――久寿川ささらは生徒会室で、今は亡き朝霧麻亜子と再会を果たしていた。 椅子に座っている麻亜子が、紅茶を口にしてから、対面に居るささらへと視線を移す。 「さーりゃん。こんな所で呑気に油を売っていて良いのかね? 殺し合いも、もう終盤――今は一分一秒が惜しい時だと思うよ?」 するとささらはゆっくりと首を横に振り、言った。 「ううん、もういいの……」 全てに絶望したような、何もかも諦めてしまったような、そんな声。 それを受けた麻亜子は眉を顰めて、怪訝な表情となった。 「……いいって何がさ?」 「あんな世界、もういいの。先輩も貴明さんも居ないなら、もうどうでもいいの」 「さーりゃん、それは――」 麻亜子が諫めようとするのを遮り、ささらははっきりと宣言する。 「私は死を迎えるその瞬間まで、ずっと先輩と一緒にいたい。たとえ夢の世界でも、此処には先輩がいる。だから現実世界には戻らないわ」 ささらは全てを拒んでいた。 何も出来なかった自分自身も、麻亜子と貴明の命を奪ったこのゲームも、そんな運命を与えたこの世界そのものも、拒んでいた。 しかしそれを理解して尚、麻亜子は冷たく言い放った。 「――駄目だよ」 「え……?」 「あたしが守りたかったのは、そんなさーりゃんじゃない。今のさーりゃんとは、一緒に居られない」 あの麻亜子が、自分を突き放した――? ささらは捨てられた子犬のような目となり、肩を震わせながら言った。 「な……何を言ってるの……? 折角また会えたのに……」 「今のさーりゃんは最低だよ。ただ嘆き悲しむだけで、目の前の現実に対処しようともしていない……」 「そんな……仕方無いじゃない。目の前で先輩や貴明さんが死んでしまったのに……頑張れる訳無いじゃない……」 ささらが今にも消え入りそうなか細い声で、そう訴える。 だが麻亜子はそれには取り合わず、きりっと眉を吊り上げた。 「あたしは一生懸命戦った。さーりゃんを守りたくて、出来る限りの事をしたつもりだよ。 その結果あたしは死んじゃったけど、後悔はしてなかった。さーりゃんの事が、本当に好きだったから。それはきっとたかりゃんも同じだと思う。 それなのにさーりゃんがそんな調子じゃ、あたしもたかりゃんも何の為に命を懸けたか分からなっちゃうよ。 さーりゃんはあたしがいなくちゃ何も出来ないの?」 「――――!」 ささらの大きな瞳が見開かれるのを確認してから、続ける。 「それにさ――あたしもう行かなくちゃいけないんだ」 「…………っ!?」 言われてささらは、初めて気が付いた。 「せん、ぱい……から……だ……が……」 ――麻亜子の身体がどんどん薄れていっている事に。 麻亜子は寂しげな笑みを浮かべた後、言った。 「……当然でしょ? そう都合良く、ずっと夢の中に居ついたりなんて出来ないよ」 それが現実だった。 この場に麻亜子が居る事自体、既に奇跡以外の何物でも無いのだ。 「やだ……行っちゃ、やだ……」 ささらは目に涙を溜めて、悲痛な絶叫を上げた。 「やだやだやだっ!行っちゃやだぁーーっ!! 行かないで、先輩。 お願い……お願いきいてくれたら何でも言う事聞くからぁ……お願い――」 それは卒業式の時と同じ台詞。まるであの時の再現だった。 「何でもって言われるとさーりゃんに水着登校を強要したくなっちゃうけど」 ただ一つ、あの時と違うのは―― 「ムリだよ、もう。あたし死んじゃったもん……」 そう。これは、永遠の別れなのだ。 「せんぱい――」 「仕方が無いの。始めから決まってた事なの」 またあの時と同じように、麻亜子が諭すように言った。しかし―― 「仕方ないって――何がなの!? 何が始めから決まっていたって言うの!?」 これは二人だけの卒業式の時とは違う。 だからささらは叫んだ。腹の底から、思い切り声を絞り出した。 それでも麻亜子は悲しそうに目を閉じ、そしてゆっくりと首を横に振った。 「あたしが殺し合いに乗った時点で、さーりゃんとお別れしなくちゃいけないって事は、もう決まってたの。どうにもならなかったの」 「…………」 ささらは滝のような涙を流しながら、麻亜子の話を聞いている。 麻亜子は席を立って、ささらの目の前まで歩み寄った。 「あたしバカっこだから――この島に放り込まれた時、さーりゃんを助ける事しか考えられなかった。 他の人の事を考えてあげるなんて、出来なかった。でも……ダメだったね。