発見




儀式を終えた4人は、部屋を改め経緯を確かめる作業に移った。
ささらは勿論現場に居合わせなかった浩平も、そしてイルファでさえも詳しい事情を知るわけではない。
最初から最後まで目撃することが叶ったのは真琴のみ、三人は静かに彼女が口を開くのを待ち続けた。
……堅苦しい空気の中、視線を床に這わせたままポツリポツリと真琴が話し出したのはそれからすぐのことだった。
紡ぎだされたのは暴力としか呼ぶことのできない一戦、突然現れたイレギュラーの襲撃は誰もが予想できないことである。
浩平もささらも気づかぬうちに起きた出来事、呆然とする二人を余所にイルファも自分の予想していた事象とは違う類であったことに驚きを隠せないでいた。
ほしのゆめみの突然変異、そこに現れた着物を着た少女。
始まる戦闘、郁乃の死亡など。真琴は、それを驚くくらい鮮明に語った。

とりあえずは事象の確認が終了したものの、しかし結局は疑問に対する明確な答えというのを彼等が出すことはできなかった。
着物の少女はどこから着たか、どうしてゆめみが変わってしまったかなど、全て憶測で語るしかない。

「ゆめみさんは、宮内さんの支給品として配られていました。……あらかじめ設定してあったプログラムである確率が高いですね」

呟くささら。
と、ここで浩平はもう一人いるはずである少女の姿がないことに気がついた。

「……そういえばレミィは?」

無学寺にて同じ時を過ごした仲間、宮内レミィ。
浩平の言葉で思い出したようにささらもはっとなる、二人はそのまま真琴へと視線を送って彼女の言葉を窺った。
しかし真琴はというと困惑した表情を浮かべるだけであり、小さく首を振ってレミィの所在を知らないことを訴えかけてくる。

「どういうことだ、レミィがそっちに向かったのは十二時とかそこらだぞ……」

今一度、浩平とささらが目を合わせる。
レミィは浩平と共に見張を担当した後、ささらと交替で部屋へと戻り休息しているはずだった。
だが現場にレミィの姿はなかった。浩平があの部屋に入った際残っていたのは間違いなく真琴と、そして立田七海を抱えたゆめみのみだった。
真琴も思い当たる節がないらしく肩を竦ませるだけである、イルファに関してはレミィの存在すら知らなかった訳だから論外だ。

「ゆめみと変な女が争ってる時もこっちには顔すら出さなかったわよ、ずっと……ささらと浩平とレミィで、見張りやってるんだと思ってた」

怪訝な真琴の眼差しに、浩平とささらは三度顔を見合わせた。

「何かあったかもしれない、探そう」

黙って頷くささら、すぐさま部屋を飛び出す二人に真琴も慌てて後に続く。
……状況が良く分かっていないイルファだけ、取り残された形で佇むのであった。

捜索は、それから三十分ほど行われた。
しかしレミィらしき人物はどうしても見つけることが叶わず、三人とも肩を落としイルファの待つ部屋へと戻る。
気落ちしている三人の姿、イルファはそれを静かに眺めた。
これだけ探しても見つからなかったということ、それが指し示す一つの可能性をイルファは既に導き出している。
だが、それを口にして良いものか。イルファは考えた。
考えた結果……この中で感情論を出すことなく第三者の視点で語ることが出来るのが自分のみだと推測し、イルファはついに口を開く。

「お一人で、逃げられたのではないでしょうか」

場を包む沈黙が破られたことで、全員の注目はイルファへと一気に集まることになった。
飄々とした物言いでイルファは続ける、あくまで冷静に事を見たそれがイルファの出した結論だった。

「宮内様という方の姿が消えたのも、襲ってきた方が現れました時間とほぼ合います。
 これだけ探しても見つからないということは、そのようなことだと思いますが」
「お、前……ふざけんなよっ!!」

イルファが話終わると同時に、表情を怒りに染めた浩平が立ち上がる。
怒鳴りつけつかつかとイルファの元まで歩みだす浩平、一応予想は突いていたのであろうイルファが表情を揺るがすことはなかった。

