タマお姉ちゃん行け行け大作戦




静まり返った平瀬村工場作業場の中、環は独り、かつてない速度で思考を巡らしていた。
敬介や英二の志を継ぐと決めた自分は決して歩みを止めるつもりは無いが、道がまだ見えていない。
これから先の戦いを生き抜くには、自分が何を出来るのか、何をすべきかきちんと見定めなければならないのだ。

まずは戦闘面に関してだ。
自分は並の男など遥かに凌駕する運動能力を有してはいるが、この島に来てから既に何度も敗れている。
幾ら優れてるとはいえ自分は一般人の範疇を出ておらず、柳川祐也やリサ=ヴィクセンのような常識外れの存在とは比べるべくもない。
そしてあの宮沢有紀寧のように、どのような手段を用いてでも勝利してみせるといった、一種の覚悟も出来ていない。
特に銃器の扱いに秀でている訳でも無い自分は、こと戦闘に関しては中途半端な能力しか持ち合わせていないのだ。
それでも『集団の中の一人』としての役割程度なら十分果たせる筈であるが、一人で皆を守るといった芸当は到底不可能だろう。
……戦闘に関する考察は、これで終わりだ。
一日二日程度で銃器の扱いに熟達出来る訳が無いし、有紀寧のように卑劣な手段を用いるつもりもない。
これ以上この事で頭を悩ませても、時間の無駄だった。

次に思考能力の面で、自分は何を出来るのか。
(よく考えなさい向坂環……自分自身が秘めている可能性について……未来に残されている筈の希望について……)
これまで生きてきた中で、勉強で誰かに遅れを取る事は少なかった。
運動面に於いても知能面に於いても、常に学年トップクラスであったが――それだけだ。
所詮は『優れている』というだけであり、『桁外れ』と言えるような物は何も無い。
しかし逆に考えれば、一つに特化していない人間だからこそやれる事がある筈だ。
何事もソツなくこなせるという一点だけに関しては、自分は誰にも負けていない。
それこそが自分の秘めた可能性であり、現状を打ち破り得るものだ。
固定観念を捨てろ。
様々な視点と柔軟な思考により現状を見つめ直して、膨大な情報の山に埋もれている打開策を見つけ出せ。
考えろ。
考えるという誰でも出来る行為を、誰よりも上手くやってみせろ。
まずは要点を纏める事だ。
自分達の最終目標は主催者を打倒し、出来るだけ多くの仲間と共に生還を果たす事。
その為に必要な条件は、

・戦力の増強
・ゲームに乗った人間への対処
・情報把握
・首輪の解除

この四点に絞られるだろう。
まずは一つ目、戦力の増強について。
主催者はたった一晩のうちに120名もの人間を拉致し、この孤島に集めてみせた。
それは決して少人数で行える事ではなく、多数の人員若しくはそれに匹敵する戦力を保持している筈である。
ならば必然的に、こちらも対抗出来るだけの戦力を集めなければならない。
しかしそこで問題になってくるのが、ゲームに乗った人間への対処である。
拡声器のような物でも探し出せば簡単に多数の人間を集められるだろうが、その中にやる気になっている者が紛れ込んでいる可能性もある。
勿論自分としては、そんな人間などいないと信じたいのだが……
(駄目ね。これは私一人で考えるべき問題じゃないわ)
これまでの失敗を省みると、そう判断するのが妥当と言わざるを得ない。
岸田洋一に騙されて不覚を取った自分が、この事に関して妥当な解決策を見出すのは不可能だろう。

次に三つ目、情報把握について。
自分達にはまだまだ色々と知らない事が多過ぎる。
まず、今自分達がいるこの孤島は何処なのか?
環が考えるに、少なくとも日本国内では無い――つまり、沖木島では無い。
これだけ人が住む環境が整っている島である以上、以前は人が住んでいたのだろう。
しかしゲームが始まって以来、参加者以外の姿など一度も目にしていない。
多くの住民を追い出したりしてしまえば、間違いなく表沙汰となる筈だ。
それに世界一治安が発達している日本の領土内で、こんな大規模な殺し合いを行うなど不可能。
そうなるともう、この島は日本でない何処かにあると判断しざるを得なくなる。
もし此処が海外ならば、安易な手段で脱出しようとするのは危険過ぎるだろう。