あたしが人を殺しちゃった所為で、さーりゃんを悲しませちゃった。 嫌な思いをさせて、涙をいっぱい流させちゃって、たかりゃんまで死なせちゃって」 既に麻亜子の身体は、殆ど透明といえる状態にまでなっている。 それでも麻亜子はささらの手を握り締めて、話を続けた。 「ごめんね、さーりゃん。最後まで守ってあげたかったけど、もうお別れ。あたしはさーりゃんと一緒には居てあげられないよ。 でもね……それでもあたしね、さーりゃんが大好きだった。だからさーりゃんは――生きて。あたしとたかりゃんの分も、一生懸命生きて」 「いや、いやっ、いやぁぁぁぁ!」 ささらが絶叫する。麻亜子はそんなささらの頭を、優しく一度だけ撫でた。 精一杯の笑顔を作り、告げる。 「――――ばいばい、大好きなさーりゃん」 「せんぱああああああああああああああい!!」 くるりと背を向けて、麻亜子は旅に出た。 二度と戻って来れない、片道切符の旅に―――― そこでささらの意識は現実へと引き戻された。 目を開けると、綺麗なシャンデリアや天井が視界に入った。 それでささらは、自分が今教会に居るのだと悟った。 続いて聞き覚えのある声――藤林杏や春原陽平のものが、耳に届く。 まだ身体に重い疲労感は残っているし、また目を閉じれば眠る事は出来るだろう。 しかしささらは直ぐにその考えを打ち消す。 (先輩、貴明さん――私頑張ります。貴女達の分まで、一生懸命生きてみせます。だからどうか、ゆっくりと休んでください) しっかりと足を動かして、少女は自分の意思で、自分の力で、再び立ち上がった。 * * * 陽平と杏は古河渚と岡崎朋也の死体を埋葬した後、意識を取り戻したささらと情報交換を行っていた。 「そっか……河野とまーりゃんって奴は、最後にささらちゃんを守り抜いたんだね……」 「マナを殺した朝霧麻亜子は許せないけど――でも、ささらを守りたいって気持ちだけは本物だったのね……」 貴明達と岸田洋一の戦いの一部始終について聞かされ、陽平と杏は各々の感想を口にした。 ささらの説明によると、貴明は麻亜子を殺そうと暴走した後に、岸田洋一の襲撃を受けた。 追い詰められた貴明と麻亜子はささらだけでも救う為に、決死の自爆攻撃を仕掛けたとの事だった。 「あたし達も散々な目に合ったけど、そっちはそっちで大変だったのね……」 「杏さん達も……お友達の方と殺し合う事になってしまうなんて……」 杏とささらはお互いの境遇に心底同情を覚え、慰め合っていた。 友人と殺し合いになってしまったり、親しい人間が全員死んでしまったり、もう何もかもが滅茶苦茶だった。 だが陽平はそんな二人の会話を途中で遮って、一際強い口調で言った。 「それでも僕達はまだ生きている。此処で悲しみに暮れていても何も変わらない。だから行こう――この糞ゲームを、ぶっ潰す為に」 その通りだった。 杏もささらも頷いて、三人は出立の準備を始めた。 * * * 場所は平瀬村工場屋根裏部屋へと変わる。 主催者の監視方法を全て発見した姫百合珊瑚は、間髪置かずにハッキング作業へと移っていた。 この場所にはカメラも無い。盗聴器対策もしてある。発信機もパソコンから取り外している。 最早ハッキングを察知されてしまう可能性は皆無の筈であり、実際今の所作業は順調に進んでいた。 まずはいの一番に首輪の解除方法を調べ上げ、次は主催者に関するデータの取得へと移っている。 珊瑚の横では向坂環が、黙々と画面に表示されたデータを紙に書き写していた。 一方柳川祐也と倉田佐祐理は特に手伝える事も無いので、仲間達の亡骸を埋葬した後、外で夜風に当たっていた。 雨は何時の間にか上がっており、空には数え切れない程沢山の星が見える。 佐祐理が天を仰ぎ見ながら、感心しきった様子で声を洩らす。 「ふえー、相変わらずこの島の星空は凄く綺麗ですねー……」 「……そうだな」 柳川は素直な返答を返した。 天に浮かび上がっている星の数、星の煌きは、昨晩よりも増しているように思えた。 しかしやがて佐祐理が視線を下に伏せ、寂しげに呟いた。 「――でももう少しだけ早く雨が上がってくれれば良かったですね。そうすればゆめみさんにもきっと、この星空をお見せ出来たのに……」 ゆめみは今際の際に、星空を思い浮べて本来の役目を果たそうとしていた。 あの時、あの場所で星が見えたらどんなに良かっただろう。 しかし柳川は、淡々とした口調で言った。 