彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象




「……笑えよ、お前を馬鹿にしていた俺がこのザマなんだからな」

浮かび上がったのは力のない笑み、別れる前の彼の様子からは想像できないくらい相沢祐一は弱っていた。
疲れきったその表情、廊下の壁にもたれかかる祐一の口から漏れる覇気のない台詞に柊勝平は呆然となる。
勝平が廊下の奥の方へと視線をやると、ポツポツと祐一が移動してきたであろう軌跡に垂れているものが目に入った。
血液だった、わき腹を押さえる祐一の手が赤く染まっていることから患部はそこだと勝平は判断する。

……ただ、出血自体は実際そこまでひどいものではなかった。
何せ名倉由依が所持していたのはどこにでもあるカッターナイフだったのだから、そこまで深く差し込まないかぎり内臓にも損傷はないはずだった。
しかしそんな事実を知識を持たない祐一に伝わるはずもなく、勿論勝平も分かるはずもない。
とにかく、祐一は精神的に参ってしまっているようだった。
消え去った威勢の良さ、祐一の変わり果てた姿に思わず勝平も顔をしかめる。

「その様子、だと……助けに来て、くれたわけじゃぁなさそうだな……」
「何で、そう思う」
「お前最初っから、そうだったじゃん……仲間意識、感じられなかったっつーか」

苦笑いを浮かべながら淡々と述べる祐一に対し、勝平は何も答えられなかった。
結局このような手負いの状態だが、祐一は生きていた。
真っ白なタートルの脇腹部分、そこだけ赤く染まっているという生々しさには勝平も思わず眉間に皺を寄せてしまう。
出血自体は既に止まっているのだろう、勝平が目を凝らし患部を見やると血がかぴかぴに乾いてしまっている様子が伝わってきた。

視線を上昇させる勝平、あの意地悪めいた台詞ばかり吐いていた祐一の唇の色は妙に紫がかっているように見える。
寒さが原因ではないだろう、顔色も非常に悪いことから貧血を起こしかけているのかもしれない。

「……で、何しに、来た……」

祐一が口を開く度に、言葉の間に入る息継ぎの回数はどんどん増えているようだった。
顔をしかめる勝平、どうやら錯覚ではないらしく祐一はしゃべる行為自体も負担に感じているのかもしれない。
少しずつ荒くなっていく祐一の呼吸を見つめながら、勝平は静かに右手を少しだけ振り上げた。
そう。手にした電動釘打ち機の先端が、ぴったり祐一の額に当たるぐらいに。

「理由くらい、聞いても……いい、よな」
「お前が僕の邪魔をしたからだ」
「……邪魔?」

祐一の浮かべる不思議そうな表情、それは先ほど勝平自身が手にかけた藤林杏の様子を彷彿させた。
口の中に苦い味が広がっていく、しかし勝平はそれを無視して言葉を続ける。
祐一によって計画が崩れたこと、そして自分自身が命を落としたということ。
『あの世界』の、こと。

ただ、どんなに詳しく語ろうにも、祐一の顔に納得の色が浮かび上がることはなかった。
むしろ勝平が何か発する度に、ますます視線は疑惑を帯びたものになっていく。
……これでは、杏の時と同じだった。
あの時は激情に任せてトリガーを引いた勝平だが、同じことをしてあの苦い思いを繰り返すほど馬鹿じゃない。
あくまでも冷静に、勝平はこの根本的な世界のことすらも細かく彼に説明した。
少しでも祐一の中で、何か変化が現れないかと。勝平は、それに望みを賭けた。

そして全てを話し終えた勝平は、少し乱れた息を整えながらも祐一の出方を待った。
自分の知りえることは話しきった、これで分かってもらえないのなら……その先を勝平は考えようとしなかった。
じっと黙って祐一を見つめ続ける勝平、しかし祐一が視線を合わせてくることはない。
……何か言葉を選んでいるのだろうか、しかめっ面のまま祐一はついに唇をゆっくりと開く。

「悪い、けど……お前の話は……どう、聞いてもさっぱり、だ……」

答え。祐一の出したそれに、勝平は静かに目を閉じる。
怒りは沸かない、勝平の中を漂うのは行き所のない不快感のみだった。
はぁ、と一つ溜め息をつき勝平は項垂れる。
このまま祐一を殺すことは簡単であった、だがそれでは意味がない。
勝平の復讐の対象はあくまで『勝平の邪魔をした屑共』であり、その屑の犯した事柄に対し後悔させなければ何の気休めにもならないのだ。
しかしそんな勝平の心中を知らずか、祐一は意外な言葉を続けてきた。

