は皐月と二人掛かりでも勝てなかった醍醐なのだから、危険は承知で全戦力を投入するしかないのだ。 「あたしだって……やれるんだからぁ!」 郁乃が車椅子から飛び降り、ベレッタM950の引き金を立て続けに絞る。 ベレッタM950は小型の拳銃であり、非力な郁乃でも容易に使いこなす事が出来た。 しかし醍醐は左右に大きくステップを踏み、迫る銃弾から身を躱す。 「いっけぇぇぇ!」 皐月がS&W M1076を両手で握り締め、安定した射撃体勢で発砲する。 続けて郁乃が、続けて皐月が、一発ずつ交代で発砲してゆく。 間断無く繰り出される銃弾の連撃は、並の者ならば決して逃れようの無い死の雨だ。 だが数多の戦場を駆け回った醍醐には、その程度の攻撃通じない。 百戦錬磨の傭兵隊長からすれば、今の状況などお遊びも同然――! 醍醐は皐月と郁乃の狙っている箇所を正確に察知し、必要最低限の動きで回避を続ける。 その間にも前に進む足は決して止めずに、じりじりと間合いを詰めてゆく。 そしてすぐに、転機は訪れた。 「あっ!?」 カチッ、カチッ、と音を立てて皐月のS&W M1076が弾切れを訴えた。 それを醍醐が見逃す筈も無い。 郁乃の銃撃だけならば警戒するまでも無いと言わんばかりに、醍醐が一直線に皐月へと殴り掛かる。 「くらえええぃ!」 繰り出される特殊警棒による一撃。 数々の敵を蹴散らし、いかな戦局であろうと打開してきたそれを、しかし。 「――くぅううっ!」 皐月は攻撃の軌道を見切り、真横に飛び退く事で回避していた。 醍醐の攻撃は破壊力だけを見れば人間離れしているが、スピードに関しては決して反応出来ぬ物ではないのだ。 「オラァッ!!」 直後、高槻が――冷静に醍醐の隙を窺っていた高槻が、満を持して引き金を絞る。 敵が防弾チョッキを着ている事など分かっている以上、倒すには無防備な頭部を狙うしかない。 醍醐はすんでの所で上体を反らし、必殺の一撃を躱そうとする。 だが攻撃の直後を狙われたとあっては、いくら醍醐と言えど回避が間に合わない。 「がっ――――ぬおぉぉっ……」 醍醐の両眉の間――所謂眉間の辺りに、焼け焦げた後が刻まれる。 銃弾は後1cm軌道がズレていれば、間違いなく醍醐に致命傷を与えただろうという位置を通過していた。 「――――クッ」 醍醐は追撃を警戒したのか、後方に飛び退く事で一旦間合いを離した。 眉の辺りを摩りながら、感心したように口を開く。 「……なかなかやりおるわ」 「あたりめーだ。昨日は本調子じゃなかったからな……今のが俺様達の真の実力って訳よ」 昨日は高槻の体調が悪かった上に、郁乃が戦闘に参加していなかった。 それに対して今日は三人全員戦闘に参加しているし、それぞれが銃も持っている。 昨日と比べ、明らかに戦力は増しているのだ。 だが―― 今の凌ぎ合いで確かな手応えを感じたのか、皐月が強気に言い放つ。 「さあ、覚悟しなさい醍醐っ! ぴろの仇よ!」 「ほざくなああっ! 俺にはまだ……まだまだ……力があるわああああッ!」 大上段に特殊警棒を構えていた醍醐が、片手を懐に忍ばせる。 取り出したのは銀のパック、所謂チューブゼリーのようなものだった。 「こんな物には頼りたくなかったが……この醍醐の目的はあくまでも『勝利』! あくまでも総帥の命令を果たす事!! 戦士になる必要もなければロマンチストでもない……。俺は絶対に……勝たねばならぬのだァァァァッ!!」 戦力が増しているのは、醍醐も同じ―― 醍醐が噛み千切る様に封を切ると、一呼吸でパックがくしゃくしゃになる。 ぱしゃんと、パックの投げ捨てられる音が聞こえた。 ――それは、悪夢の始まりを告げる音だった。 「な、なんだあ……?」 高槻の眼前で、醍醐が大きく痙攣し始める。 その痙攣が全身に行き渡り、筋肉が膨れ上がったかと思うと、醍醐は、 「フグウウウウウウウウオオオオオンッ!!」 猛獣のように――否、猛獣そのものの雄叫びを挙げた。 「な……、これはどうい――――!?」 