親友




首輪が爆発した影響で、礼拝堂は眩いばかりの閃光に覆い尽くされていた。
その光景を直視していた藤林杏は、一時的に視力が低下してしまっていた。
(……渚はどうなったの!?)
あの轟音と爆風から察せば結果は一つ有り得ない筈だが、万が一という事もある。
いや――どうか、奇跡が起こっていて欲しい。
さもなくば岡崎朋也は、この世で最も見てはいけない物を目撃してしまったという事になるのだ。
しかし十数秒後、視界が回復した杏の目に飛び込んできたのは、最悪の光景だった。
「なぎ……さ……朋也……」
杏の瞳には、目を大きく見開きながら立ち尽くす朋也と――首から上を失った渚の死体が映し出されていた。

杏と春原陽平が呆然と眺め見るその先で、朋也は酷く掠れた声を絞り出す。
「渚……嘘だろ……?」
何かに縋るように、目の前の現実を否定するように、朋也は足を前に一歩踏み出す。
しかしそれを待っていたかのようなタイミングで、渚の残された身体がドサリと地面に倒れ込んだ。
胴体の上端部が血を垂れ流し、床を赤く染め上げる事によって、朋也に現実を突き付ける。
「嘘だ……こんなの嘘だあああああああああああああああああああっ!!」
朋也の絶叫が、礼拝堂の中に空しく響き渡った。

杏が柊勝平を殺してしまった時とすら、比べ物にならぬ悲劇。
朋也は自らの恋人が只の肉塊と化す一部始終を、その目で確認してしまったのだ。
杏はその胸中が痛い程によく感じ取れ、慰めの言葉一つ発する事が出来なかった。
その状態のまま無限にも感じられる時間が経過し、やがて朋也が杏の方へと首を向けた。
「……どういう事だ」
杏は思わず息を飲む――決然とした光を宿していた朋也の瞳が、今はもう虚ろな洞のように昏く濁っていた。
「有紀寧は死んだ。首輪のタイムリミットも、まだまだ先だった筈だ。なのにどうして渚はこんな目に合ってしまったんだ?」
いつもの朋也とは似ても似つかぬ重い声で問い掛けてくる。
それでも自分は説明せねばならない。事の顛末と、自分達の過ちを。

――渚と電話で連絡を取った後、教会を訪れた事。
自分達は首輪解除用の手順図を持っていたので、それに沿って正確な作業を行った事。
にも拘らず首輪が突然点滅を強め、爆発してしまった事。
杏はぎこちない口調ながらも、これまでの流れをきちんと順序立てて説明した。

◆

説明を受けた朋也には、何故首輪が爆発してしまったのかすぐ理解出来た。
杏達は主催者が準備したという解除手順図のダミーを使用してしまったのだ。
「朋也……ごめんね……ごめんね……」
「岡崎……本当にごめんな……。僕達が余計な事をしたばっかりに……!」
杏と陽平が深々と頭を下げながら、何度も何度も謝罪の意を伝えてくる。
しかし、朋也は思う。
謝る必要など無いと。
結果はどうあれ、彼らは必死に渚を救おうとしてくれたのだ。
それに自分が杏や陽平と似た状況だったとしたら、同じ過ちを犯してしまっていただろう。
にも拘らず彼らを責めたり恨んだりなど、出来る筈が無いではないか。

だが――渚は自分の全てだった。
人間の暖かさも、優しさも、愛しさも、全て渚が教えてくれた。
肩を壊し自暴自棄になっていた自分を、渚が救ってくれた。
そして自分もまた、これまで少なからず渚を支えてきたという自信がある。
坂の前で立ち尽くしていた渚の背を押しもしたし、演劇部の発足にだって尽力した。
自分にとっても渚にとっても、お互いがお互いに掛け替えの無い存在だった筈だ。
自分と渚は二人が揃って初めて一つの完成形を成す、いわば一心同体と言える生物だ。

自分は未来永劫、渚と支え合っていくつもりだった。
自分の体が呼吸するのも、心臓を動かすのも、全ては渚と共に生きてゆく為だ。
だからもう、これから取るべき道は一つしか残されていない。
自分の半身を取り戻せる可能性の前には、友情も、倫理観も、取るに足らない物だ。
「謝る必要はねえよ。だってお前達は……」
朋也は鞄の中に仕舞っていた物を握り締めた後、おもむろに腕を振り上げた。
「――此処で死ぬんだからな」