「でもな、それでも……お前が俺を消したいって、言うなら。
 どうせ俺は、こんなんなんだ……簡単に、殺せるだろ。良かったな」

一瞬、何を言われたのか勝平は理解できなかった。
垂れていた頭を上げる、勝平自身も自覚するくらいそれはかなりの間抜けなものだった。
でも、それよりも。目の前の祐一の表情は、もっと情けない……諦めに満ちた、ものだった。

「何だよ、それ」
「言ってんだろ、意味分かんねーって……でも、お前がそうしたきゃできる、状況は……揃って、んだ」

思わず漏らした勝平の声に対し、祐一も細々と言葉で返してくる。
開いた口が塞がらない……今の勝平の心境は、正にそれだった。
杏は言った。信じない、そんなことさっぱり分からないと。
祐一も言った。意味が分からないと、やっぱりさっぱりだと。
しかしその上で、彼は言う。自分を殺してもいいと。
祐一の真意が勝平には全く理解できないでいた。だが勝平の戸惑いに気づかないのか、祐一は一人話を続けてくる。

「でも……これだけは、頼む。神尾だけは……あいつだけは、何とか助けて……やって、くれ……」

神尾……神尾、観鈴。その名前が出てきたことで、勝平もはっとなり止りかけた思考回路に渇を入れた。
緊張感のない笑いを浮かべる少女、何の役にも立ちそうにない、付き纏ってきて鬱陶しい存在……そんな観鈴の印象が勝平の脳裏を駆け抜ける。

「俺……人を殺したことがあるんだ」
「は?」
「後悔も、したけど……それでも、仕方ないって思いの方が強かった……今も、そう思ってる……」

それは突然であり、意外な告白だった。
ただ、前後の話が繋がらないことで勝平は混乱する一方である。
観鈴を助けてくれということ、祐一自身が人を殺したということ。これはイコールで繋がらない。

「何が言いたいんだよ……」
「あいつみたいなのが、絶対、こんな……くだらない殺し合いを、変えてくれる、はずなんだよ……。
 俺みたいな、殺すことを納得した人間じゃ……駄目、なんだ……」

自嘲を通り越した、あまりにも悲しい訴え。
わき腹を押さえていない方の手で髪をかき上げると、祐一は改めて勝平へと視線を送った。

「どうせ俺は助からねー……それに、神尾はずっとお前の、ことを気にかけてたんだ……頼んだ、ぞ」

笑顔を浮かべる祐一の表情は儚く、そこからは生きる渇望すら見いだせない。
精神的に参ってしまっているということ、もしかしたらそれは一日の積み重なった疲労も関係しているかもしれなかった。
誰だってそうである。こんな気味の悪い島に閉じ込められ殺し合うことを言い渡されて、ストレスを感じない者はいないだろう。
そして、祐一の辿ってきた経緯。そこで自らの手を汚したことなど、隠れた面での祐一の負担は大きかった。
止めとして肉体へのダメージを食らった祐一が、「諦め」てしまうのも無理はない。
……例えそれが、見た目が派手なだけなものだったとしても。
祐一は疲れきっていた、彼を自暴自棄にさせている原因は十代の少年にとってあまりにも過酷なものだった。

「……馬鹿野郎っ」

しかし、それを認められるかと言われたら話は別である。
納得した上で、ああ相沢祐一はなんてて可哀想なヤツなんだと同情するなんて考えに、勝平が首を縦に振るわけはなかった。
喉から絞り出された声は怒りに震えている、その対象はあの時勝平を陥れた「相沢祐一」に対するものではない。

