Mad Dog




家の中からでも察知出来る程の殺気を放ちつつ接近してきた、謎の存在。
それは弛緩しきっていた高槻の意識を、再び引き締めるのに十分であった。
小牧郁乃を残して寝室から飛び出した高槻は、廊下で湯浅皐月と鉢合わせになった。
「湯浅、気付いてるかっ!?」
「ったりまえじゃん!」
皐月も高槻と同じく異変に気付いているようで、その手にはもうH&K PSG-1が握り締められている。
そして高槻達が現場に着くのとほぼ同時、派手な音と共に玄関の扉が蹴り破られた。
開け放たれた玄関、広がる闇。その先に、禍々しい殺気を放つ巨大なゴリラ状の男が立っていた。
「ファーーーーッハッハッハッハ!! 見つけたぞ、湯浅皐月!」
重く低い耳障りな濁声が、家中に響き渡る。

「あ、あんたは醍醐!?」
招かねざる乱入者――醍醐の姿を認めた皐月が、驚きの声を漏らした。
一人事態を飲み込めない高槻は、コルトガバメントを構えたまま皐月に語り掛ける。
「おい、コイツの事を知ってんのか?」
「うん、宗一から写真を見せて貰った事がある。この男は『狂犬』醍醐、戦闘狂の傭兵隊長よ。
 その実力は、数多い傭兵の中でも間違いなくトップクラスだって聞いた……」
言われて高槻は、眼前に立ち塞がる大男を凝視した。
ビリビリと肌にまで伝わってくる痺れるような殺気、一分の隙も見られぬ佇まい。
岸田洋一すらも上回る圧倒的な死の気配を放つこの男は、確かに尋常な敵では無いだろう。
しかし高槻には一つ、腑に落ちない事があった。
「だけど、どうなってんだ? 醍醐って奴はもうとっくの昔に死んだ筈じゃねえか」
そう、醍醐という名前は確かに第一回放送で呼ばれていた。
最早この世にはいない筈の男が何故、今頃になって自分達の前に現れるのだ?


高槻達の疑問を見て取った醍醐が、心底愉しげに口元を歪める。
「フッフッフッ……愚か者共が。こんな遊戯に放り込まれた所で、俺や総帥がそう簡単に死ぬ訳が無いだろう」
「何だと……?」
「おおっと――余計なお喋りが過ぎたな。本題に入らせ貰うとするか」
訝しげな表情を浮かべる高槻達にはもう構わずに、醍醐は懐から長く太い棒を取り出した。
参加者に支給された物とは桁違いの性能を誇る特殊警棒――太さはペットボトル程もあり、頑強な特殊合金で出来ている。
ゴリラ並の怪力によって振るわれるそれは、大きな岩をも砕いてしまうだけの威力を秘めている。
続けて醍醐は無感情且つ機械的に、言葉を吐き捨てた。
「一度しか訊かぬ……湯浅皐月、貴様の持っている『青い石』を大人しく渡せ。
 そうすればこの場は見逃してやらんでも無いぞ」
勿論これは建前上の警告に過ぎない――ただ篁に命令されたから、言っているだけだ。
戦闘狂である醍醐からすれば、高槻達には警告など受け入れずに抵抗して欲しかった。
那須宗一への復讐を成し遂げる事も出来ず、これまでずっと傍観者の立場を強いられてきた鬱憤を、此処で晴らしたかった。


一方醍醐の言葉を受けた皐月は、大きく息を飲んでいた。
前回参加者の残した手帳にあった遺言――宝石は    をひらくも  んや、これが鍵になっとる。
主催者の用意したジョーカーである少年の言葉――僕も『計画』の鍵である宝石を手に入れるという使命があるからね。
ある怪物の側近を務めている男が、主催者の『計画の鍵』である青い宝石を欲しがっているという事は、もう結論は一つだ。
鋭い瞳で醍醐を睨みつけながら、高槻にしか聞こえぬよう小さな声でゆっくりと言葉を紡ぐ。
「高槻さん、よく聞いて……醍醐はきっと主催側の人間。そして主催者はアイツの主人……篁財閥総帥よ」
「な……に……?」
それで、間違いない筈だった。そう考えれば全ての辻褄が合うのだ。
世界トップクラスのエージェントである宗一やリサ=ヴィクセンを拉致するなど、並の人間には――否、人間には不可能だ。
しかし確実に人間を凌駕している存在が、このゲームには一人参加している。
皐月もその全貌を知っている訳では無いが、リサの言によれば篁は『神の如き強大な力を操る』らしい。
リサにそこまで言わせる程の存在ならば、何が出来ても不思議では無いだろう。

