月島拓也はこれからの行動を思案していた。 消防署に瑞佳の知り合いがいるということは頼もしい限りである。 何しろ出会い自体が少なく、他の地区でどのようなことが起きているのかさっぱりわからない。 情報がまったく入らず時間を追うごとに参加者が減っていく。 第三回目の放送までに、四分の三近くの人間が死んでしまったことはゆゆしきことであった。 なるべく早く合流した方がいいのは言うまでもない。 できれば坂上智代の方から来て欲しくはあるが、いずれは村の中心部へ行くことになるだろうからこちらから出向いてもいいだろう。 「行っちゃ駄目かな?」 「外はまだ暗い。安全面を考えれば夜が明けてからの方がいいと思う。そうだなあ……放送後に行こう」 「お兄ちゃんの言う通りにするよ」 「ところで瑠璃子や長瀬君を知っている人はいたかい?」 「ううん、残念ながらいなかったよ」 まるで我がことのようにしょんぼりとする瑞佳。 頼まなかったが長瀬祐介のことも尋ねてくれたのだ。つくづく心の優しい女の子だとつくづく思わざるをえない。 「まあ仕方ない。瑞佳の方は……折原君の消息はどうなんだ」 「又聞きなんだけど、初日の夕方に七瀬さん──留美の方だけど、彼女が消防署で暫くいっしょにいたんだって」 初めて聞いた折原浩平の消息を瑞佳は目を潤ませながら話した。 「おとといか……。もう鎌石村にはいないかもしれないな」 生き残りのうち脱出を目指す者はそれぞれ仲間を集めに動き回り、彼らを殺そうとする者が追う。 通信手段がほとんどないのは実に厳しい。 「でも、今はお兄ちゃんの傍にいて一生懸命頑張るのみだよ」 「ありがとう。僕も瑞佳のために最善を尽くすことを誓うよ」 長い髪を撫でながら一際強く抱き締める。 瑞佳は拓也の腕の中で浩平の無事をひたすら祈り続けた。 水瀬秋子からは何ら情報を聞くことなく別れてしまった。 拓也の気持ちを考えれば秋子の誘いに乗らなかったことは理解できなくもない。 「名雪さんのお母さんが無学寺にお出でって言ってたけど、どうする?」 拓也を弄り殺しにしかけた恐ろしい一面があったが、普段ならとてもいい人のようだ。 「おのれ、あの親子絶対に許さない」 「今は好き嫌いを乗り越えて協力し合わないと駄目だよ」 「消防署の方が近いんだからまずは坂上さんに会うとしよう。そのうち水瀬さんとはどこかで会うだろうから」 ──親子同士で交じわらせて狂い死にさせてやる! 否、母親を娘の手によって始末させてやる。 裏切った代償とはいえ、拓也は水瀬母子に深い憎しみを抱いていた。 秋子には通用しなかったが、精神的に参っている名雪なら毒電波でやりたい放題で操れるに違いない。 痛みをものともせず拳を握り締めていると、瑞佳が両手でそっと包んだ。 「力入れると傷口が開いちゃうよ」 「気遣ってくれてありがとう。瑞佳といると本当に癒されるなあ」 拓也は思い出したように洗った瑞佳の衣類を差し出した。 「制服が、ブラウスが皺になってるぅ〜」 「情けない声出さないでくれよ。血を落とすのに大変だったんだから」 ブラウスを広げると脇腹のあたりに指が入るほどの穴が開いているのが見えた。 まーりゃんにボーガンで射たれ、生死を彷徨う危機に陥らせた矢傷である。 瑞佳は穴をしみじみと眺め、おもむろに着替え始めた。 「恥ずかしいんだから、後ろ向いててくれない?」 「見ちゃ駄目かい?」 「だーめ。お兄ちゃんとそんな仲になったわけじゃないもん」 「今からなろう」 拓也に唇を求められ、瑞佳は体中の力が抜けて行くのを感じた。だが── 「ん……痛ぁっ!」 下腹部を弄られ身をよじったところ、脇腹の傷口に激痛が走った。 「しまった、ごめん。痛かったね」 気まずい雰囲気になり、拓也は部屋の片隅へと歩み寄ると、湾曲した木切れとナイロンの紐で何かを作り始めた。 「気にしないでいいよ。