振りかぶった電動釘打ち機を、勝平は力任せに振り降ろす。
狙ったのは目の前の祐一の頭部だった。
そして勝平は叫ぶ、そこにありったけの怒りを込め。

「甘えてんじゃねえよっ、僕は……僕は、こんな腐ったヤツに負けたなんて認めないぞ!!」

それはここに来て勝平が初めて振るった、殺意を含まない暴力だった。
自分を追い詰めた祐一はこんな情けない男じゃないということ、こんな男を殺しても復讐になどなる訳がないということ。
ここで祐一からの反撃でも飛んでくれば勝平は満足だった。罵詈雑言の類が飛んできて、いつもの彼の調子に戻ってくれたらと期待した。
しかし、いつまで経っても祐一が口を開く様子はない。
むしろそのままずるずると祐一の体は沈んでいき……ついに、祐一は廊下に横たわるようにして身動きを止めるのだった。

「……くそっ!!」

頭部を強打されたことで気を失ってしまったのだろう、結局祐一が勝平の期待に答えることはなかった。
勝平の中の苛立ちは、収められる場所を失い発散の場所を求めてきた。
横たわる祐一、勝平の手にする電動釘打ち機を叩き込めばその命を散らすことなど造作もないことだろう。
そう、あの時のように。
勢いのまま杏の命を奪った時のように。
……だがあの後の苦い思いを経験した勝平が、同じことを繰り返すことなど……できる訳、なかった。
復讐という行為に対する意義を自覚した勝平にとって、この場でできることはなくなってしまった。





来た道をとぼとぼと、勝平は歩いて戻っていた。
別に祐一に言われたからではない、しかし彼の脳裏にふと浮かぶのは観鈴の朗らかな笑顔であり。
何故か、勝平はそれが恋しく感じ仕方なかった。
思い通りにいかない事態、祐一の覇気のない態度、それら全てが勝平の心に棘を増殖させ彼の余裕をなくしていた。
観鈴は、日常の象徴だった。
繰り返される緊張感のない会話、害のない穏やかな少女の存在自体がこの状況ではイレギュラーであろう。
ふと。祐一が言っていた観鈴の価値が、そういう面なのではないかと。勝平の中で一つの答えが導き出される。
その時だった。

「……!」
「な、お前は……っ?!」

階段を上がり、勝平が二階の廊下に差し掛かったところで危うく誰かと衝突しそうになる。
形振り構わず疾走する少女が、勝平の脇を駆け抜けて行った。
すれ違い様でもその勢いは止まらない、一瞬目が合うものの少女は勝平を通り越しそのまま階段を降りて行く。
呆然と少女を見送る勝平は、その場で立ち尽くすしかなかった。
一体誰であったか、確認が一瞬しかできなかった少女の残像が勝平の脳裏を過ぎった。
見覚えがあるかどうか、すぐの判断は難しい。
だが、考えれば自ずと答えは浮かぶものである……何せ勝平は、先ほどまでその少女と同じ部屋にいたのだから。

「……! あいつ、起きたのか?!」

勝平が気づいた時にはもう遅い、少女の姿は既に階下へと消えている。
勝平の記憶が正しければ、その少女は職員室にて気を失っていたはずの名倉由依であった。
何故彼女が今ここに、いや、それよりもいつ気がついたのか。
ごちゃまぜになる頭の中、勝平は一つの事実にはっとなる。
―― 置いてきた観鈴は、どうなった。

「……馬鹿、何やってんだ僕は!」

あの時の勝平は祐一のことをとにかく優先し、彼の元へ一人で行くことしか考えていなかった。
置き去りにした観鈴が武器の類を所持していないことは分かりきっていたことだった、それなのに。
嫌な予感が回路を締める、勝平もまた形振り構わず走り出した。





時間は少々遡る。
軽い鈍痛に襲われながら、由依はその意識を覚醒させた。
目元が歪む、由依はふわふわとした感覚にその身を任せながら自身が気を失っていた事実を自覚する。

(ん……)

体が重かった、精神的負荷と共に岸田洋一から受けた暴力が由依の体力を奪っていた。
秘部に感じる猛烈な違和感と痛みに、閉じられた由依の瞼からも自然と涙が零れていく。

(私、また……)

由依がレイプという行為を受けこと自体は、初めてではなかった。
それこそあの施設に潜入してからは、由依は数えるのも嫌になるくらいの辱めを受けていた。
それでも由依の心は折れなかった。
大事な、大事な姉を連れ戻さなくてはいけないという大切な目的が由依にはある。
姉と共に、また家族で暮らしたい。それが由依のささやかな願いだった。

(……お姉ちゃん……)

