Necro Fantasia




「―――大変! 大変なの……聖さん、助けて!」
「……何事かね」

振り向いた聖の顔に色濃く浮かぶ疲労にも気づかぬ様子で、志保は荒い息を整えようと膝に手をついていた。
全身の汚れや細かな傷も気にすることなく顔を上げると、涙目のまま口を開く志保。

「あたっ、あたし、がっ……美佐枝、さん……じゃ、なくって……!」
「落ち着きたまえ」

言って立ち上がると、キッチンへと入っていく聖。
戻ってきたその手には水をなみなみと満たしたグラスを持っている。
受け取るや、志保はその水を一気に飲み干してしまう。

「……ぷはぁっ」
「さて、落ち着いたようなら状況を整理して話してくれるとありがたいな。それと……」

言葉を切って間仕切りの向こうを見る聖。

「ここには重篤な怪我人がいる。もう少しボリュームを抑えてもらえれば、更にありがたい」
「あ……ご、ごめんなさい……」

表情を曇らせると、志保は肩を落とす。
感情の起伏が激しい。どうやらかなり追い詰められているようだ、と聖はその様子を見て取った。
ならば、と医師としての仮面を意識して、口を開く。

「……君と美佐枝の身に何かがあったようだね。それを、伝えたかったんだろう?」

優しげな、しかしその裏には何の感情も読み取れないような声音だった。
しかしハッと顔を上げ、聖の瞳を見つめ返した志保はあっさりとその誘導に乗って口を開いた。
目尻に溜まった涙の粒が、見る間に大きくなっていく。

「あ、あたしたち、診療所に行こうって、でも……変なのが、出てきて……」
「変なの? ……敵かね?」
「う、うん。眼鏡の女の子……おでこから、ビームが出るの。みんな同じ顔してて、いっぱい……」
「そうか、いっぱいいたんだな。……それで、君たちはどうしたのかね」

状況はまるで飲み込めなかったが、とりあえずそう聞き返す。
分身か、それとも光学系か、とにかく何らかの異能を持った敵と遭遇したらしい。
詳しく聞いておきたいところではあったが、接敵の恐怖を思い出したか、また志保の表情が不安定になってきていた。
決壊させてしまえば宥めるのに無駄な時間を要することになる。
そう判断し、聖は状況の推移確認を優先することにした。

「……うん。それで、美佐枝さんはあたしに、先に行け、って……」
「その場に留まったのかね」
「で、でも! すぐに追いつくからって! すぐ片付けるって言ってて!」
「そうだな、美佐枝はすぐに追いつくと言ったんだな」

幼児をあやすように、鸚鵡返しに返答する聖。
内心の苛立ちを表情に出すような真似はしない。

「それで、診療所に向かうはずの君が、何故ここに戻ってきたのかね」
「そ、そう! あたし、聖さんに助けてもらおうって……!」
「……私に?」

聖が怪訝な表情を浮かべた。

「美佐枝一人では心配だと思ったのかね? ……だが彼女にも戦うための力は、」
「違うの!」

唐突に、志保が叫んだ。
それは絶叫とも呼べるような、悲痛な声だった。
ただならぬ様子に、聖が眉根を寄せて訊ねる。

「……どういう、意味かね」
「あの、力……! 美佐枝さんがドリー夢って呼んでた、あれは……あれは、美佐枝さんの力じゃないの……!」
「何、だと……!?」
「あれは……あたしの、力……だったの……!」

振り絞るように口にして、その場に泣き崩れる志保。
絶句した聖の表情は、険しさに満ちていた。


******


「……本当に、よかったの?」
「何がかね」

走りながら、短く返事をする聖。

「あの子のこと……放っておいたら、」
「……構わん。どの道、あそこで私にできることはもう何もない」
「そんな……」

志保の言っているのが片手を失った少女のことであると悟り、聖は簡潔に答える。
一面において、それは真実であった。
おおよそ医療行為と呼べるだけの処置は、可能な範囲ですべて施し終えていた。
器具も機材もない環境における最良の方策―――応急処置と消毒、そして放置。
それは延命とすらなり得ない、原始的な医術だった。