お兄ちゃん好きだから……ねえ、何作ってるの?」 瑞佳は着替え終えると隣にちょこんと座った。 「せっかく矢があるんだから半弓を作るんだ。何もないよりはマシだからな。小さいから座ったままでも射ることができるよ」 建物の裏側にあるゴミ捨て場から拾ってきた廃材で、手製の武器を作ることにしたのである。 「でも矢はどうするの? 一本しかないよ」 「さすがに矢は作れないからなあ。一本で十分。回収できなかったらそれまで。射ったら後は逃げるのみだ」 瑞佳は興味深げに見入っていたが、ふと目を伏せた。 「もし彼女──まーりゃんに会うことがあっても、わたし、射てるか自信ないよ」 「この期に及んで何を言ってるんだ。まーりゃんを前にして躊躇うことがあれば、今度こそ死ぬよ」 脱出するためには殺し合いに乗った人間を実力で排除するしか方法はない。 そのためにも瑞佳にはやむなく殺しをせざるを得ないという考えに改めてもらわなければならない。 「まーりゃんが憎いって言ったけど、殺すとなるとやっぱり──」 「君の大事な折原君も命が危ないかもしれないんだ。彼に会えなくなってもいいのかい?」 「……わかったよ。浩平のためにもお兄ちゃんのためにも戦うしかないんだね」 瑞佳は暫し俯き考え込んでいたが顔を上げた時、瞳には強い闘志がみなぎっていた。 「下に下りるよ。足元に気をつけて」 階下に降りるとまずは詰所に立ち寄り、智代に出立の予定時間を伝えておいた。 車庫の明かりを点け弓の訓練を行うことにする。 壁に的の板を掛け、まずは五メートルほどの距離から狙う。 だが弓道をやったことがない者が放っても当たるわけがない。 矢はあらぬ方向に飛び、その都度拓也が回収して渡すということが繰り返された。 「はう〜、当たんないよう。もう疲れちゃった」 「まっすぐに飛ぶようになっただけでも精進の甲斐があるよ。上達したら飛距離を伸ばそう」 「うん、わたし頑張るよ」 病み上がりの体で弓の練習をさせるのは酷なことだが、殺人鬼は待ってはくれない。 可愛そうだが引き続き訓練をさせることにした。 訓練の甲斐あってどうにか的に当たるほど上達することができた。 「ここらで休憩しようか」 気を集中していたせいか、瑞佳は構わず半弓を引き絞る。 脳裏にまーりゃんと名乗っていた少女に射たれたことが思い起こされた。 あの時撃っていれば芳野祐介は死ななかったに違いない。 ──芳野さんが死んだのは自分のせいなのだ。 気持ちを鎮め的の中心めがけて静かに矢を放つ。 ヒュッという音と共に飛んだ矢は今までの中でもより中心に近い所に刺さった。 「わっ、いい所に当たっちゃったよ。まぐれにしても上出来でしょ? ……あれ? いない」 喜びも束の間、振り返ると拓也の姿はなかった。 気持ちの良い汗が一瞬にして冷や汗に変わり、体が凍りつく。 もしかして驚かそうと隠れているのだろうか。 二、三分経っても拓也は現れない。 独り残され瑞佳は寂しさと恐怖におののいた。 車庫の入り口を凝視していると、暗がりから突然拓也がリヤカーを引いて現れた。 「裏にリヤカーがあったんだ。これは何かと便利だぞ」 「もうー、怖かったんだよっ。どうして置いて行っちゃうんだよう」 瑞佳は拓也の胸に飛び込みしゃくりあげた。 「心配かけてごめん。一声かけておくべきだったな」 泣きじゃくる瑞佳を抱き締めていると、置き去りにしてしまったことを後悔の念にさいなまれる。 「お兄ちゃんも浩平と同じなんだから酷いよ。わたしを放っといてどこかに行っちゃうんだからっ」 「申し訳ない。これからはずっといっしょだよ」 「本当に?」 長い睫毛が震え、泣きはらした顔が更に美しさを増している。 「ああ本当だとも。トイレもお風呂も寝る時もいっしょだ」 拓也は顔を近づけ唇をそっと重ねた。 「リヤカーは何に使うの?」 