「こ、浩平落ち着きなさいよ」
「うるせぇ! 黙ってられるか、レミィがオレ達放って置いて一人だけ逃げるはずないだろっ」

真琴の制止も聞かぬまま、どかっとイルファの前に座りなおし浩平は彼女を睨みつける。
浩平にとって、島に来て半日以上生きた人間に出会うことがなかったという精神的疲弊を癒したのは間違いなくこの無学寺で知り合えたメンバーだった。
その中でも共に見張りを担当したレミィの明るい性格は、浩平に何よりも大切な日常の時間を彷彿させ、彼の疲れを癒す存在でもあった。
そんな彼女のことを、目の前のロボットがさらりと侮辱した事実に浩平の沸点はやすやすと限界を迎えた。
撤回しろ、そう目で訴える浩平をあくまで冷ややかな瞳でイルファは射る。

「折原様と宮内様は、この島にいらっしゃる前からのお知り合いだったのでしょうか」
「それは……違う、けど」
「では、余りそのような発言をするべきではありませんと愚考いたします。
 お知り合いになって短時間しか建っていないにも関わらずそこまで信頼しきるのも軽率かと」

淡々と放たれたそれに、浩平は言い返すことができなかった。
顔色を変えることなくあくまで涼し気に話すイルファに対し苛立つ気持ちを抑えきれないのは確かである、しかし浩平の頭には良い言葉が浮かぶこともなく。

「こんな、こんな……」

歯がゆいだろう、握りこぶしが白くなるくらい力を入れ肩を震わす浩平の姿に真琴もささらもハラハラする一方だった。
場に訪れた沈黙と重たい空気、そしていつイルファにつかみかかるか分からないという爆発寸前の浩平の存在。
何とかしなければと、行動に移ったのは真琴だった。

「わ、私トイレ行きたくなっちゃった! ねぇ浩平、ついてきてよ」

浩平の手を取り、真琴は外へと彼を誘導しようとする。

「は? お前な、そういうの男に言うなよ」
「あう……」

が、作戦失敗。

「えーと……」

ちらっとイルファに目をやる真琴。
しかし助け舟は現れない、イルファはじっと浩平を見つめていてどうやら真琴の視線には気づいていないようだった。

「さ、沢渡さん、私が行きましょうか」
「あう……ありがと、ささら……」

結局は板ばさみにすらなれず、どうすればいいのかと戸惑っている真琴に手を差し伸べたのはささらだった。
そろそろと部屋を後にする二人、残されたのは浩平とイルファがどうなるか……真琴は後ろ髪を引かれる思いで扉を閉める。
軋む襖の閉じる音と、イルファが溜息をついたのはほぼ同時だった。

「……何だよ」

イルファのアクションに対し、浩平は過敏とも思えるくらいの反応を見せる。
部屋のムードは険悪になる一方であるが、浩平がそれを改善させようとする素振というのは全くなかった。
反論はできなくとも態度でイルファに対し牽制する浩平のやり方は、傍から見れば子供染みたものかもしれないだろう。
しかしそれが、浩平にとっての精一杯だった。
しばしまた訪れる無言の時、壁にかけられた年代物の時計の奏でる針の音が場を満たす。

「申し訳、ありませんでした」

口を開いたのはイルファだった。
腕を組んだまま睨みつけている浩平の目の前で、イルファは小さく会釈する。
……だがその声には特に抑揚の類が含まれておらず、それは浩平の中での懐疑心を増す一方となる。
浩平は無言のまま、イルファの出方を窺い続けた。
下げていた頭を戻すその仕草一つ一つも見落とそうとせず、じっと浩平は彼女を見つめた。

「不躾な発言をしてしまい、すみませんでした。
 宮内さんという方を知らないからとは言え、やはり言い過ぎました。私に非があると判断します」

すみませんでした、そう言ってもう一度頭を下げるイルファの様子に……怪しい面は、特になかった。
上辺だけの台詞で煙に巻こうとでもしているようならば、浩平はその場でイルファを張り倒すことに躊躇すらしなかっただろう。
しかしどうにも気にかかる。浩平はイルファの真意を問うべく、彼女の瞳を覗き込んだ。
……作り物のそれに感情が表れることはない、そりゃそうかと自己完結する浩平の正面、イルファは彼の心を読み取ったかは分からないが、静かに再び口を開いた。

