人形遣いの奮闘と再出発




この島に来てから2度目の放送を聞いた国崎往人は頭をぼりぼりと掻きながら隣で蒼白な顔をしている神岸あかりにどう声をかけたらいいものかと思案していた。
先程の放送では往人の知り合いの名前は読み上げられることはなかった。少なくとも現時点では観鈴も晴子も、遠野も佳乃もみちるも生きてはいる。だから一安心、とまではいかないが生きている事の確認は取れた。

しかしあかりの様子を見る限り知り合いの名前が何人かいたようで放送が終わってからも一言も喋っていない。本来ならば何か慰めの言葉をかけてやるなり励ましの言葉をかけてやるなりしてやるべきなのだろうが幼少の頃よりコミュニケーション能力を高める訓練(俗に言う義務教育における学級活動など)を受けていない往人にそんな事を期待するのは酷であろう。

ワタシ、クニサキユキト。ニホンゴ、ムズカシイデース。

往人は在日外国人の気持ちが少しだけ理解できたような気がした。今度はラーメンセットを鼻から飲み込むという荒業も通用しない。いやそれ以前にそんなくだらないギャグをかましている状況ではない。
(くそ、何かこの状況をどうにかできる物は…)
足りない知識を駆使して必死にどうするべきか考えていると、ふと地面に落ちた(というか神岸が放送のショックで落とした)パンが往人の目に留まった。

その時、まるで一休さんのようにアイデアが頭の中で閃く。法術を使って人形劇の代わりをできないだろうか?
別に笑わせられなくてもいい。少しだけ気を引ければいいのだ。注意を他に向けさせることが、今は重要だった。
パンを適当に千切って人の形に整える。地面に落ちるパンくずを見ながらちょっとだけもったいない、とも思ってしまう。
まあ、いっぺん地面に落ちて食うことも出来ないからいいか。
四苦八苦して形を整えたが、それは人形の代わりというにはあまりにも不細工な代物だった。それこそ、晴子が買ってきたナマケモノの人形のほうが遥かにマシだと言えるくらい。
図工の成績は『もうすこしがんばりましょう』か。やれやれだ。

苦笑しつつパン人形を地面に置き、手に力を込める。このくそったれゲームの主催者曰く『能力は制限されている』らしいがクソ食らえだ。法術の力をナメんな。
しかしやはり能力は制限されているようで、中々動く気配を見せない。普段ならもうとっくに動いているはずだというのに…
これ以上続けるとせっかく収まりがついてきた腹がまた催促を始めるのでやめようかとも一瞬思ったがそれは芸人のプライドが許さないしこのデス・ゲームの主催者に思い通りにされているようで腹が立つので続けることにした。クソ食らえ。
その思いが実を結んだのかようやくパン人形がぴくぴくと僅かながらも動きを見せ始める。
ほら見ろ。俺の人形劇はそんなチャチなもので止められはしないのさ。
ニヤリと笑いながら、往人は久しく言葉にしていなかった芸の前口上を告げる。
「さあ、楽しい人形劇の始まりだ。見てみろ、神岸」

名前を呼ばれたあかりが暗い表情を往人に向けて、いや正確には往人の足元へあるパン人形へと目を向けた。不細工なそれが人の形をしていると分からないのか、首をかしげるあかり。
「本当なら相棒の人形を使う予定だったんだが生憎奴は家出しちまっててな…代わりにこいつで我慢してくれ」
集中を切らさぬままあかりに言い、動けとパン人形に命じる。往人の念を受けてパン人形は動き始めたが本物の人形と違い関節などが動くように出来ていないので紙相撲に使う力士のようなギクシャクとした動きしかできなかった。
おまけに制限のお陰で完全に操ることが出来ずそれは人形劇というにはあまりにも稚拙な、そして滑稽過ぎる代物になっていた。
しかし劇の内容は、唯一の客人であるあかりには関係なかった。種も仕掛けも無くひとりでに物体が動いているのである! 文句をつける以前に、その不思議さにあかりは見惚れていた。
「どうだ、凄いだろう?」
こくりとあかりが頷く。だが芸人である往人としてはそれだけでは面白くない。最後に空中でパン人形を回転させて劇を締めようと計画していた。
一層の力を集中させ、空を舞うパン人形の姿を思い描く。イメージの中のパン人形が地面に着地した瞬間に、往人は力をパン人形に注ぎ込む!
ずるっ。
…しかしパン人形は宙に舞うことすらなく無様に地面を滑り、転倒していた。そして、その後いくら念じてもパン人形は二度と動こうとしなかった。
大失敗。なんという最悪のタイミングで力が切れるのか。もしかしてこれも主催者の陰謀じゃなかろうかとさえ往人は思った。