「回復するまではリヤカーに乗って移動するんだ。お尻が痛いから後で座布団を敷こう」 「え〜? もう普通に歩けるよ。なんだか売られる家畜みたいで嫌だよ」」 想像してみるといかにも格好悪いような気がしてならない。 「いや、いざという時には走らなくちゃならないから、体力を温存してもらおう。ところで走るのは得意かい?」 「うーん、早くはないけど浩平に鍛えられてるから、どちらかといえば長距離は得意な方かな」 「それはいいことだ。危険と判断したらとにかく走るんだ」 拓也は荷台の掃除を終えると部屋に戻ろうとした。 「これ、使えないかな?」 瑞佳の声に振り向くと、目の前には消火器が。 「うわっ、それはやめてくれ。頼むから向けないでくれ!」 「なんで消火器を怖がるの?」 「ちょっと悪い思い出があってね。ほら、瑞佳にも一つぐらいあるだろ、苦手なものとか」 「そっか。お兄ちゃん消火器が苦手なんだあ。いいこと聞いたっと」 瑞佳は異様に怯える拓也を不思議そうな顔で見ていた。 夜は白み始めたが放送まではかなり時間があった。 二人は部屋に戻り時間まで静かに待つことにした。 髪と梳いていると背後から拓也が抱き締める。 「ストレートのままでいいよ。瑞佳は変わったのだ。僕に染められてな」 「もう〜、意味深なこと言ってー、あっ」 手が胸に宛がわれ瑞佳は体をビクッと震わせた。 「以前の瑞佳は山の中で死んだんだ。これからは瑠璃子の代わりとしてずっと傍にいてほしい」 「うん。でもみんなの前で、ベタベタしちゃ、駄目だよ。お願いだから……恥ずかしいことしないでね」 「わかってるって。今はこのひとときを楽しもう」 瑞佳を向き直らせると再び唇を重ねる。 気だるいひと時はおごそかに過ぎて行くかに思われた。 何かにとりつかれたように拓也は突然立ち上がる。 「いきなりどうしたんだよっ」 「気が変わった。今から行こう」 鎌石村消防署の真っ暗な一室にて、智代はソファーに寝転がり暇を持て余していた。 瑞佳から二回目の電話で放送後に行くということを聞き、少々がっかりしていた。 「すみませんが……」 ソファーの背もたれから突然の声。 「うわっ 誰かと思えば葉子さん。はぁ……」 ヌゥーッと現れたのは鹿沼葉子だった。 気配を感じさせぬよう近づかれたものだから、たまったものではない。 「私服を洗濯してもらえませんか? 制服だと目立ってしまうものですから」 「洗濯機は乾燥までやってくれる全自動式なんだけど……まあいいや、やっておきます」 異状の有無を聞くと葉子は自室へと戻って行ってしまった。 瑞佳と拓也の来訪のことは伝えず、後のお楽しみということにしておいた。 冷や汗を拭っていると、ほどなく入れ替わりに柚木詩子が現れた。 「長森さん、まだぁ〜? チンチン」 「何をそんなに興奮しているんだ。果報は寝て待てと言うでないか」 「だってさあ、長森さんにトイレフラグ立ったら襲ってあたしの下僕にするんだもぅん」 「寝ぼけてるのか? 永遠にお寝んねしてろ」 「ワクワクテカテカしてもう寝れないんだあ」 話によると瑞佳は同性でも惚れ惚れするいい女の子だとのこと。そんな素晴らしい同級生と彼女のいとこがやって来るという。 葉子のいう通り六人もの集団になれば戦力としては十分なものになる。 気分は大船に乗ったようなものだ。 「今日はサプライズ・パーティになるぞ」 智代は口元を綻ばせ、一日の始まりが幸先の良いものになると信じて疑わなかった。 「廊下で葉子さんとすれ違ったけど、お茶飲みにでも来たの?」 浮ついた気分に詩子が水を差した。 「なあ詩子。葉子さんのこと、どう思う?」 「あら、のめり込んでたくせに妙なこというんだね」 「さっき私服を洗ってくれって来たんだけど、声かけられるまで全く気づかなかったぞ。