「だが奴や七瀬が本当に望んでいたのはそのような事では無い筈だ。それは分かるな?」 「……はい。死んでしまった人達が望んでいるのは、残された仲間の幸せだと思います」 柳川は強く頷いた後、続けた。 「――恐らく、明日の晩までには全てが終わっているだろう。その時に俺達が生きていられるかどうか、確証など無い」 柳川は一旦言葉を切り、佐祐理の手を握り締めた。 間近でしっかりと佐祐理の目を見つめて、一つ一つ言葉を紡ぐ。 「良いか、倉田。万一俺が死んでしまっても、絶対に自分を見失うな。どんなに苦しくても最後まであがいて生を掴み取れ。それが、俺の望みだ」 それは諦観さえも感じさせる程の、悲痛な願いだった。 佐祐理は柳川の手をぎゅっと握り返した。 「……分かりました。でも佐祐理は、柳川さんと一緒に帰りたいです……」 「ああ、俺だって当然そう思っているさ。あくまで、万一の話だ」 その後は二人とも押し黙り、暫しの間場を沈黙が支配した。 二人は肩を並べ、唯只空を眺め続ける。 ふと柳川が空いてる方の手で時計を確認すると、思っていた以上に時間が経過していた。 「そろそろ戻るとするか。此処で余り時間を食う訳にもいかんしな」 「……はい」 これで見納めになるかも知れないとは言え、いつまで星空を眺めている訳にはいかない。 二人は手を繋いだまま、工場の中へと戻っていった。 柳川達が屋根裏部屋に戻った時にはもう、ハッキング作業はかなり進行していた。 柳川は環が書き上げた紙を受け取り、じっくりと目を通していく。 一枚目は主催者側の人員についてのデータだった。 どうやらゲームの運営に関わっている者達のデータは、主催者側のホストコンピューターにも無かったらしい。 それでも主催者が誰であるかといったデータだけは、かろうじて見つけられたようだ。 そして主催者の名前を目にした瞬間、柳川も佐祐理もかつてない程の戦慄を覚えた。 その様子を見た環が、紙にペンを走らせる。 『驚きましたか?まさかこれ程の地位を持った人間が黒幕だったなんて……』 『ああ。篁財閥総帥――俺が知る限りでは、最悪の相手だ』 佐祐理もペンを握り締め、肩の痛みを堪えながら書いた。 『篁財閥って……ここ数年で急成長を遂げた超巨大グループですよね』 『それだけじゃないぞ。俺は職業柄日本の裏事情に詳しいが、篁財閥の黒い噂は絶えず耳にする。篁は色々と非合法な手段も用いて、巨財を築いてきた。 にも拘らず警察ですら手を出せない程、篁財閥は巨大となってしまったんだ。篁の個人資産は100兆円を越え、世界中のエネルギーも半ば掌握している。 篁本人がどんな人間かは知らないが、圧倒的な技術と資金力――奴が世界の影の支配者だと言っても過言ではない』 書き綴られた内容を読んだ佐祐理が、大きく息を飲む。 世界の影の支配者――そんな存在に対して、自分達は本当に対抗し得るのだろうか? 『そうですね……こんな恐ろしい物まで開発するくらいですから』 環はそう書いた後、大きな字で『ラストリゾートその詳細について』と記された紙を手渡してきた。 (ラスト……リゾート……だと?) 柳川はそれを受け取り、佐祐理と一緒に熟読していく。 そして二人は、先に倍する戦慄を覚えた。 ――ラストリゾート。 強力なエネルギーの場を対象の周辺に発生させ、物理的な力や熱、光、電磁波などを遮断する装置。 どんなに切れ味鋭い剣も、大口径の銃弾も、恐らくは核による攻撃ですらも通さない。 己の肉体を用いた直接攻撃以外は完璧に防ぐという、絶対無敵究極の防御システム。 それがこの島の地下に設置されているというのだ。 続けて残りのデータに目を通していくと、三枚目はこの島と、主催者が潜伏していると思われる地下要塞の詳細図だった。 まずこの島は、主催者が準備した『メガフロート』という巨大な浮体構造物――つまり人工島であるという事。 そして地下要塞の入り口は数箇所あり、本当なら扉にはロックが掛けられているらしいが、それは珊瑚によって解除済みらしい。 そして要塞内部には『ラストリゾート』、首輪爆弾の遠隔操作用装置、そして要塞の心臓部である巨大シェルター『高天原』があるという事だった。 要塞の大半の機能は『高天原』で管理しているようだから、そこを制圧しさえすれば全ては終わる。 しかし『ラストリゾート』と言う最悪の防御システムを破壊しなければ、恐らく心臓部は落とし切れまい。 