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「―――つまらないことで時間をつぶしていただいては困りますね」

冷水を浴びせかけるような声で、観月マナは気がついた。
切れ切れになっていた意識が繋がっていく。

「ここ……は」

次第にはっきりしてくる視界に映る景色は、変わらぬ森の中。
しかし二つだけ、記憶と違うものがあった。
一つは空だ。曇っていたはずの空に、眩しい太陽が顔を覗かせている。
そしてもう一つは、

「お久しぶりです」

眼前に立つ、少女の姿であった。
諦念と屈折に凝り固まったような瞳。
手にした本は少女には不釣合いなほど大きく、分厚い。
異様なのは、その本が内部から発光しているように見えることだった。
色は真紅。光は、まるで鼓動を打つかのように脈動していた。

「里村……茜、さん」

マナが、その名を口にする。
記憶の欠落していた間の経緯。現在の時間、位置、状況。
いくつもの疑問が脳裏をよぎるが、それらを抑えてマナの口から出ていたのは、たった一つの問いだった。

「どうして……ここに?」

途端、茜が口の端を上げた。
嘲弄と侮蔑の入り混じった、悪意ある笑み。

「どうして。……どうして、と訊くのですか、私に?
 つまらない路傍の小石に躓いてもがいていた貴女を助け起こした私に?」
「あたしを……助けた……?」

呟いて記憶を辿ろうとするが、どうにもはっきりしない。
朝、目覚めてから図鑑の青い光に導かれて歩き出したところまでは覚えている。
北に向けて歩いていたはずだが、そこから先の記憶が急速にぼやけていた。
脳裏には断片的な映像だけが浮かぶ。
凶悪な面構えの軍人らしき男性。無数に存在する、同じ顔をした少女。陽射し。赤い、光。

「……気にしなくて結構ですよ。こちらにも利のあることでしたので」

言って、茜が話を打ち切った。
マナもそれ以上考えるのをやめ、茜に向き直る。
茜の手にしたGL図鑑の真紅の光に同調するように、BL図鑑もまた青い光を脈動させていた。

「その光……濁ってる」

どくり、どくりと脈打つ真紅の光を見据えて、マナが呟いた。
その言葉どおり、茜の手にした図鑑から発せられる光は、マナの透き通ったそれと違い、
まるで粘り気のある血を垂らし乱暴にかき混ぜたように濁り、中を見通すことができない。
緋色の光が時折揺らめき、光の粒を零すその様は、

「まるで……泣いてるみたい」
「……」

その言葉に、茜はほんの少しだけ目を細めると、己の図鑑とマナの図鑑を見比べるように視線を走らせた。
微笑から、僅かに悪意の色が薄れる。

「……安心しました」
「……?」

意図を測りかね、眉根を寄せるマナを気にした風もなく、茜が続ける。

「下らない子供だましに踊らされていたので、心配していたのですよ。
 BLの力、私の想像よりも遥かに小さいのではないかと」
「……!」
「ですが、杞憂だったようです。この力―――、」

と、手にした図鑑を掲げてみせる。

「哭いていると、そう感じられたのなら及第点……いいえ、そうでなくては困るというものです。
 どうやら聞こえているようですね、黙示録の声が」

黙示録、と呼ばれた瞬間、茜の手にした本から発せられる赤い光が一際強く輝いた。
それを目にして、マナは小さく首を振ると口を開く。

「―――違うよ」
「違う……?」

意外な言葉だったのか、茜が問い返す。
マナは、己の図鑑を胸に掻き抱くようにすると、茜の瞳を真っ直ぐに見据えて言った。

「違う。この子は、そんなのじゃない」
「そんなの……とは、黙示録のことですか? ……ああ、あなた方はBL図鑑と呼んでいるのでしたか」
「そうじゃない」

きっぱりと、マナは茜の言葉を否定する。

「そういうことじゃないよ。……あなただって、この子たちの声が聞こえるなら分かってるはずでしょう?」
「……」
「この子たちの、本当の名前は―――」
「―――黙りなさい」

マナの声を遮るように、茜が強い口調で言い切った。

「……妄言は結構です。それよりも、よろしいのですか?」
「……何のこと?」

畳み掛けるように、茜が話題を転換した。
思わせぶりなその言葉に、怪訝な表情でマナが問いただす。

「どうやら貴女のお仲間の身が危ういようですが。……キリシマ、といいましたか」
「な……、キリシマ博士が……!?」

マナが色めき立つ。

「このままでは……まぁ、酷い目に遭ってしまわれるかもしれません」
「……っ!」
「行ってさしあげてはいかがですか? ……その道を走れば、すぐですよ」

そう言って、茂みの向こうに伸びる林道を指差す茜。
反射的に走り出しかけたマナだったが、しかし一歩目を踏み出したところで足を止めた。

「……」
「どうしました? 急がないと手遅れになりますよ」

茜の言葉にも、マナは足を進めることもない。
代わりに口を開いた。

「……どうして?」
「……なぜGLの私が、貴女を助けるような真似をするのか、ですか?
 簡単な話です……今この場では、そうすることが必要だった。それだけのこと」

事も無げに、茜はそれを口にした。

「終焉へと向かうこの世界で、私が何をすべきなのか……それは黙示録の告げるままに。
 私はただ、定められた時の流れに従っているだけなのですよ」

真紅の光を放つ本を撫でながらそう言うと、茜は声もなく笑い、踵を返した。
もはや話すことなど何もないとでもいうようなその背中に、マナは小さく首を振る。
そうして一瞬だけ手の中の蒼い光に目をやると、今度こそ駆け出した。
背後から、茜の呟くような声が聞こえてくる。

「終わりの時、終わりの始まる場所で……私たちはもう一度会うことになると、黙示録は告げています。
 ―――世界の最後で、また会いましょう」

独り言めいたその言葉だけを残して、気配が遠ざかっていく。
マナは振り向かず走り続ける。
応えるように、口の中だけで小さく呟いた。

「……世界の最後? させるもんか、そんなこと」

ぐ、と手のBL図鑑を握り締める。
まるで蒲公英の綿帽子のように光が溢れ、きらきらと弾けて消えた。
光の軌跡を残しながら、マナは走り続ける。

「うん、終わりになんて、絶対にさせない。
 BLの力は……ううん、きっとGLだってそんなの、望んでやしないんだから……!」

それきり口を閉ざすと、マナは足を速めた。
手の中の図鑑は、ただ静かに蒼い光を放っている。




【時間:2日目午前11時ごろ】
【場所:G−4】

観月マナ
【所持品:BL図鑑・ワルサー P38・支給品一式】
【状態:電波の影響から脱出・BLの使徒Lv2(A×1、B×4)】
『御堂(誰彼)×七瀬彰(WHITE ALBUM)   ---   クラスB』
『七瀬彰(WHITE ALBUM)×芳野祐介(CLANNAD)   ---   クラスA』

里村茜
【持ち物:GL図鑑(B×4、C×無数)、支給品一式】
【状態:異常なし】
『巳間晴香(MOON.)×相楽美佐枝(CLANNAD)   ---   クラスB』
『砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)…… --- クラスC』



【場所:D−6】

御堂
 【所持品:なし】
 【状態:不明】
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