「生き延びるか、潰えるか……後は、あの子次第だ」

だが、小さく呟かれた聖の言葉には、もう一面の真実が含まれていた。
ムティカパ症候群に侵された人肉。それは間もなく、少女の体内で爆発的な効果を及ぼす。
その恐るべき生命力は少女の生命を救うだろう。おそらくは、人としての尊厳と引き換えに。
死を拒んだ少女が望んだのが、果たして生だったのか。

「……詮無いことだな」

益体もない思考を、首を一つ打ち振って掻き消す。
終焉から逃れた少女が何を得るのか、それを決めるのは自分ではない。
小さく溜息をついて、聖は足を速めた。


***


志保が何かに気づいたような声を上げたのは、それから数分が経過した頃のことだった。

「あれ、何だろう……?」

立ち止まり、軽く息をつきながら志保の指差したそれは、聖にとっては割合と見慣れた、
しかし何気なく歩み寄った志保の表情を凍りつかせるには充分な代物だった。

「ひっ……!?」
「死体、か」

全裸に剥かれたそれは、どろりと濁った目を天に向けたまま事切れている少女の遺骸だった。
広い額が、木洩れ日を反射してきらりと光っていた。

「……こ、これ……」
「ふむ。君たちを襲ったのは、彼女かね」

白く、痩せぎすでありながらどこかぶよぶよとした印象を与えるそれを直視しないようにしながら
指差す志保に、聖が確認する。
歯の根の合わないまま頷く志保を見て、聖は少女の死体に視線を戻す。

「……さて、どういうことかな」

聖が鼻を鳴らした。
一糸纏わぬ姿を晒す少女の骸は、のどかな陽光の降り注ぐ林道にひどく不釣合いだったが、
しかしその物言わぬ肉体は更なる異様を誇示するように、そこに鎮座していた。
白い肌に引かれた、真紅のライン。
少女の死体、その腹部には大きく、矢印が刻まれていたのである。

「伊達や酔狂では……ないだろうな」

矢印は、真っ直ぐに林道の奥を指している。
背の高い木々に囲まれた薄暗い道は、まるで手招きをするようにさやさやと影を揺らしていた。

「……長岡君、君たちはこれの群れに囲まれたと言っていたね」
「う……うん……」

ならば、と聖は考える。
可能性はいくつかあった。
一つめはこの死体が相楽美佐枝と、ひいては聖たちの目的と何のかかわりもない
何者かによって置き捨てられた可能性。
二つめは、これが奇態な少女たちによる何らかの慣習、あるいは仲間割れによるものである可能性。

「……そして、」

と三つめの、最悪の可能性を、聖は眉間に皺を寄せながら思い浮かべる。
それは即ち、この奇妙な少女たちと、それからおそらくは美佐枝との交戦を苦にもしない何者かが、
この先で待ち受けているという可能性だった。

「ど……どうするの……?」
「どの道、向かう先だ。進むしかあるまい」

不安げな志保にそう答えて、聖はもう一度、林道の奥を見やる。
木々の影が、つい先程よりも色濃く行く手を覆っているように、思えた。


***


「―――これで、七つめか」

聖が、重々しく息をつく。

「正確に百メートル間隔といったところか。まったく、ご丁寧なことだな」

見下ろした視線の先には、白く横たわる骸。
その裸の腹には、やはり大きな矢印が刻み付けられていた。

「……」
「大丈夫かね、長岡君」

蒼白な顔色をした志保は、既に遺骸を見ようともしていない。
俯いたまま黙り込んでしまっていた。
無理もない、と聖は内心で志保を慮る。
行く先々に転がる死体は、そのすべてが全裸に剥かれ、道標の如くに打ち捨てられていた。
ある者は貫かれた眼窩にまるで生け花のように小枝を詰め込まれ、またある者は切り取られた片腕を
己の尻穴に捻じ込まれたまま事切れていた。
明確な悪意によって弄ばれる、それは軽すぎる死のあり様だった。