篁がどれだけの戦力をこの島に連れて来ているかは分からないが、素手で倒し切れる程甘い敵では無いだろう。 それが、柳川の推察だった。 四枚目――最後の一枚は、首輪の解除手順図だった。 前のようにダミーである事も考えられなくは無いが、ハッキングが見つかっていない限りはまず大丈夫だろう。 そしてこれ程までに様々な情報を引き出せたのだから、少なくとも今はまだバレていない。 つまりこの首輪解除手順図は、本物であると判断して良い筈だった。 全てを読み終えた柳川は、大きく一つ、息を吐いた。 ハッキングが成功したのは間違いなく僥倖だが、色々と整理しなければいけない情報が多過ぎる。 それにある程度覚悟してはいたが、敵は予想以上に巨大な存在であり、驚異的な設備も準備していた。 これから先の事を考えると、どうしても気が重くなってしまう。 ともかく、一人で攻略計画を練れるような易しい状況では無いし、まずは皆と良く話し合わねば―― そこで柳川は、珊瑚がまだ何か作業をしている事に気付いた。 あらかた情報は引き出し終えた筈なのに、一体何を? 『おい、向坂。今姫百合は何の作業をしているんだ?』 『珊瑚ちゃんは……首輪爆弾の遠隔操作用装置をコントールしているシステムと”ロワちゃんねる”を乗っ取ろうとしているらしいです。 そうすれば”ロワちゃんねる”上で首輪の無効化に成功した旨を伝える事によって、この場に居ない人達も皆救えるって言っていました』 『何だと……?』 柳川は眉間に皺を寄せて、怪訝な表情を浮かべた。 確かに首輪の解除方法を入手しただけでは、この場に居る人間以外は救えない。 後々友好的な者と合流して首輪を外す事は可能だとしても、島に居る全ての人間と合流するなど到底無理だろう。 そう考えれば、『ロワちゃんねる』と首輪遠隔操作システムを乗っ取るのは非常に有効な手段だと言える。 首輪を無効化し、『ロワちゃんねる』の内容を書き換える事によってそれを証明出来れば、島中の人間を味方に付けられる。 それは島中の人間を救う事でもあり、主催者の打倒に繋がる事でもあるのだ。 しかし――幾らなんでも、危険過ぎるのではないか。 自分は特別機械に詳しい訳では無いが、データを盗み出すよりも、システムそのものを乗っ取る方が遥かに困難なように思えた。 そしてもし主催者に気付かれてしまえば、今度こそ確実に珊瑚は殺されてしまうだろう。 ◆ 珊瑚は無我夢中で、ノートパソコンのキーボードを叩いていた。 その指の動きは目にも止まらぬ速度であり、在り来たりなセキュリティのシステムならば一瞬で乗っ取れただろう。 実際『ロワちゃんねる』の方は、難無く管理権限を奪い取る事に成功した。 しかし首輪遠隔操作システムのセキュリティは桁外れであり、最新の規格による設備で強固な守りを誇っていた。 それでも突破し切る自信はある――否、絶対に突破しなければならない。 もし首輪遠隔操作システムを乗っ取れなかったとしたら、首輪は直接解除する以外に対処法が無くなる。 それでは運良く自分達と出会えた人間以外は救えないし、主催者打倒の際に協力して貰う事も出来ないだろう。 此処で首輪遠隔操作システムを掌握せねば、この島で行われている殺し合いは止め切れないのだ。 だからこそ、絶対にやり遂げなければならない。 前回参加者達が遺してくれたCD、そして瑠璃達が守り抜いてくれた自身の命、懸けるべきは今この時だ。 珊瑚は一つずつ丁寧に丁寧にセキュリティを突破してゆき、首輪遠隔操作システムの中核へと迫っていく。 ここからは、時間の戦いだ。 主催者に気付かれる前に、作業を全て終えれば自分の勝ち。 作業の終了前にハッキングが行われている事に気付かれてしまえば、自分は首輪爆弾で殺されてしまうだろう。 主催者からすれば誰がハッキングしているか、突き止める必要もないのだ。 最早生き残っている人間でハッキング出来る能力がある者など、珊瑚以外居ないのだから。 ――突破すべきセキュリティシステムは、後二つ。 珊瑚は普段ではまず見せぬくらい真剣な表情で、ディスプレイに張り付き直す。 指は先程までよりも更に早い動きで、キーボードのボタンを叩いてゆく。 視界の端に、心配そうな顔でこちらの様子を窺っている環達の姿が映ったが、構ってなどいられない。 全身全霊を以って、防御の弱い部分を探し当て、すかさず突破する。 ――突破すべきセキュリティシステムは、後一つ。 そこで異変が起こった。 「ひ、姫百合さん、首輪がっ……!」 佐祐理が驚きの声を上げる。 珊瑚がその声に反応して視線を一瞬下に向けると、チカチカと赤い光が点滅しているのが見えた。 ピピピピ、という耳障りな電子音も聞こえてくる。 とうとう主催者にハッキングがバレてしまったのだ。 「珊瑚ちゃん、そこまでよ! 作業は止めて首輪を外しなさい!」 声を張り上げて叫ぶ環だったが、珊瑚はまるで取り合わない。 珊瑚からすれば、このタイミングで自分の首輪を外そうとするなど有り得ない話だった。 敵に一度時間を与えてしまえば、外部とのネットワークを断ち切られてしまうだろう。 ハッキングに気付かれてしまった以上、首輪遠隔操作システムを乗っ取る好機は今だけなのだ。 柚原このみの爆弾が爆発するまでは1分近くあったという話なのだから、問題無い。 自分の首輪が爆発するまでにシステムを乗っ取り、作動した爆弾を止めれば良いだけの事――! 珊瑚は最後に一際強い力を籠めて、キーを押した。 ――ピーッ…………、という音がした。 「……出来たっ! 首輪遠隔操作システムはウチが乗っ取ったで!」 珊瑚が立ち上がってそう叫ぶと、環も佐祐理も外まで響きそうな程大きな歓声を上げた。 「偉いっ! 良くやったわ!」 「珊瑚さん、凄いです!」 これで主催者は首輪爆弾を操作出来ないし、このゲームを成り立たせる最大の要因が消えた事となったのだ。 此処から上手く立ち回れば、十分に殺し合いを止められるだろう。 珊瑚は思わず肩の力を抜いて、柔らかい笑みを浮かべてしまう。 自分はやり遂げた。前回参加者の分も、死んでしまった瑠璃達の分も、戦い抜いたのだ。 しかし喜んでばかりもいられない。 まずは自分の首輪爆弾を停止させて、窮地を脱しなければならないのだから。 珊瑚は腰を落とし、首輪遠隔操作システムを操作して――すぐに、大きく目を見開いた。 慌てて何度か同じ操作を繰り返してみるものの、結果は変わらない。 珊瑚は急に立ち上がり、ゆっくりと環達の方へと振り向いた。 ◆ 柳川は珊瑚の首輪がまだ点滅しているのを見て取り、訝しげに口を開いた。 「どうしたんだ? 早くシステムを操作して、首輪の爆弾を解除しないと間に合わなくなるぞ?」 それはその通りで、もう首輪を直接外している時間すら無い。 今すぐに遠隔操作システムを動かさねば、手遅れになってしまうだろう。 だが珊瑚は儚げな笑みを浮かべて、ぼそりと呟いた。 「アカンよ……。だって首輪遠隔操作システムは爆弾を作動させれるけど、止める事は出来へんみたいやから」 「「「…………は?」」」 一同は揃いも揃って呆然と声を洩らす。 つまり首輪遠隔操作装置は宮沢有紀寧のリモコンと同じで――起爆専用の装置だったのだ。 「ウチはここまでみたいやけど……皆は生きてね。後もうちょっとやと思うから……頑張って、主催者をやっつけてね」 珊瑚はそれだけ言うと、仲間と少しでも距離を取るべく全速力で駆け出した。 誰も反応出来なかった。 首輪の点滅が更に勢いを増してゆき、屋根裏部屋中に電子音が響き渡る。 そして、足音。 環が振り向くと、そこには藤林杏や見知らぬ少年、そして――久寿川ささらが立っていた。 「ささらっ!?」 叫び声の上がる中、一瞬で状況を見て取ったささらは素早く謎のスイッチを取り出した。 押せば楽になれるという、未だ詳細不明の危険な物体。 しかしささらは、何の躊躇も無くそのスイッチを押した。 ――周囲を白い閃光が覆った。 閃光が止んだ時、その場に残っていたのは柳川祐也、倉田佐祐理、向坂環、春原陽平、藤林杏。 そして――姫百合珊瑚と久寿川ささらもまた、無事に生存していた。 久寿川ささらの持っていた謎のスイッチとは、前回参加者のメモにあった『作動した首輪爆弾解除用の電磁波発生スイッチ』だったのだ。 