言い終わる前にかつてない死の予感を感じ、高槻は本能的に横に跳んだ。 直後、一秒前まで高槻が立っていた辺りの床が崩壊した。 砂塵が舞い上がり、轟音が辺り一帯に鳴り響く。 見ると醍醐が――かつて醍醐だったモノが、生の拳で床を殴り付けていた。 特殊警棒を用いずに、素手で恐るべき破壊力、恐るべき速度を体現したのだ。 醍醐は高槻に追い縋り、矢継ぎ早に拳を繰り出していく。 その度に広間全体が大きく揺れ、床が抉り取られてゆく。 スピードも、パワーも、迫力も、全てが以前とは桁違いだった。 最早、人間では無いと言い切れる程に。 「くそったれが……!」 必死の思いで間合いを離しながら、高槻は皐月と郁乃に声を掛ける。 「気を付けろ! 今コイツが飲んだのは、筋肉増強剤だとか興奮剤だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ! もっと恐ろしい何かだ!」 「……気、気を付けろって言ったって――」 皐月が新しいマガジンを装填しながら、戦慄に歪んだ顔で反論する。 高槻が言った事は、『ライオンと戦うのは危険だから、慎重に戦え』と素手の人間に対してアドバイスしているようなものだ。 分かっている所で、対応しようが無いものはどうしようもない。 それでも皐月は、焦燥感に震える手でS&W M1076を連射した。 銃弾が一発、二発と醍醐の背中に吸い込まれてゆく。 10mm弾を使用するS&W M1076の破壊力は、拳銃としては中々の物。 防弾チョッキ越しとは言え、強烈な衝撃を受けた醍醐は――ビクともしなかった。 「う、嘘っ!?」 「ガアアアアアアアアアアアアアッ!!」 そして、醍醐の標的が高槻から皐月へと切り替わる。 怪物が正しく疾風と化して、哀れな獲物を叩き潰すべく駆ける。 高槻と郁乃が必死に銃を放ったが、余りにも速過ぎる猛獣の前には無意味。 醍醐は僅か数秒で皐月の目前にまで迫り、無造作に拳を突き出す。 皐月は竦み上がる膝を叱り付けて、後ろに下がって躱そうとする。 醍醐の繰り出した攻撃は洗練された技術など欠片も混じっていない、何の工夫も無い駄拳。 だが、技術など必要無い。 圧倒的な速度と力が兼ね備えられているのならば、技の介入する余地など何処にも無い。 どれだけ洗練された技術であろうとも、怪物的な身体能力の前には無意味。 恐るべき速度の拳が、皐月の両腕――咄嗟に十字ガードしたもの――を強打していた。 「――ああああっ!!」 断末魔の悲鳴。 両手で防ぎ、尚且つ後ろに下がっていたにも関わらず、皐月の身体は大きく後ろに弾き飛ばされる。 まともに受身を取る事すら適わず、地面に滑り込んだ皐月は、激しく頭部を打ち付けた。 一時的な脳震盪を起こしてしまい、そのまま動かなくなる。 「ゆ、湯浅っ……!」 「皐月ぃぃぃ!!」 高槻と郁乃が狼狽した声を投げ掛けるが、皐月が起き上がる気配は全く無い。 それも当然だろう。 脳震盪を起こした皐月は、もう完全に気絶してしまっているのだから。 両腕の骨も折れてしまっており、たとえ意識があろうとも戦える状態では無かった。 猛獣と化した醍醐の攻撃は、回避と防御の両方で対抗して尚、即死を防ぐのが精一杯なのだ。 もう皐月は仕留めたと判断したのか――醍醐が高槻達の方へと振り返り、吠える。 「ゴアアアアアアアアアアアアアアッ!!」 巨体が再び駆ける。 「――――郁乃、下がってろ!!」 郁乃がこの怪物に狙われれば秒を待たずして殺されてしまうと判断し、高槻は醍醐に向かって突撃する。 お互いが前進した為に、殆ど一瞬で両者の距離は零となった。 猛獣の攻撃は、見てから反応しても躱しきれない。 どれだけ的確な回避行動を取ったとしても、先の皐月と同じ末路を迎えてしまうだろう。 故に高槻は、醍醐が拳を振りかぶるのを待たない。 「この――」 スライディングの要領で跳ねる。 高槻の頭上10センチを死の狂風――醍醐の拳が、通過してゆく。 