だが、由依の知らない事実がそこにはあった。
それは由依の誕生日に起きた、由依が強姦魔に襲われたあの事件のあった当時のこと。
姉である名倉友里に、由依は消えない痛みを与えた。
由依は幼い少女だった。また、それを責めるには余りにも由依は弱かった。
しかし、許されることではなかった。
どこにでもある一本のカッターナイフが凶器と化す、壊れかけた由依の心が求めたもの。
その先、その未来。由依は友里の未来を奪った。

(お姉ちゃん……)

頭の中で小さく呟く由依、施設でも友里には邪険にあしらわれるだけで満足な会話をすることができないでいた。
真実を知ってからは、尚更である。
もう一度友里と話したかった、前のような仲の良い姉妹に戻りたいと由依は望み続けていた。
そんな時だった、由依がこの殺し合いの舞台に放り込まれたのは。

この島に来て、初めて遺体というものを由依は見た。
そして、性的な行為を持たない純粋なる暴力というのにも晒された。
その上で性的な暴力も、受けた。

由依はこの島で一人でも多くの人を救いたいと願った。
しかしその願いは届くことなく、由依の前に現れたのはあんなにも凶暴で狡猾な男であった。
神様は、意地悪だった。
由依は現実に絶望した、そしてあの時のようにまた心を殻に閉じ込めた。
由依は人形になった。人形になれば、今受けている以上の痛みを押し付けられることはなかった。
由依は道具になった。道具にならなければ、由依は自分を守れないと判断した。

物と化した由依が手にしたのは、偶然にもあの時にも由依が所持していたカッターナイフであった。

「ひぃ……っ!」

思わず漏れた声、カッと見開かれた由依の瞳が自分の起こした現実を認識させる。
人を刺したということ。
岸田の命の通り、殺意を持って武器を振るったということ。
フラッシュバックする光景は、駆け寄ってきた少年の心配そうに由依自身を見やる表情が、苦悶の物へと瞬時に入れ替わった時のものだった。

「だ、大丈夫? どこか痛いのかな」

少し舌っ足らずな、幼さの残る可愛らしい声。
ゆっくりと由依が首を動かすと、ぼやけた視界に金色のウエーブがかった髪が入る。
少女だった。年頃は同じくらいだろうか、見た目だけなら由依の方が下かもしれない。

「うーん、熱はないね」

額に熱を感じ思わず目を瞑る由依、ゆっくりと瞼を開けると少女が手を引っ込める様が確認できた。

「ご、ごめんね。びっくりしたかな」

慌てて弁明してくる少女の姿には攻撃性といったものが全くなかった。
由依の中で戸惑いが生まれる。まだ何が起きたか上手く整理しきれていない思考回路をフルに動かし、由依は賢明に現状を把握しようとする。
あの男に命じられ、由依は「男」を殺し「女」を約束の地であるこの職員室へと連れ込んだ。

(あれ、でも私は……)

おかしい。由依の記憶が正しければ、由依が連れ込んだ少女は二人のはずであった。
ゆっくりと身を起こし、由依は改めて職員室の様子を確認する。
岸田におもちゃにされた場所、部屋の隅には由依の支給品であるデイバッグが放置されていることから間違いはないだろう。
一面だけ開けられた窓のおかげで喚起はできているものの、鼻を凝らせば感じ取れる生臭さが消えた気配は全くない。
……それは辱めを受けた由依自身に染み付いた臭いかもしれないが、その可能性を考えることを由依の頭は否定した。
そのまま立ち上がる由依の邪魔をするものはいない、少女は見ているだけで由依の行動に対し制限をつけてくるようなことをしなかった。

三百六十度余すことなく目をやる由依の視界に入る人物は、あくまでこの金髪の少女のみである。
どういうことか、しかし思い出そうとすると響く鈍痛に結局由依は考えることを諦めた。

そして、違う方面へと思考を凝らすことにした。
由依の恐れるあの男は、今この場にはいない。
目の前の少女に攻撃性はない。じっと見やるものの、由依の視線に対し首を傾げるだけで少女から何かしてくることはなかった。
今、どうするべきなのか。冷静に物事を考えられる機会を得た由依がその中で答えを導き出す。
由依の最優先次項は。

「ごめんなさい!!」
「え、あ……ど、どこ行くのっ?」

この場から、一刻も早く逃げ出すことだった。
部屋の隅へと駆ける由依、自身のデイバッグを掴み取り由依は一直線に職員室の出口へと向かう。
背後から投げかけられた声、金髪の少女のものである。しかし由依はそれを無視して、一目散に廊下へと躍り出た。