【時間:3日目4:30】 【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】 柳川祐也 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】 【状態@:呆然、左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・亀裂骨折は若干回復)】 【状態A:内臓にダメージ、軽度の疲労】 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】 倉田佐祐理 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】 【状態1:呆然、軽度の疲労、留美のリボンを用いてツインテールになっている】 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(動かすと激痛を伴う、応急処置済み)】 【目的:主催者の打倒】 姫百合珊瑚 【持ち物@:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】 【持ち物A:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】 【持ち物B:ゆめみのメモリー(故障中)】 【状態:疲労大】 【目的:主催者の打倒】 向坂環 【所持品@:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】 【所持品A:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】 【状態@:呆然、後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に軽い痛み、脇腹打撲】 【状態A:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、軽度の疲労】 【目的:主催者の打倒。まずは最大限に頭を使い、今後の方針を導き出す】 春原陽平 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】 【状態:右脇腹軽傷、全身打撲(大分マシになっている)・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】 【目的:ゲームの破壊、杏と生き延びる】 藤林杏 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、支給品一式】 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】 【状態:軽度の疲労、右腕上腕部重傷、左肩軽傷、全身打撲】 【目的:ゲームの破壊、陽平と生き延びる】 ボタン 【状態:健康、杏の鞄の中にいる】 久寿川ささら 【持ち物1:電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、残電力は半分)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】 【持ち物2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】 【状態:中度の疲労、右肩負傷(応急処置及び治療済み)】 【目的:麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】 【備考】 ・屋根裏部屋の床に『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図(本物)』 が置いてあります。今作で書かれている以外の詳細は後続任せ。 ・『高天原』には要塞の大半の機能をコントロールする設備があります ・『ラストリゾート』は非常に強力なバリアを発生させるシステムですが、設備そのものを破壊すれば止まります。 ・ささらの持っている電磁波発生スイッチは一度使用するごとに、電力を半分消費します。その為最高でも二回までしか連続使用出来ません。 ・珊瑚が乗っ取ったのは、首輪遠隔操作装置のコントロールシステムであり、装置そのものではありません。 主催者の対応次第では、首輪遠隔操作装置が再び機能してしまう可能性もあります。 ・『ロワちゃんねる』はネット上にある為、珊瑚が完全に掌握しました。 ・主催者の居る地下要塞の出入り口は、全てロックが外されました。 ・七瀬留美・橘敬介・ほしのゆめみ・リサ=ヴィクセンの死体は平瀬村工場傍に埋葬されました。 ・岡崎朋也・古河渚の死体は教会傍に埋葬されました。 - BACK