仮にこの島が、太平洋の中央付近にあるとする。
その場合、泳いで脱出するという選択も、設備の整っていない船を用いるという選択も、ただの自殺行為でしかなくなるのだ。
最低でも自分達の現在地を把握する必要がある。
この島がある場所を知らされている参加者などいないだろうから、もう主催者側から情報を盗み出す――即ち、ハッキングを行うしかない。
主催者を打倒するのにも、もっと情報が必要だ。
孫子の兵法には『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』という言葉がある。
相手戦力の正確な把握、敵の居場所の把握、この二点は絶対に外せない。

しかしハッキングは姫百合珊瑚が既に一度試みたものの、主催者にバレてしまい失敗したという話だ。
機械が苦手な自分では技術的な事など分からないし、珊瑚のハッキングは完璧だったと仮定して考察を進めてみる。
前回参加者の遺したCDを用いたハッキングが、どうしてバレてしまったのか?
一つ目――『前回からセキュリティがまったく変わってないとは限らない』という珊瑚の主張。
この可能性も勿論無いとは言えないが、恐らく外れだろう。
政府の要人とも繋がりがある両親から聞いた事がある……数ヶ月前に起きた謎の集団失踪事件を。
それはほぼ間違いなく、前にあった殺し合いの事だろう。
そして前回から僅か数ヶ月しか経っていないのなら、セキュリティがそれ程向上しているとは考え難い。

二つ目――各施設内部を中心に設置されているカメラにより発見された可能性。
こちらが正解なように思える。
珊瑚達はハッキングがバレるまでカメラの存在に気付いていなかったのだから、主催者側に情報が筒抜けとなっていた筈。
ハッキングしている珊瑚達を特定出来たのは、カメラによる監視のおかげと考えるのが妥当だ。
ではカメラの存在を知った今、監視の目を逃れるにはどうすれば良いのか?
答えは簡単、周りにカメラを隠せるような物が一切無い場所で、ハッキングを行えば良いだけだ。
そうすれば今度こそ主催者の不意を突き、情報をあらかた盗み出せる筈だが――

(本当に主催者の監視手段はこれだけなの……?)
何かが引っ掛かる。
主催者は絶対の自信があるからこそ、ハッキングに失敗した珊瑚を敢えて見逃した筈なのに、余りにも簡単過ぎるのだ。
こんな時こそ冷静に、様々な視点――例えば主催者側の立場から考えてみるべきだ。
もし自分が主催者だったとしたら、ハッキングに対してどのような対策を取るか?
カメラや盗聴機による監視だけでは足りない。
首輪に仕掛けている盗聴機は比較的容易に発見されてしまうし、カメラだって映せる範囲は限られている。
両方とも有効な防御策ではあるが、それだけでは絶対の安全など保障されないのだ。

……自分なら、そもそもノートパソコンを設置したりしない。
ハッキングに使える道具自体を支給しなければ、自ずと脅威は消滅する。
そうだ、どうして主催者はわざわざノートパソコンを設置したりのだ?
敢えて危険を冒してまでノートパソコンを準備したのには、必ず大きな理由がある。
敵の偽装には目もくれず、真実だけを追い求めろ。
どうして主催者は――そこで環は、ある結論に思い至った。
(そうか……そういう目的だったのね。それなら全てに説明が付く……これで、間違いないわ)
ようやく確信を得た環は、居ても立ってもいられなくなり、屋根裏部屋へと駆け出した。