◆

「え……?」
杏は目の前で起こっている事態が信じられず、酷く場違いな間の抜けた声を洩らした。
それも当然だろう――友人である筈の朋也が、突然トカレフ(TT30)の銃口を向けてきたのだから。
「岡崎……お前、復讐するつもりなのか? 僕達を許せないから殺すって事なのか?」
聞こえてきた声に視線を移すと、陽平が呆然としているような、泣いているような、半端な表情を浮かべていた。
恐らくは自分もまた、同じような顔をしてしまっているのだろう。
確かに朋也が怒るとは思っていたし、一発や二発殴られる覚悟はしていた。
しかしまさかあの朋也が怒りに任せて自分達を殺そうとするとは、予想だにしていなかった。
狂気に取り憑かれていた勝平と同じように、朋也もまた狂ってしまったのだろうか。

だが朋也はゆっくりと首を振り、冷静に、静かに、言った。
「別にそんなつもりじゃねえよ。お前達はお前達なりに、渚を助けようとしてくれたんだろ?
 だったら俺は、お前達を責めたりしない。ただ、俺は」
そこで乾いた銃声が、響き渡った。

「――優勝して、渚を取り戻さなきゃいけないだけだ」

杏は自分が撃たれたのかと思い一瞬目を瞑ってしまったが、すぐにそうでは無いと気付く。
目を開くと、陽平の身体がぐらりと傾いている所だったのだ。
「るーこ……杏……僕は――」
それだけ言い残すと、陽平の身体はゆっくりと地面に沈んでいった。

「よ、陽平――――っ!!」
杏は形振り構わず陽平の元に駆け寄ろうとしたが、突如心臓を氷の手で鷲掴みにされたような寒気を覚えた。
その感覚に従い足を止めると、自分のすぐ前方にある床が銃声と共に弾け飛んだ。
「……次はお前の番だ」
「くぅっ……!」
後ろから声が聞こえてきたとほぼ同時、杏は振り返りもせずに真横に跳ねる。
また銃声が耳に届き、杏は左肩の端にじりっと焼け付くような感触を覚えた。
頭の中が悲しみやら驚きやらでごちゃ混ぜとなっているが、これだけは確信を持てる。
朋也は間違いなくゲームに乗ってしまい、自分の命を狙っているのだ。
そして朋也に撃たれた陽平は、恐らく危険な状態に陥ってしまっているだろう。

戸惑っている時間も、躊躇している猶予も、今の自分には与えられていない。
杏は唇横一文字に引き締めて、混乱に支配された頭脳を無理矢理動かしていた。
(……どうすればいいのっ!?)
説得を試みるような猶予は到底与えられないだろうし、仮に話が出来たとしても受け入れてはくれまい。
殺すしか無いのか?……有り得ない。友人を殺すなど、絶対に有り得ない。
かといってこのまま逃げているだけでは、陽平の怪我がますます悪化して手遅れになってしまうかも知れない。
ならば、此処から取り得る選択肢は一つだけ――まず朋也を沈黙させ、それから陽平の治療を行う。

「頭を冷やしなさいっ!!」
杏は鞄の中に手を突っ込んで、振り向き様に和英辞書を思い切り投擲した。
辞書は朋也の手元へと正確に吸い込まれてゆき、その衝撃でトカレフ(TT30)が弾き飛ばされた。
杏はその隙を見逃さずに、素早く前方へと駆けて朋也に肉薄する。
下から振り上げる形で、手に握り締めた物体――スタンガンを、朋也の腹部目掛けて突き出す。

「――――ッ!?」
だが目標に到達する寸前で、杏の手首は朋也にしっかりと掴み取られる。
手を伸ばせば届く程の距離で、二人は力比べを行う事となった。
杏は朋也を気絶させるべく、腕を伸ばしきろうと思い切り力を入れる。
朋也は窮地を脱するべく、杏の手を遠ざけようと渾身の力を振り絞る。
「何考えてんのよっ! あんたまで主催者がついた嘘に騙されちゃったっていうの!?」
「――騙された訳じゃない。多分嘘だって事くらい、分かってるさ。
 それでも俺は! 0,1パーセントでも可能性があるなら、それに賭けるしかねえんだ!」
間近で顔を突き合わせた状態のまま、悲痛な叫びを上げる朋也。
それを耳にした杏は、戦いの最中にも拘らず胸が締め付けられる思いに襲われた。
とどのつまり朋也は、主催者が恐らく嘘をついていると判断した上で尚、殺し合いに乗ったという事。
朋也にとって渚はそれ程大切な存在であり、彼は有るかどうかも分からない可能性に賭けて全てをかなぐり捨てているのだ。