「もし私も知人を侮辱されましたら、気分を害すでしょう。大切な方でしたら尚更です。
 ただ、この島に来てからの知人となればそれは別だと、私は解釈しました。
 その上で第三者の視点から話させていただいただけです。
 ですが、それはあくまで外野から見た上での解釈です。好意を抱くのに時間は関係ないという論も私は理解しています。
 つまり先ほどのことは折原様と宮内様のことをよくも知らない私が、上辺だけで申すことではなかったという意味です。
 その意味を込め、私は非を認めました。ご理解いただけたでしょうか」

冷静に捲くし立てるイルファの姿は、見ようによってはロボットらしかったであろう。
しかしイルファは言う、彼女は浩平の『感情論』を理解していると。
それをこの短時間で導き出し、言い直すイルファの柔軟な思考回路は浩平をひどく驚かせた。

「……あんた、ロボットっぽくないな」
「え?」
「いや、俺の中のメイドロボのイメージはもっと頑なな感じだったからさ……そういう風に言われるとは思わなかった」

目を丸くする浩平を、今度は不思議そうにイルファが見つめる。
その邪心のない表情に、思わず浩平は笑みを漏らした。
どこかあどけなさの残るイルファの様子は見た目の大人っぽさに比べるとあまりにも可愛らしく、浩平の中には微笑ましく思うような感情すら生まれる。

「まぁいいよ、もう」
「はい。ありがとうございます、折原様」

ポリポリと頭を掻くと、浩平はバツの悪さをごまかそうという意図も込めそっとイルファに右手を伸ばした。
仲直りの握手、という意味だろう。
イルファも笑みを浮かべながら、浩平の手に自らの手を重ねる。

(………?)

握手握手、一人で握手。何故か、イルファは浩平の手をいつまで経っても握り返して来ない。
顔を見合わせてもイルファは苦笑いを浮かべるだけである、疑問を浩平が口にしようとした時だった。

『きゃああああああーーーーー!!!!!』

つんざく悲鳴、それは部屋の外から聞こえてきた。

「なっ、真琴!?」

手を解きすぐさま立ち上がる浩平、イルファもそれに続く。
部屋を飛び出し声の上がった方へと、二人は一目散に駆けた。





「……レミィ?」

覗き込んだ便器の奥に、彼女はいた。
トイレの中に充満した生臭さで出血の量は窺える、見下し確認した様子からもレミィが絶命していることは明らかだろう。

「あ、あたしトイレ入ろうとしたら、臭いが、あと、下、下に、下に……あう、あうぁぁ……」
「沢渡さん落ち着いて、大丈夫です……大丈夫ですから……」

しゃくりあげる真琴をささらがすかさず抱きこんだ。
浩平も自身の体を支えている筋肉から力が抜けていくのを感じ、よろよろとその場に尻餅をつこうする……が、瞬間腕を組まれ半身を支えられた状態になる。
ゆっくりと視線を上げると、浩平の視界に硬い表情のイルファが映った。

「……この方の体格と、場所的な問題で引き上げるのは無理でしょう」

右腕一本で浩平を支えようとするイルファだったが結局は無理だったようで、浩平の体はゆっくりと地面へ導かれていく。
イルファも、一緒になって土の上についた。
動作と共に吐かれた悲しい宣告、浩平はそれを正しい形で理解できないでいた。
イルファが「どのような意図で」それを口にしたか……理解、したくさえなかったのであろう。





こうして、安息の地は完全なる形で破壊された。
落ち着いたはずの事態に対し、朝霧麻亜子の残した物が彼等の傷痕を深く抉っていく。




【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−9・無学寺】

沢渡真琴
【所持品:無し】
【状態:呆然】

折原浩平
【所持品:スコップ、だんご大家族(だんご残り95人)、イルファの首輪、他支給品一式(地図紛失)】
【状態:呆然】

久寿川ささら
【所持品:日本刀】
【状態:呆然】

イルファ
【持ち物:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、他支給品一式×2】
【状態:首輪が外れている・右手の指、左腕が動かない・充電は途中まで・珊瑚瑠璃との合流を目指す】

・ささら・真琴・郁乃・七海の支給品は部屋に放置
(スイッチ&他支給品一式・食料など家から持ってきたさまざまな品々&他支給品一式・写真集二冊&他支給品一式・フラッシュメモリ&他支給品一式)
【備考:食料少し消費】

・ボーガン、仕込み鉄扇は部屋の中に落ちています
-


BACK