夢の終わり




天高く昇った太陽の下で寄り添うように肩を並べながら、三つの影が突き進む。
北川潤とその仲間達の行き先は決まっていた。
北川達は目的地――平瀬村の何処かにある筈の、親友の『心』を追い求めていた。
遠野美凪の『心』がそこにあるという根拠はたった一つ。
思い当たる他の場所は全て探し尽くしてしまい、残るは平瀬村だけなのだ。

「…………」
黙々と足を進める北川の表情は優れなかった。
この地には辛い――余りにも辛過ぎる想い出がある。
自分は守れなかった。
何を差し置いてでも仲間を守るつもりだったのに、柏木一族という脅威から美凪を守り切れなかったのだ。
仕方無いと言えば仕方の無い事ではあったかも知れない。
敵は『鬼の力』などといった常識外れの能力を持った怪物達なのだから、たった一人の犠牲で済んだのは寧ろ幸運とすら言える。
……そんな事は分かっているのだが、だからと言って割り切れる筈も無い。
美凪は自分にとっても真希にとっても、掛け替えの無い仲間であり親友でもあったのだ。

「潤……ねえ、潤ってば!」
「ん、ああ……何だ?」
広瀬真希に呼び掛けられた為、陰鬱な想いに支配されていた思考を一旦中断させて、生返事を返す。
真希はこちらをじっと見つめながら、遠慮がちに言葉を紡いだ。
「今あんたの考えてる事が、手に取るように分かるわ……。美凪が……死んじゃった時の事を考えてたのよね?」
「――――っ!」
内心を一部の狂いも無く言い当てられてしまい、北川は大きく息を呑んだ。
真希は北川の手を握り締めてから、続ける。
「お願いだから一人で全部抱え込もうとしないで……。美凪はあたしにとっても――そして、みちるにとっても大切な親友なんだから」
「そうだぞーっ、みちるの方が美凪と付き合い長いんだからなーっ!」

付き合いが一番長い――逆に言えば、一番辛いのもみちるの筈だ。
しかしみちるは何時通りの元気な姿で、自分を気遣ってくれている。
彼女達の言う通りだった。
自分にはこれだけ心強い仲間達が居るのだから、一人で抱え込む必要など何処にも無いのだ。
「……そうだな、悪い。やっぱり俺達は明るく行かなきゃな!」
だから北川もそう言って、強引に笑みを形作ってみせたのだった。


背の高い門を押し開けて、民家の――美凪の亡骸が眠る家の、敷地内に侵入する。
比較的広い庭には雑草が鬱蒼と生い茂っており、その向こうで古ぼけた木造民家が陽光に照らされながら屹立していた。
北川を先頭としてその影に向かって歩いてゆき、玄関の扉を開け放つ。
時代遅れの木造建築物だという事もあり、陽の殆ど届かぬ民家内部は異質な世界であるように感じられた。
みちると真希と、三人で手を取り合って永い廊下を一心不乱に進む。
程無くして三人は一番奥にある広間の前まで辿り着く。
そこには薄闇の中に佇む木の扉が、行く手を阻むように立ち塞がっていた。
北川が冷たいノブに手を伸ばし、力を込めて押すと、扉が軋みを上げながらゆっくりと開いてゆく。

開けた視界の中、大きな窓から漏れる眩い陽光が部屋の中を照らし上げている。
そして部屋の中央――ベッドの上に、遠野美凪が昨日と変わらぬ姿で横たえられていた。
この島の特殊な環境のお陰だろうか、その亡骸は腐敗が進んだ様子も無く、穏やかな笑みを湛えたままだった。
「く……」
その余りにも安らかな死に顔に、北川は計らずして掠れた声を洩らす。
北川の横では真希が口元に手を当てて、弱々しく肩を震わせている。
そんな中、みちるが一歩、二歩と足を進め、美凪の前まで歩み寄った。
みちるはゆっくりと、美凪の頬に手を伸ばす。
そして手が触れた瞬間、辺りを眩い、そして暖かい黄金色の光が、包み込んだ。