片目を失っているとは言え、単純な力比べなら体格に勝る朋也が圧倒的に有利だ。
押し合いの均衡はすぐに打ち破られ、杏は後方へと弾き飛ばされた。
たたらを踏んで後退する杏だったが、朋也は追撃を仕掛ける事無く地面に落ちたトカレフ(TT30)の方へと駆けてゆく。
その後ろ姿は杏からすれば余りにも無防備であり、銃で狙えば確実に撃ち殺せるように思えた。
杏の鞄にはドラグノフやグロック19が入れられており、そのどちらでも致命傷を与える事が出来るだろう。
しかしそのような方法で朋也を倒しても、まるで意味が無い。
あくまで杏の目標は、朋也を殺さずに制止する事と、陽平の救出なのだから。

杏は大地を蹴って、朋也の背中に追い縋った。
朋也が背中を丸めてトカレフ(TT30)を拾い上げようとしたその瞬間に、半ば飛び込む形で組み付く。
「ぐっ……がっ……!?」
杏は飛び込んだ勢いのまま朋也の背中に掴みかかり、間髪置かず彼の首に腕を巻きつけた。
どう考えてもこの場での説得は不可能なのだから、多少手荒な手段を用いてでも朋也の意識を奪うしかない。
そう判断した杏は、全く躊躇せず両腕に力を篭めてゆく。

◆

一方首を強く圧迫された朋也は、何とか逃れようと必死にもがいていた。
「がっ……おおおっ……!」
息が出来ない。
全身のあらゆる器官が酸素不足を訴え、体から少しずつ力が抜けていく。
「ぢぐ……しょう……!」
杏を引き剥がすべく、両腕を総動員するものの、後ろを取られている為に満足な成果は得られない。
せいぜい杏の腕を掻き毟るのが限界だ。

そうやっている間にも、段々視界が白く霞んでゆく。
少しでも抵抗の意志を緩めれば、すぐさま気絶させられてしまうだろう。
しかし朦朧とする意識の中で、朋也は思った。
――絶対に屈する訳にはいかないと。
此処で自分が意識を手放してしまえば、武器を奪い取られ優勝が遠のいてしまう。
此処で敗北する事は、渚を取り戻せる可能性がより小さくなってしまうという事。
それでは何の為に親友の陽平さえも手に掛けたのか、分からなくなる。
故に、負けられない。

――ブチブチッと、嫌な音がした。

「ああああああっ!?」
鮮血が飛び散り、杏が絶叫を上げる。
朋也は自身の首を締め上げる杏の腕に、まるで肉食獣のように噛み付いたのだ。
「うああああっ……!」
杏が心底苦しげに呻き声を洩らすが、構ってなどいられない。
朋也は残された力を振り絞り、全身全霊で顎を噛み締める。
後少しで標的の筋組織を根こそぎ噛み千切れるという所で拘束が解け、すかさず朋也は離脱した。

「――――フ、ハァ、ハァ…………」
朋也はトカレフ(TT30)を拾い上げた後、大きく呼吸を繰り返し、体の隅々に酸素を提供した。
杏が真っ赤な血の滴る腕を押さえながら、睨み付けてくる。
「こんな事するなんて……あんたおかしいよっ……!」
「言っただろ、俺は優勝しなくちゃいけないって。その為には手段なんて選んでられねえんだよ」
朋也は事も無げにそう吐き捨てた後、トカレフ(TT30)の銃口を杏に向けた。
その様子を眺め見た杏は、絶望に顔を大きく歪める。

「……仮に優勝の褒美が本当だったとしても、あんたはそれで良いの?
 友達も罪の無い人も全部殺して、この殺し合いを引き起こした張本人の主催者に媚を売って、それで満足なの!?」
殆ど泣きそうな表情で、必死に訴えかけてくる杏。
だが朋也はあくまで冷静に、決して揺るがぬ意志を籠めて、言った。
「――ああ。俺は世界の全てと引き替えだとしても、渚を生き返らせたい。その為になら幾らでも手を汚すし、後悔なんてしない」
それが朋也の行動理念であり、価値基準でもある。
友人に対しての情が無い訳ではない。
主催者に対しての怒りが無い訳ではない。
殺人に対しての禁忌が無い訳ではない。
ただ自分にとって渚は別格の存在であり、何事よりも優先するというだけだ。