「…ぷっ、あは、あはははっ」
失敗した言い訳を考えようとしたら、突然あかりが笑い出した。何がそんなに可笑しいのか、腹をかかえて笑っている。
さっぱり理由の分からない往人が言葉を探しあぐねていると、まだ笑いが収まらないあかりが途切れ途切れに言った。
「分からないんです、でも、何だかおかしくって…本当に面白かったんです」
未だに要領を得ない往人ではあったがとにかく、経緯はどうあれ上手くいったのだから万々歳である。

「ふ…見たか、俺のこのエンターテイナーっぷりを」
調子にも乗ってみる。これから人形劇の落ちはこれにしようと決めた。さらばウケない自分、こんにちはお金。
往人が一日三食ラーメンセット、という妄想を思い描きはじめたときあかりが「ありがとう」と頭を下げるのを見た。
「…何だか、また元気が出てきたような気がします。まだ少し辛いですけど…大丈夫です」
「そうか…なら良かった」
そう言うと、往人はパン人形を手にとってそれをデイパックに入れた。使い捨てのつもりだったがここまでの大健闘をしたのだ。もうしばらく相棒として活躍してもらおう。
「よし、出発だ。もう大丈夫だな、神岸?」
「はい。行きましょう国崎さ――」
あかりが立ち上がろうとした時、後ろの方の木々が不自然にざわめくのに往人は気づいた。

「待て、神岸。…誰か来るぞ」
「え? 誰かって…ひょっとして、また敵…ですか?」
それは分からん、と往人が言ってツェリスカをポケットから取り出す。いざという時のためにいつでも撃てるよう構える。
ちらりと見えたがどうやら人影が二つ、つまり二人組のようだ。撃たれるのを警戒してか木の間に隠れながら移動しているようだった。
さて、どうするべきかと往人が考えていると隠れているらしい木の向こうから声が聞こえてきた。
「待て! 俺達は敵じゃない。そっちには今気づいたんだ、出てくるから取り敢えず構えている銃を下ろして欲しい」
男の声だった。相手からわざわざ出てくるというのか? 往人は半分警戒しながらあかりにどうするか尋ねる。
「向こうから出てくるのなら大丈夫だとは思いますけど…でも、いつでも逃げられる準備は」
「ああ、しておいた方がいいな。取り敢えず神岸は俺の後ろにいろ」
はい、と言ってあかりが引き下がる。それを確認してから往人は腰の位置までツェリスカを下ろす。
「下ろしたぞ」

往人が言ったのを確認すると、木の影から二人組の男女が姿を現した。先程声をかけたと思われる男が左腕を押さえながら前に出てくる。どうやら負傷しているようだ。
「取り敢えず、銃を下ろしてくれた事には感謝する。怪我していたせいでそちらに気づかなくてな」
「すみません、警戒させてしまったみたいで…」
一緒に出てきた女が頭を下げる。二人ともどんなところを来たのか服が汚れ、ところどころ破れてさえいる。
「こんな状況なら隠れながら行動するのは当然だろう。のこのこ出て行って撃たれたら洒落にならないからな…まぁ、まずはその腕の治療をしたらどうだ」
「そうだな…そうしよう」
男が上着を脱いで女にデイパックから水を出すよう指示する。女もテキパキと水を取り出して男に渡す。

水を受け取りながら、男が口を開いた。
「そうだ、名を名乗っていなかったな。俺は芳野祐介だ。電気工をしている。それでこっちが」
「長森瑞佳です。友達を探してて…その途中で芳野さんに出会って今まで一緒に」
芳野と名乗った男がペットボトルの蓋を開けて血が出ている傷口に水をかける。沁みるのか痛そうな表情をしていたが黙々と治療を続けている。
「国崎往人だ。自慢できることじゃないが旅芸人をしている」
「私は神岸あかりです。私も人を探しているんですけど…途中で襲われて、それから国崎さんに助けてもらいました」
芳野が服の一部を破り、水を垂らしてから患部へと巻きつける。血は止まっていないのですぐに赤い染みが広がっていくが、大した傷ではなさそうだった。
「国崎に、そっちが神岸だな。自己紹介が済んだところで、まずは情報交換をしないか? 何でもいい、今までに出会った人間とかそういうことを教えてくれないか」
腕を曲げたり伸ばしたりしながら芳野が尋ねる。腕を動かした時にどれくらい痛みがあるのかを確かめているようだった。
「そうだな…」