   *     *     *    *     *     *

一方、屋根裏部屋では倉田佐祐理が怪訝な表情を浮かべていた。
「…………?」
佐祐理の眺め見る先では珊瑚が、ほしのゆめみの亡骸を工具で弄っていた。
圧倒的な速度で作業を進める両手、鬼気迫るといった表現が相応しい顔付き。
しかしゆめみのボディーは損傷が酷く、とても修理出来るような状態には見えない。
専門的な設備があればまた別かも知れないが、少なくともこんな寂れた孤島では直せないだろう。
そしてそんな事は珊瑚自身が一番良く分かっている筈である。
まさか珊瑚は次々と仲間が死んでしまった所為で、冷静さを失ってしまっているのでは――
そんな疑問が、佐祐理の脳裏を過ぎる。

やがて珊瑚は手を止めると、ゆめみの内部からチップのような物を拾い上げた。
「ふぅ〜、やっと終わったぁ……」
「珊瑚さん、何をやってらしたんですか?」
佐祐理が訊ねると、珊瑚は視線を伏せて、寂しげな声を漏らす。
「これはな、ゆめみのメモリーやねん」
「え?」
愛しげにゆめみのメモリーを抱き締めながら、続ける。
「もし上手く帰れたら、ゆめみのメモリーを修理して、新しい体も造ってあげようと思ってん。
 ウチの知らない技術も使われてるから凄い時間が掛かるやろうけど……ゆめみは大事な友達やから、最高のボディーを造ってあげるねん」
「珊瑚さん……」
佐祐理はようやく、自分の判断が誤りであったと気付いた。
何の事は無い。
珊瑚は冷静に現実を受け止めた上で、希望を捨てずに最良の行動を取っていたのだ。

場に蕭やかな雰囲気が漂うが、そこで突然、背後から良く響き渡る澄んだ声が聞こえてきた。
「珊瑚ちゃん。お疲れの所悪いけど、もう一仕事頼めるかしら」
一同が振り向いた先では、環が腰に手を当てたまま悠然と直立していた。

   *     *     *    *     *     *

『ノートパソコンを分解して欲しいだと?』
環の突拍子も無い提案を目にして、柳川祐也は眉を顰めながらも返事を紙に書き綴った。
環は強く頷いた後、珊瑚の方へと視線を移した。
『はい。これは機械に詳しい人――珊瑚ちゃんにしか出来ない事です』
『ええけど……分解なんてして、どないするん?』
事情が理解出来ぬのは珊瑚とて同じ。
しかし環はゆっくりと首を振って、紙にペンを走らせた。
『ごめん、それはまだ言えない……先入観を持ってしまうと、視野が狭くなってしまう。私の考えが間違っている可能性もあるから、思考を一方向に絞らない方が良いわ。
 悪いけど、珊瑚ちゃんは何も聞かないでノートパソコンを分解して頂戴』
論点の中心を覆い隠したその言い方に、珊瑚の疑問はますます深まってゆく。
しかし何も考えずにこんな事は言わぬだろうと判断し、珊瑚は大人しくノートパソコンの分解作業に取り掛かった。


佐祐理が肩の傷口から伝わる苦痛に表情を歪めながらも、何とか文字を書き綴る。
『佐祐理達も事情をお聞きしてはいけませんか?』
『順を追って説明していくから、佐祐理と柳川さんにはその事についてよく考えて欲しい。
 二人が私と同じ結論に到達するかどうか試してみたいの。二人が別の結論に達したら考え直さないといけないし、同じ結論に達したならますます確信が深まる』
『……ちょっと待て、主催者はカメラで各施設を監視しているのだろう? なら屋内で大事な話をするのは不味いんじゃないか』
『それは心配無いと思います。此処に監視カメラが設置してあるなら、前回参加者が遺してくれたCDも、とっくに撤去されてしまっている筈ですから』
柳川の懸念を解消してから、環は続けた。
『考えてみて下さい。どうして主催者は、わざわざノートパソコンを準備したりしたのでしょうか? 珊瑚ちゃんの機械に関する実力くらい知っていた筈なのに』
柳川は顎に手を当てて暫しの間考え込んでから、己の見解を書いた。
『主催者の事だ。俺達がどんな抵抗をしようとも叩き潰せる自信があるから、敢えて希望を持たせて嘲笑っているんじゃないか?
 ハッキングが発覚した後も姫百合を生かしておくのは、そういう事だろう』
主催者はやろうと思えば、いつでも珊瑚を殺しハッキングの危険性を排除出来た筈。
そうしないのは、絶対の自信があるからだとしか思えない。
柳川の意見を受けて、佐祐理がペンを握り直した。
『主催者は相当の自信家だとは思いますが、島中に監視カメラを設置したりする程慎重な方でもあります。
 ”ハッキングなどによる私たちに不利益を齎すもの”と明言していますし、警戒はしているんじゃないでしょうか』
それは確かに、その通りだった。
主催者が絶対の自信を持っているのは間違いないが、ハッキングを警戒しているのもまた事実だろう。
しかし、それでは――