杏が一度目蓋を閉じた後、悲しみの色に染まった目をこちらに向けてきた。
「渚は……こんな事、望んでないわよ」
「だろうな。でも俺はこうするしか無いんだ。じゃあな――きょ……ガッ!?」
朋也が最後の言葉を言い切る寸前、一際大きな銃声がした。
途端に朋也は腹部に凄まじい激痛を感じ、地面に崩れ落ちる。
その最中、朋也は見た。
視界の端で、先程確かに撃ち抜いた筈の陽平がワルサーP38を構えているのを。

◆

「陽平!?」
杏が驚きの声を上げる。
陽平は哀愁に満ちた光を宿した瞳で、地面に倒れた朋也へ視線を送った。
「岡崎……お前も僕と同じだったんだね。たった一人の女の子が何よりも大事で、どうしても守りたくて、それでも守り切れなくて……」
その言葉だけで朋也は、陽平の身に何が起きたかを理解出来た。
陽平と互いを庇い合っていた少女――ルーシ・マリア・ミソラがこの場に居ないという事は、結論は一つ。

「……そうか。お前はるーこって奴を失ったんだな」
「そういう事さ。だからこそ分かる――お前はもう、絶対に止まらないって」
陽平はそう言うと朋也の傍まで足を進め、銃口を突き付けた。
その行動の意味を理解した杏が、慌てて口を開く。
「あ……あんたまさか朋也を殺すつもり!?」
「ああ。そうしない限り、コイツは止まれないからね」
「そんなの……分からないじゃない!時間を置いてから話し合えば、きっと……」
なおも食い下がろうとする杏だったが、陽平はゆっくりと首を横に振った。

それから陽平はゆっくりと、一つ一つの意味を噛み締めるように言葉を紡いでゆく。
「岡崎と僕は殆ど同じなんだ。岡崎にとって古河が全てだったように、僕にとってはるーこが全てだった。
 ただ僕は褒美の話をどうしても信じれなかったけど、岡崎は少しだけ可能性があると思ってしまったんだよ。
 そして僅かでも希望を持ってしまったら、もう止まれない。コイツは古河も自分自身も望んでない道を、走り続けるしか無くなるんだ」
そこまで聞かされて、杏は何も言えなくなってしまった。
それ程に陽平の言葉には重みがあり、真実を的確に指摘していたのだ。

朋也が鮮血混じりの息を吐いた後、言った。
「春原……最後に三つだけ、良いか?」
陽平が頷くのを確認してから、朋也は弱々しい声で続ける。
「一つ目……どうしてお前、動けるんだ? 俺は確かにお前の腹を撃ち抜いた筈なのに……」
それが朋也にとって、一番の疑問だった。
一撃で致命傷となるかは分からないが、少なくとも腹を撃たれてしまえば身動きなど取れぬ筈。
それがどうして、こうも平然と立っていられるのだ?

陽平は服の端を捲り上げ、撃たれた箇所を示して見せた。
――脇腹の端に、言い訳程度の小さな傷があった。
陽平が助かった理由は只一つ。朋也は陽平を撃った時、無意識のうちに照準をずらしていたのだ。
「岡崎、お前はやっぱり甘い奴だよ。あの時僕は反応出来なかったのに――お前は敢えて急所を外して撃ったんだから」
「……何だ。結局俺はまだ、心の何処かで迷ってたんだな」
朋也は天井を仰ぎ見ながら、自嘲気味にそう呟いた。
覚悟はあった。間違いなく殺すつもりだった。
それでも自分は、陽平を殺す事が出来なかった。
結局の所自分は鬼にも善人にもなり切れぬ、中途半端な男だったのだ。

朋也は多分に諦観の入り混じった笑みを浮かべながら、口を開いた。
「二つ目……平瀬村工場に脱出派の連中が集まってる。まだ脱出しようと思ってるんなら、そこに行くんだな」
陽平と杏の返事を待たずに続ける。
「三つ目……春原も杏も生き残れよ。すぐにあの世に来ちまったりしたら、ブン殴るからな」
朋也はすうっと息を吸い込んだ後、陽平に視線を戻した。
「さあ、やるならやれよ。じゃねえと俺はまたお前を襲っちまう。次は外さない……間違い無くこの手で、お前まで殺しちまう」