敵だったら私は死んでたなあ」 ただ頼み事を言いに来ただけらしいが、それにしても気配を殺して近づくのは異様である。 小声で忌憚のない意見を交わし、これまでの葉子に対する姿勢を大幅に転換せざるを得ない智代であった。 葉子は布団に入り再びまどろみに浸りつつあった。 不信感はほとんど抱かれず、何もかもが上手くいっている。 このまま智代達とは適当に協力し、危険な時は盾代わりすればよいのだ。 いずれ主催者は何らかの動きを見せるだろう。 (亀の甲より歳の功とはよくいったものです。不可視の力が使えなくても私はやっていけますわ) 次の放送で何人生き残っているだろうか。 殺す側の人間もかなり死んでいるに違いない。 ──願わくば篠塚弥生と藤井冬弥の名があらんことを。 あの二人は重武装していたようで非常にやっかいだった。 だが一夜のうちに診療所で会った人間が殆ど死に絶えたなどとは、想像もできないことであった。 【時間:三日目・05:20】 【場所:C-06鎌石村消防分署】 月島拓也 【持ち物:消防斧、リヤカー、支給品一式(食料は空)】 【状態:リヤカーを牽引。両手に貫通創(処置済み)、背中に軽い痛み、水瀬母子を憎悪する】 【目的:瑞佳を何としてでも守り切る、智代達と合流したい】 長森瑞佳 【装備品:半弓(矢1本)】 【持ち物:消火器、支給品一式(食料は空)】 【状態1:リヤカーに乗っている。リボンを解いて髪はストレートになっている、リボンはポケットの中】 【状態2:出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み、快方に向かっている)】 【目的:拓也と一緒に生き延びる。まずは詩子達と合流したい】 【時間:三日目・05:20頃】 【場所:鎌石村消防署(C-05)】 坂上智代 【装備品:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)】 【持ち物1:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用、手斧】 【持ち物2:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式(食料は残り2食分)】 【状態:見張り中。健康、意気揚々、葉子に不審の念を抱く】 【目的:同志を集める】 里村茜 【装備品:包丁、フォーク】 【持ち物:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料は2日と1食分)、救急箱】 【状態:たぶん就寝中、健康、簡単に人を信用しない、まだ葉子を信用していない】 【目的:同志を集める】 柚木詩子 【装備品:鉈】 【持ち物:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式(食料は残り2食分)】 【状態:見張りに付き合っている。健康、葉子にやや懐疑心を持つ、瑞佳の来訪を喜んでいる】 【目的:同志を集める】 鹿沼葉子 【所持品:メス、支給品一式(食料なし)】 【状態1:消防署員の制服着用、マーダー】 【状態2:就寝中、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、全力で動くと痛みを伴う)】 【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】 【備考1:ニューナンブM60と予備弾丸セットは見張り交代の度に貸与】 【備考2:智代、茜、詩子は葉子から見聞きしたことを聞いている(天沢郁未と古河親子を除く)】 【備考3:葉子は智代達の知人や見聞きしたことを聞いている(古河親子と長森瑞佳を除く)】 【備考4:拓也は予定を早めたことを智代に伝えていない】 - BACK