まず往人が島に来てからの経緯を話し始める。その際、目つきの悪さから殺人鬼と勘違いされた事だの観月マナに逆さ吊りにされた事などは割愛した。
「で、一番気をつけておいた方がいいのは『少年』と名乗る奴だ。まぁチビでガキっぽい人相なんだが…情け容赦なく人を殺すぞ。おまけに身体能力も高いときてる」
「厄介だな…」
「もし出会ってしまったら逃げた方がよさそうですね…」
言いながら、瑞佳は名簿を取り出して『少年』の名前の近くに箇条書きをつけていく。中々マメな性格だなと往人は思った。
「それで、神岸さんの方は?」
「私は…あまり国崎さんと会うまでのことはよく覚えていないんです。多分、逃げたりするのに無我夢中で…あ、でも最初に会った人の事は覚えてます。美坂香里さんって人なんですけど…知っていますか?」
いいや、と二人ともが首を振る。あかりにとって、香里は自分のミスで死なせてしまったようなものだったので、もし知り合いなら謝っておきたかった。
けれども、二人とも違ったようなので今は香里のことは置いておく事にする。
「…で、それから探している人がいるんですけど…」
あかりは名簿を取り出して鉛筆で探している人の名前を囲っていく。
瑞佳が名簿を覗き込む、が首を横に振るだけだった。芳野の方は探している人がいないのかまた腕を動かしたりしている。
瑞佳の反応を見たあかりがそうですか…と落胆した表情になる。彼女にしてみれば貴重な情報交換ができたのに誰一人として引っ掛からなかったのだから当然であろう。
「ごめんなさい、役に立てなくて」
頭を下げる瑞佳に、いいんですとあかりが言う。
「どちらにしても探すことには変わりないから、ただどんな行動を取っているのかなって事を知りたかっただけなんです。それよりも、長森さんの方は?」
「あ、それはわたしに聞くよりも芳野さんに聞いた方が早いと思います。実質わたしが出会った人には芳野さんも一緒にいましたから」
話が芳野に振られる。頬を掻きながら「話はあまり上手くないんだがな…」と言ってからこれまでの経緯を話し始める。

「まず俺が最初に会った大男がいきなりこの殺し合いに乗った奴でな、俺が見つけた時にはそいつが女を襲っていたんだ。もう倒してしまったけどな…で、その大男が襲っていた奴が神尾観鈴って女だったんだが」
「観鈴と会ったのか!?」
それまで黙って話を聞いていた往人がいきなり身を乗り出すようにして聞いてきたので芳野は少し面喰ってしまう。
「あ、ああ。最もすぐ別れてしまったから今どうしてるかは分らないが…何しろ、一日目の昼くらいのことだったからな」
「…そうか。それで、その時観鈴は大丈夫そうだったか」
「まぁ見た目は大丈夫そうだったから心配ないだろう。連れもいたしな。確かそいつの名前が…相沢祐一、だったかな」
相沢祐一という名前には聞き覚えがない。恐らくこの島で初めて会った人物なのだろう。念のため、往人は芳野に確認する。
「その相沢って奴は大丈夫そうなのか?」
「ああ、多分な。さっきの話に戻るとあの大男を倒す時に援護してくれたのがそいつだった。それに嘘をつくような奴にも見えなかった」
「ならいいんだが…とにかく一人じゃなさそうだな、観鈴は…ああ、済まない、続けてくれ」
納得したようで、往人が話を促す。それを受けて芳野が話の続きを始める。

鹿沼葉子と天沢郁未との戦闘。朝霧麻亜子の奇襲。できるだけ正確に芳野は情報を伝えた。
一通り聞き終えて、往人は芳野達が自分達よりはるかに修羅場を乗り越えている回数が多いことに驚いた。服がああなっているのも頷ける。
「以上だ。気をつけておくのはその三人だな」
名前を知らなかったため芳野達は気づいていないが、先の放送で鹿沼葉子は既に死亡しているので残りは郁未と麻亜子になっている。当然往人達も人相を知らないので気づくはずもなかったが。
「後は折原浩平と七瀬留美、それと里村茜という奴を探しているが…知らないよな」
往人の話を聞いて恐らく出会ってはいないだろうと思う芳野だが、万が一にと思って聞いてみる。
そして予想通りに往人もあかりも首を横に振るのだった。
「…ま、そうだろうな。とりあえず、これで情報交換は一旦終了ってところか?」
「そういう事になるな。ところで、これからあんたらはどうするつもりだ」