高槻は前髪を風圧で舞い上げながら、コルトガバメントを構えて、 「ド畜生がァァァァッ!!」 醍醐の足向けて、立て続けに引き金を引き絞った。 銃に装填されていた弾丸四発は、一つの例外も無く醍醐の足へと吸い込まれてゆく。 二発は醍醐の左足を、残る二発は醍醐の右足を貫き、花火のような鮮血を舞い散らす。 両足を撃ち抜かれた醍醐は、ドオオオオンと派手な音を立てて、地面に崩れ落ちた。 ――刹那の衝突は、高槻の勝利で幕を閉じた。 「やった……やったああああ!!」 郁乃の歓声が聞こえる。 高槻はよろよろと身を起こしながら、少し疲れた声で呟いた。 「……やれやれだぜ。かなり危なかったが、俺様達の勝ちみてえだな」 本当に危なかった。 先の勝利は、只の偶然だ。 もし醍醐の拳が後10センチ低い軌道で振るわれていたら、頭を砕かれていただろう。 自分は九死に一生を拾ったに過ぎないのだ。 だがそれでも、勝ちは勝ちだ。 両足を撃ち抜かれた醍醐は、最早立ち上がる事など出来ない筈。 ……だというのに。 ――ゴトッ、ゴトッ…… 背後から聞こえた物音に、高槻も郁乃も凍り付いた。 心臓を氷の刃で刺し貫かれたような、喉元に銃口を突きつけられたような、そんな悪寒。 本能が後ろを振り向くなと、このまま逃げてしまえと叫び狂う。 それでも高槻が後ろを振り向くと、そこには。 「なっ…………!?」 醍醐が立っていた。 両足から止め処も無く血を噴き出しつつも、悠然と屹立していた。 「ば、馬鹿な……有り得ねえっ!!」 高槻が、殆ど悲鳴に近い叫びを洩らした。 自分が放ったコルトガバメントの弾丸は、間違いなく醍醐の両足を破壊した筈なのに、どうして―― 余りにも理不尽な現実が、心に焦燥感を齎し、身体を恐怖で硬直させる。 「グオオオオオオオオ……俺ハ、負けらレヌのダァァァァァァ!!」 醍醐が、今までに倍する速度、倍する迫力で駆けてくる。 その突撃はさながら、全てを破壊し尽くすダンプカーのようだった。 高槻は動けない。 「こんなの……勝てる訳ねえじゃねえか……」 有り得ない事態に、絶望的な現実に、身体が、心が、萎えきっている。 だがそこで、高槻の足に小さな痛みが走った。 「……つぅ!?」 「ぴこっ、ぴこおおおおおっ!!」 視線を下に移すと、そこでは相棒――ポテトが高槻の足を噛み、かつてない程必死に吠えていた。 この状況、この気勢ならば、ポテトが何を言いたいか、言葉など無くとも理解出来る。 高槻はポテトを拾い上げ、醍醐を睨みつけ、吠えた。 「わかったぞポテト!! お前の意志が! 『言葉』でなく『心』で理解出来たッ! 絶対に曲げられない意志は、ポテト! 命を懸けても貫くんだなッ!」 自分は負けられない。 相手がどのような怪物であろうとも、絶対に仲間を守りきってみせる――!! 高槻は地面に転がり込んで醍醐の突撃を躱し、それと同時に思考を巡らせた。 今の醍醐は、たとえ生身の部分を狙おうとも生半可な攻撃では止まらない。 狙うは只一つ……頭部だ。 生物である以上は頭部を破壊されたら、流石に動けなくなるだろう。 だが猛獣のように駆け回る醍醐の頭部を、正確に撃ち抜く技術など、自分は持ち合わせていない。 ならば、最早残された手段は一つ。 高槻はポテトを抱えたまま、起き上がり、走りながら絶叫する。 「郁乃っ、俺様が醍醐を足止めするッ!! おめえは醍醐の動きが止まった瞬間を狙って、弾を全部野郎の頭にぶち込むんだッ!!」 「なっ――――!?」 郁乃が絶句するのが視線を移さずとも伝わったが、構わずに続ける 「俺様がどうなっても気にすんな!! 躊躇もするな!! おめえはただ自分の役目に集中しろっ!!」 そこまでで、言葉を伝えるのは限界だった。 醍醐は再び自分へと追い縋り、もう近くまで来てしまっている。 次が間違いなく、勝負を決す衝突となるだろう。 (折原っ……立田っ……沢渡っ……俺様に力を貸してくれっ…………!!) 高槻は自ら、全てを飲み込む台風の中に飛び込んで行った。 ◆ 「そんな……あたしが…………?」 郁乃は予備弾倉こそ装填したものの、その後はただ震えていた。 目の前の異形に対する恐怖や、人を殺す事への禁忌からではない。 自分の双肩に全てが委ねられた事に、震えていた。 高槻がどのような手段で醍醐を足止めするつもりかは分からないが、出来ても一度で限度。 そしてあの怪物とぶつかり合えば、確実に重傷を負うだろう。 チャンスは一度きり、それで決めなければ間違いなく全員殺されてしまう。 少し前まで碌に戦闘に参加していなかった自分が、本当にそんな大役を務められるのだろうか? 自分は柚原春夏に襲われた時、何も出来なかった。 岸田洋一に襲われた時、何も出来なかった。 七瀬彰に襲われた時、何も出来なかった。 鎌石村で醍醐に襲われた時、何も出来なかった。 全て、高槻に助けられたのだ。 だが――だからこそ、思う。 今こそ自分が、高槻を助けるべき時では無いのか。 昔の自分は何も持ち合わせていなかったが、今は違う。 どうにか歩けるようになったし、銃だって持っている。 今の自分には皆を救い得る『力』が、きっとある筈なのだ。 ならば後は、勇気を振り絞るだけ。 失敗するかも知れない。力及ばず敗れるかも知れない。 それでも恐れず、自分の全身全霊、全存在を賭けて立ち向かわねばならない。 自分は高槻一行の、一員なのだから。 ◆ そして最後の勝負が始まった。 「たかつきぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいイイイイイッッ!!」 「醍醐ぉぉぉぉぉっっ!!」 高槻は何の躊躇も無く、猛獣と正面からぶつかり合おうとする。 どうやって足止めするか――作戦は酷く単純で、そして絶望的なものだ。 拳撃というものは、間合いを外されると大きく威力が落ちる。 腕が伸びきる前に目標と接触してしまえば、威力は半減するのだ。 故に高槻は、自ら醍醐の拳に飛び込む事で耐え凌ごうとしていた。 だが、それは余りにも無謀な選択だろう。 恐らくは一撃で身体を砕かれ、足止めにすらならない。 高槻程度の体格では、耐久力が圧倒的に足りないのだ。 ならば――足りない分は、仲間が補う。 「ぴこおおおおおっ!!!」 高槻の腕から、ポテトが飛び出した。 自ら醍醐の拳に、身を投じる為に。 そして、衝突。 唸りを上げる最強の剛腕は易々とポテトの身体を砕き――僅かに、勢いが緩められた。 そして高槻の腹部に吸い込まれ、肋骨を破壊し、折れた骨によって内臓までをも破壊した。 だが――高槻は引き下がらない。 身体の細胞全てが、背負った仲間達の魂が、ポテトの生き様が、後退を拒否する。 「ポテト……てめえ、最後の最後で……格好つけやがって…………」 両腕でがっしりと、醍醐の腰を掴み取る。 「郁乃ぉぉぉぉぉぉっ!! 今だ、撃てええええええええっっ!!!!」 咆哮と同時、郁乃のベレッタM950から7発の弾丸が放たれ――全て、醍醐の頭部に直撃した。 ドサリ、と崩れ落ちる音。 怪物が――頭部の半分以上を失った醍醐が、地に沈んだ。 ・ ・ ・ 決着より5分後。 郁乃は、意識を取り戻した皐月と共にラストリゾート発生装置を破壊し、そして―― 今にも息絶えそうな高槻の最期を、看取ろうとしていた。 「高槻さん……お願い、しっかりして!!」 「高槻……高槻ぃぃぃぃぃっ……!!」 郁乃も、皐月も、泣いていた。 高槻が助からないのは、最早疑いようの無い事実と化している。 何しろ彼の胸からは白い骨が飛び出しており、内蔵はグチャグチャに破壊されているのだから。 高槻の腕に縋りついた皐月が、悲痛な嗚咽を洩らす。 「ごめんっ……あたしが途中でやられたりしなきゃ…………こんな事には……!」 「……謝る必要は、ねえよ……。おめえだって……精一杯…………やったんだしな……」 高槻は視線をポテトの死体に移して、続ける。 