「な――――っ!?」

誰もが言葉を失う。
それはどのような奇跡だろうか――光が止んだ時、自分達は夜闇に支配された学校の屋上に立っていたのだ。
そして、天に広がる星空を見上げる少女が眼前に屹立していた。
少女の美しい髪が、僅かに潮の香りを含んだ夜風を受けて優しく靡いている。
幻想的な状況の所為か、その姿は記憶にあった物よりも更に美しく感じられた。

北川はその少女を、星空に見守られた屋上の中、無言で見つめていた。
信じ難い状況の中、どれ程の時間そうしていたかは分からない。
砂時計の中で零れ落ちる砂のように、緩やかに流れてゆく時間かも知れない。
凄まじい勢いで全てを飲み込んでゆく灼熱のマグマのように、刹那の時間かも知れない。
やがて深い憂いを秘めた、酷く悲しい瞳が――
世界に満ちた全ての音を、漏らさず閉じ込めてしまうかのような瞳が、こちらに向けられた。
「み……なぎ……」
北川がやっとの思いで、掠れた声を搾り出す。
そこには在りし頃と全く変わらぬ瞳を湛えたまま、遠野美凪が存在していたのだ。

言いたい事、伝えたい想い、溢れてしまいそうなくらい沢山あったのに。
いざ本人を目の前にしてみると、北川も、真希も、何も言えなかった。
下手な言葉を口にしてしまえば、その途端に美凪が消えてしまうような気がして、何も言えなかったのだ。
そんな中、美凪が場の沈黙を打ち破るべく、ゆっくりと言葉を解き放つ。

「……ちっす」
「「「――――へ?」」」

余りにも場違い、余りにも軽快な挨拶を受け、北川達は例外無く間の抜けた声を洩らした。
北川達の驚きを意にも介さず、美凪は続けざまに口を開く。
「北川さん……きらきらの星、好きですか?」
「え……ああ、まあ嫌いじゃないけど……」
「……良かった」
北川が戸惑いつつも返事をすると、美凪はほっとしたように呟いた。
「……男の人も……綺麗な物は好き」
こちらをじっと眺め見る、限りなく広い母なる海を思わせる瞳。
片言の言葉では表し尽くす事の出来ない思いが、その瞳の奥に秘められている。

「あのね美凪……あたし――――」
ようやく硬直から解放された真希が、必死の想いで言葉を形作ろうとする。
しかし美凪は切実な声で、それを遮った。
「ごめんなさい、時間が無いんです……。星空を見ながら、どうか私の話を聞いてください……」
空を見上げれば、無数の星々の瞬き。
静かに――どこまでも澄んだ声で、言葉を紡ぐ。

「この島には様々な人の『想い』が……閉じ込められています」

「人の『想い』は、空に輝くあの星々のように強く美しい……。今の私達がこうして奇跡の中に居るように……とても大きな力を秘めています。
 ですがこの殺し合いを企んだ主催者は……その『想い』を悪用しようとしています……間違った方向に『想い』の力を向けようとしています」
 
「主催者の力は強大です……そこに『想い』の力まで加わってしまえば、全ての人間が等しく殺し尽くされてしまうでしょう……。
 ですから北川さん達が……『想い』を正しい方向に導いて下さい……。皆を助けて、主催者を倒して下さい……」

「私が死んだ後もずっと頑張り続けてくれた北川さん達なら、……きっとそれが出来るから……」

美凪はそこで言葉を切ると、ポケットの中から質素な包装紙に包まれた一つの白い箱を取り出した。
「これからも頑張りま賞……進呈します」
それを、そっと北川に手渡す。

北川がその箱を開けてみると、親指にも満たぬ小瓶に詰められた砂が出てきた。
手に取って凝視してみると、砂の一つ一つが微かな輝きを放っているようにも見えた。
「綺麗だな……けど、これは?」
「星の砂です……。その砂を持っていると……幸せになれるんです。必要な時が来たら……その砂に、願って下さい。
 一生懸命願えば……きっと『想い』は通じます。北川さん達なら……この島に囚われた『想い』を解き放てます」