往人が聞くと、芳野は瑞佳の方を向いてから「俺は特に探している人もいないからとりあえずは長森の仲間が見つかるまでは一緒に行動しようと思う」と言った。
「そちらは?」と今度は瑞佳が問い返してきたので往人は「その前に一つ頼みを聞いて欲しい」と断わりをいれる。
「神岸なんだが、芳野達の仲間に入れてやってくれないか? 俺はこれからの行動指針上、一人の方が都合がいいんでな」
「えっ!? 国崎さん?」
事実上の離脱発言に驚きを隠せないあかり。瑞佳もどうして一人で行動するのか分らないような顔つきだったが、芳野がただ一人、渋い表情になっていた。

「…一応聞いておく。誰かを殺しに行くんじゃないだろうな」
芳野の指摘にあかりと瑞佳が肩を震わせる。それにも動ぜず往人は表情を変えずに返答する。
「残念だがその通りだ。さっき俺の話で言ったあいつを…『少年』を野放しにしておくわけにはいかない。これ以上被害を出す前に…平たく言ってしまえば観鈴や俺の他の知り合いが傷つけられる前に奴を倒す必要がある」
それを聞いた芳野が「やっぱりな…」とため息をつく。
「無責任に、人殺しはするななんて言わない。俺も一人殺してしまったようなものだからな。だが勝算はあるのか? それに一人でその少年とやらに挑むよりも俺達と組んで戦う方が効率はいいとは思わないのか」
「悪いが、俺は単独行動の方が性に合ってるんでな。正直な話、神岸や長森は足手まといだ。それに芳野達の目的はあのクソガキを倒す事じゃない、仲間を探す事なんだろ? だったら俺に付き合う必要もない」

確かに、往人の言う通りではある。下手にあかりや瑞佳を戦わせるよりも往人一人で作戦を立てて挑んだ方があるいは勝算は高いのかもしれない。
「で、ですけど国崎さん…その、国崎さんにも探してる人がいるんですよね? だったらそちらを優先しても…」
反論を試みるあかりにいや、と往人が答える。
「例え合流できたとしてもその時を狙って奴が攻撃してきたら正味お前たちや俺の知り合いを守ってやれる自信は、とてもじゃないがない。だから先手を打って奴を倒した方が結果的に神岸達のためにもなる」
「ですけど…」
なおも何かを言おうとするあかりに芳野が肩を叩いて「察してやれ」と忠告する。
「神岸さん、国崎さんは国崎さんなりにわたし達の事を思ってくれてるんだよ。だから…ね?」
瑞佳も続いてあかりを諭す。あかりはまだ納得がいってない様子だったが「…分かりました、芳野さん達と行動します」と言ってそれ以上、何も言わなかった。

往人はそれを聞いてから改めて荷物を背負い直す。
「それじゃ、俺はもう行くぞ。じゃあな、神岸」
「国崎さん…気をつけて」
あかりの言葉に「分かってるさ」と応じて往人は歩き出した。その後ろ姿を見届けながら芳野も呟く。
「さぁ、俺達もボヤボヤしている暇はないぞ。まずは近場の村を当たってみよう」
往人とは真反対の方向へと芳野は歩き出した。それを追いかけるようにして瑞佳とあかりが続く。
往人は戦いの道を、芳野達は探す道を、それぞれが歩き始める。
彼らにとって、長い長い一日がまた始まる――




【場所:E-06】
【時間:二日目午前8:30】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬10発、パン人形、拓也の支給品(パンは全てなくなった、水もない)】
【状況:少年の打倒を目指す】
神岸あかり
【所持品:支給品一式(パン半分ほど消費)】
【状況:応急処置あり(背中が少々痛む)、友人を探す】
芳野祐介
【所持品:投げナイフ、サバイバルナイフ】
【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)、瑞佳の友人を探す】
長森瑞佳
【所持品:防弾ファミレス制服×3、支給品一式】
【状態:友人を探す】
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