『主催者は一体どういうつもりだ? 何故ハッキングを恐れているのに、姫百合を生かしておくんだ? 何故ノートパソコンを準備したんだ?』
明らかに矛盾している。
ハッキングを防ぐには、珊瑚を殺すのが一番確実で手っ取り早い。
それなのに殺さず、ハッキングに使えるノートパソコンまで準備したのは、どういう事か。
珊瑚を殺さない理由は、まだ少し分かる。
自分のように明らかな反主催の姿勢を取っている人間も、野放しにされているのだ。
どんな事情があっての事かは知らないが、主催者は極力参加者を自分の手で殺したくないのだろう。
しかしわざわざノートパソコンを準備したのは、どう考えても蛇足に過ぎる。
『ロワちゃんねる』の為に用意したという訳では無い筈だ。
掲示板上で行われた宮沢有紀寧による扇動は確かに戦闘を激化させたが、あの出来事が無かったとしてもゲームの進行に支障は出なかっただろう。
『ロワちゃんねる』はあくまで偽装であり、真の狙いは他にあると考えるべきだ。

ハッキングの道具を敢えて準備した理由は何だ?
珊瑚程の技術力があれば一からパソコンを組み立てる事も可能だろうが、わざわざその手間を省いた狙いは?
一体何を考えて、自分達を脅かす存在の手助けなどしたのだ?
ハッキングの手助け……
道具の準備……

「――――!」
そこまで考えた瞬間ある推論が思い浮かび、柳川は目を大きく見開いた。
今すぐ口に出したい気分だったが、何とかそれを押し留めて、紙に書き殴る。

『つまりこういう事か? ”主催者の準備したパソコンには、細工が施されている”
 こちらの動きが筒抜けとなってしまう道具を使わせる為に、主催者は敢えてパソコンを準備した』

それを見た佐祐理が、驚愕に顔を引き攣らせるのとほぼ同時。
珊瑚が小さい長方形状の物体を持って、こちらに歩いてきた。

『こんなん……混じってた……』
その物体が何なのか、珊瑚以外はまだ分かっていないのだが――それは主催者の準備した、特殊な発信機だった。
主催者はノートパソコンに発信機を植え付けて、島中に配置した。
細工を加えられているとは言え、普通に使う分には問題無い。
しかしネットワークシステムにアクセスしようとした瞬間、ノートパソコンから信号が発信される。
故にノートパソコンを用いてネットワーク上で行われている行為は、全て主催者側に筒抜けとなってしまっていたのだ。




【時間:3日目3:20】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態@:左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み)】
 【状態A:内臓にダメージ、中度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:驚愕、軽度の疲労、留美のリボンを用いてツインテールになっている】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(動かすと激痛を伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物@:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物A:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物B:ゆめみのメモリー(故障中)】
 【状態:中度の疲労】
 【目的:主催者の打倒】
向坂環
 【所持品@:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品A:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態@:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に軽い痛み、脇腹打撲】
 【状態A:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、軽度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。まずは最大限に頭を使い、今後の方針を導き出す】
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