「気分が優れないなら、この先で小休止といこう。走りづめで、私も少し疲れた」
「……ううん、大丈夫」

小さな気遣いはあっさりと無視される。
苦笑しながら、聖は言葉を接いだ。

「そんな顔色で何を言っている。医者としてはとても看過できんよ」
「―――あたしは、大丈夫だからっ!」

突然、志保が大声を上げた。向けられた視線が小刻みに震えている。
限界だな、と聖はその様子を診て取った。

「だ、だから早く美佐枝さんを……っ!」
「落ち着きたまえ、―――」

長岡君、と。
言いかけた聖を遮るように、静かな林道を、唐突な笑い声が満たしていた。

「……ッ!」

眉根を寄せて嘲るような、どこか残忍な響きの哄笑に、聖が慌てて辺りを見回す。
やがてふつりと笑い声が止み、入れ替わりとでもいうように響き渡ったのは、冷徹な声。

「―――心配しなくても大丈夫。ここが、終点よ」

言って、梢の影から姿を現したのは、波打つ髪も豊かな一人の少女だった。
ところどころに褐色の染みをつけたベージュのセーター。
片手には奇妙に時代がかった豪奢な槍。
そしてもう片方の手には、長い紐のようなものが握られていた。
紐の先は梢の影、茂みの奥へと続いている。

「貴様……は……!」

少女の姿を一目見るや、聖はその表情を一変させていた。
常に冷静を装う医師としての仮面をかなぐり捨て、白衣の懐に手を差し入れる。
取り出した極彩色のステッキが、見る間に禍々しい凶器へと変わっていく。
鈍色に煌く、それは爪状の手甲―――ベアークローと呼ばれるものだった。

「……久しぶりの相手に随分とご挨拶じゃない、キリシマ」

凶器を手に鋭く己を睨みつける聖の視線を、微笑をもって受け止めながら少女が口を開く。
対する聖は無言のまま、重厚な爪を構える。

「し、知り合い……なの、聖さん……?」
「……敵だ。下がっていたまえ」

突然のことに状況を把握できず、おろおろと二人を見比べていた志保に、聖が短く答える。
しかし志保は聖の言葉を咄嗟には量りかねたか、その場に立ち竦んだままでいた。
そんな姿に苛立ちを覚え、聖は思わず厳しい声を上げてしまう。

「下がりたまえ、早く!」
「ひっ……!」
「……怒鳴ったりしたら可哀想じゃない、……ねえ?」

怯えたように肩をすくめる志保を見て、少女が目を細めた。
餌を検分する肉食獣のようなその視線から志保を庇うように、聖が少しづつ立ち位置を変えていく。

「……ここで何をしている、巳間晴香」

晴香と呼ばれた少女が、その問いに小さな笑みを漏らした。
鼠をいたぶる猫のような笑み。
僅かな間を置いて、少女は紐を持つ手で艶やかな髪をかき上げると、口を開いた。

「GLの騎士が出張ってまですることなんて、多くはないでしょうね。そうは思わない?」
「何をしているのかと聞いているっ!」

悠然と答える晴香の笑みを張り飛ばさんばかりの、峻烈な声音。
しかし晴香はそれを意にも介した様子なく、肩越しに背後の茂みへと目をやる。

「……昭和生まれは余裕がないわね」
「貴様……!」
「はいはい、わかったわよ。……鬼畜一本槍が動くなら、答えは一つ」

言って、その手の紐を強く引いた。
紐は茂みの奥で、何か大きなものに繋がっているようだった。
晴香がもう一度、紐を波打たせるように引く。

「いいわ、出てきなさい」

晴香の言葉に引きずられるように、がさごそと葉ずれの音をさせながら、何かがまろび出てきた。
白く、大きな、四つ足の何か。

「―――ッ!」
「……そん、な……、まさか……」

思わず息を呑んだ聖よりも先に声を漏らしたのは、志保であった。
がくがくと震える膝で身体を支えきれず、その場にへたり込んでしまう。
両腕で己の身体を抱きしめながら、搾り出すようにその名を呼んだ。

「……美佐枝……さん……」

震えるその声に、茂みから出てきたそれが、振り向いた。

「……?」

応えはなかった。
とろんとした、蕩けるような瞳だけが、志保のほうへと向けられていた。
一糸纏わぬ姿で、尻を高く掲げた四つん這いになったそれは、紛れもなく、かつて
相楽美佐枝と呼ばれていた女性、その人であった。