「湯浅も、俺様も、郁乃も、ポテトも……皆頑張ったからこそ……醍醐を倒せたんだ…………だから、胸を張りやがれ…………」 それは、その通りだった。 あの時皐月が攻撃を受けたからこそ、高槻は醍醐への対処法――見てから反応するのでは無く、予測で躱す、といった方法に思い至った。 皐月がいなければ、高槻は何も為せぬまま醍醐にやられてしまっていたであろう。 郁乃がいなければ、醍醐に致命傷は与えられなかった。 ポテトがいなければ、醍醐は止め切れなかった。 全員が全員、己の持ち得る全てを賭けて挑んだからこそ、あの怪物を倒せたのだ。 高槻は諦観の入り混じった笑みを浮かべて、ぼそりと呟いた。 「ちっ……そろそろお迎えが、来たみてえだ……」 お迎え――それが何を意味するか即座に理解した郁乃が、絶叫する。 「嫌ぁぁぁっ!! 何でもするから、死なないで!! あたし、あんたに言いたい事が一杯あるんだから! 伝えてない言葉、一杯あるんだからぁぁっ!!」 自分はまだ、高槻に今まで助けて貰ったお礼も言えていない。 素直になれず、度々辛く当たってきた謝罪をしていない。 高槻が好きだという事すら、口に出来ていない。 高槻がごふっと一度大きく吐血してから、ぶっきらぼうに言った。 「ちっ……無茶言うなって…………俺様にだって、出来る事と……出来ない事が……あんだよ……」 「……駄目よ! アンタはアメリカン・コミックヒーローを目指してるんでしょ! あんたはヒーローにならないといけないんだから、こんな所で死んじゃ駄目よ!!」 ――アメリカン・コミックヒーローになるのが夢。 それは郁乃と出会った時についた、他愛も無い嘘だった。 だが高槻は、手を伸ばし、郁乃の涙を拭きとり―― 「おめえも……湯浅も生きてる……。悪から女を救うのが、……ヒーローってもんだ……。だから、おめえらのおかげで――」 にやりと笑って―― 「……もう、なれたさ」 ポタリと、手が落ちた。 「あ……ああ……ああああっ……うわあああああああああああああああっ……!!」 ――少女達の泣き声を子守唄にして、高槻は眠る。 とても満足げな笑顔を、浮かべながら。 【残り15人】 【時間:三日目・13:15】 【場所:c-5地下要塞内部・ラストリゾート発生装置付近】 湯浅皐月 【所持品1:S&W M1076(装弾数:5/7)、予備弾倉(7発入り×2)、H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、ノートパソコン、工具】 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)、自分と花梨の支給品一式】 【状態:号泣、疲労大、両腕骨折、首に打撲・左肩・左足・右わき腹負傷・右腕にかすり傷(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】 【目的:主催者の打倒】 小牧郁乃 【所持品1:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、トンネル見取り図、支給品一式×3(食料は一人分)】 【所持品2:ベレッタM950(装弾数:0/7)、予備弾倉(7発入り×1)】 【状態:号泣、中度の疲労、首輪解除済み】 【目的:主催者の打倒】 高槻 【所持品1:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:0/7)、コルトガバメントの予備弾倉7発×4、スコップ、携帯電話、ほか食料以外の支給品一式】 【所持品2:ワルサーP38(装弾数:8/8)、予備弾倉(8発入り×3)、地下要塞詳細図】 【状態:死亡】 ポテト 【状態:死亡】 醍醐 【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、無線機、他不明】 【状態:死亡】 【備考】 ・ラストリゾートは13:05に破壊されました。 - BACK