みちるが上目遣いで美凪に視線を送る。
「美凪……もう行かなくちゃいけないの……? もう……終わりなの?」
「うん……ごめんね。私は此処にいてはいけない人間だから……もう死んでしまったから……。
 私の夢も……みちるの夢も……此処で終わり」
美凪はみちるの手を優しく握り締めてから、くるりと北川達の方へ振り向き直した。


「北川さん、広瀬さん、覚えていますか? 私達が出会ったときの事……」
――出会いは鎌石村の消防署だった。
出会ったばかりだったにも拘らず、三人仲良く同じ食卓を囲んだ。


「それから……ホテル跡に行った時の事……」
――ホテル跡では色々あった。
大変だったけれど、三人は力を合わせて乗り切った。
一段落着いた後は、束の間の、けれどとても安らかな時間を一緒に過ごした。


「みちるも、きたがわとマキマキと楽しい時間を過ごせたよ……暖かい気持ちにさせて貰ったよ……」
――みちると出会った時。
三人は障壁を乗り越えて打ち解ける事が出来た。
家族のように、親友のように、笑い合う事が出来た。


「最後に…………今この瞬間も、大切な思い出です」
そう言って、美凪はにこりと穏やかな微笑を浮かべた。
美凪もみちるも――黄金の光に包まれ、それに合わせるように彼女達の身体が揺らぎ、薄れてゆきつつあった。

真希が涙で緩んだ視界のまま、何かを訴えようとする。
「待って、美凪、みちる! あたしはっ……あたし達はっ……!」

それを押し留めて、美凪が口を開く。
強く、意志の籠もった声で。
「泣かないで下さい……。私は貴女達と暖かい思い出を一杯築けましたから……一杯笑えましたから……」

みちるが言葉を繋ぐ。
「そうだよ。夢が覚めても、思い出は残るから……。思い出がある限り、みちると美凪はマキマキ達と一緒だから――」

自分達の想いを、同じ気持ちを、代わる代わる口にしてゆく。
「二人共、笑って。みちる達との思い出を、ずっと楽しい思い出にしていてよ」

「笑顔は人の心を暖かくしてくれますから……」

「ずっとずっと笑い続けて……」

「世界が沢山の笑顔で一杯になって……」

「「みんなが暖かくなって、生きていけたら良いね……」」
言葉を重ねると同時に、辺りが閃光に包まれた。
二人は黄金の光と同化して、自ら星の砂へと飛び込んでゆく。
それが最後。二人の気配も、北川達の意識も、霧散していった。


気が付くと元の部屋に戻っていて――北川も真希も床に寝そべっていて――窓から降り注ぐ陽光が、そっと夢の終わりを囁きかけていた。

――皆さん、有難うございます。今まで……楽しかったです
――きたがわ、マキマキ、約束だよ。ちゃんと笑い続けていてね

そんな声が、聞こえた気がした。




【残り20人】

【時間:3日目・10:00】
【場所:G−2民家】

北川潤
 【持ち物@:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物A:インパルス消火システム スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)携帯電話、星の砂(光二個)、お米券】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:今後の行動方針は不明】
広瀬真希
 【持ち物@:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物A:ハリセン、美凪のロザリオ、消防斧、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:今後の行動方針は不明】
みちる
 【状況:消滅】
遠野美凪
 【状況:消滅】

備考
・みちるの荷物
 【所持品:包丁 セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)食料その他諸々(ノートパソコン、真空パックのハンバーグ)支給品一式】
は床に置いてあります
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