「遅かったと……いうのか……」

あとは言葉にならなかった。
何か名状しがたい感情によって震えながら、聖は美佐枝の姿を見つめていた。
白い素肌のいたるところに、痣や傷、歯型が散りばめられていた。
真っ赤に腫れ上がった陰部から流れ出た血は既に固まりかけている。
だらしなく半開きになった口元からは絶え間なく涎を垂らし、首に巻きつけられた紐は
晴香の手元へと続いていた。

「どう? 私の新しいペットは。……可愛いでしょう?」

言い終えた瞬間、晴香の艶然たる笑みを、鋼鉄の爪が薙いでいた。
否、文字通りの紙一重で、晴香はその斬撃にも似た一撃をかわしている。
その代わりに、はらりと地面に落ちたものがあった。寸断されたロープである。
晴香が、使い物にならなくなったロープを握る手を、ゆっくりと開いていく。

「酷いわねえ、せっかく用意したのに……素敵な首輪」
「貴様ぁ……ッ!」
「あんたたちが遅かったから、ちょっとつまみ食いしただけよ?」

手にした槍の石突で地面を押し出すようにバックステップしながら、晴香が言う。

「ついでに調教までしておいてあげたのに、そんなに怒ることないじゃない」
「口を開くなっ!」

距離を詰め、下から抉るようなアッパー気味の一閃を繰り出す聖。
槍を構える前に仕留めようという動き。
しかし晴香はそれを見越したように微笑むと、唐突に聖の視界から消え失せていた。

「……!?」

慌てて左右に動かした視界の端に、ちらりと晴香の姿が映った。
自身の遥か頭上を飛び越えていく軌道。
棒高跳びの要領で槍を使い、宙を舞ったのだと気づいたときには遅い。
背に、強烈な一撃。

「が……ッ!」

晴香の革靴、その爪先がめり込んでいた。
つんのめりそうになるのを必死に堪え、右足を踏み出す。
間髪いれず、それを軸にして回転。体勢を崩しながらもバックブローを放った。
空振り。

「……あんよはじょうず、あんよはじょうず!」

嘲るような声。
裏拳の勢いを殺さずに振り向けば、その姿は遠い。
槍の間合いの更に外側にまで距離を開け、晴香はにやにやと笑っていた。

「オバサンって、歳取ると逆に幼児退行するのかしら?」
「……!」
「おお怖い、私も気をつけないと―――、」

晴香が言いつのりかけた、その瞬間だった。

「ひどい……」

か細い声がした。
小さな、しかしどうしてか他を圧して耳朶を打つ、それは声だった。

「ひどい……! ひどい、ひどい、ひどい!」
「ん……?」

怪訝な表情で振り向く晴香。
相対する自分など眼中にないとでもいうようなその挙動に憤りを覚えながらも、聖もまた声の主へと目をやる。

「どうして……どうしてこんなこと、できるの……!?」

聖の視線の先で、長岡志保は泣いていた。
首輪の拘束から解き放たれながらも、四つん這いのままぼんやりと辺りを見回している美佐枝を抱きしめながら、
ぽろぽろと涙を流して泣いていた。

「あんただって……」
「んー……?」

志保の潤んだ瞳に睨みつけられて、晴香はようやくその声が自身に向けられたものだと悟ったようだった。
気だるげに見返す晴香と視線を交錯させた刹那、志保の、半ば叫ぶような声が静かな林道を揺らしていた。

「あんただって! 女の子でしょ!? なら……!」
「……」
「なら、自分がどれだけひどいことしたか、わかるでしょう……!」
「……」
「こんな……こんなことされたら、」

志保が、そこで言葉を止めていた。
ぞっとするような低音が、入れ替わりに響く。
それは、笑い声。巳間晴香の漏らす、奇妙に低い、歪な笑い声だった。

「な……何が、おかしいの……っ!」

志保の声音から勢いが失われていた。
それほどに晴香の笑い声は陰湿で、悪意と嘲りに満ちていた。

「女ぁ……? 女の子、ねぇ……」
「な、何よ……」

晴香の、紅を引いたような唇が弓形に反り上がっていく。
侮蔑と嘲弄を練り合わせたような笑みが志保を捉えていた。
槍が、地面に突き立てられた。
空いたその手がゆっくりと動き、晴香自身のスカートの裾を摘んだ。