「何をヒソヒソと喋っている、早く答えを出さんかァァ!!」
これ以上は待ちきれぬ、といった様子で怒号を上げる醍醐。
流石狂犬と言われているだけの事はある――この男は、ただ戦闘がしたいだけなのだろう。
そして此処でこの男と戦う事によるメリットは一つ。上手く生け捕りに出来れば、主催者の情報を大量に引き出せる。
しかしそれを成し遂げるのは、恐らく困難を極める筈だ。
曲がりなりにも宗一と互角に近い勝負が出来る程の男、負傷している今の自分達ではとても勝ち目が無い。
「高槻さん、此処は……」
「ああ、今は無茶すべきじゃねえだろうな。避けれる戦いは避けた方が良いだろ」
皐月の意図を理解した高槻は、極めて冷静な口調でそう呟き、銃を下ろした。
すると醍醐が心底忌々しげに舌打ちし、大きく地団駄を踏んだ。
「クソッ、腰抜けが! ……まあ良い、宝石を寄越せ」
こめかみに浮き上がった血管、大きく見開かれた瞳。
傍目にも苛立っているのは明らかだが、それでも主人の命令に背けない醍醐は大人しく警棒を仕舞い込む。

――このまま行けば交渉は成立、とにもかくにも自分達は危機を回避出来る。
皐月がそう考えた瞬間だった。高槻がにやりと口元を吊り上げたのは。
「……だが断る。この高槻が最も好きな事の一つは、自分で強いと思ってる奴に『NO』と断ってやる事だッ!」
「何だとっ!?」
全てはフェイク――敵を騙すにはまず味方から。
完全に油断し切っていた醍醐が驚愕の声を上げたその時にはもう、高槻が銃を構え直していた。
満を持して、コルトガバメントから必殺の一撃が放たれる。
「ぐぉぉっ!」
銃弾は間違いなく、反応が遅れた醍醐の腹部を捉えていた。
しかし主催側の人間ならば当然、防弾チョッキくらい装備しているだろう。
故に一撃入れた後も、高槻は攻撃の手を緩めない。

間髪置かず醍醐の頭部に銃口を向けて、引き金を思い切り絞る。
防弾チョッキ越しとは言え銃弾を受けた直後である敵は、すぐには動けないように思えたが――
「……何だとっ!?」
今度は高槻が驚愕に表情を歪める番だった。
醍醐はまるで何事も無かったかのように身を横へ傾けて、あっさり銃弾を躱していたのだ。
鋼の筋肉で身を包む醍醐からすれば、多少の衝撃など蚊に刺された程度にしか感じない。
「抵抗するか……ならばこちらとしても武力行使に出ざるを得んな?」
瞳に愉悦の色を浮かべながらそう告げた後、醍醐は前方へと疾駆した。
「くっ――!?」
予想を遥かに上回る速度で、左右へと小刻みに跳ねる醍醐。
巨体に似合わぬ俊敏な動きで迫る敵に対して、高槻は落ち着いて照準を定められない。
一発、二発と引き金を引いてはみたものの、弾丸は虚しく空を切るばかりだった。
そのまま両者の距離は詰まってゆき、あっという間に手を伸ばせば届く距離となる。
「ぐをおおおおおおっ!!」
醍醐は猛獣の如き咆哮を上げながら、両手で握り締めた警棒を振り下ろす。
最早鉄槌と化したそれは、どう考えても受け止められるような代物では無い。
「くそったれ!」
限界ぎりぎりのタイミングで、高槻は真横にスライディングする。
直後、響く炸裂音、飛び散る木片――高槻の背後にあった大きなタンスが、粉々に砕け散っていた。