その言葉を受けた陽平は、左手で杏の顔を覆ってから、声を絞り出した。
「岡崎……今でも僕の事を親友って思ってくれてるかい?」
「わりい、俺お前のこと友達だと思ってねーや。でも――そうだな、来世なんてもんがあったら、またお前とつるみてえな」
陽平と朋也は――親友同士で、余りにも哀しい笑みを交換した。
そして、一発の銃声が響いた。


自分は結局誰も救えなかった。
渚も、秋生も、風子も、由真も、救う事が出来なかった。
自分の至らなさには、心底嫌気を覚える。
だが彰を倒す為に復讐鬼と化したのも、渚を生き返らせる為にゲームに乗ったのも、間違いだったとは思わない。
自分はいつだって、己の信念に従って行動してきたつもりだ。
結果は伴わなかったけれど、精一杯努力してきたつもりだ。
だから――自分の選んだ道だけは、絶対に後悔しない。
もしあの世があったとしたら、胸を張って渚と笑い合いたいから。
(渚……今そっちに行くよ……)
心の中でそう呟いた後、朋也の意識は闇に飲まれていった。

    *     *     *

「うっ……あっ……うわああああっ……」
泣きじゃくる杏を抱き締めながら、陽平は世界で一番大切な人の事を思い出していた。
(るーこ……今なら分かるよ。古河が最後まで岡崎の事を気にかけてたように、お前も死ぬ間際まで僕に逃げろって言ってたよね。
 お前は僕に、前を向いて生きて欲しいんだよな? どんなに辛くても、お前がいない世界でも、生き延びて欲しいんだよな?)
心の中に焼き付いたるーこの映像にそう語り掛けると、柔らかい笑みが返ってきたような気がした。
自分が朋也を殺した理由はたった一つ。
あそこで何もせずに自分達が殺されてしまっても、誰も救われないからだ。
こんな残虐に過ぎるゲームを企む主催者が、参加者の願いなど叶えてくれる筈が無い。
たとえ朋也が人を殺し続けて優勝したとしても、渚は生き返らない――そう、死んでしまった人間は、決して帰って来ないのだ。
それならばせめて、罪を犯す前に此処で止めてあげるべきだった。

それでも朋也は間違いなく自分の手で殺してしまったし、その点について言い訳するつもりは毛頭無い。
渚の遺言は、結局叶えてやる事が出来なかった。
そして自分がもう少し上手く立ち回れていれば、るーこだって死なずに済んだ筈だ。
自分の所為で、多くの親しい者達が命を落としてしまったのだ。

仮にこの地獄からの生還を果たしたとしても、何も解決はしない。
失われてしまった命はもう取り戻せないし、親友を殺してしまった罪も、恋人を救えなかった罪も、永久に消えはしない。
殺人がどれ程の罪の重さなのか、どうすれば償えるのか、自分には分からない。
それでも一つだけ分かる事がある――命を奪ったからには、責任を果たさねばならないと。
「杏。僕達まで死んじゃったら、岡崎もるーこも古河も、何の為に死んだのか分からなくなる。
 僕達は絶対、生き延びよう」
だから陽平は、るーこが生きていた頃と同じくらい強い意志を籠めて、そう言ったのだった。




【残り23人】

【時間:3日目・3:20】
【場所:G-3左上教会】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:決意、右脇腹軽傷、全身打撲(大分マシになっている)・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】
 【目的:ゲームの破壊、杏と生き延びる】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:号泣、右腕上腕部重傷、左肩軽傷、全身打撲】
ボタン
 【状態:健康、杏の足許にいる】
久寿川ささら
 【持ち物1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:礼拝堂の隅に横たえられている、右肩負傷(応急処置及び治療済み)、疲労中 気絶】
岡崎朋也
 【所持品:三角帽子、薙刀、殺虫剤、トカレフ(TT30)銃弾数(3/8)、風子の支給品一式】
 【状態:死亡】

【備考】
・陽平と杏はささらから事の顛末を聞いてない。状況から貴明、珊瑚、ゆめみの死亡を推定。
・和英辞典は礼拝堂の床に落ちています
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