起死回生




危機が去って幾ばくかの時間が経っていた。
高槻、湯浅皐月、小牧郁乃の三人は何をなすでもなく、ただ項垂れていた。
玄関のドアは壊れ外から風が吹き込むも皆動じることはない。
高槻と皐月は篁のことを知っているだけに、主催者の正体を知ったショックは大きかった。
(相手が悪かったなあ。篁総帥じゃどうしようもねえや)
高槻は皐月の肩を抱きなが失意の底にあった。
助かったとはいえ、お先真っ暗である。
変わり果てたぴろを撫でながら皐月は目を泣き腫らしていた。

「どこか他に移ろうよ」
重苦しい雰囲気を破るように郁乃がポツリと呟く。
高槻が目で促すと皐月は伏せ目がちに軽く頷いた。
郁乃を除けば二人とも負傷と疲労でかなり体力を消耗していた。
現状では醍醐でなくとも岸田洋一始め、殺し合いに乗った者に踏み込まれたら苦戦を余儀なくされてしまう。
それにしても──篁が集めようとする想いとは。そしてあの青い宝石はいったい何なのか。
高槻は喉にまで出かかった言葉を飲み込み、まずは避難を優先することにした。

荷物をまとめ外に出ると雨は小降りになっていた。
警戒しながら奮死したぴろを懇ろに葬る。
「あたしも手伝わせて」
いたたまれずに郁乃がおぼつかない足取りで歩み寄り、布に包まれたぴろを穴の底に横たえた。
土を被せようとするとポテトが鼻を擦り付け最後の別れをする。
その様がいじらしく改めて三人の涙を誘う。

「さて、ねぐらはどこにするか?」
「隣の鎌石局にしようよ。探せばまだ弾があるかもしれない」
「なにぃッ、そうなのか? よし行くぜい」
三つの黒い影が粛々と移動し、隣の建物の中に吸い込まれていった。

屋内に入るや否や、高槻と皐月はドアの前に備品を積み重ねた。
醍醐ならどうしようもないが、普通の人間なら侵入はできまい。
反撃の手段が限られていることから防御を固めるしか方法がなかった。
わずかな窓にも布で目張りをし、明かりの漏れを最小限にする。
「これくらいでいいかな。じゃ、明かり消すよ」
照明を消すと皐月はしゃがみこみ室内を見渡しながら感慨に耽った。

あたりは漆黒の闇に包まれ互いの息遣いのみが聞こえる。
前日の正午頃、ここで笹森花梨と物色したのが遠い昔のことのように思える。
左肩の傷──ここを出ようとした時黒服の少年に撃たれたもの。
少年との死闘と花梨の死。
思えばぴろはここでも奮戦したのだ。
胸にこみ上げるものがあり、両手で顔を覆った。
しかし高槻の一言で現実に引き戻されてしまう。
「ぼちぼちやろうぜい」
当てがあるようなことを言ったものの、実は気休めでしかなかった。
花梨と来た時、大方探し尽くしていたからである。
最後まで探さなかったのは十分な銃器と弾薬を確保できたからであった。
ここで何も入手できなければ今後の安全が極めて脅かされることになる。

「ごめん、もうちょっと休ませて」
「具合が悪いのか? さっきのゴリラに手酷くやられたからなあ」
「う、うん。まあね」
珍しく労ってくれるものだと感心する。
皐月は高槻の肩にもたれ安らぎに浸ることにした。
「ケツが痛いなら手浣腸が効くぞ、七年殺しがな。FARGOでもちょくちょくやってたなあ。女の尻の穴にズブッと……」
「落ちがあったのね。紳士らしいとこに惹かれたけど……さっさと始めるわ!」
素早く身を退き上目遣いに睨みつける。
「オイ、冗談だってば。こういう時はなあ、スキンシップが大事なんだぞぅ、ベイビー」