それからはとにかく走り続けるだけだった、痛む体を駆使しながら由依はひたすら足を動かした。
途中人とすれ違った気もする、しかし由依は止まらずそのまま階下へと駆けて行った。
一階、見覚えのあるその景色に由依の鼓動は高鳴った。
このまま真っ直ぐ行けば中心のフロアに出る、そこから外に出れば逃げることができる。
由依はそれだけを考えた。それこそ廊下に設置されている窓を開けて逃げるという行為などは、思いつくことはないようだった。
由依は駆けた、途中転びそうになるものの何とか持ち直し外を目指した。

月明かりの照らす廊下を、走る由依の靴音だけが響き渡る。
その連続した音が止められたのは、突然のことだった。

「……ぁ」

廊下の隅に倒れ、身動きを取らぬ少年が由依の目の前に出現した。
視線を少年の後方へと送る、点々とした染みが由依の視界に入る。
黒かった。それは経過した時間を表しているのだろうか。
真っ白なタートルネックの一部が黒く塗られている様、由依の呼吸が一瞬詰まる。
それは、由依が「殺した」少年だった。
ポロポロと涙が自然に零れる、由依の起こした現実が痛みとなって彼女自身へと突き刺さる。

「ごめ……なさい……」

顔を覆いながら由依が口にした謝罪の言葉に、少年が気づく気配はない。
ごめんなさい、それでも由依はもう一度言葉を口にする。
その時、由依は自身が身に着けている見覚えのない上着の存在を思い出した。
肩にかかった群青色のブレザー。そう、心配した少年が由依へとかけてくれたものである。
……そのぬくもりも何もかも、今では悲しいだけだった。

「こんな……こんな形で会いたくなかったですっ!」

吐き捨てた激情は、由依の思いと共に校舎の空気へ溶けていく。
人を殺してしまったという罪悪感。それは少年の優しさを踏みにじった由依の行為も付加となり、さらに彼女自身を追い詰めた。

「私達……きっと、違う形でも会えたと思うんです……」

ふと、由依の中に浮かんだ一つの可能性。
それは根拠のない言葉だった。
でもその直感を、由依は捨てることができなかった。

「ごめんなさい……」

信じられない、カッターで刺された少年はそう表情で語っていた。
その様子が由依の頭から離れることはない。消せない罪が、また一つ由依の心啄ばんだ。
しかしそれと共に、何故か和やかにこの少年と話す自身の様子が由依の脳裏に貼りついていた。
理由は分からない、それは由依の願望が作り出したただの妄想かもしれない。

「ごめんなさい」

もう一度口にして、由依は身に着けていたブレザーをその場で脱いだ。
近づき、由依は丁寧に折りたたみ倒れている少年の横へと上着をそっと置く。

「こうしてると、まだ生きているみたいですね……そんなわけ、ないのに……」

覗き込んだ少年の顔つきもまた、金髪の少女と同じように由依と同世代のものだった。
それが、さらに由依の悲しさを煽る。
気持ちを振り切るように再び駆け出す由依の苦悶に満ちた表情を、確認した者はいない。
由依が鎌石村小中学校を脱出したのはそれからすぐのことだった。




神尾観鈴
【時間:2日目午前3時前】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階・職員室】
【所持品:フラッシュメモリ・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:呆然】


柊勝平
【時間:2日目午前3時過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階・廊下】
【所持品:電動釘打ち機11/16、手榴弾三つ・首輪・和洋中の包丁三セット・果物・カッターナイフ・アイスピック・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:観鈴のもとへ】

相沢祐一
【時間:2日目午前3時過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校・一階、左端階段前】
【所持品:S&W M19(銃弾数4/6)・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:気絶、腹部刺し傷あり】
【備考:勝平から繰り返された世界の話を聞いている、上着が横にたたまれている】


名倉由依
【時間:2日目午前3時15分過ぎ】
【場所:D−6】
【所持品:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分)、破けた由依の制服、他支給品一式】
【状態:学校を離脱、ボロボロになった鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)着用、全身切り傷と陵辱のあとがある】
【備考:携帯には島の各施設の電話番号が登録されている】
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