(ち……冗談じゃねえぞっ!)
高槻は体勢を立て直しながら、ようやく自分の選択が誤りだった事を悟っていた。
この男は、今までの敵とまるで桁が違う。
この男に勝つ為には、身体を全快近くまで回復させた上で、十分な装備を持って挑む必要がある。
多少不意を付いた所で、重傷の身に拳銃一つでどうにかなるような相手では無かった。
高槻が体勢を整えるとほぼ同時、醍醐による返しの一撃が眼下より迫る。
咄嗟の判断で床を蹴り飛ばし、後方へ飛び退こうとする高槻。
だが醍醐の狙いは――高槻本人ではなく、コルトガバメントの方だった。
「ぐあっ……!」
僅か1センチ程先端が掠っただけにも拘らず、コルトガバメントは宙を舞っていた。
高槻が自ら銃を手放したり、わざと緩く握っていたという訳ではない。
尋常でない怪力によって振るわれる警棒は、掠めるだけでも十分過ぎる程の衝撃を伝えてきたのだ。
武器を失い無防備となった高槻に対して、醍醐が大きく踏み込みながら警棒を振り上げる。
「ヤベ――――」
高槻の背に氷塊が落ちた。
この距離、このタイミング、避け切れない。
大きな家具ですら豆腐のように砕く一撃を受けてしまえば、間違いなく死ぬ。

「――そこまでよ!」
間一髪の所で制止の叫びが上がり、醍醐の動きがピクリと止まる。
高槻と醍醐が声のした方へ首を向けると、皐月がH&K PSG-1を構えていた。
「……傭兵なら知ってるでしょ。防弾チョッキじゃ、狙撃銃のライフル弾は防げない。
 死にたくなければ大人しく武器を捨てなさい!」
皐月の言葉通り、H&K PSG-1から放たれる7.62mm NATO弾は、高い貫通力と衝撃力を誇る。
直撃を受けてしまえば、たとえ防弾チョッキ越しであろうとも致命傷になりかねない。
だがしかし、醍醐は余裕たっぷりの笑みを浮かべて言い放った。
「ハッハッハァッ! それで脅しているつもりか? 知っているぞ……その銃は弾切れなのだろう?」
「ど、どうしてその事を……」
あっさりと看破されてしまい、皐月の心に絶望が広がってゆく。
――主催者側の人間である醍醐は、標的についての情報を随時入手している。
当然、皐月と折原浩平が交わした『H&K PSG-1の銃弾は切れている』という旨の会話も、知っているのだ。

「おら、余所見してんじゃねえぞっ!」
未だに後ろを向いたままの醍醐の背中目掛けて、高槻が殴りかかる。
だが醍醐は振り返りもせず、背後へと鋭い裏拳を放った。
「があぁぁっ!」
腹の奥にまで響く重い一撃を受け、高槻が床に転がり込む。
「馬鹿が。肉弾戦で俺に勝てると思ったか」
醍醐は高槻を一瞥すらせずにそう吐き捨てると、ぎろりと皐月を睨みつけた。
愉しげに笑いを噛み殺しながら、告げる。
「さて……次は貴様だ、湯浅皐月」




【時間:二日目・23:40】
【場所:C-4一軒家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光4個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:戦慄、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
高槻
 【所持品:分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:悶絶中、全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすとかなりの痛みを伴う)】
 【目的:最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、支給品一式】
 【状態:寝室で待機】
ぴろ
 【状態:就寝中】
ポテト
 【状態:就寝中】

醍醐
【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、他不明】
【状態:健康、興奮】
【目的:青い宝石を奪還する、戦いを楽しむ】

【備考@:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、支給品×3(食料は一人分)は家に置いてあります。高槻達の翌日の行動は未定】
【備考A:コルトガバメント(装弾数:2/7)は地面に転がっています】
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