皐月は二人にまだ探していない場所を指示し、自身も持ち場を探すことにする。
部屋の明かりは点けず、それぞれが懐中電灯で照明を確保する様は、さながら盗みを働いているようでもあった。
狭い密室でロッカーを開ける音、引き出しを開ける音が続く。
「ん? オモチャか」
とある引き出しから出てきたのはヨーヨーだった。
「わあっ、おもしろそう。あたしに貸して」
「ちぇっ、くだらん。いくのんにくれてやらあ。オモチャなんて……」
「オモチャがどうかしたの?」
「さあ。皐月さんも見てみたら?」
高槻がいじり回していると、片面の蓋が突然パカッと開いた。
「おおうっ! これはまさしく桜の代紋」
「このマーク、どこかで見たことある!」
皐月は高槻の肩越しに騒動の元を覗く。
「これ警察のじゃない」
開いた内側には交番で見かける桜の徽章が施されていた。

高槻は蓋を閉じると紐の輪を指にかけ、ヨーヨーを垂らす。
落ちては巻き戻るという、ごく普通の動き方をするが、紐が鎖チェーンでできている。
「思い出したぞ。これはなあ、昔鹿沼葉子が『おまん、許さんぜよ』、って言って投げてたスケバン刑事ヨーヨーだ」
「鹿沼葉子って人、おばさんなの?」
「えーと、いくのんよりいくつだったっけ。天沢郁未より上で……わからん、年齢不詳だ」
「くだらない嘘ばっか言ってないで、そんなことどーでもいいから、あたしに貸しなさいよっ」

手に取ってみるとオモチャでないことは間違いなかった。
ズッシリとした重みからしてステンレス製だろうか。
人に投げて当たれば痛いどころではない。本気で投げれば骨に罅が入るほどの衝撃があるかもしれない。
「いくのんには無理だろうから湯浅、お前が持て」
「あたしが? じゃあありがたく頂戴するわ。近接戦闘に使えるね」
皐月は押しいただくとポケットに仕舞いこんだ。

その後も捜索をしたが目ぼしい発見はなかった。
探し尽くすと高槻と郁乃は疲労を覚え横になった。
「もう寝ろよ。体力を回復しないと明日がきついぜ」
「そうねえ。どっかにまだないかなあ。」
「もしかして隠し扉とかあったりしてなあ。その奥に金銀パールがザックザクと……」
「隠し扉……? あるかも」
俄かに活気が戻り、皐月は一人執念を燃やしながら物色を始めた。

郁乃はどうしても寝付けなかった。
起き上がると荷物を重し代わりに、車椅子の座席に乗せられるだけ乗せる。
そうして車椅子に掴まり膝に力を入れながら立ち上がった。
「今から出かけるの?」
皐月が怪訝な表情で尋ねる。
「違うの。あたしもいっしょに戦いたいから……車椅子なしでもやっていけるように、歩きたいの」
郁乃は先ほどの息を呑むような激戦の光景が目に焼きついて離れなかった。
暇つぶしの相手にしか見ていなかった猫、否小さな勇者──ぴろ。
二人と一匹が戦っている間、自分はただ物陰に隠れて見ているしかなかった。
──悔しい。あたしも戦いたい。
何もできない自責の念が郁乃を自立したい思いに駆らせたのであった。

郁乃はグリップを握り、そろそろと車椅子を押す。
狭い室内を何度も往復し、時には膝をつきながらもリハビリ励む。
(お姉ちゃん。あたしも頑張るからどうか無事でいて)
未だ会えぬ姉に想いを馳せながら脚力の弱さに喘ぐ郁乃。
床には汗と共に涙の染みがあった。




【時間:三日目・02:00】
【場所:C-4鎌石郵便局】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:物色中。疲労大、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
高槻
 【所持品1:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:就寝中。疲労大、全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすとかなりの痛みを伴う)】
 【目的:岸田、醍醐、主催者を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、支給品×3(食料は一人分)、支給品一式】
 【状態:リハビリ中】
ポテト
 【状態:車椅子に乗っている、健康】

【備考:高槻のコルトガバメントは予備弾を装填。高槻達の翌日の行動は未定】
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