「普通の女の子に―――こんなのは、ついてないわよねえ……?」

言葉と共に、ゆっくりとたくし上げられていく緑色の布地。
その下に履かれた橙色の薄布から突き出したモノを目にして、志保は思わず息を呑む。

「”鬼畜一本槍”巳間晴香……ね、これでも私……女の子なのかなあ……?」

舐るような、それは声音だった。
股間にそそり立つモノを誇示したまま、志保に向けて一歩を踏み出す晴香。
その姿に、聖はようやく我に返った。飛び出す。

「……そのご立派な槍は、どうやらお嬢さんには刺激が強すぎるようだ。
 仕舞ってもらおうか」

志保の視界を遮るように立ち、爪を構えた。
明確な殺意を前に、しかし晴香は笑みを深くすると、己の逸物にしなやかな手指を這わせる。

「やだ、お医者さんが障害者差別……? そういうのって良くないと思うんだけど」
「戯言を……!」

鋼鉄の爪を振るい、聖が駆け出そうとした瞬間。
それよりも一足だけ早く、晴香の方へと歩み寄っていたものがいた。

「……美佐枝さん!?」
「な……行くな、相楽!」

志保の手を振り解いた、相楽美佐枝である。
ふらふらと、定まらない足取りで晴香へと近づいていく。
その締まりのない口元が、ぶつぶつと何事かを呟いているのが聞こえた。

「……もっとぉ……。もっと、くださぁい……」

腫れ上がった己の陰部に指を入れて掻き回しながら呟かれるその声音には、紛れもない色欲だけがあった。
血走った目は晴香の股間にそそり立つモノだけを見つめ、他の何物も映してはいないようだった。
空いた手は乳房を捏ね回したまま、涎を垂らす口が晴香の股間へと寄せられていく。

「あは……ください、あたしに……もっと、たくさぁん……」
「……鬱陶しいわ」
「えぇ……?」

声に、美佐枝が視線を上げる。
蕩けるような瞳が、晴香の凍てついた表情を映し出していた。

「―――いかん!」

叫んで、聖が飛び出そうとしたときには遅かった。
股間をまさぐっていた筈の晴香の手には、いつの間にか地面に突き立てられた長槍が握られていた。
円弧を描いた穂先が、閃いた。

「え……、か……は……」

正確に心臓を貫かれ、口元から大量の血の泡を噴き出しながらも、相楽美佐枝の瞳から
情欲の色が消えることはなかった。
死に直結する苦痛すら、恍惚というように。
悦楽の笑みを浮かべたまま、美佐枝の身体が持ち上げられていく。
槍の穂先にぶら下がったままのそれは、百舌の早贄のようにも見えた。

「餌は餌らしく、用が済んだら消えなさいな」

びくびくと痙攣する眼前の肉体に向けて、晴香が冷たく言い放つや、長槍を大きく振るった。
ずるりと抜けた美佐枝の身体が、放物線を描いて宙を舞う。
晴香が、笑んだ。

「―――見るなっ!」
「え……?」

聖の険しい声に思わず振り向いてしまう志保。

「あ……」

その鳩尾に、強烈な当身が入っていた。
がくり、と膝から崩れ落ちる志保を支えた、聖の眼前。
長槍の一閃が、放物線を落ちてきた美佐枝の身体を、両断した。

「……」
「お優しいわねえ、……さすがは元BLの使徒」

血の雨の中、晴香が嗤う。

「古い餌はもういらない。新鮮な獲物の方が、使徒も喜んでくれるでしょうからね。
 ……観月マナとお前、どんな声で鳴いてくれるのかしら」

どさり、と。
二つに分かれた美佐枝の体が、地面に落ちた。
その音を合図にしたように、全身を真っ赤に染めて、鬼畜一本槍と呼ばれる女が疾走を開始した。




 【時間:2日目午前11時すぎ】
 【場所:G−4】

霧島聖
 【所持品:ベアークロー(魔法ステッキ互換)、支給品一式】
 【状態:元BLの使徒】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:異能・ドリー夢、気絶中】

巳間晴香
 【所持品:長槍】
 【状態:GLの騎士】

相楽美佐枝
 【所持品:ガダルカナル探知機、支給品一式】
 【状態:死亡】

砧夕霧
 【残り14853(到達・6431相当)】
 【状態:進軍中】

※白虎の毛皮は民家に放置
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